無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

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2-7(完)

一人用の航空機から降り立ったL.L.は、相変わらずの軽装だった。

頭の中が静かだ。堅牢に作られた自分という個。それが直接どこかへ繋がることなどなく、閉塞感に満ち溢れ、しかしだからこそ居心地のいい空間。

そういえばかつてヒトであったときは、こんな感覚だったのだ。

とても懐かしいそれに、もう少し浸って居たい気持ちはある。しかしおそらく同じ事態に陥っているだろう共犯者が――一応――心配――いや、気にはなってはおり。

どうせどこかでふんぞり返って無限にピザを食べているのだろう。

それでも連絡が取れないのは不便なので、こうしてここへ来てみたのだが。

夏の風が頬を撫でる。空は吸い込まれそうな力強い青で、大きな雲がのびのびとしている。

初めてこの島に来たのも、こんな夏の日だった。

いい思い出はほとんどない場所だ。因縁深いと言う方が正しい。

この島に弟の墓がないことは知っているのに、つい足が向きそうになった。

感傷に浸る心を律する。ここへ来た目的を忘れてはならない。

これで問題が解決するかもわからないのだが、やってみるしかないのだ。

崖の隙間が遺跡の入口。

どうやらそれは変わらないらしい。だがずっと狭く細く、入口も開けた場所にあるのではなかった。おかげで見つけるのに時間がかかり、さながら遭難者のごとく彷徨うのは遠い日を思い出させた。

見つけたそこは、完全に埋まっているのではない。確実に人の出入りが可能なようになっている。

それはつまり、クロヴィスがここを発見した事実はなさそうだということ。おそらくはやはりブリタニア皇帝が、ここを狙ってこのエリアを攻め、切り開いただろうということ。

L.L.は遺跡に侵入し、ひたすらに歩いた。

「勝手に元の世界に戻されることはないだろうが……」

実を言うと、少し不安だ。

Cの世界について知ってることなんて、ほとんどないに等しいのだから。イチかバチかの賭け。博打。確実性なんてひとつもなく、とうぜん好きなやり方とは言えなかった。

「それでもやるしかない、か」

足を止める。ついにそこまでやってきたのだ。

奇妙な模様の彫られた大きな扉。

いったいいつどのようにしてできたものなのかわかりはしない。自分が派手に爆破した痕もここにはない。

ため息をひとつ吐く。

何も起きなかったらどうしよう。

何か起きてもどうしよう。

……こういう先が全くわからない事態は大嫌いだ。

だから。

早いところ終わらせてしまおうと、少年は扉に手をついた。

 

――瞬間、まばゆい光があたり一面を覆った。

 

 

「……ん?」

同時刻、ブリタニア。

ひざを抱えてちょこんと座っていた、長い長い金髪を持つ子どもが、小さく首を傾げた。

 

 

 

 

『――私は悲しい。このエリア11に来て愕然としました。租界とゲットー、このふたつのあまりの差に。トウキョウ租界の電車から見る左右の風景の差を、きっと誰もがご存知でしょう。景観は美しさとは程遠く、廃墟同然。街は死んでいる。おまけにそこに住むイレブンは野蛮極まりなく、強盗、恐喝、暴行事件があとを絶たない。幼い子どもはろくな教育も受けられず、愚鈍な人間ばかりが育っている』

嘆かわしいとばかりに、ルルーシュが頭を振る。芝居がかった動作だった。

自分の目で見たゲットーの感想がそれか。

もし今脳の血管が切れて倒れたとしても、スザクは驚かない。

唇から血が出た。強く噛み過ぎたのだ。

『そして、なぜイレブンたちがこのようになっているのか?答えは簡単だ。彼らは負けた。敗者だからである。我が父皇帝陛下の仰ると通り、人は平等ではない!――そう、人は差別されるためにある。だからこそ人は争い、競い合い、そこに進歩が生まれる。この世は弱肉強食、敗者に残るのは死と屈辱のみだ。我らブリタニアは常に戦い続けてきた。競い合うことで、技術を発展させ文明を近代化させ、今日まで栄えてきたのである』

