使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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読者のうどんこ様から挿絵のプレゼントを頂きました。

【挿絵表示】

うどんこ様、有難うございました!



STAGE 8 そうだ 地下、行こう。

ルイズが遅まきながら昼食を求めに食堂へ辿り着いてみると、

もうすでにメインディッシュは片付けられ、デザートが並び始める頃合いであった。

だが悪くない。主に精神的な疲労の強かったルイズは、自分の大好物である

クックベリーパイでお腹を一杯に満たすことを夢見て、自分の席に着いた。

残念ながら、テーブルの上に自らのお目当てがないことに気付いたルイズは、

ちょうど近くを通りがかった黒髪のメイドに声を掛けた。

 

「ちょっと、そこのメイド」

 

「ハハハハイ、何デゴザイマスカ?」

 

「クックベリーパイはまだなのかしら」

 

「も、申し訳ありません!あともう少しで焼き上がる頃だと思います。

 出来立てをお持ちしますのでどうか、どうかご容赦くださいませ!!」

 

ルイズはデザート一つに青い顔をしながら対応するメイドを怪訝に思ったが、

まあいいかと考えるのをやめ、今か今かと好物の到着を待ち侘びた。

隣席ではマリコルヌが大口を挙げてアップルパイに齧り付いていた。

パイはみるみるうちにその面積を減らしていった。

そしてパイが無くなるや否や、彼は近くの大皿からケーキをごっそりと自分の皿によそい、

またたくまにその体積を減らしにかかった。

うぐぐぐぐ。腹を空かしたルイズはその様子に歯噛みした。

だが今はダメなのだ。クックベリーパイの気分なのだ。

この荒んだ、憔悴しきった気分を癒す一口目は、

どうしてもクックベリーパイでなければならない。

ルイズの幸福は、そんな強いこだわりをもって成り立つものであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ルイズは待った。ただひたすらに待った。

それこそ周囲のことが気にならないくらい一心に、クックベリーパイを思い描いて待った。

だがこない。

クックベリーパイは、未だその甘い香りをこちらに漂わせてはくれない。

待てども待てども届かなかい。

しびれを切らして広い食堂を見回したルイズは、

ようやく食堂の一角で騒ぎが起きていることに気が付いた。

何やらギーシュが女生徒と揉めているようである。

マルコリヌも今、気がついたようで、これは見物だとばかりにそちらへと駆け寄っていった。

グルメな彼は、デザートを全制覇するだけでなく、他人の不幸という蜜を

味わうことも忘れはしない。これぞ食通の鏡である。

 

「信じてたのに!」

 

「最っ低!」

 

騒ぎというのは、何のことはない、キザ男ギーシュの浮気が恋人らにばれたということであった。

一人はルイズと同学年のモンモランシーで、もう一人は一年の生徒であるようだった。

一年の生徒が悲しみに暮れた様子でトトトと走り去っていったのとは対照的に、

モンモランシーの方は怒りに身を震わせながら、ズカズカと食堂を立ち去っていった。

後には、張り手を受けて頬を真っ赤にし、ワインを頭から浴びてずぶ濡れになった

惨めな男が取り残されているばかりであった。

壮絶な仕置きに、始めは騒いでいた周囲のクラスメイトも、

彼へと言葉を掛けかねているようであった。

 

「か、彼女らは薔薇の愛で方を理解していないらしい・・・」

 

「そうだよな。薔薇はしゃぶっても、くちケガするだけだし。

 ツツジなら平気だったのに・・・」

 

「マリコルヌ、君は黙っていてくれないかね?」

 

普段の彼の態度を知っているルイズにとって、こんなものは

ああやっぱりねとしか言いようのない、いつか起きるだろうと思っていた出来事だった。

彼女は興味を無くし、再び目の前に置かれた皿の上の空白を凝視する作業に戻ろうとした。

しかし今やモグラのように惨めな男の近くに、

先ほどのメイドがオロオロと立ち止まっているのを認め、眉をひそめた。

どうもこの騒動に彼女が何か関わりを持っているらしく、

それであたふたとしている様であった。

ルイズは目ざとく、彼女の脇に置かれたワゴンにクックベリーパイの姿を認めた。

早く来い、早く来いとルイズは強く念じたが、その甲斐空しくメイドは来なかった。

彼女はクックベリーパイどころでは無くなったのだ。

 

「どうしてくれるんだね! 君がもう少し気を利かせてくれさえしたら!」

 

「は、はいいい! ごめんなさい!」

 

メイドは大いに萎縮しているようであったが、もっともギーシュの口調は、

叱責というより泣き言に近いものがあった。二人同時にこっぴどく振られるという体験が

なかなか堪えているらしい彼の背中は、妙に煤けて見えた。

そんなことだから、周りのクラスメイトたちは気まずい沈黙でもって

紅茶の残りを啜る作業に戻り、メイドへの八つ当たりへは見て見ぬ振りをするのだった。

 

「君のおかげで二人の女性の名誉が! そして僕の名誉も傷ついたんだ!

