使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

30 / 37
何が出るかな?


STAGE 30 フーケのごきげんよう

「おーほっほ! 楽勝じゃない」

 

 キュルケらの留まった女神の杵亭は今、大勢の傭兵に取り囲まれているところであった。普通なら大勢に無勢、傭兵たちを相手に悲壮な戦いが繰り広げられるところである。しかし生憎彼女たちはそんなものと全く無縁、それどころか相手を圧倒する状況を作り出していた。元々が要塞の跡地に建てられたこの宿が、そう簡単に敵の侵入を許さない造りであったことに加え、何よりも大きな要因はキュルケ・タバサの二人が若くしてトライアングルの実力を有しているということに尽きた。大人でも苦労してなるかなれぬかというトライアングルの力は伊達ではない。傭兵たちにしてみれば、そのような実力あるメイジの攻撃というものは、逃れるだけで精一杯であった。また、ただでさえ強力なキュルケの火の魔法に、ギーシュのゴーレムが宿の厨房から運び出した油が加わることで、文字通り火に油を注ぐ勢いの猛火が、傭兵たちを寄せ付けなかったのだ。

 

「ウフフフ! 圧倒的じゃないの、私の魔法は!

さあさ、名も知らぬ傭兵の皆様方、私の炎に身も心も燃え上がってくださいませ?」

 

 傭兵たちの怒号が上がるが、かと言って彼らが積極的に攻めてくる訳でもない。まさに成すすべ無しといった傭兵たちの様子に、キュルケは満足げな笑みを浮かべていたが、一方ギーシュは不安そうな顔を崩さずにいた。

 

「調子に乗っているヒマはないぞ。精神力を使い果たしたら、

僕らなんて一瞬でやられてしまうんだからな」

 

忠告したギーシュに対し、キュルケは口をとがらせて言い返した。

 

「もう無粋ね。良い気分のときに嫌なこと言わないでくれないかしら?」

 

「そんなお気楽な調子だから、不安なんじゃあないか!」

 

 二人の間で喧嘩でも始まりそうになったところで、タバサがちょんちょんとキュルケの肩を叩いた。

 

「交代」

 

 二人は座る位置を入れ替えると、キュルケに代わってタバサが宿の入り口に杖を向けた。タバサはさっそく魔法を放ち、ちょうど宿の入り口から足を踏み入れそうになった傭兵を、再び宿の外まで吹き飛ばした。外からは、相変わらず傭兵どもの怒号ばかりが聞こえてくる。キュルケは一息ついてから、ギーシュに言った。

 

「それにしても戦力になるのが私たちだけなんてね。まったく、頼りにならない男はダメね」

 

ギーシュは思いっきり眉をひそめた。

 

「何を言うんだね、君は。僕にはワルキューレがあるじゃあないか。

さっきだって、君の助けになるよう油を運んできただろう?」

 

「でもその時に、矢が刺さりまくってボロボロになってたじゃない。

あれじゃあ、傭兵相手に持ちこたえられないわよ?」

 

「あれは早く動かすために身軽にさせてたからさ。盾を持たせていたら、ああはならなかった」

 

ギーシュが小難しそうな顔で語った反論に、今度はキュルケが眉をひそめた。

 

「盾って、そんなものがなくてもあんたのゴーレムは鎧じゃない」

 

「だから何だと言うんだ。 いいかい、僕のワルキューレは、あの鎧こそが本体なんだ。人でいう生身の部分が、ワルキューレにとってのヨロイに当たるのだよ。だから矢で射られたら、ブスブスと突き刺さってしまっても仕方がないのさ」

 

「いや、その理屈はおかしいわよ。鎧の恰好してる意味がまるで無いじゃない。あなた、デザインにこだわり過ぎて、強度が疎かになっているんじゃないでしょうね?」

 

キュルケがギーシュを問い質そうとしたところで、タバサが二人に向かって言った。

 

「声が変」

 

「「は?」」

 

 二人は同時に声を上げた。タバサはたまによく分からないことを言う。

そんな彼女の言葉の解読は、彼女と共にいる時間が多いキュルケの仕事であった。

 

「タバサ、それじゃ分からないわ」

 

 解読を諦めるのも、また彼女は早いのだった。

それに対するタバサの返答は、またも短いものだった。

 

「外のこと」

 

「は? 外? 外がなんだというんだね?」

 

「あぁ! 傭兵たちのことね。彼らの上げている声のことを言っているのよ」

 

タバサはこくりと頷くと、杖で外を指し示した。ギーシュはキュルケに小声で囁いた。

 

「君は、今のでよく分かったな」

 

 キュルケらがタバサの意図を理解して耳をそばだててみると、確かに傭兵どもの上げる声の質が変わってきていた。先ほどまでは怒号ばかりが飛び交っていたというのに、今ではそれに歓声のようなものが混じっている。

 

「一体何が起こっているというんだい?」

 

「知らないわよ。けれど、嫌な予感がするわね」

 

タバサは、小さくうなずいた。

 

 次の瞬間、全身を揺さぶるような激しい衝撃と共に、宿の入り口が壁ごと崩れ去った。思わず身をすくめた3人が、再び宿の入り口があった方へ目を向けると、その先には辺りを埋め尽くさんばかりの傭兵と、夜の空にきらめく星々、そしてその間にあって黒々と大きな影を落とす、巨大な土人形の姿があった。

 

「あ、あれはゴーレムじゃないか! あんなもの、凄腕のトライアングルででもないと作れないぞ!」

 

 それを聞いてピンと来たキュルケとタバサが、油断なく杖を構えたところで、ゴーレムの肩のあたりから、気の強そうな女の声が響き渡った。

 

「ごきげんよう、あんたたち。しばらくぶりじゃあないか!」

 

「フーケ!!」

 

 フーケの操る巨大ゴーレムは、以前とは違って岩で出来ており、目にも増して凶悪そうな姿であった。これは岩の多いラ・ロシェールならではと言ったところで、土地の土砂を大量に使うフーケの巨大ゴーレムは、それを作る場所ごとに在り方を変えるのだった。

 

「どういうことだ! フーケは君らが捕まえたんじゃなかったのかね?」

 

 ギーシュが困惑した様子で叫んだが、キュルケやタバサにもどういうことなのか、さっぱり分からなかった。トリステインが特段目を光らせて見張る筈の、チェルノボーグの監獄に投獄されたフーケが、そう簡単に出てこられるはずはない。

 

「どうしてあなたがここにいるのよ!」

 

フーケはキュルケの問いに、得意げに答えた。

 

「さる親切なお方が出してくれたのさ! 美しい小鳥に檻は似合わないってね!」

 

 信じられない話だが、現にフーケはここにいる。キュルケは自分を苦しめた難敵の再びの出現に、大いにショックを受けた。とはいえ、調子に乗った様子のフーケを言わすがままにしておく彼女ではない。すぐにフーケへと挑発の言葉を返した。

 

「はぁ? 小鳥ですって? ニワトリの間違いなんじゃないかしら?

どうせ後ろ暗い連中に、食い物にされるために檻から出されたんでしょう?

