気が付けば俺は建物の中にいた。ぐるりを見渡せば、丸みを帯びた白い壁が一周している。出口以外に扉はない。
ドーナツ状のテーブルが部屋の中心にあり、そこで8人の女性が内側の椅子に腰掛けて話し掛ける者達に対応している。
彼女達の前には列ができていて、彼らは皆同じ服を身に纏っていた。
それは今俺が着ている物と同じで、白い長袖のシャツに下は同じく白のチノパンだ。そこそこに身体のラインが浮き出ている。
「⋯⋯新人決闘者受付? ってことは、あれがゲームを始めるためのチュートリアルみたいなものか?」
受付嬢であろう彼女らがいる場所には、新人決闘者受付というプレートが置かれている。
新人決闘者ってのは新規のゲーム利用者、新参のプレイヤーのことだ。プレイヤー同士は闘い合う運命にある。それはこのゲームの根本だ。だから決闘者と呼ぶんだそうだ。
話が終わったのか、離れていく者は意気揚々と出口に向かっていく。
その後ろに並んでいる者達が次に受付へ。幾つか受付嬢と言葉を交わして、前の奴と同じように外へと向かう。
皆一様に嬉しそうな顔で何かを眺めていた。
必要なものらしく、皆並んでいるので俺も並ぶ。
長い列だ。俺が最後尾ではあるんだが、前には20人近い人が並んでる。
見たところ受付時間は5分前後。少なくとも100分近くは掛かるぞ。省略できないのか?
「ん? なんだ? 途中列から出ていくぞ」
列半ばで何人か列から抜けてそのまま出口に向かう。
意味が分からず首を傾げていると、俺の前にウィンドウが出現した。そこには『受付を開始しますか?』と文字があり、はい/いいえと選択肢が出ている。
「⋯⋯これでか」
多分、途中で抜けた奴はこのウィンドウで受付を済ませたんだろうな。
そう当たりを付け、はいを押してみる。
《原作キャラクターと会話ができなくなります。それでもよろしいですか? はい/いいえ》
新たなメッセージが浮かぶ。これを俺なりに解釈するに、受付をしているのは何かしらの作品のキャラクターなんだろう。
早くこの世界で遊びたい奴はこれを使うし、中々出会えないという原作キャラクターに会いたい奴は長くても待つんだろう。
俺は⋯⋯。
「はい、次の方どうぞー」
⋯⋯押さなかった。興味があったんだ。ひょっとすれば知っている奴かもしれない、と。
まぁ、そう上手くはいかない。そもそも、知っていたところで、向こうは俺を知るわけがないのだ。
何をどうすることもできない。
「決闘者登録ですね? まずは入学する学園を決めてください」
茶髪ショートの女性が俺が並んでいた列の担当だ。頭の上にネームが浮かんでいる。なんてことはないが、彼女が着る服のジャケットの胸元に名札がある。
エスティ・エアハルト。
それが彼女の名前らしい。聞いたことはないし、作品も分からないが、眼前でにこやかな笑みを浮かべている彼女が相当な手練れであろうことは理解できた。
彼女が提示した紙には、幾つかの学校名があり⋯⋯。
〈IS学園
駒王学園
アレイシア精霊学院
武偵校〉
他にも幾つかあるんだが、俺が興味を持ったのはこのよっつだ。
俺はこの中で武偵校を選択した。一番合ってそうな気がしたのだ。
「武偵校でよろしいですね?」
「ああ」
レの字で武偵校の文字の隣にチェックを入れて紙ををエスティに返し、確認に頷く。
「これが学生証です。それと、学生寮の場所の地図。個人ロッカーの鍵と銀行口座です」
ぽんぽんと机の上に出される俺の顔写真が載ったカード。いつ作成したのか、武偵校生と書かれている。
学生寮があるという場所を示す地図。そこがゲーム内での俺の拠点になる。基本的にログイン、ログアウトは寮の自室で行うことになる。
個人ロッカーはどこでも使える収納ボックスだ。各地に点在する公共ロッカーに鍵を差し込めば、自分専用の収納ボックスに勝手に繋がるようになっている。
