使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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使い魔のくせになまいきだ
前回のあらすじ
ワルドがあらわれた コマンド?
☞たたかう どうぐ
 じゅもん にげる

それをえらぶなんてとんでもない!

たたかう どうぐ
じゅもん ☞にげる

なにから にげる?
 ワルド ルイズ
☞たたかい じぶん

どこへにげる?
じぶんのへや トイレ
☞どこへでも おもいでのなか

どのように?
 さりげなく   みせつけるように
☞けむにまくように みれんたっぷりに


タイミング!
ここぞとばかりに ☞いま!
きがむいたら すきをついて



どんなきもちで?
けだるげに    にくしみをこめて
☞しにものぐるいで じょうねつてきに


まおうは ひっしに いいのがれ をした
ワルドは おこりだした
ワルドの こうげき!
ワルドは すてぜりふを はいた
まおうの こころが きずついた
まおうは にげきった!

(参照:勇者のくせになまいきだwww)


STAGE 29 やめてください しんでしまいます

 ルイズはその日一日中、ワルドに様々なラ・ロシェールの名所を案内されて過ごした。初めは浮かない顔をしていた彼女も、時が経つにつれ素直に観光を楽しむようになっていき、昼頃にはなごやかにワルドと食事を取るまでに至った。しかし、だんだんと日が傾いていくにつれ、彼女の心の内に再び、今までの出来事やこの先のことが思い起こされ、楽しかった気持ちが消えていってしまうのだった。

 いよいよ明日の明け方には、アルビオンに向けて船が出港する。それに乗れば、もはや引き返すことの出来ぬ、危険な地を突き進むしかないという事実が、彼女の心に重くのしかかっていた。ルイズは、夕方になって宿の扉を前にしたとき、今さらながらに今朝方のことを後悔し始めていた。自分はあの時、もっと何か出来ていたのではないだろうか? あんなことがあって今、使い魔はどんな様子でいるのだろうか? そんな憂いを抱きながら、彼女は扉を開いた。

 

 

「チクショー!!」

 

「フハッ! フハハハハッ! 私に勝とうなどとは、100魔ン年早いのです!」

 

 ルイズが目にしたのは、落ち込みのカケラも感じられないほど調子に乗った魔王が、笑い転げる姿だった。ギーシュはテーブルに拳をガンガン叩き付けて悔しがり、キュルケはそれを高笑いしながら眺めている。

 

「あんたたち、一体なに騒いでるのよ!」

 

魔王は、ルイズに気が付くと意気揚々と返事を返した。

 

「フッフッフ、聞いてくださいよルイズ様。私ってヤッパリ幸運の星の下に

生まれついてるんじゃあないかと思うんですよね! フハッ! フハハッ!」

 

「だから何があったのよ」

 

「賭けよ」

 

ご機嫌で笑いの止まらない魔王に代わり、キュルケが答えた。

 

「今日一日をより刺激的なものにするため、ギーシュと私たちとで賭けをやったのよ。

 それで私たちとあんたの使い魔が勝ったってわけ」

 

タバサもぽつりと言った。

 

「勝った」

 

満足げな笑みを浮かべるキュルケたちに、ルイズは呆れながら答えた。

 

「明日はいよいよアルビオンだっていうのに、ほんっと緊張感ないんだから!

 ギーシュもギーシュで、何それぐらいのことで落ち込んでるのよ。どうせあんたの小遣い程度、大した額じゃないでしょ?」

 

ルイズの言葉を聞き、ギーシュは恨めしそうに顔を上げた。

 

「君みたいな公爵家に生まれた人間には分からないだろうが、僕にとっては大金だったんだ。それに第一、これはお金の問題じゃあない」

 

 そう言うとギーシュはまた頭を項垂れた。ちょうどその時、ワルドが外から帰ってきて、驚いた表情で告げた。

 

「グリフォンの様子を見に小屋まで行ってきたんだが、びっくりしたよ。

昨日置いてきたはずの、あのジャイアントモールがここにいるじゃあないか!」

 

 感心した様子で話すワルドだったが、ギーシュはそれを聞くと余計に悔しそうな呻き声をあげた。

 

「良かったじゃないギーシュ。これならアルビオンまで使い魔を連れていけるじゃない」

 

「そんなことはもう知ってる」

 

 ギーシュは、不機嫌そうにルイズへ言葉を返した。眉をひそめたルイズに、キュルケは説明した。

 

「私たちのやった賭けはね、日没までに彼の使い魔が到着すれば彼の勝ち、間に合わなければ私たちの勝ちだったのよ」

 