この襲撃だって、貴族派に良いように使われたのが目に見えてるわ!」

 

 図星を付かれると人は癪にさわるもので、フーケの表情はみるみると歪んでいった。

 

「言ってくれるじゃないか」

 

「どういたしまして、オバサン!」

 

「おばっ……!」

 

絶句するフーケへと、とどめを刺すようにタバサも呟いた。

 

「ばあさん」

 

それがフーケにとっての、我慢の限界だった。

 

「アアアアアアッ! わたしゃ! まだ! 20代だよ!」

 

「どうせアラサーでしょ?」

 

「キヱ―――!!!」

 

 フーケが女を捨てた声を発しながらゴーレムの腕を振り上げたので、キュルケらは慌ててルイズが残していった穴に逃げ込んだ。

 

「ひぃいい!!」

 

 ギーシュがすんでのところで穴に飛び込むと、直後にはゴーレムの大きな拳が地面に打ち付けられていた。岩のこぶしは地面をずんと揺らしたが、流石に地を割るほどの威力はない。フーケは一行に逃げられてチッと舌打ちした。

 

「またこのパターンかい!?」

 

 地下に逃げられては、巨大ゴーレムとてどうすることも出来ない。折角用意した自慢のゴーレムが、今日も無駄になりそうなことをフーケは忌々しく思いながら、雇った傭兵らに指示を出した。

 

「いいかい、お前ら! とっととあの穴に突っ込んで、ガキどもを始末しな!」

 

 おう!という威勢のいい声が上がり、傭兵たちは穴の近くまで駆け寄った。そして、さあ飛び込もうという直前になって、穴の中からごうと火の柱が噴き出した。傭兵たちは慌てて後ずさりし、元いた場所まで戻ってきた。

 

「メイジのおばっ……姉さん、こりゃあちょっと厳しいですぜ」

 

「今、なんて言おうとしたんだい!」

 

「へぇ、まあそれはともかく、どうしやすか?」

 

フーケは怒りを必死に心の奥底へ沈めると、声を掛けてきた傭兵の頭目へ更に言葉を返した。

 

「あんなのは、ただの牽制じゃないか。あいつらは精神力が切れたら終いなんだから、

あんな魔法は何度も撃てやしないよ。そもそも相手はまだガキなんだ。

それを、大の男が揃いも揃って情けない!」

 

「へぇ、そうは言いましても、傭兵とはいえあっしらはただの平民、それに対して

相手はお貴族様と来りゃあ、これはちょっと手こずるってもんです。

特にああして穴にたてこもられると、攻め辛くて敵いませんや」

 

それを聞いたフーケは、煩わしそうに答えた。

 

「言い訳は聞きたくないね! 金は出してるんだ。その分の働きを見せな」

 

すると頭目は、にへらにへらといやらしい笑みを浮かべつつ、それでいてさも困ったような顔ぶりをした。

 

「いやあ、弱ったなあ。これははたまた言いづらい。しかしなあ…… いやあ、弱った」

 

「なんだい。言いたいことがあるならさっさと言いな!」

 

頭目は『へぇ』と答え、言葉を続けた。

 

「いやぁ、確かに姉さんらにはたんまり金を頂きやした。ありがてえことです。でも、あっしらが請け負ったのは、あれらの足止めでさぁ。別に、あいつらを捕えろとか、始末しろとまでは聞いてませんで、こりゃ契約外になるってもんです」

 

その言い分を聞いて、フーケは思わず不満を漏らした。

 

「あれだけ金を渡しておいて、この程度の融通も利かないってのかい!?」

 

「それを言われると頭が痛えですが、これでもサービスしている方なんですぜ?

今だって、やってみようと努力はしやしたでしょう? ただ……」

 

「ただ、なんだって言うんだい!」

 

勿体ぶる頭目を、フーケは我慢ならないといった様子で問い詰めた。

 

「ただ、あっしらは戦場で稼ぎ終えた後の小遣い稼ぎにまで、命は張らねえってことよ。

 これ以上やって欲しければ、さらにもっと弾んで貰わねえとな!」

 

頭目はそう言って、へっへっへと笑った。周りの仲間たちも薄ら笑いを浮かべている。

 

「なんて奴らだ! あれだけ出したのに、まだせびろうってのかい?

もう、これ以上渡すものなんかないよ!」

 

「別にそれでも構いませんぜ? あっしらは、ここでガキどもが逃げ出さないか

見張っておくだけでさあ」

 

 頭目は、相変わらずの笑みをこぼしながら言った。フーケは憤慨しつつも、彼女の冷静な部分はこの事態のどうしようもないことを理解し、空を仰ぐこととなった。周りの傭兵どもが動かないとなると、フーケは以前のように、自分一人で穴に飛び込んでいくしかない。

 

「やっぱり、こいつは無駄になるってのかい!」

 

フーケは無念そうな顔をしながら、自慢の巨大ゴーレムを見上げた。そこでフーケの頭に、ふと良い考えが思い浮かんだ。そしてすぐに彼女は、一人ほくそ笑んだ。

 

「おい、お前たち。本当にこの穴に突っ込む気はないんだね?」

 

「仕方ありませんや。姉さんとは、ここまでのご縁ということで……」

 

 頭目は、さも残念そうな表情を取り繕っているが、内心では金さえ手に入れば、後はもうどうでも良いと考えているに違いない。そんな彼に、フーケはにんまりと、優しそうな微笑みを返した。

 

「そうかい、そうかい、よーく分かったよ、ご苦労だったね。残念だが、足止めだけならもうお前たちの仕事はこれで十分だよ。後は疲れを癒せるようぐっすり眠るといいさ。それじゃあ私の方から、仕事のお礼に少し色を付けてやろうじゃないか」

 

「色? あんた美人だし、どうせなら金じゃなく、あんたの肌で色を付けてくれてもいいんですぜ? そうすりゃ、本当にグッスリ眠れるってもんでさあ!」

 

 傭兵たちはそれを聞いて、ゲラゲラと下品な笑い声を上げた。フーケは、それには返事を返さずに、黙ってゴーレムに向けていた杖を降ろした。ゴーレムから、ぽろっと小さな石が転がり落ちた。

 

「色は、私のとっておきで付けてやることにしたよ」

 

傭兵たちが、おおっと騒めいた。

 

「話は最後まで聞きな。私のとっておき、それはもちろんこいつのことさね」

 

フーケは杖を逆手に持って、ゴーレムの巨体を指し示した。傭兵たちは皆、胡乱な表情を浮かべ始めた。

 

「いいかい、私はちゃんと、あんたたちのことを考えているのさ。疲れたあんた達にぴったりの

もてなしをしてやろうっていうんだよ」

 

傭兵の一人が大きな叫びを上げた。ゴーレムの体から、岩が一つ二つと転がり落ちて来たからだ。

 

「あんたたち、土の下で誰にも邪魔されずぐっすりと眠れるよう、岩のシャワーを浴びていきな!!」

 

 傭兵たちは顔を青くして、一目散に逃げ始めた。崩れ出したゴーレムからは、今や大きな岩の塊がゴロゴロと落ちいく。慌てふためき、方々に逃げ惑う傭兵たちの様子に溜飲を下げたフーケは、意気揚々と穴の中に飛び込んでいった。

 


 

「ねえギーシュ、本当にこの道で合ってるんでしょうね?」

 

「もちろんだとも。地下のことなら僕のヴェルダンデに任せておけば間違いないさ」

 

「でも、何時までたっても地上に出ないじゃない!」

 

ギーシュを怒鳴ったキュルケの声が、少し籠って辺りに響いた。タバサは口元に指を立て、そっと言う。

 

「静かに」

 

キュルケは諦めたような表情をして、はぁとため息をついた。

 

「分かったわよ。着いて行けばいいんでしょ? 着いていけば」

 

