サヨが斬る!   作:ウィワクシア

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第百二十一話

糸を斬る(後編)

 

 

 

 

「さて、どうしたものかな」

 

 

突然現れた大男にメラミは何か抵抗する術を考えた、だが全く良い手が思いつかない、戦闘力は向こうが断然上でしかも小細工はもう通用しないであろう、ぶん投げた隙に全力で逃げ切るしか手はなかったのである。

 

 

 

「せこい手を使いやがって、二度も通用すると思うなよ!」

 

 

男は怒っていた、全力の一撃勝負を持ちかけながら騙し討ちみたいな手を使ったのであるから無理もない。

 

 

 

「仕方ないわね、気が乗らないけどあの手を使うか」

 

 

メラミは逆転を狙うことにした、有効な手ではあるが女子として気が進まない手であった。

 

 

 

「じゃあ、最後の勝負しようか?」

 

「おう、だがその前に言っておくぜ、俺のキンタマ狙うのなしだからな」

 

「!?」

 

 

 

メラミは表情に出さなかったが内心驚いていた、逆転の一手として男の金的への強打をしょうとしていたからであるから、このまま実行しても予測している以上効果は期待できないだろう。

 

 

「···ねぇ、あなた、それやるつもりだったの?」

 

「うん」

 

キャスカはメラミの返答にあ然とした、窮地とはいえ女子が金的を狙うのはいろんな意味でためらいがあるから。

 

 

 

「不意をつけばワンチャンいけたかもしれないけど読まれてる以上効果はないわね」

 

「···そうだね」

 

「ところであなたあいつから逃げ切る自信ある?」

 

「はっきり言ってないよ」

 

 

キャスカはその一言でメラミがあの男に勝ち目がないと悟ったと確信した、勝ち目があるのならそんな質問はしないからである。

 

 

「···ねぇ、私を置いてあなただけでも逃げてよ」

 

「何言ってるの?」

 

「元々私が盗みをやったからこうなったんだし、はっきり言って自業自得だよ、でもあなたは巻き込まれただけなんだし」

 

「まあ、あなたに落ち度がないと言うつもりはないけどここであなたを置いてトンズラするのは私の性分じゃないのよ、それにあいつは私も逃がす気全然ないよ」

 

「じゃあ、どうするのよ?」

 

 

まともに戦っても太刀打ちできない、まさに打つ手なしである。

 

 

「ほとんどダメ元だけど手はあるわ」

 

「何?」

 

「これよ」

 

 

 

メラミは所持していた袋からあるものを取り出した、それは作り物の魚であった、それもかなり奇妙な魚であった。

 

 

 

「何それ?」

 

「ここに来る途中に襲ってきた盗賊からぶんどったものよ」

 

 

その魚は目がとても小さく、尾ビレと腹ビレがとても長く伸びており、胸ビレは傘のように広く広がっており複数存在し同じくらいの長さで伸びている。(この魚はナガヅエエソをイメージしてください)

 

 

 

「ぶんどったって···」

 

 

この状況で魚の人形を出してどうするのだろうか?この魚面白い形をしているけど。

 

 

「あなた臣具って知ってる?」

 

「まあ、噂くらいなら」

 

 

 

臣具···今から六百年前に当時の皇帝が造ったとされる武器である、無計画の臣具の大量製造によって財政難に陥り五百年前の大内乱につながったとされている。

 

 

「もしかしてこの魚が臣具なの?」

 

「わからない、けどもしそうなら大逆転の一手になるかも」

 

「じゃあ、装備してよ」

 

「あいにくだけど私じゃ装備できなかったのよ、だから代わりにあなたにやって欲しいのよ」

 

「私が!?そんなの無理に決まってるでしょ」

 

「だからダメ元って言ったでしょ」

 

「だからって···」

 

「このままじゃ詰みよ、どうせ死ぬなら精一杯足掻いて死んだ方が悔いが少ないでしょ」

 