「え? まだ外は明るいじゃない」

 

魔王はそれを聞いてチッチと舌を鳴らした。

 

「ルイズ様、肝心なことを忘れていませんか? ここはいつもの学院ではないのです」

 

「こんなことなら、あんたも賭けに誘えば良かったかしら」

 

 ニヤニヤと笑う魔王とキュルケに、ルイズが憮然とした表情をしていると、ワルドがああと、感心の声を上げた。

 

「なるほど、山か」

 

「その通り。ここラ・ロシェールは、平原に建てられた学院とは違って、山並みに囲われています。トーゼン、地平が高くなった分、日の入りだって早くなるのです。何時もの調子で、『日没まで余裕があるだろう』なんて考えでいると、足元をすくわれるというワケですな。いやしかし私、カンゲキいたしました! ヴェルダンデ殿は日没にこそ間に合わなかったとはいえ、その直後に到着なさるとは、本当に優れた力をお持ちですなあ!」

 

「うるさい! そのギリギリでの到着が一番悔しいんじゃないか!」

 

ギーシュがぎりぎりと歯を食いしばる中、魔王とキュルケは再び笑い出した。

 

「なんででしょう? 別に賭けに勝ったという以上の儲けは無いハズなのに、こう、ギリギリで相手が負けたと知ると、余計にユカイな気分になれるんですよね」

 

「分かるわ! なぜかその分、得した気持ちになるのよね!」

 

二人が嬉しそうに騒ぎ立てる一方で、タバサは深く項垂れるギーシュへと近づき、肩を突いた。

 

「なんだね。もう、そっとしておいてくれないか?」

 

 疲れ果てた様子で喋るギーシュの前に、タバサはぽんと金袋を置いた。彼女の儲けのすべてだ。

 

「もしかして、僕を憐れんで、返してくれるのかい? だが、僕も男だ。意地がある。賭けの負けを誤魔化したりはしない」

 

タバサは、首をふるふると振った。

 

「違う。けれど、意地があるなら丁度いい」

 

 そう言うとタバサは、首を傾げるギーシュの前へ、一つのカップを置いた。

カップの中から、カランコロンと小気味よい音が鳴り響く。出た目は、4と5と6。

カップの底に、3つの小さなサイコロが並んでいた。

 

「負けたなら、取り返せばいい。足りないお金は、借りればいい」

 

みるみるしおれていくギーシュへと、タバサはコールした。

 

「倍プッシュ」

 

ルイズは頭を抱えたくなった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 羽目を外しすぎるなよというワルドの忠告空しく、魔王らは臨時収入を惜しげもなく費やし、大いに騒ぎまわった。特に魔王の浮かれ具合は凄まじく、店にあるマガマガしい名前の酒を制覇するんだと意気込んでは、デビルだのサタンだのディアブロだのといった、聞くからに度数の高さそうな酒をくいくいと飲み干していった。

 

「プファーーー!! いやはや飲み過ぎました。段々暑くなってきましたね!

 ルイズ様、ちょっとこのローブ、預かっておいてください」

 

「ちょっと! 何で私がそんなことしなけりゃならないのよ!」

 

 ルイズはそう抗議したが、ゴキゲンになった魔王は強引にローブを押し付けると、再びキュルケと一緒になって種々の酒を煽り始めた。

 

「ダイジなものですから、無くさないようにしてくださいね!」

 

 ルイズはこんなもの、そこらへんに放り捨てておこうかとも思ったが、後で魔王に大騒ぎされるのも面倒だと思い直して、溜息を吐きつつ彼のローブを手元に収めた。そこでふと彼女は、その暗い色をしたローブが妙に上等な代物であることに気が付いた。作り自体はシンプルだが、その見事に黒く滑らかな生地の肌触りは絹にも似ていて、それでいながら随分と丈夫そうでもあった。

 

「ちょっと魔王、これってずいぶん軽くて着心地も良さそうじゃない。何で出来てるの?」

 

「やみです」

 

「やみ? やみって、あの?」

 

目を見開いたルイズに、魔王はそうですと返事を返した。

 

「魔界のマガマガしさが溜まって、長い年月をかけて深いやみになるんです。そのやみを織って作るのです。特にその品は、知り合いの魔王から譲り受けたアレフガノレド産の逸品です。月日と共に効果が薄れる模造品とはワケが違いますよ。どうです? ルイズ様も試しに着てみては? きっとよくお似合いでしょう」

 