 僕は薔薇、その優雅さでレディ達を癒すことが役目だというのに、

 逆にトゲで彼女らを悲しませることになってしまったじゃあないか!」

 

「申し訳ありません! どうか許してください、貴族様!」

 

だがルイズは違う。

彼の説教とも愚痴ともつかない話が長々と続くのを見て、

彼女はその苛立ちを抑えることができなかった。

心底くだらない浮気者の責任転嫁のせいで、至高のクックベリーパイが冷めていくのだ。

溜まったフラストレーションが、彼女の気を大きくした。

ルイズはすっくと立ちあがり、足を前に向けた。

 

「ちょっとギーシュ! 何馬鹿なこと言ってるのよ!

 一番悪いのはどう考えても浮気したあなたじゃないの!」

 

「ぐっ!」

 

(「そうだそうだ!」)(「イケメン死ね!」)(「ナルシストきもい!」)

 

皆思うところもあったのか、ルイズの発言を切っ掛けに、方々からギーシュを非難する声が上がった。ただし誰が言ったか分からない程度には小声で。

メイドはより一層オロオロしながら、ギーシュとルイズを交互に見つめて震えていた。

ギャラリーの支持を受け、より気を大きくしたルイズは言い放った。

 

「それに第一、あんた何かの名誉より、そこのメイドが温かいクックベリーパイを

 運んできてくれるほうがよっぽど大事だわ!」

 

「「「・・・」」」

 

途端にギャラリーは静まり返った。

キュルケがあちゃーという感じで頭を抱えている。

 

ルイズは、何だかわからないが気まずい空気に我慢できなくなった。

 

「な、何よ! 私が何か変なこと言った?」

 

「あー、君は、君は君はまさか、

 トリステインが誇る名門、土魔法と軍事の権威であるグラモン家が一人、

 このギーシュ・ド・グラモンの名誉よりも、

 たかが、たかがお菓子の方が大事だと、本気でそう言っているのかね?」

 

そう言った顔は、ひどく引き攣っていた。

彼がいたく怒っていることを察せられないルイズではない。

だが彼女は人に謝ることを知らなかった。

 

「な、何よ! クックベリーパイおいしいじゃない! 至高のおいしさじゃない!

 他の何かがかすむほどよ!」

 

「貴族の名誉がかすんでたまるものか! なんたる侮辱、なんたる傲慢!

 ろくに魔法も使えないくせに! ルイズ、君を許しはしないぞ!

 僕が君に貴族の格というものを思い知らせてやる!」

 

そう言ってギーシュはおもむろに杖を取り出した。

ルイズは慌てて答えた。

 

「き、貴族同士の決闘は、この学院では禁止されてるわ!」

 

だがギーシュは嘲笑でもって、それに応えた。

 

「決闘? 笑わせないでくれたまえ。

 これから行うのは決闘ではない。

 一人の出来損ないメイジに対するオシオキなのだよ!」

 

これから始まる見世物に周囲から歓声が上がる中、

ルイズは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ルイズは撤退した。

 

そう“撤退”だ。

逃走ではない。

例え逃走だとしても、それは戦略的撤退という名の闘争なのだ。

そもそも魔法の使えないルイズにギーシュの作り出したゴーレムを倒せるはずもない。

だから撤退するというロジック。まさに戦略的だ。

貴族は敵に背中を見せない?

