使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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使くせになまいきだ。
しどけなく更新


STAGE 27 やがてマモノに変わるもの

 日が沈み、空高くに上った月が街道を淡く照らすようになってなお、ルイズ達一行は街を目指しての騎行を続けていた。彼女らの行く道は、目的地のラ・ロシェールに近づくほどに、険しく曲りくねったものとなっていったため、ワルドはグリフォンの足を地に降ろし、馬に乗るギーシュらを先導しなければならかった。ようやく道の先にある山間から街の光が見えた時、一行の口からはため息が漏れ出た。

 

「もうまもなくだな」

 

 ワルドの呟きに、ルイズやギーシュはほっと胸をなでおろした。丸一日をかけた旅路が、これでようやく終わる。彼女らはそう思い、安堵したのだった。だが魔王だけは、その一言を全く異なる風に理解した。

 

「ええ、もうまもなくです。あと15秒ほどで勇者どもが現れるでしょう」

 

「は? いきなり何だね。誰が現れるって?」

 

呆気にとられた様子のギーシュに、魔王はもっともらしく答えた。

 

「勇者です。皆さんお待ちかねの勇者が現れるのです。それも、たくさん!」

 

「なんだね、勇者とは? おとぎ話じゃあるまいに……」

 

ワルドが煙たそうな顔で魔王に問い掛ける一方、ルイズの顔色はさーっと青くなっていった。

 

「待ちなさい! あんたの言う勇者って……!」

 

「あ、もう来たようです」

 

魔王が全てを言い終えぬ内に、突如、近くの崖の上から明るく燃え盛る松明が投げ込まれた。

 

「うわっ、何だ! 誰かいるのかね!?」

 

 いきなりのことに暴れ出した馬から、早々にギーシュは振り落とされた。次の瞬間、つい先程まで彼が座っていたその場所を、何本もの矢が通り抜けていった。それを見て、ワルドが叫んだ。

 

「敵襲だ!」

 

思わず身が竦んだギーシュに、ワルドから厳しい声が飛んだ。

 

「ぼさっとするな! 早く身を隠せ!」

 

 ギーシュは慌てて馬影に隠れると、杖を振るった。すると地面が盛り上がっていき、彼と馬を守るように、大きな土壁が築かれた。矢はぷすぷすと土壁に刺さっていくが、壁を通り抜ける様子はない。そうしてギーシュは、ようやく止めていた息を吐くことができた。

 崖上から、粗野な罵声が投げ掛けられる。

 

「てめえら、金も馬も何もかも、全部ここに置いていけ。さもないと、てめえらの命はねえぜ!」

 

どうやら、一行は野盗にでも襲われたらしい。ギーシュは思わず顔を歪め、一人文句を吐き捨てた。

 

「何が勇者だ。あんな勇者があってたまるものかね!」

 

 一方ワルドは、ギーシュと違って隠れるような真似はせず、迫りくる矢を危なげなく風の魔法でいなし、悉く地面へと叩き落としていた。逃げも隠れせず、まるで何事でもないかのように堂々と振る舞う様は、優雅ですらある。彼は、自らも得意げになって語った。

 

「安心してくれルイズ。スクウェアたる僕の前では、彼らは何もできはしない。賊どもを追い払うなんて、僕にとってはアリを踏み潰すぐらいに簡単なことなのさ。……ルイズ?」

 

 返事がないことを不審に思ったワルドが後ろを振り向くと、そこに座っているはずのルイズの姿はなかった。まさか気付かぬ内に矢で射られたのかと、彼が青ざめて騎乗するグリフォンの足元に目を向けても、彼女の倒れた姿が見つかることは無かった。ただその代わり、地面には先を見通せない、暗い穴がぽっかりと口を開けていた。ワルドはしばし唖然とするも、姿を消したのがルイズだけでなく、その使い魔も一緒であることに気付くと、状況を察して大きく舌打ちした。

 

「これが噂の、フーケを捕まえたという力か。しかし、これではルイズに私の活躍を見せられぬではないか」

 

 ワルドは、何も見えない穴の中を苦々しく睨み付けつつ、どうしたものかと考えあぐねることになった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ところ変わって土の中、まだダンジョンと呼ぶのもおこがましい程にしか掘られていない穴の中に、ルイズと魔王は身をひそめていた。その場所は、咄嗟に掘られたものゆえに、まだ戦力になり得るマモノは一匹たりともいなかったが、賊たちが放つ矢を避けるには十分過ぎるほど深い穴であった。

 自らの手で危機を凌いだルイズではあったが、しかししばらくすると、彼女は地上の仲間と離れ離れになったことを不安に思い始めた。

 

「私だけ隠れても良かったのかしら?」

 

「イイんです。ルイズ様はこの任務において最もダイジなニンゲン。ですから、矢面に立つのはオトコどもに任せておけばよいのです」

 

「あんたもオトコよね?」

 

「何を言いますか。私はこの世界の支配者となるべき魔王なのですぞ? ルイズ様に負けず劣らず、ダイジにされるべきに決まっています」

 

「なおさら矢面に立った方が良かったんじゃないかしら」

 

 著しき自己愛を見せる魔王へ白い目を向けるルイズだったが、彼女自身、自分の咄嗟の行為が間違っていたのではないかということに気を揉んでいた。

 最近の生活があまりにもツルハシに染まり過ぎていたために、矢を射られた時は、何の疑いもなく地上へと隠れたが…… 本来の自分は、敵に背を向けないことを矜持とし、もっと立派に振る舞えていたのではないか? 例え、ワルドのように杖一本で全てをこなすようにはいかないとしても、少なくとも自分だけ逃げ隠れるなどという卑怯な真似はしなかったのではないか?

 そのように、魔王の忌まわしき性質が自身を堕落に導いている可能性へと思い至ったルイズは、居ても立っても居られなくなって、穴から這い出ようとした。

 

「やっぱり私、地上で戦うわ。いくら魔法が下手だからって、何も撃てないわけじゃないのよ」

 

 だが、そうやって意気込んだルイズに、魔王は冷や水を浴びせる様なことを口走るのだった。

 

「別にこのままほっといてもいいんじゃないでしょうか」

 

「何ですって!」

 

いきり立つルイズを、魔王は静かに宥めた。

 

「まあ、そう熱くならないでください。賊の行動をよく見てください。あいつら、さっきから矢ばっかり撃ってきています。つまりあの連中の中にはメイジなんていないのです」

 

「だからどうしたっていうのよ」

 

「今、地上で戦ってる彼は魔法衛士隊の隊長なのでしょう? ギーシュ殿はともかく、彼はスクウェア。ほっといても全員倒してくれるはずです。それに上の彼らが倒れない限り、連中がこの穴に近づくことだってありません。ワレワレは、ただキラクに彼の活躍を眺めておればよいのです」

 

だがルイズは、魔王のこの話を聞いて、目に見えて不機嫌になった。

 