ルルーシュは柔らかな語りから、だんだんと力強い話し方に変わり、低い声は腹から出されて芯を持っていた。大きく手を振り、瞳には熱がこもっている。

「そんなの、間違ってる……」

スザクは呟いた。

おまえは皇族として生まれたから、ふんぞり返っていられるだけではないか。

高いところから偉そうに。

『――しかし』

ルルーシュは言葉を切った。同時に、纏う空気が少し変質した――ような気がした。

どこがと問われても、スザクにはわからない。

隣の神楽耶は、食い入るように液晶に見入っていた。

睨むように。挑むように。

『生まれつき美しいもの、醜いもの。親が貧しい者、裕福なもの。生まれも育ちも才能も、人間はみな違う。しかしだからといって諦めてしまえば、そこで終わりだ』

ルルーシュは断言した。

『イレブンたちよ。兄らは何故、今なお敗者で居続ける?ナンバーズはブリタニアの臣民である。貴様たちは既に、我々が守るべき我が国の民である。その民がこのような現状であること、私は悲しい。優秀な我が兄クロヴィスがこの地を治めてもう5年が過ぎた、その結果がこれだ。貴様たちは、自ら牙を抜いたのだ!』

「どこが……っ」

神楽耶が苦々しく吐き出した。

クロヴィスがナンバーズを冷遇した政策をとっていることなんて、今更調べるまでもなく、このエリアに住む者の共通認識。

『私はこのエリアをより良くするために全力を尽くす。ブリタニア本国にも引けを取らぬ、美しい場所にすると誓おう。イレヴンは皆犬畜生と同じだなどと言うつもりはない。獣の理屈でしか生きられぬ者は、私が手を下すまでもなく淘汰されゆく。

……ナンバーズよ、全力を尽くせ!私はその分の見返りを返そう!ブリタニアの民よ。先ほど私はイレヴンたちの残虐さ、愚鈍さを説いた。彼らの劣り、それが何故だかわかるだろうか?余裕がないからだ。環境に、金に、体に、すべてが切迫した状況にあるからだ。彼らの現状を変えることで、エリア全土にこれまで以上の平穏と、円滑な経済活動が齎されることは間違いない。それでもなおイレヴンが我々とは比べようもないほど劣り、野蛮であるのなら、誇ればいい。圧倒的に我々が優れているだけの話だ!』

ルルーシュはカメラを睨み付けるようにして見据えた。

画面の向こうにいる何者かに、はっきりとその存在を主張し、見せつけていた。

それはスザクであり、神楽耶であり――彼を見つめるすべての人間。

スザクはごくりと唾を飲みこんだ。

これが、スザクの戦わねばならない敵。

 

『そして私は、民の生活を脅かすテロ組織を許しはしない。これ以上、いたずらに平穏を脅かすだけの犯罪者を放置してはならない!

エリア11に住むすべての者よ、戦え!そして勝利し、ブリタニアを更なる進歩へと導くのだ!』

 

余りにも、強大に思えた。

 

 

 

 

 

『――オールハイルブリタニア!』

 

その言葉で締めくくられた映像を、ルルーシュは興味なさげに停止させた。

こんなものだろう。

ブリタニアの国是を失わない程度に、これからの政策の方針を主張した。万が一にも反旗を翻す存在に見えないように、皇帝への忠誠っぷりを語る顔は陶酔しているとすらいえる。

愉快なものではない。

隣でそれを見ていたL.L.も、同じような顔だ。

「感想は?」

「――何と言ってほしいんだ?やや変わってはいるが、ブリタニアらしいスピーチじゃないか」

「それならいい」

L.L.はルルーシュから端末を受け取り、就任式から会見に移った映像を再び再生させた。組んだ膝に乗せ、たいしておもしろくもないテレビ番組を見るようにして眺めている。

自室ではない、通信用の謁見室では暇つぶしもこれくらいだろう。

「ところで、神根島に行った収穫はあったのか」

「あった」

「……見つかったのか?C.C.とかいうのが」

「いや、それじゃない」

「じゃあ何だ」

「本来の能力が解放された」

「…………、…………」

まだ何かあったのか。

突っ込み待ちかと思うような返答にルルーシュはしばし黙り、ややあって、

「……まだ何かあったのか?」

思った通りのことを尋ねてやった。

「ネットワークに繋がっただけなんだがな。つまり、俺はこの世界では未接続のアンノウン・デバイスだったということだ。治癒能力だけ残っていたのが何故かわからん。封印されてもおかしくないだろうに……まあ、とにかく初期接続は大事らしいってことか。こっちの世界にも快適にアクセスできるようになった」

具体的な政策について尋ねられた画面の中のルルーシュが、はっきりしているようでよくわからない適当な答えを返している。そこに混ぜられたわずかな皮肉に、L.L.はフフンと笑った。笑いどころは自分とだいたい同じと、つまりはそういうことである。