あらいやだ、クラスメイトを敵だなんて、お友達じゃないのオホホホホ

「待てエエエ、逃げるなんて卑怯だぞ!!」

 

「冗談じゃないわよおお!!」

 

ルイズは全力で走っていた。

 

「ルイズ様、どうやらお困りのようですね。」

 

いつの間にかシレッと横について走っていた魔王が呑気に声をかけた。

 

「追われてるのよ! あんた使い魔でしょ! 何とかしなさいよ!」

 

「ウーン、土メイジの彼とは仲良くできそうだったのですが、仕方がありません。

 何をするにも先ずは時間を稼ぐ必要があるでしょう。

 あそこの角を曲がったら死ぬ気で走って一端姿をくらますのです!」

 

「その後どうすんのよ!」

 

「フフフ、我ニ秘策アリです。

 ・・・今です!」

 

二人は角を曲がりきると同時に全力で走り、次の角へと身を隠した。

 

 

「無駄だ!ちょっと早く走ったからと言って

 このワルキューレたちから逃れられると思うなよ!」

 

例え彼女らが少しぐらい早く走ろうと、彼女らがどこに向かったか分からなくなるほど

距離をあけられるわけではない。

そうやってギーシュとそのゴーレムたちが自信をもって次の角を曲がった途端、

彼は足への衝撃と同時に上体の加速を感じた。そして妙な浮遊感が彼を襲った直後、

 

「ゲフッ!」

 

激しく地面に身体を擦り付けることとなった。

盛大にズッコケて、それ以上言葉も出ないギーシュだった。

彼の周りでゴーレムたちが棒立ちになるのを見て、ルイズはようやく息を付いた。

 

「ハア、ハア、・・・み、見事に引っかかったわね。

 こんなところでツルハシが役に立つなんて」

 

「どうです! 地面にちょっと溝を掘るだけでこのアリサマ!

 自分のチカラを過信する者は足元がお留守になると相場が決まっているのです!」

 

「でもこの後どうすんのよ」

 

「今のはまだ時間稼ぎのための時間稼ぎに過ぎません。

 さ、今のうちにもっと距離を稼いで対策のための時間を作るのです!」

 

ルイズと魔王は、呻くギーシュを置いて、彼の目の届かない遠くへと必死に走り去っていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ルイズ達は、ギーシュと野次馬たちをまいて、今はヴェストリの広場までやってきていた。

 

「さあここまで来たらもういいでしょ。これからどうするの?」

 

「このままヤミクモに逃げ続けてもどうせジリ貧です。

 ならば問題の根本的解決をハカらねばなりません。つまり脅威のハイジョです!」

 

「まさか、ギーシュを倒そうっていうの?!

 無理よ! いくらギーシュがドットメイジだからって、

 さっきみたいなゴーレムを使うのよ。あんたなんかに敵いっこないわ!」

 

魔王はヤレヤレといった様子で首を振った。

 

「ルイズ様はまだわたくしがナニモノであるか、よく分かっていないようです。」

 

「どういうこと?」

 

「魔王たるもの! レベル1の勇者を! わざわざ屠りに行ったりシナーーーーイ!

 最低ランクのメイジ相手であろーが、それは一緒です。 

 魔王たるもの、ザコを蹴散らすなぞ配下に任せればよいのです。

 それが魔王の品格というものなのです。」

 

「あんたの場合、自ら赴いても簀巻きにされるのがオチでしょうが!

 第一、その肝心の配下はどこにいるっていうのよ!」

 

「フフフ、ルイズ様。それを今からつくるのです」

 

「つくる? 何を言ってるのよ!?

 ・・・まさか、ギーシュのゴーレムみたいに手下を作れるっていうの!?」

 

Exactly(イグザクトリー)! その通りでございます。

 ワタクシ言いましたよね、ルイズ様にはトクベツな才能があると!

 今こそそれを発揮するときなのです!

 ルイズ様は錬金の魔法なんか使えずとも、

 土くれからマモノを生み出す力をもっているのです! (まあ錬金で)(作ると)(イロイロと)(持ってかれ)(ますけど)

 

「・・・待ちなさい」

 

「アレ? なんかテンション低いですね、ルイズ様」

 

「アレ、使うとか言うんじゃあないでしょうね?」

 

「・・・」

 

「あの道具、使うんじゃあないでしょうね!

 平民が汗まみれになりながら使って、土まみれになるアレを!

 わたしにこの手を汚せというの!」

 

「・・・ルイズ様。世の中、見た目に惑わされてはいけません。

 なぜなら真実を見失うからです。」

 

「やっぱり、あんた「話をお聞きください!」」

 

魔王は強引にルイズの言葉を遮ると、力強く自分の意見を展開した。

 

「改めてこの“杖”を見てください!

 確かに見た目は独特です。類を見ないカタチである以上、

 これを杖と認識するのは難しいかもしれません。

 しかしこれは破壊神様が振るうことで、不思議なことが引き起こされるのです。

 コレは棒状です。特別なチカラを引き出すための道具です。

 そのような道具を杖と呼ばずして何と呼ぶのです!

