使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

20 / 37
オスマンのだいぼう○ん


「昼飯はまだかのう?」

「オスマン殿、もうさっき食べたでしょう?」


STAGE 20 LOVEじゃよ

学院長室へ事の顛末を報告しに行ったルイズたちを、オスマンは諸手を挙げて迎え入れた。

 

「ようやった! まさか破壊の杖を取り戻すばかりか、フーケの身柄まで捕えようとは

 思わなんだぞ! お前たちはまさに貴族の鏡じゃて」

 

「有難う御座います」

 

「お褒めに預かり光栄ですわ」

 

「・・・」

 

ルイズは礼儀正しくすました表情で返事を返したが、その心の内は、湧き上がってくる感動いっぱいだった。普段、ルイズが学院長と声を交わす機会といえば、授業での失敗がちょっとで済まなかった時ぐらいなもので、毎度怒られはせずとも複雑な表情を向けられるのが常であった。

だから、こうしてオールド・オスマンから称賛の言葉を受けることが、彼女にとってはうれしくてうれしく堪らなかった。

 

「いやはや、本当によくやったものじゃ。この功績を称え、宮廷にはシュヴァリエの爵位を

 申請しておこうぞ。ああ、それからミス・タバサには精霊勲章あたりが良いかのう?」

 

「まあ!」

 

「本当にいいんですか!?」

 

ルイズたちは、ぱあっと顔を明るくして言った。学生の身分で爵位を授かるとは、大変に名誉なことである。

 

「いいのじゃ。君たちはそれに見合う働きをしたからの。そのボロボロになった姿を

 見れば分かるが、フーケとの戦いは余程の激戦だったのじゃろう?

 まったく、まるで崖から転落したかのようなひどい有様じゃて!」

 

「え、ええ、まあ、それほどでも」

 

ルイズたちは冷や汗をかきながら、オスマンの称賛へ控えめに応えた。

 

「まったく、素晴らしい限りじゃて・・・しかし・・・」

 

喜色を声に滲ませていたオスマンは、一転して深刻そうな表情を浮かべた。

 

「やはり君たちの口から直接聞きたいの。わしには俄かには信じられないのじゃ・・・」

 

ルイズは居住まいを正してオールド・オスマンに向き合うと、彼へと真実を告げた。

 

「ミス・ロングビルがフーケだったのです。間違いありません。」

 

オスマンはキュルケらの方へも顔を向け、同様に尋ねた。

 

「・・・君らもかね?」

 

「私も確認致しましたわ。間違いありません」

 

キュルケが言うと同時にタバサも一回、こくりと頷いて視線をオスマンに返した。

 

「いえ、ミス・ロングビルがフーケだったのではなく、

 フーケがミス・ロングビルだった可能性も微レ存「アンタは黙ってなさい!」

 

オスマンは、彼女らの言葉をしっかと受け止めたようだった。

 

「そうか。そうじゃったか・・・」

 

彼はそう言うとルイズたちに背を向けて、窓の外を眺め始めた。

その後姿は、どこか寂しげに見えた。

 

「心中、お察しします」

 

「いや・・・いいんじゃ。わしの見る目が足りないばかりに、

 君らを危ない目に合わせてしまったのう・・・」

 

「いえ、そんな・・・」

 

ルイズが気まずい思いで返事を返すと、オスマンはくるりと向き直って、

彼女たちへと頭を下げた。

 

「本当にすまんかった」

 

「やめてください、オールド・オスマン!」

 

「相手は、あの土くれですもの。騙されたとしても、無理はないですわ」

 

ルイズとキュルケは慌てて答えたが、オスマンは頭を下げ続けたまま言った。

 

「そういう訳にもいかん。これは学生を預かる身として必要なことじゃて・・・

 言い訳はできん」

 

すこししんみりした空気が部屋に満ちたところで、コルベールがおもむろに声を上げた。

 

「そういえば、まだ取り戻したという破壊の杖を確認しておりませんでしたな」

 

「おお、そうじゃった。戦いの最中に、壊れたりしていてはいかん。見せてくれるかの?」

 

キュルケは首を傾げた。

 

「誰が持ってるんだっけ?」

 

「私の使い魔よ。あんた、ちゃんと大事に持ち帰ったでしょうね? 」

 

「モチロンです! ツルハシと同じぐらい大事に持ち帰りましたとも!」

 

「・・・それだけ聞くと、不安になってくるわね」

 

「見てみればわかる話」

 

タバサは魔王から『杖』を受け取ると、自分の杖を掲げて呪文を唱えた。

『杖』が傷付かないようにと、丁寧に巻きつけられていた布がぐるぐると解かれていく。

 

「あれ? そんな形だったかしら?」

 

「もうルイズ様ったら、自分で使ったのに分からないんですか?」

 

やがて姿を現した『杖』を見て、ルイズたちははっと息をのんだ。

オスマンも、ほう!と声を上げた。

 

「この杖と言うには随分な太さと、武骨なまでのフォルム。

 これは間違いなく、アレじゃろうて。のう?」

 

コルベールは、オスマンの後ろから顔をのぞかせるなり、怪訝な表情をして言った。

 

「・・・何ですか? これは?」

 

居たたまれない空気の中、魔王はポツリと言った。

 

「・・・スミマセン。 マチガイなく、マチガえました。」

 

「ツルハシ出してんじゃないわよ!」

 

使い魔に任せてはいられないと、ルイズたちは魔王を蹴り転がしてローブを引っぺがし、もう一つのそれらしき『杖』を手にした。今度はルイズ自らがその手で布を解いた。

 

「そうよ、これだわ」

 

ルイズはフーケへの反撃の狼煙となったその杖を見て、満足げな声を上げた。。

 

「・・・これが、ねえ・・・」

 

キュルケは怪訝そうに言った。オスマンは杖を覗き込んで、一目見るなりお墨付きを与えた。

 

「うむ、今度こそ間違いないようじゃの」

 

「おお、これこそ宝物庫で見たものと間違いありませんな」

 

教師ら二人に向け、キュルケは納得がいかない様子で口をはさんだ。

 

「でも先生方? これ、とても杖には見えないですけど・・・」

 

ルイズはそれをはんと鼻で笑った。

 

「何バカなこと言ってるのよ。これはどう見ても杖じゃない!

 少なくとも、ツルハシに比べればぜんぜん杖よ」

 

「ルイズ、自分が何言ってるか分かってる?」

 

不本意なことに、本気で頭の心配をされたルイズは大いに憤慨した。

 

「ふん! 自分の感性の無さを棚に上げて、他人のこと悪く言おうだなんて、

 あんたってば本当に強情ね。これが杖なのは当たり前なのに、

 そんなことも分からないのかしら?」

 

「なんですって?」

 

キュルケが睨み返す中、ルイズは胸を張って言い返した。

 

「これが何て呼ばれているか、忘れたとは言わせないわ。

 これが杖じゃなきゃ、どうして『破壊の杖』なんて呼ばれてるっていうのよ!

