使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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前回までのあらすじ
ルイズ イン アルビオン
ウェールズ王子がいるニューカッスルに到着
ワルドは牢屋へイン


STAGE 34 この紋章が目に入らぬか

 落日の赤に染められたニューカッスルの城壁では、今日も王軍騎士がその上に立って見回り、貴族派の軍勢を監視していた。だが、そんな風に彼らが外へと目を光らせるのも、もう今日明日で最後となる。貴族派の軍勢は長きに渡る睨み合いを止め、ついに明日の正午から総攻撃に掛かることを王軍へ通告していた。この報せには同時に、命が惜しければ旗を翻す最後の機会である旨の文言も書き加えられてはいたが、王軍の皆はこれを一笑に付し、貴族派の奴らは未だに我らの反撃を恐れているらしいと嘲笑った。

 戦場の慣例に則り攻撃の日時を知らせに来た貴族派ではあるが、王軍としては彼らが言葉通りに動くことを半ば信じられずにいた。なんせ貴族派はこれまでに、捕虜交換に見せかけた奇襲や会談の場での暗殺等、卑怯な手段を厭わなかった過去がある。その上、彼らへとその非を問えば、『それは騙されるほうが悪く、そのような者はアルビオンの統治者として不適格なのだ』とまで開き直るものだから、到底高潔な振舞いを期待出来る相手ではない。

 故に、今日も騎士たちは相応の緊張感を以って敵陣を観察し、また草陰に隠れて密かに城へと近付く良からぬ者がいないか、目を凝らしていた。そうであるからして、城門の真ん前に突如として姿を現した少女とそれに付き従う珍妙な亜人の二人組は、たちどころに彼らの気付くところとなった。

 

「止まれ!」

「何奴だ!」

 

 方々から怒号を浴び、また杖を向けられたルイズはそれだけで竦み上がり、もうこのまま失神したいとすら思ってしまった。

 旗色が変わったのは、騎士たちの一団に見事な髭を蓄えた騎士が加わってからだった。彼が片手を上げるとそれだけで血気に流行る者たちを黙らせた。どうやら、彼がここの見張りを取り仕切っているらしいと、ルイズは震えながらも当たりを付けた。かの騎士はルイズを訝しげにちらりと見た後、魔王に向けて声を張り上げた。

 

「既に、決戦の日時ならば伝え聞いておる。ならばもはや我らの間に言葉は要らず、 後はただ杖を交えるばかりであろう。そのような時分に、一体何をしに参ったというのだ」

 

 ルイズは、自分たちが貴族派の伝令か何かと勘違いされたことに気付いて顔を歪めた。また彼女にとっては、あろうことか主の自分を差し置いて使い魔が使者扱いされていることも癪に障る話であった。彼女は怒りでもって恐怖心を押し込め、何時もの彼女らしく堂々と口を開いた。

 

「失礼ね、こいつは私の使い魔よ! それに私は、恥知らずの貴族派になんてなった覚えはないわ」

 

「それは失礼。しかしなおさら分かりませんな。そう言うあなたは一体何者なのですかな?

 どうやって貴族派の軍勢を潜り抜けて来たかは知りませぬが、ここは子供の遊んで良い

 場所ではありませぬぞ。今さら王党派に保護を求めにやって来たという訳でもありますまい」

 

 ルイズは、髭の騎士から胡乱な視線を向けられつつも、舐められてなるものかと胸を張り返した。

 

「子供扱いはお止しなさい! 我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・

 ヴァリエール! この度、畏れ多くもトリステイン王国が誇る姫君、アンリエッタ殿下の

 命を賜り、ウェールズ皇太子殿下に宛てた親書を届けに参ったわ。故に、あなたたち

 には大使としての扱いを要求するわ! さあ、早くこの門を開けて頂戴!」

 

 強気なルイズの言葉を聞き終えたかの騎士たちは、眉をひそめた。

 

「このような滅亡寸前の我々に向け、大使とな? よしんばそれが真であっても、その意図に皆目見当も付かぬ。不自然極まりない」

 

「用向きは既に伝えたはずよ。内容だって、明かせないのは分かるでしょう?」

 

 彼は困った顔をして、近くの仲間を呼び集めた。

 

「お前たち、あの娘の言葉をどう捉える? この中に、ヴァリエール公に詳しい者はいないか?」

 

「確か公爵は金髪ではありませんでしたかな? しかしあの娘は、派手なピンクブロンドですぞ」

 

「いや待て。私は以前、ラグドリアン湖での遊園会の折に公爵にお会いしたが、そのご夫人はあのような髪色をしておったぞ。何とも気の強そうなお人であったから、公爵よりもよく覚えているぐらいだ」

 

「ふむ……してみると、あの娘の言葉は真であろうか?」

 

「いやしかし、髪の色ぐらいどうとでもなりましょうぞ」

 

 しばらく彼らは話し込んだ後、先の髭の騎士はフライの魔法で城壁の外に降りてくると、改めてルイズに話し掛けてきた。

 

「お主らが本当に大使であるというのなら、これは誠に失礼なことをした。しかし我々とて、おいそれとその言葉を信じる訳にもいかぬ。何か大使としての証しとなるものを見せて頂こう」

 

「ここに妃殿下から預かった親書があるわ。ちゃんと封蝋に姫殿下の紋章も刻印されているから確かめてちょうだい」

 

「そのようなものいくらでも真似出来よう。当てにはならぬ」

 

 ルイズは憤って言った。

 

「妃殿下が自らしたためた手紙よ? これで駄目だというのなら、他に何があるというの?」

 

 騎士は首を振って答えた。

 