 一行は地下に潜ってすぐに、張り巡らされた道の数々に惑わされることとなった。そんな折に現れたのが、ギーシュの使い魔ヴェルダンデである。ギーシュは彼についていけば大丈夫と言い張り、後の二人も勝手分からぬ地下のことはモグラに任せればいいかとそれに付き従った。そして、そこからが本当の苦労の始まりであった。ヴェルダンデはモグラというイメージからは思いもよらぬ速さで、狭く暗い地下の穴倉を素早く這い進んでいく。そんなモグラの後を追って、変わり映えしない狭き穴の中を駆け回っている内に、彼女らは方向感覚を完全に失い、果ては登っているのか下っているのかもよく分からなくなって来ていた。

 

「お、ヴェルダンデが何か見つけたみたいだ」

 

 ヴェルダンデはモッモッと鳴きながら、追いつくのが大変なぐらいの速さで穴の先へと突き進んでく。ギーシュは自分の使い魔が何かを探し当てたのが嬉しいらしく、疲れを忘れた様子で一緒になって走り始めた。

 

「ちょっと、待ちなさいよ! はぐれるじゃない!」

 

「何だって? 早くついて来てくれ!」

 

 使い魔のこととなるとすぐ夢中になるギーシュは、生返事を返したまま先へ先へと行ってしまった。キュルケは再びため息を付いてから、タバサに話し掛けた。

 

「やっと出口かしら?」

 

タバサはふるふると首を振った。

 

「違う」

 

「あら、何でそんなことが分かるのよ?」

 

「風に動きがない。出口から遠い証拠」

 

「外の空気を吸えるのは、まだまだ先ってことね」

 

キュルケがうんざりした顔をしていると、道の先からギーシュの悲鳴が聞こえてきた。

 

「あいつ、何やってるのよ!」

 

 二人は急いで穴の中を駆け出した。キュルケらがギーシュに追いついてみると、彼は腰を抜かして道に転がっていた。震えながらも前へと突き出した手には、杖が握りしめられている。

 

「ぼ、僕のヴェルダンデに手出しはさせないぞ!」

 

「「クワァアア!!」」

 

 キュルケらがギーシュの視線の先を追うと、そこにはトカゲおとこの集団が道を塞ぐようにひしめいていた。二人はギーシュに倣い、急いで杖を構えた。

 

「まったく、とんでもないものと出くわしたわね!」

 

 キュルケの首筋を冷汗が流れた。すわ戦いかと思われたその時、ヴェルダンデがもそもそと前へ歩み出た。

 

「どうしたんだいヴェルダンデ! 僕より前に出てはあぶなブヘッ!

 

 ヴェルダンデは、ギーシュを脇に押し退けてトカゲおとこの前に出ると、もきゅもきゅと鳴いた。

 

「クワァ?」

 

 もぐもぐ、もぐもぐもぐと、ヴェルダンデは人にはよく分からない調子で唸り続ける。すると、それに呼応するようにトカゲおとこたちもカァー、クワァーと鳴き返した。

 

「ヴェルダンデ? まさか君は、そいつらと話せるのかい?」

 

ヴェルダンデは僅かに振り返り、モッ!と鳴いた。

 

「よし、ここは彼が引き受けてくれるようだ。僕らは魔物たちを刺激しないように、

ゆっくりと引き返そうじゃあないか。ゆっくりとだ、ゆーっくり……」

 

 しかし何を思ったかヴェルダンデは、突如トカゲおとこたちにそっぽを向くと、どかどかと穴の壁面を掘り始めた。

 

「ああ! 何てことするんだヴェルダンデ! そんなことしたら……!」

 

 ギーシュがその先を言う必要はなかった。彼の予想通り、道幅が広がったのをいいことに、トカゲおとこたちがわっと押し寄せて来ていた。

 

「ひぃい!」

 

「あんたの使い魔は何がしたいのよ!」

 

 3人は改めて杖を構え直し、急ぎ詠唱を始めた。しかしトカゲおとこたちは、道幅が広がったところで急に立ち止まると、それ以上前には進まず、その場をせっせと掘り始めた。そしてある程度の深さの穴ぐらが出来ると、その中へどかどかと入り込んでいき、ひんひんと鳴き始めた。訳が分からず3人が顔を見合わせていると、最後に残ったトカゲおとこがくいっと首を振って、彼らの群れが今まで塞いでいた道の先を指し示した。

 

「一体、どういうことなのよ?」

 

困惑している3人に向け、トカゲおとこは同じジェスチャーを繰り返す。

 

「これは…… 先へ行けということなのか?」

 

「モッ!」

 

 ギーシュに答えるように、ヴェルダンデがギーシュの足元に這い寄り、つぶらな瞳を彼へと向けた。ギーシュはしゃがみ込むと、可愛い使い魔の鳴き声に真剣に耳を傾け始めた。

 

「なになに? ふんふん…… ほう、そういうことだったのか!」

 

 ルーンの恩恵か、使い魔とその主とでは、例え言葉が通じなくても、意思の疎通を図れることがある。だがはた目から見れば、ギーシュはモグラの鳴き声に唸り声を上げる変人にしか見えない。焦れたキュルケは乱暴に言った。

 

「一人で納得してないで、私たちにも分かるように言いなさいよ」

 

「いやはや、どうやら僕のヴェルダンデは、彼らのために快適な広い空間を掘ってあげたらしい。

その見返りに、僕らを見逃してくれるということのようだ」

 

キュルケは大勢のマモノを相手にせずに済んで、ほっとひと息付いた。

 

「あんたの使い魔が有能で良かったわ。使い魔はね」

 

「僕が無能みたいに言うのはやめたまえ!」

 

 一行が先へと進みながらしばらくすると、俄かにトカゲおとこたちの鳴き喚く声が後ろから響いてきた。声の調子から、興奮している様子が伺えた。

 

「フーケが追ってきたのかもしれないわ。急ぎましょ!」

 

「頼むぞ、ヴェルダンデ!」

 

 ヴェルダンデは今度もぐんぐんと先を進んでいき、分かれ道に出くわしても鼻先を少しひくつかせたかと思うと、すぐにどちらに進むかを選び取るのだった。

 

「まあ、トラブルもあったが今度こそ僕のヴェルダンデが出口を探り当ててくれることだろう!

 これだけ分かれ道も多いんだ。そうそうフーケだって追いつけないはずさ」

 

 すると、先ほどと同じようにまたヴェルダンデが興奮し始めた。モッモッと唸りながら、追い付くのが難しいほどの速さで、どかどかと穴をかき分けて進んでいく。

 

「おっ! 今度こそ出口なんじゃないかね?」

 

キュルケはそれを聞き、すぐタバサへと振り返った。

 

「違う」

 

キュルケはがっくりと肩を下した。

 


 

STAGE 30(EX) リアルトカゲごっこ

 

「クァー!」「クワァア!」「カァー!「クゥワー!」「クヮー!「カー!」

 

「あ゛―もう、うっとおしいねえ! キリが無いじゃないか、まったく!」

 

フーケは、次々に立ち向かってくるトカゲおとこたちを、苛立たしそうに睨んだ。

 

 キュルケたちを追って穴に入った彼女は、先ず穴を通れるサイズのゴーレムを作り、これを先頭に立たせて捜索を開始した。自らを牢に追いやった生徒の一味であり、また今回の再会に至っても侮辱の言葉を投げかけてきた、舐めくさしたクソガキどもに焼きを入れてやろうというのが、彼女の意気込みであった。そこへ早速邪魔しに現れたのが、トカゲおとこの群れである。数匹倒せばすんなり先に進めると思っていた彼女は、十匹二十匹と出て来て通行を阻む彼らにうんざりとして来ていた。

 

「なんだい、アリみたいに次々出てくるなんて。近くに巣でもあるってのかい?」

 

