ARIA新しい妖精たち   作:岩戸 勇太

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その……素敵な手帳は……

「君、ダッファーレについて聞きたいんだが」

 アキラはダッファーレをしているペアのウンディーネにそう聞いた。

「今のダッファーレは楽しいかな?」

 こくんとうなずくウンディーネの子。

「この仕事って思っていたのとちがって……」

 その言葉のメモを取るアキラ。

 メモを取った後、その子にお礼を言って立ち去っていく。

「アキラさんどうしたんだろう?」

「さぁ? 最近いろんな子に聞いて回っているらしいよ」

 姫屋のウンディーネ達の間では有名になっている事だ。

 それが何のための行動なのか? それを知る子は一人もいなかった。

 

「アズサ。お前のダッファーレについて聞きたい」

「はい。いいですよ」

 それはアズサのところにもやってきた。

「噂になってますよ。これって何の意味があるんですか?」

「それはだな。恥ずかしくて人には言えないというか」

 アキラが人に知られて後ろめたいことがあるとは、なかなか珍しいことだ。

「男ですか? そういえば、アテナさんも最近その手の噂がありますよ」

「なんだと! それは本当か?」

「嘘です」

 アキラにそれを言った時のうろたえようはとんでもなかった。

「そこまでですか?」

「いやなに……いままでアリシアとアテナの二人には煮え湯を飲まされていたからな……」

 アキラは三人の中でプリマになるのが一番遅かった事は、アズサも知るところだった。

「あのアイカ達三人組の時もオレンジプラネットに最初は取られたしな。アズサお前は一番を取れよ」

「私を巻き込まないでください」

 それから話の流れでアキラからの質問に答えていったアズサ。

 アキラの奇行の意味について聞くのは忘れてしまっていた。

 

「うーん。なんなんだろうね」

「アキラさんに他人の事を気にするようないけない趣味があったのかな?」

「そういう言い方はやめようね」

 アズサが三人の合同練習の時にそう言うと、アイとアーニャはそういった。

「あのサバサバしたアキラさんが他人の事を調べるなんて、なんか不思議だけどね」

 アズサの言葉には、アイもアーニャも納得である。

「そういえば、アテナさんも最近おかしいというかなんというか……」

 アーニャも言い出す。

 最近、オレンジプラネットに顔を出すことが増えたのだという。

 女優の仕事が最近少なくなっただけという事も考えられるのだが、アーニャとしては不思議なことらしい。

 

× アイがアリアカンパニーに戻ると、アカリは買い物に出かけているらしい。

 夕食までには帰ると書置きが残っていたので、アイは気にせず夕食の準備をする事にした。

「アイノ アイ君。君をアズサの親友と見込んで頼みがある」

 エプロンを着込んだとき、入り口から声が聞こえてきた。

「アキラさん。頼みって何ですか?」

 メモ帳を手に持ったアキラが立っていたのだ。

 

「あ……アキラ……」

 アキラの他の身とはアリノアに会わせてほしいというものだった。

「最近ダッファーレをしている子からいろいろな事を聞いているんだって」

 アイが言う言葉を聞いているのかいないのか、アリノアはアキラに対してペコリと頭を下げた。

「なんでも……」

 アリノアが言うと、アキラは聞き出す。

「君はダッファーレをしてよかったと思っているかな?」

「思います。アイちゃんに会えました」

 それからアリノアは言う。

 自分の会社の仕事は団体客が来たときのヘルプが主である。本来手の届かない場所にいるはずのアイと会えた事は自分には至上の幸せに思えるのだという。

「仕事が来るのを待って、来たらその人について漕ぐだけで終わっていたはずですから」

 そして、アリノアは今ある野望を持っているのだという。

「私。お客さんを取れるウンディーネになりたいです」

 アイの目指しているプリマウンディーネ。それも自分を目指したいと思ったのだ。

「私は臆病で、緊張しぃですけど、アイちゃんと一緒にいると元気をもらえます」

 だから、アイと肩を並べられるようになりたいのだという。ダッファーレの時だけでなく、普段の仕事でもアイの事を遠くの存在だと思わなくなるようにしたいという。

「私、アイちゃんの友達だって、胸を張って言えるようになりたいです」

 気弱で無口なアリノアの瞳に、輝く希望が浮かんだ瞬間だった。

 

「アイも好かれているな。責任を取ってやれよ」

「何の責任ですか?」

 アリノアからの話を聞き終えたアキラはアイに向けて茶化すようにして言った。

「何のためにこんな事をしているのか、私にだけ教えてもらえませんか?」

「それはお楽しみだ」

「お楽しみ?」

 何かの日のための準備なのだろう。

「それではな。この程度ではまだまだ足りないのだよ」

 アキラはアイにそう言い残すと、次の場所に向かっていった。

 

