使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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雑感 ポプテピピックってクソだよね


STAGE 19 捕縛魔王伝 零

フーケとの戦いが一段落ついた後、ルイズの心には改めて喜びが吹き上がって来ていた。

 

「・・・やったわ。 私、ついにやったのね!」

 

「お見事でしたルイズ様。これでルイズ様も名実ともに

 偉大な破壊神さまとして称えられることでしょう!」

 

すぐさま魔王の頭がポカンと殴られた。

 

「あイタッ! どうしてです、ルイズ様! 私、しっかり協力したじゃあありませんか!」

 

「いいこと、私が褒め称えられるべきは『メイジとして』よ!

 そうじゃなかったら、何のためにこいつを苦労して作ったか分からないじゃない!

 ・・・それにしてもこいつ、本当に大人しくなったわね」

 

そう言ってルイズは、彼女の作り出したスーパーゴーレム“まじん”を見上げた。まじんは、いくらルイズが眺めまわそうとも、ちょこんと正座したまま微動だにしない。つい先ほどまで、フーケのゴーレム相手に大暴れしていたのが嘘のような姿であった。

 

「いやはや、アブナイところでしたな。もし私がネムリ球を持っていなかったら、

 折角生け捕りに出来たはずのフーケが、まじんの手でホネホネにされてしまう

 ところでした。ヤッパリ、討伐報酬と捕獲報酬じゃ、イロイロ違って来ますもんね」

 

「そう言う問題じゃないわよ! ゴーレムを作れたのは嬉しいけど、

 こいつ全然命令に従わないじゃない!」

 

「イヤイヤ、そこをルイズ様のツルハシさばきで自由自在に操るのが

 クロウトっぽくて良いんじゃあないですか」

 

「そういうもんかしら?」

 

「そうですとも。ゴーレムは人に似た身体がある分、扱い易いし、素人から玄人まで

 幅広く使われている土メイジの基本武器、対してルイズ様のゴーレムは見た目なんかは

 フツーのゴーレムとほとんど変わらないですが、あえてバランスが悪い様に足が短い分、

 硬度と重量をかなり増加させてKILLよりDESTROYを目的とした玄人好みの

 扱いにくすぎるゴーレム。使いこなせないとギーシュのゴーレムよりとろい

 ただの鉄クズみたいなもんだってのに何であのガキは?

 と、大絶賛を受けるにマチガイないでしょう!」

 

「それ、けなしてるようにしか聞こえないわよ!

 ・・・まあ、本当に強かったからいいけど・・・」

 

そう言いながらルイズは、まじんに吹き飛ばされ、今なお倒れ伏しているフーケを見つめた。ルイズは大いに喜んでいる今でも、自分の才能でフーケを倒したという事実がピンと来ない。

 

「さて、いい加減 あやつを縛っておかないといけませんな。あの性格では、

 目が覚めたとき、往生際悪く暴れるに違いありません。さあ、ルイズ様の手で

 フーケをお縄に付けちゃってください!」

 

さあさと、魔王はルイズを促した。

 

「それもそうね。じゃあ縛るもの貸しなさいよ」

 

「え゛っ?」

 

魔王は、信じられないものを見るように、目を大きく見開いた。

 

「 ・・・まさかルイズ様、ロープ持ってないんですか?」

 

「・・・悪い?」

 

二人の間に気まずい沈黙が流れた。

 

「フーケ、捕まえに来たんですよね」

 

「細々とした道具は、使い魔が用意しておくべきものよね」

 

「いや、でも私だって、縄も持たずにダンジョン飛び込んでくる勇者なんて見たこと

 ありませんよ。立ちはだかるものを全部なぎ倒して相手を追い詰めたのに、縛る縄が

 無くてオロオロしてる勇者とか、なんかダサいじゃないですか。

 そりゃあ私の立場だったら、有り難いでしょうけど、」

 

「いや、だから私の使い魔のあんたが持って来れば良かったじゃない」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

二人の見解は平行したまま、交わりそうにもなかった。

 

「地上のお二人、呼んでみましょうか?」

 

ルイズは黙ってツルハシを地上に走らせた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ダンジョンの入り口が掘り返されてしばらくすると、キュルケとタバサの二人は転がりそうな勢いで、ルイズたちのいる地下層に姿を現した。

 

「ルイズ! 平気だったの!?」

 

ずっと走ってきたために、彼女たちの息は大きく乱れている。どうやら普段は仲の悪いキュルケも、今この時ばかりはルイズを心配していたらしい。

 

「私は平気よ! それにフーケも倒してやったわ」

 

「ウソ!」

 

目を丸くしたキュルケに思わず自慢したくなったルイズだったが、彼女はその思いをグッと堪えて火急の要件を告げた。

 

「その話は後よ、 それより早くフーケを縛りたいんだけど、私ロープを持ってないの!

 あんたたちなら、どうにか出来ないかしら?」

 

「任せなさい! 今、縛り上げてやるわ」

 

そう言うとキュルケは、ロープを取り出しながらも、ルイズたちに向かって勢いよく走り出した。そして彼女に追随するタバサが杖を振ると、ロープの先は宙に浮かび、やがて目的の人物目掛けて飛んでいった。ロープはそいつに触れた途端、するすると巻き付いて、一瞬の内に不審人物を縛り上げた。

 

「アイエエエエ! スマキ!? スマキナンデ!?」

 

グルグル巻きにされた魔王は、バランスを崩して地面にぐねっと倒れた。

 

「ちょっ! ちょっと、何でそいつを縛ってるのよ!」

 

「何でって、フーケを縛ってあげたんじゃない! それよりもミス・ロングビルは平気なの!?

