無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

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来ましたね!!総集編公開日!!テンション上がったので記念(?)に上げちゃいます


2-4

「優しい世界になりますように。」

 

少女が言った。

 

「契約成立だ。」

 

また別の少女が言った。

 

「――これは祈りだ。」

 

少年が言った。

 

そうして世界は回る。言の葉を織りなし、それに絡めとられる。

そこには嘘があるだろう。決して真実だけではない。もしかしたら、嘘しかないのかもしれない。

それでも回る。言葉の綾は編まれ、重なり合い、いずれ惨禍を引き起こしたとしても。

 

――明日は、来るのだ。

 

突風が吹いた。

髪が吹き上げられ、一瞬にして視界がその色に埋まる。

少女は風が収まるのを待ち、微動だにしなかった。

古城の回廊から見下ろす景色は、夏の森。じっとりと不快な暑さもなく、心地良い。

彼女は何をするでもなく、ただ外を眺めていた。落ちてきた髪が曲線を描いて着地する様は、まるで一枚の絵のように美しい光景だ。

感情の読めない、どこか神秘的な容貌。うら若い外見とはうらはらな、落ち着いた深い眼がアンバランスだった。それが見るものの、なにかいけないものを呼び起こす魔性さすら感じさせる。

瞬きを数回。金色の瞳が見え隠れする。

なぜここだったのだろう――少女は考えた。自分がここで目覚めたこと。それにどんな意味があるというのだろうか。いや、意味があるのだろうか?すべては神々の気まぐれではないのか。

わからなかった。何も。今の少女には情報も、力も、そして伴もいなかった。まったく困った状況だ。

「ニャー」

「……ニャー?」

少女が初めて森から視線を外し、声のしたほうを見た。そこにいたのは黒猫。

立ち止まり、少女の方をじっと眺めている。様子を伺っている、というべきだろうか。

少女はしゃがみこみ、手を差し伸べる。ほんの気まぐれだった。猫の方もそうだっただろう。

おそるおそる少女の方へ歩いて来て、鼻先を少女の白い手に押し当てた。少女が撫でると、撫でさせてやらないでもない、という偉そうな態度を示す。ついには抱き上げられても、不快そうにはしていない。少女は腕の中の暖かい温度を撫でてやりながら憂い顔を浮かべ、さらにはひどく悲し気に息を漏らした。

「……チーズくん……」

それは、いついかなる時も共に過ごした相棒の名前だった。抱きしめていないと落ち着かない。抱きしめているのに、抱かれているような包容力。いつもいつでも一緒。それほどまでに愛した相手だった。

なのに、彼はもう元気な眠り顔を見せてくれることはないのだ。なんという理不尽だろうか?見るも無残に引き裂かれた愛らしい顔。思い出すたびに胸がきゅうっと締め付けられる。彼に対する申し訳なさでいっぱいになる。抱いている猫はあたたかい。けれどこの心は、あの黄色い彼でないと埋められない。

少女の胸中を知ってか知らずか、猫は退屈そうに鳴いた。うとうとと心地よさそうに、鈍い覚醒とまどろみを繰り返している。心地よい午睡を、少女の腕の中でとることに決めたようだった。

再び大きく風が吹いた。

吹き上げられた少女の、うつくしい緑の前髪の隙間。そこから、赤い紋様が見えた。

 

遠いブリタニアから、極東の地エリア11へ。

今まさに移動している最中の青年の首に記されているものと、酷似したものだった。

 

 

 

 

「兄上。お久しぶりです」

「ルルーシュ!よく来たね。すこし背が伸びたかい?」

「胴長になった、と仰りたい?」

「まさか。足が伸びすぎて、前より持て余してるよ」

「クロヴィスお兄様!」

「おっと、ナナリー。飛びつく癖は相変わらずかい?よく来たね。少し見ないうちに、素敵なレディになった」

「お兄様こそ、相変わらず素敵な皇子様っぷりですわ」

「君もね。お姫様」

クロヴィスがナナリーの手を取り、その甲にキスをする。

「……恥ずかしくないのか?いつもこうか?」

再会を喜ぶ異母兄弟妹たちがべたべたに甘い空気を持ってはしゃぐ後ろで、ジュリアスが微動だにせぬまま、小さく隣のアーニャに尋ねた。ほんのかすかな小声のそれを聞き取って、アーニャは「そう」と答えて見せる。