 ね、これは誰がどう見ても間違いなく杖ですよね? オールド・オスマン!」

 

オスマンは、ルイズの顔をしっかりと見据えて言った。

 

「は? 何言っとるんじゃ。どこからどう見てもデカすぎじゃろ。頭ダイジョブか?」

 

「   」

 

ルイズは、口から魂が飛び出したかのように、茫然として固まってしまった。もしかしてフーケとの戦いで頭でも打ったか?と、しきりに心配するオスマンを他所に、コレベールは、いや私も杖というより、どちらかというと大砲のようだなあとは思っていたのですなどと、感慨深げに語った。

 

「しかし、その口ぶりからするとオールド・オスマン、これはやはり杖ではないのですね?」

 

「おお、そうじゃともコルベール君。 これはまさしく大砲じゃて。

 火を吹き玉放つ、紛うことなき大筒じゃ」

 

オスマンはそう言うと、破壊の杖を懐かしそうに見つめた。

キュルケは意味が分からないとばかりに声を上げた。

 

「お聞きしてもよろしいかしら、オールド・オスマン」

 

「何かね?」

 

「これってつまり、杖じゃなくて大砲なんですよね。

 『破壊』はともかく、どうして『杖』なんて呼ぶんですの?」

 

彼女の疑問にコルベールも同調した。

 

「ほう! 確かにそれは気になりますな。それに、こんな手軽に持ち運べて

 威力も凄まじい大砲など、聞いたことがありません」

 

もしこんなものが広まればハルケギニアの歴史が変わりますぞと、研究家気質の彼は熱く語った。

 

「お主らの疑問ももっともじゃ。ミス・キュルケ、この破壊の杖の威力は見たじゃろ?」

 

「ええ。気付いた時には、あんなに大きかったフーケのゴーレムが粉々になっていましたわ」

 

「ならば分かるはずじゃ。これはただの大筒ではない。大砲大国のゲルマニアにだって、

 こんな武器は無かろうて・・・ とても我らの手で作れる代物ではないのじゃよ」

 

「では、やはり?」

 

コルベールが先走り気味に聞いた。

 

「うむ、これは『場違いな工芸品』の一種であろうと、ワシは考えておる。

 遥か彼方、遠い世界のものと予想されておるが、詳しいことは全く分からぬ

 超文明の産物じゃ」

 

「場違いな工芸品なら、私の家にもありますわ!」

 

キュルケは興奮したように言った。

 

「本当に、不思議な話じゃて。遠い世界があるのはまだしも、その道具がどうやって

 このハルケギニアに流れ着いたというのか? 分からないことだらけじゃよ。

 じゃが、いくら場違いな工芸品が珍しく希少なものといえど、

 それだけで国の秘宝に認定されたりはせん。この破壊の杖が特別なのは、

 これが人と共にこの世界へと至ったからなのじゃよ」

 

「「何ですって!」」

 

キュルケは大いに驚いたが、それ以上にコルベールの興奮は大きかった。

 

「謎に包まれた『場違いな工芸品』、それが人と共に現れたとなれば、

 その超文明の秘密が明らかになるではないですか! 今、彼はどこに!?」

 

コルベールにまくし立てられたオスマンは、ぽつりと言った。

 

「死んだ」

 

「な・・・!」

 

興奮に沸いていたコルベールは一転、言葉も出なくなってしまった。キュルケもタバサも、神妙な面持ちを作っている。今になって、ようやくルイズもどこかへ飛び出していた魂もとい正気を取り戻し、真剣な表情を作った。

 

「いや、正確には死んだと決まったわけではないが、あれに当たったわけだしの。

 おそらくは・・・」

 

しばらくの沈黙の後、コルベールは静かに尋ねた。

 

「一体・・・何があったのです?」

 

オスマンはふむとつぶやくと、破壊の杖を手で撫でつつ、懐かしそうに思い出を語り始めた。

 

「昔話をしようかの。 あれは今から36・・・いや140年前じゃったか。

 まぁいい、私にとってはつい昨日の出来事じゃが、君たちにとっては多分

 明日の出来事じゃろう。この破壊の杖には、ええと、何通りの名前があったか、

 うーーーむ・・・」

 

キュルケはコルベールに向かって、『このおじいさん、頭は大丈夫ですか』と、その表情で問い掛けた。だがコルベールは視線を返しつつも、ただただ首を振るばかりだった。

 

「まあいい。長話になってもいかんし、掻い摘んで話すとしようかの。

 わしがまだもう少し若かった頃に、森でワイバーンと出くわしての」

 

掻い摘みすぎだろうと皆は思ったが、彼らにとってはそれ以上に話の内容が衝撃的であった。

 

「ワイバーンですって!」

 

キュルケが信じられないといった様子で、恐れを含んだ声を上げた。ワイバーンは飛竜に勝るとも劣らない力を持つ幻獣である。しかも性質が悪いことに、気性の粗さが尋常ではない。そのため、ワイバーンに出くわして成すすべなくやられたメイジの話は枚挙に暇がなく、オスマンの話は驚きをもって迎えられた。タバサですら、表情の変化に乏しいながらも目を見張っている様子であった。そんな皆の反応を他所にオスマンは、『あやつめ、噂通りに獰猛での』と、話を続けた。

 

「あれは若気の至りじゃった。ワイバーンに出くわしたのは偶然だったのじゃが、

 その後がいかんかった。きゃつの足は速い、じゃから逃げようにも逃げ切れん・・・と、

 そういうことを言い訳に、ワシは呪文でどうにか倒してしまおうと思ったのじゃよ。

 良い自慢話にもなりそうじゃったしの」

 

「何と・・・!」

 

コルベールはオスマンのことを、普段から酔狂な人だとは思っていたが、無鉄砲なことだけはしないとばかり思っていただけに、今の話を聞いてただただ驚いていた。

 

「多くの愚かなメイジと同様に、ワシも慢心しておったのかもしれん。

 始めの内は、きゃつの動きは速いがどうにかできんこともないと思っておったのじゃが、

 そう思って攻撃しておると、突如そやつの目が赤く光り出しての。ワシの攻撃に

 本気で怒ったのか、ただでさえすばしこかった動きが余計に速くなりおった」

 

目を覆いたくなるようなオスマンの話に、皆、深く聞き入っていた。

 