 そうこれは定義的に杖なのです! ツル○シなんかじゃありません。

 仮にツルハ○だとしても、それはツ○ハシという名の杖なのです!」

 

「  」

 

どこかで聞いたようなロジックだった。

 

「さあ、時間がありません! ゴーレムに血祭りにされる前に、

 早急にダンジョンを掘り、ゲイゲキ態勢を整えるのです!」

 

どれだけ頭を抱え込んだところで、ルイズに選択の余地はなかった。

彼女はやけっぱちになって言った。。

 

「くそう・・・墓穴を掘ったわ・・・

 分かったわよ! その妙なツルハシ使えばいいんでしょ!

 この際、穴でもなんでも掘ってやるわよ!」

 

「お分かり頂けてナニヨリです。 必ずやギーシュを撃退してご覧に入れましょう。

 まあ、ルイズ様がこの後しくじれば、ホンモノの墓穴を掘ることになりますが」

 

「うるさいっ!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「それで? 何から始めればいいのよ?」

 

ルイズはもう完全に開き直って言った。

 

「まずはツルハシをお持ちください」

 

「・・・」

 

やっぱりそうでもなかった。

 

「・・・ツルハシという名の杖をお持ちくださ 「わざわざ言い直さなくていいわよ!

 さっさとよこしなさい!」

 

魔王へ理不尽な怒りをぶつけつつ、ルイズはツルハシを手に取った。

そのツルハシは、手にする時に思わず身構えるほどの大きさをしていたが、

見た目とは裏腹に、ルイズはまったく重さを感じることがなかった。

 

「・・・軽いわね」

 

「それもルイズ様の適性があればこそです。

 普通の人が持ったんじゃそうはいきません。

 何でもイニシエの時代には、岩に刺さったツルハシを引き抜けるかどうかで

 本当の破壊神様かを見極めたんだそうです。

 では試しにそのツルハシで地面を掘ってみて下さい。」

 

結局そう使うのかと、ルイズはがっかりしながらツルハシを地面に振り下ろした。

 

 

 

 

 

そして、世界が一変した。

 

 

 

 

 

「な、なによこれ!」

 

眼下に、見渡す限りの地下空間が広がっていた。

先ほどまでルイズの視界の全てであったはずのヴェストリの広場は、

もはや視界の中のちっぽけな一部に過ぎない。

今、彼女の目にはトリステイン魔法学院の誇る5つの塔が、それを取り巻く広大な平原が見える。

そして何より、土で埋まりどこまでも下に続く広大な地下の様子を、

彼女は、鳥が地上を見渡すかのごとく、見通すことが出来た。

 

「何よこれ、どうなってるっていうの!?」

 

ルイズは、このような広い空間の中に自分がいることをつい先ほどまで

意識すらしていなかった。どうして地表に覆われ、普通は見透かす事も、

立ち入ることもないその場所へ、空を見上げた時と同じような広がりがあると思えることか。

なにをどうすればこんな視界が得られるというのか、彼女には説明のしようも無かった。

まさしく、神の視点がそこにはあった。

 

「驚かれましたか?

 そう!このツルハシはなんと、軽く一振り大地に突き立てただけで、

 1マートル四方の穴をポッカリと空けることが出来るのです!」

 

「そっちじゃないわよ!」

 

「ああ失礼しました。私としたことがハイリョが足りませんでしたな。

 こちらの単位では0.99998メイル四方ですから、体積にして0.999940001「そんなことより

 今私に見えているこの視界は何なのよ!?」

 

魔王は、ははあと合点したように頷いた。

 

「ああ、そっちのことでしたか。それもやはりルイズ様の持つ才能あってのことです。

 地下を縦横無尽に掘り抜けることがツルハシを持つ者の使命ですから、

 当然その資質があるルイズ様には、地下の様子も丸わかりになるのです。

 だからその2D視点は、技術的に3Dとか無理じゃね?だとか、そもそも

 2Dじゃなきゃ表現出来なくね?だとか、そういう訳ではないのです。

 その証拠に、魔王軍は世界征服の第3弾を:3Dとして既に世(の一部)に知らしめているのです。

 VRも出ない内からスゴイ!凄すぎる! (ステマでは)(ありません。)(ステ魔です!)