 フーケのゴーレムを以ってすれば、トカゲおとこ一匹一匹を倒すこと自体はわけのないことだった。しかし、精神力を温存した上で、早くキュルケらに追い付きたいと願うフーケにとって、トカゲおとこの群れをいちいち相手にするのは、決して好ましいことではなかった。とはいえ、フーケになんの対策も無いわけではない。彼女には、以前地下で魔物と戦った時から考えてきた、ある秘策があった。

 

「しょうがないね。早速、私のコレを試してみる時が来たようじゃあないか」

 

 フーケはゴーレムに戦闘を任せたまま、自らは携帯してきたあるものを取り出していた。そのあるものとは、彼女が以前、とある好事家の手にあったものを盗んだはいいが、なにぶん需要がニッチ過ぎて、買い手がつかず持て余していた品であった。

 

 フーケは、その野性味あふれるごつごつした逸品を頭まで持ち上げ、おもむろに被った。

彼女の整った顔が隠れ、古代生物を思わせる凶悪なフォルムが頭を覆う。

見る者に底知れぬ不安を与える不気味な眼球二つに、今にも肉を切り裂きそうな歯がずらり。

 

 恐怖のワニ人間、フーケの完成だった。馬鹿馬鹿しいと笑うこと勿れ、メイジの象徴であるマントで体を隠すと、トカゲおとこのように見えなくもない。彼女の作戦とは、ワニキャップを被ることで魔物に化け、敵を欺いている間にその群れをすり抜けることであった。

 

 フーケはゴーレムに攻撃を止めさせ、おもむろに自身が前へと躍り出る。

トカゲおとこたちは、突如として出現したトカゲじみた姿の彼女に、一瞬たじろぎ、戸惑ったように見えた。フーケは心の内でガッツポーズを取った。

 

『どんなもんだい! 野生生物ってのはバカだからね。ちょっと姿形を似せてさえおけば、簡単に仲間だと信じ込んでくれるものなんn「ガブリッ」ギャ――ッス!!!」

 

 バレバレであった。トカゲおとこはアゴを大きく開けて、ワニキャップにガツガツ噛みついて来る。野生生物を舐めてはいけない。リリスなど他種族に変装したならまだしも、自らと同族に扮した人間ぐらい、トカゲおとこは一発で見抜いてしまうのだ。

 

「チクショーッ! やっぱり駄目なのかい!」

 

 フーケは矢鱈めったら杖を振るって、噛み付いたトカゲおとこを引き剥がそうとする。自ら招いた絶体絶命のピンチに、フーケは必要以上の体力と精神力を費やさなければならなかった。

 

EX STAGE 終

 


 

「ちょっと、これどういうこと?」

 

「いや、違う。これはきっと何かの間違いなんだ」

 

「今はその()()が一番起きちゃいけないときでしょうが!」

 

 キュルケはギーシュに向かって叫びながら、その肩をつかんでがたがた揺すった。何ということか、ヴェルダンデが辿り着いたのは、またまたまたしても行き止まりであった。タバサはギーシュを罵りこそしないものの、杖を持つ手にはだいぶ力が入っている様子である。

 

「あんたが言うから、信じてついてきたっていうのに何よ! そもそもこの地下道って、本当に他の出口に繋がってるんでしょうね?」

 

「それは間違いないはずさ。そうじゃなけりゃ、どうしてヴェルダンデがルイズの掘った穴の中から出てくるっていうのさ?」

 

「じゃあ、何で行き止まりになんて来てるのよ!」

 

「うっ、それは…… なんとも」

 

ギーシュは思わず口ごもってしまった。文句を言い足りないキュルケは、尚もギーシュを責め立てる。

 

「そもそもあんたの使い魔って、本当に出口に向かってるんでしょうね?」

 

「ええ! まさかヴェルダンデ、ただ地中をお散歩してただけだというのかい!?」

 

「何で飼い主のあんたが把握出来てないのよ!」

 

二人が状況を忘れ、喧嘩を始めそうになったところで、ちょんちょんと二人の肩が叩かれた。

 

「何よ、タバサ!」

 

「何かある」

 

 指さされた先を見た二人は、行き止まりになった道の壁から、何がしかの物体がのぞき出ていることに気が付いた。ヴェルダンデはその周りを丁寧に掘り続けている。視線に気づいた彼は、ギーシュの元まで戻ってくると、褒めてくれるのを期待するような眼差しで、もぐもぐと鳴いた。

 

「おお、何か見つけたというんだね? えらいえらい!」

 

「こんな時になにやってるのよ」

 

 キュルケは刺々しく言いながらも、ヴェルダンデの探り当てたものへ興味無さげに目をやった。果たして、ヴェルダンデが見つけたのは古めかしい箱であった。そこでキュルケは、おや?と思った。なにせ、ただの箱ではない。土に塗れて汚くは見えるものの、その表面には数々の装飾の跡が見て取れた。おそらく、土に埋もれて月日を経る前は、美しい箱であったに違いなく、少なくとも、ただの船荷を運ぶためだけに使われるような箱ではあり得なかった。

 

「これって、もしかして!」

 

キュルケとギーシュは、互いに顔を見合わせた。

タバサは一目見て、口に出した。

 

「宝箱」

 

「モグッ!」

 

我が意を得たりというように、ヴェルダンデが誇らしげに鳴いた。

 

「すごいぞ、ヴェルダンデ! 歴史あるラ・ロシェールの地下からこんなものを見つけ出すなんて、君ったらどうしてそんなに素晴らしいんだい?」

 

「モグ~♪」

 

「ちょっと、使い魔バカもいい加減にしなさいよ、こんな時に! ……でも本物、なのよね?」

 

 フーケに追われている時だというのに、いきなり出くわしたお宝の予感にキュルケも少し舞い上がっていた。それに比べると、タバサは大分悲観的だ。

 

「中はカラかもしれない」

 

「夢がないな、君は! だが大丈夫、それでも値打ちはある筈だ。こんな地中に埋もれている歴史ある品なら、アカデミーあたりが高値で買い取って

くれるに違いない。それがダメでも、こういう発掘品には好事家が目の色を変えるものなのさ」

 

「いやいや、やっぱり宝箱といえば中身があってこそでしょう? 早く開けてみましょうよ」

 

キュルケは浮足立って、宝箱に手を伸ばした。

 

「何やら楽しそうにしているじゃあないか」

 

「げえっ! フーケ!」

 

キュルケたちが気付いた時には、彼女らが元来た道にフーケが立ち塞がっていた。

 

「あれだけ魔物がいたのに、もう追いついたの!?」

 

「あんなもの、このフーケにとっちゃ、わけないさね。一度私を捕まえたぐらいで舐めてるんじゃないよ。さあ、どうやってあんたたちにお礼をしてあげようかねえ」

 

「お礼?」

 

ギーシュは不思議そうに首を傾げた。

 

「もちろん牢にぶち込んでくれたお礼さ。グラモンの坊ちゃん、あんたには直接の恨みはないが、そこの二人と仲間外れは可哀想だからねえ。ついでにお礼してやるよ」

 

「ひぃ!」

 

 フーケによる私怨の巻き添えを食うと知って、ギーシュは震え上がった。

その怖がる様子を見て舌なめずりするフーケに、キュルケたちは黙って杖を向けた。

しかしフーケは、それを鼻で笑った。

 

 

「勝てるとでも思ってるのかい? こっちにはこいつがいるってのにさ!」

 

