問題児たちと一緒にただのオッサンも来るそうですよ? 作:ちゃるもん
おっさん初めての外出
では、どうぞ
あれから更に二日。金髪の女の子レティシア=ドラクレアがメイドとしてノーネームへとやってきた。黒ウサギさん達の話を聞く限り彼女は吸血鬼で義仁の何倍と生きているようだが、りりと並ぶ姿はまるで姉妹のよう。義仁にはその姿ゆえに義仁がちゃん付けで呼ぶたびに呆れたように訂正している姿がノーネームでは一つの目玉のようになっていた。
そして、リリから家事を教えてもらうためにレティシアはよくリリの元を訪れていた。そして、リリは特に用事がなければ義仁の部屋に居る。つまりはそう言うことだ。レティシアがリリを訪ね義仁の部屋を訪れる。逆にそこでしかこの二人の接点はないが、二人の仲は良好なようだ。
それは、程よく晴れた青空の下を共に出歩く程に。
「義仁殿、そこには段差があるからな、気を付けろ」
「義仁さん、足痛くなったりしていませんか?」
「ああ、大丈夫だよ二人とも」
二人の少女に、松葉杖で歩く男。リリとレティシア。そして義仁だ。道行く通行人はそんな三人を微笑ましく見送っている。それもそのはず、旗から見ればこの三人は怪我をした父と、そんな父を心配する娘達にしか見えないからだ。
そんな三人が向かう先は園芸店。野菜の種や苗を買いに来ているのだ。この世界では野菜の種や苗といった物を売る習慣はあまりないが、園芸店、花や野菜を取り扱うお店では数は少ないが種などは置いてはある。それを買いに来たのだ。
「今の気候は暖かいですから……生育が早いミニトマトにしましょうか。管理も簡単ですし」
「私はまだまだ農業について疎いからね。ここはリリちゃんちゃんに任せるよ」
「おや? 私は頼ってくれないのか義仁殿?」
「レティシアちゃんよりも農業に詳しいのはリリちゃんだろう? だったらここはリリちゃんに頼るさ。完全に万能な存在なんていない。レティシアちゃんが得意な事で私が躓いたら遠慮なく頼らせてもらおうかな」
「いや、しっかりとした意思表示を示してくれるのは有難いんだが……何度言えば私の事をちゃん付けで呼ぶ事を辞めてもらえるのかな?」
義仁の予想以上に真面目な返答といつも通りのちゃん付けに反応するレティシア。義仁はレティシアの怒りを華麗にスルーしリリとの話に戻った。
「それで、育てるのはこのミニトマトが良いのかな?」
「そうですね……あとここにはキュウリとナスが置いてますが……ナスは管理が少し難しいのでオススメは出来ません。キュウリはナスに比べ管理は簡単ですが、水が命だから、ノーネームの土地じゃ
「子葉は……植物の最初に出てくる葉っぱだったかな。それすらもってことは、成長する可能性がほぼ無い。ってことか」
「そうなります。そうですね、プランターを使えば問題ないですが、肥料代とかが結構……今ある分で三つ行けるかどうか……」
リリは顎に手を当て考え込む。ノーネームのプランターにも種類は多くある。その中で今回使うとなると丸型の底が深く幅もそこそこ広いもの。その中に
うーんうーんと唸っているリリ。こんな様子を見ていて、義仁もノーネームの現状を思い出しやんわりとリリの提案を先延ばしにしようとした。
「取り敢えず今ノーネームにある備品を確認してからまた来ようか」
「ご、ごめんなさい……」
「謝る必要はないさ。むしろキチンと確認せず来てしまった私の判断ミスだよ」
リリはしょぼくれ義仁はリリを慰めノーネームへ帰ろうと足を向けるが、レティシアだけ動かなかった。
「レティシアちゃん。帰るよ」
「義仁殿よ、ここは一つ箱庭で生きるための方法を見せてやろう」
「えっと、どういう事だい?」
「なあに、そこで見ているがいい」
レティシアは一人店の奥へと入っていき、店主と思わしき人物と言葉を交わす。店主は健康的な肉体で素人が想像するような筋肉質の農家だった。麦わら帽子がよく似合っている。
そんな店主は奥で何かを書き込んでいたようだが、レティシアに話しかけられ愛想よく対応していた。
