使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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幸せを求めて 私は生きたい   某国の少女より


STAGE 24 炎のおくりもの

 純白のユニコーンに引かれた馬車が、学院の門を通り抜けて生徒たちの前に姿を現した。

魔法学院の生徒・教職員一同は、一斉に杖を上に掲げた。

 

「トリステイン王国王女、アンリエッタ妃殿下のおな――り―――!」

 

 生徒たちは緊張と期待とに震えながら、今か今かと馬車の扉が開かれるのを待った。扉が開く小さな音が響いた。その瞬間から、今まで静かだった生徒たちの間から、堰を切ったように歓声が湧き上がった。しかしその歓声は、十分に高まることなく、自然と止んでいった。馬車から姿を現したのは、やせ細り年老いた、面白みの欠片もない男であった。生徒たちが鼻白み、冷たい視線が集中しているというのに、この真面目さの塊のような男は気にした様子もなかった。

 魔王はこれを見て、目を細めながら言った。

 

「……私、この国を少しナメていたようです。アレがこの国の重鎮、アンリエッタ王女!」

 

「バカ! あれはマザリーニ枢機卿よ!」

 

 ルイズが怒気を孕んだ声を上げている間に、周囲から再びの歓声が上がった。ルイズが釣られて顔を向けると、美しく可憐な一輪の百合、アンリエッタ王女が馬車から降りて来たところであった。姫君は学院長のオールド・オスマンと二言三言話すと、彼に連れられて本塔への道を歩き始めた。赤い絨毯を敷いた道の両脇から、万歳の声が沸き起こる。アンリエッタ姫はそれににっこりほほ笑んで、手を振った。

 

「なあんだ、あたしの方が美人じゃないの」

 

キュルケは歓迎の列から遠いのをいいことに、随分な本音を漏らしていた。

 

「ねえ、あなたはどう思う?」

 

「タイプが違う」

 

 タバサはそう言ったきり、本に目を落として二度と顔を上げなかった。どこかで誰かが、『ムスメの方がカワイイに決まっています!』と叫んだが、それもすぐに喧騒の中に埋もれた。

 

 彼女らとは違い、ルイズはしばらく、真面目に王女とお付きの者たちの行進を眺めていた。しかし、ある時からぽっと頬を染め、一つのものを必死に目で追い始めるようになった。

 出会うことの無かった長い年月など関係ない。ルイズは、すぐに気が付いた。遠くからで、あまりはっきりとは見えないが、間違いない。あれは幼い頃に優しくしてくれた、憧れのワルド様に他ならな「ウーム、ちょっと遠いですね。背伸びしてもなかなか見えません!」

 

 ひょこひょこと、彼女の視界を遮るように背伸びやジャンプを繰り返す魔王に、ルイズは思わず拳を握りしめた。しかし今は、王女殿下をお迎えする場である。そこを弁えて、彼女は力を込めた腕を背中に回し、抑えた声で注意を促した。

 

「あんた、私の前をウロチョロするんじゃないわよ。

姫様をお迎えする場なんだから、もっと大人しくしてなさい!」

 

「しかし、セッカクの機会なんです。近くでよく見てみたいと思うのが

ニンゲンのサガってものじゃあないですか」

 

『特に私は魔人間ですから、たまにはシゴトの息抜きがヒツヨーなんです!』という魔王の言葉に、ルイズははぁ~と、長いため息を付いた。

 

「もともと、アンタみたいな得体の知れない亜人には、姫様にお目にかかれること自体が

奇跡のようなものなんだから、遠くから見れるだけでもありがたく思いなさい」

 

魔王はそれを聞くと、悩まし気に頬を掻いた。

 

「ウーム…… これ以上、近付くのはムリとなると……

セッカク用意したコレが、無駄になりかねませんな」

 

「……? 何よそれ?」

 

 ルイズが視線を下ろして見ると、魔王の片手には特に飾り気も無いガラスの瓶が握りしめられており、その中には透明な液体がたぷたぷと揺れていた。

 