 彼女がそう言うと、フーケの脇に控えていたゴーレムが、ガション、ガションと音を鳴らしながら進み出た。地上にいた巨大ゴーレムは、岩をそのまま切り出してきたかのような厳つい姿であったが、今度のゴーレムはもっと整った表面を持ちつつも、手足のバランスが狂ったような長さの、美しき白金色に輝くゴーレムであった。それを見て、キュルケは息を飲んだ。色合いこそ違うものの、彼女には確かにそのゴーレムへ見覚えがあった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「まさか!」

 

「そうさ、そのまさかさ! あのおチビにやられた時から、あんたらへの復讐はコイツでするって決めていたのさ!」

 

 キュルケには、そしてタバサにとっても忘れようがない。あのゼロだったルイズが、初めてメイジらしくゴーレムを作り上げたこと、何よりそのユニークな姿のことが、確かに彼女たちの脳裏には焼き付いている。節くれ立って長々とした腕に短めの足、それはまさしくルイズの作り上げたゴーレムの形そのものであった。事情を知らないギーシュだけが、状況を忘れてぷっと吹き出した。

 

「ま、待ってくれ。なんだい、その珍妙な姿のゴーレムは? しかもわざわざ真似して作っただなんて、ちょっとセンスを疑ってしまうね!」

 

「あんたに私のセンスを疑われたかないよ! どうやら一番に死にたいみたいだね」

 

「なんで!?」

 

 ギーシュは一転、理不尽な怒りをぶつけられたことで我に返り、再び震え出した。フーケは鼻を鳴らすと、今度はキュルケとタバサへ向き直って、自慢げにゴーレムを紹介した。

 

「本当はあいつと同じ(くろがね)で作ってみようかとも思ったけれど、まったく同じじゃ芸が無いからね。私なりにアレンジさせて貰ったよ。言うなれば、きれいなゴーレムさね。こいつの眩く輝くボディは、くろがねにも劣らない鎧となり、そして武器になるのさ」

 

 キュルケは自分たちの不利を思い知り、唇を噛み締めた。相手するゴーレムのサイズが小さ目である今、ただの土くれで出来たゴーレムならば、彼女たちにもどうにか倒せただろう。しかし、特殊な金属製のゴーレムともなると話が変わってくる。タバサやギーシュと協力し、何発か魔法を撃ち込めば倒すことが出来るのだとしても、それまでにゴーレムに近付かれてはお終いだ。後ろに控えたフーケに魔法を当てようにも、これまたゴーレムが邪魔となって上手くいきそうにない。

 

「どうだい、これからお仲間のゴーレムそっくりな奴にやられる気分っていうのは?」

 

 不安が大きくなってきたキュルケの肩に、そっと小さな手が置かれた。タバサは大きな杖を掲げつつ、キュルケの前へと歩み出た。

 

「来るなら道連れ」

 

 そう言って、タバサは狭い穴の天上をこんこんと杖で突いた。壁からはそれだけで土がどさどさっと零れ落ちる。

 

「私たちがここを壊せば、貴方も生き埋めになる」

 

「ふん、強がるんじゃあないよ。ガキにそんなことが出来るもんかい」

 

 フーケはタバサの脅しを鼻で笑ったが、タバサに勇気を貰ったキュルケもそれに言い返した。

 

「嘘じゃないわ。どの道、ここに逃げ場なんてないもの。そうと決まれば、死なば諸共よ」

 

「ガキのこけおどしになんて付き合っていられないね! だけど、そうだね。万が一ということもある。あんたたちの相手はこのゴーレムに任せて、私は先に穴の外に出ていようかね」

 

それを聞いたキュルケは、慌てて叫んだ。

 

「そんなの認めないわ! 今この場で特大の炎を放ってやるわ!

そうしたら近くにいるあんたなんて、ゴーレムを盾にしたって蒸し焼きよ! 」

 

「おお、こわいこわい。だけど、それは近くにいるあんたたちも一緒だろ? こんな狭苦しい場所で威力に任せた魔法を撃とうったって、自分の身を焼くのがオチさ。ま、本当に出来るなら撃ってみればいいさ。その覚悟があるならね」

 

 キュルケはくっと顔を歪めた。タバサは表情を崩さないが、杖を掲げたまま動くことが出来ないでいる。それを見たフーケはニヤニヤと笑いながら、ゴーレムをその場に残して引き返そうとした。

 

「それじゃごきげんよう、さようなら」

 

「待って!」

 

 キュルケの叫びに耳を貸さず、フーケはすたすたと去っていく。このままでは、ゴーレムに一方的にやられてお終いである。キュルケは覚悟を決めて杖を振り上げた。そこに来て、ギーシュがいきなり大声を上げた。

 

「そうか! ああ、そういうことだったのか! 分かったぞ、全ての意味が! やっぱり僕の使い魔は天才だね。よくやったぞヴェルダンデ!」

 

 突然の大声にびっくりして振り返ったフーケは、ゴーレムを前にしてモグラに抱き着いているギーシュにぎょっとした。

 

「一体どうしちまったんだい? そいつは?」

 

思わず尋ねてしまったフーケに対し、キュルケは気の毒そうな顔で返事を返した。

 

「彼は……そう、残念な人なのよ」

 

「失敬な!」

 

 ギーシュは彼女の言葉を力強く否定すると、フーケに向き直った。彼は、何時になくキリッとした表情で話し始めた。

 

「ミス・ロングビル! ……じゃなくって土くれのフーケ!

このギーシュ・ド・グラモンがお前と取り引きしてやろうではないか!」

 

「締まらないわねえ」

 

「ダサい」

 

「君たちは黙っていてくれたまえ!」

 

フーケは目の前の茶番にしか見えないやり取りに眉をひそめた。

 

「お前、偉そうにして、自分の立場が分かってるのかい? ああいやだ、これだから貴族は嫌いなんだ。それに取り引きってのは、扱うブツがあって初めて成り立つもんだよ」

 

だがギーシュは、フーケの呆れと怒りとが入り混じった様子にも物怖じすることなく言い返した。

 

「もちろん、ブツならある。さっき見つけた」

 

「バカ言うんじゃないよ。所詮学生、しかも貧乏貴族のグラモンの息子から、出るものなんかあるもんかい……って何だい、それは?」

 

フーケは、ギーシュが黙って指差した先を見て、目の色を変えた。

 

「宝箱さ。さっき僕の使い魔が見つけた。僕の使い魔はジャイアントモールだ。土メイジのあなたなら、こいつがどれだけお宝を見付けるのが上手いか、知らないわけじゃないだろう?」

 

「もっとよく見せてみな!」

 

フーケは踵を返して、ツカツカとギーシュらのいる方に近付いて来た。

 

「おっと、それ以上寄るんじゃないわ!」

 

キュルケとタバサがさっと杖を向けた。

 

「それ以上、近付いたら撃つわよ」

 

フーケは黙って従うと、その場で嘲るように声を上げた。

 

「それで? まさかそいつと引き換えに、見逃して貰おうってんじゃないだろうね」

 

ギーシュは偉ぶった仕草で頷いた。

 

「もちろん、その通りだとも」

 

それを聞いたフーケは、ゲラゲラと笑い出した。眉を吊り上げて、ギーシュは聞き返した。

 

「何がおかしい!」

 

「いや、だってそうじゃないか。わざわざそいつを教えてくれて、ご苦労なことだと思ってねえ。

 そんなお宝なんて、お前たちを痛めつけてから奪えばいい話じゃあないか」

 

ゴーレムが一歩、ずしんと足を踏み出した。

 

「こんのバカギーシュ!」

 

キュルケは悪態を付きながらスペルを唱え始めたが、ギーシュはそんな彼女を手で制すと、再びフーケに語り掛けた。

 

「あんまり僕を舐めないで頂きたい。僕だって土メイジだ。

その意味が分からないあなたじゃあないはずだ」

 