 気を失って倒れてるじゃない!」

 

自分たちが何を仕出かしたか、まだ分かっていないキュルケたちに、ルイズはぷっつんと切れた。

 

「いい加減にしなさいよ! あんたたちの縛った相手をよく見なさい! そいつは私の使い魔よ!」

 

「あ、あら?」

 

キュルケが困惑した表情で見下ろした先では、魔王が縛られたままうねうね動き回っていた。

 

「ご、ごめんなさいね、今すぐ解くわ。後姿だけ見て、てっきり・・・!

 だけどルイズ、それじゃあフーケはどこに行ったのよ? もしかして、逃げられたの?」

 

ルイズは黙ったまま、手にした杖でフーケを指し示した。

 

「なにしてんのよ。黙ってたら分からないじゃない。フーケはどこ?」

 

ルイズは腕を震わせながら、もう一度フーケを杖で示した。

 

「だ・か・ら、それよ! そいつがフーケだったって言ってるの!」

 

キュルケはきょとんとした表情をした後、はっと息を飲むと、大声で叫んだ。

 

「えええええ!!」

 

タバサは煩そうに耳を抑えた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「よくよく考えてみれば私、少し変だなとは思っていたのよね」

 

誤解と共に魔王の縄が解かれると、キュルケは億面もなくそんなことを言い始めた。

 

「ほら、行きの馬車でのことよ。私、彼女に話しかけてたでしょ?

 ロングビルがフーケだったなんて、だから過去のこと話したがらなかったんだわ。

 全くもう、あの時ルイズが止めなければ良かったのに、ほんっと余計なことしてくれたわ!」

 

当然黙って聞いている様なルイズではない。彼女は眉間をぴくぴくと動かしながら、キュルケに言い返した。

 

「何よそれ、 後からなら何とでも言えるじゃない!

 大体、フーケが自分から正体をばらす訳ないでしょ!」

 

「だから、その隠してる正体をこちらから暴けたかもしれないじゃない!

 嘘を重ねる人ってのは、何かしらぼろが出るものよ。

 人生経験の足りないチビルイズには分からないでしょうけど」

 

「ハァ~!? そんな都合のいい妄想みたいに上手く行く訳ないでしょ!?

 大体チビじゃないわよ! ちょっと身長低めなだけよ!

 アンタは身長とか、その、胸とかに栄養が行き過ぎて、頭がお粗末になってるみたいね!

 大体、い~い? だ・れ・が、フーケを捕まえたと思ってるのかしら!」

 

そう言ってルイズが威張ると、今度はキュルケが眉間に皺をよせた。

 

「そうやって、あんたが悠長に地面の下で構えてる間、死ぬような思いをさせられた人のことは

 頭にないみたいね! あんたに、あの巨大ゴーレムに追い掛け回される恐怖が分かって!?

 ねえタバサ! あなたも怒っていいのよ?」

 

「別に」

 

タバサは一言だけ返事を返すと、まじんをしげしげと見上げる作業に戻った。魔王の持っていたネムリ球のおかげで、じっと大人しくしているかの奇妙なゴーレムを、タバサはもの珍しそうにペタペタと触っては、眺め回しているのだった。

 

「ほら、別に・・・ですって。難癖はやめてくれないかしら」

 

「タバサはやさしいから、何も言わないのよ。大体、フーケを『捕まえた』ですって?

 確かにあんたのゴーレムは凄いわ。そこだけは認めてあげる。でもあんたたち、

 私たちが来るまでフーケを縛りもせずにほったらかしだったんじゃない!

 私がロープを持ってなかったらどうするつもりだったのよ。確か、ロバ・アル・カリイエには、

 泥棒を捕らえて縄を綯うってコトワザがあるらしいわ。

 今のあなたにぴったりじゃない! ねえそう思うでしょ、使い魔さん」

 

「あんたが縛ったコイツに聞こうだなんて、どんだけずうずうしいのよ!」

 

魔王は彼女たちの話をろくに聞いてもいなかったが、呼ばれたことに気が付くと感慨深げに語った。

 

「まさか、こうしてダンジョンに攻め入ってきたユウシャを簀巻きに出来る日が来るとは・・・

 ルイズ様に呼ばれてホントーに正解でした。この魔王、感涙に堪えません!」

 

また妙なことを言い出したと、ルイズは呆れ返った。

 

「何が勇者よ。泥棒じゃない」

 

「いいんです! 魔王に挑もうと考えた無謀さ、もとい勇気があるならみんな勇者です!

 ブッチャケ、過去の世界征服でもイロイロ怪しいのは、ちらほらいましたし・・・

 それはそうと、もうフンイキは十分味わったんで、縛るの交代して貰えますか?

 正直、ぐるぐる巻きにも飽きてきました。」

 

「あんたが自分から、人の手で縛り上げるのが風情だって言ったんじゃないの。

 ちょっとそこ、縄が緩んで来てるじゃない! もっと真面目にやりなさいよね」

 

「もう、時間が掛かるのなら私がやるわ」

 

キュルケはひょいと杖を振った。

 

「「あ・・・!」」

 

仕事を奪われた魔王の嘆きへ、タバサの声が重なった。何事かとルイズたちが振り返ると、丁度まじんがグォオオと咆哮を上げながら崩れ去るところであった。

 

「おや、ずいぶん時間が経っていたようですな。フーケも・・・縛り終わってしまった

 ことですし、そろそろ地上に戻りましょうか。」

 

行きと違って、今回の魔王の提案に反対するものは居なかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

一行は馬車に揺られながら学院への道を引き返していた。ルイズたちにとって大きな冒険の場となったあの森の姿も、だんだんと遠く、小さくなっていく。もっとも今の馬車内には、そんな呑気に外の景色を楽しもうという雰囲気はなかった。

 

きつく縛られ馬車の床に転がされたフーケは、当初、呻き声を上げながら青い顔をしているだけだった。しかしつい先ほど意識を取り戻してからは、あらんばかりの罵倒をルイズたちに浴びせかけている。

 

「チビどもが調子に乗るんじゃないよ! とっととこの縄を解きな!」

 

ルイズとキュルケは互いに顔を見合わせると、自分たちに散々怖い思いをさせたこの泥棒に、ニヤニヤといやらしい笑みを投げかけた。

 

「学院長付き秘書ロングビル改め泥棒のフーケさん?