銀行口座はまんまだな。金を預かってくれる場所だ。塔の中で戦闘不能になった場合、所持金を半分奪われるというペナルティがある。それを防ぐための銀行口座だ。
「では、メニューを開いてください」
俺が全部受け取って所持品スペースに仕舞ったのを確認すると、エスティがそう言う。
念じればウィンドウで眼前にメニューが現れる。
項目にはステータス、装備、所持品、ランキング、フレンド、メッセージ、ヘルプ、詳細設定、ログアウトの文字が縦に並んでいる。
ステータス、装備も所持品はそのまんま。
ランキングはプレイヤーの順位、なんて言えばいいのか。決闘者として月一度にあるプレイヤー同士の闘いに参加するためには、このランキグで上位8位に入る必要がある。その確認のためのランキグだ。
スコア獲得には幾つか方法がある。それは各島で違うらしい。
ここ、学園島では所属する学校で授業を受ける。塔で戦闘する。プレイヤー同士で闘う。NPCが発注する依頼をこなす。等々がある。一番手っ取り早いのが塔での戦闘だ。
フレンドは他のプレイヤーと友達になると任意で登録される。フレンドプレイヤーがログインしているかどうか。フレンドの位置が確認できる。
メッセージは運営からの重要な知らせや、フレンド登録したプレイヤーからメールが届き、それを確認できる。
詳細設定は五感のレベルを設定することができる。
ログアウトはそのまんまだ。
「次にステータスを開いてください」
言われた通りにステータスの文字を押す。念じれば良いのだが、手動でも開くことができる。これは俺の気分みたいなものだ。
◇◆◇
須崎原宏壱(16)(男)
レベル1
攻撃──10
防御──10
速さ──10
知能──10
SP──20
《スキル》
なし
◇◆◇
攻撃は力強さ。
防御は身体の頑丈さ。
速さは動きの速さ。
知能は《スキル》修得の速さ。
SPは《スキル》獲得とステータスの数値を上げるために必要なポイント。
そうエスティに説明を受ける。で、実際にポイントを割り振ってみろと言われてやってみた。
◇◆◇
須崎原宏壱(16)(男)
レベル1
攻撃──20
防御──15
速さ──15
知能──10
SP──0
《スキル》
なし
◇◆◇
となり、また《これでよろしいですか? はい/いいえ》と確認を問うメッセージが浮かぶ。
「よろしければそれで《はい》を押してください」
「ああ」
《はい》を押す。とステータスの画面が切り替わる。
◇◆◇
須崎原宏壱(16)(男)
レベル1
攻撃──10→20
防御──10→15
速さ──10→15
知能──10
SP──0
《スキル》
なし
◇◆◇
左側は前の数値。矢印から右側は更新後の数値になる。
ステータスを閉じてもう一度開くと、数値は右側のものに変わっている。
「はい、オッケーです。決闘者としての登録も完了。頑張って決闘者の頂点を目指してくださいね」
エスティの笑顔に見送られて列を離れ、他のプレイヤー同様出口に向かう。
両開きの自動ドアを抜けると、むせるようなガス臭さが鼻に突く。
建物の前を通る大通りには黒煙を吐いて走る自動車や単車が眼に移る。
ゲームの時代設定は300年前。まだ電気自動車が一般に普及する前だ。
俺は懐かしい臭いを肺一杯に吸い込んで、拠点となる学生寮に足を向けた。
受付嬢を何かの作品のキャラクターにしたくて色々調べてみました。
自分の知っている作品には受付嬢はいないので、調べた結果、一番ヒットしたアトリエシリーズのエスティ・エアハルトさんになりました。
性格が分からないので(調べてたけどいまいち分からない)、無難な対応に⋯⋯。
この作品の設定上、自分の知らないキャラクターを出すこともあると思うので(深く関わることはないと思う)、このキャラこんな口調じゃないよ! というのがあれば、教えていただきたいです。
長文失礼しました。