魔法界のお姫様   作:やちは

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普段は創作小説メインに活動しているんですが、『呪いの子』発売でハリポタ熱が再沸騰してしまい、本日一人称の練習を兼ねて書いていた二次創作小説を投稿することにいたしました。
若輩者ですが、何卒よろしくおねがいいたします。
少しでも共感、楽しんでくださればなによりです╰(*´︶`*)╯♡



序章
ブラック家の兄弟《前編》


九歳の時、初めて許嫁のシリウス・ブラックと出会った。

当時から黒髪に灰色の瞳をした健康的な、なかなかの美男子で、これは将来有望かしらと幼い頭で考えたほどだった。

 

「……よろしく」

 

言ったきりぷいとそっぽを向いた横顔が、私と会うことをあまり喜んでいないことを語っていた。

着崩れてくしゃくしゃになった一張羅は、さっきまで隣に侍っていた痣だらけの屋敷しもべがなんとかかんとか着せたもののようだ。名をクリーチャーという。

私を見て、真っ先に深々とお辞儀して、敬意を払ってくれたので、ドレスの裾を持ち上げて挨拶するとより一層、それこそ地面に額がつきそうなほど頭を深く下げたからよく覚えている。

 

「うん……」

 

なにをよろしくなのか。わからなくて、適当に頷いた。

母には『ブラックさんの気を損ねないようにね』と口を酸っぱくして言われていた。

だからなにを言われても答えは『イエス』。そう決まっていた。

浪費家の母がブラック家の名前に合わせて新調した漆黒のドレスの裾を直すふりをしてぎゅっと握り、下を向いた。

ブラック夫人はシリウスが私を泣かせたと思ったのかきつく彼を睨んで、「邸内を案内して差し上げなさい!」とヒステリックに怒鳴った。

ブラック夫人はシリウスをあまり気に入っていないみたい。なんとなく雰囲気でわかった。

 

「ここが父の書斎。隣の部屋に繋がってる。ここがお優しいお母様の部屋……で、ここが……」

「あ、の」

 

マイペースに広い邸内を適当に案内し、歩き続けるシリウスを追いかけるのに必死で、やたら裾の長いドレスを踏んでこけそうになってしまう。

シリウスが鼻で溜息を吐いた。ああ、ドジで間抜けだからきっとイライラしてる。機嫌を損ねちゃいけないのに。

 

「ご、ごめんなさ」

「もうちょっとゆっくり歩いてあげなよ、兄さん」

 

背後から声がかけられギョッとする。

同じ年頃の少年が階段を上がってこようとしてるところだった。

シリウスとは違い、きっちりと服を着こなした同じ年頃の少年。驚いてよろめいた私の腕を掴んで支えてくれる。

 

「ドレスの裾が泥だらけだ。さっきから何度もつまづいてるんだ」

 

上辺だけの優しさを浮かべたーーシリウスとはまた違った冷徹な目の色に少しゾッとする反面、その目に魅せられた。

シリウスは彼を憎々しげに睨みつけた。

 

「お前は黙ってろ、レギュラス」

「僕に兄さんの婚約者に口出しする権利はないもの。一応、助言してあげただけ」

 

そう言って、彼ーーレギュラスは再度冷ややかな視線をシリウスと私に向けて、新聞を片脇に、自室に消えた。

 

 

 

粗方邸内を見終わり、二人で庭に出た。シリウスは不本意ながらも弟の助言を聞いたのか、私の手を繋いで同じ歩幅で歩いてくれた。

屋敷しもべのクリーチャー(シリウスは蛇蝎のごとく嫌っていたが)が熱心に手入れをしている庭は美しく、溜池には藻一つ浮いていない。澄んだ水にシリウスの端正な顔がうつった。

 

「俺のこと、好きじゃないんだろ」

 

ため池に石を投げながらシリウスがとう。ぽちゃんと虚しい音がした。

 

「うん。……ん?」

 

私はぽちゃんと音を立てて石が水中に沈んでいくのをぼんやりと眺めて、『イエス』と言おうとした。しかしいまのは『イエス』と言ってはいけない気がした。

シリウスは「やっぱりな」というように自嘲を含んだ溜息を吐いた。

 

「お前さ、悲しくねえの」

 

質問の意図がわからず、首を傾けると、シリウスは名家の御曹司とは思えない粗野な動作で前髪をかきむしった。

 