 ちなみに我らが魔王軍は更なる3D対応の深化を視野に入れ、

 近い将来3D視点での展開も考えております。順調に行けば年内には

 動きがあるでしょう。二次元で満足している我々ではないのです!」

 

いやでも、2D視点には2D視点の良さというものがあるのです。そいうとこ、ルイズ様には忘れないでいて貰いたいものです、等と訳の分からないことを言い続ける魔王をルイズは白い目で見つめていた。

 

「そうそう、ルイズ様。大事なことですが、ツルハシはすでに掘ってある場所のとなりなら、

 どんなところでも掘ることが出来ます。」

 

試しに掘ってみるといいでしょう!という魔王の言葉に、何を当り前のことをと思いつつ、

再びルイズがその視界に集中したとき、彼女はまたも驚くべきことに気がついた。

 

彼女は、視界に収めた広大な地下の、そのどこにでも手を伸ばせるのではないかという

予感がした。手に握りしめたツルハシを、自身から何メイルも離れた場所に

振り下ろせるような気がした。頭では馬鹿馬鹿しい、あり得ないと否定するその考えを、

彼女自身の感覚が否定していた。ルイズが恐る恐るツルハシを振り下ろしてみると、

小気味よいガタッという音と共に、彼女から5メイル程離れた場所が、掘り下げられていた。こんなところにまで手が届く自分は、一体何処にいるというのだろうか。彼女は恐る恐る視線をツルハシの先から自分の腕へと移していき、最後に勇気を振り絞って自分の背後を振り返った。

 

「何してるんですか? さっさと掘って操作に慣れてください。」

 

彼女の目には、彼女自身が立っている狭い穴蔵の、土で出来た壁が大きく映るだけだった。

 

「ルイズ様、細かいことを気にしていては、この雄大な大地を見渡すことなどできませんぞ。

 ダンジョン全体を見渡したければ、余計なことは考えずにツルハシへ神経を集中するのです!」

 

「・・・」

 

ルイズは、自分が凄い体験をしているんだということは頭で分かっても、

それと同時にこの使い魔らしいテキトーさを抱き合わせで押し付けられた気がして、

何ともビミョーな気分になった。

 

「まあこれも2D画面ならではのこと、そんなに驚くようなことでは、ゲフンゲフン。

 トモカク、そのツルハシとルイズ様のチカラが合わされば、広大な地中の様子をうかがいながら

 モノスゴイ速さでズガガガガッと地面を掘り進めることができるのです!

 スゴイ!あり得ない!」

 

「そ、そうよね! 今、私凄いことしてるのよね!」

 

「その通りです! 思い通り、自由自在です!」

 

「こんなことが、本当に私の力で!?」

 

彼女は改めて今の出来事を振り返り、ようやく自らの振った力への感動を覚えることが出来た。

そして一度そのことを意識し始めると、彼女の中に止めどない喜びが沸き上がってくるのだった。

 

 

 

 

初めて

 

 

 

初めて、自分の手で自由に力を振うことが出来た。

 

 

 

「私の手で、こんなことが出来たなんて・・・

 ・・・私、今までずっと自分が欠陥品だと思って生きてきた。

 ヴァリエール家に生まれておきながら、誰にも顔向けできない落ちこぼれで、

 母様や姉さまにいくら叱られても、それどころか心配すらされるようになっても

 何も出来なくて、悲しくて、悔しくて「時間がないんで後にしてくれませんか?」

 

「    」

 

「穴掘るだけならモグラにだって出来ます。

 そんなんじゃあのゴーレムにギッタンギッタンにされてお終いです。

 そうなったら泣くのは私なんですよ!ルイズ様だって道連れで「分かったわよ!

 いいから早く続きを教えなさいよ!」

 

魔王は満足げな表情を浮かべつつ、彼なりのレクチャーを再開した。

 

「ルイズ様、地中を掘り進めると養分を含んで緑色になった土があるはずです。

 そこを掘ってみてください」

 

憮然とした顔で土を掘っていったルイズだったが、

彼女はまたしても驚きにその表情を崩すこととなった。

 

「な、なによコレ!」

 

彼女が掘った場所には、まるで今しがた砕いた岩盤から生れ出たように、

緑色のテカテカした大きな塊がちょこんと現れたのだった。

 

「無事、魔王軍の配下を生み出せたようですね。

 これで魔王軍は一人じゃない! でも二人と一匹しかいませんけど。

 ともかくルイズ様、今ご覧になられたように、養分の溜まった土を掘ると、

 こうしてマモノを生み出すことが出来るのです。

 それこそが破壊と創造をつかさどるルイズ様のチカラなのです。」

 

