異世界転生すると美少女になれるって本当ですか!? 作:DENROK
歴戦の猛者たるアダマンタイト冒険者達は、実戦で鍛え上げられた胆力によって心を奮い立たせ、気力だけでその場に直立していた。
「歓迎しよう。久方ぶりの来客だ。まぁ、先日もジルが来たのだが」
玉座の間の最奥は階段になっており、最上段に置かれた玉座に座った男が、目深に被ったフードの中に優しい顔立ちを隠しながら口を開く。
腹に甘く響くような低い声は良く通り、階段の下にいる蒼の薔薇の面々の耳朶を打つ。
「どうやら至高の御方々の言葉を賜るに相応しい姿勢が分からないようですね」
「よいのだ。堅苦しい形式はなしにしよう」
「ハッ! 余計な口を挟み、申し訳ありません!」
玉座の間の正面に固まって佇む蒼の薔薇の面々から見て、絨毯を外れた側面に控えていたシモベの一人である赤いスーツを着た男が、ハキハキと喋りながら恭しく玉座に座る男に頭を下げた。
「俺は敵には一切容赦しないが、友好的な相手には礼を持って接し、客人は歓待する。お前達は自分の家にいるつもりで肩の力を抜き、仲間達と創り上げた栄えあるナザリック地下大墳墓の偉容を良く観て欲しい。──そして、是非、後で感想を聞かせて欲しい」
「最期の一言が本音だからね。せっかく内装にも気合い入れて、皆で凄く頑張って作った拠点だし、やっぱり他人の素直な感想を聞きたいわよねー」
「くくく、楽しみだな。実に楽しみだ」
階段を上がった先、玉座の間には三人の男女がいる。
一人は玉座に腰掛けるローブを纏った青年。玉座の隣で肘掛けにもたれるようにしなだれかかった娼婦のような格好の美少女。玉座の脇に控えるように凜と佇む美女。
その中の、玉座にしなだれかった少女が楽しげに男の言葉を補足すると、男も不敵に笑う。
「は、はい! ここは素晴らしい場所ですね!」
「そうだろう! ナザリックは最高だろう!」
蒼の薔薇のリーダーが汗でシットリした美しい顔に笑顔を貼り付けてそう述べれば、玉座の男は実に愉快そうに肩を揺らす。
「ナザリックを観た後は、百発くらいヤらせてくれないかしら? ラキュースとか言ったわね」
「は? ヤる? のですか?」
「あんた中々可愛いじゃないの、シモベは元々美しく作られてるから美人で当たり前なんだけど、あんたみたいな天然物の美人もいいわねー! 滾るわ!」
玉座の隣から、ギラギラとしたエメラレルドのように美しい瞳がラキュースの体に向けられ、視線が全身を舐るように這い回る。
ラキュースはレズではない、無遠慮な視線を向けてくる少女は、ラキュースの知る中で最も美貌に恵まれた親友でもあるとある姫君に匹敵するか凌駕するほどの天上の美を称えているが、性的な対象としては見れなかった。
「いえ、私にはそのような倒錯的な性的嗜好はありませんので……謹んでご遠慮させて頂きます」
「んふー、じゃああたしが男ならいいのね?」
「え? ……あ」
ラキュースは今話している見目麗しい少女が、途方もなく容姿に優れた美男子にも成れることに思い至り、全身をさらに硬直させる。
口も固まって言葉を発せずにいたラキュースに助け船を出したのは、玉座に座る男の力強く厳かな低い声だった。
「戯れはよせ。ラキュースといったか、すまんな。コイツは途轍もない、本当にトンデモない大馬鹿者なのだ。マトモに取り合うことはないぞ」
「あらあら、大物ぶっちゃって、ここに座ってるおっさんも、普通にそこにいるメイド達や隣に立ってる娘を喰いまくってる唯のスケベオヤジだからね。あんたも気を付けないと喰われるわよ」
「おいィ! お前何言ってんの!?」
玉座に座る男はそれまでの泰然とした雰囲気が嘘のように狼狽える。
「なによ、最近下半身の声に忠実じゃない。知ってるのよ、ナーベラルにもお手つきしたでしょ」
「ファッ!? おいやめろ! ああ! アルベド! 違う! いや違わないけど!」
玉座の横で静かに佇んでいた美女が、表情をそのままに肩がピクリと動いたのを見て取り必死に男が声をかけて宥める。
「まぁいいわ。ラキュースね。うんうん、ラキュース、清く正しくズッコンバッコンしましょうよ」
何がいいのか一人で納得している少女を見上げながら、早くも蒼の薔薇の面々はこの場に来たことを後悔し始めていた。
▽▲▽