「あー……だから、親の言いなりで見たこともない上に好きでもない相手と結婚することになって。悲しくねえの?」

「……わかんない」

「はあ?」

「だって私は生まれた時からこの家にお嫁に来ることが決まっていたもの」

 

これだけはきっぱりと言える。

私の体には聖二十八家の血がすべて流れている。我が家ーーコローナ=ボレアリス家は、かつての十六世紀イタリアで隆盛を誇った由緒ある純血の家柄だった。昔ほどの名声はないものの、純血の血統は守られ、嫁入り先に不自由しない。

それに私は五十年ぶりに生まれたコローナ=ボレアリス家の直系の女子だった。純血に拘る家柄からの縁談はひっきりなしで、そんな中でお母様に是非にと縁談を持ちこんだのが、財産も地位もある由緒正しきブラック家の直系の息子だった。

3歳時には正式にシリウスとーー正確にはブラック家と婚約していた。以来、大切に大切に邸内で育てられ、多くの屋敷しもべに傅かれて育った。

水中には名前も知らない魚が浮いている。尾びれが揺れてとても綺麗。家に魚はいない。お母様が魚は生臭いからと嫌い、買ってくれなかったからだ。代わりに与えられたのは猫だった。

 

「……おれお前がわかんねえ」

 

シリウスがぼやいた。

 

「私もあなたがわからないわ」

「お前、どうかしてるぞ」

「うん、そうかも」

 

これは自分の本音だった。

私はきっとどうかしている。自分の意思はお母様の意思で、母に見捨てられたくないがために私はずっと言いなりだ。

戯れにそばに落ちていた枝でぐちゃぐちゃと水面をかき混ぜる。ただでさえ凡庸な私の顔が実体が掴めないほど歪んだ。

恐らく本当の私はこんな感じ。実態などなくてふにゃふにゃしてる。

シリウスは「わけわかんねー」といって、不満そうな顔のまま私をその場において邸内に戻った。

 

 

 

 

怒らせてしまったかしらと、不安になった。

ブラックさんを怒らせないようにと口を酸っぱくして言われていたのに。

男三人の中に一人年が離れて生まれた女の子。それが私だ。

周囲が言うには、母は元々派手好きで浪費も激しかったが、一人娘が生まれるとますますその浪費が激しくなった。

食うに困らない程度はあった財産が今はそれまでの生活を運営するのに精一杯となった。

だから私はなんとしてでもシリウスに好かれなければならない。なけなしの財産を叩いて新調した黒いドレスを着せながら、母が言い聞かせた。母の目論見通り、ブラック夫人やクリーチャー含む屋敷しもべはドレスも私も気に入った。

ただ、シリウスとその弟ーーレギュラス、だったかーーは、違ったみたいだけど。

じっと水面を眺め、機嫌を損ねた婚約者に気に入られるにはどうしたものかと途方に暮れていると、まだ波紋を立てる水面に影がかかった。

シリウスが戻ってきたのかと肩越しに振り向くと、いたのはシリウスではなく、その弟の方だった。

 

「あ、の……」

 

自分の言葉を口にするのが苦手な私は、声がつっかかって難儀した。

上から見下ろされているせいか。影になっているせいか。いやそれ以前にーー実は挨拶した時から、彼の冷ややかな灰色の目が恐ろしかった。

 

「なにか……」

「兄さんはどこへ行ったの?」

「え?」

 

私はポカンとして同じ年くらいの男の子を見上げた。

彼は言外に話の先を促していたので、私はしどろもどろのなりながら経緯を説明した。

 

「あの、シリウスが、私のことがわからないって、それで私も貴方がわからないっていったから、それで、わけがわからないっておっしゃって……」

「………」

「それで私、怒らせてしまったみたいで……」

「………」

「ごっ、ごめんなさいっ」

「……はあ。また逃げ出したのか。しかもこんなところにレディを置き去りにして?」

 

「呆れるよ」レギュラスはため息混じりにそう言い、私に手を差し出した。

 

「兄さんのことだからそこまで気が回らないと思ってお茶を用意させたけど、当の本人がいないとはね……兄さんの分は無駄になってしまったな」

 

「行こう」といって、レギュラスは再度手を取るよう促す。

私はまじまじとその手を眺めてから、己の手も伸ばした。




また休日にでもパソコンで誤字脱字の修正をしたいと思います。

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