使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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STAGE 2 地底の国からはるばると

 ルイズに召喚され、そして吹っ飛ばされた自称魔王の亜人は、コルベールの手によって

容赦なく簀巻きにされた。ルイズには信じ難いことに、どうやらコルベールを初め、その他

いくらかの生徒達はふざけた冗談をとばした亜人を今なお警戒しているらしかった。

 

「こいつが魔王なら、私は破壊神ってことになっちゃうじゃない!!」

 

「新しい二つ名的には丁度いいんじゃないの?破壊のルイズ」

 

「その呼び方、私は認めてないわよ!!」

 

「ミス・ヴァリエール! 二つ名のことはともかく、今はもっと優先すべきことがある!」

 

「は、はい先生!」

 

 コルベールの呼びかけを受け、ルイズは忌々しい二つ名問題から離れたが、

しかし続く彼の言葉は、彼女により辛い現実を突き付けるものだった。

 

「さあ、気を取り直して早く儀式を完了させたまえ」

 

「……はい?」

 

「なんだ? 寝ぼけている訳じゃあるまいね? 確かに君は、使い魔を呼び出すことには成功した。

しかし使い魔召喚の儀とは、使い魔を召喚すると同時に、コントラクト・サーヴァントによる

主従の契約を以って完成するものだ。これを終えない限り、君は使い魔を得たことにはならない」

 

 サモン・サーヴァントとは、使い魔となる生物を呼び出す“だけ”の呪文である。

その後のコントラクト・サーヴァントの魔法を成立させることで、メイジと使い魔の間に

ラインが結ばれ、感覚の共有等の効果と共に、メイジ‐使い魔間の主従関係が成り立つのだ。

だが、そんなことはルイズも重々承知している話だった。

 

「で、でも相手は亜人です! こんなに騒ぎになったじゃないですか!」

 

「今さら怖気づく必要もないだろう。確かに亜人は危険な存在ではあるが、

つい今しがた、君はあの亜人を従えるだけの力量を見せたのではないかね。

さあ自信を持って契約を済ませなさい」

 

 コルベールは妙に勘違いした気遣いを見せたが、ルイズにとってこれは到底認められない話で

あった。

 

「危険だとか安全だとかの話じゃありません! 嫌です!

こんなものを、私の使い魔にしたくありません!」

 

「何を言ってるんだ君は! 君が呼び出した使い魔だろう?

君の使い魔なのだから、君には契約する責任があるはずだ!」

 

「先生、それは矛盾しています! 先程先生のおっしゃった通り、サモン・サーヴァントで

呼び出しただけの今なら、“まだ” 私の使い魔じゃないはずです!」

 

「な! そ、それは厳密にいえばそうかもしれないが……」

 

「まだ私のものじゃないんだから、あの亜人をどうこうする責任なんて無いはずです!」

 

 普通は、召喚と契約の二つの魔法が一連の流れとして使われるため、コントラクト・

サーヴァントによる召喚物と使い魔とは、同じものとして扱われる。しかしルイズが

指摘した通り、厳密には両者は異なるものである。その微妙な差異から生まれる

グレーゾーンを、秀才ルイズは見逃さなかった。

 

「私の使い魔じゃないんだから、コントラクト・サーヴァントだってしません!

もっとマシなものを召喚して使い魔にします!」

 

「いやいやいや、それは何かおかしくないかね、ミス・ヴァリエール!

それにサモン・サーヴァントは、呼び出した使い魔が死ぬまで使えないものだ。

……いや、まさか、コントラクト・サーヴァントの前ならまだ使えるのだろうか?」

 

「とにかく先生! 私は自分のものでもないものに、責任を負うことはできません!」

 

「う、うーーーむ……」

 

 コルベールは考え込んでしまった。一学生に過ぎないルイズの快挙である。

何せルイズは必死だった。これからの人生が掛かっているのである。

 

「(見るからに禍々しい使い魔を従えてお先真っ暗だなんて、冗談じゃないわよ!)」

 

 だが人の世は非情である。強弁するルイズに味方しようとする者は、誰一人としていなかった。

それどころか、早速クラスメイトによる糾弾が始まった。

 

「……流石に無理があるんじゃないかしら?」

 

「屁理屈」

 

「何よあんたたち! 筋が通ってる理屈を屁理屈呼ばわりとは心外だわ!