「そうなってからは、もう逃げ惑うので精一杯じゃて。決して手放すまいと、

 自分の命と思って大事に抱えていた杖も、遂には振り払われてしまったのじゃ」

 

『あの時は、わしの命もここまでかと覚悟したものじゃよ』等と、オスマンはひょうひょうと語ったが、聞く側にとってはただただ絶句するばかりの話であった。トリステインにこの人ありと言われた大メイジ、オールド・オスマンといえども杖がなければただの人である。それでなくともメイジにとって杖は命だと、メイジは皆、幼い頃から口を酸っぱくして言い聞かせられる。特に、本当に命を懸ける機会の多い騎士や軍人は、万が一に備えて杖を複数持つ者もいるほどだ。そんな大事な杖をワイバーンの目の前で落としたとなれば、それはもう『詰み』ではないか? なぜこの老人はまだ生きているのかと、ルイズたちから驚嘆の眼差しを向けらるオスマンへ、コルベールは話の続きを促した。

 

「しかしオスマン殿、あなたがこうして生きておられるということは、

 その絶体絶命の状況をどうにか切り抜けたのでしょう?」

 

「おお、そうじゃとも。まさにそれ、その時だったのじゃよ。あの男を目にしたのは・・・」

 

「あの男?」

 

オスマンはそうじゃと言ってうなずくと、目をきらきらと輝かせて、

興奮した面持ちで喋り始めた。

 

「わしが命を諦めようとしていたとき、あの獰猛なワイバーンに一人立ち向かう影が

 あったのじゃ。見たことも聞いたこともないような、異国情緒あふれる姿形の鎧を

 着こんだ男じゃった。しかもなんとその男、驚くべきことに杖を手にしておらなんだ!

 大砲にしてはあまりに細身で軽そうな筒を携えたまま、そやつはワイバーン目掛けて

 走り出したのじゃ」

 

「正気の沙汰じゃないわ!」

 

キュルケは思わず叫んだ。

 

「わしも、そんな装備で大丈夫かと思った。じゃが男は、大丈夫だ、問題ないとばかりに、

 きゃつの目の前へと躍り出ての。そこからが凄まじかったのじゃ。

 その筒から放たれる、恐るべき破壊の渦! 一発撃つごとに木々は燃え尽き、地は抉れ、

 それはまるで破壊の化身が舞い降りたかのような光景じゃった。流石にワイバーンも

 素早いもんじゃから直撃はせなんだようじゃが、それでも爆風に煽られるだけで、

 きゃつめが大きく傷付いていくのが分かった」

 

「つまり、その筒の正体が破壊の杖だったというわけですね!」

 

オスマンは、コルベールの言葉にうむと頷いた。

 

「しかもその男、どうやら歴戦の勇士であったようでの。

 ワイバーンにギリギリ当たるか当たらないか、いや絶対当たってるじゃろと

 思うような距離でも、巧みにスライディングを駆使してやつの攻撃を避け続けての。

 やつを撃っては離れ、また撃っては離れを繰り返したのじゃ。そうしてみるみる内に

 あやつの頭や爪を目茶目茶に潰していき、挙句尻尾を千切り飛ばす始末じゃった!」

 

「そんなことって・・・! 信じられないわ・・・!

 

キュルケは、思わずため息を漏らしそうになりながら呟いた。

 

「いやはや、余程名うての狩人だったのでしょうなあ」

 

いくら破壊の杖を携えているとはいえ、それを担いでいるのは生身の人間である。超人染みた男の活躍に、ルイズたちはまるで神代の伝説を聞いているかのような気分になった。

 

「わしはそれを見て、天の声を聴いたような気がしたもんじゃよ。

 始祖は言っておる。わしはここで死ぬ運命(さだめ)ではないとな・・・」

 

しかしオスマンはそれを言うなり、顔を曇らせた。

 

「じゃが、それも限界が訪れての。また男が華麗にワイバーンの突進をかわすのかと

 思っておったら、ついに一撃を食らって吹っ飛ばされてしまったのじゃ。

 男はそのまま立ち上がれずに転がっておった。当然のことじゃろうて・・・」

 

キュルケたちも分かっていたこととはいえ、再び沈痛な面持ちにならざるを得なかった。

 

「わしにとっては運の良いことに、ワイバーンも相当傷ついておったのか、

 そのまま足を引きずって何処かへ去って行きおった。わしは急いで彼に駆け寄った。

 驚くべきことに、彼には目立った外傷はなかった。じゃが、あの怪力のワイバーンの

 攻撃を受けて、ただでおれるはずもない。彼はもうぐったりして動けそうにもなかった。

 わしは彼が意識を手放してはいかんと、必死に話しかけた。彼はうわ言のように、

 まだ尻尾から剥ぎ取ってないだとか、三落ちは嫌だとか、意味のよく分からぬことを

 呟いておったわい」

 

あれほど悔しそうな今際の言葉はついぞ聞いたことがない故、今でもわしの頭から離れぬのじゃと言う老オスマンに向け、ルイズらはその心痛を察したようであった。ただ一人、魔王だけが何か言いたそうにもぞもぞした挙句、こそっと小声で呟いた。

 

「それって案外、数分後にはケロッと忘れてるやつじゃ・・・」

 

「なに不謹慎なこと言ってるのよ! あんた、死んだらオシマイって言いたいわけ!?」

 

「いや、ある意味オシマイなのですが、意味がチガってるというか・・・」

 

「無礼な発言はよしなさい!」

 

ルイズたちの小声でのやり取りを他所に、オスマンは話の続きを語り出した。

 

「当然、わしは彼を学院まで連れて行って、治療を受けさせようと思った。

 わしは自分の杖を拾い上げる前に、彼にとって大切なものと思い、

 破壊の杖を拾い上げた。そのわずかに男から目を離した隙の出来事じゃった・・・

 なんと今度は、ニャーニャー言う亜人の群れがわんさか現れての!」

 

彼の語る超展開に、思わずキュルケたちは目を白黒させた。タバサも、目をまん丸に見開いて、思わず口から言葉が漏れ出ていた。

 

「にゃー?」

 

「・・・猫?」

 

「いやしかし、猫型の亜人など、このハルケギニアでは聞いたこともありませんぞ」

 

首をかしげる彼らへ、魔王は非常に何か言いたそうにあーとかうーとか唸ったが、これ以上不謹慎なことを言わせまいと警戒するルイズに口を阻まれた。

 

「わしが唖然として亜人どもを見ておると、そやつらはわらわらとわし目掛けて

 駆け寄って来ての。そうして、わしの手から破壊の杖を奪おうとしたのじゃ!」

 

あー、まー、そうでしょうねと魔王は囁いた。

 