……そんなことはどうでもいいのだ。

ソファーでふんぞり返るこの男、まったくわけのわからないことばかり。

「俺にわかるように説明する気は?」

「ない」

「だと思った。……神根島に何か重要なものがあるくらいしかわからないぞ、こっちは。俺が勝手に調べてもいいのか?」

「深入りしない方が得策だ。お前とお前の妹の平穏を守りたいのなら」

L.L.は顔色ひとつ変えなかったが、それが本気の忠告であることは手に取るようにわかった。

「具体的に、本来の能力を取り戻したお前は今までとどう違うんだ」

顎に手をやり、ふむ、と考え込む様子を見せる。

「……お前に関係があるのは、ショックイメージを見せること、くらいか」

「ショックイメージ?」

「こちらが指定した映像を押し付けたり、嫌な記憶だけ掘り起こしたり、悶絶して気をやるくらいのものも……とにかくトラウマを作ることができる、というか――つまり、脳をいじくって刺激的なイメージを対象に見せることができる。触れさえできれば、相手が銃を持っていても倒すこともできる」

随分ふわふわした説明だ。非現実的――超常の力なのだから、当たり前か。

やってみるか?お勧めはしないぞ。

L.L.がルルーシュに向かって手を差し出した。

お勧めはしないのなら、何故やらせる。

おそらくルルーシュが能力の把握をしておきたいだろうと考えてのことだろう。ルルーシュとしてもその通りなので、やっておきたいとは思わなくもない……が。

「今は遠慮しておこう」

「そうか」

今は休憩時間に過ぎない。すぐに公務が入っている。

「中華連邦との通信会談だったか?エリア11総督就任の祝辞とか聞いたが」

ルルーシュの断りの理由を見越してか、L.L.が先回りして言った。そして首を傾げた。

「大宦官が、お前に一体何の用だ?随分親し気じゃないか。国から祝いのメッセージが届くなんて、極秘でなければ大事になるところだぞ」

「シュナイゼルを通しているから、情報が洩れることはないさ」

「そんなことを聞いてるんじゃない。わかっているだろう?」

今度はルルーシュが首を傾げる番だ。

「お前こそどうした。俺ともあろうものが、俺の過去を忘れたか?」

「知ってるさ。中華連邦に留学してたんだろう?半年。紛争地帯にほっぽり出されたり、朱禁城の隅で退屈に殺されたり、そのまま中華に捨てられそうになるとか、散々だったらしいじゃないか。だから何故なんだ、と聞いている。あちらが馴れ馴れしくしてくるのはわからないでもないが、お前が受け入れるのがわからない」

「お前は……」

ルルーシュは静かに目の前の男を見つめた。

この様子を見るに、彼に、中華連邦に放り出された過去はないらしい。

「――ブリタニアに要請したのは大宦官だが、そもそも希望したのは彼らではない」

「は?」

L.L.がことさら胡散気な顔をした、その時だ。通信台からピピピと時間を教えるアラームが鳴った。

ルルーシュは通信台の前で姿を整え、同じ顔の男は会見映像を止め、画面に映らないところで大人しくする。

彼がここにいるのは、先ほどまでのどうでもいい話をするためだけであり、本来必要ではない。聞かれても困ることがないのでいていいぞ、としているだけだ。

少しの間を置いて、中華と通信が繋がった。ほとんどプライベート通信ともいえる今回のそれは、国と国の間であるだけに、やはり政治的な意味を持たざるを得ない。大宦官ともどうでもいい会話を適当に受け流し、ルルーシュは目的の人物が出てくるのを待った。

十数分は付き合っていただろう。三十分の制限時間の大半を使われていた。実際に相手と話せる時間は、10分にも満たないに違いない。おまけにプライベートと銘打っているのは名ばかりで、あちらは大宦官が付きっきりで会話を聞いている。

他人であって他人でない、そんな奇天烈男しか側にいないルルーシュとは訳が違うのだ。

そして、ようやく。

 

『お、お久しぶりです、ルルーシュ……!』

 

「ええ」

 

長く伸びた髪。最後に見た時よりもずっと長い。そのせいか、彼女の姿はより神秘的に見えた。世にも珍しい髪と瞳の色は、神々しさすらもってルルーシュの目に映る。彼女が純粋無垢を体現したような存在であるからかもしれない。

大きくなったな。感慨とともに、ルルーシュは返事をした。

 

「お久しぶりです――麗華さま」

 




天子さまでした。ブリタニア皇族クラスタの12ですが、かなり好きな女の子です
芯のあるとことろがいいですよね、しんくーがいなくなってもきっと強くやっていけそうなところが いや単純にハチャメチャ可愛い……
果たして復活でしんくーは生きているのでしょうか……
幼少ルル―シュと幼少天子さまの組み合わせあまりにも事件じゃないですか?考え付いたとき天才だと思っ、もうね、次章「蜘蛛の巣」もぜひお楽しみください

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