 あなた、怪盗を名乗ってるんでしょ?

 見ててあげるから逃げ出して御覧なさいよ。

 私、そういうのってどうやるか、スゴク興味あるもの」

 

「舐めてんのか! 私は手品師じゃないんだよ!」

 

フーケにどすの利いた声で怒鳴られても、キュルケは涼しい顔をしている。

 

「聞いてんのか! この肌に食い込む縄をとっとと緩めな! これじゃ痣になっちまうよ」

 

「う~ん、よく聞こえなかったわね」

 

今度はルイズが、これまた涼しげな表情で呟いた。

 

「ならその腐った耳でも聞こえるように、もっと大きな声で言ってやろうか!?」

 

「いやいや、そういう意味じゃないのよ。ただね、人にものを頼む態度には

 まったく聞こえなかったわ。私、貴族の作法しか習ってないから、もし間違ってたら

 悪いんだけど、確か盗人が人にお願いする時は、床に頭を擦り付けて泣きわめきながら

 懇願するのが作法じゃなかったかしら?」

 

ルイズとキュルケは再び顔を見合わせると、キャハハハハと大きな笑い声を上げた。結局のところ彼女らは、普段はケンカするような仲であるとはいえ、今は大仕事をやり遂げて上機嫌なのだった。いや、少しばかり上機嫌過ぎて、ちょっとテンションがおかしなことになっている。一方タバサは、フーケに一瞥もくれることなく、静かに本のページをめくりながら『いい気味』と囁いた。フーケは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えたが、このまま学院に着いてはマズいと必死に自制心を働かせ、冷静に打開策を探るべく神妙な顔をした。

 

「ねえねえタバサ、それにルイズも、今の見た?

 プルプル震えちゃって、挙句必死に落ち着こうとしてるのwww

 まだ諦めてないんだわ、こんな状況なのにwww」

 

「けなげねwww フーケちゃんカワイイわwww いやウソ、キモイわよwww

 またプルプル震え出してキモイわwww」

 

「www必死過ぎてドン引きよねwww 緑髪の頭が震えてイモムシみたいwww」

 

「ユニーク」

 

ルイズたちは、またどっと大きな声を立てて笑った。そこには貴族らしき慎みを感じさせない、子供らしく無邪気な残酷さがあった。フーケはフーフーと凶暴なネコのように荒い息を吐きながら、この恥辱に堪えた。そこへキュルケが顔を近付け、こんなことを聞いてくる。

 

「ねえねえ、アンタの新しい二つ名を考えてみたんだけど、聞きたい?

 ねえ、聞きたいわよね?」

 

「・・・言ってみな」

 

「あんたのこれからの二つ名はね、ブフッwww 簀巻きよ。簀巻きのフーケwww

 だってすごく似合ってるものwww」

 

「ちょっと、自分で笑ってちゃ、ブフォwww」

 

「「wwwww」」

 

「ふん、もういい! どうせアンタらが私を捕まえたからって無駄なことだよ!

 脱獄して必ずあんたらを殺しに行ってやる。覚えてな!」

 

「え? もしかして今のって・・・捨てゼリフってやつぅ~?うわ!超ウケるわ!」

 

「まさかあのロングビルが、こんなに面白い人だったなんて知らなかったわ。

 今までもっと話しておけばよかったかもwwww」

 

「無様」

 

「ちょ、タバサwwww」

 

「「wwwwwww」」

 

フーケはもう、ピクリとも震えなくなった。冷静になった訳ではない。

今彼女を支配しているのは、己の心臓が燃えているような感覚を覚えるほどの、

激しい怒りだった。フーケは、ルイズらの笑い声をどすの利いた声で遮った。

 

「おいこのちんちくりん! みんな知ってることだけどね、あんたみたいなピンク髪のやつは

 頭の中までピンクなんだろ? 普段は真面目なふりしちゃってさ、こそこそと人目のない

 ところでは男に媚び売って股広げてんだろ? この淫乱ピンク!」

 

「 な、な、何ですってええええ!!」

 

ルイズは怒りのあまり、頭がフットーしそうになった。

 

「あらルイズ、あなたって実はむっつりドエロだったの?

  知らなかったわ、アハハハハ「アンタは一目見ただけで

 ビッチって分かるんだよ! 愛は国境超えるってかい?

  男漁りがしたいんならトリステインじゃなくてアルビオンに行きな。

 女に飢えた傭兵どもに、念入りに使って貰えるだろうさ!」

 

「・・・ハ?」

 

キュルケの顔から笑いが消えた。彼女は無表情を顔に張り付けさせながらも、ただ不気味に見開かれた瞳だけは『コロス』という意思をはっきりと示していた。

 

「馬車の上」

 

暴れられては困ると、タバサが一言告げた。だがフーケは、そんな彼女へもお構いなく噛み付いていった。

 

「この無口な人形娘め! 何がタバサだ。そんな名前を名乗るだなんて、

 ままごと遊びと現実の区別が付いていないんじゃないのかい? この痛いネクラ女め!」

 

タバサはそれを無視するように本を持ち上げ、その顔を隠した。

 

「当ててやろうか! どうせママの愛情が足りずに育ったんだろう?