いつもなら、魔王の勧めるものなど趣味が悪いと相手にしないルイズだが、この時ばかりは興味が勝った。彼女は羽のように軽いそのローブをするすると身にまとった。そしてくるりと一回転して、どうかしら?と聞いた。

 

「実にお似合いですよ、ルイズ様。あ、ダイジなものなので、後でちゃんと返してくださいね? そうびを奪ったら仲間から外すとかはナシの方向でお願いします」

 

「分かってるわよ! どうしてそうあんたは、そう余計な一言が多いのよ!」

 

ルイズが怒っていると、キュルケもそれを聞きつけ、話に加わりに来た。

 

「あらルイズ、何だか良いもの着てるじゃない。普段より、ずっと大人っぽく見えるわよ? 何というか、そうね…… 悪女ってカンジだわ」

 

「それって、本当に褒めてるんでしょうね!?」

 

ルイズがキュルケに噛み付く中、タバサはボソッと呟いた。

 

「マガマガしい」

 

それを聞いたルイズが、嘆きの悲鳴を上げようとしたとき、にわかに魔王は立ち上がると、大声で告げた。

 

「ルイズ様! あと30秒で勇者が訪れるヨカンがしますぞ!」

 

ルイズとギーシュはそれを聞いてビクリと動きを止めた。キュルケとタバサは首を傾げている。酒やつまみを給していた宿の主も、不思議そうに問い掛けた。

 

「使い魔のお客さん、ここへ勇者が来るというんで? 魔王のお次に勇者と来れば、ハハハ、この宿もより一層繁盛しそうですなあ」

 

だが彼の言葉に返事を返す者はいなかった。ワルドは特に、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

「あんたの言う勇者って!」

 

ルイズは、慌ててツルハシを振るい始めた。床石がガツガツと削られ、みるみる内に深い穴が掘られていく。ギーシュも、飛び上がるように机から跳ね起き、薔薇の杖をさっと取り出した。

 

「早くテーブルを倒せ!」

 

「お客様、ああなんてことを! 困ります! 床も家具も傷付けんでください! この家は何から何まで、一枚岩から切り抜いた、歴史ある希少なもので……」

 

「そんなこと言ってる場合じゃない!」

 

 その時、宿の扉が乱暴に蹴り開けられ、大きな音を立てた。一行がそちらに振り向くと、今まさに矢を放たんとしている大勢の男たちの姿が目に飛び込んできた。

 

「身を隠せ!」

 

 ワルドが大声で叫ぶと同時に、矢が雨あられと飛び込んできた。店の棚に並べられたボトルが、次々と音を立てて割れていく。根元からポッキリと脚が折れた机の陰に、皆が身を竦める中、ワルドは机から杖を除かせては、早口に短い呪文を唱えた。

 

「デル・ウィンデ」

 

 途端に扉の方から悲鳴が上がり、しばらくは矢が止んだが、ギーシュが恐る恐る机の端から様子を窺おうとしたところ、次なる矢が彼の頭を掠めて飛んでいった。

 

「ひいっ!」

 

 ワルドは、すぐにギーシュを引っ張り、机から飛び出ないよう、彼を押さえつけた。ギーシュが落ち着いたのを見ると、ワルドは皆に語り掛けた。

 

「どうやら呪文で相手してもキリがないようだ。おいルイズ! 戻ってきておくれ!」

 

 ワルドが宿の床に開けられた大穴に向けて叫ぶと、間もなく顔を土で汚したルイズが、慎重そうに顔を見せた。

 

「まだ全然マモノを作れてないわ」

 

「いや、それはもういいんだ。ここであいつらを迎え撃つには無理がある。外の様子を少し見ただけでも、辺りを埋め尽くさんばかりの傭兵が押しかけているようだ。とても相手にしてはいられない」

 

ルイズは、僅かに声を震わせながら答えた。

 

「これって、貴族派の差し金よね? 一体、どうしてばれたのかしら?」

 

「それを追求するのは後だ。今はこの場を切り抜けねばな。予定より早いが、今から船に乗ろうと思う」

 

「こんな時間に船を出せるのですか?」

 

魔王の言葉に、ワルドは軽く頷いた。

 

「僕は貴族だ。それも王家直属の、魔法衛士隊の隊長だ。船乗りたちに断らせはしない」

 

「しかし、アルビオンとはまだ距離があるんでしょう?」

 

今度は、ギーシュが疑問を上げる番だった。

 

「それも問題ない。風石の足りない分は、スクウェアである僕が補う。時間がないから、次の話に移らせておくれ」

 

ワルドはそう言うと、改めて一行を見回して告げた。

 