「大切な恩人の形見になるかもしれんその武器を、どこぞの珍妙な亜人どもに

 くれてやる謂れはない! じゃが相手は小型の亜人とはいえ、ツルハシだか

 ピッケルだかよく分からん道具を手に武装しておったから、

 わしには逃げることしか出来なんだ・・・」

 

『先に杖を拾っておればと、今でも悔やむわい』と、オスマンはたいそう悔しそうに語った。

 

「メイジにとって、杖は命という訳ですな」

 

「まったくその通りじゃ。わしは大メイジとまで呼ばれておきながら、

 あの時まで杖の何たるかを分かってはおらなんだ。『杖は命』という言葉の意味を

 頭で分かったつもりになりながら、本当の意味では分かっておらんかったのじゃ・・・」

 

本当に悔しそうな表情を浮かべるオスマンの姿を、ルイズたちは大メイジからの尊い教訓として受け止めた。

 

「オールド・オスマンにもそんな時代があったのですね。

 私、絶対に杖を手放さないことを誓いますわ」

 

「うむ、そう言ってもらえると、わしも恥ずべき自分の過去を

 語ったかいがあるというものじゃ」

 

それを聞いた魔王も、遠い目をしながら言った。

 

「いやマッタク、武器は手放すモノではありませんな・・・死んだ後でも・・・」

 

「そうよね。死んでも手放さないという覚悟が、メイジの道を切り開くのよね!」

 

「いや、『破壊の杖』の持ち主に向けた話なのですが・・・まあ、いいです」

 

また不謹慎な事を言おうとしたと怒るルイズを傍目に、オスマンは事の顛末を語った。

 

「わしは逃げながらも、後ろ目に男の方を見た。するとなんと男は、亜人どもの手で

 荷車に乗せられておった。そしてわしが止める間もなく、彼を載せた荷車は

 亜人と共に茂みの中へと姿を消してしまったのじゃ・・・

 ロバ・アル・カリイエには、化け猫が車に化けて死体を奪い去るという話が

 あるそうじゃが、案外わしの見たようなことが関わっておるのかもしれん」

 

「ううむ。それは何とも、興味深いですな」

 

コルベールはそう口をはさんだ。

 

「ともかく、そうしてわしは生き残り、後には破壊の杖だけが残されたというわけじゃ。

 その後わしは、王宮から派遣されたワイバーン討伐隊と共に森に戻り、辺りを

 探し回ったのじゃが、男も亜人も、影も形もなく消え失せておった。ただ深く傷付いた

 ワイバーンの存在だけが、ワシの話を裏付ける唯一の証拠となったのじゃ」

 

オスマンの話を聞き終えた一同は、その奇想天外な物語に誰も彼もがしばらく口を噤んでいた。

やがてキュルケが、その破壊の杖の来歴は分かりましたわと言った。

 

「でも、それがなんだって杖と呼ばれることになったんですの? 」

 

オスマンはそれを聞いて、ふぉっふぉっふぉと笑った。

 

「そりゃあおぬし、素直に魔法も使わん武器でワイバーンが撃退されたなどと言っても、

 なかなか信じては貰えんじゃろ? よしんば信じられたとしても平民の道具と侮られ、

 どうせいい加減な扱いをされるに決まっておる。だったらいっその事、杖ということに

 して保存しようと思ったのじゃ」

 

なーに、ただの棒きれですら手にして歩けば杖となるのじゃから、これだって棒状だし問題なかろう? オスマンは堂々と、そう言いきった。ルイズは非常に不満そうな、複雑な表情を浮かべたが、一方でコルベールは破壊の杖を惚れ惚れと見つめながら、賢明な判断でしたとオスマンを褒め称えた。

 

「しかしこう言っては何ですが、オールド・オスマン。こうして結局、学院長の手元に

 この破壊の杖を置いておけると分かってさえおれば、わざわざ扱いを気にして

 杖と名付ける必要もありませんでしたな。我々の手で大事に仕舞っておける訳ですし・・・」

 

「とんでもないわい。これが秘宝に認定されなければ、アカデミーでの調査も

 出来んかったし、学院で管理するにしても補助金一つ出なんだろうて」

 

オスマンは白い長ひげをさすりながら言った。

 

「それに問題はそれだけではないわい。これがただの大砲として

 秘宝に登録されるとどうなるか? 分かるかの、コルベール君」

 

「は、や、いえ私にはさっぱり・・・」

 

コルベールは頭を掻きながら、そうやって言い淀んだ。

 

「君も研究ばかりではなく、こういうことも勉強せんといかんぞい。

 よいか、この破壊の杖はトリステインの未来のためだけでなく、わしにとっても

 大事な代物じゃ。じゃからわしの目の黒い内は、学院の宝物庫で大事に保管もする。

 しかし、やがてはわしもこの世を去るじゃろう?」

 

「や、まあ、それはそうですが・・・」

 

まだオスマンはぴんぴんしているようには見えるものの、既に彼は100歳とも200歳とも噂される程の老メイジである。そんな彼の死後を見据えた発言に、コルベールはたじたじになるしかなかった。

 

「それでじゃ、もしそうなった時これを大砲と扱っておったのでは、先ほども言うたように

 魔法と関係ないからと言って、価値の分からぬ役人どもに舐められるからのう。

 そうなったが最後、金を惜しんだあやつら目によって、この破壊の杖は売り払われて

 しまうじゃろう。この杖が学院に置かれているかどうかなど、関係ないのじゃよ」

 

「むう・・・貴重なお宝が、見知らぬところへと渡ってしまうわけですな」

 

コルベールの言葉に、オスマンはゆっくりと首を横に振った。

 

「それぐらいなら、まだましじゃ。この手の品に目がない好事家連中の中には、

 場違いな工芸品を単なるおもちゃか何かと勘違いしておる輩も多い。

 もしこれが、そんな者の手に渡ったら最後じゃて・・・

 やれ、飾るには大き過ぎるから二つに切ってしまおうだとか、見栄えがしないから

 錬金で真鍮製に変えてしまおうだとか、そんなことは平気で行われるわい」

 

「なんと! そんな馬鹿げた話が・・・!」

 

コルベールは、信じられないといった表情で、顔を固まらせてしまった。

 

「学院の本分は、まだ幼いメイジを教え育むことじゃが、それも全ては未来のために

 行っておることじゃろ? それなのに、遠い将来、きっと役に立つであろう代物を

 手にしながら、それを台無しにするようではいかん。じゃからの、多少手間は掛かったが、

 アカデミーにいるわしの教え子に相談して、これは杖ということにしておいたのじゃ。

 それならば、名前を見ただけで無下に扱われるということもあるまいて」

 

