兄の婚約者を泣かせた入学初日はレギュラスにとっても最悪のスタートだったに違いない。
組み分けまで、レギュラスは気まずそうに黙ったままだった。私も気まずかったが、これから先の組み分けのことを考えるとひどく憂鬱だった。
「はじめまして、みなさん」眼鏡をかけた女の先生が厳かにいった。「ようこそ、ホグワーツへ」
いよいよ組み分けが始まるのだ、とごくりと緊張をのみくだす。
コローナ=ボレアリス家は一族のほとんどがホグワーツに通っていたが、所属寮はバラバラだった。
厳格な性格のお祖母様はブラック家の傍流から来た人で、この人はスリザリンだった。私をとても可愛がり知識を授けたお祖父様はレイブンクローだったらしい。決断力のあるお父様はグリフィンドール、神経質だが美人のお母様はスリザリンだった。兄弟内で一番優秀な一番目のお兄様はレイブンクロー。しっかり者で新しもの好きな二番目のお兄様はグリフィンドール。兄たちの中で一番美形でひょうきんな性格の三番目のお兄様はハッフルパフだった。
ハッフルパフ以外ならどの寮も確率は同等ーー。
祖母も母も外部の純血の名家からお嫁に来た。私の知る限り、生家にスリザリン出身者は少ない。
おそらくーーコローナ=ボレアリス家に生まれたものは、潜在的にスリザリンに向かないのだろう。
「レギュラス・ブラック」
そんなことを考えているうちに、ブラックの《B》が呼ばれ、心臓の音が高まった。
新入生の名前はアルファベット順に読み上げられている。ブラックの《B》の次はコローナ=ボレアリスの《C》だ。
姿勢良く椅子に座ったレギュラスの頭の上に、女の先生が組み分け帽を乗せる。レギュラスはいつも通りに振舞っていたが、内心やはり緊張があったようで、灰色の目が落ち着きなく組み分け帽を見上げていた。
誰もがレギュラスを神妙な面持ちで見ていた。ーー何故なら、代々スリザリンであるブラック家の伝統を破った兄が去年いたからである。
グリフィンドールかスリザリンかーー糸を張り詰めたように広間が緊張している中、帽子ははっきりと高らかに宣言した。
「……スリザリン!」
スリザリンのテーブルから大きな歓声が上がる。レギュラスと入学前から交流があったらしい先輩たちが祝辞と賛辞の言葉をかけ、飲み物の入った杯を渡して乾杯しあっているのが見えた。
純血を尊ぶスリザリンに入ったのだ。レギュラスは頰を薔薇色に染めて、とても嬉しそうに見え、いつもよりハンサムに見えた。シリウスと顔立ちが似ているのだから、もともと彼も相当ハンサムなのだけれど。ニコニコしているところをあまり見ないので、余計にハンサムにうつる。
空気を読んで、みんなに合わせて拍手を送っていると、新入生の名前を読み上げていた女の先生ーーマクゴナガル先生が、くい、と丸眼鏡をあげた。
「ベガ・アルタイラ・コローナ=ボレアリス」
一瞬、しん、と会場内が静まり返った。
スリザリンの席からはわずかなざわめきが聞こえた。
世間知らずな私にも、理由はわかっているーー私が、“魔法界のお姫様”だからだ。
重い足取りで椅子に腰掛けた途端、全校生徒の視線がこちらを向いて冷や汗が吹き出した。
屋敷内で大切に育てられてきたため、こんなに一斉に注目されたのは初めてだったのだ。
(スリザリン……スリザリン……)
帽子を被らされる前から震える膝を抑えて強くそう念じた。
そうじゃないと、私はブラックさんに嫌われてしまう。母も父も残念がるだろう。
じとりと冷や汗の量が増した気がした。
「ハッ……」
「だめ……!」
ぎゅっと帽子のつばを掴んで、きっと恐らく「ハッフルパフ」と言おうとした帽子を黙らせる。
嫌じゃない。ダメなのだ。
スリザリンじゃないといけない。
お母様は『将来ブラック家に嫁ぐためにはスリザリンじゃないといけない』と言った。
スリザリンじゃないとレギュラスにだって嫌われてしまう。優しかった彼はきっと私を軽蔑するだろう。
グリフィンドールに組み分けされたシリウスと同じように。
なぜだか、シリウスに嫌われるよりレギュラスに嫌われることの方が怖かった。
「……スリザリン!」
帽子が叫んだ瞬間、スリザリンから大きな歓声が上がり、ざわめきに混じって「スリザリンだ!」「お姫様だ!」「お姫様がスリザリンに来た!」という声がちらほら聞こえた。
私はただ呆然としており、何が起こったのかわからずにいた。
あまりに放心しているので、先生が椅子を離れるように促し、説明されるがままにスリザリンの席に歩み寄った。
帽子が組み分けを変えた……? そのことにただただ動揺していて、どこに座ればいいかわからなくて立ち尽くしていると、監督生バッチをつけた七年生がわざわざ立ち上がり、握手した。私より大きな手は筋張って色素が薄く、いかにも男性の手という感じ。
「君を歓迎するよ、ミス・コローナ=ボレアリス。さあ、こっちへ。みんな、静粛に! もっと詰めて! どこか空いている席はないかい」
あとでこの人がルシウス・マルフォイであるいうことを知った。一番最初に縁談が上がったが母が歳が離れすぎているからといって泣いて固辞したマルフォイ家の跡継ぎだった。
純血の名家コローナ=ボレアリス家の"お姫様"がスリザリンに組み分けされた喜びはひとしおで、監督生や他の七年生が呼びかけているにもかかわらず、みんな喜びを分かち合おうと私に話しかけるのに夢中でなかなか席に空白が出ない。
戸惑って一人ワタワタしていると、「ベガ」と小声で聞きなれた声が呼びかけた。
「ここにおいで。僕の隣」
レギュラスはいつもと同じよう優しく声をかけてくれて、どうやら彼に嫌われていないらしいことに私はほっとした。
助かったと思いながら、レギュラスが示してくれた席に座る。
「ベガおめでとう。君を誇りに思うよ」
「あ……りがとう、レギュラス……」
普段はクールで私の前ではあまり顔色を変えないレギュラスが喜んでいるのを見て、私も少し嬉しくなってしまった。
「やっぱり君には崇高なスリザリンが似合う。だって僕のお姫様だもの」
「え……」
珍しく目を合わせて、頰を上気させて誇らしげにいうレギュラスに心臓が音を立て始めた。
それはどう言う意味ーーと聞く前に、向かいの面倒見のいい二年生が皿を突き出して、一年生に食事を取り分け始めた。
「おめでとうお姫様! これもどうぞ!」
食事の乗ったお皿に続いて与えられるお菓子や飲み物をひたすら受け取る作業に追われて、私はいつしかレギュラスに言葉の意味を聞き返すのを忘れた。
ブラック家の直系とコローナ=ボレアリス家のお姫様を迎えたスリザリンは、その日夜が更けてもみんなお祭り気分で、私は日記をつけることも忘れてベッドに入ったのだった。
入学式編終了。