「そんなわけにはいかないわよ。ギーシュはともかく、ワルドを一人矢面に立たせたままではおけないもの。確かにワルドは一人だけでも十分強いでしょうけど、それに甘えて何もしないだなんて、貴族のあるべき姿じゃないわ」

 

「はあ、そういうものなのですか。しかしこのまま穴から這い出ても、降り注ぐ矢に全身を突き刺さされるだけで、足手まといは必至です」

 

「うっ! それは、そうだけど…… じゃあ、どうすればいいのよ」

 

『だから放っておけば……』という魔王の言葉は、ルイズの一にらみで尻つぼみになった。

 

「マッタク、ルイズ様もメンドウごとがお好きですねえ。ならば、こういうのはどうでしょう? まず先にダンジョンを掘っておき、マモノをそろえておくのです。その後で、賊どもの後方まで穴を掘り進め、そこから連中をダンジョンにおびき寄せるのです」

 

「悪くないじゃない。それでいくわよ。これでワルドにも、私がもうゼロじゃないってところを見せられるわ」

 

その一言に、魔王はぴくりと耳を動かした。

 

「もしかして、ルイズ様はあの子爵にイイトコロを見せたいのですか?」

 

「何よ、悪い? ワルドは素敵な方で、幼い頃は本当に親切にして貰ったものよ。私が魔法で悩んでいるときに、何度も慰めて下さったんだもの。今の私を見せるのが、あの人への礼儀というものだわ」

 

魔王はそれを聞いて少し考え込むと、意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「そういうことなら大歓迎です。是非とも賊をコテンパテンにしてやりましょう!」

 

「何よ、急にやる気になるなんて。何か裏があるんじゃないでしょうね?」

 

「トンデモありません! これもひとえに、ルイズ様にお力添えしたければこそです。ルイズ様が頑張ることで、逆にあの子爵がイイトコ見せられなくなって涙目だなんてことは考えていませんとも!」

 

ルイズは、そんなことを口走った魔王を鼻で笑った。

 

「ふん。あんたと違って、ワルドはそんな浅ましい考えをするような方じゃないわよ」

 

「まあ、ルイズ様がいいなら、それでいいのですがね。それでルイズ様、どんなダンジョンを作るか、ビジョンはおありですか?」

 

「いいえ、それはこれから考えるわ。でも出来るだけ早く戦力を整えて戦わないと、私がただ地下に逃げただけになっちゃうわ」

 

「ふむ、つまり時間を掛けて強いマモノを作るより、あまり手間がかからないマモノを

 数そろえていくおつもりでしょうか?」

 

「でもムシじゃあ、さすがにあいつらを倒せないと思うわ。やっぱりトカゲ男ぐらいは強くないと駄目よ」

 

魔王は、それに頷いた。

 

「確かに相手は賊ですからね。荒事に慣れた相手に、半端な物理攻撃では分が悪いかもしれません。では、こういうのはどうでしょう? 向こうにメイジはいないようですから、魔法攻撃なら相手にケッコウな打撃を与えられるハズです。有り難いことに、この土地には元から魔分が散らばっておるようです。これを使わない手はありません」

 

それを聞き、ルイズは険しい顔をした。

 

「まじんなんて作ってる悠長な時間はないわよ」

 

「いえいえ、そこまで魔分をかき集めずとも、十分強力なマモノは作れます。ルイズ様は出来るだけ早くに賊をどうにかしたいのですよね? ならば今ワレワレに必要なものは、重たい攻撃に耐えられる防御力よりも、相手をソッコーで倒し切る攻撃力です」

 

「まあそうでしょうけど、ちょうど良いマモノがいるのかしら?」

 

「フフフ、まさにこの状況にピッタリなマモノがおります。『彼女たち』にやつらの相手をして

貰いましょう。丁度、夜も更けてイイ時間帯ですしね。今こそ、スナック・リリスを開店するのです!」

 

「……へ?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「矢を絶やすんじゃねえ! やつらに隙を与えるな!」

 

「「「へいっ!」」」

 

 荒くれ者どもの間に怒号が飛び交う。相手には矢を風の魔法で弾くメイジもいるというのに、彼らに怯んだ様子はない。彼らとて、メイジの強さと恐ろしさを知らぬ訳ではないが、いざ戦いとなれば、攻めに攻めて攻め抜いて、最後には相手を倒す。つい先日までアルビオンの戦場を駆け抜けていた彼ら傭兵――もっとも戦場を離れた今は、賊に過ぎないが――にとって、それこそが日常であるのだった。

 敗色濃厚な王党派の傘下から引き揚げた彼ら傭兵たちは、とあるラ・ロシェールの酒場にて、謎の男に大金を積まれたために、ここへと来た。日時と場所の指定を受け、とある一行を襲うという、大いに裏を感じさせる仕事ではあった。しかし傭兵というものは大概にして、金さえ貰えれば誰であれ、何であれ引き受けるという、そういう類の人間の集まりでもある。そしてそもそも、戦が終わった後の彼らは、そっくりそのまま野盗に鞍替えして暮らすつもりでもあったため、彼らにはその依頼を断る理由が無いのだった。アルビオンでの稼ぎも終わった今、珍しくまとまった報酬を得ることの出来るこの依頼は、彼ら傭兵にとってご褒美のようなものですらあった。

 

「あいつらを見ろ! まともに戦える奴はあのヒゲ男しかいねぇ。あいつが魔法を使い果たすまで、撃って撃って撃ちまくれ!」

 

「「「へい!!」」」

 

荒くれ者どもが一斉に返事を返す中、ただ一人、別の声を上げるものがいた。

 

「お頭ぁ!」

 

「何だぁ!」

 

「後ろに妙なのがいますぜ!」

 

「何ぃ?」

 

 お頭と呼ばれた男が振り返ると、そこには崖の下にちらりと見えたはずの、ピンク頭のガキが地面から顔を出していた。一瞬呆気にとられた彼だったが、土メイジなら地中を通ってこんな芸当も出来るのだろうかと、すぐに冷静さを取り戻した。

 

「何だこのチビ女、命ごいでもしにきたか? 自分から捕まりにくるたぁ殊勝な心掛けだが、どうせなら、お仲間も誘ってくれると嬉しかったんだが、なぁ?」

 

傭兵たちはそれを聞いて、ゲラゲラと下品な笑い声を上げた。

 

「こら! 手を緩めるんじゃねぇ!!」

 

「「「へへぇ!!」」」

 

 お頭の一声で、彼らは一層盛んに、崖下に向けて矢を放った。そんな中、露骨に侮られ、いないも同然の扱いを受けた桃色の髪の乙女は、プライドを大いに傷付けられたためか、声を震わせながら返事を返した。

 

「だだだ誰がチビ女ですって? それどころか、この私が事もあろうに”命乞い”ですって? 馬鹿を言わないでちょうだい! 下劣な卑怯者どもの癖に! 隠れていきなり弓を引いてくるだなんて、恥を知りなさい!」

 

