俺と君を繋ぐ音   作:小鴉丸

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バンドリーマーの夏が始まりました。頑張りましょう!

今回は黒服の人との会話です。


第十七話 その想い《こころ》に気付いても

〜奏side〜

 

 

「……は、早いっすね」

 

「そうでしょうか?」

 

目立つ。その一言に限る。

黒塗りの高級車が学校の前に止まると何事? となるのは当然だろう。現に帰宅する生徒や部活動の生徒もその珍しい光景に目を奪われた。

 

「連絡来て三分も経ってないですよ」

 

「こころ様の指示とあらば迅速に行動をするのは当たり前なので……。それよりもどうぞ」

 

車の扉を開けられて中に入る。後ろからの視線が気になってやばい、こりゃ明日は質問攻めだな。

 

それはそうとこうなった経緯を話そう。今日は水曜日、こころの家で個人的なドラム練習をする日だ。帰りのHRが終わり家に帰ろうとしていたらこころから連絡が入っているのに気付いた。内容は迎えが来る、という事で取り敢えず俺は学校の外で待とうと考えていたのだ。

 

「こころ様は先に家でお待ちになってます」

 

「そうですか」

 

外の変わりゆく景色を見ながら返事をする。

 

外に出ようと正門に向かうと軽い人だかりが出来ていて、何事かと近づくと黒塗りの高級車が置いてあったのだ。それも黒服の人もセットで。そりゃあ人だかりも出来る、俺はすぐにその場に駆け寄り黒服の人に話し掛けて──、初めに戻るという訳だ。

 

「奏様」

 

信号に引っ掛かり止まった時に黒服の人が名前を呼んだ。

 

「はい?」

 

「こころ様について話しておきたい事があるのですが……聞いて頂けますか?」

 

「別にいいですけど……」

 

車が走り出すと同時に「ありがとうございます」と言って話し始める。

 

「私達は仕事で離れているご両親の代わりにこころ様を小さい頃から見てきました。こころ様は小さな頃から元気でとても笑顔でした、それは今のこころ様を見れば分かりますよね?」

 

「ああ、正直ああいう奴がこの世にいるなんて思ってもなかったな」

 

「何かに失敗しても何とかしてそれをひっくり返す、そんな才能さえも持ち合わせてます。運動神経もよく周りからは注目を集めていました」

 

だろうな、と思う。美咲や花音からもたまに聞くが学校では一年から三年まで知れ渡っているらしい。良い意味なのか悪い意味なのかは分からないが。

 

「──だけど友達と呼べる人はいなかったのです」

 

「は?」

 

軽く聞こうとか考えていた思考が止まる。

 

「い、いや友達はいるだろ? 親友はともかくだけど」

 

「いえ、いませんでした。恐らくご家族の方から何か言われてたのでしょう。そうですね……『弦巻家の子には余計な事はしないでね』、『怪我をさせたらダメだからね』とかですね」

 

それを聞いていつかのこころの言葉を思い出す。

 

『笑ってくれるけどみんな距離を置いてる様に思えるの……』

 

あの時の言葉はそれを踏まえてなのか? でも今はあんなに元気で笑顔なのに?

 

「それは小、中学校と続いていきました。別にいじめられている訳ではありません、周りの方もそういう気は全く無いでしょう。今もですがこころ様はご飯の時にその日あった事を話してくれます、でもその中に人の名前は出た事がありませんでした。人を指す時は“みんな”という言葉しか使っていなかったのです」

 

俺は黙って黒服の人の話を聞き続ける。

 

「私達は心配でした。こころ様は一人で抱え込むタイプ──いえ、“一人でしか考えれない”ので私達に相談する事なくずっと一人で考えていました。どうすれば友達が出来るのか、どうすればみんなのように話せるのか、と。結局そのまま高校へ上がり私達はそのような生活が続くと思っていました」

 

だけど……。

 

「高校から、こころは変わった──か」

 

俺の言葉に短く頷く。

 

「驚きました、駅前で歌ってたら松原様が現れて……たまたまドラムを持っていて……。薫様風に言うのなら運命、という事でしょうね。それからは凄かったですよ。トントン拍子にバンドメンバーが集まり、あろう事か誰もこころ様を特別扱いしない……、一人の“弦巻こころ”として見て接してくれる。こころ様には初めての体験でしたね」

 

あいつら個性が強いもんな。こころはこころで自分がそんな立場にいるからと言ってどうこうしないし、あいつらはあいつらで知っても態度を変えないだろう。

 

高校になれば変わる奴は多いが以外にもこころもそれに入ってたのか。本人はそんなつもりは無いだろうがな。

 