「いやはや、オスマン殿がそこまで深く考えておられるとは、思い至りませんでした」

 

「学院長って、色々と大変なのですわね」

 

皆は口々に、感心の声を上げた。

 

「おお、そうじゃとも。まあ、国中の貴族の子弟を預かっておるのじゃから、

 これぐらい出来なくては務まらんがの。

 いやはや、大分長話になってしもうたな。これも年寄りの悪い癖じゃて。

 さて、他に何か聞きたいことはあるか? ついでじゃし、今なら何でも話すぞい?」

 

オスマンの言葉に、ルイズはおずおずと手を挙げた。

 

「あの、よろしいでしょうか」

 

「なんじゃね?」

 

ルイズは歯切れ悪く言葉を返した。

 

「あの、これは、別に学院長を責めている訳ではなく、純粋に後学のために

 聞いておきたいんですけれども・・・」

 

「構わんよ。遠慮はいらん。話してみるがよい」

 

「土くれのフーケ、いや当時はロングビルを名乗っていたんでしょうけれど、

 彼女はどうやってこの学院に入り込んだのですか?」

 

「ふむ」

 

「だって、彼女は学院長が採用なさったのでしょう?

 やっぱり、高貴な家の出を装って近付いてきたのですか?」

 

そこへ、すかさず彼女の使い魔が口をはさんだ。

 

「いや、ですからフーケは妹のロングビルに成りすまして・・・」

 

「その話はもういいわよ!」

 

「妹じゃと・・・?」

 

「なんでもありません!」

 

ルイズは誤魔化すように声を張り上げた。オスマンは訝しんだが、コルベールからも言葉を掛けられたことで、彼の意識はそちらに向けられた。

 

「彼女の疑問、私も気になります。今回の一件、フーケを捕まえられたからこそ

 良かったようなものの、もし破壊の杖をそのまま盗まれておれば、当学院の

 大きな汚点となるところでした。再発防止のためにも、職員の採用方法を

 見直さねばなりませんからな。是非、お聞かせ願いたいものです。

 一体、彼女はどんな伝手で学院長の秘書に?」

 

コルベールに迫られたオスマンは、エヘンと咳ばらいをしてから短く答えた。

 

「バーじゃ」

 

「は? バージャ?」

 

「だからバーじゃよ、バー。・・・酒場じゃ」

 

皆が意味を理解し終えるのに、しばらくの時間が必要であった。

 

「・・・は? いえ、酒場? あの街中にある?」

 

「そりゃそうじゃろ。畑や草原のど真ん中に、ポツンと建っとる酒場などあるかね?」

 

コルベールは激発して言った。

 

「酒場!? まさか、誰かから紹介を受けた訳ではないのですか!?

 ゴロツキもいかさま師も集まるあの酒場で?

 そんなもの、トラブルが起こって当然ではないですか!」

 

信じられないというような顔をするコルベールに向けて、オスマンは落ち着き払って答えた。

 

「君、確かにわしら貴族の社会では、人からの紹介というものが重要じゃ。

 相手が信用出来るかの秤として、多くの場合、それが採用の前提となっておる。

 しかし考えても見たまえ。有能な人材というものは、市井に埋もれておる。

 君が何時も舌鼓を打っとる、この学院の料理を見よ! あれを作っておるのも、

 誰かから紹介された者なんかではないわい!」

 

オスマンの啖呵に、コルベールはうっとたじろいだ。

 

「いや、まあ、確かにマルトー氏を連れて来たのは、学院長のお手柄というものですが・・・

 しかしそうなると、今回はその学院長の裁量に付け込まれたという訳ですな」

 

「うむ、残念なことにそうじゃの」

 

しばらく二人が黙り込んだのを見て、今度はキュルケが口をはさんだ。

 

「酒場での彼女の様子はどうでしたの? やっぱり彼女の方から

 声を掛けて来たのかしら? 仕事がないから、採用してくれって?」

 

「いやいや、流石にそこまで露骨に言い寄ってくるもんを相手にはせんよ。

 腹に一物抱えておるのがバレバレだしの。思えばそこも彼女の巧みなところじゃった」

 

「と言うと? 一体どんな巧妙な手口で、人を見る目に定評のある

 オスマン殿を騙したのですか?」

 

コルベールは真剣な口ぶりで、そう問い質した。

 

「店で仲良くして顔なじみになってから、ふとした機会に彼女が漏らしたわけじゃよ。

 実は、もっと実入りの良い仕事が無いか、探しておるとな。じゃから、自分は何時までも

 この店にいられる訳じゃあない、いつかあなたにもお会い出来なくなると・・・

 そんな風にしおらしくされたら、つい力になってやりたくなるじゃろ?」

 

「ん? んんん? それは、冷静に考えればちょっと怪しいというか・・・」

 

コルベールの疑念の声は、オスマンの一喝で遮られた。

 

「バッカモーーーン!! 想像してみるが良い!

 あの、見目麗しいミス・ロングビルがじゃよ?

 物憂げな様子でため息を付きながら、寂しそうにしておるのじゃ。

 これで何も感じないなど、おぬしの血は何色じゃ!」

 

コルベールはオスマンの抗弁を聞いていて、自分もミス・ロングビルの魅力にくらりと来たことを思い出した。そういえば、彼女と会話するのが楽しくて、宝物庫の弱点などをべらべらと喋っていたような気もする。

 

「いやはや、流石は学院長! 慈しみ深くあらせられる!

 教育者たるもの、やはり暖かく広い心でもって人と接しませんとな!」

 

「おお、そうじゃとも! 何だ、分かっておるではないか、コルベール君!」

 

二人の妙に浮ついた声でのやり取りに、ルイズたちはじっとりと冷たい眼差しを向けた。

 

「いや、しかしそうなると、今回は学院の職を回したのが失敗だったということに

 なるのでしょうか? せめて、他所への推薦に留めておくべきでしたな」

 

「そうは言ってものう。自分のところで雇えないと思う相手を、

 他所には回しておけんじゃろ? 何よりわしは、彼女なら学院での仕事を

 上手くやってくれると思っていたのじゃよ」

 

「ああ、確かに彼女は優秀でしたな。事務仕事が出来るのはもちろん、何より魔法の腕が

 ピカイチでしたからな。よくこんな人が、他所へ行かずに学院へ来たものだと

 思ったものです。まあ、それも今思えば当然だった訳ですが・・・」

 

コルベールの言葉の途中で、オスマンの眉間に皺が寄った。そして年寄りとは思えぬ勢いで、再びの怒鳴り声が上げられた。

 

「バカタレーーーッ!!」

 