それとも何? 私の言ってることに矛盾でもあるのかしら?」

 

「そ、それは……」

 

 強気の反論に、思わずキュルケは黙り込んだ。

 

「……でも、あなたの誇りにする貴族の在り方って、それで良い訳?」

 

「うぐっ…… な、なにも問題はないわ! だって、私の理性が導き出した完璧な理屈が、

私自身の正しさを証明してくれているんだもの!」

 

「危険なやつを呼び出した責任はどうなるのよ?」

 

ルイズにとって旗色の悪いことに、モンモランシーまで話に加わってきた。

 

「そ、それはそれ、これはこれだわ! 危険な生物ってことなら、ドラゴンとか、

他の大型の魔法生物だって十分危険よ! 特別なことじゃないわ!」

 

「でも亜人じゃない! 他の生物とは訳が違うわ!」

 

「何よ!今はあいつも簀巻きにされてるんだから、安全でしょ!

あれを私の使い魔にすることとは、関係がないわ! 」

 

 ルイズは本人的には華麗な切り返しで相手を跳ね除けている。しかし悲しいかな、

その反論こそが不満を抱えた他のクラスメイトによる糾弾の口火を切っていることには

気付いていなかった。今度は金髪巻き毛のキザ男、ギーシュが黙ってはいられなくなった。

 

「ルイズ! 召喚だけでも、散々失敗しただろう?

これだけ儀式を長引かせて、まだ続けるつもりなのかい?」

 

「ぐぐぐ、それもやっぱり関係ないわ!

先生から、明日のやり直しの許可は貰ってるもの!」

 

「それは亜人を呼び出す前の話だろう!」

 

 彼の友人、ギムリも叫んだ。

 

「呼び出した後だって変わらないわ! 契約しなければ、結局あいつは私の使い魔と

何の関係もないもの! 全く問題はないわ!」

 

「ずうずうしいぞ、ルイズ!」

 

 しゃがれた低い声で、マリコルヌも反論する。

 

「既に明日の時間を認めてもらった後だもの、ずうずうしくなんかないわ!」

 

 コルベールは目の前の泥沼化するやり取りに、自分がしっかりせねばと気を取り直して

事態の収拾に動いた。

 

「ミス・ヴァリエール…… 君も分かってはいるだろうが、使い魔召喚の儀は

始祖ブリミルの御業を起源とする、神聖不可侵な儀式だ。サモン・サーヴァントは

メイジに相応しい生き物を呼び出す魔法であり、例えどのようなものが召喚されようと、

それは始祖の御導きに他ならない」

 

「そ、それは……」

 

ブリミルの名を通して語られる言葉は、ルイズに安易な反論を許さないものだった。

 

「召喚だけではまだ主従の関係が成立していないとはいえ、コントラクト・サーヴァントによる

契約を拒否することは、始祖の御導きを否定することと取れるのではないかね?

私も迷いはしたが、ここはやはり素直に契約を結ぶべきだろう」

 

「で、でも、コレなんですよ!!」

 

 ルイズは泣きそうになりながら簀巻きの魔王を指差した。コルベールがその先を

目で追うと、グルグル巻きにされてなお逃げ出そうとしているのか、魔王がビッタン

ビッタンと、陸地に打ち上げられた魚のように跳ね回っていた。

 

「……」

 

「それに、こいつはマガマガしくて、使い魔にするには相応しくないものなんじゃないですか!

さっき先生だって、迷ったって!」

 

「滅多なことはいうものではない! 先程は見たこともない亜人の召喚ということで、

私も気が動転しておったのです。始祖ブリミルの御導きに間違いが起こるはずがない」

 

「で、でも」

 

「始祖のお導きに、でもも、しかしも、ありません!」

 

「うぅ……」

 

コルベールの強い口調に、ルイズはしゅんと項垂れてしまった。

 

「それに、考えてもみなさい。始祖の偉大さを考えればあり得ないことだが、

もし仮に、何らかの手違い・間違いで、いやきっとそのように思えるだけで

常人の理解・想像を超えた的確・適切な始祖のお導きによって!

あまりブリミル教的に相応しくないような気がする、あくまで気がするだけで、

相応しくないとは言ってませんよ! そう、限りなく相応しくないように思える

得体の知れないマガマガしい、いやマガマガしそうな何かを召喚したのだとしても!