「つまり、何だって言うんだい?」

 

ギーシュは黙って宝箱に杖を向けた。

 

「僕たちの身をどうにかしようものなら、『錬金』一つでこいつは台無しになる」

 

 フーケはチッと舌打ちした。相手は所詮ドットとは言え、土メイジのそれである。長い年月を経て固定化の切れかかったお宝なら、子供に過ぎない彼の腕でも一瞬にしてガラクタに出来てしまうことだろう。加えて言えば、フーケにとっては、宝に僅かの傷が入ることすら許容できないことであった。なにせ、ハルケギニアは固定化の魔法が多用される世界である。魔法で物の状態を完璧に保てるからこそ、宝物もまた完璧な状態のものが求められる。故に、お宝を高く売ろうものなら、少しの傷や錆も許されないという事情があった。

 

「フーケ、あなたは破壊の杖を盗むのにも失敗したじゃあないか。失敗して、牢に入って、それきりじゃあないか。そろそろこいつが恋しくなってきた頃合じゃあないのかい?」

 

ギーシュは宝箱を足で突いて、不敵な笑みを浮かべた。

 

「何にしても、先ずは中身を確認してからだよ」

 

フーケは乱暴に吐き捨てると、再び足を踏み出そうとしたが、すぐにキュルケたちがそれを杖で制した。

 

「近付かないでと言ったはずよ」

 

「じゃあどうやってそれの中身を確認しろってんだい?」

 

 キュルケとギーシュは顔を見合わせた。偉そうに交渉を進めてきたものの、中身がどんなものかは確認していない。もしも中身が空だったりしたら、考えるだけで恐ろしい。キュルケがタバサに目で意見を求めると、彼女はふるふると首を振り、小さく囁いた。

 

「準備だけはしておくこと」

 

「なにこそこそ話してんだい! 私はそれほど気長じゃあないよ。早くして貰おうじゃあないか」

 

「いやねえ、おばさんは…… そうやってすぐ怒りっぽくなる」

 

「また言ったね! 小娘が舐めるんじゃないよ。わたしゃまだ23だっ!」

 

「えっ、ウソ」

 

「なんだいその反応は!!」

 

こんなことでフーケの機嫌を損ねては堪らないと、ギーシュが慌てて声を上げた。

 

「おばさんなんてとんでもない! あなたはとても、とてもお綺麗です!

 知的で、それでいてミステリアスな魅力があって、学院でも男子生徒たちの憧れでした!」

 

「……フンッ、バカなガキなんぞにモテても嬉しくなんかないね」

 

 言葉とは裏腹に、フーケの頬は少し緩んでいた。褒められること自体は満更でもないらしい。彼女の怒りが静まったのを見計らって、ギーシュは提案を始めた。

 

「宝箱を検分するのはいいが、そうと見せかけて僕らに杖を振るったり、

あるいは宝だけ掻っ攫われては困る」

 

「よく分かっているじゃあないか。だがね、あんたたちだって似たようなもんだろう?

 私が宝箱を開けている隙に、あんたたちが攻撃してこない保証はないね」

 

「ならこうしよう。先ずは僕の使い魔に、もっと奥まで続く穴を掘らせる。そうして、ここの二人にはある程度下がってもらう。そうだな、8メイルぐらい離れておけばいいだろう」

 

「ちょっと、なに勝手に決めてるのよ」

 

キュルケが不満の声を上げた。

 

「仕方がないだろう。君たちトライアングルが近くに残っていたら、フーケも宝の確認なんて

おちおち出来ないだろう。その代わり僕は、宝箱から3メイルの距離にはいさせてもらう」

 

「あんたも下がればいいじゃないか」

 

「近くに僕がいないと、いざというとき錬金を唱えられないだろう? それに僕が残るのは、あなたにとっても悪い話じゃあないはずだ。僕がそこに立っていれば、それが邪魔になって後ろの二人はあなたに魔法を撃てなくなる」

 

「その代わり、私の攻撃もそいつらに当て難くなるってかい? 勇敢なことだねえ」

 

フーケは小ばかにするように言った。

 

「話を続けるぞ。僕たちが宝箱から離れたら、今度はあなたがこの箱を開けるために近付く。ただし、箱から3メイルは離れたところで止まって貰う」

 

「それじゃあ箱まで手が届かないじゃあないか」

 

「そのゴーレムの長腕ならなんとか届くだろう? 要は、宝を確認するのにかこつけて何か仕出かさないよう、十分距離をとって貰う必要があるということさ。まあ、もしもの時は、僕の錬金で宝をガラクタに変えるまでだがね。これだって、あなたにとっては悪くない話さ。僕がどさくさに紛れて攻撃しようとしても、距離があればその分、あなたは避け易くなる」

 

「フン、そんなもの不便なだけの浅知恵だろうけどね。それで?」

 

「宝箱を開けて中身を確認したら、すぐにそのゴーレムと一緒に後ろへ下がって貰う。

10メイルは距離を取って貰おうか」

 

「遠いよ! 5メイルにしな!」

 

ギーシュは余裕そうな笑みを浮かべながら、ゆっくりと首を横に振った。

 

「いいや、それは認められないな。宝を確認して納得したなら、大人しく下がって貰う。

なんせ、僕たちは命が掛かっているんだ。あなたとは失うものが違う」

 

「ふん、ピンチのくせに偉そうなガキだね。分かったよ、そうしてやろうじゃないか。それで?」

 

「この間に僕の使い魔には穴を掘り回って貰い、彼が戻ってくるのを待つ。要するに、地上へ通じる逃げ道を用意させて貰うということさ。もちろんあなたが追って来られないように、たくさん分かれ道を掘る。それからもう一つ、あなたの後ろに回り込む穴も掘らせて貰おう」

 

「何だって? 私を挟み撃ちにしようだなんて、そんなこと許すとでも思ってるのかい?」

 

フーケが剣呑な眼差しを向けても、ギーシュは冷静に話を続けた。

 

「勘違いしないで欲しいな。これはもしもの時のための保険さ。もしあなたが

僕らを追い掛けようものなら、一人がその道から回り込んで宝を破壊する。

その重そうな箱を運びながら僕らを追い掛けるのは、流石に無理だろう?」

 

「手間がかかるだけで無駄だよ。その時は私が2体目3体目のゴーレムを出すまでさ。

 本当にお宝が手に入るなら、私にとっても悪い話じゃないんだ。少しは信用したらどうだい?」

 

「いいや、“土くれ”を相手に信用は出来ないな。それに無駄とも思わない。どうせお得意の巨大ゴーレムに、精神力を使い込んでいるんだろう? それに今作っているゴーレムにだって、だいぶ力が入っていそうだ。もはやそう何体も強力なゴーレムを作り出せるとは思えないな」

 

ギーシュは、「同じ土メイジの僕には分かってしまうのさ」と嘯いた。

 

「さあ、どうだろうね。能あるメイジは杖を隠すものさ」

 

「それはまさしく、僕たちだってそうだ」

 

「……まあいい。好きにしな。それで、後はあんたらが逃げてお終いかい?」

 

ギーシュは頷きを返した。

 

「最後は、僕たちがあなたから見えなくなるところまで離れて終わりだ。あなたはじっくりとお宝を賞味すればいい。もし後から追って来ようものなら、ヴェルダンデ自慢の地下迷路がお相手をしよう。それじゃあ早速、初めに時間が掛かりそうな穴掘りを先に済まそうじゃあないか。さあ、ヴェルダンデ「待ちな」

 

フーケは有無を言わせぬ調子で続けた。

 