 傭兵たちは、それを聞いて一様に苦笑を漏らした。メイジ相手に奇襲を掛けるのは当然のことであり、それでやられるようなメイジこそが間抜けであるというのが、戦場に生きる彼らの価値感であったからだ。

 

「へっ、気に食わねえ! こんなションベン臭えガキが、いっちょ前に貴族を気取ってやがる。おいお前! 殺されたくなきゃ、とっと出てきな!」

 

だが、罵倒を受けた少女は、赤くした顔をより一層赤くして、声をわななかせつつ怒鳴り返した。

 

「本っ当に、あんたたちは下品で野蛮なやつらね。それに私をどうにか出来るとでも思ってるのかしら? あんたたちの貧相な頭では、この穴が何だか理解出来ないみたいね!」

 

 

 妙な物言いに、傭兵どもは首を傾げた。どうやら少女は、何か考えがあってここまで来たらしい。ガキとはいえメイジが相手と思い、身構えた傭兵たちへと、少女は偉そうに告げた。

 

「あんたたち、感謝しなさい。ここにあんたたちがしっかりと休める穴を掘ってやったわ。それも今後一生、目覚める必要すら無く寝て過ごせる穴よ」

 

傭兵たちが意味を理解し、顔を歪めたのと、ルイズが叫んだのは同時だった。

 

「着いてらっしゃい!」

 

「撃て!」

 

 お頭の一言で急ぎ矢が放たれたが、少女は一足早く穴の中へ隠れており、矢は地面に突き刺さるだけであった。

 

「ちっ、逃げやがったか。おい野郎ども、追うぞ!」

 

傭兵たちは顔を見合わせた。一人が矢を放ちながら声を掛けた。

 

「そりゃあいいですが、しかし崖下の奴はどうしやすか?」

 

「知るか! あのガキを捕まえりゃ、あのヒゲ男だって、俺たちに手出しは出来ねえだろう。第一、あんな貴族のクソガキに舐められたんじゃ、腹の虫が治まらねえ。いいからあのチビを狩るぞ!」

 

「「「へい、頭!」」」

 

 そう言うと、荒くれものの傭兵たちは、次々に穴へと駆け込んでいった。

 

 

STAGE 26-1 リリス・イン・ワンダーランド

 

 傭兵たちは暗く狭い道の通った地下を、松明の明かりを頼りに、ぐんぐんと進んでいく。時折、傭兵たちの前に緑色の軟体生物が飛び出してくることもあったが、特に彼らの動揺を誘うでもなく、踏み潰されて終わった。普段、戦場を転々する彼らにとって、野生の魔物なぞ珍しくもないのだった。

 少女の姿は、相変わらず見えない。そのことに、彼らが少しの苛立ちを感じ始めた頃、地下に響いた微かな声を、彼らの耳はしかと捉えた。

 

「こっちの道からだ。あのチビを追い詰めるぞ」

 

 傭兵たちは、声のした方に向かって、ぞろぞろと押し掛けていった。

 

 

ウッフフフッ♪」

 

「いたぞ! あのチビおんな……じゃねえな。何だ、あいつは?」

 

 声の正体を見つけた傭兵の一人が訝しむように声を上げた。彼の視線の先にいたのは、先ほどの生意気を吐いていたちんちくりんの少女とは異なり、ピンク色のワンピースを着た、金髪の可愛らしい少女であった。彼女はフライの魔法を使っているらしく、傭兵たちが遠目に睨み付ける中、ふよふよと宙に浮かんでいる。

 

「他にもメイジのガキがいやがったか!」

 

「待て、様子がおかしいぜ」

 

 少女は、襲撃を受けている最中とは思えぬ落ち着きぶりで、マイペースに辺りを飛び回っていた。行方を定めず、あっちにふらふら、こっちにふらふらと漂う様は、ただただ気まぐれに行き来することを楽しんでいるようにも見える。その内、少女はようやく物々しい気配を察したのか、不思議そうに首を傾げ、一声鳴いた。

 

「ピュイ?」

 

少女の上げた、あまりに人間らしからぬ甲高い声に、傭兵たちは顔を見合わせた。

 

「ありゃあ亜人じゃねえか?」

 

「よく見りゃあ、頭に羽みたいなのが生えてやがる。間違いねえ」

 

「妖精みてえだが、あのチビの使い魔か?」

 

「まあいい。まずは頭に報告だ」

 

 話を聞きつけた頭は、その亜人の整った顔立ちを一目見るなり、ヒュウと口笛を鳴らした。

 

「間違いねえ、こいつは良い金になるぜ。下手したら、あの仮面の旦那から貰ったよりも儲かるかもしれねえ」

 

品定めを終えた頭は早速、皆に命じた。

 

「野郎ども、そのノロマそうな奴を捕まえろ。出来るだけ傷は付けるなよ。高く売れなくなっちまうからな」

 

 指示に従い、傭兵たちがおっかなびっくりその少女に忍び寄っていくと、ついに彼女も傭兵たちに気が付き、彼らに顔を向けた。

 

「ンフ?」

 

 首を傾げた彼女の顔は、穢れを知らぬ無垢な少女そのものであった。少なくとも、その時だけは彼らにとって、本当にそう思えたのだ。

 

「こいつ本当に使い魔か? 警戒心のカケラもねえ」

 

「先住魔法を使うそぶりもねえしな。こりゃ楽に捕まえられるってもんよ」

 

 下卑た笑みを浮かべながら傭兵が更に近づくも、彼女は全く逃げるそぶりを見せず、微笑みを浮かべていた。それどころか彼女は、彼らの目の前でくるりと一回転、バレリーナのように踊って見せた。

 

「ピピルピー♪」

 

「うっへっへ、こりゃあいい目の保養になりそ、」

 

 傭兵たちは、そこで思わず口を噤んだ。可愛らしい妖精がくるりと回り終えた時、彼女の手にした杖は、彼らへと真っすぐに向けられており、あろうことか、そこからは既に魔法が放たれていた。紫色のマガマガしい光を帯びた魔弾が、すぐさま傭兵たちの眼前に差し迫る。

 

「うわぁあああああっプゲ――ッ」

 

「逃げろ――!!」

 

「ピュイッ! ピュイッ! ピュイッ!」

 

 完全に油断しきっていた傭兵たちは、思わぬ反撃を受け、慌てて逃げ出した。しかし妖精の様な少女は、その無垢な笑みに似合わぬ強力な魔法の弾を、その場でくるくると回りながら何発も何発も間断なく放ち続け、傭兵たちをなぎ倒していった。地に伏せて頭上を飛び行く魔弾を避けた頭は、同じく地面に伏した仲間たちに怒鳴り立てた。

 

「おい、起き上がれ愚図ども! まだくたばるほどやられちゃいねえだろう!よく聞け、ここのまま後ろに逃げても背中から撃たれるだけだ。それに前に進まにゃ、元々追ってたあのチビも逃がしちまって、踏んだり蹴ったりよ。そうなるぐらいなら、弾に当たってでも前に出て、アレを取っちめた方が早い」

