白き獣は牙を研ぐ   作:マスター冬雪(ぬんぬん)

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幼き獣は爪牙を持つ

 群れを成す草食動物の稚児。騒音は嫌いだと恭雅は言った。

 

 

 

 

 

 恭雅は兄である恭弥に連れられ並盛幼稚園に訪れていた。並盛幼稚園は住宅街に程近い場所にあり、雲雀兄弟が徒歩で向える程である。2階建てのそこそこ大きな煉瓦造りの学舎は空の青に良く映えた。その元で騒ぎ走り回る園児達。それを見て嫌そうに眉を寄せる2人は歳不相応と言わざるを得ない。

 

「……群れてる」

「そうだろうね。だからぼくらはこっちだよ」

 

 恭弥と恭雅は同様にとある体質を患っている。

 集団行動アレルギー。人混みを見るだけで胸焼けがし、近付くだけで軽い嘔気に襲われ、一定時間混ざれば蕁麻疹が現れる。また恭雅は前世その体質にすら反抗し反動により更に悪化した経験がある。当時自分が雲雀恭弥(紙とインクの存在)である事を拒絶し抗ったものの一つ。その因果を引き継いだ為に恭弥よりもその症状は重い。

 慣れたように玄関口へ入り階段を登った先、一番奥の部屋。特別室と銘打たれたその部屋は前世に於いて集団行動アレルギーによりストレス性失神した際から使い始めていた為、恭雅にとっては酷く馴染み深い。

 小さな身では程々に広く、多少なら走り回れる位はある。二つの本棚には絵本が並び、奥のロッカーに恭弥と恭雅の物である鞄と制服が掛けられている。背の低いテーブルには椅子が二つ。恭弥は徐ろにテーブルと椅子を端に寄せ、くるりと恭雅に振り返った。

 

「たたかおうか」

「……」

 

 前世では同一存在、現世では殆ど双子のように行動を共にしている故、恭弥の言動の意図を寸分違わず理解する。

 5割興味。父が認める恭雅の強さとはどの程度か。

 3割心配。万が一誰かに襲われ傷付けられたら。

 2割疑問──────

 

「たたかうの、きらいじゃないくせに。どうしてたたかわないの?」

「……全く戦ってない訳じゃないけど」

「そう?……まあ、たとえきょうががよわくても、ぼくがまもるから、どちらでもいいけどね。さいていげんみをまもってくれないと」

 

 嘆息。我が兄は自分に比較的甘い。そんな事をそんな意図で只の身内というだけの他人に言うのだ。

 客観に見れば平均的であるのだが恭雅は自身の染まり切った価値観故に気付かない。

 

「恭弥はそのまま色んなヤツに喧嘩を売ればいい。戦闘の勘は戦闘でしか手に入らない」

「ん。きょうががいうならそうする」

 

 恭弥はトンファーを、恭雅は(さい)を構え相対した。

 

 

 

 

 恭雅が逆手で構えている釵という武器。それはトンファーと同じく琉球古武術で使用される武器である。棍棒の一種とされ、所謂十手のような形をしている。先端は刺突用の刃が付いており、打つ、突く、受ける、引っかける、投げる等の多彩な攻防術が主とされる。しかしあくまで構え方は逆手であり、基本的に二本一対。鍔と柄の交差点を握り込み、突き出した柄が拳打、刃が肘打ちを強化する働きをし、鍔が指を守り刃が腕を守る篭手の機能を持つ。つまり近距離の補助道具だ。身体能力とセンスがなければ素手よりマシ程度の武具にしかならない。

 

 

 恭弥が上体を低めながら右手のトンファーを横殴りに振るう。恭雅はそれを敢えて前方に1歩進む事で左の釵で後方に受け流し。無挙動から右の釵を順手で下方より恭弥の眼球目掛けて刺突する。

 

「!ッち、」

 

 咄嗟に顔を逸らした為頬を刃が滑る。と、同時に恭弥の背筋に寒気が走る。

 

「よく避けたね。勘かい?」

「……ッよゆうじゃないか。すぐにはいつくばらせてあげる」

 

 視覚外、右脚による膝打ち。転がるように避けた恭弥は動きを止める事なく恭雅に襲い掛かる。

 恭弥の鋭い一閃に対し恭雅は終始受け流しを主としたスタイルを取っていた。恭雅は自在に釵の持ち方を切り替え隙あれば急所を刺し貫かんとする。が、自分が行う攻撃はまるで雲を相手しているように手応えなく摺り抜けるのだ。溜まったものではない。

 

 刹那、ギャリリッと金属が擦れ弾き合う。

 

「、はぁ、はぁ……ッ」

「……ふー……、」

 

 相対する2人は度合いは異なれど息を荒くする。体力が戦闘に適応出来ていないのだ。1度に十合程打ち合えれば十全。消耗戦に陥れば不利なのは、────……今はまだ(・・・・)余裕のある恭雅の方である。

 

「せめて1年早く生まれれば、ね……」

 

 現状、恭雅は癖による先読みと経験で騙し騙しその体力のなさを補っている。恭弥は父からいやらしい程に多くの搦手を受け、本能的にそれを逃れられるのだ。自分には捩じ伏せるにも力がない。更に言えば優位に立てる程の体躯の差もない。ならばどうするか。

 

「ねえ。……恭弥は覚悟がある?」

「っ?」

 

「君の才能はこんな物じゃない。求めるなら捧げろ。その覚悟を薪に焔を燃やせ。

─────君が後に手に入れる(僕が嘗て手に入れた)力の一端を、見せてあげよう」

 

 

 紫が蛍火のように、宙で散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……と何だかんだと言ったが要は負けたくなかったのだ。反省も後悔もしていない。きっとまたするだろう。負けたら死ぬんだ。喰らい付いて八つ裂きにしないと。知ってるかい、獅子は兎を狩るにも全力を尽くすんだ。……それに余裕ぶって鼠に噛まれるなんて唾棄すべき事だ。考えただけでも腹立つな。(弱者)という(弱者)全て殺したくなる。

 物騒な事を嘯きながら恭弥の額に濡れタオルを置く。

 最後のそれはなんて事は無い、殺気に炎を混ぜて"当てた"だけだ。ふらついた隙に上段から大振りで米神を柄で打たせてもらった。辛くも勝ちは勝ちである。

 然しながらこの体たらく。未だ幼少といえど許容すべきではない。これでは奴らを滅殺する等夢のまた夢なのだ。

 

「ん……、」

「!恭弥、起きた?」

「うん。……きょうが、きみ、つよかったんだね」

 

 頬を膨らませながら上体を起こした恭弥を見るにふらつきもなく、後遺症の心配はなさそうだ。

 

「……つよくなりたい」

 

 幼いながらに鋭い目をした小さな獣に、自分の面影を見た。

 

「……じゃあ、一緒に強くなろうか」

 

 強くなった恭弥(自分)と戦うのも一興。恭雅は恭弥と指切りで約束した。

 

「約束」

「うん。だれにもないしょ」

 

 僕の狩場まで案内してあげよう。最初は見るだけでも良い経験になる。……嗚呼、これからは父さんとの訓練にも参加しようかな。あの澄まし顔を咬み殺してやると思えば殺る気も出るし。

 

「いつか強くなった時、僕と戦おう」

「……いいね、こんどこそぼくがきみをかみころすから」

 

 

 

 

 

 戯れと悪巧み。

 どうやらこの幼少期は、退屈せずに済みそうだった。

 

 

 

 

 




雲雀恭弥の強化フラグが立ちました。

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