糸を斬る(前編)
気配を消して潜伏し続けて一週間、アカメと二人きりで話をする機会を狙っていたが常に誰かがそばにいて接触できなかった、ある時は年上の女子でまたある時はメガネの少年だった、特に気になったのはメガネの少年である、アカメが腕を上げて脇の下が見えるとキッと目を凝らしていたのである、そういう趣向の持ち主なのだろうか、とにかく未だにアカメと接触できずに今に至る。
「今日こそ機会があればいいんだけど」
そう思わずいられないが実際アカメは毎日あの村に来るわけではない、毎日来たとしてもあの村に行くわけにはいかない、村にあの男達が監視しているはずであるから。
「とにかく腹ごしらえしないとね」
メラミは食料を調達するために森の奥に入って行った、だが明らかに今日はおかしかった、今まで見かけなかった人間がいたのである、それも複数で腕の立つのも結構おり、全員殺気だっている。
「こいつら何なの?」
明らかにカタギではない、凶暴な気配がプンプンする、おそらく帝国が連れてきたのであろう、今日何かが起こるのであろう、確認したいがこいつらと話をするのは気が乗らない、面倒事になるのは明らかである。
「どうしたものかな」
気配を消しつつ移動していくなかさらに何人か見かけたが穏便に済みそうな気が全くしないので無視して進んだ、しばらくして辺り一辺の雰囲気が変わったような気がした、なんとなくだがよろしくない気がした。
「下手に動きまわるのよそうかな」
おそらく何かが起こったのであろう、そうなれば動き回って巻き込まれたら下の子もない、どこかに隠れてやり過ごしたほうがいいだろう。
「いい隠れ場所ないかな」
しばらく探し回っていると洞窟のようなものが見えた、それほど大きな洞窟ではないが身を潜めるには手頃である、問題は危険種が巣を作っているかもしれないかである、だがのんびりしているわけにいかない、腹をくくって洞窟に入ることにした。
「何がでるやら···」
メラミがそうつぶやきながら洞窟に入ろうとした、すると足元に何かを見つけた。
「これは、糸?」
洞窟の入口の地面に糸がびっしりと張り巡らせていた、この糸は新しい、つい最新作られたものだ、それはつまり。
「この奥に間違いなく誰かいるわね」
ここを離れて別のところ探そうかな、でも今何が行われてるか知りたいし···
メラミは少し悩んだ、できたら誰とも関わりを持たずにやり過ごしたい、でも何の情報もないのも不便である。
「決めた」
メラミは洞窟の奥へ進むことにした、誰かと遭遇するのはリスクがある、でも現状を確認するメリットもあるのである、まずは情報を得ることである。
メラミは糸が張り巡らしてある地面を避けて壁から壁へ飛び移ることにした、洞窟自体大きなものではなかったのでそう難しくなかった。
その洞窟の奥に一人の人影があった、それは女子で見た目は10代半ばであった、手頃な石に座りじっとしている。
「この洞窟ギリギリ指定されたエリア内だよね···」
少女は少し不安を感じながら大丈夫と自分に言い聞かせている、そうしないと落ち着かないからである。
「入口に罠を仕掛けたから誰か入って来てもすぐわかる」
簡単に見つからない位置に仕掛けたからそうそう見つからないはず。
「明日まで隠れていれば無罪放免···」
明日まで見つからなければ晴れて自由の身、死に怯えることもない日々が待っている、人生をやり直すんだ。
「故郷に帰れます」
故郷に帰って真っ当に生きよう、今度は道を外れることはしない、今度こそ幸せになるんだ。
少女は心の中で夢中でつぶやいていて後ろから近づいてくる者に全く気づいていなかった。
「ねぇ、あなた」
「ぎゃあああ!!?」
突然の声に少女は絶叫した、辺り一面に叫び声が鳴り響きその声量は凄まじいものだった。
「い、いきなり大声ださないでよ」
メラミは耳を塞いで文句を言った、だが少女はわけがわからずうろたえまくっている。
「な、な、な!?」
なぜここに?どうして仕掛けに何も反応がないの!?一体彼女は!?混乱しまくる頭をできる限り回転させて一つの可能性を考えだした。
「も、もしかしてあなた追っ手!?」
「追っ手?」
メラミはわけがわからずポカンとした、涙目で顔面蒼白になっている彼女を見て容易な状況ではないと察した。
「追っ手って何?」
「だ、だから、そ、そ···」
「とりあえず落ち着こうか、私はあなたに何かするつもりはないけど」
メラミの言葉を完全に信じたわけではなかったが彼女が追っ手なら真っ先に殺しにくるはずであるから。
「···本当に追っ手じゃないの?」
「そうよ、私はただの旅人よ」
「旅人!?」
彼女はそんなのありえないという表情をした、こんなところに旅人なんているはずないメラミは彼女の表情を見てそう察した。
「ここで何が行われているか教えてよ」
「う、うん」
彼女はメラミに説明した、現在この一帯で兵士の実戦訓練が行われておりその訓練相手に多数の死刑囚が集められた、一定時間生き残れたら無罪放免の条件をだしたのである。
「へぇ、そうなんだ、どうりでヤバそうな連中がウヨウヨしてると思った」
「···あなた本当に追っ手じゃないんだ」
「だからそう言ってるじゃない」
「···よかった、本当によかった」