アダマンタイト冒険者としての仕事を粗方片付けて一区切りつけ、ナザリックに訪問する準備を整えた蒼の薔薇は、モモンガに下賜された通信機を使い、見たこともない転移の魔法で現れたナザリックから来た迎えのシモベの手によってナザリック地下大墳墓を訪れていた。
「まぁなんだ。アレだよ。俺は紳士だ」
とぼとぼと肩を落としながら先頭を歩くローブを纏った男に先導され、蒼の薔薇の面々は身も竦むような美術的価値を感じる意匠が施された内装の廊下を進んでいく。
ラキュースはニコニコとしているが、男から意図的に距離を取り、決して一定以上の距離には近づこうとしていなかった。
「大丈夫ですわ。お気になさらず」
「そうか? だったらもう少し近くに来てくれても良いぞ?」
「お気になさらず」
「うん、俺は気にしないのだが」
「お気になさらず」
「そ、そう?」
正面を向いて、ローブを纏ったこの城の支配者である男、モモンガはしょんぼりとした雰囲気で進んで行く。
「スケベオヤジの末路ね」
モモンガに対して、この城のもう一人の支配者である美少女のインランは、溌剌と笑みながらラキュースの隣を裸足でペタペタと歩いていた。時折もの凄い形相でモモンガが振り返って睨むが、何処吹く風と言わんばかりに受け流している。
「ラキュースはいくつなの?」
「19です」
「あらあら、若いのに大したものね。なんだっけ、冒険者の最上位パーティのリーダーなんでしょ?」
「ふふ、インラン様には敵いませんわ。私より大分若く見えますもの」
まるでおばあちゃんが若者を褒めるようなことを言いながら、インランはラキュースと話す。
「んー、あたしはこう見えて結構年いってるからねー」
「そうなのですか、つかぬ事をお聞きしますが、インラン様はおいくつなのでしょうか、見た目は10代前半に見えますが」
「あたし? あたしは58よ」
「え? ……随分お若く見えるんですね」
話を聞いていた他の蒼の薔薇の面々も、口は挟んでこないが驚きが顔に出ている。
会話に耳をそばだてていたモモンガが話に加わってきた。
さりげなく先頭から後ろに下がってくるが、スライドするようにラキュースは移動して間にインランを挟む位置に来る。
「ただの若作りだ。褒めることなどないぞ」
「その言い方凄くムカつくんだけど」
「事実だろうが。俺の居る場所で無知な少女を誑かせると思うなよ」
キリッとした顔でそう述べながら、モモンガはインランの向こうに居るラキュースに目を向けた。視線を切るようにラキュースはインランの影に隠れる。
「いや、もう諦めなさいよ、今更良い格好しようとしても無駄だわ。あんたにはあたしとアルベドがいるんだからソレで満足しなさいよ」
「アルベドはその通りだが、お前に手を出すくらいなら俺は潔く死ぬぞ」
「あはは、仲がとても宜しいのですね」
若干苦しい笑顔でラキュースが口を開く。
「ふふん! 伊達に10年も付き合ってないわ」
「友人としてならば、まぁ、仲は良いだろうな」
それに対して、どこか誇らしげに二人の支配者は語った。
「仲が良いのか悪いのかどっちだよ……」
「よせ、余計な口を挟むな。機嫌を損ねたら殺されるぞ」
ひそひそと他の蒼の薔薇の面々が囁き合う。
▽▲▽
モモンガに先導される形で、蒼の薔薇の面々はナザリックのとある場所に来ていた。
「その、本当に最初に案内するのが此処で良かったのか?」
「はい! あのゴーレムを一目見て惚れました!」
それまでの作り笑いと異なる本物の天真爛漫な笑顔でラキュースは叫ぶ。
力強い叫びは広大な鉄の箱の中に反響し、暫くして木霊が返ってくる。
ここはナザリック地下大墳墓、第四階層。その一角を占める超巨大格納庫内部である。
格納庫内は空間拡張魔法でほぼ無限の容積を持ち。強力な照明によって浮かび上がった空間は何処までも広がっている。
整然と夥しい数の巨大なハンガーが立ち並ぶ光景は、未だ産業革命を経験していないこの世界の住人であり、当然、機械文明に触れたことのない蒼の薔薇の面々にとって、夢の中にいるような地に足のつかない不思議な感覚を与えていた。
超巨大格納庫の中で、奥が霞んでしまうほどの遠くまで並んでいるハンガーには、それぞれ人が直立して固定されているように見える。
遠くから見る分には距離感が掴めず、余り大きくは見えなかったソレも。
近づくとその異常な大きさが際立っていき、見上げるほど大きな小山の如き偉容に圧倒されることになった。
蒼の薔薇の面々は、ハンガーに固定された人の