が、急にテーブルの上に肘を付く。俗に言う腕相撲の体制をとっていた。リリは納得したように義仁を軽く引っ張りながらレティシアの元へと向かう。それに対して義仁は何が何だか。あんな少女相手に腕相撲で勝負を仕掛ける店主も、そもそも何故急に腕相撲? 頭の上には疑問符ばかりだが、表を通った通行人や元々店内にいたお客さんが観客のように集まってきていることから箱庭ではさして珍しいものではないのだろう。と結論付けた。
しかしだ、レティシアちゃんは明らかに十歳程度の少女。対して相手の店主は力自慢の筋肉ダルマ。勝敗は目に見えていた。
「店主、先に言っておくが……全力でこい。でないとすぐに終わってしまうぞ?」
「ハッハッハ!! 威勢が良いのは構わんが、お嬢ちゃん。私は喧嘩は苦手だし、謎解きも得意じゃない。だかね、土を耕して鍛えたこの筋肉。つまりは単純な力にはそれなりの自信があるんだ。辞めるならいまのうちだぞ?」
そして、誰かが飲んだ唾の音と共にゲームが始まった。先に動いたのはレティシア。急な攻撃に慌てて店主も応戦。徐々に付けられていた差は戻っていく。店主は余裕そうに。レティシアは切羽詰まった様子。
「どうしたお嬢ちゃん。随分とキツそうだが?」
「ああ、これは厳しいな。簡単に終わらせないようにと加減はしているんだが……」
店主の首筋に巨大な尾が巻き付いた。否、店主が勝手にそう思い込んだのだ。店主の額に脂汗が滲み出る。背中はグッちょりと濡れ、息が乱れ始めた。そして、殺される。そう感じた。感じてしまった。
「う、うわぁああああアアアア"ア"ア"ア"ア"!!」
絶叫と共に店主が全体重を掛けレティシアを倒しにかかる。しかし、動かない。先程までの切羽詰まった様子はどこへやら。涼しい顔で笑みを浮かべていた。
「ふむ。予想よりは力は強い。しかし、私には届かないようだな」
まるで赤子の手をひねるかのように店主の手はテーブルに付いていた。店主は腰を抜かし、観客は静寂を生み出している。レティシアは店主に手を貸し、起き上がらせる。
「こんなものか。店主よ、ゲームは私の勝ちだ。景品は貰っていくぞ。そして、励め。貴殿ならより強くなれるはずだ。純潔の吸血鬼からのお墨付きだぞ?」
「吸血鬼……まさかこんな辺鄙な所にそんな……いや、そうだな。折角吸血鬼なんて稀有な方からお墨付きを貰えたんだ。少しはそっち方面でも頑張ってみるよ。景品は好きなのを持っていってくれ。
さあ皆!! あの吸血鬼様ですらゲームをしてまで欲しがる家の商品はいらんかね!!今なら三割引でご提供させてもらうぞ!!」
喝采。とはまた違った賑わいの声が大通りに響き渡る。そんな輪をそっと抜け出し、義仁とリリの前に姿を現したのはレティシアだった。その手には培養土の入った袋に、野菜の絵が書かれた肥料袋。
「待たせたな義仁殿、リリ。後は表にあったミニトマトの苗を取って終わりだ」
「ほ、本当に凄い子だったんだね」
「だから言っただろう? これで私の方が年上だということも分かったはずだ」
「いや、未だに半信半疑ではあるよレティシアちゃん」
「な、なにおう!? なら……これならどうだ?」
突如レティシアの姿が大きくなり、先程までのリリと同じぐらいの大きさだった可愛らしい少女が、美しい美女と化していた。少なくともちゃん付けで呼ぶような容姿ではない。
「これなら文句あるまい」
「おお、そんな事も出来るんだねレティシアちゃんは」
「だからちゃん付けはやめろと言っているだろうがー!!」
「ちょっ、レティシア声が大きい!」
レティシアの怒声が大通りに響き渡るが、周りが一種のお祭り状態だったためか変な視線は向けられなかった。二人はほっと安堵するが、
「あ、あははは」
リリの呆れた笑い声は二人にはとてもはっきりと聞こえたようで、その頬はほんのりと赤くなっていた。
お読みいただきありがとうございます。
レティシアちゃんがヒロインになるかは分かりません。
箱庭の吸血鬼の知名度と言いますか、強さてき有名度はどの位なのだろうか?
あまり深く考えたら駄目ってことで1つ。
誤字脱字報告、感想、アドバイスがあればよろしくお願いします。
では、また次回~