「いざという時のために下調べしておいたのだが、この宿には裏口がある。我々はそこから脱出し、そのまま港へ向かうことが出来る」

 

すると、今度はキュルケが声を上げた。

 

「裏口にもあいつらが潜んでいないかしら?」

 

「よく耳を澄ましてみてくれ。表の扉から聞こえる怒号が裏口の方からは聞こえてこないだろう? あんなに大勢いる荒くれどものことだ。もし裏口に気付いているなら、そちらからも騒ぎつつ、押し寄せて来ていなければおかしい。それに、誰かが潜んでいたとしても、少なくとも表から出るよりはマシだ」

 

「じゃあ、裏口からみんなで逃げるのね」

 

しかし、そこでタバサが厳しい事実を告げた。

 

「無理」

 

 タイミングよく、窓を割って突入しようとした傭兵がいたため、ワルドは急いで杖を振るって、彼らを牽制した。

 

「この通りだ。今にもこの宿に雪崩れ込もうとしている奴らを、誰かが食い止めねばならない。それに、もし我々が逃げたことを悟られれば、足の速い奴らに港までの道を先回りされかねない」

 

「じゃあ、どうすればいいの?」

 

ルイズが震えた声を上げると、ワルドは彼女の手をそっと握りしめた。

 

「良いかい、ルイズ。この種の任務は、半数でも目的地にたどり着けば成功とされる」

 

「まさか、そんな…… 仲間を見捨てるなんて」

 

非難の声を上げるルイズへと、ワルドは静かに首を振った。

 

「そうじゃあない。確か、そこの君たちはトライアングルだったな?」

 

キュルケは優雅に、またタバサは素っ気なく頷いた。

 

「あんな奴らに後れを取る私たちじゃないわ。傭兵なんて、一人残らず足止めしてみせるわ」

 

「心配ない」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

ワルドは短く礼を言うと、今度はギーシュに向き直って言った。

 

「そしてギーシュ君。君の得意なゴーレムは、彼女らの攻撃魔法ほどの威力こそないが、メイジが最も無防備となる詠唱中には、身を守る最良の手段となる。もし万が一、外の奴らが彼女たちの隙を突いて近付いた折には、君がいてくれれば安心なのだよ」

 

「お任せあれ! レディを守るのは僕の役目だ」

 

 ギーシュは、使命に燃えるような面持ちで、堂々と言い放った。

ワルドは最後に、ルイズへと顔を戻して言った。

 

「分かったね、ルイズ。港へは僕と君とで行く」

 

ルイズが悩んでいる内に、先に魔王の方が頷いた。

 

「妥当なところでしょう。ここでグズグズしていて、港を押さえられたら目も当てられません。私と一緒に、港まで行きましょう」

 

「戦えもせぬ君も着いてくる気か」

 

「何か言いましたか?」

 

「……いや、いい。それでは僕が、合図として三つ数える。キュルケ君、君は大きな炎を放って、外の人間の目をくらませてくれ。その隙に、僕たちは裏口へ走り抜ける。ルイズ、君も走る用意をしておいてくれ」

 

 有無を言わさぬ逼迫した口調に、ルイズはこくこくと頷いた。

キュルケが、スペルを唱え始める。

 

「皆、いいな? それでは1、2の、3!」

 

 途端にキュルケの杖先から大きな火炎が飛んでいき、宿の入り口に落ちるとすぐに炎柱となって、目が痛くなるような光を放った。ルイズたちは、背後からの強烈な光を感じながら、裏口への道を駆け抜けた。ワルドが扉を蹴り開けて外に飛び出し、後からルイズ、魔王と続いた。辺りには誰もおらず、表の喧騒が嘘のように、皆の寝静まる夜の世界が広がっていた。だが、ルイズたちはそれに安堵する暇もなく、全力で港に向け走り出した。

 

 ワルドの後に続き、ルイズと魔王が息を切らしながら丘の上へと駆け昇っていくと、やがて天を突くほどに高い、巨大な木が姿を現した。巨大な枝が方々に伸び、所々に丸みを帯びた形の船が吊るされている様は、まるで木が数多の果実を実らせているかのようだった。

 

「よし、いいぞ。ここから見る限り、桟橋に待ち構えている連中はいないようだ」

 

 ルイズたちは、足の速いワルドを必死に追い駆けながら、人影のない木の根元を通り抜け、そこから長く続くらせん状の階段へと、足を進めていった。木で出来た階段は、時折ギシリと軋み、ルイズや魔王を大いに不安がらせた。

 

「ム! 後ろから誰か来ます!」

 

「そんな!」

 