 一人ぼっちでの人形遊びも物足りなくなって、それで自分がお人形さんみたいに

 遊んで貰いたくなったのさ。 違うかい?」

 

「・・・・・・」

 

「それならね、このフーケ様がいい方法を教えてやろう。真面目な振りなんて止めて、

 とっとと男拾って股を開けばいいのさ! やり方が分からなければ、そこのビッチに

 教えて貰いな! なあに、胸が無くても心配はいらないよ。世の中にはお前みたいな

 幼児体系が大好きだっていう物好きがわんさかいるのさ。そりゃあこの上なく遊んで

 貰えることだろうさ。良かったじゃないか!」

 

タバサは持ち上げていた本を下に降ろした。ギャハハハハと下品に笑うフーケに、タバサは仮面のように無表情な顔を向けたまま、微動だにしない。見かねたルイズたちは、フーケへの対応を話し始めた。

 

「猿ぐつわもはめておくべきだったわね」

 

「これだからゼロのルイズは。メイジならサイレントを使うものよ」

 

キュルケはそう言って、胸元に挟んだ杖を取り出そうとした。

 

「もっといい方法がある」

 

「タバサ?」

 

タバサは傍らの大きな杖を手に取り、すっくと立ち上がった。

 

「口を封じればいい」

 

そういうなり彼女は暗い声で呪文を唱え始めた。

 

「このスペルって・・・まさかアイスストーム!?」

 

「やめてタバサ!こんな場所でやったら、私たちまで死んじゃうわ!」

 

ルイズたちは顔色を変えてタバサを取り押さえにかかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

キュルケとルイズの必死の努力もあり、タバサはどうにか魔法を使うことを思い留まった。彼女は取り押さえられそうになる間、もがきながら隙を見て何度も重たい杖の一撃をフーケにお見舞いした。どうやらこれが、彼女の機嫌を幾分か回復させたらしかった。またこれでフーケは相当に痛い思いをしたらしく、今やサイレントをかけるまでもないほどに大人しくなっていた。

 

「それにしても」

 

ルイズは疲れたという様子で、どっさりと座席の背もたれに寄りかかりながら言った。

 

「こんなのがあのミス・ロングビルだったなんて、ちょっと信じられないわ」

 

「ふん、あんたたち含めて、学院のやつらは皆鈍いのさ」

 

ゴンッと再び大きな杖の一撃が振り下ろされる。フーケは身悶えながら、再び沈黙した。

 

「まあ、分からなくもないわ。私もロングビルは知的で真面目な人だとばかり思ってたもの。

 それが今やまるで別人よ。きっと貴族としての立ち振る舞いは知っていても、

 心は根っからの盗人だったんだわ」

 

「猫かぶり」

 

学院秘書の豹変に多少なりとも動揺していた彼女らは、そんな思い思いのことを言い合った。そこへ、御者台からも声を掛ける者がいた。

 

「・・・ルイズ様」

 

「何よ、御者なら代わらないわよ。そんなの使い魔の仕事でしょ?」

 

行きはロングビルに任せていた御者も、帰りはそうはいかない。平民に任せれば良いような仕事が魔王に割り振られたのは当然の流れだった。初め魔王は、馬車に繋がれた馬たちを見てマモノじゃないと渋っていた。だがルイズが一言、『ウ魔かもしれないじゃない』と言うと、彼は少し考え込んだ後で意気揚々と手綱を手に取った。散々使い魔に振り回されてきたルイズも、だんだんとこの魔王の扱いが分かってきているらしかった。

 

「いえ、そのことではないのです。私、ルイズ様たちの話を聞いていて、

 トンデモナイことに気が付いてしまったかもしれません。」

 

「何よ」

 

「もしかするとワレワレは今、重大なマチガイを犯しているのではないでしょうか?」

 

「何よそれ。どういう意味かしら?」

 

魔王はしばらく戸惑うそぶりを見せた後、恐る恐るといった様子で考えを告げた。

 

「フーケって・・・実はロングビルではないのではないでしょうか?」

 

お前は何を言っているんだという顔で、ルイズらは顔を見合わせた。

 

「なに馬鹿なこと言ってるのよ。あんたの目には、ここにこうして無様に縛られてる女が

 見えない訳? そもそも、あんたもこいつを捕まえたその場にいたんじゃない」

 

だが魔王は神妙な顔で首をゆっくりと振った。

 

「いえ、そういう意味ではないのです。」

 

「ならどういう意味なのよ?」

 

「確かにショーゲキ的でしょう。身近な信頼できると思っていた人がフーケと知れば、

 誰しも動揺するものです。でも、こんな時だからこそ冷静さを失ってはいけません。」

 

そう言うと魔王は、くわっと目を見開き、うずくまるフーケを指差した。

 

「騙されてはいけません!ルイズ様達はミス・ロングビルがフーケだったと

 思い込んでいるようですが、私の眼はゴマカせません!

 シンジツはただ一つ、フーケがロングビルを騙っていたのです!」

 

「・・・は?」

 

ルイズとキュルケがぽかんとした表情を浮かべる中、タバサだけは既に無視を決め込んで本に目を落としていた。誰も見てはいなかったが、フーケですら『何言ってんだこいつ』という表情をしていた。バカバカしくなって聞き返しもしないルイズの代わりに、キュルケが疑問を投げかけた。

 

「それって・・・何が違うのよ?」

 

「ぜんっぜんチガーーーウ!! いいですか、これはジューダイなことなのです。

 一人の罪なき女性の名誉が掛かっているのです!」

 

「ちょっと、まさか今さら私の大捕物にケチ付けようって訳じゃないでしょうね!」

 

魔王の言葉に聞き逃せないものを感じたルイズは、食って掛かるように言った。

だが魔王は、それに対し静かに首を振った。

 

「そういうことではないのです。ルイズ様が捕まえたのは間違いなく

 大泥棒フーケです。本当に、皆に誇っていい快挙ですぞ」

 