「掘るのは見通しの付く範囲までだ。必要な分だけ掘って、残りは後にしな」

 

「で、でも穴掘りにも時間が掛かるわけだし、掘れるだけ掘って時間の無駄を省いた方がいいだろう?」

 

「本当にそれだけならね」

 

フーケは見透かすように言った。

 

「私が心配しているのは、そのご立派な箱の中身がガラクタだった時の話さ。そうと分かった時に、既にあんたたちの逃げ道が掘ってあるだなんて、そんな都合のいい話を認めるとでも思ってるのかい? あんたたちの逃げ道を掘るのは、宝を確認した後だ。これは譲れないね」

 

 ギーシュはごくりと唾を飲んだ。もし逃げ道があるなら、宝箱が空でも一か八かで逃げ切れる可能性はある。だがもし道が無いままなら、明らかに強そうなゴーレムを相手に勝ち目はない。ギーシュは助けを求めるようにキュルケたちへと目を向けたが、帰ってきた答えは無情だった。

 

「死なば諸共」

 

「そうよギーシュ、その精神で頑張りなさい。あんたはやれば出来る子よ、多分。

 当然、私たちも協力するけど、あんたが一番槍になりなさいよね」

 

 ギーシュもワルキューレというゴーレムを操るものとして、もしもの時の自分の役目を分かってはいる。例え敵わぬと知りつつも、相手のゴーレムをワルキューレで押し止め、その隙にキュルケらが相手をどうにかする。例え自分が一番に殴り飛ばされることになろうとも、彼はやらねばならない。ギーシュは軍閥貴族の息子として、そして何より男として、レディのために命を賭す覚悟は出来ているつもりだった。そう、自分の役割を理解している、してはいるが、もう少しこのレディたちは、自分に優しくしてくれてもいいのではないだろうかと、彼はそう思わずにいられない。

 

「もう少しマシな言葉はないのかね?」

 

「あら、ちゃんと褒めたじゃない」

 

「どこかぞんざいだったじゃあないか!」

 

そう言って嘆く彼の肩を、タバサはぽんと叩いた。

 

「大丈夫」

 

ギーシュは意外に思った。

何時もは不愛想というか無口な彼女から、励ましの言葉を聴けるだなんて……

実は彼女は、自分が知らないだけで、温かい心の持ち主だったのか。

そう感じ入ったギーシュへと、タバサは尚も言葉を続けた。

 

「あなたが死んでも代わりはいるもの」

 

ギーシュはがっくりと肩を落とした。

 

 


 

「行きな」

 

 フーケの命令に従って、ゴーレムが歩みを進める。フーケ自身もその後に続き、宝箱に近寄っていくが、その視線は油断なくギーシュの方へと向けられていた。一方ギーシュも、フーケの杖からは決して目をそらさず、自らの杖先だけを宝箱へと向け続けた。その後方ではキュルケたちが杖を構え、フーケがおかしな動きをした時のために、動きを見守っていた。

 

「いやはや、楽しみじゃあないか」

 

宝箱から少し離れた位置に立ち止まったフーケは、笑いながら言った。

 

「中身がお宝ならもちろん嬉しいし、中身がガラクタでもあんたらの絶望する顔が見れて、

 それはそれは愉快なことだろうさ」

 

「もったい付けずにさっさと開けなさいよ」

 

キュルケのぶっきら棒な返事にも、フーケの機嫌が損なわれることはなかったようで、彼女は喜色のこもった声でゴーレムに指示を出した。

 

「さ、それじゃあお望み通り御開帳と行こうじゃあないか」

 

 ゴーレムが前かがみになり、長い腕を伸ばした。太い指先が、宝箱のふたに触れる。

キュルケたちは嫌な胸の高鳴りを覚えながら、中身が明らかになるのを見守った。

宝箱の蝶番がギイッと軋む。僅かに開いたふたの隙間から、キラキラとした輝きが漏れ出た。

これを見て我慢できるフーケではない。彼女のゴーレムは、一気にふたを開けた。

 

 ボワッと、青い炎が揺らめいた。

 

 箱の中からいきなり立ち上った青い炎は一気に膨らみ、仰け反ったフーケの顔を微かに撫でた。

炎はゴーレムの頭上よりも高く燃え上がって、そのまま消えた。

声を上げる暇も無いほどの、一瞬の出来事だった。

 

 フーケは動揺しつつも、すぐにこの宝箱の何たるかを悟った。要するに、これは(トラップ)だ。

 

 一拍置いてフーケが憤怒の形相を浮かべ、未だ愕然としているギーシュに怒鳴りつけようとした時、今度はゴーレムが足元から燃え始めた。今度は赤々とした炎である。フーケには知る術も無いことだが、宝箱から噴き出した青い炎はマガマガしき魔法の炎であり、近接するものへと必ず引火する性質を持っていた。

 

 ゴーレムは、一挙に赤々と燃えた。すぐ近くに立っていたフーケも、この炎に巻き込まれたものだから、それを間近に見ていたギーシュは言葉が出ない。ゴーレムの全身を一気に包み込んだ赤い炎は、燃え盛る音の余韻と僅かな煙とを残しながら、これまた一瞬にして消えた。

 

 この僅かの間に、なんとゴーレムは半壊していた。白く輝いていた体には無数の亀裂が走り、少し体を動かしたら、ボロボロと体が崩れ落ちていきそうな有様である。ギーシュたちは、宝箱に仕込まれていた悪辣な炎の罠に戦慄した。

 

 この痛々しい様子のゴーレムを見るにつけ、フーケももはやこれまでかと思いきや、ギーシュたちはすぐにも無事なフーケの姿を見付けることが出来た。どうやら魔法の炎は、相手に合わせてその威力を増減させるらしかった。とはいえ、フーケもまったくの無事とは言い難い。

 フーケは、ゴーレムの陰に隠れるようにして、ぽっかり口を開けたまま立ち尽くしていた。自分が燃えるというあまりの出来事に、理解が追い付いていないらしい。彼女の美しかった髪は焦げてちりぢりになり、顔は真っ黒、すすだらけになっていた。ローブなどに至っては、もはや襤褸切れといった有様である。キュルケたちが様子を見守る中、フーケは思い出したかのようにケホッと、けむり混じりの息を吐いた。

 

「……今だ! かかれぇ!」

 

 ギーシュがワルキューレたちを一挙に召喚、それと同時にフーケも我を取り戻した。突撃を仕掛けるワルキューレの集団を前に、フーケは壊れかけのゴーレムに大手を広げさせると、逆にワルキューレたちの方へと突っ込ませた。フーケのゴーレムは見た目こそ散々でも、まだまだ力が残っていたらしく、束になったワルキューレをしばらく押し留めたかと思うと、それらと共に姿勢を崩して地面に倒れ込んだ。

 

「次は私たちの番よ!」

 

「へぶっ!」

 

 いつの間にかギーシュのそばまで駆け寄っていたキュルケは、背中を押して彼に身を屈めさせた。狭い穴の中を、彼女の放ったファイアーボールがフーケ目掛けてすっ飛んでいく。しかし長い手を持ち上げたフーケのゴーレムに阻まれ、火の玉はボフンと消え去った。同時に、元々千切れそうだったゴーレムの腕がぶちりと吹き飛んだ。ゴーレムが、もう一本の腕を使って起き上がろうとする。続け様に放たれたタバサの氷槍(ジャベリン)を、ゴーレムはぼろぼろになった胴体で受け止めた。硬いもの同士がぶつかり合うキンという音がしたかと思うと、ついにゴーレムの体は仰け反る様な形に歪み始め、そのまま上半身が千切れ落ちた。青褪めたフーケが急いで杖を振るうも、もうゴーレムはうんともすんとも言わず、土に戻っていく。