 ちらりとルイズが後ろを振り向くと、そこには彼女たちの元にぐんぐんと近付いてくる、白い仮面の男がいた。

 

「ギャース! 何ですかあの不審者は! ルイズ様、あんな仮面の怪人に捕まりでもしたら、大変ですぞ。きっと醜い素顔を持った、幻影のようなオトコに無理やりケッコンを迫られるに違いありません!」

 

「変なこと言わないでよ!」

 

そこへ、魔王の背中からも声が掛かった。走る勢いで、剣の鞘が緩んだのだ。

 

「おい相棒! 今こそオメエ、男を見せる時じゃあねえのかい?」

 

「私が剣抜いたって、倒れるだけじゃあないですか!」

 

声を張り上げる魔王に、デルフリンガーは冷静に言葉を返した。

 

「いんや、何も剣を振り回すばかりが戦う道じゃねえ」

 

魔王は目を丸くして言った。

 

「おや、剣のあなたがそれを言うのとは! ナカナカですな」

 

「剣の俺にこれを言わす方が、どうかしてると思うけどな。まあともかく、俺も伊達に長生きしてねえ。少しは知恵も付くってもんよ」

 

「それは頼もしい限りです。それで、どんな考えがあるというのですか?」

 

「うんにゃ、おめさん、ご主人を守りたいだろう? 知ってっか相棒、草食動物の群れってのはな、天敵に襲われると、身体の弱い個体から脱落していってだな。こう、肉食動物の襲撃から群れを守るってワケよ。イヤー、自己犠牲の精神なんて男らしいね」

 

「それって、死んじゃうじゃないですか! ヤダー!!」

 

「バカ言ってないで走りなさい!」

 

 そうこうしている内に、仮面の男はますます近付いてくる。男は、突然に杖を取り出し、さっと振るった。男はひらりと宙を舞い、魔王を飛び越え、ルイズの背後に降り立った。

 

「ルイズ様!」

 

「きゃあ!!」

 

 仮面の男はルイズを抱きかかえると、そのまま階段の外に向かって、飛び降りようとした。彼女をさらって、そのまま階下へ逃げようというのだ。黙って見ているワルドではない。彼はすかさず、風の魔法を男へ叩き込み、その体をがくんと揺さぶった。たまらず腕を緩めた男の元から、ルイズだけが放り出され、真っ逆さまに落ちていく。

 

「いやああああ!」

 

「ルイズ!」

 

 魔法の使えないルイズは、そのままにしていれば、地面に激突し死んでしまう。ワルドは、自らも階段から飛び降り、ルイズに追い縋ろうとした。それとは対照的に、白い仮面の男は、階段の上から飛び出していくワルドを見送ると、それを追うことなく、魔王の前へと立ちはだかった。

 

「ヱ、イヤ、そんな、チョット、ゑ!?」

 

 一対一となり、ひとり慌てふためく魔王を前にして、男は仮面の下から覗く口元を、にやりと歪ませた。

 

「ラグーズ・イル・ウォータル・クラウディ……」

 

 男は、反撃がこないと分かって、悠々と呪文を唱え始めた。

使える武器も、身を守る()()()さえも持たぬ魔王には、もうどうすることもできない。

 

 男の構えた杖から、閃光が迸った。宙を切り裂く稲妻は、男を近付けさせまいと突き出された魔王の左手に吸い込まれ、そのまま腕を爆ぜさせた。

 

「ぬ゛わーーーっっ!!

 

 魔王の叫び声を聞きつけてか、ワルドがルイズを抱きかかえたまま戻ってきた。彼は、フライの魔法を解いて階段に降り立つや否や、エア・ハンマーを続けざまに放った。今度ばかりは仮面の男も耐え切れなかったらしく、彼は強風に煽られ階段から足を踏み外すと、そのまま気絶してしまったのか、力なく下へ下へと落ちていった。

 

「魔王!」

 

 ルイズが慌てて近寄ってみると、魔王には左手の先から腕にかけて、見るも痛々しい傷跡が刻まれていた。

 

「こ、この私に、デイン系の魔法をくらわすとは、きっと、ユウシャの一味……! ぐふっ!」

 

「魔王!」

 

ワルドは、ルイズの後ろから近づくと、興味深そうに言った。

 

「ふむ、ライトニング・クラウドを食らって生きていられるとは運がいい。あれに耐えられるとは亜人だからか? それとも、その剣が運よく電撃を地下に逃がしたのか?」

 

「さあな」

 

予期せぬ返事が返ってきて、ワルドはハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。

 