「そうか……」

ジュリアスは心情を読み取りづらい複雑な声を出すと、それきり何も言わなくなる。

7月10日。新総督と副総督は、エリア11の地に降り立った。足の不自由なルルーシュは自力でタラップを降りることができないため、少々大掛かりな装置を使って航空機を降りた。どう考えても咲世子に抱いてもらい、車椅子を別に下ろしてもらったほうが早いのだが、クロヴィスの後ろにずらりと並ぶ兵士の前では、さすがに体面がよろしくないというものだ。

ルルーシュは、自分の数歩後ろにいる影武者がバイザーの下で目を細め、ひどく眩しそうにこちらを見ているとも知らずに微笑んでいた。ナナリーと言葉を交わすクロヴィス。総督としては駄目出ししたいことが山のようにあるが、兄としては嫌いではない。むしろ、好きだ。だからこそ悲しいとも思う。彼の中にある、模範的なブリタニア人としての差別が。

彼が行く手を阻むのなら、ルルーシュは躊躇いなく兄を撃つだろう。ナナリー以外の、他の誰とも同じように。その屍を越える覚悟はある。

「ルルーシュ?長旅で疲れたかい。体を休められるところを用意しようか。政庁には君とナナリーの私室はもう用意してあるから、そちらでもいい。」

黙り込んでいたのが違うものに見えたのか、クロヴィスが気遣わしげに言った。とにかく移動しようとの総督の命で、ルルーシュたちはヘリポートを離れる。ナナリーは着ているドレスに見合う淑やかな歩き方で踏み出し、咲世子はルルーシュの車椅子を押した。ジュリアスとアーニャがその後ろに続く。予め、新しい側近については伝えてあった。

「……エリア11は湿気が多いですね。暑くなりそうです」

空から降りてまだ数分と経っていない。しかし既に、7月の気候がブリタニアとどれほど違うか、ルルーシュは肌で感じていた。

「ああ。夏は日向に30分と出ていられない。体調を崩さないよう気をつけなさい」

「ありがとうございます。しかし兄上、俺の部屋というのは総督用の私室になるはずですよね。でしたら兄上は今どこに……」

「……客間に」

ルルーシュは額に手をやり、大きくため息を吐いた。この人は本当にルルーシュに甘い。

「あなたが先にそうしてどうするんですか!兄なのですから、私などにそのような……」

クロヴィスは怒られると踏んだのか、うっと身構え、しかし、果敢にも反撃に出た。

「だけどルルーシュ、私はお前の部屋をデザインするのを楽しみにしていたんだ。総督業の最後の褒美だとね。そのために家具を持ってこさせなかったんじゃないか。ちゃんとシノザキと相談したんだよ」

「咲世子!?」

ルルーシュはぐるりと振り向く。この兄皇子が、名誉なんて側近にして……と難色を示していた過去をルルーシュは忘れていない。その彼が自分から連絡を取っただと?

祖国へと数年ぶりに戻った彼女はにこやかに微笑み、

「ルルーシュ様にはバリアフリーが欠かせませんから。車椅子の置き場所なんかも、ご相談を受けましたので」

「……まさか兄上、改装したなどとは言いませんよね」

「……まあ、少しね」

少し。とはつまり。

「俺は足がダメなだけなんですから……!そんなに大事になさらなくても……」

「でも、お兄様は過ごしやすくなるじゃありませんか。これから数年はお世話になるお部屋なんですから、快適なのはいいことですわ」

ナナリーが絶妙なタイミングで助け舟を出す。クロヴィスは妹の援護に俄かに元気を取り戻した。

クロヴィスの側近たちは、皆苦笑に近いものを浮かべている。どれだけ兄が張り切っていたかわかるというものだろう。一見和やかで、すべてがうまくいきそうに見えた。しかしもちろんそうではない。そんなことあるはずがない。政庁の重要な人間はすべて頭に入っている。さてこれらが兄がいなくなっても言う事を聞くか。問題はそこであり、きちんと自分の目で見極める必要があるのだ。

 