「はい? 頼みですか?」

 アズサはアキラからの頼みの内容を聞く。

 アキラが次に来たのはアズサのところだった。

「君はダッファーレをしてよかったと思っている友人に心当たりはないか?」

「ものすごく嫌がっている奴なら知っていますよ」

 アズサの頭に一番に浮かんだのはアピスだ。

「嫌がっている子もいるんだな」

 寂しげになったアキラ。

「でも! あいつはすっごい変人ですから! 気にしない方がいいと思いますよ!」

 アリシアの考えたダッファーレである。アキラとしては否定をされるのはキツいのだろう。

 アズサは慌ててフォローの言葉を言ったが、アキラはアズサの事を見据えて言った。

「その子から話を聞きたい」

 

 アズサは自分のダッファーレのゴンドラ教室にアキラを案内した。

「アピス姉ちゃん! 遊んでよ!」

「私には使命が!」

 もはや子供からかまってと言われたときの常套文句となった言葉を言っているアピス。

 当然、アピスに使命などあるはずもなく、子供に付き合わされることになるのだ。

「なんか、楽しそうで安心したな……」

 アピスも確かに面倒そうにはしているようだが、これが悪い物には見えない。

 アキラは近くにいた子に声をかけた。

「お客様。お久しぶりでございます」

 一度、アキラが案内をした子だ。

 いきなりやってきたアキラに驚いていたその子は顔を伏せていた。

「アピスの奴は好きかい?」

 アキラはその子にそう質問する。

「そこのアズサって奴よりは好きだ」

「キミィ!」

 アズサが食って掛かろうとしたが、それをアキラは羽交い絞めにして止めた。

「そうそう。続けて」

「俺たちにかまってくれるお姉さんなんて少ないもん。みんな俺たちの事を子供だってバカにしてさ」

「バカにしてはいないのだが」

「とにかく。俺たちを一人前として見ていないんだ」

 こちらとしては当然な対応であるが、子供からしたら、そのような印象をもつものだろう。

「だけどアピスの姉ちゃんは俺たちの事を子ども扱いしていないっていうか……」

 その子の言いようを聞き、アズサはアピスの様子を見た。

 子供たちに囲まれて困っているアピスには、確かにそういう所はあるかもしれない。

「なんか俺たちと同レベルっていう感じだよ。別にそれはいい事じゃないな。うん」

「まったく生意気な」

 アズサはその子の言葉に呆れてそう言った。

「そうそう。そういう態度だよ。生意気ってなんだよ。子ども扱いじゃないか」

 アズサはそれで顔を伏せる。

「とにかく好きだ。アピス姉ちゃんは俺たちの大事な友達だから」

 最後にその子はそう言った。その笑顔は気取ったところのない屈託な笑顔だった。

 

「アテナ先輩。最近よく戻りますね」

「うん。誕生日が近いから」

「誕生日?」

 アーニャがオレンジプラネットに戻ったアテナに声をかけるとそう返ってきた。

「ああごめん。これはナイショだった」

 ペコリを頭を下げるアテナ。そして急いだ様子でどこかに向かっていった。

「アーニャちゃんも来なよ」

 走りながら振り向いてアーニャに声をかけるアリス。

 何かが始まるらしい。

 

「皆さん集まってくれてありがとう」

 座談会という名のつまらなそうな集まりである。

 その中心にはアテナがいて、居心地悪そうにして正座をして座っているアリスもいた。

「みんなダッファーレで悩んでいる子たちなんだよね。私はダッファーレができる前から舞台役者とウンディーネを一緒にやっていました。いわば私はみんなのお姉さんです」

 アテナのその話を聞くのはペア、シングル、プリマのウンディーネもいる。

「普段のアテナ先輩を知らない人からしたら、ありがたいお言葉を聞ける機会に見えるらしいです」

 ヒソヒソをアーニャに耳打ちをするアリス。

 アリスの評価は低いようだが、実際にこれは貴重な機会だ。

 アーニャはアテナが一体何を話すのかが楽しみであるし、他の参加者も同様だと思われる。

「両立というものの難しさというのは私も感じています。どうしても外せない事がお互いの仕事で重なったり、忙しくて目がまわったり……」

 アテナの実体験を話しているのである。

「質問よろしいですか?」

 手を上げて言ったのはアツミだった。

「どうやって勇気を出せたんですか? アテナさんは自分で決めたと言いますけど」

 意外と勤勉な奴なのだ。アーニャはアツミの意外な面に感心した。

「皆の希望があってでした。私も最初は不安だったんです。

 アテナはアツミの質問に答える。

 アテナも、もちろん最初は不安だったという。

 だが、自分が舞台に上がるのを望んでくれている人がいる。そして、それを支えてくれる仲間がいる。

 だから頑張ろうと思えたのだ。

「私も終わりにしたいと思う事も何度もありました。でも、その時、支えてくれる人がいたんです」

 昔からの友人であるアリシアとアキラ。

 応援をしてくれるアカリとアイカとアリス。

 そのさらに後輩のアーニャ達もである。

「その子達が舞台を見に来てくれるのを見ると、本当は泣きたいくらい嬉しいんですよ。みんなのおかげで頑張れるんです」

 嬉しい涙を堪えるアテナがふとアリスを見ると、アリスも目を潤ませて泣き出しそうな顔をしている事もあるのだという。

「ちょっと待ってくだ……」

 アリスはアテナの言葉を止めようとしたが、それを後ろからアーニャが押さえる。

「話の最中です」

 そういう言い方をしたものの、アーニャも興味があった。

 アテナがアリスを見てどう思ったか?