 

 だが、当初の意気を挫かれた彼らの中から、びゅんびゅんと飛び交う魔弾にあえて身を晒して進もうという者は、すぐには現れなかった。地面を這ってのそのそと動く仲間を見かねて、再び頭は怒鳴った。

 

「何、呑気やってる。ビビッてやがんのか、え? いいか、手前らが多少死のうが、それがどうした? 運よく生き残りゃ、死んだ奴の数だけ取り分だって増えるんだ。ここでやる気出さねえでどうする? ここで立たねえ奴は、俺が代わりにぶっ殺してやるぞ! いいから進め、今だ!!」

 

 お頭の号令と共に、傭兵たちは一斉に起き上がり、前へ前へと駆け出した。魔弾を浴びて気を失った仲間を、後ろに続く傭兵たちは容赦なく盾として使い、邪魔になれば脇に押しのけ、進んでいった。そうして妖精の元へと辿り着いた傭兵の一人は、走る勢いのままに、彼女の胸へとナイフを突き立てた。

 

「ピューイーッ!」

 

 妖精は、悲痛な声を上げながら煙のように消え去った。後には何も残らず、まるで全てが幻であるかのようだった。

 

「なんだったんだこいつぁ?」

 

「ふん、呆気ねえ! さあ、こいつのことは忘れて、さっさとピンク頭を追いやがれ!」

 

 傭兵たちは、再び穴の中を駆けだした。遅れを取り戻すため、彼らは慣れぬ地下道を急ぎ進み行く。そしてすぐにまた、思わぬものと遭遇することとなった。

 

「頭ぁ、大変でぇ!」

 

「何だ?」

 

 頭は返事を聞く前に全てを理解することとなった。彼が見ている中、声を上げた傭兵の一人が紫光煌めく魔弾の直撃を受け、体をくの字に折って地面に倒れ伏せたからだ。魔弾が向かってきた先には、先ほど倒したはずの妖精のような少女が、キャッキャと甲高い声で笑っていた。

 

「二匹目がいたってのか!?」

 

「馬鹿な! 使い魔は一人一匹だろ!?」

 

「待て、3匹目も出てきたぞ!」

 

 だが、実際にはそれどころではなかった。しばらくすると、曲がり角という曲がり角から、ふよふよと何匹もの妖精が飛び出て来た。彼女らは傭兵に気付くや否や、キャッキャ、キャッキャと笑いながら、魔弾を叩き込みにかかった。またおぞましいことに、現れる妖精という妖精が、皆全く同じ顔付き、同じ表情を浮かべており、そのことがより一層、傭兵たちの恐怖を煽った。情け容赦なく叩き込まれる魔弾の数々に、傭兵たちは一人また一人とノックダウンされていく。彼らには、明確に全滅の危機が迫りつつあった。

 

「は、はははは。こんな時どんな顔すればいいんだろうな」

 

「笑ってんじゃねえぞ新入り! おめえは死ぬ! 誰も守ってくれやしねえからな! 死にたくなきゃ、てめえ自身で死ぬ気で戦いやがれ! 野郎ども、掛かれ!」

 

 その一声を皮切りに、地に伏せていた傭兵たちは、決死の突撃を開始した。妖精(リリス)たちは、ナイフの一突きで倒れるほどに脆かったが、反対に傭兵たちは、その彼女らへと近づくまでに何発もの魔弾を叩き込まれ、身悶えることとなった。一方で傭兵の頭は、そんな手下を上手く盾にしながら妖精たちに近付き、戦場で培った剣技でもって、彼女らを次々と切り払った。敵の数が減るのに合わせ、地面に膝を付いていた傭兵たちも負けじと立ち上がり、妖精(リリス)に向かって突っ込んで行く。

 

「遅えぞ、馬鹿やろう。このまま一気に押し潰してやれ」

 

 盛り返した傭兵たちに、頭は相変わらずの罵声を浴びせたが、その表情は少しばかり緩んでいた。そうして彼が、次なる獲物を見定めて、相手に近付こうとした時、それは起こった。 

 

 頭は、踏み出した足に違和感を感じ、思わず下を見やった。すると彼の足元には、蜘蛛の巣を幾重にも束ねたかのような、べとべとする繊維状のものが取り付いているではないか。彼は苛立ち紛れに、それを乱暴に振り払おうとした。その衝撃がいけなかった。途端に、足元からぷんという匂いが立ち上り、頭の鼻孔をくすぐった。彼はそこで、訳も分からず恍惚な気分に襲われ、そしてその過ぎたる刺激に耐えかねた彼は目眩を起こし、その場で足を止めてしまった。目眩のする気分は中々抜けず、お頭がやっと正気を取り戻した時には、何匹もの妖精(リリス)が放った魔弾が、もう避けられないところまで近付いて来ていた。

 

「ピュイッ!」「ピュイッ!♪」「ピュイッ!」

 

「このくそがぁアアアア!! うぉおおおおおお!」

 

 頭の絶叫が、ダンジョン中に響き渡る。小悪魔(リリス)たちは、まるでいたずらに成功した子供のように、無邪気な笑みを浮かべてこの狂騒を楽しみ続けた。

 

 

※リリスに関する機密資料

 

【挿絵表示】

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「なかなか良い感じじゃない!」

 

「フフン、そうでしょう、そうでしょう?」

 

 少し興奮気味に有利な戦況を見守るルイズの傍らで、魔王はいい仕事をしたと言わんばかりに、満足げに汗をぬぐっていた。

 

「やはり彼女たちに頼って正解でしたな。成虫になるまで時間がかかるムシとは違って、魔分から生まれるリリスは生まれた時から完成形なのがイイトコロ。中途採用にピッタリの即戦力となってくれるだけでなく、餌となるエレメントを食べて、すぐさま数を増やしてくれるのです。上手くやりくりすれば、短時間でリリスひしめくダンジョンの出来上がりというワケですな。ありがたいことですよね。一匹が死んでも、代わりがいるんだもの!」

 

「それにやっぱり、魔法を使って遠くから攻撃出来るところが強いわよね」

 

 ルイズは少し羨ましそうな顔をしながら、元気よく杖を振るうリリスを眺めた。

 

「それだけではありません。ルイズ様は見ましたか? 先ほど、偉そうにしていた賊の一人が、立ち往生していた様を!」

 

「そうよ、あれは一体なんなの?」

 

「フェロモンです!」

 

「フェロモン?」

 

「リリスたちは、ムシをペロッと平らげるオマケに、勇者どもをメロメロにして酔わせるフェロモンの罠を作り出すのです。これに引っかかった勇者どもは、一時の夢心地と引き換えに、ダンジョンへと養分や魔分をたんまり落としていってくれるというワケです。おかげでスナックリリスのお・も・て・な・しは大成功のようですな」

 

 ルイズは、スナックという言葉の意味は分からずも、その言葉のいかがわしい響きに顔をしかめた。彼女は、再びリリスたちの戦いの場に目を向け、言った。

 

