使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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STAGE 3 使い魔の朝は早い

トリステイン魔法学院

中央に聳える本塔と、それを囲うように並び立つ5つの塔

その一角に、学院の女子生徒達は住んでいる。

通称“火の塔”

魔王の仕事場である。

彼の一日は、主を起こすところから始まる。

 

まだ空も赤らみかけぬ内に、彼は動き出した。

 

Q. 朝、早いですね?

「ええ、まあ。主より早く起きて、一日のジュンビを整える。

 使い魔としてトーゼンのことです。早起きは、決してトシのせいではないです、ハイ」

 

一人ムスメを持つ魔王に隙はない。

彼にとって、同じ年頃の主を起こすのは簡単な仕事だという。

手慣れた様子で彼は、ぐっすり眠っている主に声を掛けた。

 

「ルイズ様!」

 

「……」

 

「ルイズ様!!」

 

「……」

 

へんじがない。まるでしかばねのようだ。

 

「ヤカマァしいッ! ……って、ハァ…… ジブン、何やってるんでしょう。

 とりあえず、ムナシイ一人ナレーションは止めときますか……」

 

 慣れない部屋でベッドもなく放っておかれた魔王は、よく眠ることも出来ずに

朝、目が覚めたのだった。

 

「……困りました。こういう時、どうしたらいいんでしょう?」

 

 魔王は昨夜の言いつけ通り、ルイズを起こそうとしていた。

しかしルイズの眠りは深く、何度話しかけても返事は帰ってこなかった。

 

「あんまり大声を出すのも気が引けますし……」

 

「グー…… ZZZ……」

 

「……それに古くからの言い伝えもあります。

 深い眠りを妨げられた破壊神さまは、

 己の善悪も判らぬままにモーレツな二回攻撃をしかけてくると」

 

「グゴゴゴゴ……」

 

「勇者ならこういうとき、ジョータイイジョーカイフクとかいって、

 呪文でちょちょいと起こしてしまうんでしょうね。

 ふむ、勇者……ユウシャ……  ……!」

 

 魔王は、ぱっと明るい顔をした。

 

「フフフ、私、いいことを思い付きました。

 普段はニックキ勇者どもですが、ここは彼らのチエを借りるのです。

 その昔、吸血鬼退治で名を馳せた勇者の父親は言いました。

 『逆に考えるんだ』と。つまり、起こさなくってもいいやと考えるのです!」

 

 ルイズが起きていたら、青筋を立てること必須の発言だった。

 

「こちらは用事があるというのに、何度話しかけても相手が同じ反応しか返さない。

 勇者にとって、そういうことは日常茶飯事だと聞いております。そんなとき勇者は

 自分の用事を一旦置いておき、 周囲の人達に片っ端から話し掛けたり、どこかで

 お使いをこなしたりすることで相手の反応の変化を誘うのだと言います」

 

 魔王の脳裏には、家という家、部屋という部屋にズカズカと入り込んでまで人々に話し掛け、

ついでにタンスもあさっていく勇者たちの姿が浮かんでいた。

 

「そして私は今、ルイズさまを目覚めさせること以外にもう一つ、洗濯というイベントを

 抱えているのでした! ですから私がこの学院内をうろつきつつ、その場にいる人々に

 話し掛け、何やかんやで洗濯をこなす。そうした後なら、ルイズさまもスンナリお目覚めに

 なられることでしょう! ……時間も経ってることでしょうし」

 

そう言って魔王は、意気揚々とルイズの部屋を後にしたのだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「ハァ…… ここからドコに向かえばいいのでしょうか?」

 

 トリステイン魔法学院という施設は、城そのものであった。その敷地は広大であり、

また区画が塔と塔を結ぶ廊下に遮られ、見通しの利かない造りになっていた。

適当に歩けば目的地に辿り着くといった甘い考えは、もはや捨てざるを得なかった。

 

「初めて訪れた城では、とりあえずテキトーに隅から隅まで歩き回って城の構造を知り、

 宝箱やタンスをあさる。多くの勇者がやっていることなので簡単なことだと思っていましたが、

 こんなに大変だったとは…… よくよく考えたらお城じゅうを歩き回るって、丸一日掛かっても

 おかしくないんじゃあないでしょうか?」

 

魔王は現実逃避気味に勇者のことへ思いを馳せた。

 