「え、ええ!?」

 

コルベールは、何がオスマンの琴線に触れたのか分からず、おろおろと狼狽えた。

 

「魔法の腕じゃと? 確かにそれは重要じゃろうて。魔法が上手く使えんものに、

 教職は務まらんからの。じゃが! 学院に勤めようという者には、もっと大切で尊く、

 欠かすことの出来ない資質があるのじゃ。わしは何も魔法が使えるだとか、

 単に可哀想だったからとか、そんな理由だけで彼女を採用したのではないわい!」

 

コルベールは畏まった様子で、オスマンの言葉を受け止めた。

 

「これは大変失礼致しました。若輩の身にして、考えが至らずに申し訳ありません。

 して、その最も重要な資質とは、何なのです?」

 

オスマンは目を細めて言った。

 

「それは、直接目に見えるものではない。手に抱くことも出来ぬ。

 じゃが、世界中をあまねく風のように包み込んでおり、

 この世の如何なる魔法よりも強い力となるものじゃて。つまり・・・」

 

コルベールはごくりと喉を鳴らした。

 

 

 

「LOVEじゃよ」

 

「・・・は?」

 

「ラヴじゃよ、ラヴ」

 

「・・・」

 

「愛とも言う」

 

コルベールは、目元を指で押さえながら言った。

 

「あー、まあ、言わんとすることは分からないでもないですが、

 随分抽象的なことを言われるのですな」

 

「じゃが重要じゃろ?」

 

「ええ、まあ、そこは分かります、そこは・・・ 

 生徒に愛情を持って接するのは、それはそれは大事なことだと、

 そういう意味では分かりますが・・・ しかしそれとミス・ロングビルと、

 一体どうやって結びつくというのですか?」

 

「そりゃあ、アレじゃ」

 

オスマンは言った。

 

「彼女、店で皿を運んできた時にお尻をさすっても、怒らなんだ」

 

「「「は?」」」

 

皆、あまりの内容につい口から声が漏れ出ていた。

 

「何で?」

 

「分からんか? わしのようなよぼよぼのじじいが触っておるのに怒らんのじゃぞ?

 普通、嫌な顔の一つもするもんじゃて・・・ それどころか何と彼女、ニッコリと

 微笑みを返してまできよったのじゃよ! こんなに慈しみ深い愛をわしは知らんわい。

 惚れてると思うじゃろ? まさしくLOVEじゃよ、LOVE!」

 

まあ、採用した途端に冷たくなってしもうたんじゃがの、とオスマンは寂しそうに言った。

 

「「「・・・・」」」

 

オスマンの回答は、ただただ冷たい沈黙で迎えられた。

 

「少なくとも一つ言えるのは・・・」

 

コルベールは軽蔑の眼差しとともに言い放った。

 

「学院長の大事にしておられる『LOVE』は、ベクトルが間違っております。

 主に、ひわいな方向に」

 

「私からもご忠告申し上げますわ」

 

キュルケも釣られて声を上げた。

 

「お酒の場で始まる愛は遊ぶもの。遊ばれるものではなくってよ?」

 

オスマンは自分の意見が思いっ切り否定されたことで、肩を落としてしょげ返った。

 

「ふむ、わしもまだまだじゃのう。若いもんの意見を聞くと勉強になるものじゃ・・・

 のう、モートソグニルや」

 

「チュウッ!」

 

オスマンの肩に一匹のネズミが顔を出し、一声鳴いた。

それを見た一同は、ぎょっとして身を固まらせた。

 

「お、オスマン殿? そのネズミは・・・?」

 

「なんじゃね、コルベール君。まさか君、わしの使い魔を忘れたとは言わんじゃろうな。

 このかわいい、かわいいモートソグニルのことを!

 こいつに対する愛情だけは、誰にも否定はさせんて・・・!」

 

「そ、そう言うことじゃありません!」

 

「じゃあ、なんだと言うんじゃね」

 

「そのネズミ、真っ黒ではないですか!」

 

丸々太った黒ネズミは、チ゛ュゥーーー! とふてぶてしい鳴き声を上げた。

オスマンはコルベールの指摘を受け、細めていた目をカッと見開いた。

 

「カァーーーーッ! まったくおぬしというやつは! 至らんところがあるといえど、

 少しは見どころのあるやつじゃと思っておったのに、見損なったぞ!!」

 

「ええええええ!?」

 

なぜそこまで言われたのか分からず、コルベールはそれまで以上に狼狽えた。

その様子を見守っていたルイズたちも訳が分からず、目をぱちくりさせた。

 

「まったく、おぬしがそんな奴だと知っておったら、

 この学院の門をまたがせはせなんだものを!」

 

あっち行け、しっし! と、自分を邪険に扱うオスマンに彼の本気さを理解したコルベールは、

慌てて口を開いた。

 

「お、お待ちください、オールド・オスマン! オスマン殿の気を害したようなら

 申し訳ありません! しかし、しかし一体どうして私は怒られたので!?」

 

「分からんのか!」

 

「ははぁ! 常日頃よりお目を掛けて頂きながら、本当に申し訳ありません!」

 

頭を低く垂れたコルベールの姿を横目に、しぶしぶといった様子でオスマンは答えた。

 

「これじゃから、自覚のない奴は嫌なのじゃ。

 お主、今LOVEとは真逆のことを行いよった」

 

「は、すみません! 気付かずそのような事を仕出かしてすみません!」

 

「お主、今、息を吐くかのようにネズミ差別をしおった・・・!」

 

「いやはや、私としたことがそんなことをするなど甚だ恥ずかしいばかりで、

 差別など・・・え?」

 

コルベールはポカンとした表情になって、顔を上げた。

 

「オスマン殿、今、何と?」

 

「お主はさっき、ネズミ差別をしたのじゃ! わしの使い魔を、肌の色で差別しおった!」

 

コルベールは、先ほどまで真っ青にしていた顔を真っ赤に紅潮させると、猛烈な勢いで反論し始めた。

 

「何かと思えば、なんと馬鹿げたことを・・・!

 オスマン殿、自分の使い魔取り違いを指摘されたからといって、

 そこまでして自分の非を認めたがらないとは! 大人げないですぞ!」

 

「何を言うか! こいつは正真正銘、わしの使い魔じゃ!

 それをやれ、黒いからと言ってこんなのモートソグニルじゃないなどと言いおって!

 とんだ差別主義者じゃ! 恥を知るがよい!」

 

いや、それはただ分別を無くしているだけなのではと、ルイズたちは心の内で思った。

 

「恥を知るのは、そっちの方ですぞ! 私もこの学院に勤めて幾年と経っておりますが、

 オスマン殿のネズミは白! 黒かったことなど、一度もありませんぞ!」

 

「カァーーー! 分からん奴じゃ! それが差別じゃと言っておるのじゃ!

