サヨが斬る!   作:ウィワクシア

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第百九話

サーカスを斬る(後編)

 

 

バッ‼

 

 

大量の血しぶきが舞い上がった、撃たれての出血と断定した、彼女が死んでしまう、四本腕の少女が絶望していると悲鳴が鳴り響いた。

 

 

「ぎゃあああ‼」

 

 

その悲鳴は男のものであった、つまり悲鳴を上げたのは団長であった。

 

 

「うおおお‼」

 

 

団長の右手が切断されて激痛のあまり地面に倒れもだえ苦しんでいる、少女はわけがわからないままただ立ちつくしているとどこからともなく声が聞こえた。

 

 

「男の悲鳴って心地悪いわね」

 

 

そこには一人の女性が立っていた、自分達よりも年上で10代半ばってとこだろう。

 

 

団長は激痛をこらえながらその女性に怒りをこめてにらみつけた。

 

 

「てめぇ、なにしやがる、てめぇは何もんだ!?」

 

 

腕を切り落とした以上敵には違いない、だがなぜこんなまねをするのかわからなかった。

 

 

「私は殺し屋よ、そしてあなたを殺しに来たのよ」

 

「殺し屋?」

 

「そうよ、あなたを殺して欲しいという依頼が来たのよ」

 

「何故俺が殺されなくてはならねぇんだ!?」

 

「あなた裏の稼業で人身売買のブローカーをしてるでしょ」

 

 

そういう稼業をしていれば少なからず恨みを買うことがある、いずれは命の危機が訪れる可能性がある、口には出さなかったが彼女はそう言いたそうであった。

 

 

「ああ、そうだ、だが俺はさらったりしてないぜ、金で買い取ったんだ、非は売った奴らにあるだろ!」

 

「別に私は人身売買がいけないと言うつもりはないわ、ただ一つ見逃せないとしたら女の子を売買したことよ」

 

「はぁ!?」

 

「男ならいくらでも売買してかまわないわ、ただし女の子は絶対に許さないわ、天が許しても私は絶対に許さないから」

 

「お前、何を言って···」

 

こいつは何を言っているのだ、全くわからねぇ···

 

 

「じゃあ、死んでもらうわよ」

 

 

団長は頭の整理は全然すんでいないがみすみす殺されるわけにはいかない、返り討ちにするため地面に落ちた猟銃を拾おうとしたが、その瞬間団長の首がスパンときり飛ばされたのである、残された胴体から勢いよく血が吹き出している。

 

 

「···」

 

二人は呆然とこの光景を眺めていた、はっきり言って団長には恨みがあり、団長が死んでも悲しくはなかった、だが、ざまあみろと喜びもなかったのである、それよりも自分達の命の方が心配である。

 

 

「···なあ、どうする?」

 

「どうするも何も逃げるしか···でもとても逃げられるとは思えません」

 

 

かなわなかった団長をあっさり殺した、次は私達の番だ、目撃者である私達を見逃すとは思えない、だが逃げようにもとても逃げられるとは思えない、そう思案していると彼女は少女に話しかけてきた。

 

 

「ねぇ、あなた達」

 

「···何ですか?」

 

少女は恐る恐る返答した、いつ殺しにくるかわからないからである。

 

 

「あなた達この男に買われてきたのよね?」

 

「はい」

 

「どこにもいくあてないのよね?」

 

「はい」

 

「いきなりだけど私のところへ来ない?」

 

「えっ!?」

 

 

少女はすごく驚いた、てっきり殺されると思ってたので全く予想していなかったのである。

 

 

「私、あなた達みたいな境遇の女の子を保護しているのよ、先月もタエコって名前の女の子を保護したわ」

 

「それってつまり···」

 

 

つまり、殺し屋の一味にならないか、ということである、行くあては全くないが、さすがにいきなり殺し屋になるという選択は即決できなかったのである。

 

 

 

「殺し屋になれって言うつもりはないわ、家事手伝いでもいいわ、でも私の見たところ資質はあると思うわ」

 