「インテリジェンスソードか。これまた珍しい」

 

ルイズはワルドに振り向くと、必死な声音で訴えかけた。

 

「ワルド! 早くこいつを治療しないと!」

 

「ここでは無理だ。それに…… 彼は置いていくべきだ」

 

「何を言うのよ、ワルド!」

 

ルイズから信じられないものを見るような目を向けられたワルドは、弁解を始めた。

 

「先ほどの男は僕が退けたが、ここでぐずぐずしていたら、また次の追手が来てしまう。傷付いた彼を引き連れて、時間を取られる余裕はない」

 

「そんな、船着き場まであと少しじゃない! それに使い魔を見捨てるなんて、貴族のすることじゃないわ」

 

ワルドは、表情を変えずにルイズへ言い返した。

 

「戦場では、あと少しだとか、これぐらいなら大丈夫だとか、そういう油断が死を招く。使い魔を守ろうとするのは立派だが、しかしそれで主である君が命を落としては意味がないだろう? それに、王家から受けた任を全うするため、自らの全てを捧げるのも貴族の務めだ。さあ、時間がないんだ。付いて来ておくれ」

 

 そう言うとワルドは、ルイズにそっと手を伸ばし、彼女を引き連れ先へ進もうとした。しかしルイズは、ワルドの手を振り払うと、必死な表情で彼に反対した。

 

「いやよ! こいつはこれでも私の大切な使い魔なのよ! ワルド、あなたは私なんかと違って、立派なメイジだわ。私のことは放っておいて、あなたが先に船に乗っていてちょうだい。私たちは…… 間に合わなかったら、置いて行ってしまって構わないわ」

 

そう言うとルイズは、懐に大事そうにしまっていた手紙を取り出した。

 

「手紙はここにあるわ。それから指輪も…… 受け取ってちょうだい」

 

「……だ……ダメです、ルイズ……様……!」

 

「無理して喋らないで!」

 

 ワルドは、ルイズの手の内にある手紙をしばらくじっと見つめていたが、やがて首を振ってこう言った。

 

「使い魔の言う通りだ。そういう訳にはいかない。いくら相手が、滅亡寸前の王家であろうと、会いに行くのが誰でも良いという訳ではないのだよ」

 

「私なんてただの学生じゃない! それならあなたが……!」

 

「それは違う。しがない子爵でしかない僕とは違って、君は公爵家令嬢だ。王家の血を引く君を、アルビオン政府も無碍には扱うまい」

 

「でも、あなたは魔法衛士隊の隊長でしょ!?」

 

しかしワルドは、ルイズの言葉に自嘲の笑みを浮かべた。

 

「いかにもその通りだ。僕は普通のメイジとは違う特別な地位にいる。トリステイン王家から、特別な信を置かれる立場にあるし、庶民や若いメイジたちからも人気だ。だが、そんなものは国内の有力な貴族相手には通用しないし、まして他の王家から相手にされることもない。僕は所詮、ただ一人の護衛に過ぎないのだよ。アルビオンに一人赴いたところで、王子にお目通り叶うかは怪しいものだ」

 

そう言うとワルドは、悔しそうに続きの言葉を吐いた。

 

「ただの伝令ならばそれでも良いかもしれないが、その手紙は王子に直接届けるべきものなのだろう?」

 

ルイズはそれを聞かれて悩むそぶりを見せたが、結局、彼女は静かに首を振って応えた。

 

「……例えそうでも、いざとなったら仕方がないわ。大丈夫よ、王党派にはもう、最後まで王家に忠誠を誓った人しか残されていないでしょう? 例えウェールズ殿下に直接取り次ぎが出来なくても、きっと悪いようにはならないわ。だって、損得を顧みず王家に尽くしている人たちが、あえてトリステインに仇なすようなことをするとは思えないもの」

 

 彼女はそう言うと、魔王の傷付いていない方の肩に手を回し、彼を立ち上がらせようと力を込めた。

 

「君も頑固だな。ええい、分かったよ。僕が悪かった。彼も連れて行けばいいんだろう? 僕が彼を運ぶから、君は走るのに集中してくれ」

 

 そう言うとワルドは、ルイズが必死に支えようとしていた魔王の体をひょいと片腕で抱え込むと、杖を持ったもう片方の腕を前に突き出した姿勢で、船着き場に向け走り出した。

 

「ありがとう、ワルド」

 

 ルイズは、そう一言言ってから、ワルドに置いて行かれぬよう、必死で彼の後ろ姿を追いかけた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「船長はいるか! 急用だ!」

 