そうであればこそ貴族たる者はそれに応え、何事も起こらぬよう使い魔を御する義務が

あるはずだ! 違うかね!?」

 

「……先生、過去に教会との揉め事でもあったんですか?」

 

コルベールの熱意とは別のところが気になるルイズだった。

 

「……そんなことより! 今はこの亜人も捕縛されていて大丈夫だが……

大丈夫そう…… いやきっと大丈夫、多分……」

 

 簀巻きにされてなお、ある種元気そうにもごもご動き回る魔王に、コルベールは思わず

言い淀んだ。

 

「しかし、何時までもコントラクト・サーヴァントを済ませずにいては

何が起こるか分からない。何せ相手は亜人なのだ。いくら簀巻きにしていても、

人目が途絶えた隙に先住魔法を使われる可能性だってある。

そうであればこそ、あの亜人がマゴついてる今のうちに契約を済ませ、

主従関係を確立してしまうべきだ。安心しなさい、コントラクト・サーヴァントには

主への忠誠を使い魔に刷り込む機能もあると言われている。今しかない、さあ早く!」

 

 ルイズはコルベールの意思が完全に固まっていることを悟った。

それでもなお一縷の可能性に掛けることをルイズは諦めたくなかったが、

しかし大人とは、教師とは、敵に回すに強大である。

 

「それにミス・ヴァリエール。あまり言いたくないが、もう一度サモン・サーヴァントを

行ったからと言って、本当に失敗せずに何か呼び出せるのかね?

呼び出せなければ今度こそ留年、いや退学すらあり得ると考えて頂きたい!」

 

「うぐぐぐぐぐっ!」

 

 進級を盾に取られ、ルイズは本当に仕方なく、嫌々ながら、コントラクト・サーヴァントを

行う羽目になった。

 

「……聖なる五つのペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と成せ」

 

思わず考え込んでしまう。

 

「(は、はじめてのキスがコレ!?)」

 

「ミス・ヴァリエール! 続けなさい!」

 

「は、はい!」

 

「……」

 

ルイズは、そっと亜人に口づけした。

 

「……」

 

「……」

 

 

「……熱ッ、アッツツィイイイイ!!!!! 手が熱ィイいいいい!!!」

 

コントラクト・サーヴァントにより、その身にルーンを刻み込まれる痛みで悶え回る簀巻きの

自称魔王は、ウネウネとのたうち回るイモムシの様であり、ルイズの心を一層げんなりさせた。

 

「サモン・サーヴァントは何度も失敗したが、コントラクト・サーヴァントは

1回で成功したようだね。もし失敗したら1チャンスあったかもしれないが……」

 

「え、それどういう意味ですか?」

 

「そりゃ勿論、使い魔君がバクはt…… いやはや! これは珍しいルーンだな!」

 

「ちょっと先生! 今、何を言いかけたんですか!」

 

「 ……ああ! もうこんなに時間が! 皆、次の授業の時間だ。早く教室まで移動しなさい!」

 

促された生徒たちは、一斉にフライの魔法を使い、学院に向け飛び立つ。

 

「さ、君も早く使い魔を連れて移動したまえ」

 

 ただ一人、フライの使えないルイズは、先行く生徒たちの後姿を眺めるしかない。

思わず彼女は叫んだ。

 

「こ、こんなはずじゃあ無かったのにーー!!」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「全く、本当に何なのよあんたは!」

 

 ルイズは自室にて、自らの使い魔に不満をぶつけていた。

 

 自称”魔王”の拘束は、コントラクト・サーヴァントの後に解かれた。コルベールは

亜人を警戒し、縄を解きたがらなかったが、ルイズにしてみれば冗談ではなかった。

例え不本意な使い魔を従えたにしても、グルグル巻きにしておいて何の役に立つというのか。

 

『契約を済ました使い魔は、主人に友好的になるはずじゃなかったんですか!』

 

『い、いや念のため……』

 

『ブリミルの御業を疑うんですか!』

 

『うぐっ!』

 

 こんなやり取りの後、コルベールは渋々亜人の縄を解いたのだった。

 

 

「まさか魔王だと信じて頂けないとは……

これがカルチャーギャップというやつなのでしょうか?……」

 

 ルイズは始め、彼の戯言に怒っていたが、すぐにそれが空しいことだと悟った。

なんせ彼は、大まじめに魔王を自称していたのだ。聞けば、彼は過去にもよく簀巻きにされて

いたらしい。そんなに弱い癖に、一体どこから魔王と名乗る自信が出て来るのだろうか?

 

「あんたみたいな弱っちい魔王がいる訳ないでしょ!あんたが魔王なら、

私なんか一人でだってエルフを蹴散らして、聖地を取り戻せるわよ!」

 

 魔王もこれには意見し難いのか、項垂れつつ応えた。

 

「……この際、私を魔王と信じて頂けなくてもかまいません。魔王としてのイゲンに欠けるのは、

ウスウス気付いてましたし。……自分で言ってて、悲しくなってきました……

ですが、それはそれ。ルイズさまには、ご自身のタグイマレなる才能を、自覚して頂かねば

なりません。土中を掘り進め、数多のマモノを生みだし、強力な魔王軍を作り出す。

ルイズさまには、それを成し遂げる力がおありなのです!」

 

「……ツルハシで?」

 

「そう、ツルハシで!」

 

「「…………」」

 

「ハァ……」

 

「あ、信じておられませんね! 破壊神さま!」

 

「破壊神って呼ぶんじゃないわよ!」

 

「いーえ、破壊神さまは破壊神さまです! 騙されたと思って、このツルハシを振るって

みてください。さすれば、必ずや世界征服への道が開けるでしょう」

 

「だれがツルハシなんか振るうっていうのよ! そんなもの平民にでもやらせなさいよ!