その返事を聞いて余計に意味が分からなくなったルイズは、これ以上魔王から話を聞いても、聞くだけ空しいだけなのではないかとすら思った。しかし、魔王をそのままにしておくと、それはそれで後味の悪いものを残しそうな気もする。そもそも馬に揺られ続ける退屈な帰り道を、何もせずに過ごすのは彼女たちにとって耐え難いことでもあった。結局ルイズは、根負けして魔王にもう一度問うた。

 

「つまり、アンタが言いたがってるのは、一体どういうことなのよ!」

 

「分かるように説明しなさいな」

 

タバサがまた一ページ、本をめくった。魔王は端からからタバサに話を聞いて貰えるとは期待していなかったのか、二人の注目を集めただけで満足そうな表情を浮かべると、ようやく彼の真意を明かし始めた。

 

「いいですか? 相手は土くれのフーケ、大ドロボーです。今までどんな盗みも

 成功させてきたツワモノです。だれ一人として捕まえることが出来なかった相手、

 それこそがフーケなのです。オカシイと思いませんか?」

 

「まあ、私たちは捕まえられて運が良かったわよね」

 

「あともう少しでペチャンコだったし」

 

魔王は二人の反応に頷くと、話の先を続けた。

 

「確かに私たちは運も良かったでしょう。まあそれを活かせるのも

 ジツリョクの内でしょうが、逆に言えばフーケの運が悪かったとも言えます。

 しかしどうですか? フーケの普段の運はどうだったと思います?」

 

「フーケの運ですって?」

 

考えてみたこともない話に、ルイズもキュルケも困惑を隠せない。

 

「私は聞きました。なんでも今までフーケが盗みに入ったところには、腕に覚えのある

 メイジが何人も集まって目を光らせていた場所もあるそうではないですか。

 そんなものを相手に犯行を重ね、それでいて捕まらないで済むというのは、

 果たして『運が良かった』という一言だけで済むものでしょうか?」

 

ルイズとキュルケは、少し考えてから返事を返した。

 

「まあスゴウデってことよね」

 

「確かに魔法の実力だけで大勢の相手を煙に巻くなんて、

 ちょっと信じられないけど・・・」

 

魔王は我が意を得たりといった様子で頷いた。

 

「そう、そこなのです。信じられない、アリ得ないことが起きている。

 そこにはきっと、ソレナリの理由があるはずなのです。

 フーケがなぜ今まで派手な盗みの数々を成功させてきたのか?

 わたくし、先ほどのルイズ様たちのやり取りを見て、やっとそのコタエが分かりました。

 私のハイイロのノーミソがこのトリックに気が付いたのです!」

 

「トリック?」

 

「そう、ズバァリ! これは大泥棒フーケによる巧妙な入れ替わり作戦だったのです!」

 

魔王の力説を聞いても、未だルイズとキュルケの二人はきょとんとしていた。タバサのページをめくる音が響く。

 

「入れ替わり?」

 

「何よそれ。何を言いたいのか、サッパリ分からないわ」

 

いまいちピンと来ないルイズたちに向け、魔王は決定的な一言を告げた。

 

「ルイズ様・・・一体いつからロングビルとフーケが同一人物だと錯覚していましたか?」

 

「何・・・ですって・・・!!」

 

ルイズたちはあまりに奇抜な発想を耳にして、目をのけぞらせた。

 

「まさかあなた、ロングビルがフーケだったんじゃなくて、

 あのロングビルにフーケが成りすましてるって言いたいの?」

 

「あんた、何てこと言い出すのよ!」

 

騒ぎ出す二人に、まあまあと言いながら魔王は話を続けた。

 

「落ち着いて下さい。今からこの結論に至った私のスイリを語ってご覧に入れましょう!」

 

「あんた、また行きの時みたいなべらぼーな話をするんじゃないでしょうね?」

 

「とんでもない! 私は大体何時でも大マジメです!」

 

「大体って何よ。いっつもふざけてるじゃない」

 

「もうルイズさま! 私はマジメな話をしようとしているのですぞ!」

 

魔王はそう言って少し怒ると、神妙な面持ちで自分の考えを披露し始めた。

 

「思えば、この事件を巡る『フーケ』の在り方は不可解なものだらけでした。

 なぜか学院秘書に収まっているフーケ、あえて残される犯行声明、

 そして彼女自ら明かした隠れ家の場所・・・

 ルイズ様達はフシギに思いませんでしたか?」

 

「それは・・・まあちょっとは不思議に思ったけど・・・」

 

 

魔王はフフンと笑った。

 

「そうでしょう、そうでしょうとも! ですが聞いてオドロいて下さい。

 これらの不可解な謎が、フーケのロングビル成りすましを想定することで

 一挙、氷解するのです!」

 

「本当かしら?」

 

ルイズとキュルケは、興味と不審の入り混じった目で魔王を見た。

 

「そもそもの話、今までなぜフーケは捕まらなかったのでしょうか?

 メイジとしての腕が高いとはいえ、泥棒として名が売れるということは、

 それだけ警戒されるということでもあります。それなのになぜ?」

 

キュルケは、あっという表情をした。

 

「分かったわ! 今回みたいに、信頼できる人物に変装してたのね!」

 

「私のスイリを先回りしないでください」

 

「え? あ、はい・・・え?」

 

キュルケの困惑を無視して、魔王は何事も無かったかのように話を続けた。

 

「トモカク、今回フーケが知的で生真面目なカンジのロングビルに化けて

 犯行を行ったように、大ドロボーともあろうものにとって、他人を真似るのは

 容易いことなのです。 ・・・はい、ココ、合いの手入れるトコロですよ。」

 

そわそわする魔王を前に、ルイズは嫌そうな顔をしながら返事を返した。

 

「・・・本当にそうかしら?」

 

「そうなのです! なんせ実体験ですからね。私、過去にダンジョンを大泥棒サンセイに

 荒らされた時なんかは、私自身に変装されたりもしました。」

 

「え!? その泥棒、あんたに化けたの?