「それにしても、まさかこんなおとぎ話から飛び出てきたような、かわいい姿のマモノがこんなに活躍するなんて驚いたわ。ただ、体力はあんまりないみたいね。さっきから賊どもに結構倒されてるじゃない」

 

「フム、元々リリスの体力は低いですからね。それに数が増えやすい分、餌となるエレメントも不足しがちで、体が弱くなりやすいのです」

 

「使いどころを間違えると、逆にこっちが大変になるってことね」

 

 ルイズはそれから、リリスの活躍を眺める傍ら、彼女らのエサとなるエレメントを供給すべく、地下に何本もの通路を掘り進めた。しかし、それでも賊との戦いに傷付いたリリスは、だんだんとその数を減らしていく。賊も同時に倒されてはいるものの、ルイズの心には再び不安が首をもたげて来るのだった。

 

「ちゃんと、全員倒しきれるかしら?」

 

「不安なようなら、勇者どものモチベーションを下げてやりましょう。モチベーションが下がると、彼らは動きに精彩を欠き、今まで以上にラクに倒せるようになることでしょう」

 

「そんなことも出来るの?」

 

ルイズの驚きの声に、魔王はこくりと頷いた。

 

「魔界でも特殊な技能を持ったマモノにしか出来ない芸当ですが、確かに出来ますとも。ルイズ様、地下深くを掘るのです。デーもんやまじんを作った時よりもさらに深い地層で、魔法陣を作ってみて下さい」

 

「分かったわ。それにしても魔法陣から出てくるマモノって、みんな不思議な力を持っているのね」

 

「まあ、おおむねそんなカンジのアレですな。魔法陣系のマモノはスゴイと覚えておいておればケッコウです。あ、今から集めるのは養分ではなく、魔分にしておいてください」

 

「魔分で? 少し大変そうね」

 

 そう言いつつルイズは、上手になってきたツルハシさばきでエレメントを操り、早々に魔法陣を作り上げた。

 

「後はこれをツルハシで突くだけよね。今更だけど、変なマモノが出てきたりしないわよね?」

 

「変な、と言われても困りますが、このスナック・リリスのおもてなしを、さらにハイグレードにするにはピッタリなマモノであることだけは確かです」

 

「……。まあ、呼び出せばわかる話よね。えいっ!」

 

 ルイズは心を決めてつるはしを振り下ろした。すると魔法陣からキラキラ鮮やかな光が漏れ出し、そこから赤い髪と青い肌というエキゾチックな色合いをした大女が姿を現した。古代の彫像のごとく、ロクに服もまとわぬ状態で……

 

「なぁっ……!」

 

 ルイズが顔色を失うのも、無理は無かった。新たに召喚されたマモノは、その下半身が地中に埋もれていることを除けば、そのグラマラスな身体を隠すものは何もなかった。それでいて彼女は、己のその姿を誇るがごとく、女王のように堂々とした態度でダンジョンの中を動き回り始めていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 目を丸くして口をあんぐり開けたルイズに、魔王はなけなしの弁解を始めた。

 

「そりゃあちょっと、ファントムレディのわがままボディはシゲキが強すぎるかもしれません。ですがそれこそが、戦闘に向いた勇者どもの意識を掻き乱し、モチベーションを下げるにはもってこいなのです。ああ、ちなみに彼女は腹が減ると、嫉妬深い女の本性ゆえか、リリスを捕食し……ルイズ様?」

 

 魔王は急にルイズから立ち込めた強烈なマガマガしい気配に、すわ何事かと目を向けた。

直後、ルイズはツルハシをズダダダッと振り下ろし、ファントムレディを一瞬の内に塵へと変えてしまった。

 

「ドヒェーッ! な、なにをするのですか!!」

 

 ルイズの大暴挙に、魔王は思わず声を張り上げた。だがルイズからは相変わらずマガマガしい気配が立ち込めている。彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「だって、考えてもみなさいよ」

 

「なにをですか!」

 

「あいつ、赤い髪だったわよね」

 

「はい?」

 

「燃えるように赤い髪だったわよね。しかも長髪。そんでもって、お、おっぱいも大きかったわよね」

 

「まあ、そうですケド…… まさかルイズ様、彼女のスタイルの良さに嫉妬しただなんてことは……」

 

「それって、キュルケよね」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

「ア、ハイ、ルイズ様。今度は養分の方で行きましょう」

 

気を取り直して、ルイズは養分を掻き集め始めた。

 

「たっぷりと養分を集めておいてください。まじんを召還した時には魔分をたくさん使いましたが、今度は養分をたくさん使って魔法陣を描くのです」

 

 地中の養分は魔分よりも多いためか、今度の魔法陣も先ほどと大して変わらない時間で描かれた。ルイズは完成した魔法陣を突いた。先ほどと同じようなグラマラスな美女が現れたが、今度はグレーの髪色をしており、赤い要素は欠片も見当たらなかった。

 

 

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「これがフィアレディです。先ほどの彼女とは違って、今度は勇者どものモチベーションを上げ難くするマモノになります。少し消極的なようですが、これでやつらの士気がひとたび下がれば、再びモチベーションを取り戻すことは難しく……ルイズ様?」

 

 再び、ルイズはマガマガしい気配とともにツルハシを振り上げていた。魔王は慌てて彼女の腕を抑え、ツルハシによる暴挙を止めんと体を張った。

 

「もう、今度は一体何なんですか! ルイズ様のワガママに答えて、赤い髪じゃ無くなったでしょう!?」

 

 ルイズは、暗い表情でぽつりと返事を返した。

 

「だって、おっぱい大きいわよね」

 

「そんな人、いくらでもいるでしょうが!」

 

「ここまでの大きさとなると、中々いないものよ。それにね、何といっても肌の色がイケナイわ。だってそれ、褐色肌よね」

 

「……まさか」

 

「それって、キュルケよね」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 二人の間の沈黙を、『ぎにゃあああ!』という断末魔が切り裂いた。

 

 

「……どうやら、レディの力を借りずとも何とか倒せたようです。地上に戻りましょうか」

 

二人は、言葉少なに地上への道を歩いて行った。

 

 

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 魔王は、ダンジョンの出口からのそっと身を乗り出しつつ、そっと呟いた。

 

 

「全く、ルイズ様のキュルケアレルギーにも困ったものですな、ナァアアアア!?!!」

 

「なに!? なんなのよ!」

 

 突如として吹き荒いだ風が、魔王の体をコロコロと転がした。ルイズは突然のことに目を白黒させている。そんな彼女へと、落ち着き払った声が投げ掛けられた。

 

「あら? てっきり賊が出て来るものかと思ったら、あなただったのね」

 

「まさかこの声って!」

 

ルイズが慌てて穴から外を伺うと、そこには風竜に乗って宙を舞う二人の少女の姿があった。

 