それに騙されたとしても世界征服なんてやらないわ!」

 

それを聞いた途端、魔王は目に見えて狼狽えた。

 

「え、まさか、え、嘘ですよね。世界征服といえばオトコのロマン。

興味がないわけないですよね! あ、もしかして、冗談、だったり?」

 

「そもそも男じゃないわよ! そして冗談でもないわ!

世界征服なんて始祖と王家に唾吐く行い、断じてやらないわ!

そもそも出来るはず無いけど!」

 

「そんなことありません! 今は信じられないかもしれませんが、ツルハシと破壊神様のお力が

重なることで、無限のプァワァーが生まれるのです! あ、一応念のため言っておきますが、

これは演出上の表現であって、実際には堀パワーに制限が……」

「とにかく!」

 

ルイズは魔王の言葉を遮り、ハッキリと宣言した。

 

「もし世界征服が出来る力があったとしても、

そもそも、そんなマガマガしいこと絶対にやらないわ!」

 

「えぇ! そ、そんなミもフタもない……」

 

 どうやら世界征服は、彼にとっての存在意義であったらしい。

魔王は酷く落ち込んだ様子だった。ルイズはそれを見ていい機会だと、

彼に使い魔としての自覚を持たせるべく話しかけた。

 

「とにかく、あんたがどこの誰で何を望んでいようと、

私の使い魔になったからには、私の言う通りに動いてもらうわよ」

 

「私が使い魔…… 魔王なのに使い魔…… or2」

 

「何よ、私の使い魔になったことがそんなに不満!?」

   

「……私、知り合いの魔王に聞いたことがあります。使い魔は主の所持金を賭けた

バトルのため、力尽きるまで戦いを強いられるんだとか。そしてステータス強化だとか、

図鑑コンプだとか、そんなミガッテな理由のために新たな使い魔を呼ぶダシに使われ、

人知れず消え去っていくんですよね……」

 

「あんたは使い魔を何だと思ってるのよ!!」

 

 ルイズは頭を抱えつつ答えた。

 

「分かってないみたいだから、一から教えてあげるわ。使い魔の仕事は大きく分けて三つよ。

先ず一つ目は、感覚を共有して主の目となり耳となること。でも駄目ね、目をつむっても

あんたが何を見ているか分からないし、他の感覚も駄目そうね。二つ目は、主の求めるものを

取ってくること。薬草とか、鉱石とか、秘薬の材料になる様なものを見付けて取ってくるのよ」

 

「……そういうことなら、私にも出来るかと思います。普段は地下に住んでいましたから、

魔分を多く含んだ土地だとか、珍しいキノコとか、あとコケとか見つけるの結構得意です。

何を隠そう、わたくしニジリゴケ検定協会の理事をやってますから!」

 

「ニジリゴケ? ……まあ出来るのならいいわ」

 

やっぱり魔王らしくないと思いつつ、ルイズは続けた。

 

「それから三つ目、主の身を守ること。でも無理ね、アンタすぐに簀巻きにされちゃうんだもの」

 

 魔王はしばらく何か言いたそうにモゴモゴしていたが、結局何も思い付けなかったのか、

悲しそうにうつむくのであった。

 

「あんたは使い魔として出来ることが少ないんだから、普段はあんたにでも出来そうな雑用を

任せることにするわ。掃除とか洗濯とか」

 

「魔王が雑用…… or2」

 

「それから、自分のことを魔王って名乗るのもやめなさい!

あんたのせいで私の名前が傷つくなんて、許さないんだから!」

 

ルイズはうなだれる魔王を他所に明日の洗濯を命じ、また朝になったら起こすように言うと、

さっさとベッドに潜り込んでしまった。

 

「出だしからこんな目に合うとは…… これがアウェーの洗礼というやつなのでしょうか?」

 

魔王は、赤と青に毒々しく光る二つの月を眺めながら、傷心に浸るのであった。




……ベッドの中にて……
ルイズ「あいつ、ほんとに頼りになるのかしら?」

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