 

再び少女は戸惑った、いきなり殺し屋の資質があると言われても困るのである、そしてもう一人の少女は···

 

 

「どうせうまい事を言ってアタシ達を殺すか売り飛ばすつもりだろ!」

 

「そんなことはしないわ」

 

「どうだか」

 

 

少女はとても信じられなかった、サーカスに売られた時も親から都合のいい事を言われたからである。

 

 

 

「お前もアタシ達を利用しようと思っているんだろ!」

 

「···可哀想に、今までとてもつらい思いをしてきたのね、でも、私は違うわよ」

 

 

女性は両腕を広げて優しい表情で少女の元へ歩きだした、少女はさらに困惑した。

 

 

「近づくな!」

 

「怖がらないで」

 

「アタシは人間離れした怪力を持ってるんだ、近づくと危ないぞ!」

 

「大丈夫よ」

 

「死ぬかもしれないぞ!」

 

「大丈夫よ、私鍛えてあるから」

 

「く、来るなー!!」

 

 

少女は近づいてきた女性を思いっきり突き飛ばした、その際に鈍い音がした、おそらく骨が折れたのであろう、女性はそのまま動かなくなった。

 

 

「···だから言ったじゃないか」

 

 

少女は無我夢中でその場を走り去った、少女は改めて自分が普通の人間じゃないことを思い知ったのである。

 

 

 

···まただ、またやってしまった、カッとなるとふっ飛ばして怪我をさせてしまう、その度に白い目で見られバケモノと呼ばれてきた、やっぱりアタシはバケモノなんだ···

 

 

 

少女は走った、ただ闇雲に走った、どこを目指すのでもなくただ走ったのである。

 

 

 

アタシみたいなバケモノどこにも居場所なんてないんだ、だったら···

 

 

 

その瞬間、少女の動きが止まった、少女には何が起こったのかわからなかった、一つわかるのはなにかに捕まったからである、それが何か全くわからなかった。

 

 

「捕まえた」

 

 

その声に聞き覚えがあった、自分が突き飛ばした殺し屋の女性の声だったのである。

 

 

「···仕返しするのか?いいよ、好きにしろよ」

 

 

少女は完全にヤケになっていた、ここで殺されてもかまわないと本気で思っていたからである。

 

 

「仕返し?」

 

「そうだろ、アタシはあんたに痛い目にあわせたんだ、当然だろ」

 

「私は全然怒っていないわよ、子供のおいたに怒ったりしないわ」

 

 

おいたって、そんなもんじゃない、間違いなく骨が折れているはずだ。

 

 

 

「じゃあ、何なんだよ」

 

「さっきも言ったでしょう、あなたを救いたいのよ」

 

「アタシを?だってアタシはバケモノだぞ」

 

「あなたはバケモノなんかじゃないわ、他の女の子よりも力持ちな可愛い女の子よ」

 

 

可愛い?生まれて初めて言われた···生まれた時から怪力を持っており、気味悪がれ名前すらつけてもらえなかったんだ、そんなアタシが可愛い···

 

 

 

「···信じていいのか?」

 

「無理強いはしないわ、でも私としては信じて欲しいわ」

 

 

優しく微笑むその女性に生まれて初めて人間を信じたいと思った、たとえどんな末路になってもこの人だけは信じたいと思ったのである。

 

 

 

「わあああああああ!!!」

 

 

少女は泣いた、ただ思いっきり泣いた、これほど大泣きしたのは生まれて初めてであった、泣けば弱みを見せることになると思い人前で泣いたことはほとんどなかったのである、でもこの人ならいいと心から思ったのである。

 

 

 

「うぐ···ひっく」

 

「あらあら、泣き虫ね」

 

「このざまを見せるのはあなただけだよ」

 

「それは光栄ね」

 

「···ところであなたの名前は?」

 

「言ってなかったかしら?私はメラルド、メラルド·オールベルグよ」

 