「高レベルの勇者たちがダンジョン内を素早く動き回るのは知っていましたが、案外あんな調子で

 お城の中もゴキブリのごとく駆けずり回っているのでしょうか?」

 

 魔王は独り言で気を紛らわしつつ、取り敢えず人を見つけて道を聞こうと歩き続けた。

そうして空がもう少し明るくなった頃、一人のメイドが荷物を抱えて必死に歩いているのを

見付けた。

 

「えいしょ、えいしょっと」

 

洗濯に向かうところなのか、タオルや下着の束を抱えた彼女は、あっちへフラフラ、

こっちへフラフラと、見るからに不安定そうに歩いていた。

 

「やっとNPCに出会えましたか。もしもし、そこのお嬢さん」

 

「へ? は、はいっ、少々お待ちください!」

 

 人がいるとは思っていなかったのか、少女は少々驚いた様子で、しかし元気良く返事をした。

実際、彼女は喜んでいた。普段、自分と大して年も変わらぬ貴族の子弟たちから、『そこのお前』

だとか、『平民』だとか、乱暴に呼ばれることが多い彼女は、例えそれが妙なだみ声であったと

しても、『お嬢さん』と呼ばれたことが嬉しかったのだ。そんなことだから、彼女は思わず顔を

ほころばせた。そして勢いよく振り向いたところで、彼女はそのまま笑顔を凍りつかせた。

彼女の目前には、爽やかな風が吹き抜ける気持ちの良い朝には似つかわしくもない、

マガマガしさ満点の亜人が立っていた。彼女は思わず洗い物を手からこぼし、ガクガクと

震えだした。

 

「ま、まままさかあなた様は、ミス・ヴァリエールが召喚なさったという……」

 

「イエス, アイアム! 如何にも私が魔王です。」

 

 学院に使える使用人の間では、召喚の儀の翌日にして、もう既に“恐るべき使い魔”のことが噂になっていた。ただでさえ亜人は畏怖の対象であるというのに、かの使い魔は杖を振るうメイジ

ですらあるかもしれないというのだ。平民たちにとって、亜人×メイジ というの脅威のハイブリッドは、魔王以外の何物でもなかった。

 

「や、やっぱり本当に、本当の意味で魔王なんですか!?」

 

「イエス! イエス! イエス! オーマイゴッド!

 フム、世界征服を始める前から、私のことを分かる者がいるとは……!

 フハハッ! 私の魔王としてのフーカク、やっぱり見る人が見れば分かるものなんですね!」

 

 あっさりと魔王であることを信じてもらえてご機嫌な魔王は、散らばった洗濯物を一目見て

自らの用事を思い出した。

 

「そうだ、コレ、ついでに洗濯しておいてください。破壊神さまの下着です。

 あ、マチガえた。“ルイズさまの”と言うべきなのでした」

 

「は、はかいしんさま!?」

 

急に出てきた不穏でマガマガしい単語に、使用人の少女シエスタは目を白黒させた。

 

「おや、私のことは知っていても破壊神さまのことは知らないのですか?

 フハッ! 私の方が有名ですか! フハハッ! やっぱり、世界をセーフクする

 親玉としては、ツルハシ振るうだけのジミな破壊神さまよりも、私みたいに

 カリスマある者がフサワシイですよね! フハハッ!」

 

ひとしきり笑い終えると、魔王は続けた。

 

「ですが洗濯と言えど、破壊神さまのためにお仕事をするというのであれば、シツレイ無き様、

 破壊神さまのことを知っておくというのも悪くはないでしょう。ヨロシイ! 私は今、大変

 機嫌が良い! たまにはニンゲン相手に、私自らレクチャーしてあげるのもいいでしょう!」

 

「ハ、ハイいいい!!!」

 

 涙目のシエスタは今にも逃げ出したかった。しかし魔王にとって、弱った心を読むのはお手の物

なのか、『知らなかったのですか…? 魔王からは逃げられません!』と言われ、余計に縮こまる

しかなかった。そんな彼女に魔王は意気揚々と、ルイズが如何に破壊神としての才能を秘めている

かを、あることないこと語り尽くしたのだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 もうすでに日は上り、空は青さを取り戻していた。建物の方からは、朝の喧騒がしっかりと

聞こえてくる。

 

「いいですか、最後のオサライです。よーく覚えていって下さいね? ルイズ様は、普段は

 礼儀正しくマジメな生徒を装っていますが、その実、カノジョは邪悪なココロに満ち溢れて

 いるのです。ルイズ様の魔法が成功せず、全てバクハツに終わるのは、決して才能の無さを

 イミするものではありません。そのバクハツは、破壊神さまとしての抑えきれないハカイ

 ショードーの発露なのです! ゼロと呼ばれてガマンしているのだって、ちょうどハルケギニア

 全土をハカイするチカラを蓄える最中のため、実力行使を抑えているに過ぎないのです。

 終末の日には、カノジョはこの世の生きとし生けるもの全て、あらゆる秩序をハカイし尽くし、

 新たなセカイを創造するのです!