アホのように口が開いてしまうが、蒼の薔薇の誰一人としてそんなことに気が回らなかった。
「なんだこれは……ありえるのか、こんなものが……」
この場では飛び抜けた年長者であるイビルアイは呆然とそう呟く。
「んっと、コレがモビルスーツでしょ、あっちの少し小さいのがネクストで、それで向こうのが少数ながら量産を始めたオービタルフレームね」
インランは、ハンガーに固定された途方もない大きさの巨人達を、それぞれ指差しながら名前を読み上げていく。
だが、突如隣から発せられた奇声でインランの言葉は遮られた。
「んほぉっ! しゅごいのぉ! おっきしゅぎりゅよぉ!」
「ラキュース!?」
「クソ! 例のか!」
ウットリと視界の端まで整然と並ぶ巨人達を見ていたラキュースが、突如、乙女にあるまじき奇声を発して痙攣を始めたのである。
慌てて蒼の薔薇の面々が取り押さえた。
「ここまで酷い発作は初めて……」
「神様……助けて……? なんでもするから……」
蒼の薔薇で最も体格に恵まれた巨漢の女性という異形種モドキが、必死にラキュースを羽交い締めにする中で、忍者のような格好をした二人の女が潤んだ瞳でモモンガとインランに真摯に懇願してくる。
「え? どうしたの?」
「何が起きてるのだ?」
イビルアイも勢いよく頭を下げて頼み込んだ。
「此処を見て確信したが、あなた達は本当に神なのだろう? ということは私達よりも呪いに関して詳しいはずだ。どうか手を貸して欲しい」
▽▲▽
「呪いはぶっちゃけ専門外なんだけど、まぁ診てみましょうか」
「そうか! ありがとう! この礼として、微力ながら私に出来ることならば、なんでもしよう!」
「おい、余り軽はずみにそんなことを言うべきではないぞ。まぁ、お前達は客人だからな、出来る限りのことはする」
モモンガとインランにとって、ラキュースの痴態は意味不明だが、蒼の薔薇の面々が必死に頼み込んで来たので早々に折れることになった。
「ラキュースは魔剣に心身を蝕まれているんだ。神々の力に魔剣の呪いが呼応している可能性がある」
「魔剣の呪いか。恐らく何らかのバッドステータスと引き替えに、強い力を得ているのだろうな」
「メタトロンも精神汚染のリスクと引き替えに破格の力が得られるからね。同じようなモノかしら」
二人はソレまで蒼の薔薇に見せたことがないほど真剣な表情でイビルアイの話に耳を傾け、呪いについて考察していく。
「武具によるバッドステータスは、装備品を外しても残り続けるモノも多い。取りあえず魔剣は封印して、今後は使わない方が良いだろうな」
「バッドステータスが発作の原因なら、魔剣を外してラキュースを浄化すれば大丈夫そうね」
「では、ラキュースは助かるのか!?」
心底嬉しそうな顔をイビルアイが浮かべた。
だが、インランは手元の板状のアイテムを睨みながら空いた手でイビルアイを制止する。
「ちょっと待ってね。変ね。特に呪いやバッドステータスは見つからないわよ。強いていうなら発狂状態だけど、これは結果であって原因じゃないから。魔剣によって付与された永続的な状態異常が見つからないってことは、魔剣を外せば呪いも消えるタイプなのかしら?」
「永続効果のバッドステータスではないということか?」
「そうなんじゃないの? アリーヤのスキャナーで見つからないような呪いやバッドステータスだった場合はかなり面倒だけどね」
その後、発狂状態を解除するポーションを頭から被ったラキュースは、すぐに正気に戻った。
半泣きになって喜ぶ蒼の薔薇の面々に囲まれ、ラキュースはきょとんとしている。
「とりあえず魔剣は封印して、それでも発作が起こるなら。残念だけどあたし達にはもうほとんど手の施しようがないかもしれないわね」
「ふむ、この世界独自の呪いの可能性もあるのかもしれないな。魔剣を調べても特に呪いのようなデバフは付いていなかったのだろう?」
「そこよねー、魔剣が原因じゃないのか、この世界独自のユニークアイテムだから鑑定仕切れないのか、王国で交換したインチキ剣みたいな感じかもしれないわね」
神妙な顔を付き合わせて二人が真面目に考察していると、イビルアイが話に加わってきた。
「いや、神、ぷれいやーの手によって直々に調べて貰ったんだ。とても助かったよ。少なくとも、ラキュースの呪いに関しての理解が深まったのは確かだからな。ラキュースは大切な仲間だから、少しでも助けになってやりたいんだ」
