使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

5 / 37
STAGE 5 MADE FOR YOU

「おお、これは中々のものですね!」

 

「どう、驚いた? これがトリステイン魔法学院の誇るアルヴィーズの食堂よ!」

 

 魔王の目前には、天井高くから吊り下げられたシャンデリアと、豪華な料理が所狭しと載った

立派な大机が整然と遠くまで並んでいた。また壁の至る所に煌びやかな装飾がなされ、所々に

妖精をかたどったものか、見事な像が立ち並んでいた。トリステイン魔法学院は単に魔法を教える

だけでなく、貴族としての立ち居振る舞いをも教育する場でもある。それに相応しい場所を

用意すべく、ここアルヴィーズの食堂も豪華絢爛に作られていた。

 

「これはマイキャッスルをリフォームするときの参考になりそうです。今度帰ったときに、

 匠の技的な力で住処をヘンボウさせるという大魔法“ビホーアフター”を試してみるのも

 いいかもしれません」

 

 算段を立てる魔王を他所に、ルイズは自分の席のそばにある“ブツ”を確認していた。

 

「(ええと、この席の下にあるはずよね。よし、用意してあるわ!)」

 

 机の上には生徒達のために用意された豪華な朝食が並ぶ一方、床下にはルイズ自らが

手配した、魔王専用の朝食が用意されていた。もっともソレは、彼女の思惑が大いに

込められたものではあったが……

 

「ほらあんた、ボケッとしてないでイスを引きなさい!」

 

「ああ、これはシツレイ致しました。さあ、どうぞお座りください。」

 

 ルイズは少しそわそわしながら朝食の開始を待った。しばらくすると朝食の祈りが捧げられ、

生徒・教員たちの食事が始まった。

 

「(さあ始まったわ! フフフフフ……! 亜人だろーが何だろーが、ゴハンは絶対必要なもの。

 コイツだって、私たちの食事風景に空腹感を覚え、食事を求めてくるはずよ。

 そしたら机の下のブツを突き付けて、使い魔としての立場を教育してやるのよ!)」

 

 ルイズは今か今かと、魔王が朝食を求めて来るのを待った。

 

「……」

 

 だがしかし、ルイズの思惑とは裏腹に魔王は一向に話しかけるそぶりを見せず、興味深げに

食堂中を見回すのみであった。

 

「(何よ、みっともなくお腹を空かせて、ご主人様~と泣きついてくるのはまだなの?)」

 

 ルイズは食事を進めたが、魔王は相変わらず呑気に生徒・教員たちを眺めているようだった。

結局、しびれを切らしたルイズは自ら魔王に話しかけた。

 

「あんた、少しは食べたいとか思わない訳?」

 

「フフフ、馬鹿にしないでください、ルイズ様。ワタクシがこんな食事を取るだなんて御冗談を!」

 

「(!! まさか私の企みがバレてた!?)」

 

 ルイズは内心ギクッとしつつ、平静を装って尋ねた。

 

「どういうことかしら?」

 

「人々の絶望をすすり、憎しみを食らい、悲しみの涙で喉を潤す。それが魔王というものです。

 フツーの食事なんて取らずともやっていけるのです!」

 

 ルイズは目を丸くして驚いた。このへんてこりんな使い魔から、こんな魔王らしい言葉が

飛び出してくるなんて……

 

「か、感情を糧にする妖魔なんて、聞いたこともないわ!」

 

「フフフ、スゴイでしょう!マガマガしいでしょう! ルイズ様には中々想像付きませんか?

 そうですね、例えるならばラーメンといったところでしょうか。絶望というメンをすすり、

 憎しみというチャーシューを食らい、悲しみの涙で出来たスープで喉を潤すのです。

 夜更かしした時とか特に美味しく感じるんですよね。ちなみに、麺は固めよりもむしろ

 少し伸びてるほうが好みです」

 

「ラーメン? まあアンタの例え話はともかく、本当に料理いらないの?

 その、強がってるんじゃないでしょうね?」

 

「ロンオブモチです。皆のゼツボーをズルズルすすってやりますとも!」

 

自らの使い魔の意外な一面を知り、実はコイツ凄いやつなんじゃないかと、ルイズは少し

“魔王”のことを見直した。

 

「(やっぱりちゃんとした食事を用意して、……あ、でもいらないんだっけ?)」

 

「アッ!……」

 

突如、魔王は声を上げたかと思うと、そのまま黙りこくった。

 

「……どうしたのよ」

 

ルイズは、嫌な予感がしつつも魔王に声を掛けた。

 

「……私としたことがウカツでした。そうですよね、ところ違えば味も変わる。

 失念しておりました」

 

「だから何なのよ」

 

「ついウッカリ忘れていたのですが、私、召喚される直前に受けた不健康診断で、

 MDL値が引っ掛かったのです」

 

「……は?」

 

「私も若い頃ならトモカク、この年になってくると魔タボリック・シンドロームに

 気を付けねばいけませんので、高魔カロリーな食事を取る訳にはいかないのです」

 

そう言う魔王の姿は、大層悲しそうに見えた。

 

「この世界、近くで戦争でも起こっているのでしょうか? 先ほど私、食事のことをラーメンで

 例えましたが、この世界ではどうも背油マシマシみたいな感じになってて、大分キビシイ

 のです。この分では、大変ザンネンですが、フツーの食事をとる必要がありそうです」

 

「……」

 

「うーーん、しょうがないんでそこの霜降りステーキだとか、あそこのフルーツたっぷりの

 タルトとかで我慢しましょう。低魔カロリーかつ糖分・脂質が多そうなので、フケンコウ的な

 食事としてまさに理想的です!」

 

「…………」

 

「さあ、そうと決まればフツーの料理でもガッツリ食べますよ!