「見たところ、逃げて来たってわけでもなさそうね。それじゃあ、その穴に踏み込んだ賊たちは、みんなあなたが倒したってことかしら?」

 

「キュルケ! タバサ! 何よあんたたち、何でここにいるのよ!」

 

キュルケは、ゆっくりと旋回して降りてきた風竜からすとんと飛び降りると、ルイズに返事した。

 

「だって、何か面白そうなことしてるじゃない? ダンディな魔法衛士隊のおじさまと一緒に、愛の逃避行だなんて、なかなか燃えることしてるじゃない」

 

ルイズは、呆れ返ったように返事を返した。

 

「そんなんじゃないわよ。よく見なさい。ギーシュも一緒よ」

 

「それが不思議だったのよねえ。何であなた、お邪魔虫なんて引っ付けてるのよ。もしかして、他人がいる方が燃えるとか?」

 

「あああああんた、いい加減にしなさい!!」

 

キュルケは、怒りがフットーしそうなルイズからそそくさと逃げると、今度はワルドにすり寄って行った。

 

「は~い、素敵なおじさま。幼い子供を愛でるよりも、情熱的で大人な恋愛はいかが?」

 

だがワルドは、にべもなく彼女を振り払って告げた。

 

「婚約者に悪いのでね。近づかないでくれたまえ」

 

「あら、ルイズ。あなたって彼と婚約してたのね。ざーんねん」

 

 彼女は大して気にした風でもなく、言った。

 

「それでギーシュ。あんた何が好きでこんな針のむしろに付いて来てるのよ。

あんたって、そこまで男女のことがわからないバカだったの?」

 

「失敬な事を言わないでくれたまえ! 元はと言えば、僕たちだけで秘密裏に事を進めるはずの任務に彼が「ギーシュ!!」

 

 ルイズが声を張り上げた。しかし、はっとしてギーシュが口をつぐんだ時にはもう遅かった。

 

「……ふーん。秘密の任務、ねえ。やっぱり面白そうじゃない。付いて来て正解だったわ。ね、タバサ?」

 

「興味ない」

 

 ワルドは、この好ましからざる追跡者に苦笑するしかなかった。

 

「参ったな。本当は我々だけで動きたかったのだが……」

 

「フン! あなたが私達に同行さえしなければ、彼女たちの目を引くことも、

 私がこうして風で吹き飛ばされることもなかったのです!!」

 

 起き上がって文句を垂れる魔王を無視しながら、ワルドはルイズに話し掛けた。

 

「ルイズ、君は随分強くなったようだね。素晴らしい。君はいつか立派なメイジになれると信じていたよ」

 

「本当に? 嬉しいわ、ワルド」

 

 ぱぁっと顔を明るくするルイズを横目に、キュルケは「お子様の恋愛ね」と呟いた。

そんな傍ら、息巻く魔王は、今度はタバサとの睨み合いを始めていた。

 

「……何か?」

 

「うぬぬぬぬ! シラジラしいとはこのことです! あなたでしょうが、私を風で吹き飛ばしたのは!」

 

 襲撃を受けたすぐ後だというのに、緊張感に欠けるその場の雰囲気に、ギーシュは呆れてため息を漏らした。

 

「全く呑気だな。隠れることしか出来なかった僕が言うのも何だが、襲ってきたあいつらは、貴族派の刺客だったかも知れないんだぞ?」

 

「……ギーシュ」

 

「あっ!」

 

 ルイズに白い眼を向けられ、ギーシュは口元を手で押さえた。しかし時すでに遅し、キュルケはその瞳を爛々と好奇心で輝かせていた。

 

「貴族派の刺客ってことは、アルビオンの騒乱にまつわる任務なのね。中々スリルのあることしてるじゃない。私にも参加させなさいよ。フーケを捕まえた仲じゃない」

 

 馴れ馴れしくすり寄ってきたキュルケを見て、ルイズは、はぁーっと深いため息をついた。ワルドはワルドで、頭を抱えている。

 

「まったく、なんという…… しかし、もうここまで知られてはしょうがあるまい。決定的なことさえ隠し通しておれば、それでいいさ」

 

 ワルドは力の抜けた声で言った。厳しくは責められなかったギーシュだが、彼自身は己の失態に酷く落ち込み、しゅんと肩を落としていた。

 

「しかしギーシュ君、君の言っていたことにも一理ある。少し、賊の様子を検めて来よう。手伝ってくれるかね?」

 

「……! はい、喜んで!」

 

 ギーシュは、力んだ様子で返事を返した。

 

「ワルド、私も行くわ」

 

「いや、君はもう十分働いてくれただろう? ここは僕たちに任せ、休んでいてくれたまえ」

 

そう言うと、ワルドとギーシュは二人連れだって、ダンジョンの中へと向かっていった。

 

「倒れた相手には興味ないわね」

 

「練習にもならない」

 

「あんたたちねえ~!」

 

ルイズは、きーっとなって、忌まわしき二人組を睨み付けた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 しばらくして、ダンジョンから出てきたワルドは、ルイズを見るなり黙って首を振った。後ろから付いて来たギーシュはといえば、少し青い顔をしているようでもある。

 

「すまないな。時間を無駄にしてしまったようだ。おそらく彼らは、傭兵崩れの物取りだろうと思うが、正直、分かったことは何もなかった」

 

 それを聞いたキュルケは、不思議そうに口を挟んだ。

 

「あら? 相手は平民なんでしょ? 魔法で脅せば、すぐに口を割るものではなくって?」

 

「いや、まあ、大概はそうなのだが……」

 

 珍しくも口ごもった彼の後を引き継ぎ、ギーシュがそれに答えた。

 

「残念ながらと言うには語弊があるが、賊は一人残らず『倒れて』しまっていてね。話を聞き出すことは出来なかったのだよ」

 

「……ああ、そういうことね。まあ、仕方が無いんじゃない?」

 

「死人に口なし」

 

 ルイズが顔色を少しずつ悪くしていく中、ワルドは再び口を開いた。

 

「僕はてっきり、襲ってきた者たちを捕える機会があるものだと思っていたのだよ。だが、これで彼らの正体は分からなくなった」

 

「そんな! ごめんなさい、ワルド。私そこまで頭が回らなくて…… 必死だったのよ」

 

 ルイズは、自らの誇るべき戦果の落とし穴に気付き、大いにショックを受け、うつむいた。

 

「いや、いいんだ。僕の想定が甘いのが悪かったんだ。そもそも君を危険に晒してしまった。

それこそが一番の問題さ」

 

「いいえ、私が悪いのよ」

 

「そんなことはないさ。ただ…… 次からは、自分一人で危険に突っ込まないようにしてくれたまえ。無事切り抜けられたからいいものの、 君がもし傷ついてしまったらと思うと、僕はつらい」

 

 ルイズはしゅんとし、小さな声で『はい』と答えた。しかし、ここに落ち込むばかりか、逆に怒りの炎を燃え上がらせる者がいた。魔王である。

 