 亜人に扮するなんて、そいつどうなってるのよ?」

 

「いやマッタクです。かのサンセイは変装の名人、誰も彼が変装していることに

 気づかず、彼をダンジョンの奥まで素通りさせてしまいますからね。

 あれにはホントーに参りました」

 

ルイズは魔王のあからさまにマガマガしい出で立ちを見つめ、そんなものに変装出来るなんて信じられない、自分だったら自殺ものだと目を見開いた。

 

「ニンゲン、やろうと思えば誰にでも化けられるものなのです。

 あの時はそのせいでイタイ目に会いました・・・主に簀巻き的なイミで。

 そう言えば今回も・・・」

 

魔王からのチラッチラッという視線をキュルケは全て受け流しながら、先を促した。

 

「私、今はあなたの推理の方に興味があるわ」

 

「そうよ。私たち、まだ全然納得してないんだからね!」

 

「おお、これは失礼しました。さて、盗みを成功させるためには1にも2にも

 下調べがジューヨーです。ですが、貴族のダイジなお宝というものは、

 信頼の置ける部下にのみ情報を与えて管理されるモノ。外の人間がおいそれと

 保管場所やセキュリティーを伺い知ることは出来ません。」

 

「まあ、そうよね。そもそも一番大事なお宝は、自分だけで管理するという人も多いはずよ。

 まあ、うちみたいに家宝が多いと、そう言う訳にも行かなくなってくるけど・・・」

 

「そうそう! うちだって、お父様が一番信頼している召使いに宝物庫を任してあるわ」

 

二人の反応を聞いて、魔王はそうでしょうともと頷いた。

 

「だからこそ、盗みをモクロムものは、そこにこそ活路を見出すのです。

 とは言え、召使いになって相手に取り入るのもタイヘンです。そもそも貴族仕えたるもの

 信用がイノチですから、どこぞの信頼ある人物からの紹介でもなければ、まずもって

 雇ってもらうことは不可能でしょう。適当に酒場をたむろして、そこに入り浸った

 貴族を誑し込んで採用、という訳にはいかないのです!」

 

「当然よね。私のところの召使いも、そんなぽっと出の人を雇ったりはしないはずよ」

 

魔王は相槌を打ちながら、話を続けた。

 

「しかし、ここからがフーケの巧妙なトコロなのです。フツーにしていたら信用もなく、

 貴族に雇って貰うのはムズカしい。そこで彼女は発想をギャクテンさせました。

 新たに雇われようとするから上手くいかない、ならばもともと雇われる予定だった

 人物に、自分が成ってしまえばいいのです!」

 

「そこで変装して入れ替わるのね!」

 

「その通りです! フーケは自分を新規に雇わせる代わりに、元々雇われる予定だった、

 あるいは雇われている人物に変装して成り済まし、周囲に溶け込んでしまうのです!

 そして彼女は皆の警戒心を解きつつ、ヌスミのジュンビを万全に整えたところで

 犯行に及ぶのです。これが、フーケが不可能にも思える数々の犯行を成功させてきた

 カラクリです。そしてさらに、ここでフーケの犯行の癖が効いてくるのです。」

 

「「犯行の癖?」」

 

ルイズとキュルケの声が重なった。

 

「なぜフーケがここまで有名になったのか。それには理由がありましたよね?」

 

ルイズもキュルケも、ああという声を上げて答えた。

 

「派手な犯行もそうだけど、やっぱり犯行声明のことね。」

 

「そうそう、確か『土くれのフーケ』の署名入りなのよね。でもそれがなぜ?」

 

「考えてもみてください。本来、泥棒がメッセージを残すなどあり得ません。

 アンプロフェッショナルなシゴトの流儀なのです。泥棒の成否は、犯行後

 速やかに逃走することに掛かっていますから、下手なプライドを発揮して

 自らの身をキケンにさらすなど、愚の骨頂なのです。バカの極みと言わざるを得ません!」

 

誰も見ていないところで、フーケのこめかみがぴくぴくと動いた。

 

「とは言え、それをやっているのはかの有名なフーケ。ここに大きな矛盾があるのです。

 実力者であるはずのフーケが、なぜそのようなバカな真似を行うのか?

 増長していると考えるのはカンタンです。しかしワレワレが真相に辿りつくためには、

 そのような短絡的な予想をこそ避けるべきなのです。」

 

「真相ですって? あのふざけたメッセージに?」

 

「ええ、そうです。あの犯行文には、ターゲットを馬鹿にしているという以外にも、

 隠された重要な意味があると考えるべきなのです。」

 

「あんたにはそれが分かるっていうの?」

 

ルイズたちの問い掛けに、魔王は静かに頷いてみせた。

 

「フーケの残すメッセージに秘められた深いイミ・・・

 それは、ジブンへの疑いを晴らすことにあったのです!」

 

「何よそれ! メッセージを残すんだから、フーケがやったのはバレバレになるじゃない」

 

ルイズは唇を曲げたが、それに対して魔王はチッチッチと指を振った。

 

「確かに、一見ムジュンしているように思えるかもしれません。ですがそのムジュン、

 つきつける前によーく考えてみてください。いいですか、宝が盗まれた時にフーケは、

 フーケであってフーケでないのです。なんせフーケはその正体を隠し、別人として

 宝の持ち主から信用を勝ち得ているのですからな。フツーなら、厳重に守ってきたはずの

 宝が消えれば、その疑いは否が応にも身内に向きます。ところが、ここで犯行声明が

 効いてくるのです」

 

「あの有名な『確かに領収致しました』ってやつよね」

 

