使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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英国 アルビオン万歳!


STAGE 37 星を見るパイ

「おお、これは……! 痺れる程のエールの苦みと強烈な肉の塩気との()リアージュがたまりませんな!」

 

 舌をうならせる魔王の声がルイズの耳に届いた。どうやら彼はこの晩餐をすっかり満喫しているようだ。

 饗宴の開始と共にウェールズ皇太子直々の紹介を受けたルイズの元へは、王党派貴族の面々が次々と挨拶へ訪れに来ていた。もっとも、気のいい彼らは例え皇子からの紹介が無かったとしても、王国最後の珍客である彼女の元へと陽気な言葉を投げ掛けに来たであろう。

 

「そんなに若いのに大したものだ。貴方のような人がいることを思えば、トリステインは安泰ですな」

 

「ここに来るだけでも大変であったろうに、その上、我らの戦いに協力して頂けるとは! まったく感謝に耐えませぬぞ」

 

 次々に口にされる称賛と感謝の言葉に、ルイズは努めて明るい顔をしながら返事を返した。

 

「協力は当然ですわ。レコンキスタはアルビオンのみならず、世界の国々にとっても脅威ですもの。それよりも私の方こそ感謝を申し上げたいです。私たちが今日まで平穏な暮らしを保って来られたのは、あなた方が必死に戦って下さっていたお陰ですもの」

 

「おお、なんと慎み深く礼儀正しいことか! これぞ貴族の鏡というもの」

 

「流石は名高きヴァリエール家のご令嬢だ。将来はさぞ立派になられましょうぞ!」

 

 貴族たちはルイズの言葉一つ一つに沸き、絶えず彼女を褒め称えるのだった。

 

「さあさ! 折角の宴を喋り通すだけで過ごされたのでは勿体無いというもの。是非我が国の伝統的珍味の数々をご賞味あれ!」

 

「こちらのブラック・プディングはいかがか? 豚の血を固めたものにて、食べれば獣にでもなった気分になれますぞ!」

 

「おお、いかぬ! そのような貧相な一物をお出ししたのでは我が国の恥と申すもの。詰め物ならば、こちらのハギスを食してごらんなさい! 得も言われぬ臓腑の味がしましょうぞ!」

 

 ルイズは彼らが勧めて来た皿を見て…… 顔に作った笑みを固まらせた。彼女は、『あの噂』は本当であったかと恐れ戦きながらも、それを態度には出すまいと必死に取り繕ろおうとした。

 彼女が伝え聞いていた噂とは、曰く『アルビオンのメシはまずい』とのこと。ルイズは目の前の皿を一目見ただけで、その真実の一端に触れたような思いがした。

 

 先ずはブラックプディング…… 獣の血を固めて出来た腸詰めであるそれは、毒々しいまでに黒く、たっぷりの油を敷いて焼かれたであろうその表面はテカテカと黒光りしていた。ナイフで切られたその断面には、黒い身に混じって何やら白く細長い塊がうじゃうじゃと詰まっていて、ルイズをげんなりさせた。

 

 そして更に酷いのがハギスだ! 今は亡きトリステインの国王に『あんなまずいものを食う連中は信用ならん』とまで言わさしめ、外交問題にまで発展しかけたその凶悪なる一品を、ルイズはまざまざと目の当たりにしていた。

 色の悪い臓物を羊の胃袋の中へとはち切れんばかりに詰め込んだそれは、そのデンとした威容と強烈な臭気でルイズの食欲を減衰せしめた。洗練された宮廷料理が発達したトリステインから来たルイズにとって、この料理に対し色々と思うところはあったが、彼女が何よりも酷いと思ったのがその見た目だ!

 ただでさえ臓腑の標本のような色合いの気味が悪い皮袋にナイフが入れられると、中からモロモロと粒状になった褐色の塊が零れ出し、皿の上にドサッとこぼれ広がった。ルイズは見ているだけで吐きそうになった。

 

 ルイズは思った。

 トリステイン貴族として、こんな得体のしれない代物を口にする訳にはいかない。

 というか、こんなの食べたら私死んじゃう。

 見ているだけで怖気が走るのに、口に近づけ匂いを嗅ぎ、舌で味わって飲み込んでしまったら、間違いなく私死んじゃう。

 食べてから吐き戻したとしても、アルビオン王族・貴族への非礼で私死んじゃう。

 だから我慢して飲み込んだまま耐えようとしても、やっぱり体が悲鳴を上げて私死んじゃう。

 大事な任務の途中なのに、人生でやり残したことだっていっぱい残っているというのに、私死んじゃう。

 アルビオン料理がまずすぎて、私死んじゃう。

 

 ルイズは、王党派貴族たちの勧める品をかわそうと必死に言い訳を考え始めた。

 

「さあさ! 熱い内にお召し上がりなされ! この舌が麻痺するような強い酒を煽ってからかっ食らうと最高ですぞ」

 

「その、ごめんなさい。実は私、ちょっと血の気が多い味が苦手で……」

 

「やや! それはいけませんな。すぐに別の料理をお持ちしましょうぞ」

 