「···わかったわ」

 

 

キャスカはメラミから魚を受け取った、うまくいく自信はなかったが、正直死ぬのはまっぴらごめんなのでなんとかすることにした、その瞬間キャスカの脳裏に何かピンとひらめいた。

 

 

「よっと」

 

 

キャスカは魚の肛門に左腕をズブズブ入れ始めた、みるみるうちに左腕がすっぽり入ったのである、なぜそうしたのかわからない、ただこの魚を見たときにそう思いついたのである。

 

 

「なかなかさまになってるじゃない」

 

「···どうも」

 

 

さまになっていると言われてもはっきり言って微妙である、だが腕に入れただけでは意味はない、何かしなければならない、そう考えていると糸状の胸ビレを見てあることを試して見た。

 

 

「えい」

 

 

キャスカが念じると胸ビレが数メートルの長さに伸びて糸の束が出来上がったのである。

 

 

 

「それ糸を作りだす能力なんだ」

 

「う、うん」

 

「他にできることない?」

 

「ええと···」

 

 

二人がやりとりしている間に男はしびれを切らしてメラミ達に突進してきた。

 

 

「来ないならこっちから行くぜ!」

 

轟音を鳴らしながら向かってくる男はものすごい迫力だった、その姿を見てキャスカは怯んだ。

 

 

「来ないで!」

 

キャスカは突進してくる男に向かって糸の束を投げつけた、男はあっさり受け止めた。

 

 

「こんなもん効くか」

 

 

男は糸を思い切っきり引っ張ろうとした、だがその瞬間糸の束はプッツリ切れたのである、男はその拍子に地面にしりもちをついてしまった。

 

 

「なめたマネするじゃねぇか」

 

 

男はさっきよりもいらついていた、それは一目ではっきりわかったのである。

 

 

ただ糸を投げるだけでは意味がない、どこに投げるかが大事である、キャスカはある場所に狙いをつけることにした。

 

 

「ひねりつぶしてやる!」

 

 

男は再び突進した、だがさっきほどの恐怖感はなかった、キャスカは冷静にある場所に糸を巻きつけたのである。

 

 

 

シュルルル

 

 

 

男の頭部に糸を巻きつけて視界を封じたのである、突然視界が真っ暗になって男は小なり取り乱した。

 

 

「み、見えねぇ!」

 

 

最初は慌てたもののすぐに落ち着きを取り戻し糸を力任せにひきちぎり視界を取り戻した。

 

 

「やっぱりダメだった」

 

 

キャスカはなんとなく予想していた、この糸は普通の糸よりも丈夫であるが、段違いの怪力の前ではただの糸となってしまうのである。

 

 

「ごめん」

 

「まだあきらめないで、私達が生き残れたらそれでいいんだから」

 

 

ぶっちゃけて言えばあの男を倒す必要はない、逃げ切ることができれば良しなのである、その手を見つけないと。

 

 

 

「あれは?」

 

 

はるか向こうから何かがやってきた、それは鳥でかなり大きな鳥であった。

 

 

「あれはスカイファイアー」

 

 

スカイファイアー、大型の鳥の危険種で火を吐くことができ、特級危険種に指定されているのである。

 

 

 

「よし」

 

 

メラミはキャスカを抱きかかえて崖の方へ走りだした、キャスカはわけがわからない様子である。

 

 

「な、何?」

 

「鳥の危険種見えるよね?」

 

「う、うん」

 

「あの危険種の脚に糸を巻きつけて」

 

「えええ!?」

 

「そのままぶら下がってこの場から逃げるよ」

 

「そんな無茶な!」

 

「無茶は百も承知よ、二人で逃げ切るにはそれしかないよ」

 

「で、でも···」

 

 

逃げるなら自分を置き去りにして一人で逃げた方がはるかに確率が高い、なぜ二人にこだわるのか?

