使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~ 作:tubuyaki
アルビオン王国皇子ウェールズはこれを受諾!
アルビオン王国最後の晩餐は、明日にも滅びを迎えようとしている人たちのものとは思えぬほどに華やかなものであった。煌めく巨大なシャンデリアの下、会場には管弦による優雅な演奏が鳴り響き、ホールを行き交う貴族たちはキジやクジャクもかくやというような色鮮やかな服で着飾っている。テーブルの上には多彩な料理の数々に加え、年代物の酒が入った様々な形のボトルが並んでいた。
だがルイズが何より驚いたのは、出席する貴族たちは皆が皆、その顔に底抜けに明るい笑みを浮かべていることだった。本当に誰一人として暗い顔をしている者がいない。彼らが己の憂いを巧みに心の奥底へと仕舞い込んでいるのか、それとも心の底からこの晩餐を楽しみ明日に向けて勇んでいるのか、ルイズには判断のしようもなかった。
会場のあちこちからかしましく歓談の声が零れ聞こえていたが、その喧騒は現アルビオン王であるジェームズ王が立ち上がると同時に、すーっと引いていった。ジェームズ王はかなり年を召しており、足を悪くしているのか隣にはウェールズ皇子が立ち並んで、その体を支えていた。皆が屹立して言葉を待つ中、老王はしゃがれつつも重厚な声で語り出した。
「皆の者よ! 勇猛果敢にして忠実なる、朕の自慢の
王はゴホッと、苦しそうな咳をしてから、言葉を続けた。
「よって諸君らには、これより暇を与える。長きに渡り、よくぞこの王に尽くしてくれた。厚く礼を述べるぞ。明日の朝、我らに残された最後の戦艦イーグル号が、女子供を乗せてここを発つ手筈であったろう。だがここに来てトリステインからの商船が、イーグル号の隣に船体を並べるところとなった。皆の者はこの艦に乗り、この始祖に見放された大陸を離れるがよい。ウェールズよ、お前もだ。王子として生まれたお前に国を残してやれぬのはすまぬが、しかしもはやこうなった以上、そなたが王の血を誇りながら生きていくことは出来ぬ。今後はただの1メイジとなり、復讐を忘れてただ生きることのみを考えよ」
事ここに至って、ホールは重い沈黙に包まれた。見た目には煌びやかな景色が広がっているというのに、ルイズは息をするのも辛いような、胸の苦しさを感じ取った。ウェールズ皇子は『父君はなぜこのようなことを言うのだ』とでも言いたげに、王の隣で険しい表情を作っている。先ほどまでは明るくしていた貴族たちも、この降って沸いたような葬式然とした空気に、声を上げかねているようだった。
この静けさを打ち破ったのは、この最後の晩餐には場違いとも言える、一人の奇妙ななりをした亜人の感嘆であった。
「これはイイコトを聞きました! 王様を一人残して、城がすっかりガラ空きになるとは! こんなにも簡単に自分の城を手に入れるチャンスが訪れるとは思いませんでしたぞ!」
ジェームズ王は立ち尽くしたまま、目玉が飛び出んばかりの表情を作った。居並ぶ貴族の面々も、揃いも揃って魔王たち、つまりルイズらに向け驚愕の視線を向けている。
「フム、いやそもそも、私が思うにこの城は老人一人で過ごすには広すぎるのではないでしょうか? どうです? ここは一つ、若いモノにミライを託して、ルイズ様にお城を相続なさっては? 何なら、国まるごと渡して頂いても構いません!」
ルイズは思わず、ふっと意識が遠退いて後ろに倒れこみそうになった。あわやというところで傍らにいたワルドがその肩を抱き、彼女を受け止めた。
「いかぬ、これはいかぬぞ!」
ウェールズ皇子が、ジェームズ王のすぐ隣で声を張り上げた。
「そこなヴァリエール嬢の頭に冠が載るのを思うと微笑ましいが、しかし王の嫡男ともあろうものが逃げ出している間に王位を奪われたとあっては、これ末代までの恥なるぞ! ボケた自分の父親が誰ぞに唆されぬよう、私は最後まで面倒を見ておかねばなるまい!」