歓迎会を終えて部屋に戻ると、ルルーシュはバイザーとマスクを外したL.L.を振り返った。

「どうだ、久しぶりのエリア11は」

「変わらないな。見たところ」

「そうか」

――つまり、彼は日本がブリタニアに占領されてから、この7年間の間にこの国にいたことになる。

「就任は一か月早まって、再来週には総督は俺になる」

「ああ」

「その前にしておきたいことがあるんだが」

「租界とゲットーの視察、だろ?」

「そうだ」

「それはいい。が、お前顔割れてるだろう?皇族に詳しいのがいたら、いくらなんでもばれるだろう」

「はあ?俺はまだ表には出ていないぞ」

ルルーシュが言うと、L.L.はびっくりしたように口を開ける。

「……は?学生でもない、軍人としてやってきたお前が?」

「そうだ。軍と皇族、一定以上の貴族――ほとんど皇族の身内みたいな奴らにしか顔は割れていない」

「お披露目会とか」

「シュナイゼルが取り計らってくれようとしたんだがな。『必要ない』。父上の言葉でご破算だ」

冷遇っぷりを物語っているというものだろう。普通、皇族はお披露目パーティというものがあるのだ。学生からそのまま副総督になった第8皇子あたりはなかった気がするが、それはあくまで特例。ルルーシュとナナリーは総督の就任式でその姿をメディアに晒すことになる。そのすぐ後の演説がエリア11全土に放送されるのが、自分が電波にその姿を乗せる初めてだ。

L.L.はルルーシュの簡潔な一言で納得したようだった。そうか、とだけ零す。これに驚いたということは、やはりルルーシュと彼は違う人生を送っているようだ。そもそも、彼が異世界の皇歴2017年から来たのかもわかりはしない。歴史の違いを眺めてみれば面白そうだ。

「それで」

L.L.が髪を耳にかけながら言う。

「俺には代わりに兄上の――クロヴィス殿下の相手をしろと。行けるチャンスをうかがうから、お前はいつでも代われるようにしておけと」

「わかってるじゃないか」

影武者は馬鹿にしたような顔をこちらに向ける。わからないわけないだろう、余裕の顔にはそう書いてあった。

「兄上に言えば止められる。もしくは大事になる。ありのままを見ようと思えば、お前を使ってこそこそするのが一番だろう?」

「咲世子を連れていけよ」

「勿論」

「ブリタニア人はゲットーでは目立つぞ。わかってると思うが」

「構わない」

「それと、高価なものは身に着けないでおくんだな。良いカモだ。……と言っても、お前のは桁がおかしいものしかないか。俺が買ってこようか?庶民の服」

「いいのか?」

「自分のものも買ってくる。窮屈な服を着るのもそろそろ疲れるからな」

L.L.はぐうっと伸びをした。ルルーシュが怪訝な目を向けると、腕を組んで机にもたれた。

「庶民の生活に慣れてるんだ、俺は」

「庶民のって――」

「お兄様?入ってもいいでしょうか」

コンコンとノック。

続き部屋になっている(クロヴィスが咲世子に相談したのは大正解だったと、この点では言える)ナナリーの部屋からだ。

会話が中断されるが、L.L.とナナリーだったらどう考えてもナナリー。

ルルーシュはすぐさまいいよと返事を返す。

「……ジュリアスさん!」

現れたナナリーは、まだ八時半だというのに寝間着姿だった。てっきり先ほどまで来ていたドレスのままだと思っていたルルーシュは驚く。いくら自分とはいえ、そんな恰好のナナリーを他の男に見せるわけにはいかない。慌てたルルーシュが口を開くより先に、ナナリーが眉を吊り上げた。

「他の方がいらっしゃるのなら先に言ってください、お兄様のバカッ!」

頬を赤く染めて、慌てて自分の部屋に戻ってゆく。

ナナリーは、自身が真実を知ったことをL.L.に明かしていなかった。初対面の時のまま、ジュリアスさんと呼ぶ。曰く、「カードは多く持っているほうが良いのです」。

にしてもこれもまた兄であると知っているはずなのにあの反応は、きちんとL.L.とルルーシュを区別してくれている証拠だ。ルルーシュはほんのわずか嬉しくなった。

「ナナリー皇女は、お前の部屋に寝間着で来るのか……?」

「俺の部屋で一緒に寝ることもある。さすがにアリエスの外だし、今日は違うと思うが……」

L.L.は信じられないとばかりに顔を引きつらせていた。ナナリー、と小さく呟いて頭を振る。それがどちらのナナリーを指すものか、ルルーシュは言及しなかった。

人前に出るに値する格好になったナナリーが、再びこちらの部屋へとやってきた。

まだ怒っているようだ。きっとルルーシュを睨む。しかし、ジュリアスに御見苦しいところをお見せしましたと言うのを忘れない。こちらこそご無礼をと返すL.L.の瞳は、極上に優しいものだった。

