【完結】戦艦榛名に憑依してしまった提督の話。   作:炎の剣製

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更新します。


0302話『提督の選択』

 

 

 

『こういうのは君からしたら魅力があると同時にとても薄情な質問だとも思うけどね、君のもとの世界に戻れるって言ったら君はどうしたい……?』

『は……?』

 

少年の突然のそんな質問をされて私は間抜けな声を出してしまった。

それはそうだろう。

わざわざこの世界に送り込んだというのにまたもとの世界に送り返すなんて都合が良すぎる。

何か裏があるんじゃないかと思わず勘ぐってしまう。

 

『それは……しかし、でも本当に戻れることが出来るのか?』

『大丈夫だとも。僕の力にかかれば君をもとの世界に戻すくらいは造作もない事さ』

 

そうあっけらかんと笑う少年の笑みを見て、でも信じられなかった。

 

『それじゃ聞くけど私がもとの世界に戻ったとして残された艦娘達はどうなってしまうんだ……?』

『そこは安心してもらってもいいよ。また君の艦隊これくしょんのデータに戻ってもらうだけだから。多少は感情は残るだろうけどそれでもほぼ元通りになると思うよ?』

『それはあまりにも酷い話じゃないか……? 今まで築き上げてきたものを無に帰すにも等しい行為なんだぞ?』

『そうだね。僕も今自分がとても酷い事を言っている自覚はあるよ。そこは認める。

でもね、僕も君には有情を持って接しているつもりだよ?』

 

この提案のどこが有情なんだと思う。

艦娘達をもとのデータに戻すと言う事はこの世界で過ごしてきた様々な出来事、楽しい事、嬉しい事、その他もろもろも無かったことになってしまう。

そんな事になったら私は気まずくなってしまいもう艦隊これくしょんというゲームに手を出せなくなってしまう。

 

『だったら私は―――……』

『話は最後まで聞くものだよ? まだ時間はあるんだからじっくりと検討しなよ。まぁこの空間に一時間いるだけで外の世界は一日進んでしまうからそんなに考えている猶予もないけどね』

『だったらなおの事! 私はみんなのところに帰るよ』

『だから落ち着きなって。さっきも言ったけど僕は有情を持って接しているんだ。

理由を言わせてもらうとね。この世界は君が思っている以上に闇が深いんだよ』

『闇が深い……? それはどういう……』

『君は考えたことがないかい……? いつかは深海棲艦を根こそぎ排除できたとしよう。でもその後のこの世界がどうなるかまではもう僕の管轄から外れているんだよ。だからもうどうなるかはわからない。この意味が分かるかい?』

『それは……』

 

確かに分からない。

深海棲艦との戦争が終結したらその後の艦娘の扱いはどうなる?

海軍はどう判断を下すのか読めない。

 

『うんうん。少しは想像できたと思うけどね。

もしかしたらあり得る事とすれば艦娘達の一斉解体なんてシナリオになるかもしれない。もちろんそれには艦娘という身体である君も含まれている事も忘れないでおくれよ?

無論、君は当然彼女達を無くさせないために反抗するだろう事も予想できる。だって家族だもんね。

深海棲艦と戦える戦力に人間が太刀打ちできるわけがない……結果、人間と艦娘との戦争が勃発するかもしれないかもね』

『そんな事は……』

『ない、なんて軽い言葉は言わないでおくれよ? 人類の歴史を紐解いてみればいつだって戦争をしてきた。戦える人間は率先して前線に送りこまれていきその尊い命をたくさん落としてきた。

艦娘だって死なないわけじゃない。お腹もすくし疲れもする。

人類と戦争を起こすという事は過去の日本のように補給路を断たれて戦えなくなってしまう艦娘だって出てくるだろう。艤装が使えないのなら人間の身体能力を多少上回っているとはいえ倒せないことは無いからね』

『…………』

 

私はそれで無言になるしかなかった。

少年の言う事は確かに的を得ていたのだから。

私も人類と戦争なんて御免被るししたくない。

 