「そうです。そして何よりも重要なのが、その犯行文に添えられた署名です。

 なんせ『土くれ』の名は偉大ですからね。今まで名立たる貴族を相手に

 盗みを成功させてきたワケですし、その名を聞けば被害者はこう思うわけです。

 あの『土くれ』が相手なら仕方がない。フーケはどんなに不可能に思える犯行でも

 成し遂げてしまう、そういう相手なのだと皆が信じ込む。

 かの二つ名には、そんなパワーがあるのです。結果、本来なら一番に疑いの目が

 向けられるハズの身内に扮したフーケは、その立場から一転、ただの被害者へと

 変わります。カリスマフーケの名が全ての咎を引き受けることで、彼女の身に

 嫌疑が掛けられるのを防ぐ。つまりフーケは、自らが化けたその人へと疑いが向かぬよう、

 カモフラージュとして『土くれ』の名を最大限に活用しているのです。」

 

それを聞いて、キュルケはうなった。

 

「確かに、今朝ロングビルが姿を見せなかった時も、誰も彼女を疑わなかったわ」

 

「被害者側に化けてるから、衛視がいくら外を探し回ろうが捕まりっこないって訳ね」

 

なかなかよく考えられてるじゃないと、ルイズも素直に感心した。

 

「今回は秘書に扮してた訳だし、今までも似たようなことを繰り返してたでしょうね」

 

「しかもそれだけではありません。今回そうだったように、あえてフーケを追及する者に

 犯人の目撃情報などを吹き込めば、フーケ確保に向けた有力な情報源として、

 捜査関係者に対し有利な地位を築き上げることが出来るのです。

 もちろん語る内容は思いのまま、ニセの情報を掴ませて捜査をかく乱するも良し、

 最新の捜査情報を掴んで逃走や盗品の売りさばきに役立てるも良し。

 そしてほとぼりが冷め、次なるターゲットに取り掛かる気になったら、

 堂々と職場から立ち去り、人の目のなくなったところで変装を解く。すると後で

 アイツが怪しいとなっても、被害者たちはフーケの変装した姿しか知りませんから、

 彼女は何不自由なく街中を歩き、悠々と逃げおおせることが出来るのです!

 これこそがフーケの鮮やかな犯行に華を添える、

 不可解な犯行声明のカラクリだったのです!」

 

おお!とルイズたちの口から歓声が漏れた。いつの間にかタバサも興味が出てきたのか、彼女は本を閉じて膝の上に置いていた。だが、タバサはその話を黙って聞いているつもりはなかった。それというのも彼女は、推理小説の犯人を探偵に先立って見つけようとするような性格なのだ。まして彼女は、行きに魔王のテキトーな推理で痛い目を見ている。タバサは容赦なく魔王の推理の穴を突いた。

 

「異議あり。顔を変える、確かにそういう術はある。

 でもそれには腕の良い水メイジの力が不可欠。フーケは土メイジのはず」

 

「そういえばそうよね。そこのところ、どうなのよ?」

 

キュルケが問い質すと、魔王はやれやれと大げさな身振りで首を振った。

 

「ドロボーが一人で成り立つとは限りません。むしろ裏の仕事を行う者は、得てして

 優秀な協力者と組んでコトに掛かるものなのです。私がかつて苦しめられたサンセイも、

 ニジゲンとヤエモンという、強力な助っ人と共にカツヤクしていました。

 それを考えれば、フーケにだって水メイジの協力者がいてもフシギはありません!」

 

「・・・」

 

タバサは今現在、馬車の上空で呑気に『るるる』と歌いながら羽ばたいているであろう

己の使い魔に思いをはせた。たしかに裏の仕事を進める上で、協力者というものはいてもおかしくないのかもしれない。だがやはり彼の推論には問題があると、タバサは冷静に考えた。

 

「協力者がそばにいないと、魔法の効果が切れる。それに学院は人の入れ替わりが

 少ないから、フーケ以外の協力者が入れるとは思えない」

 

「なにも変装するのに杖に頼ってばかりいなくてもよいのです。私聞いたことがあります。

 ポリ何とか薬とかいう柑橘系っぽいジュースをジョービしておけば、一人でだって

 いくらでも他人にバケられるのでしょう? 何の問題もありません!」

 

「その種の秘薬は高すぎる。長く変わり身をしてると、割に合わない」

 

だが魔王は、タバサの鋭い突っ込みに待ってましたといわんばかりの笑みを返した。

 

「もちろん、そこら辺の事情も考えてあります。確かに何時もの犯行ではポリナントカ薬を

 多く使うワケには行かないでしょう。ですから普段の犯行では、潜入期間も短いに

 違いありません」

 

「じゃあ、一体フーケはどうやってロングビルに成りすましたのよ!」

 

「彼女、去年からいたわよね?」

 

ルイズとキュルケは、口々に声を挟んだ

 

「ええ、ですから今回の犯行に関しては、いつもと手口がチガウのです。

 何と彼女は今回に限り、秘薬の代金を全く気にすることなく、

 情報を集めることが出来たのです。」

 

「・・・・・・」

 

魔王の意図が読めずに、タバサは押し黙った。

 

「フフフフフ、こんなことが分かってしまうなんて、私なんてアタマがいいんでしょう。

 ジブンのムラサキイロの頭脳が恐ろしいです。」

 

さっきは灰色って言ってたじゃないと、ルイズは心の中で悪態を付いた。

 

「とはいえ自分も、今回ばかりはフーケが緑髪でなければ、このトリックを

 見落としていたかもしれません。ルイズ様も緑髪の人物を見かけたら、

 豹変にだけはお気を付けください。ああ、それから双子の姉妹にも気を付けるべきですね」

 

「緑髪や姉妹に何の関係があるっていうのよ。御託はいいから早く教えなさい。

 どうやってフーケはロングビルに化けていたの?」

 

「分かりませんか? そこはメイジの悪い癖ですぞ。確かに魔法はなんでも出来ます。

 エーー!そんなのアリ!?みたいなことをいっぱいやって見せられる。

 しかし、何もフーケが常に魔法で変装しているとは限らないのです!」

 