 ずっと見てきたわしの使い魔が白かったから、じゃからモートソグニルは白ネズミで

 無くてはならないじゃと? もう、その考え方が差別的だと言っとるんじゃ!

 お主、無意識的に黒ネズミを白ネズミの下に見ておるな?

 どうせお主も、白ネズミより黒ネズミの方が不潔だとか思ってる口なんじゃろ?」

 

「そう言う問題ではありません!

 白いネズミが黒かったら、そりゃあもう別のネズミでしょう!?」

 

コルベールの決定的な一言に、それまで息を飲んで目の前のやり取りを見守っていたルイズたちも声を上げた。

 

「あの、オールド・オスマン? 私も、学院長の可愛らしい使い魔をお見かけした時は、

 白かったと覚えているのですが!? ねえ、あなたたちはどう?」

 

「へ、わたし!? ・・・ええ、白かったはずよ」

 

「白」

 

この場にいる、自分以外の誰もがモートソグニルを白と思い込んでいる事実に、オスマンは深い深いため息を付いた。

 

「嘆かわしいのう。黒いぐらいで皆、お前を見分けることが出来なんだとは」

 

オスマンに喉元をくすぐられたネズミはチュウと短く鳴いた。

 

「しかし、モートソグニルは白でしょう?」

 

「馬鹿を言うでないわ! そもそもの話、わしのネズミが白いだなどと

 一体誰が決めたというのじゃ?」

 

「いや、そんなことを言われましても・・・」

 

「ほれ見よ! 本のどこを探してみても、そんなことは書いておらんわい!」

 

オスマンはそう言って、青表紙の本を持ち上げた。

 

「知りませんよ、そんなこと! 大体、何の本ですかそれは!」

 

「580エキューで買ったのじゃ」

 

「高っ!? エキュー金貨ではなくスゥ銀貨の間違いでは?

 ・・・って、そんな街中で売ってるような大衆小説のことなどどうでもよろしい!」

 

「おいおいコルベール君、その言い草はないじゃろう。

 これにはこの世界の全てが描かれておると言うに・・・

 これに書かれていることこそこの世の真実で、これに書かれていないことは

 如何様にでも読み手に解釈をゆだねられておるのじゃ」

 

「何をおっしゃりたいのかサッパリ分かりませんが、じゃあ何ですか?」

 

コルベールは言った。

 

「その本に書かれてさえいないのならば、

 実はオスマン殿がゲイだったとしても構わないと?」

 

オスマンはゴホンゴホンとむせ返った。

 

「な、何ということを言うんじゃ! いくらワシが女にモテずとも、

 男に走りたくなんか無いわい! あり得んことを言うでないわ!」

 

「じゃあネズミはどうなのです。白が黒に変わる訳ないでしょう!」

 

「それは、きっとあれじゃろう。煙突の中でも通って、黒く汚れてしまったんじゃろうな」

 

「いや、そのネズミの色つやは、そんな風には見えないのですが?」

 

「じゃあ、アレじゃろ? きっと今までが白く汚れておったのじゃ!」

 

「は? 白く汚れる?」

 

「きっと、小麦粉か何かで汚れておったのじゃ! 小麦袋の中で遊ぶとは、

 こやつめ中々いたずらっ子じゃのう」

 

「それ、マルトー氏に聞かれたら殺されますよ」

 

コルベールは、うんざりとした顔で言った。

 

「まったく、そもそもどうして色すら変わっているというのに、

 それをご自身の使い魔だなどと思うのです?

 オスマン殿にはネズミの顔に見分けがつくのですか?」

 

「簡単なことじゃよ。わしのモートソグニルは、小指の先が欠けておってな・・・」

 

オスマンはそう言うと、肩に乗った黒ねずみに顔を近づけ、その小さな前脚をまじまじと見つめた。一、二、三、四、・・・五本、そろっている。

 

「誰じゃお前は!」

 

黒ネズミは、ぢゅう゛っ!と鳴きながらオスマンの肩を駆け下り、そのまま部屋の片隅に逃げ去っていった。呆気に取られてオスマンを見つめる皆の視線の中、彼はよろよろと歩きながら、疲れ果てたような声を出した。

 

「参ったの。どうやら、またモートソグニルがどこかへ行ってしまったようじゃ。

 ああ、心配じゃ。この間、生徒の猫に食われそうになったばかりじゃというのに」

 

「「「・・・・」」」

 

皆は微妙な顔をしてオスマンを見つめていた。

 

「うーむ、また探して貰わんといかんな」

 

そう言うとオスマンは、執務机の上に置かれた呼び鈴を手に取り、りんりんと鳴らした。

 

「ミス・ロングビル! ミス・ロングビルはおらんか!?」

 

ルイズたちは、えっという表情を浮かべた。これは一体どういうことかと、彼女たちがコルベールに顔を向けると、彼はあちゃあという、見られてはいけないものを見られてしまったような、そんな悔いのある表情を浮かべていた。りんりんりんりんと鐘の音が鳴り響く。

 

「ミス・ロングビル! どこじゃ? 近くにはおらんのかね?」

 

「・・・オスマン殿」

 

コルベールは険しい顔をして言った。

 

「ですから、ロングビル殿の代わりとして、私はここにおるのです」

 

「馬鹿を言うな。おぬしのようなさえないハゲ頭に、ロングビルの代わりが務まるものか。

 君と彼女の共通点なぞ、婚期を逃しとることぐらいしかないではないか!」

 

「な・・・!」

 

あんまりな暴言に絶句したコルベールを他所に、キュルケは思わず尋ねていた。

 

「あ、あの、オールド・オスマン?」

 

「何じゃ?」

 

「その、・・・冗談、ですわよね?」

 

「・・・? 一体何がじゃ? とかく世はすべて冗談のようなことばかりじゃて・・・

 それにしてもおかしいのう。普段なら、呼べばすぐに来てくれるんじゃが・・・」

 

顔を強張らせたキュルケの前で、オスマンはまたよろよろ歩くと、ふと思い出したように言った。

 

「そういえば、取り返したという破壊の杖を見せて貰っておらなんだ。

 見せてくれるかの・・・おおう! もうすでに机に置いておったか!