 ……というわけで、如何に破壊神さまが偉大かつマガマガしいかが分かったでしょう!

 あ、また間違えた。破壊神さまのことは、ルイズさまとお呼びしないと叱られるのでした。

 まあトモカク、あなたは今説明したことを今後のシゴトによく活かし、ルイズさまのために

 身を粉にして働くが良いでしょう!」

 

 ルイズ = 破壊神 という構図を、しっかりと一人の使用人に叩き込んだ魔王は、

良い仕事をしたと言わんばかりの満足げな表情で、元来た道をいそいそと戻っていった。

 

「ほ、本当に恐るべきは使い魔ではなく、ミス・ヴァリエールの方だったなんて!!

 早くみんなに知らせないと! ああでも洗濯物がこんなにあるわ!」

 

 彼女にとって、散らばった洗い物を拾い集めるのも、それらを一つ一つ洗濯するのも、

あまりにも長い時間に感じられることだろう。だが、いずれにせよルイズが使用人達から

畏怖されるのに、半日も掛かりはしないのだった。

 

 行きは迷った道を、魔王はどんどん戻っていった。誰かと廊下ですれ違う度に、ギョッとした

視線が向けられるも、魔王に気にした様子はない。

 

「ああ、良い仕事をしました。ルイズ様はどうも、貴族らしくありたいとお思いのご様子。

 平民から畏怖されるなんて貴族らしいですから、きっとルイズ様もお喜びになることでしょう。

 モチロン、私がそう仕向けたことはダマッておく。不言実行、縁の下のチカラモチだなんて、

 私ってばなんてケナゲなんでしょう!」

 

 そう自画自賛を繰り返す内に、彼は目的の部屋まで辿り着いた。部屋をノックするが、

返事はない。魔王はそのまま戸を開けて中に入り、ルイズを起こしにかかった。

 

「起きてください、ルイズさま!」

 

「ムニャムニャ」

 

「起きてください!! ルイズさま!!」

 

「うーーん…… zzz」

 

先ほどよりは反応があるものの、相変らずルイズの寝起きは悪かった。

 

「おかしいですね。洗濯イベントはこなしたハズなのですが……

 もしかしてルイズさまを起こすのは単独イベントだったのでしょうか?」

 

 外の喧騒はより一層勢いを増すばかり、多く生徒たちのが起きているのは明らかだった。

 

「ふむ、これは困りました。一体どうすれば破壊神さまを「誰が破壊神よ!」

 

 ルイズはベッドの上で、ガバッと上体を起こした。まだ息が荒い。

 

「ふう、ふう…… なんだか変な夢を見たような……ってあんた誰よ!」

 

 ルイズは、いつもの清々しい朝に紛れ込んだ異物に大きな反応を示した。

 

「おはようございます、ルイズさま。

 ですが、まだ寝起きでアタマが働いていないご様子。

 では改めてジコショーカイさせて頂きます!

 私は闇に覆われしセカイから来たオトコ、その名も……」 

 

「いや、もういいわ。嫌でも思い出したから」

 

「え、いや、ですが、あともうチョットだけ……」

 

「黙りなさい! 大体アンタはいちいち大げさなのよ!

 何よ、闇に覆われし世界って!ただの地下のことなんでしょ!

 あんたのヘンテコな話のせいで、変な夢見ちゃったじゃない!!」

 

 ルイズはぷんぷん怒りつつ、服を持ってこいだの、手鏡を持って来いだのと、魔王に手身近な

指示を与え、身支度を整えていった。

 

「色々言いたいことはあるけど、キリがないからここらで止めとくわ。

 さあ、さっさと食堂に行くわよ。私に付いてきなさい!」

 

 ルイズは勢いよく扉を開ける。使い魔を従えた一日がどんなものになるのか、

彼女には知る由もなかった。

 


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