「黙って聞いておれば、ルイズ様の業績にケチをつけるとは……!」

 

 だが当のルイズが落ち込んで、乗り気ではない。

 

「魔王、あんたは静かにしてなさい」

 

「ヌムムムム…… 納得出来ません!」

 

 不満の収まらぬ魔王へと、ワルドは諭すように語り掛けた。

 

「使い魔君、いけないな。君も大人だろう? ルイズの代わりに、君がしっかり判断していかなければいけない時だってあるだろうに、困るよ」

 

 その上から目線の説教じみた言葉に、カッチーンと頭に来た魔王は、怒り交じりの笑みを浮かべ、荒々しく言い返した。

 

「フフフフフフフフフフ……! まったくオロカなことです。考えが足りないとはこのことでしょう。コケ・ムシ、いずくんぞトカゲ・リリスの志を知らんや。矮小なニンゲンには理解できないでしょうが、ルイズ様のお力は、常人の想像のはるか先を行くのです。敵を全滅させたから、話を聞き出せない? 全くもってノープロブレムです!」

 

「いや、君は気にしないかもしれんが……」

 

 魔王の言葉に、ワルドは冷笑的な笑みを浮かべて答えたが、しかし魔王の話はこれで終わりではなかった。

 

「いいでしょう。なら、我々を襲ってきた者の話を聞いてみせようではありませんか。一人どころか、全員起き上がらせてやっても良いのですぞ?」

 

 魔王の言葉が理解できず、皆が首をかしげる中、彼の奇妙な言動に慣れているルイズが一番に疑問を投げかけた。

 

「あんた、何を言ってるのよ。賊たちは、もうみんな倒れてしまったというじゃない。それとも、まだ生き残りのあてでもあるわけ?」

 

 魔王はそこで、やれやれと首を振った。

 

「ルイズ様は、ご自身のお力をまだ理解しきれていないようですな。ルイズ様の手に掛かれば、命を操ることなどワケのないことなのです。賊が死んだから話を聞けない? 気にすることはありません。そのしかばねを蘇らせて、話を聞き出せばよかろうなのです!」

 

一瞬みんな黙り込み、その静けさの間に貯めた音を吐き出すかの如く、大声を上げた。

 

「「「はぁあああああ?」」」

 

「……ほう?」

 

 ルイズらが呆れて叫びを上げる中、ワルドだけは興味深そうに魔王の話へ耳を傾けた。

 

「そんなバカなこと、出来っこないわよ! 私を一体なんだと思ってるの!?

 そんな大それたことを出来るとしたら、きっと始祖ぐらいのものだわ!」

 

「何を言うのです。ルイズ様は、今まで散々土くれに命を吹き込んできたではないですか。死んだ彼らを蘇らせるぐらい、訳のないことでしょう? ルイズ様は、これまで何だかんだ、しかばねの出る戦いをしてこなかったですからね。試してみるには、いい機会というものです」

 

「えっ……? まさか、本当に出来るの?」

 

 あまりに自信あふれる魔王の態度に、ルイズは思わず半信半疑となった。そこへ、更にその背中を押すものが現れた。

 

「僕からも頼むよ、ルイズ。君の力というものを見てみたい」

 

「ワルドまで!」

 

「嘘か真か分からぬが、レコン・キスタの指導者は命を操る術を使い、それを虚無と称しているらしい。ルイズ、もし君にも同じことが出来るというのなら、それはこのハルケギニアにとって、途轍もなく重要なこととなるだろう」

 

 ルイズは魔王の話を到底信じ切れてはいなかったが、婚約者から期待の眼差しを向けられては、無下に断るわけにもいかない。結局、実際に試してみようということになった。ギーシュの助けを借りて、穴の中から賊の頭目と思われるしかばねが運び出される。

 

「ギーシュ殿、そーっと、そーっとですぞ」

 

「分かっている。レビテーションの魔法で失敗することはないから、黙って見ていてくれたまえ」

 

「それを聞いて安心しました。マモノに倒されたニンゲンの体は、魔界の瘴気に触れ、大変崩れやすくなっておりますからね。そこれこそ、しばらく地面に放置していたら、勝手に肉がポロッと剥がれ落ちるぐらい、モロくなって「嫌な話をしないでくれたまえ!」

 

 月明りの元に、賊のしかばねが晒される。リリスの魔弾をこれでもかと食らい、息絶えたしかばねは、肌の見える場所いたるところに大きな青あざが出来ており、見るからに痛々しい。

 

「せっかく、月明かりの届くところまで運んだんだ。一応、所持品を調べておこう」

 

 ワルドがしかばねを検分する最中も、ルイズの心は大いに揺れていた。

 

「嘘よ。信じられないわ。大体、どうやればそんな奇跡じみたことを起こせるのよ?」

 

「カンタンな話です。しかばねをツルハシで一突きすればいいのです」

 

「たったそれだけ? あり得ないわ」

 

「何も驚くようなことではありません。なんせニンゲン、指先一つでダウンすることもあるぐらいなのです。ツルハシ一突きで蘇ってもフシギはありません」

 

「不思議すぎるわよ!」

 

 首を振って否定にかかるルイズであったが、いつまでもそうやって彼女が嘆いているわけにはいかなかった。大して時間を掛けることもなくワルドの検分も終わり、魔王の提案が試される時が来た。それは同時に、ワルドにとっての困惑の時の始まりでもあった。

 

「ルイズ……? なぜ君は、その…… 僕の目がおかしくなければ、ツルハシを握りしめているんだい?」

 

「アハハハハ! 嫌だわ、ワルドったら。どう見てもこれは『杖』じゃない!」

 

「いや、それはどう見ても「さあ見てて、ワルド! 精一杯頑張るわあ!」

 

 ルイズは目を泳がせながら、急くようにしかばねの前へと走り寄った。魔王からのアドバイスの言葉が、彼女へ投げ掛けられる。

 

「さ、ルイズ様。ツルハシでグサッと一突き、ホネに届くまでいっちゃって下さい」

 

「……やっぱりイヤぁ! なんで私が、こんなおぞましいこと……!」

 

「いけませんな。こういうのは心構えがダイジなのです。ツルハシでマモノを間引く時と同じ要領で、しかばねにツルハシを振り下ろしましょう。ダンジョンに慣れて来たルイズ様は、もはやマモノを間引く時に、いちいちブッコロス! なんて、強く意識しないでしょう? ……今回のレディ類のこと、私、忘れられそうもありません。あれはまさに、ブッコロスと思う前に手が動いている感じでした。あれには、血も涙もない破壊神様の本性を見た気が……」

 

「その話はもういいでしょ!」

 

「ともかく、同じようにお願いします。今回はブッコロスのではなく、逆にブッ生き返すワケですが、そう心の中で思ったなら、その時スデにツルハシは振り終わっている、というのが理想です。『ブッ生き返した!』と、自信を持って言えるといいですね」

 