「メラルド、綺麗な名前だな」

 

「ふふ、ありがと、あなたの名前は?」

 

「···アタシに名前はないよ」

 

「え?」

 

「こんななりだからな、親に名前をつけてもらえなかったんだ」

 

「それは気の毒ね、じゃあ、私がつけてあげましょうか?」

 

「えっ!?」

 

「嫌?」

 

「ううん!全然、むしろあなたに名前をつけて欲しい」

 

「ちょっと待ってね」

 

 

メラルドは考えた、彼女にお似合いの名前を一生懸命考えた、そして一つの名前が思いついた。

 

 

「ギルベルダってのはどう?」

 

「ギルベルダ?」

 

「気に入らないのなら別の名前を考えるけど」

 

「ううん、そんなことない、全然そんなことない、ギルベルダ、すごく気にいったよ」

 

「ふふ、ありがと」

 

「こっちこそ名前ありがとう」

 

 

 

ギルベルダは心からうれしかった、自分に名前がつくなんて夢にも思ってなかったから、今までいい事をは全くなかったがそれを全てチャラにしてもいいくらい感激していた。

 

 

「感動してくれてうれしいんだけど、私そろそろ引き上げないといけないの、私、殺し屋だから」

 

「そっか、そうだよね」

 

 

団長は最低の人間だが殺した以上確実に大騒ぎになる、一刻も早く立ち去るのは当然である。

 

 

「私もあなたと行くからね、絶対行くからね」

 

「もちろんよ」

 

「···一つ頼みがあるんだ」

 

「あの娘のこと?」

 

「うん、あいつも一緒に連れて行って欲しい、だめかな?」

 

「ううん、全然そんなことはないわよ、大歓迎よ、あら、噂をすれば」

 

 

サーカスのテントがある方角から走ってくる人影が見えた、それは四本腕の少女である、ギルベルダを心配して追いかけてきたのである。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「よかった···」

 

 

少女は息を切らしながら安堵した、心から心配していたのである。

 

 

 

「話は変わるけどアタシ、ギルベルダって名前になったからよろしくな」

 

「は?」

 

 

少女はポカンとした、何を言っているのか全く理解できなかったからである。

 

 

「そうだ、お前も名付けしてもらえよ」

 

「名付け?」

 

「こいつも名前がないんだ、だからあなたに名付けして欲しいんだ、いいかな?」

 

「もちろんよ、喜んで」

 

 

少女はますます混乱した、自分に名付けって···いったい自分が知らない間に何があったのだろうか···

 

 

 

「カサンドラってどうかしら?」

 

「いいじゃないか、それ、お前もそう思うよな?」

 

「はぁ···」

 

 

少女はわけがわからないままうなずいた、ただこの流れで拒否するのは得策ではないと判断したのである。

 

 

 

「じゃあ、行きましょう、ギルベルダ、カサンドラ」

 

「うん」

 

「は、はい」

 

 

ギルベルダはノリノリだったがカサンドラは今ひとつ釈然としないままであった、一つ確かなことは自分達は今生きている、それだけでも良しとすべきである。

 

 

「アジトについたらまずお着替えしないとね、女の子がそんなボロボロの服を着ていたらだめよ」

 

「服ですか?」

 

「ええ、おしゃれな服がいっぱいあるわよ」

 

「服もいいけど、アタシはまず腹いっぱい食べたいな」

 

「ふふ、いいわ、いっぱいご馳走してあげる」

 

「やったぁ!!」

 

 

大喜びするギルベルダを見て単純だなとカサンドラは思った、だがその単純さが羨ましく思った。

 

 

「···あの」

 

「どうしたの?」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「こちらもよろしくね」

 

 

カサンドラはメラルドの優しいほほえみを見てこの人の元なら幸せになれるかもしれない、そう思いたかったのかもしれない、今から本当の自分の人生が始まる、カサンドラは胸がドキドキしてきたのであった。

 

 

 

 

 

 


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