 破壊神さm、じゃなくてルイズ様、はやくそこの皿を取ってください。

 あ、その皿の付け合わせのケンコーに良さそうな野菜はいらないです。

 どうぞルイズ様が全部食べちゃってください。」

 

 見ればその皿の肉の横にはハシバミ草のソテーがこんもりと盛られていた。

ルイズの嫌いな野菜No.1である。

 

「…………」

 

「……ルイズ様?」

 

「ふ、」

 

「ふ?」

 

「ふふふふふふふふ」

 

「ル、ルイズ様?」

 

「残念ね、ほんっとーーーに残念」

 

ルイズは大きくため息をつくと話を続けた。

 

「ここの食事はね、貴族専用のものなの。だから使い魔のあなたがこれを取るわけには

 いかないの。ごめんなさいね、でも規則だからしょうがないわ」

 

「はあ、規則、ですか」

 

「でも私だって鬼じゃあないわ。 ちゃんとあなた専用の料理を用意しておいてあげてるもの。

 あなた専用の、とびっきりのをね」

 

「おお、そんな用意をして頂いているとは、私も感激でゴザイます!」

 

「私の使い魔になってくれたお礼よ。遠慮せずに受け取って欲しいわ」

 

「ええ、遠慮なく頂ますとも! 何ならオカワリまでいっちゃいますよ。

 それでその食事は何処にあるんですか?」

 

「 ……そこよっ!」

 

そう言うと、ルイズは机の下を指さした。

 

 そこには、机の上下を隔てて貧富の差の縮図があった。机の上には贅の限りを尽くした

料理の数々が並んでいるというのに、少し視線を下げて見える床の下には、カビに覆われて

真っ黒になったパンと、極端に水で薄めて量増ししたスープがぽつんと置かれていた。

 

「闇に覆われた世界の魔王“様”に失礼はできないもの。特別に、“漆黒のパン”と

 “限りなく澄み切ったスープ”を用意したわ。おいしそうでしょう?

 まさかとは思うけど、今さら主の好意が受け取れないとは言わないわよねえ」

 

ルイズは決まった! とばかりにふんぞり返った。

 

「なんだ、ホッとしました。机の上の料理と方向性は違えど、超フケンコウそうなパンでは

 ないですか。ニンゲンが用意したにしては中々イイ線いってます」

 

「え゛!?」

 

 魔王はルイズの驚愕を他所に、ヒョイっとカビだらけのパンを口へ放り込んだ。

隣席ではマリコルヌが思わず魔王を二度見し、スプーンを手から落とした。

 

「スープの方は…… ウーーン、見た目通りビミョーですな」

 

 初めはショックを受け、改めて自分の使い魔の特殊性を認識したルイズも、

しばらくすると自分の目論見が失敗したことへの悔しさが込み上げてくるのだった。

 

「さ、食べ終わりました。次をお願いします!」

 

「へ?」

 

 自分の心を鎮めようと格闘していたルイズは、いきなりのことに何を言われたのか

分からなかった。

 

「次は確か魚料理ですよね。それとも一番初めに出し忘れたオードブルが届くんでしょうか?

 大丈夫、魔王は心が広いので順番なんて気にしません!」

 

「なにを言ってるのよ?」

 

「何って、これってフルコースですよね?」

 

ルイズはしばらく黙りこくって、何を言われたのか考えた。

 

「ルイズ様?」

 

 そして魔王が再び声をかけた時、ルイズは満面の笑みを浮かべていた。

 

「……だけよ」

 

「え? 何て言いましたか?」

 

「……それだけよ」

 

「ええ、確かに前菜は全部頂きましたが……」

 

「だからそれでお終い、全部なのよ。アンタの食事は終了したってわけ」

 

「  ……ナッ!」

 

 魔王がそのまま固まったのを見届けると、ルイズは優雅な気持ちで朝食を再開した。魔王は

しばらくの間、ショックを受けた顔で微動だにしなかったが、ルイズがクックベリーパイに

噛り付く頃になると、ようやく動揺が収まったのか、乾いた笑い声でルイズに語り掛けた。

 

「わたくし、ルイズ様のことを誤解しておりました。上げてから落とす、というのは

 人を絶望に突き落とすキホンですが、実際にやるのは中々ムズカシイもの。

 高い落差を用意した計画力に、身内相手にそれをやる鬼畜さ。ルイズ様はもう既に

 チもナミダもない立派な破壊神さま道を駆け上がっておられたのですね。ヨヨヨ」

 

「だから破壊神って呼ぶんじゃないわよ!」

 

 ルイズは、今日一日が波乱に満ちたものになるであろうことを、予感せずにはいられなかった。




魔王「朝は目玉焼きに限ります。あ、当然、しんりゅうの卵で作ったやつですよ。
   毎朝食べるんで、破壊神様はそのつもりで用意しといてください」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。