「これが、私の力・・・! 土人形を操るのでもなく、どこかから生き物を

 呼び出すのでもなく、新たな生命をこうして生み出せてしまうのね! すごいじゃない!」

 

彼女の心に再び喜びが戻り始めていた。

 

「それにこのマモノもここらじゃ珍しそうね! 私、スライムって始めて見たわ!」

 

「ニジリゴケです。」

 

「え?」

 

「ニジリゴケです。」

 

「え? でもこういうゼリー状のモンスターって言ったら「ニジリゴケです」

 

「・・・ニジリゴケという名のスラ 「ニジリゴケです」

 

魔王の頑なな態度にルイズはちょっと引いた。

 

「・・・なんか釈然としないわ」

 

「勇なま世界の一員としてアイデンティティーを手放すわけにはいかんのです!

 それはそうと、このスライm、ゲフン、ゲフン。

 ニジリゴケは土の中の養分を吸い取っては吐いてを繰り返すことで、

 ダンジョン内での養分の循環を担う重要なマモノです。

 まずはニジリゴケを増やしていくところから始めてみると良いでしょう。」

 

ルイズは、魔王に対して二言三言言いたいのをグッとこらえて、穴掘りに精を出した。

なるほど魔王の言う通り、ニジリゴケは養分の溜まった土に近づくと、その土の養分を吸い取り、こんどは別の土へとそれを吐き出すことが、彼女の地下を見通す目には分かった。

 

「ルイズ様、こちらを見てください。」

 

「・・・花?」

 

魔王のいる方へ目を向けると、奇妙なことに地下であるはずのそこへ、黄色い花が咲き誇っていた。それは何なのかとルイズが問いかけようとしたところで、花は緑色の塊たちへと姿を変えた。そして後には、方々にニジりよっていくニジリゴケたちの姿だけが残された。

 

「ニジリゴケは養分を蓄えた状態で体力が減るとつぼみになり、いつもより

 広い範囲から養分を吸収しようとします。そこで上手く養分が溜まると、

 ああして花を咲かせた後、いくつものコケに分裂し、増殖していくのです。」

 

コケって花を咲かせるものだったかしらと思いつつ、ルイズは独りでに増えていく

生命の神秘に驚嘆を覚えた。しかし彼女はまた冷静でもあった。

 

「・・・でも改めてみると、こいつらそんなに強そうに見えないわ」

 

その緑色のぶよぶよは、ちょっと強く突けばすぐにでも壊れてしまいそうに見えた。

ギーシュの自慢のゴーレム相手には、ひとたまりもないだろう。

 

「ええ、まあそうですね。彼らの戦闘力は1。

 おっさんの1/5程度の強さしかありません」

 

「何よその気色悪い例えは」

 

「一応、彼らには彼らなりに戦闘で役に立つ場面もあるのですが…

 説明は後です!今は時間がありませんのでジャンジャン戦力強化を図りましょう!

 ダンジョン内のマモノが弱い? なら強いマモノを生み出せばいいのです!」

 

「良かったわ。他にもマモノを作り出せるのね!」

 

「そうです! そこでこのニジリゴケ諸君の働きが意味を成すのです。

 ダンジョン全体の様子を見てください。

 なんだかさっきと様子が違って見えませんか?」

 

「ニジリゴケが増えたみたいだけど・・・さっきより白っぽい土が増えた?」

 

「そうです!ニジリゴケがせっせと養分を運んだ結果、

 栄養価の高い土が出来上がったのです。

 この養分がある程度溜まった土をツルハシでちょいと突けば」

 

「強いマモノが出てくるって訳ね!えいっ!」

 

ルイズは迷いなくその土を掘った。

その瞬間、奇妙な歯ぎしりのような音が聞こえ、

ルイズの体にゾワゾワッとした嫌な感触が駆け巡った。

 

「こ、これは相当ね、気配だけでこんなになるんですもの。

 さあ!どんな強そうなマモノが出てきたっていうの?」

 

ルイズが思い切って目を向けると、そこには頭程の大きさもある、

でっかい“ムシ”がいた。

 

「イヤーーー!!」

 

「出ました!それがガジガジムシです。駆け出しユウシャ相手に隙を突けば、

 一匹だけでも倒せてしまう存在です!」

 

「む、ムシねえ。こんなに大きいし、確かにさっきのよりは強そうだ け ど」

 