「しかしはて、これらの肉料理が駄目となるとどうしたものか?」

 

 快くルイズを持て成そうとしている彼らを前に、何も食べないというのも失礼にあたる。

 そこでルイズは、無難にこんな提案をした。

 

「魚料理はないかしら?」

 

「ここアルビオンは空の上ゆえ、海の魚はありませぬが宜しいですかな?」

 

「構いませんわ。わざわざ、ありがとうございます」

 

「さて、確か魚を使った珍味はあちらの方で見かけたか……」

 

 ルイズに話し掛けていた貴族が遠くのテーブルに目をやったところで、そちらの方から大きな声が上がった。

 

「ルイズ様! とってもスバらしい魚料理を見つけました! 今すぐお持ちしましょう!」

 

 奇妙にしゃがれつつも明るい調子の声は、ホールによく響いた。どうやら魔王は、際どい放言を繰り返しているにも関わらず、亜人ならではの異様な風貌とにじみ出るふざけた雰囲気が貴族たちに大うけして、好意的な態度をもって迎えられているようであった。きっと道化師やその類だとでも思われているのだろう。ブラック・ジョークを好むアルビオンの国民性も影響しているのかもしれない。

 

「これはこれは、大使殿の使い魔に先を越されたようですな。しかし素晴らしい! 

 主の求めているものを率先して持ってくるとは、使い魔の躾がなっておるようですな」

 

「とんでもありません! あいつなんか、いつもふざけたことばっかり言うし、ヒョロッとして何だか頼りないし、それにさっきだってあんな失礼な真似をして……! 今も変なことを言ってないか心配で心配で……」

 

 使い魔への嘆きを聞いたその貴族は、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「使い魔と過ごしていると色々なことがあるものだ。日常の中で相手へと不満を抱くこともあるだろう。しかし使い魔とは言わば家族のようなもの。貴殿が悩み苦しむ時には、きっと貴殿を大いに元気付け、助けになってくれることであろう。大事にしなさい」

 

「……はい。心に留めます」

 

 思うところあったルイズは、年嵩の貴族の暖かみある言葉にしみじみと頷きを返した。ルイズがそうしている間に、人込みをかき分けて進んできた魔王が、ようやく彼女の前までたどり着いた。

 

「ご覧下さい! 単なる魚料理というだけでなく、ルイズ様のお好きなパイ料理ですぞ!」

 

「あら、気が利くじゃない……!?」

 

 ルイズは魔王の手にした皿を見て、目を真ん丸に見開いた。

 パイのあちこちから、魚の頭がにょきにょきと、新芽のごとく生えている。

 口を半開きにし目が真っ白になった魚たちと、目と目が合う。

 ルイズは思った。

 ホワイ? なぜ魚のパイを食べるのに、中身の魚たちと顔を突き合わせる羽目になるのかしら?

 ルイズは目をごしごしと擦った。

 これはいくら何でも、何かの見間違いではなかろうか? 

 きっと、疲れているんだわ、私。

 ルイズは自分にそう言い聞かせながら、もう一度ゆっくりと目を開いた。

 

 当然、何も変わってはいない。パイの中央には何匹もの魚が頭を上にして垂直に突き刺ささり、魔術学院の尖塔のようにそびえ立っている。それはあたかも、パイという灼熱の地獄に閉じ込められた魚たちが、最後の抵抗とばかりに脱出を試みたかのような姿であった。

 

 絶句しているルイズに、親切な貴族が説明を加えた。

 

「それなるはスターゲイジー(星を見る)・パイですな。その名の通り、魚たちが天を仰いでおる(スター・ゲイズ)でしょう?」

 

「なんともマガマガしい見た目の料理ですな。私、これをタイヘン気に入りました!」

 

 ルイズは嬉しそうに語る魔王を見て、すぐさまこのパイを彼に押し付けることに決めた。

 

「そんなに気に入ったなら、一人で全部食べてもいいのよ? 私は他のを探すから……」

 

 そう言ってひっそりとその場を抜け出そうとしたルイズを、魔王はすぐに引き留めた。

 

「お待ちくださいルイズ様。そう言えばもう一品、魚料理をお持ちしたのでした」

 

「いやいや私、よく考えてみると熱い料理より冷たい料理が食べたかったみたいなの」

 

「問題ありません! そう仰られるかと思って、もう一品はひんやりとしてそうなのを持ってきました!」

 

 そう言うと魔王は、ルイズの傍らにあるテーブルへ、ドンと皿を置いた。

 

「ジェリード・イールです!」

 

 その料理の名を聞いて、初めは期待感を抱いたルイズだったが、よくよく目の前の皿を見るにつけ、彼女の瞳はまるで死んだ魚のごとく濁っていった。

 ジェリード・イールとは、要はウナギのゼリー寄せのことである。トリステインにも同名のおしゃれな料理はあるのだが、しかしそこはやはりアルビオン料理のこと、ルイズが知るものとはまるで別物であった。