 

 

「あなたを置き去りにしたら寝覚めが悪そうだからね」

 

「なんで?私達ついさっき会ったばかりでしょ?」

 

「そういう面倒な性分なのよ私」

 

「···本当に面倒な性分ね」

 

 

このご時世に実に面倒な性分である、絶対貧乏くじを引いてしまいそう、でもなんかそういうのもありかもしれない。

 

 

 

「わかった、やってみる」

 

 

置き去りにしようと思えば簡単なのに私を見捨てず共にいてくれた、それに報いないと。

 

 

「その意気よ」

 

 

メラミはさらに走る速度を上げて崖へまっしぐらに進んでいく、その様子を見て男はあ然とした。

 

 

「あいつら何を考えてやがる、死ぬ気か?」

 

 

いくらあのチビがただ者でないにしてもあの谷底へ真っ逆さまに落ちたら命はない、完全な自殺行為であった。

 

 

 

「じゃあ飛ぶよ」

 

「う、うん」

 

 

そのままメラミはキャスカを抱きかかえたまま崖から思い切っきりジャンプした、一瞬重力を感じない感覚を感じた、鳥の危険種はもうじき横切ろうとしている。

 

 

 

「今よ!」

 

「わかった!」

 

 

キャスカは危険種の脚めがけて糸を投げつけた、そしてそのまま脚に糸を巻きつけることができた、危険種にぶら下がった状態でその場から飛び去り逃げ切ることに成功したのである。

 

 

「···」

 

 

男はボー然と一部始終を見ていた、そして自分がまんまと獲物を逃がしてしまったことを認識したのである。

 

 

「まずい、これはまずい、俺はまだ死にたくねぇ!!」

 

 

男は一目散に走りだした、ただ走った、なんとかするために走りまくった。

 

 

 

「一人くらい討ち漏らしがあるだろう、それでなんとかなるはずだ!」

 

 

 

男はそう期待したがなんとかならなかったのである、それはまた別の話である。

 

 

 

その頃奇策で逃げることに成功したメラミ達は危険種にぶら下がったままである。

 

 

「ふう、やれやれね、なんとか逃げ切ったわね」

 

「···それはいいんだけど」

 

「どうしたの?」

 

「私の肩外れそうなの!!」

 

キャスカの左腕には女子二人分の重さがのしかかっていた、その負担は相当なものであった。

 

 

「それもそうね、じゃあ別の脚に移るわ」

 

メラミは勢いをつけて別の脚に飛び移った、その瞬間キャスカの苦痛の表情が少し和らいだ。

 

 

 

あれから危険種は何事もなかったかのように飛び続けている、気づいてないのか、気にしていないのかどっちかはわからない、いずれにしても振りほどこうとしないのは好都合である。

 

 

「···ねぇ、これからどうするの?」

 

「行き先はこの鳥に聞いて」

 

「そうじゃないよ、あの場から逃げ切れたのはいいけど、私達完全に帝国のおたずね者よ、どこに行けばってこと」

 

「一応考えはあるけど」

 

「何?」

 

「革命軍の拠点に行こうと思う」

 

「革命軍の拠点!?ここからどれだけ離れていると思っているの!?」

 

 

仮にそこへたどり着けても革命軍に入る羽目になりかねない、そうなったら嫌でも帝国と戦うことになる。

 

 

「気持ちはわかるけどそれしか手はないよ」

 

 

帝国が存在する限り安息の時は来ない、なら帝国そのものの潰すしかないのだ、キャスカもそれは理解している、それしかないのだ。

 

 

「わかった、わかったわよ、私、腹をくくることにするわ、どこへでも行くわよ」

 

「そうそう、開き直りが大事よ」

 

「全く···」

 

 

なんだかんだ言って彼女がいなければあの洞窟で死んでいただろう、生きていればなんとかなる、革命軍の拠点にたどり着けても面倒なことは起こるだろう、それでも拾った命腐らずに足掻いてみよう。

 


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