揺れもなく、流れていく景色をモノレールのボックス席の窓から、通信回線を開いて交信しながら眺める。非常に静かな車内には俺の他にも幾人かの学生の姿があった。
外の景色は異様に高い位置にある。たしか、地上20mに車体を吊り下げるレールがある、なんて聞いたことがあるな。
外には数百mもある超高層ビルが建ち並んでいる。病死が激減してしまい人口が増加した日本は、マンションを高くすることを選んだ。
メカメカしいなんてことはないが、雲を突き抜ける高さのビル群には圧倒されたことを覚えている。
前のどの世界でも、これほどの物は見たことがない。
「うん、ごめん。今日バイトでさ、晩は外で食べる」
『むー、しょうがないなー。じゃあ今日もリナちゃんと二人で食べるよ』
蟀谷に指を当ててする母さんとの交信内容は飯の話だ。
学校を出てモノレールに乗って暫くすると、母さんからの通信コールが頭に響き、通話に出ると、今日の夕飯は何か? と問う声が聞こえてきたのだ。
それに答えて、今日は一緒に飯を食えない旨を伝えたのだ。
『そ・れ・で、バイトの内容は?』
「秘密だ。押し掛けられても困るしな」
『ぶーぶー、ケチー』
抗議の声に笑って誤魔化す。
俺は割りのいいバイトをしている。ある意味では接客業なのだが、押し掛けられるような場所ではないし、少々荒っぽい仕事だ。
育ててくれている母さんに秘密にするのは心苦しいが、知られると相当な心配を掛けてしまうことは間違いない。
「そんなことよりも、リナにはちゃんと食べさせてくれよ? ほっとくとアイツ栄養補充食しか食べないからな」
人間が1日に必要とする栄養成分が全て詰まった無味無臭のパンのことだ。カロリーも十二分にあり、保存も効く。
災害時にはうってつけの食べ物だが、如何せん味気ない。あれでは肉体は健康を保てても、気分が滅入ってしまう。一時期、うつ病になる者も多かったらしく、食すのに制限が掛けられた物でもある。
『それは
「……母さん、アイツが俺のこと嫌ってんの知ってるだろ? 言っても無視されて終わりだって」
アイツ……リナとは血の繋がりはないし、アイツは俺をかなり嫌っている。家にいても無視されるし眼も合わせてくれない。
が、2歳年下の可愛い妹であることに違いはない。身体を心配するのは当然だと俺は思っている。
『そうかな? 私には困っているように見えるけど……?』
「母さんは抜けてるからな。俺と見解の違いが出てきても仕方ない」
『えー? その言い種はヒドくないかな? かな?』
「事実だろ。前例がなきゃ俺もこんなことは言わない。ちょっと前に、俺のパンツを穿いてたことがあったろ」
母さんは今の時代、稀に見る天然だ。よく俺の服を着て、「今日服がブカブカするー。伸びちゃったかなー?」なんて言って見せに来たことがある。
袖と裾が余りまくった姿は我が母のことながら可愛いが、「なんでだろー?」と疑問符を浮かべている姿には頭が痛くなる。
「そんなことより、用意だけはしとくからさ、頼むよ」
俺は語りきれないエピソードを端に追いやって、ズレた話題を修正する。
『……もう、しょうがないなー。家族の団欒に参加しないんだから、今度のお休みの日に買い物、付き合ってね』
「それくらいなら幾らでも」
『約束だからねー』
母さんはウィンドーショッピングが趣味だ。休日は大体何処かショッピングビルに出掛ける。
今はみんな通販を利用するんだが、足を運びたいって人も少なくない。
大型のショッピングモールのようにやたら広いなんてことはなく、何十階ってビルを全部ショッピングセンターにしてある。
しかも、ビル内にモノレールのホームがあり、駅からショッピングビルまで徒歩ゼロ分と利便性もある。
『それと、バイトの――え? もう休憩終わり? ……そんなぁ。息子との語らいくらい自由にさせてほしいなぁ。……うん、分かったよ。次のイベントのためにプログラムを見直さないといけないのは知ってるから。……ごめんね? もうお仕事だって』
「気にしなくていいよ。母さんは結構な役職に就いてるんだろ? 忙しいのは知ってるからさ」
『話の分かる息子でママ嬉しいなー。……それじゃ、私は仕事に戻るね』
「ああ、飯は作っとくから温めて食べてくれ」
母さんも忙しそうだし、早めに通信を切ろうとしたところで『あ、忘れてた』と声が聞こえた。
「うん? なんだ?」
『今度、良い物持って帰るから、期待しててね』
「は? いや、ちょっ――切れた。良い物ってなんだ? またVRゴーグルか?」
言いたいことだけ言って通信を切った母さんに嘆息しつつ、予想をつける。
この世界は争い事ってものが少ない。それが悪いとは言わない。平和なのはいいことだ。いいことなんだが、どうも俺には退屈だ。
人生の全てを闘争に捧げてきた。そうは言わない。が、俺も幼少の時代は平和に生きてきた。だが、その先には必ず闘争が待っていた。
無駄な殺生はしたくない。が、やはり命の遣り取りはしたい。生きているという実感が欲しいのだ。
母さんはゲーム会社に勤めている。開発部に所属していて、今流行りのゲーム製作の主任なんだそうだ。
いや、もう完成して、サービスは開始されているから運営チームになるんだっけか?
ともかく、仕事では優秀らしい。想像もつかないけどな。母さんは仕事を家に持ち込まないから、俺が知らないだけかもしれないけど。
そんな母さんは、俺が退屈していることに気付いているらしく、VRを次々紹介してくれる。自分が関わったものから関わっていないものまで、な。
――三熊駅~、三熊駅~。お降りの際は、足元にご注意ください。
調度俺が降りる駅だ。このアナウンスだけは昔から変わらない。
耳障りのいい車内アナウンスを聞いて、気分よくモノレールを降りる。あとはこのビルの中にある食材売り場で買い物をして、家路につくだけだ。
それから俺は献立を考えながら店を回り、ビルを出て家路を辿った。