 

「やったわ! あたしたち、勝ったんだわ!」

 

キュルケが歓喜の声を上げ、ギーシュも目に見えて顔が綻んだ。

 

「っ ばんざい、バンザーイ! ぼくの錬金で、フーケに勝ったんだ!」

 

「やったわよタバサ!」

 

興奮冷めやらぬ友人を前に、タバサは無言でVサインを返した。

 

「やりました、勝ちました! このギーシュ・ド・グラモン、姫殿下のために戦い抜きました! 僕の錬金が、フーケに勝ったんだ!」

 

「ちょっとギーシュ、話を盛るんじゃないわよ」

 

そう言いながらも、キュルケの顔には笑顔が絶えない。

 

「けれどギーシュ、確かにあんたはお手柄だったわ。それじゃあ、最後の仕上げにフーケを捕まえようじゃない」

 

「ああ、僕のワルキューレに任せておいてくれたまえ。ワルキューレ!」

 

ギーシュの一声で、倒れ伏していたワルキューレが各々立ち上がった。

 

「さあワルキューレよ、勇壮にして精巧にして華麗なる…… 華麗なる……」

 

 ギーシュは、思わず口ごもった。ワルキューレはフーケのゴーレムに手酷くやられたためか、ベッコベコに凹んでおり、前衛的な芸術家の彫像がごとき姿になっていた。

 

「あー、えーと…… ともかく、フーケを捕まえろ!」

 

 ギーシュが杖を振るって命じると、ワルキューレたちは歪んだ体をぎこちなく動かして、二歩三歩、歩いた。歩いた後、一体がこけたのに連なって、他のワルキューレも将棋倒しとなり、派手な音を立てながら地面に転がった。ギーシュは罰が悪そうにしつつ、杖を振るいなおしたが、今度はワルキューレたちがぴくりとも動かない。

 

「あ、あれ? おかしいな」

 

「何よ、精神力切れ? やっぱりあんたって最後の最後で締まらないわねえ」

 

がっくり来るギーシュの肩をポンポンと叩きながら、キュルケはフーケに向かって杖を掲げた。

 

「さあ、大人しくお縄に付いてもらおうかしら。こんなこともあろうかと、ロープを持ってきておいたのよねえ。前みたいに、しっかり簀巻きにしてあげるわ」

 

 キュルケは腰元に取り付けたロープを手に取って呪文を唱え、軽く杖を振った。ロープは、あたかも蛇が頭をもたげたかのように宙に浮かぶと、フーケに向かって真っすぐに伸びていった。しかし、ほどなくしてロープはよろよろと揺れ始め、ぱたりと地面に落ちた。

 

「あ、あら? 流石に疲れたかしら。集中力が切れたみたいね」

 

 キュルケはもう一度杖を振った。縄はびくともせず、地面に横たわっている。キュルケは顔を引きつらせてタバサに振り返った。

 

「ごめんタバサ、後は頼んだわ。あなたは、流石に大丈夫よね?」

 

 タバサは無表情を保っている。首を縦にも横にも振ろうとしないことが、暗に答えを指し示していた。

 

「ぶへぇっ!」

 

弾丸のように駆け出したフーケに、ギーシュが殴り飛ばされていた。

 

「魔法が打ち止めなら、こっちのもんだよ!」

 

「往生際が悪いわよ、このオバサン!」

 

 フーケはすぐにキュルケをギロリと睨むと、そのまま殴り掛かってきた。

キュルケも負けじと、拳を握りしめる。

 

「よくもこのフーケに二度までも土をつけてくれたね!」

 

フーケの拳がキュルケの下腹部に突き刺さった。

 

「ぐぅぅっ!! あんた、()()()のフーケでしょ!?」

 

今度はキュルケの拳がフーケの脇腹にめり込んだ。フーケはゲエッと苦痛の声を漏らした。

 

()()()()ぐらいが丁度いいんじゃないかしら!」

 

 そのまま二人は転がるように揉み合い、殴ったりつかんだりの戦いを始めた。

そこへ、ボカンと重い一撃が放たれた。

 

「痛い!」

 

目を大きく潤ませながら、キュルケが叫んだ。

 

「手元が狂った」

 

 タバサは叩き付けた大杖をもう一度、頭上まで振り上げた。いかつい杖のこぶは見るからに硬そうで、それが今まさにもう一度振り下ろされようとしていた。フーケは慌てて抗議を始めた。

 

「ちょ、ちょっと待った、そりゃ反則だよ!」

 

「問答無用」

 

今度は狙いを外さず、フーケの頭へ杖のこぶが当たった。フーケはひぎいっと悲鳴を上げた。

 

「分かったよ、分かった! 私の負けだよ。だからそいつは止めておくれ!」

 

またもタバサは杖を振り上げた。今度はお尻が叩かれる。

 

「ひぃん!」

 

「一方的に殴りつける。それはとてもとても気持ち良いこと」

 

「ちょっと、待ア゛ーッ! い゛ッ! ひぎぃー!」

 

 フーケは痛みに耐えるのに精一杯な様子で、一方的にやられている。キュルケは、土で汚れた服を振らいながら立ち上がった。

 

「これでようやく安心ね」

 

ギーシュも殴られた頬を痛そうにさすりながら起き上がった。

 

「いやぁ、酷い目にあったもんだ」

 

 けれど、ようやく終わったんだな。そんな実感が湧いてきて、ギーシュに安堵をもたらした。やり込められているフーケを見下ろしたギーシュは、頬を赤く染めた。なんせ彼女の服はボロボロの上、キュルケとの揉み合いで、いい感じにはだけて来ていたからだ。加えて、タバサに叩かれる度に上がる悲鳴が、妙に色っぽかった。そんなことだから、緊張の抜けたギーシュは、ついこう思った。

 

しかし、何だな。痛みに喘ぐ女性ってのは、ある種官能的だな」

 

 気の緩んでいたギーシュは、ついつい独り言を漏らしていた。漏らしてしまっていた。

途端に、地下が静まりかえる。一斉に振り返った女性陣を前に、ギーシュは固まった。

 

「うっわぁ……」

 

「ち、違うぞ、誤解だ! 僕はそういうヘンな意味で言ったわけでは……!」

 

「引くわぁ……」

 

「変態」

 

「あんた、女性の敵だね」

 

 ギーシュは、事もあろうかフーケにまで罵られ、ドブネズミを見るかのような眼差しを向けられていた。彼はガックリと地面に膝をつき、項垂れた。

 

「最低だ。僕って……」

 

「そうよ! あんたなんて、むっつりスケベなモグラ野郎よ!」

 

 女性陣に責め立てられるギーシュの哀れな姿を、ヴェルダンデが遠巻きに、心配そうに見つめていた。

 




おまけ
ワニキャップ:マガマガしきワニの頭部で、頭に被れるよう穴が開いている。とある好事家貴族からフーケが盗み出した。彼女の調べたところ、かつて裸蛇の二つ名で名をはせた伝説の傭兵メイジの愛用品であるとか。着用してワニ人間として過ごすと、100日後に大爆死するという噂もあるいわくつきだが、トカゲおとこに扮する分にはきっと大丈夫だろう。

あなたが死んでも代わりはいるもの:ギーシュは栄えあるグラモン伯爵家の子息・・・なのだが四男。つまり余程のことが無ければ、伯爵家の跡取りとはなり得ない。つまりは、そういうこと。
ギーシュ「嗤えばいいと思うよ」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。