「自分のしたい事、目標に向かって進んでいると壁にぶつかるというのは、物語にありがちな事ですね。その壁が──」

 

『俺がお前に教えてやるよ。目を瞑ってるお前に、知らないふりをしているお前に、俺が教えてやる』

 

あの時、俺がこころにぶつけた言葉。

言葉はどんな暴力よりも体に、心に被弾する。遮る事が出来ないから、耳を必死に塞いでも、音を切り離しても……口の動きで分かってしまう。

 

「俺、か……」

 

「あの時のこころ様は正直見ていたくなかったですね。よっぽど奏様の言葉が心に響いたのでしょう。でも当然ですね、同じ目標を持ちそれを諦めた方の言葉なら、自分と重ねてみることは容易に出来ます。──そして、そうなった自分を考えるのも」

 

再び信号で止まる。

 

「怖かったでしょう。周りの笑顔が偽りと思うと、いつかは崩れ去る自分の幻想と思うと。その時のこころ様は崩壊しそうでしたよ」

 

その時のこころはあの時の──独りになった俺と同じだっただろう。いや、俺よりも酷かったかもしれない。こころには俺の花音のような心の支えがいないから。

 

──だけど、だからだろう。俺がそう思ったのは。

 

車が動き出す。

 

「でも、再びこころ様は笑顔を取り戻しました。楽しそうにその日の夜は話してくれたのを今でも思い出せます……。『聞いて聞いて! 私ね、親友が出来たのよ!』と、今までにないほどの笑顔でそう言ったのです」

 

『あなたがあたしの最初の親友』

 

その言葉通りの意味。

本人が認めればそれは親友だ、そう思われたのならその相手はそれに応える。だから俺は支え続けたいと思う。

 

「感謝してます奏様。こころ様を笑顔にしてくれて」

 

「そんな、俺は支えるだけですよ。あいつの……傍で」

 

あの時の言葉を口にする。すると「なるほど……」と何を納得したのか分からないがそう口にした。

 

既にこころの家が見え始めていると運転している黒服の人が最後にという感じで話し掛けてきた。

 

「男性と真正面から話をしたのは奏様が初めてでしょう。こころ様から聞いていませんか?」

 

「聞いてませんね、それに似た事は言われましたけど」

 

ま、軽々しく男に抱きついたらやばいだろ。普通に可愛いんだから男は変に意識するだろうし。

 

「ちょっと話します。悪い言い方をするとこころ様は男性に興味を持ってません、あくまで笑顔になる対象としか見ていなかったでしょう。それが特定の誰か──それも男性の事を思って行動する事は大きな変化です」

 

「へぇ……そんな人がいるんだな。大変だな、そいつも」

 

他人事のように言う。すると黒服の人は「はぁ」と珍しく深いため息をついた。

 

「仮に話をしましょう。……こころ様は自分の目標をある男性に否定されました、だけどその男性は『傍で支える』とこころ様に言いました」

 

仮の話なのにどうしてさっきの話を繰り返すんだ?

 

聞き返すことの出来ないまま話が続く。

 

「それが原因だったのでしょう。それからはその男性に心を惹かれていき、いつしか今までに感じた事のない感情が芽生えてました。その感情の名前に気付いたこころ様はその人に想いを伝える事にします。偶然にも伝えようとしたその日は二人で練習をする日、これほど絶好の機会はないでしょう」

 

丁度家の目の前で車が止まる。そして車の中では言葉を交わさず無言の状態が数秒続いた。

 

そこまで言われて気付いた、気付いてしまった。その男が誰を指しているのかを。

 

「……でも、俺は──」

 

決めたんだ。もう迷わないって。俺は、花音が好きだから……。

 

「奏様」

 

優しく名前を呼ばれそちらを向く。

 

「こころ様は自分の想いを伝えます。でも奏様には既に決めた方がいるのでしょう? それを知っての行動です、きっと結果は自分でも分かってるのに伝えるのです」

 

どうして伝えるのか……、結果が分かるならその行動は無駄じゃないか。

 

「俺には訳が分かりません。それは、無駄なのに」

 

「無駄、ですか。こころ様はそうは思わないと思います。結果がどうであれ自分の気持ちを伝える事に意味があるのでしょう」

 

話はここまで、そう言わんばかりに切りやめられた。

 

そして俺達は車から降りて黒服の人に扉の鍵を開けられる。

 

「それでは、行ってらっしゃいませ奏様。こころ様の気持ちを受け止めてください」

 

「あぁ、受け止めるさ。叶える事は出来ないけどな」

 

すれ違うと同時に交わした言葉に黒服の人は少し笑っていた。……気がした。




読んでくださりありがとうございました!

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