『どうやら現実を見れたようだね。

それじゃそんな君にもう少しひどいもしものシナリオを教えてあげるよ』

『まだあるのか……?』

『うん。艦娘と人類との戦いならまだ艦娘側が勝つ見込みはあるだろうさ。

だけどね。深海棲艦を倒したら今度は国同士の艦娘を使用した醜い争いという事も起こるかもしれない』

『ッ!』

『そう、意思や心を持っているとはいえ艦娘は所詮は兵器というのは変わらない事実だ。だから各国は欲がくらんだが最後、艦娘同士で争わせてしまうかもしれないんだよ』

『そんな事は許されない! そんな事になったら沈んでいった艦娘達の恨み辛みが具現化してまた深海棲艦と同じかそれ以上の怪物を生み出してしまうかもしれない!』

 

私は思わずそう叫んだ。

深海棲艦は沈んでいった船の負の感情が具現化した存在だって私は思っているから、そんな事になったらまた繰り返してしまう。

人類同士の戦いで疲弊した中での新たな深海からの使者なんかが現れたらそれこそ今度こそ人類は滅ぼされてしまう……。

 

『……その通りだよ。そして君はおそらくそんな事にならないように色々と手を尽くして駆け回る事も想像するに難しくない。

だけど一人の意思と群集とが相手では勝ち目はとうに見えている。

君が暗殺されるかもしれないという事も想定しないといけないからね。ふぅ……やれやれだよ』

 

それで少年は深いため息を吐く。

 

 

『……―――まぁ、色々と君にもしもの事態を教えてあげたけどね。

話は戻すけど僕としては手遅れになる前に君は安全な世界に戻る事を進めたいんだよ。

もとの世界も紛争が各地で起きているだろうけど一般人でしかない君には遠い話かもしれないし、それに家族や友人たちとの平凡でもいいありきたりな普通の生活を送れるというのもそれはそれでありだと思うしね。

僕が言えるのはここまでだよ。時間は有限だ。もう一時間はとうに経過しただろう。一日は経過したことになる。決断は急いだ方がいい。

もとの世界に戻るか、それとも艦娘達と一緒にこれからも戦い続けるか……』

 

そんな、二者択一な選択。酷いにも程がある。

それでもこの少年は私のために色々と考えてくれている事は痛いほど分かった。

でも、もしもとの世界に戻れたとして私はこの世界に来る前までの生活を取り戻せるかどうか。答えはノーだ。

もう一年近く軍人として過ごしてきて染みついた感覚が、艦娘達と過ごしてきた今の私の人格が抜けきらずに生き急ぐ光景をやすやすと思い浮かべられる。

それほどに濃かった生活を送っていたのだ。

だから色々と考えはすれどもう答えは出ているんだ。

それを告げるために私は少年の方へと真っ直ぐに向いて、

 

『私のために色々と考えてくれてありがとう。でも、もう私は彼女達と一緒に過ごしていくって決めているんだ。

この先どんな辛い事が待ち受けているだろうとみんなが一緒ならきっと乗り越えて行けると思っている。私はそう信じている。だから……』

『わかった……。君の決意はとうの昔に固まっていた事はもう知っていたから今回の話はかなり無粋だったみたいだね』

『すみません……』

『謝らなくていいよ。もともとは僕が君を送り込んだのが原因なんだからね。それじゃこれで最後になるけどもう迷いはないんだね?』

『はい!』

 

それで少年は満足そうに笑みを浮かべながらも、

 

『それじゃこれを受け取りなよ』

 

そう言って少年は一つの丸い玉を投げてきた。

私はそれを受け取ると瞬く間にその玉は私の中へと吸い込まれていった。

 

『これは……』

『君があの世界で存在していられるだけの十分なエネルギーが込められている宝珠だよ。それでもう君はあの世界で消える事はないだろう。

あ、でもあの工作艦の作った薬はもう飲まない事をお勧めするよ。これ以上は僕も面倒は見切れないからね』

『わかりました』

『そして僕の加護がその宝珠にも込められているからよほどのことがない限りはなんとかなるだろう。それじゃこれで最後も最後、君達のこれからの航海に幸運がありますように……』

 

少年のその最後の贈る言葉とともに私の意識は薄れていくのであった。

 

 

 




そして提督は戻っていくのでした。
後戻りはもうできないけど後悔はないでしょうとも。




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