「私、魔がりなりにも『王』ですからね。この国のお姫様が来られるということで、

ロマンチックな贈り物でもと思っていたのです」

 

『魔王も王も、王のうち! そして王のものは魔王のもの、魔王のものは魔王のものなのです!』と、彼は元気よく宣言した。ルイズはそれを全部聞き流しながら、首を傾げた。

 

「まさかそれが贈り物? 姫様に対して敬意を表そうという心意気は認めるけど、

そんな貧相なものを出したら逆に失礼よ。大体、こんな場所でやることでもないわ」

 

「いえいえ、これだけで贈るわけではありません。本当の贈り物は、これに一工夫加えるのです。それに、これはお姫様方に花を添えるためのモノでもあるのです」

 

彼の言葉を聞いて、ルイズは余計に首を傾げた。

 

「一体、どういうつもりだったのよ?」

 

「いいですか、先ずはこのビンのフタを開けます。」

 

魔王が腕に力を込めると、固く締められたガラスのフタが擦れ、ギーッという音を立てた。そしてスポンという音と共にフタが外れると、辺りにぷんとした匂いが立ち込めた。

 

「何よ、そのお酒! 匂いだけで酔いそうだわ」 

 

ルイズがそう言って顔を顰めると、魔王は不思議そうな顔をした。

 

「お酒ですか? まあ、ある意味そうですね。お酒100%です。

100%中の100%と言ってもいいでしょう」

 

 そう言うと彼は、ハンカチ ――妃殿下の歓迎に当たり、殊勝にも胸ポケットに突っ込んでいたもの―― を取り出した。

 

「次に、瓶の口にハンカチを押し込みます。……半分ほどで構いません」

 

怪訝な表情をしたルイズが見守る中、瓶の中でハンカチの端がゆらゆらと揺れた。

 

「そしたら外したフタを閉じます。少し力が要りますが、しっかりと閉めておきましょう」

 

再びガラスの擦れるギギッという音が響いた。

 

「後は、ビンの外に出ているハンカチの端に火を付ければ、アラ不思議!

 炎のおくりものの完成です!」

 

「………」

 

魔王は、ルイズの表情が能面のように強張ったことにも気付かず、姫様の行列を見ながら呑気に悩み出した。

 

「ここからだと、ちょっと距離が足りないかもしれませんが、セッカク用意したことですし、投げるだけ投げてみましょうか? 上手くいけば、歴史に名を残せるはずです。きっと、ギトー殿も褒めたたえてくれることでしょう!」

 

ルイズは沈黙を守りながら、ゆっくりと魔王の横に回り込んだ。

 

「この贈り物、何がスバらしいって、魔界の人気魔ンガ家、魔ンキー・パンチ原作のロ魔ンチックなシーンを再現できるところですよね。事が終わった後、ルイズ様がさっき夢中になってた、あのダンディなおじ様が、姫様にこう語りかけるワケです。『姫様、やつはとんでもないものを盗んでいきました…… あなたの命です!』」

 

 ルイズは、さっと魔王の腕をつかんで捻り上げると、妃殿下の行列に背を向けて、ツカツカと歩き出した。

 

「イタタタタ! 待ってくださいルイズ様、まだ私なにもしてません!」

 

「何かしてからじゃ遅いのよ!」

 

 歓声を上げて喜びに浸る生徒たちは、彼女たちが離れていくのに気付かず、必死に万歳を叫び続けていた。

 

 

 

「あら?」

 

 学院の生徒や教職員に向け、にこやかに手を振っていたアンリエッタは、ある二人組が背を向け、立ち去っていく姿を見つけた。彼女は僅かばかりの間、きょとんとした表情を浮かべたが、方々から投げ掛けられる歓喜の声に意識を引き戻されると、再び天使のようなほほ笑みを浮かべ、手を振りながら学院本塔への道を歩き進めた。その足どりは、心なしか先ほどよりも軽やかになっていた。


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