翌日、と言うよりかはその日の放課後と言った方が正しいか。それはともかく、学校から帰った俺は早速母さんから自室でVRギアの使い方を教わっていた。
従来のVRギアは頭を全部覆うフルフェイス型。でも、母さんが持って帰ってきたのはヘッドホンみたいなやつに頭から目、鼻までのバイザーがついたハーフフェイス(後頭部は露出してるから、そう言っていいのか微妙だが)型だ。
俺は今それをつけてベッドに横になっている。
「バイザーをじっと見てれば起動できるよ。あとは30秒くらいで登録が完了するから。それでその子は宏壱の物だよ」
教わる、と言ってもそんなものだ。機器の操作は必要ないらしい。
旧型は外部から経由して接続しないとネットワークに入ることはできなかったんだが、こいつは単機でマザーが管理するネットワークに入れるらしい。
色々と面倒くさい書類整理、各所への許可申請が必要なはずなんだが、母さんはそれをやってくれたらしい。
「“クロスオンライン”は最初から入ってるから、登録が終わったら、遊んでみてね」
朗らかな笑みを浮かべて踵を返し、母さんは部屋の出入り口に向かう。
「ありがとう、母さん」
母さんの背中に感謝の言葉を投げ掛ける。
外部接続なしでのVRギアの使用。そんな名目でこいつを開発したらしい母さんは、会社で無理をしたはずだ。今更、返す。なんてことはしないし、止めてくれとも言えないが、感謝の言葉くらいは言わせてほしい。
「ふふっ、どういたしまして」
さっきよりも幾分か嬉しそうな笑顔で応えた母さんは、今度こそ部屋を出ていった。
今日は母さんが料理を作ってくれるらしい。
俺は料理には才能がない。それは長い、それは本当に長い人生で学んでいる。どうも味が並みにしかならないのだ。聞き齧った知識を使ってみるが、普通に旨いってレベルを越えられない。
今では料理の腕は母さんに負けてしまう。母さんが料理を始めたの、5年前からなのに。
⋯⋯戦闘ならレベルが落ちても潜り抜ける自信はあるんだけど、料理はダメらしい。
そんな気分の落ち込むことを考えていると、バイザーに浮かび上がっている緑色の空のバーゲージの中が、同色で左から右へ満たされていく。
これが一杯になれば、登録が完了するんだろう。
暫く待っていると、バーゲージが消えて俺の名前、年齢、性別、身長、体重、住所と情報が開示されていく。最後に、間違いはないかと〈はい/いいえ〉で聞いてきた。
視線ではいを指すと、〈登録完了〉の文字が浮かぶ。
「⋯⋯そう言えば、“クロスオンライン”の起動の仕方、聞いてなかったな」
自分の間抜けさに溜め息を溢す。と、バイザーの中央でアイコンがひとつ、自己主張していることに気がついた。
それに視線を合わせて暫くすると、俺の意識はすぅ、と静かに眠りにつくように暗転した。
慌てる必要はない。これはVR空間に意識が飛ぶ前段階だ。1秒後には俺はVR空間に立っているだろう。
⋯⋯誰に説明してるんだ、俺は。