 ワルドは、船にずかずかと乗り込み、大声を上げた。甲板に寝ていた船員たちが、驚き慌てて起きる中、ルイズは気まずそうにタラップを渡り、ワルドのいる甲板へ、ちょこんと降り立った。

 

「な、何でえ一体? どこの誰だ!」

 

「船長を呼べ。今すぐにだ」

 

ワルドはそう言うと、見せつけるように杖剣を持った手を掲げた。

 

「貴族!」

 

 船員は、ガタガタと床を踏み鳴らし、勢いよく甲板を走り抜けて、船室へと姿を消した。そうしてしばらくすると、船員は白髪交じりの眠そうにした男を引き連れて、甲板に戻ってきた。男は大きな三角帽をかぶっており、船に乗る機会に乏しいルイズにも、一目で彼が船長だと分かった。

 

「ようこそ、我がマリー・ガラント号へ。貴族様方、こんな時間に何用ですかな? まさかとは思いますが、今から出港しろとは言わんでしょうな? たまにおられるのですが、その手のご相談にはお応え致しかねますぞ。当船にも都合というものがありまして、いくらご要望があろうと、こんな時間に船は出せぬのです」

 

船長は、迷惑な客が来たとばかりに、いぶかし気な目でワルドを見ていた。

 

「勘違いするな。何も酔った勢いやわがままで船を出せと言っている訳ではない。これは勅命だ。僕は魔法衛士隊隊長のワルド子爵で、こちらの大使殿と共に今すぐアルビオンへ発たねばならぬ」

 

「勅命ですと! なんとまあ、これは大変失礼をば……」

 

船長は目を見開くと、帽子を取って恭しくワルドに礼をとった。

 

「しかし、やはりご希望にお応えすることは難しいですぞ。せめてあと6時間は経ってからでないと、この船がスカボローの港に辿り着くまでに、風石切れで沈んでしまいます」

 

「風石の足りぬ分は僕が補おう。僕は風のスクウェアだ。その程度は何とかして見せよう」

 

 船員たちは驚いたように声を上げた。メイジの相手をするのは彼らにとって珍しくもないが、スクウェアメイジとなると話が違う。凡百の貴族が乗り込んだところで、船にトラブルが起きれば、彼らは成すすべなく右往左往するだけだ。しかし風のスクウェアメイジともなると、時に沈みそうになった船を立て直すことさえ出来るため、偉ぶった貴族を嫌う船乗りたちも、彼らへは一目置いているのだった。船長は、念を押すようにワルドへ問い掛けた。

 

「時に、体調や精神力の方は万全なのでしょうな?」

 

「無論だ。沈没させるような真似はさせん」

 

「それならば結構で。しかし、無茶を通しての出港です。料金は弾んで貰いますぞ」

 

そう言うと船長は、唐突に甲板に置かれた積み荷を指差した。

 

「ご参考までに、当船の積荷は硫黄でございます。アルビオンでは今、これが黄金並みの値で売れるので、この船には詰めるだけ積んでおるのです。それに最近は空賊も出ることですから、値上がりし……」

 

「皆まで言うな。その運賃と同額を出せば良いだろう」

 

 ワルドが、金貨で詰まった袋を取り出してみせると、船長は、商売人らしいずる賢そうな笑みを浮かべた。

 

「お前ら聞いたな? 今から出港だ。もやい放て! 帆あげ!」

 

 船長は、その体格からは予想も出来ぬほどの大声を上げ、船員に指示を伝えた。船員たちが、手慣れた様子で素早く動き回る。やがて船は一度、がくんと沈むように動いた後、ゆっくりと浮かび上がり始めた。船がぐんぐんと上昇するのに合わせて、ルイズは自身の体が下に引っ張られるのを感じた。

 

しばらくして、ようやく船員たちの動きが落ち着いてきたのを見計らい、ルイズは近くの船員を捕まえ、薬を貰えるように頼んだ。ワルドは、口笛と共に使い魔のグリフォンを甲板へ呼び寄せ、船員たちを驚かせていたが、ルイズはそれに意識を割くこともなく、そわそわとしていた。そして船員から薬を受け取ると、大急ぎで魔王に駆け寄った。

 

「さあ水の秘薬よ。これで少しは傷を抑えられるはずだわ」

 

しかし、そう言われた魔王は、呻きながらも体を起こし、首を横に振った。

 

「その薬って、たぶん、聖なるチカラが宿ってますよね?」

 

「え? まあ、精霊の涙が使われてるから、そうだと思うけど…… それが何よ?」

 