芝居がかった様におどけた調子で言う彼の言葉を皮切りに、この場に集った貴族たちもやんやと声を上げ始めた。
「まったくその通りですな! 我ら何のために、今日この日まで戦ってきたというのか!」
「少なくとも、この城を簡単に明け渡すためではございませんぞ!」
彼らは口々に不満を叫びつつも、その口元は愉快そうに緩んでいた。
「陛下、女子供と一緒に逃げよとは申されますが、しかし我らを女子供扱いとはいけませぬな!」
「我ら、これでも反徒どもの難敵足らんと必死に努力してきたつもり! このまま逃げ出しては、アルビオン王国の抵抗とはただひたすらに竜頭蛇尾であったと謗られましょうぞ!」
そうだそうだと、貴族たちの間に賛同の声が沸き上がる。彼らはより熱を持って、口々に叫んだ。
「いきなりとち狂ったことを言い出すのはお止めくだされ! この世界に狂王は一人で十分ですぞ!」
「陛下もお人が悪い! 我らを捨て置き、栄えある王国最後のひと時を独り占めなさろうとは! 王だけでなく、その臣下たる我らもいてこその王国でありましょうに!」
「いかにもその通り! 誰も侍らぬ王など、ただのヨボヨボな老人でしかありませぬ! 陛下は明日は戦いにならぬ等とうそぶかれるが、そう言って陛下一人残られたのではただのお笑い草ですぞ!誰も王を王とは気付いてくれますまい!」
国王ジェームズは今や、目を細めて彼らを眺めながら、黙ってその訴えに耳を傾けていた。貴族らの言葉は止まるところを知らず、ホールのあちらこちらから、まるでお互いの勇を競うかのように声が発せられ続けた。
「陛下、そのようなことを申されるとは嘆かわしいですぞ!」
「まったく陛下にも困ったものだ。この期に及んで我らの求める言葉が分からぬとは!」
「王は人の心が分からない!」
王のすぐ傍に控えている恰幅のいい貴族も大声を張り上げた。
「私からも申し上げまする。この長い歴史を持つ私たちの王国が遂に途絶えるのなら、それは我ら一人一人が自らの流す血で喉を詰まらせながら、地に倒れ伏すまで戦ってからのこと! 我々は、決して、決して、決して屈しませぬ! 我々はどんな犠牲を払おうとも、最後まで王家の誇りを守る! 既にそう決心しておりまする!」
老年の貴族も、その見た目からは信じられないほどの大声で吠える。
「我らが待ち望んでいる言葉は、全軍前へ! 前へ! 前へ! それ以外の命令は受け付けませぬ!」
今にも燃え上がらんばかりの熱気を放つ彼らを前に、ついにはジェームズ王が再び口を開いた。
「この大バカ者どもめ!」
皆を一喝した彼の目には、光るものが浮かんでいた。ジェームズ王は目頭を拭いながら言った。
「まったく、なんということよ! ここまでのバカにはつける薬も無く、そして死んでも治らぬというもの! このような者たちを野に放ったとあっては、始祖に連なる兄弟の国々に迷惑極まりないというもの!」
すぐさま、王の近くにいた騎士が合いの手を入れた。
「おお! 忠を尽くした我らに対し、何という言い草か!」
「これは意地でも先の言葉には従えぬな!」
ジェームズ王はいたずらっぽく彼らに笑みを返すと、杖を高く掲げ、老体には似合わぬ大声で皆に告げた。
「ならばよかろう! しからば、この王に最後まで尽くすがよい! さあ諸君、今日は良き日ぞ。今宵の空に輝ける一つに重なりし月は、始祖からの祝福の調べというもの! さあ今からよく飲み、よく食べ、よく踊り、そしてよく語らおうではないか!」
爆発するかのように立ち上った歓声は、城の隅々にまで響き渡り、夜闇を伝って貴族派の陣営にまでかすかに響くほどであった。
「皆々方、私からも今一つ! 諸君らが酔いすぎる前に紹介しておかねばならぬ御人がいる。明日にも関わりのあることゆえ、心して聞いて貰いたい!」
ウェールズが大声を張り上げる。ルイズは改めて居住まいを正した。
アルビオンの運命を動かす歯車が、今まさに回り始めようとしていた。
英国 アルビオン万歳!