「頭がこんがらがって来たわ。殺すつもりでコレを振るうならまだしも、生き返すつもりで振るうなんて、どんな心境でいればいいのか、まったく想像がつかないもの」

 

「いいですか、命を操るということは、出来て当然と思う精神力なんです。大切なのは『認識』することなんです。このしかばねに、ヤバイ魂をIN出来ると思いなされ! ニジリゴケが養分を吸って吐くことのように! 杖を振って、爆発が起きるのと同じようにッ! 出来てトーゼンと思うのです!」

 

「余計なお世話よっ!」

 

 ルイズは怒り交じりに、ツルハシをぶんと振り下ろした。ツルハシの刃先がしかばねに食い込む感触が手に伝わると、ルイズは直前までの怒りを忘れ、小さく悲鳴を上げた。地面に、からんからんとツルハシが落ちる。すでにしかばねは、ふるふると小刻みに震え始めていた。

 

「おお……!」

 

 一人で立ち上がったしかばねを見て、ワルドは思わず歓声を上げた。ギーシュやキュルケは、あまりにも信じ難い光景に、息を飲んでいる。普段は何事にも無反応なタバサでさえ、目を見開いてその奇跡を見守っていた。しかばねが、ぎこちなく一歩、二歩と歩く。

 

「し、信じられない! だけど、現実なのよね……? これで話を聞き出せるわ!」

 

「あ、お待ち下さい、ルイズ様!!」

 

 魔王がルイズに声を掛けた直後のことだった。歩みを進めようとしていた賊は、糸の切れた人形のように、その血肉をドサッと地面へと落とした。血肉のみを地面へと落としていった。彼は、皮膚、筋肉、臓腑、その一切を身にまとわぬ状態になってさえ、湿り気ある白骨だけの姿で、その場に残っていた。

 

 血の通わぬ体は、それ以上動くことが出来るのか?

 肉を失った体は、そのまま立ち続けることが出来るのか?

 

 出来る、出来るのだ!

 

 見よ、魔物と化すまでに恨み込められた内骨格

 見よ、死神のごとく刀身を握り締める手骨の指先

 

 そこから放たれる恐怖の一閃を知る者は

 遠巻きにて行方を見守る一人の魔王

 

 破壊神に与えられた精神力で動く彼は、もはや命を支える血肉は不要とばかりに、骨のみの姿でケタケタと動いてみせた。

 

「「「      」」」

 

皆、ドン引きである。

 

「あぁ、やっぱりムリでしたか。ルイズ様は見た目を気にすると思って、私も努力はしました。けれど、やっぱりスケルトンはスケルトン。生身のカラダを維持させるのは不可能だったようです」

 

「「「      」」」

 

 すさまじいショックを受けた一行からは、未だに言葉の一つもこぼれない。

 

「さ、気を取り直して、話を聞き出していきましょう。スケルトンとなった彼は、もうマモノの一員なので、ルイズ様では話が通じないでしょう。僭越ながら、代わりに私がその務めを……」

 

 魔王が喋っている途中で、突然スケルトンがケタケタと走り出した。彼はワルド目掛けてまっしぐらに駆け寄り、剣の切っ先を向けて突き刺そうとした。ワルドは直前まで唖然自失といったていであったが、すんでのところで腰に差した杖剣を抜き放つと、そのままスケルトン目掛けて振り抜いた。彼の杖剣の一薙ぎでスケルトンの全身はばらばらになり、地面に転がっていく。散らばった骨は、もうピクリとも動かなくなっていた。

 

「い、今のは……」

 

 このあまりの出来事に、流石の魔法衛士隊隊長も動揺を隠せない様子であった。

ルイズは、震える声を張り上げた。

 

「ワルド、助かったわ! 賊の“生き残り”を倒してくれてありがとう! まさか、あんな姿になって生きてるとは思わなかったわ!」

 

「え? いや、ルイズ、今のは君が……」

 

「いやだわ、ワルド。死んだ人間が生き返る訳ないじゃないの! フフフフフッ!」

 

 錯乱気味に現実逃避に走ったのは、ルイズだけではなかった。近くでこのザマを見ていたギーシュまでも、「既に死んでる賊なんていなかった。ルイズ、そういう訳かい? そりゃそうだよな! あっはっはっ!」等と、狂った笑い声を上げ始めていた。

 

「そうよね! ちょっと骨ばって見えたけど、目の錯覚よね! てっきり死霊か何かかと思ったわ!」

 

 キュルケまでもが上擦った声でその流れに乗っかる中、タバサは自分の杖を握りしめつつ、ガタガタと震えて言った。

 

「騙されちゃ、ダメ」

 

「そ、そうよ! ワルドがいなかったら今頃、上手いこと『死んだふり』をした賊にやられて、大変なことになってわ! 本当にありがとう、ワルド!」

 

「……ルイズ。君の心の平穏がそれで保たれるなら、僕は何も言いはしないよ」

 

「ああ、ワルド。何から何までごめんなさい!」

 

「いいんだ、ルイズ。僕のかわいいルイズ」

 

 ワルドはそう言うと、震える彼女の身体を優しく抱き止めた。

魔王は、ペッペッと地面に唾を吐きるそぶりを見せた。

 

「あんなヒゲ子爵のどこがいいんでしょうか? 頂点は常に破壊神様ただ一人でなければいけないのに、婚約者などとはとんだジャマモノです!」

 

「アッハッハッハッハッ…… ハァ…… ……まさか使い魔君、それでさっきみたいなおぞましいことを起こしたわけじゃああるまいね?」

 

 ギーシュの問い掛けには、酷く憔悴の色が含まれていた。

 

「まさか! むしろ子爵のせいで、スケルトンから話を聞き出せなくて、ホントーにザンネンです。てっきり私は、あのスケルトンから話を聞き出す機会があると思っていたのですが、これで彼らの正体は分からなくなりました。ルイズ様、仕方がないので、別のしかばねでもう一度お願いします」

 

「冗談じゃないわよ!」

 

 泣き声交じりのルイズの叫びは、夜の静けさの中によく響いた。ワルドは、体を震わせるルイズを優しく抱きしめつつ、その瞳だけは鋭い眼光をもって、魔王を睨みつけるのだった。




スケルトン・・・言わずと知れた、骨だけの魔物。勇者のしかばね等から発生する。魔界広しと言えど、我らが敬愛すべき魔王のみが、彼らと話を交わすことが出来る。偉大なる唯一絶対の最高指導者魔王は、過去に魔族裁判で負けそうになった折、スケルトンに証人能力を見出すことで、地下帝国法廷史に残る大逆転を演じて見せた。以来彼は、『なんか弱そう』と軽視されがちな骨系マモノの地位向上に努めるべく、全魔界スケルトン委員会の最高評議会委員長として、精力的に活動をこなしている。なお、『スケルトンには舌がないのだから、そもそも喋れるはずがない』などとのたまう差別的な魔学者たちが、魔界統一の象徴たる賢明な魔王によって、再教育を受けたのは言うまでもないことである。

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