 トリステインのジェリード・イールは、適度にスライスされたウナギにスパイスを効かせ、色鮮やかな野菜等と共にゼリー固めしたもので、ソースを掛けて食べるのが一般的である。しかし今、彼女が目の当たりにしたアルビオンのそれは、おしゃれさとはかけ離れたウナギとゼラチンのみから成る無骨な一品であった。濁り気味のぶよぶよのゼリーの中に、ぶつ切りにされたウナギがぞんざいに浮かんでいる。

 ルイズの目にはその様がまるで、一匹のウナギがゼリーの中で窒息しそうになりながらのたうち回った挙句、体がバラバラになってしまったかのように見えた。

 

「さあさ! 一口お召しなされ!」

 

「塩とビネガーを少しかけてから食すのがおいしいですぞ」

 

 周りの貴族たちからの、期待のこもった視線がルイズへと注がれる。もはや逃げられそうにないと観念したルイズは、ゼリーの中にスプーンを沈め、ウナギごと掬い取ってから口の中へと運んだ。

 

「…………」

 

「どうです? ウナギの油がビネガーでさっぱりしておいしいでしょう。さあ、今度はコショウも試してみなされ!」

 

「…………」

 

 ルイズは、促されるままにコショウを振ると、機械的に一口分をスプーンで掬い取り、そのまま口元へ持って行った。

 

「お味はいかがか?」

 

「…………」

 

「ハッハッハ! どうやら大使殿は、うまくて声も出ないご様子!」

 

 おおと、貴族の面々から歓声が上がった。その間中、ルイズの顔にはずっと表情というものが浮かんでいなかった。

 

「さて、お次はどのような料理をお勧めしたものか」

 

「ちょ、ちょっとお待ち下さるかしら?」

 

 親切にも更なる料理を持ってこようとしたアルビオン貴族に、ルイズは間髪入れず断りを入れた。

 

「私、折角アルビオンに来たのだから、紅茶を頂いておきたいわ。料理をお勧め下さるなら、それに合うものを頂けないかしら?」

 

 それを聞いた貴族は、納得だというような表情をして頷いた。

 

「なるほど、我がアルビオンは空船貿易により栄えた紅茶文化で有名ですからな。淹れたての紅茶と一緒に甘いものをお持ちしましょう」

 

「どうもご親切にありがとうございます」

 

 世話を焼きたがりな貴族は、颯爽と皿を取りに向かった。

 

 アルビオンという国はメシマズで有名ではある。だがその一方で、紅茶とそれに合うお菓子のクオリティーは高いことでも知られていた。

『料理が食べられないのなら、お菓子を食べればいいじゃない』

 これが、ルイズの下した決断だった。その決断の正しさは、間もなく彼女の目の前に示されることとなった。

 

 白磁のカップの中に広がる、美しく澄んだ鮮紅の色合い。湯気と共に立ち上る芳醇な香りが鼻をくすぐるだけで、ルイズの心はこの上ない安らぎを覚えた。早速に一口頂く…… 砂糖もミルクも入れていないというのに、まるでカラメルのようなコクのある味わいが舌の上に広がる。ルイズの顔には、自然と笑みが浮かんでいた。

 

「お気に召されたようですな」

 

「ええ、本当に素晴らしいわ。こんなにもおいしいだなんて、まるで夢のようだわ」

 

「そうやって褒めて頂けるとは、アルビオン人として誇らしい限りですな」

 

 かの貴族は言葉通り本当に誇らしげであった。その様子からは、彼がアルビオンの紅茶文化を心底愛していることが伺えた。

 

「ちなみに、大使殿のお国ではストレートで楽しまれる場面が多いでしょうが、対してミルクを入れるのがアルビオン流の楽しみ方ですぞ。是非こちらも試してみてくだされ」

 

「ええ、是非そうさせて頂くわ。どうも御親切にありがとう」

 

「お役に立てたのならば何よりです。心行くまでお楽しみくだされ」

 

 かの貴族はそう言って、他の貴族やご婦人方との会話へ華を咲かせにいった。

 ルイズは再び紅茶を口に含んだ。

 今度は温かみのある色合いのミルクティーを一口…… やはり、素晴らしい。

 ルイズは感動のあまり、ため息を零した。

 このまま紅茶だけでもぐいぐい飲んでしまえそうであるが、しかしここはお菓子も頂いておこう。そう思ったルイズは、小皿の上に置かれたケーキに目を移した。

 レーズンがたくさん詰まっているそのケーキは、その上からたっぷりと温かいカスタードが掛けられており、ルイズの食欲をくすぐった。形は長く太く、生地がしっかり詰まっているタイプのケーキであるようだ。

 もしかするとこれを運んできた貴族は、ルイズの食があまり進んでいないことを気にして、食べ応えある腹持ちの良いお菓子を持ってきてくれたのかもしれない。

 ルイズはケーキにフォークをあてがうと、一口で食べられるように小さく切り取ってから口に運んだ。

 

「あ、これおいしいわ」

 

 ルイズは、このケーキのシンプルで素朴な味わいを殊の外気に入った。紅茶を啜ってからもう一口、もう一口と食べていく。

 ルイズはしみじみと幸せに浸りながら、アルビオンの伝統菓子スポテッド(まだら)ディック(チン○)をおいしそうに頬張るのだった。


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