「セッカクですが、それではダメです。魔王ともあろうもの、フツーの回復薬では、 ……逆に、ダメージを負ってしまうのです」

 

ルイズは、大きく天を仰いだ。

 

「ああ、そんなことも言っていたわね。まったく、なんて厄介な体質なのよ! それじゃあ、どうすればいいの?」

 

「そうですね…… コマンド漢方…… は土が無いので無理にしても、せめてコケとか混じってそうな、生薬系のクスリなら、きっとダイジョーブです……」

 

「分かったわ! 無いかどうか聞いてみるわ」

 

 ルイズはそう言って、その場を後にした。入れ替わるように、今度はワルドが魔王のそばに座り込む。

 

「僕は耳が良くてね。今の話を聞いたが本当か? 水の秘薬が使えないとは?」

 

「…………」

 

 魔王は答える元気も無さそうにしつつ、眼だけ動かして、ワルドを恨めしそうに見つめた。しかしワルドは気にした様子もなく、あっけらかんとした様子で言葉を続けた。

 

「いや、言わずとも分かるさ。僕とて、気持ちが分からぬでもない。しかし君も、まったく子供っぽいところがあるものだな。まあ、薄々分かっていたことだが……」

 

「……?」

 

魔王は、ワルドが何を言いたいのか分からず、困惑げに眉を潜めた。

 

「つまり、僕が言いたいのは、君はウソを付かなくていいということだよ。水の秘薬が効かないなんて、そんなことフツーの生き物ならあるはずがない」

 

そこまで聞いて、魔王は嫌な予感がし始めた。

 

「一体、……どういうつもりですか?」

 

「それはこっちのセリフさ。折角ルイズが心配して持ってきてくれた薬を無下に扱うものではないなあ。確かに水の秘薬は、傷によく染みる。子供は例外なくアレを嫌がるものだよ。しかし君は大人で、それに傷も深い。好き嫌いしている場合ではないということさ」

 

「いいえ、ウソなんかでは……!」

 

 その時、魔王は気が付いてしまった。ワルドの顔には、無邪気な子供が平然とアリを踏み潰して楽しむような、そんな残酷な笑みが浮かんでいた。

 

「いやいや、君は普段から冗談が過ぎるからな。こういう場面で騙されたりはしないとも。そして安心するがいい。そんなにこのクスリが嫌なら、早く治るように僕が手伝ってやろう」

 

「あ、あなた、分かってやってるんじゃあ!」

 

「うん? 何のことか分からんなあ?」

 

 魔王は逃げ出そうとしたが、傷を負い疲れ果てた状態では、身体を少しずらす程度が限界だった。ワルドは、秘薬の入った瓶を開けると、微笑みながら魔王に語り掛けた。

 

「君も運がいい。乗船料を払うついでだ。秘薬の代金は、僕が経費で賄っておこうじゃあないか。さあ、その傷ついた左腕に、たっぷりとこいつを染み込ませようか」

 

 そう言うとワルドは手にした瓶を傾け、とぷとぷと音を立てながら水の秘薬を魔王の傷へと垂らしていった。

 

「ヒギャーーーーー!!!」

 

「うん? キズが悪化したような? ……まさかな。気のせいだろう。もっとたくさんの秘薬を使ってやらねばな!」

 

「!!!!    !」

 

魔王は再び身悶えると、今度は白目を向いて失神してしまった。

 

「……なんだ。つまらん」

 

丁度、そのときルイズが戻ってきた。

 

「別の薬を貰ってきたわ! ……魔王!」

 

ワルドは、さり気無く手にした瓶を袖元に隠すと、悪びれることなくルイズに言った。

 

「彼も、どうやら限界だったようだ。君が離れてすぐに気を失ってしまった。無理もない。これだけの傷を負っていたのだから、仕方のないことさ」

 

 ワルドは、ルイズが慌てて新たな薬を使って看病し始めたのを尻目に、そっとその場を離れていった。船は、もうすでに世界樹の木を見下ろす高さにまで上昇していた。

 

「何はともあれ、概ね予定通りだな」

 

 ワルドはそう独り言を呟くと、身を翻し、船室に姿を消した。

ハルケギニアの、一つに重なった月が照らし出す空にただ一隻、船は止まることなく上へ上へと昇っていった。




解説 スヴェルの夜:ハルケギニアには二つの月がある。それらの月が一つに重なる夜をスヴェルの夜といい、その夜更けに、浮遊大陸はトリステインへ最接近する。ラ・ロシェールの船舶が、アルビオンに向け出港するチャンスである。

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     二         //  ̄ \  ふかく です      = 二
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