彼女は嬉し涙をボロボロ流した本当に恐怖したのであろう、その気持ちよくわかる。
「ところであなた名前は?」
「私?私の名前はキャスカよ、あなたは?」
「私は···」
お互いの自己紹介をし終えて落ちついた雰囲気が出てきた、すぐさまメラミはキャスカに質問した。
「一つ聞いていいかな?」
「何?」
「あなたも死刑囚?」
「う、うん」
「正直あなたは死刑になるほどの非道をやらかす人間に見えないんだけど」
「···私スリの罪で死刑になっちゃたのよ」
「スリで!?」
メラミはとても驚いた、スリは犯罪だがそれで死刑になるなんてあまりにもバカげていた。
「スリをした相手は大貴族だったの」
「なるほどねぇ···」
一般人ならありえないが大貴族なら権力を使って強引に死刑にしてしまうのはありえないということはなかった。
「やっちゃったわね」
「うん、全くその通り」
今の帝国で大貴族に異議を唱えられる者はいないだろう、大きな権力の前ではまともな裁きは期待できない。
「それにしてもあなたよく大貴族からスリできたわね」
「うん、その貴族のポケットから財布がまるだしになってたから」
「まるだし?」
「うん、一文無しになってしまって空腹のあまり我を忘れてつい···」
「妙ね」
「妙?」
「財布がまるだしになってたのがおかしいと思ってね、もしかしたらわざとじゃないかな?」
「わざと!?」
「その貴族、わざと財布をすらせてその場で捕まえて死刑に追い込もうとしたんじゃないかな?」
「な、なんで!?」
「ゲームみたいなものよ」
「な、な、な···」
キャスカは怒りがこみ上げてきた、ゲーム感覚で人を死刑に追い込もうとした貴族に心から怒った。
「でも実際にスリをやってしまったあなたにも落ち度はあるわよ」
「···全くその通りね」
どんな思惑があろうともスリをやってしまったことには違いない、完全に自分が悪いのである。
「とにかくあなたは最後まで誰にも見つからずにやり過ごしたらいいのよ」
「そ、そうだね」
「それにあの糸の罠を上手に使えばそうそう捕まらないよ」
「でもあなたは罠にかからずここまで来たでしょう」
「あれはたまたま見つけただけよ、普通に進んだら回避は難しいよ」
「まあ、あの糸の罠は少し自信があるんだ」
「神経を研ぎ澄ませて警戒し続けていたら十分逃げ切れるよ」
「そ、そうだね」
そう言ったもののキャスカが時間内逃げ切ったとしても正直帝国が約束を守るのか疑問だった、帝国にとっては恥であり、約束をほごにする可能性は十分にあるのだ、とはいえ彼女には選択の余地がないのである、余計なことを言って落ち込ませるわけにはいかなかったのである。
「ところであなたはなんでここに?」
メラミはキャスカに説明した、会いたい人がいるのだがなかなか機会に恵まれず今に至るということを。
「そうなんだ」
「二人きりで会いたいんだけど」
はっきり言って今アカメと二人きりで会うのは困難だろう、アカメも実戦訓練に参加しているはずだから、今頃誰かと殺し合いになっているかもしれない。
「その人と会えるといいね」
「ありがと、じゃ私そろそろ行くね」
「え?もう行くの?」
「だってずっとこの洞窟にいるわけにはいかないでしょ、この洞窟そんなに広くないし私がいたら空気が足りなくなるかもしれないし」
「そうかなあ」
「そうそうそんなことにならないと思うけど万が一もありうるから」
確かに絶対ないと言えないし、それにこれは私の問題、彼女を巻き込むわけにはいかない。
「そうだね」
「じゃあ、行くね、もちろんここを出る時に誰にも見つからないよう気をつけるから」
「うん、あなたも···」
キャスカはあなたも気をつけてねと最後まで言うことができなかった、メラミの後ろにありえないものを見たからである。
メラミの後ろに一人の人間が立っていた、見た目は間違いなく男でかなりガッチリした体格で変わったスーツを着ていた、そしてその男はメラミに殴りかかろうとしていた。
危ないとキャスカは叫ぼうとした、だが男の拳はものすごく速く叫ぶ間がなかったのである。
ドガッ!!
メラミはとっさに回し蹴りで男の拳を弾き返したのであった、メラミは男の存在を確認したわけではない、まさに反射的に体が動いて防いだのであった。
メラミはすぐさま体勢を整えて身構えた、だがメラミの顔から汗が激しく吹き出しており、心臓も激しくドキドキ鼓動を打っている、あまり取り乱すことがないメラミも今は動揺していた。
な、何コイツ、いったいどこから現れたの?洞窟の入口とは完全な正反対の位置から突然現れた、他に入口なんてない、わけがわからない!!
拳を弾かれた男は慌てず笑みを浮かべながら手をブラブラ振り回している。
「やるじゃねぇか、ちっこいのにいい蹴りだったぜ (にしても一人ってメモに書いてあったんだがな、試しってわけか、面白い!)」
男は完全に余裕に満ちていた、別に油断しているわけではない、メラミもそれが慢心でないとわかっている。
コイツ、私よりも強い
メラミは一回の攻防で男の方が強いと断定するしかなかった、つまらない負け惜しみは命取りである、何か手を打たなければならない、それも早急に、必死に頭を巡らせるメラミであった。