一瞬のことだった。

ちょうど目の前をニジリゴケが横切った途端、ガジガジムシはその大きな顎を

ブヨブヨした膜に突き立て食い破り、ズルズルとその中身を啜った。

ブシュッと飛び散った体液が地面に染み込んでいく。

そうしてガジガジムシは、ニジリゴケをあっという間に平らげると、

何事も無かったようにまたカサカサと歩き回り始めた。

 

「な! ちょ、ちょっと! 今アイツ、ニジリゴケを食ったわよ!」

 

「そりゃそうです。マモノだって生き物なんですから食事ぐらいします。

 そういう当たり前のこと、魔王的には忘れちゃあイカンと思うのです。

 ニジリゴケと違ってガジガジムシは土中の養分を直接吸い取ることが出来ません。

 そこでニジリゴケを捕食することで養分を蓄え、成長するのです。」

 

「成長って、まさかもっと大きくなるんじゃないでしょうね!?」

 

ルイズは悲鳴にも似た声を上げた。

 

「ガジガジムシは変身をあと2回残している・・・その意味が分かりますか?」

 

「変身ですって?」

 

「そうです。ガジガジムシの成長は、そのサイズが大きくなるというものではありません。

 貯めた養分で幼虫からサナギを経て成虫になるのです。

 でも安心して下さい。ガジガジムシのサナギは時間経過だけで羽化するので、

 手も足も出ないサナギをバトルに参加させるという理不尽な経験値は必要ありません。

 ほら、さっきコケを食べたガジガジムシを見てください。」

 

見るとそこには白っぽく太いサナギが、ひっそりとダンジョンの片隅にあった。

 

「い、いつの間に・・・ず、随分成長が早いのね」

 

「この状態では戦えませんが、脱皮して成虫になれば・・・」

 

しばらく見つめるうちにサナギを割いて飛び出してきたガジガジムシには、

先ほどには無かった羽がついていた。

 

「ごらんの通り、空飛ぶガジガジ、ガジフライに成長するんです!

 空を飛べるのですばやさがアップ! 攻撃力・HPもアップし、

 繁殖までもが可能になるのです。」

 

さっそくルイズの目の前でガジフライはニジリゴケに貪りつき、

一瞬で平らげたかと思うと直後に子ガジガジを生み落とした。

そうしてガジフライはまた別のニジリゴケを求めて飛び去って行った。

 

「この成長スピードに繁殖力、あり得ない・・・」

 

「逞しいでしょう、ガジガジムシは!

 このままほっとけばニジリゴケを喰らい尽くして

 ガジガジだらけのカサカサしたダンジョンが生まれることでしょう。」

 

「は!? 冗談じゃないわよ! 何とかならないの!?」

 

「簡単なことです。ニジリゴケを補充しつつムシの天敵を作り出せばよいのです。

 ガジガジムシを生み出すよりももっと高い養分を含んで

 真っ白になった土はありませんか? そこを掘ってやるのです。」

 

「また変なの出てこないでしょうね!?」

 

「いやいやガジフライよりも頼みになる良い奴らですよ。

 ヨユーでフツーだと思います、魔界的には」

 

「・・・不安しかないわ」

 

しかし掘る以外に選択肢はない。

えい、とルイズはツルハシを振り降ろした。

次の瞬間、甲高いような、しゃがれた様な、そんな鳴き声がダンジョンに響き渡った。

果たしてそこには、青いうろこ状の肌、つぶらな瞳をし、

そして剣と盾を身にまとったトカゲ型の亜人の姿があった。

 

「・・・良いじゃない。強そうじゃない!

 ぷよぷよしたのとか、虫けらをおっきくしたようなのじゃなくて、

 こういう感じのモンスターが欲しかったのよ!

 これならギーシュのゴーレムにも対抗できそうね!」

 

ルイズはトカゲおとことでもいうべきそのモンスターを大層気に入った。

早速生まれたトカゲおとこがガジガジムシをバリッと食い散らかしているのを他所に、

ルイズはブツブツとこれならキュルケのサラマンダー相手にも・・・等と呟いていた。

 

「お気に召したようで何よりです。

 とはいえ相手のゴーレムは複数。数は力というのが戦いにおける鉄則です。

 このマモノにも増えていって貰わねばなりません。」

 

「こいつも短時間で増えるのかしら?」

 

「ムシほど簡単には増えません。高等魔生物なんで、コケやムシなんかよりも

 多少手間はかかります。彼の周りをもうちょっと広く掘ってみてください」

 