イビルアイは繰り返し感謝する。幾分二人に対する距離感が近くなったような気がする。
「神ねー、そんな凄い存在じゃないけど、役に立ったならそれでいいわ」
「だが、少々迂闊だぞ。いくら強力でもいきなり発狂するような装備品など使うものではない。戦闘中に発狂したら洒落にならん。一歩間違えばパーティが全滅する可能性だってあるのだからな」
モモンガの叱責に、イビルアイが反論する。
「それがな、ここまで酷い発作は今までなかったんだ。王都であなた達のゴーレムを見た時もラキュースが発作を起こしていたし、やはりぷれいやーの強い力に呪いが呼応しているのかもしれない」
「そうだったのか」
「あの、お騒がせしました……大変お見苦しいところをお見せしたようで……」
話し込んでいると、ラキュースがもじもじしながら割り込んできた。
「お前も大変な目にあったな。これも何かの縁だ。また困ったことがあれば遠慮なく俺達を頼るがいい」
「いえ、少々、いえ、大分、もの凄いモノを目の当たりにしてしまい昂ぶってしまったようです……」
「まぁ呪いが原因じゃ仕方ないわよ。でも清楚な雰囲気からは想像も出来ないような凄い声だったわ。あんな声エロゲー以外で初めて聞いたもん。んほぉってリアルで聞く日が来るとは思ってなかったわ。ファンタジーね」
ラキュースは茹で蛸のように耳まで赤くなると俯いてしまう。
「客人をあんまり虐めるな。まぁ、あんな変な武器を使うのが悪いのは確かだがな」
「性能も調べたけど、あんな剣のためにんほぉっする必要はなかったんじゃないの? ラキュースってまだ処女でしょ? んほぉっは別の場所で言うために取っておきなさいよ」
「だが、魔剣がメインウエポンだったのだろう? あんな性能なら、代替となる別の武器を見繕ってもいいが、どうする? あの性能ならおみあげとして無料で用意してやるぞ? 余ってるからな」
二人に対して、蚊の鳴くような声が発せられた。
「では、代わりの武器を頂きたいです……出来れば凄く格好良いので……」
▽▲▽
モモンガとインランが倉庫の奥から引っ張り出してきたのは、見た目に何の面白みもないような実用一辺倒の一振の直剣だった。
内包するデータ量は
説明を受けて性能には満足しているが、ラキュースが直剣を眺める顔に何処かガッカリした印象を見たインランは、思わず声をかけた。
「見た目は自由に変えられるけど、何か希望とかあるかしら?」
「えっと、それは装飾を追加するとかでしょうか?」
「いやいや、全部よ。大きさから形や色にエフェクトまで全部変えられるわ。あたしはクラフターのスキルを持ってるから、ほとんどなんでも出来るわよ」
話を聞いてラキュースの表情が輝く。
それからインランに詰め寄ると、怒濤の如く言葉が溢れ出た。
「それならば、まずは基本となる色は闇夜を落とし込んだような黒でお願いします。そして満天の星空のように夜の中で静謐に煌めく星々の輝きを封じ込めた刀身と、一度剣を振れば伝説のドラゴンも屠れるような時空ごと断ち切る鋭い光線が飛び出す感じで、刃渡りは私が取り回せるギリギリまで大きくして欲しいですね。それから鞘はインラン様が操るゴーレムのように、一目見ただけで堅牢だと分かるような質感を持った装甲を鋭角と曲線を交えて美しく絡めた感じで」
「うん、うん。いいけど、思いの他注文が多いから、お礼におっぱい揉ませてくれる? というか10発くらいヤらせて? え? 光線飛ばすの? それって攻撃力がある奴よね? ネタエフェクトじゃないわよね?」
「当たり前じゃないですか! 光線がズバッと飛んでドラゴンを時空ごと一刀両断するんですよ!」
「そっかー、ドラゴンを空間ごと一撃かー」
鼻息荒くラキュースの言葉は続く。
「竜王クラスを屠れるのが理想ですね。あの、魔力を刀身に貯めてぶっぱなせると最高です! 出来ますか!?」
「んー、後で100発くらいヤらせてくれるなら、
「やりますやります!」
「ヤるのね。いいわよ。ちょっと待ってて」
ラキュースには目先のこれから自分のものになる伝説の武具しか見えていない。インランとの取り引きの内容も耳に入るが脳には入っていかない。
新品ピカピカの自分専用のオーダーメイドの伝説の剣を手に入れて呪いが再発して発狂し、その後貞操の危機に晒されたラキュースがモモンガに泣きつくのは、すぐのことである。
悪魔との契約は絶対(ニッコリ)