「確かに手紙の封に使われた魔法の痕跡から誰がしたためたものかを調べるすべはある。しかし我が国とトリステインとの間で交わされる文書は、もっぱらマリアンヌ太后殿下やマザリーニ枢機卿らの御名が使われているはず。その手紙の魔法の跡を探知したところで、それが姫殿下のものとは分からぬ」

 

「皇太子殿下ならばお分かりになると思うわ。お見せすることは出来ないかしら」

 

「すると、その手紙をお貸し頂くことになるが?」

 

「駄目よ! これは姫殿下のお手紙なのよ。殿下に直接お渡しするまで、誰の手にも預けられないわ」

 

「ならばここは通せぬ。他には何かないのか?」

 

 どうしたものかとルイズが頭を悩ましたところで、魔王が彼女に小さく囁きかけた。

 

「ルイズ様、どうやらお困りのようですね。門番に道を塞がれてどうしても入ることができない。こういうときにどうすべきかというのは、実は相場が決まっております」

 

「どうすればいいのよ」

 

「指輪を使うのです」

 

「指輪を?」

 

「まあ別に指輪でなくてもいいのですが……」

 

 魔王は彼の持つ叡知をルイズに伝授した。

 

「その間違いなく高く売れそうな指輪をですな、何気ない感じでそこの門番に握らせればアラ不思議、開けゴマとばかりに「あんたこそ牢に入るべきだったみたいね!」

 

 ルイズは怒声と共に魔王を張り倒した。彼女の振るった手で、指輪がきらりと輝いた。

 幸運なことに、髭の騎士はどうやらそれで彼女の手元に注目したらしかった。

 

「その指輪は? 由緒深いものであれば、我々もそのような品々に関する記録を持っている。そなたがトリステイン王家に連なるヴァリエール家の者であることの証しとなろう」

 

 ルイズはその指摘にはっとした。

 

「この指輪は私の道中の安全を祈って、姫殿下から私に預けられたものよ。きっとこれならば証しになると思うわ」

 

「良かろう。その宝玉の名を伺ってもよろしいか?」

 

「始祖の秘宝たる、水のルビーよ」

 

 騎士は息を飲み、目を真ん丸にして驚いた。

 

「いや、そんなまさか……! いやしかし、それが真であればまたとない証しとなりましょうぞ。失礼とは存じますが、しばしその指輪、改めさせて頂いても?」

 

「皇太子殿下にお会いするためとあらば」

 

 ルイズはそっと指から水のルビーを引き抜いた。髭の騎士はそれを直接手で触れぬよう、杖で浮かせて彼の持つシルクのハンカチへと包み込むと、大事そうに抱えた。そして城壁の上までフライを使って戻ると、周りの騎士たちに声を掛けた。

 

「私は急ぎこれを殿下の元まで検めに行く。お前たちはここで杖を下して待て!」

 

 彼は風のメイジであったらしく、杖を振るうと疾風のように城内へと駆け抜けていった。残された騎士たちは、まさか本当にトリステインからの使者であったのかと興味深そうな視線をルイズたちに投げかけ、彼女にむず痒い思いをさせた。魔王は逆にふんぞり返って偉そうにしていた。

 しばらくするとかの髭の騎士は、先と同じように急いで城門まで戻って来て、大声を張り上げた。

 

「開門用意!」

 

 騎士たちの慌ただしい動きの後、ガラガラという重たい鎖の音を響かせながら、鉄の扉が上へと持ち上げられていった。

 髭の騎士はルイズたちの元へ戻ってくると、うやうやしくお辞儀をした。

 

「大使殿、先ほどは大変失礼いたしました。どうぞお通り下され」

 

 ルイズたちが髭の騎士に連れられて城壁の内側に入ると、そこには敬礼した姿勢で左右に立ち並ぶ騎士たちと、彼らの中央に堂々と歩む一人の青年の姿があった。彼の手には水のルビーの指輪が載っており、また彼自身の指にも大きくて透き通るような、よく似た宝玉の指輪が嵌められていた。気のせいだろうか、ルイズには指輪を持つ彼の手元が虹のように輝いて見えた。

 

「よくぞ参られた、大使殿。私がアルビオン王国皇太子のウェールズ・テューダーだ」

 

 ルイズは突然の皇太子御自らの出迎えに一瞬固まったが、すぐさまその場で膝を付いた。

 一方、そのまま突っ立って不敵な笑みを浮かべ続けていた魔王は、ルイズにローブの裾を引っ張られ、つんのめる様にして膝を付いた。

 

「拝謁が叶い恐悦至極にございます、ウェールズ殿下。私はヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申す者です。そしてこちらはその使い魔にございます。この度はトリステイン王国のアンリエッタ王女の命を受け、ウェールズ殿下に宛てた手紙を送り届けるべく参りました」

 

「うむ、ご苦労であったな。今の時期のアルビオンに来るのは大変であったろう。また部下が失礼したようですまなかった。だがこれも戦場ゆえのこと、ご容赦願いたい」

 

 ルイズは恭しく返事を返した。

 

「どうぞ、お気になさらないで下さい。私たちも、それを承知でここを訪れたつもりです」

 

「大使殿の寛大な心に感謝する」

 

 凛々しい金髪の彼は、そう言うとニコッと笑った。

 

「さあ、詳しいことは部屋の中で伺おうじゃあないか。あたりもだいぶ暗くなってきた。トリステインから来た者には、ここアルビオンの夜風は身に凍みるだろう」

 

 アルビオンの空を染め上げていた美しき茜色がくすんでいき、夜闇の中にすべて溶け消えるのは間もなくのことだった。

 

 


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