 そして、どうして勇気を出せたと答えてくれるのだろうか?

「そして、この仕事もウンディーネの仕事のように尊いのだと気づきました。だからその時にこのまま続けていこうという勇気が起きたんです」

 アテナの意外な言葉である。

 最初から勇気を持ってダッファーレに赴いたわけではないのだ。

 皆の支えと期待。自分の仕事で喜んでくれる仲間がいるから、頑張れたというのだ。

「結局、ダッファーレなんて関係なく仲間は大切だという話なんですが」

 アテナはそう締めくくる。

「皆さん。ダッファーレそのものは大したことではないと思います。確かに大変で忙しいと思います。でも……」

 そこまでアテナが言うと、皆彼女の言葉の続きを待った。

「大事なのは今を楽しむことです。皆さんも、きっとダッファーレで楽しいことが見つかります。辛いものだと思わないで楽しんじゃいましょう」

 アテナの最後の言葉である。

 

「ありがとう二人とも」

 座談会が終わると、アテナはアリスとアーニャに声をかけた。

「私達は聞いていただけですよ」

 アリスはそれに答える。

「さっき言ったでしょう。仲間の支えが一番の勇気になるんだよ」

 アテナは言って、アリスとアーニャの手を取った。

「二人ともダッファーレを楽しんで頑張ってくれてる。アリシアちゃんもきっと喜んでくれると思うよ」

 アテナの言葉で大体察した。

「誕生日ってアリシアさんですか」

 アーニャが言うとアテナは、はにかんで笑った。

「アリシアちゃんのために頑張ろうって思って。みんなこれで気持ちが楽になったかな?」

 アリシアのためにやったことである。

 皆の気持ちを和らげて、これから続けていける勇気になったのならば、アテナのやった事には意味があった。

 

× その日の夜。アイがアリアカンパニーに戻るとアリシアの姿があった。

「アリシアさんのお誕生日パーティだよ。アイちゃん。まさか忘れてないよね」

「もちろんです」

 料理を並べるアカリが言う。前々から、アカリから今日アリシアを呼んで誕生日のパーティをする事を聞かされていた。

「でもいいんですか? みんなを呼ばないで」

 アイはアリアカンパニーの者達だけでささやかなパーティをするだけだと聞いていた。

「私も忙しいし、前みたいなのはうれしいけど、仕事の方も大事だから」

 アリシアは答える。

 一度、アクアアルタの頃にアリシア達を呼んでパーティをした事を思い出す。

 あんな事も頻繁にできはしない状況だというのだ。

「ほーら言ったろ。だから黙ってやってくるしかないんだよ」

 アリアカンパニーの二階の方から声が聞こえてくる。

 階段を下りてくる何人もの足音。

「みんな! どうして?」

 アリシアが驚いていた。

「お前の誕生日にみんなでお祝いだ。不満か?」

「アキラさん。仕切らないでくださいよ」

 アキラにアイカ。

「そうだよ。私達がアリシアちゃんの誕生日を忘れるわけないじゃない」

「アテナ先輩はバッチリ忘れそうですが」

 アテナにアリス。

「その料理は私達も手伝ったんですよ」

「耽美な味の世界にご招待します」

 アズサとアーニャも言う。

「プレゼントだ。誕生日おめでとう」

 アキラはアリシアに手帳を渡した。

「私の方からも」

 アテナも渡す。

 その手帳は、両方ともビッシリと何かが書き込まれているものだった。

「これは……」

 その内容を読むと、アリシアの目が潤んでいく。

「ああ。お前にはこれが一番必要だと思ってな」

「アイちゃん? 読んでみてくれないか?」

 アコスタビーレプリマを決める時に手紙の読み聞かせをした経験のあるアイの手にその手帳が渡る。

「アリシアさん。私はダッファレーを素敵な贈り物だと思っています」

 その一文から始まるのは、アリシアへの応援のメッセージだった。

 数々のウンディーネ達に話を聞き、ダッファーレに対する想い。仕事に対する気持ちがいくつも書かれている手帳だった。

「私達はあなたのおかげで本来知る事の出来ない幸せを知ることができました」

 それを言い終わると、アイはアリシアの手を取って手帳を握らせた。

 おそらくこれはアキラが渡したものという以上の意味のある、アリシアの宝物になるはずなのだ。

「食事といこう。この二人の作という事で味は保障しかねるがな」

「なんですかそれ」

 アキラの締めの言葉に、アズサが答えた。

 アリシアは一生の思い出になる物を手に入れた。

 これから、一生の思い出になる時間が始まるのだ。


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