 とろくさい学院の教師どもと違って若い子は話が早いの。

 いやはや、懐かしいのう! この杖は確か 36・・・いや140年前じゃったか・・・

 わしにとっては昨日の出来事じゃが、君たちにとっては・・・」

 

オスマンはその虚ろな瞳で虚空を見つめたまま、ベラベラと聞いたような思い出話を喋り始めた。彼の明るい声音が、より一層の異常さをルイズらに印象付けた。コルベールは深刻そうな表情で

ルイズらに向き直り、オスマンの耳に入らぬよう小さな声で事情を告げた。

 

「オールド・オスマンは、信頼していた秘書に裏切られたことが余程ショックだったらしく、

 実は先程からこの調子なのだ」

 

ルイズらは何と言っていいか分からないといった困惑の表情を浮かべ、お互いに顔を見合わせた。

 

「あまりこういう事情を生徒に明かしたくはないが、オスマン殿の力で

 回されている予算のこともある。どうかこのことは内密に・・・」

 

「あり得ぬ!」

 

コルベールの言葉は、突然のオスマンの叫びでかき消された。

その声の大きさに、皆がビクッと震えた。

 

「あり得ぬ、おお、始祖は何と残酷なのか・・・

 ミス・ロングビルが、彼女がフーケだったじゃと!

 彼女が捕まるじゃと・・・?」

 

「・・・ミス・ロングビルを余程信頼していたのね」

 

キュルケがしんみりと言うと、一同は少し暗い顔をして俯いた。

 

「そんなことが、そんなバカなことがあってたまるものか!

 あのお尻をもう二度と触ることが許されぬとは!!」

 

「「「・・・」」」

 

「盗みをやるほど金に困っておったじゃと?

 カァーッ! 知ってさえおれば、幾らでもわしの財産を投げ打ったものを!」

 

オスマンはそう叫ぶなり、押し黙って窓辺によろよろと歩いて行った。

そして窓の外を眺めながら、ぶつぶつと弱々しい独り言を続けるのだった。

 

「どうか」

 

静かになった部屋にコルベールの声がよく響いた

 

「どうか、この件は内密に頼む!」

 

彼は深々と頭を下げた。

 

「もちろんですわ、ミスタ」

 

キュルケが冷たく言い放った。

 

「こんなの、在校生にとっても大いに恥ですもの」

 

ルイズとタバサも、その言葉に頷いて同意を示した。

ただ一人、魔王だけが彼女の厳しい物言いに抗議した。

 

「そんなことをお年寄りに言うものではありません。

 見てください、あのYOLO YOLOな姿を! かわいそうとは思わないのですか!?」

 

そう言って魔王は、かの哀れな老人を指差した。

オスマンは皆の視線に気付くこともなく、今なお一人でつぶやき続けていた。

 

「わしは残りの人生、あと何回お尻を撫で回すことができるのじゃろうか・・・?

 こんな仕事をしておっては、おちおちナンパも出来んわい。

 いっそ辞めてしまおうかの。人生は一度きりじゃて・・・!」

 

「私には、人生を謳歌しようとしているようにしか見えないわよ!」

 

魔王の反論はあっけなく退けられた。

まあまあと、コルベールがルイズらを諫めた。

 

「あんなボケ老人のことなど放っておきましょうぞ。

 学院長はこんなになってしまっているが、今晩はフリッグの舞踏会。

 主役はなんといっても、フーケを捕らえた君たちですぞ! しっかり楽しんできなさい」

 

キュルケは、浮かない顔をして問うた。

 

「しばらくしたら、治るわよね?」

 

「・・・ええ、もちろんです」

 

コルベールは、不安になるような笑みを返した。

 

「ま、まあ、とにかくこうしちゃいられないわ! 早く準備しましょ!」

 

ほらタバサも!と、キュルケは彼女の手を引いて、扉に手を掛けた。

 

「ルイズも、そんなボロボロの服着たままじゃダメよ!」

 

彼女たちは、その場から逃げ出すように走り去っていった。

ルイズは黙って、自分の薄汚れたローブ姿を見下ろした。

 

「確かにこんな格好のままじゃ、大恥かいちゃうわね。私も早く着替えないと」

 

ルイズはそう言うと、魔王に顔を向けた。

 

「あんたもしっかりした格好で準備してきなさい。服はあるかしら?」

 

ダイジョーブです!という自信満々な魔王の態度に不安になりながらも、

ルイズは部屋を辞そうとした。

 

「おお、コルベール君! なんということじゃ!」

 

学院長の再びの叫びに、ルイズは思わずビクッとして、扉に伸ばした手を引っ込めた。

 

「何ですか、オールド・オスマン? 下らない話ならば・・・」

 

「彼女は秘宝を盗むほど金に困っておった、ということはじゃよ?」

 

コルベールは息を飲んだ。先ほどまでのよぼよぼな姿が信じられないと彼は思った。

今話を続けるオスマンの瞳には、知性の輝きが灯っていた。

 

「もしわしらが上手く立ち回ってさえおれば、あんなことやこんなこと、

 もしかしたら、あのぱふぱふだって出来ていたのかもしれんのじゃよ!」

 

「あ! ああああっ! 何てことだ! オールド・オスマン、やはりあなたは

 ボケても天才・・・! あっ・・・」

 

いい歳こいたコルベールは、まるで叱られる少年のようなおどおどした様子で、

ルイズの顔色を覗った。

 

「失礼しますっ!」

 

学院長室の扉は、大きな音を立てて閉じられた。

呆然とするコルベールを他所に、オスマンはその叡知を語った。

 

「のう、コルベール君。わしは間違っておった。こんな筒切れなんかより、

 発育の良い女性たちこそ、我らの最大の秘宝とは思わんかね?」

 

コルベールは誰に聞かせるでもないため息をついた。

 

 

 

「・・・それで、あなたは何でここに残っているのです?

 何か聞きたいことでもあるのですか?」

 

コルベールは力なく魔王に問い掛けた。

 

「いえいえ、大した用事ではないのです。ルイズ様にキュルケ嬢はシュヴァリエの爵位、

 そしてタバサ殿は精霊勲章ですか。いやはや、大変ヨロコバシイ」

 

「・・・心配しなくても、申請は私の方からちゃんとしておきましょう」

 

「あ、イエ、そのことではなく・・・」

 

「そのことではなく?」

 

首を傾げたコルベールに向け、魔王はイイ笑顔で尋ねた。

 

「私には、何をくれるのですか?」

 

やはり、この学院エリアの支配権とかイイですね等と嬉しそうにはしゃぐ亜人を前にして、

コルベールは深い深いため息をついた。

 




美人秘書を失い、耄碌してしまったオスマン。
しかしそれは溜まりに溜まった仕事をサボりたい彼の卑劣な罠だった!
コルベールは果たして真実にたどり着くことが出来るのか?

例え火の中水の中草の中あの子のスカートの中
ワシはこいつと 旅に出る!(チュウ~!)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。