が。

「ところで皇女殿下。殿下がゲットーの視察に行かれるそうですが、ご一緒なされますか?」

L.L.が爆弾を落とした。

「なっ」

ルルーシュはがたりと車椅子を鳴らした。

ぎろりとL.L.を睨むと、彼は臣下然とした態度を崩さぬまま素知らぬ顔。この場ではそれはただの茶番に過ぎないと言うのに。

「彼女は副総督です。殿下がそうなさると仰るのなら、知っておく権利があります」

「ナナリーに影はないぞ」

「優秀な騎士がどうとでもするでしょう」

「きっさま……」

臍を噛む。何を言い出すのだ。

「ゲットーは危険だ。何があるか……」

「咲世子がいるでしょう」

「お前はナナリーが心配じゃないというのか!」

怒鳴ると、L.L.はふうとため息を吐いた。

「ナナリー様を向かわせられないようなところに、私は殿下を行かせるわけには参りません。死なれては困る」

とんでもなく不敬な言葉が飛び出たが、L.L.はナナリーがいるのを理解しているのだろうか。ナナリーは確かにそうですと頷いた。ああそうだ、援護が期待できないのはわかってはいた。

「それにお兄様?」

「なんだいナナリー」

「私とお兄様、セットだったら余計に目立ちますよね」

「言うまでもない。確実に姿を覚えられる」

「でしたら、それを狙うのはどうでしょう?ほら、私って印象悪いから。直々に視察にくるくらいには、ナンバーズのみなさんに興味を持ってるって思ってもらえたら……」

言葉が尻すぼみになり、小さく消える。ルルーシュがどんどん険しい顔になって自分を見ているせいだろう。兄は本気で怒っている時の顔をしていた。

「ナナリー。わがままを言うな」

「でしたらお兄様のはわがままじゃないと言うのですか?クロヴィスお兄様を騙して!」

「……兄上に知らせたら大事にするだろう!俺はお前を危険な目に遭わせたくないだけだ!」

「私だってそうです!なぜわからないのですか!」

ナナリーは華奢な体を震わせて言った。

にらみ合いが続く。頑固者どもめ、ルルーシュそっくりの男が内心毒づいたことを、二人は知らない。

「――総督」

ナナリーはやがてすっと背筋を伸ばし、正面からルルーシュを見据えた。正確には見下ろした、が正しいのだが。

「副総督として、租界及びゲットーの視察に参りたいと存じます。数度に渡り、トウキョウだけでないエリア全体を、正式に就任する以前にこの目で見ておきたいのです」

「……お前の好奇心を満たすためにか?」

「いいえ。副総督としての地位ありきでは見られないものを、一人のブリタニア人として感じたいのです。総督と並び、この国を治める者として」

ルルーシュは暫くナナリーを見つめ、ナナリーもそれに応えた。ナナリーとしては兄のこの姿は恐ろしく、ごめんなさいと謝ってしまいたいくらいであるが、そうもいかない。

ピリピリとした空気が渦巻く。

「……俺といるときは咲世子がいるからいいが、そうでなければお前の騎士だけでなくジェレミアを連れていけ。お前とアーニャでは男がいないのに不安が残る」

「……お兄様!」

「総督だ」

ルルーシュは地を這うように低い声で言った。その顔は未だ硬い。しかし彼が「俺」と言った段階で、責められるべくはナナリーではない。駄々をこねているのは、最早ルルーシュの方であった。

「私がいけないところにお前が行け。傷ひとつなく帰って来い。……いいな」

 

ぎゅっと眉を寄せ唇を引き結んだナナリーは、しぶしぶとばかりに縦に首を振った。

 




チーズくん(´;ω;`)ブワッ
初の死人(?)を出してしまった……もう蘇らない……
少女も……CCっぽい人も超ショック受けてる……

ところで前々からご指摘いただいてた年齢のところ直しました
まだ7月なのでルルーシュは16歳ナナリーは13歳です
このシリーズはパラレルなのでナチュラルに年齢操作が入りますがこの二人は反逆と同じ
ただし、年はそのままでも皇女の順位はけっこう弄ってて
第一 ギネヴィア
第三 コーネリア
第六 マリーベル
第七 ユーフェミア
第九 カリーヌ
第十二 ナナリー
第十六 ユーリア
です こうじゃない表記があったら今度こそミスです
そういえばマリーベルさまってルルーシュと同い年なのに「お兄様」って言ってるから誕生日12月なんですね
わかる 12月みある
天秤のライラちゃんは、彼女を入れると話が一気にややこしくなるので、この世界線にはいらっしゃらない……今のところ……公式が何か言い出さない限りは……みたいな感じです


やっとエリア11に着きました。
次回、スザクくんのターン!!

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