言われたとおりにルイズが穴を掘り、狭かった土の通路に小さな部屋が出来上がった。

するとトカゲおとこは必死になって地面を掘り返し始めた。

そして掘った穴倉にその身を沈めると、ヒーン、ヒーンと苦しそうな声で鳴き始めた。

 

「ちょ、ちょっと、どうしたっていうの? 苦しそうだわ!?」

 

「トカゲおとこは卵を産んで増えるので、こうやって巣を作り産卵を行うのです。」

 

「へえ、増え方もやっぱりトカゲって訳ね。・・・そういえば思ったんだけど」

 

「何ですか?ルイズ様」

 

「こいつらの本当の名前はなんていうの?

 確かに見た目はトカゲおとことしか言いようがないけど、

 それだとメスはトカゲおんなになっちゃうじゃない。

 こいつらにもニジリゴケとか、ガジガジムシみたいな本当の名前があるんでしょ?」

 

「トカゲおとこです」

 

「え?」

 

「だからトカゲおとこなんです」

 

「・・・なんで折角の強そうなマモノの名前がそんな不憫な感じなのよ。

 オスもメスもトカゲおとこだなんて、名前の付け方がいい加減過ぎよ」

 

ルイズはかっこいい名前なら皆に自慢出来たのにとガッカリしてため息をついた。

だが魔王はそんな彼女の様子にはお構いなく、不満そうに呟いた。

 

「メスなんていません。」

 

「えっ?」

 

「だからトカゲおとこなんだからみんなオトコです。

 女手が無いので、彼らは出産すら男手一つでやり遂げるという、

 まさにシングルファーザーの鏡なのです。泣ける話ですよね」

 

「えっ? 何それ怖い」

 

「トカゲおとこは勇者が近づけば自ら率先して立ち向かう、

 まさにオトコの中のオトコなのです。女なんているはずがありません。」

 

「どんな理屈よ! ほら、そこのソイツだって卵産んでるじゃない! ならメスでしょ!?」

 

「ルイズ様・・・。魔王は悲しいです。シングルファーザーの大変さを知っていたら、

 そんな心無い言葉を言えるハズがありません。 ルイズ様だって、もし運悪くお母さまが

 亡くなっていたら、父親が苦労して、必死にルイズ様に楽しい思いをして貰おうと、

 身を粉にして働いて「なんで私が悪いことになってるのよ!」

 

「コマケェことはイイんですよ! 男だっていいじゃない、マモノだもの!」

 

「ええ~!」

 

「まあとにかく、細かいトコロには目をつむって戦力増強に励んでください。

 もうそろそろ土メイジの彼がやって来ることでしょうし。」

 

「納得出来ないわよ!」

 

そう言いつつもルイズは残された時間の限り、地中をズカズカと掘り進め、

マモノを生み出しつつダンジョンを広げていくのだった。




おまけ (翻訳は)(1931年だから)(大丈夫なハズ)


決闘の日の思い出

ギーシュは出てきてすぐ、僕は女性には優しくすることに決めているんだ、
そのキャラを誰かが台無しにしてしまった、悪い奴が書いたのか、あるいは
原作を知らない奴が書いたのか分からない、と語った。
・・・中略・・・
そこで、それは僕が書いたのだ、と言い、詳しく話し、説明しようとした。
するとギーシュは、激したり、僕を怒鳴りつけたり等はしないで、低く「ちぇっ。」と
舌を鳴らし、しばらくじっと僕を見つめていたが、それから
「そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな。」と言った。
僕は彼に自分の集めたゼロ魔画像を全部やる、と言った。それでも彼は冷淡に構え、
依然僕を軽蔑的に見つめていたので、僕は、自分の良作SSリンクの収集を全部やる、と言った。
しかし彼は、
「結構だよ。僕は、君の読んだやつはもう知っている。
 そのうえ、今日また、君が僕をどんなに取りあつかっているか、
 ということを見ることができたさ。」と言った。
その時、初めて僕は、一度投稿したことは、もう償いの出来ないものだということを悟った。
・・・中略・・・
僕は「床にお入り」と言われた。僕にとってはもう遅い時刻だった。だが、その前に、僕は
そっとPC机に行って、大きなくすんだ色のデスクトップを取ってきて、寝台の上にのせ、
闇の中で開いた。そして、書き溜めを一つ一つクリックし、Shift + Delete で跡形もなく削除してしまった。

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