「何ですって!?」

 

ルイズたちは強く反論した。

 

「そんなの無理よ! 下手な仮装で周りの人を騙せなんかしないわ!」

 

「そうよ、劇団員が分厚い化粧で勇者や魔王になり切るのとは訳が違うのよ?」

 

だが魔王は、そんな反論もどこ吹く風と、不敵な笑みを浮かべた。

 

「フフフフフ・・・分かりませんか? この世には魔法よりもずっと強力で、

 見分けの付かない変装手段があるのです。それはまさに天性のもの。

 望んで手に入るものではありません。持たざる者の方が多い、

 非常にキチョーなモノなのです。」

 

「そ、そんなものが本当に存在しているというの?」

 

魔王は大きく息を吸いこんで、彼の思い至った真実を告げた。

 

「ズバァリ! フーケとロングビルは双子の姉妹だったのです!!!」

 

「「ええぇええええ!!!」」

 

ルイズとキュルケは、大声で叫んだ。

一人声を上げなかったタバサも、目をまん丸くして驚いている。

 

「なによその突飛な発想は!?」

 

「ですがルイズ様、そう考えればこの事件、全てのナゾに説明がつくのです!

 ミス・ロングビルからフーケへの、信じ難いほどの性格の豹変・・・

 トライアングルレベルの実力を持ち、学院長付きの秘書という好待遇を得ながら

 泥棒に身をやつすその訳・・・ そして追手をわざわざ自分の隠れ家に人を呼び込んだ、

 その訳さえも!」

 

「どういうことよ! 詳しく話しなさい!」

 

「・・・長い話になります。それでもよろしいですか?」

 

「私たちは先が気になってるの。話してもらわないと困るわ」

 

魔王は居住まいを正すとしんみりと語り始めた。

 

「遠い昔のことです。あるところに緑色の髪をした、裕福な貴族がおりました。

 一家には双子の娘がおりました。双子はお互いよく似るものと言いますよね。

 確かに二人の容姿はウリ二つでした。髪形と口調を変えれば、見分けがつかないほど・・

 ですが性格までは、そうではなかったのです。一人はおしとやかそのものでまじめな

 性格でしたが、もう一人はユーフクさにかまけて荒れた生活を送り、やがてロクデナシに

 育っていったのです。」

 

まあ裕福な家庭にはアリガチな話ですな、と魔王は言った。

 

「まさか、それがフーケ?」

 

「しばらくは一応幸せに暮らしていた一家でしたが、その生活はロクデナシの娘のために、

 いつも不穏な影が付きまとっていました。そしてある年の夏の終わりのこと・・・

 ヒグラシがカナカナと悲しい鳴き声を上げる頃に、ついに破局が訪れます。」

 

ルイズたちはごくりとつばを飲み込んだ。

 

「荒れた方の娘は放蕩セイカツの末、シャッキンまみれになって首が回らなくなりました。

 そして彼女はついに盗みに手を出したのです。なまじ魔法の才能だけはあったため、

 彼女自身は盗みを遂げ、その後に身を隠しました。しかしこの犯行は、やった本人こそ

 捕まらなかったものの、誰がそれをやったかは周囲にバレていたのです!

 モチロン一家は爵位を剥奪されました。路頭に迷う一族・・・やがて、何やかんやあって

 家族はちりぢりのバラバラになってしまったのです」

 

「まあ、何てこと・・・!」

 

キュルケは口元に手をやり、息を飲んだ。心なしか、タバサもより深く聞き入っているようだ。ルイズも同様に、真剣な眼差しで話へ聞き入る中、ただフーケだけはこめかみをぴくぴくさせながら身悶えていた。 

 

「しかし、残されたもう一人の娘は諦めませんでした。まじめで純粋な彼女は、暖かな一家

 の生活を取り戻すことを夢見て、再起を図ります。彼女は地道な努力でお金を少しずつ

 貯めていきます。そしてある時、運よくオールド・オスマンに才能を見出された彼女は、

 ついに学院秘書になることができました。」

 

「涙ぐましい努力だわ! ミス・ロングビルにはそんな過去があったのね」

 

キュルケは目元を抑えながらに言った。

 

「しかし・・・やっとこれからだという、まさにその時・・・!

 ついにロングビルの命運は尽きてしまったのです!!」

 

「一体何があったっていうのよ!?」

 

「血の縁は切っても切れぬもの。学院秘書としての仕事が軌道に乗り始めた丁度その頃、

 彼女の前にたった一人の姉妹、フーケが現れたのです!」

 

「な、なんてこと!」 

 

熱心に聞き入る二人は、驚愕に顔を歪ませた。フーケはもうウンザリというような、吐きそうな顔をしている。

 

「血縁ゆえのシガラミ、また人の意見を断りにくい、押しの弱い彼女の性格も災いしました。

 ロングビルは自己嫌悪を覚えつつも、フーケに度々稼いだお金を渡し、学院の情報を

 少しずつ漏らしていったのです。もちろん彼女も大事になるようなことまでは教えない

 つもりでした。しかしそこはフーケのこと、彼女の方が一枚上手だったのです。

 フーケはロングビルに扮しつつも、方々から情報を集めていき、ついには学院の皆が

 思いもよらなかった大胆不敵な方法で、破壊の杖を盗み出しました。」

 

「それが昨晩のゴーレムという訳ね!」

 

魔王はそうですと頷いた。

 

「ところがこれは思わぬ引き金を引くことにも繋がりました。

 ついにロングビルがフーケを見限ったのです! フーケの行き過ぎた行為が、

 ついにミス・ロングビルを反抗へと駆り立てました!」

 

「偉い! 偉いわ! 姉妹に立ち向かうなんて、相当に勇気のいることよ!」

 

ルイズは自らの長姉を思い浮かべながら、ロングビルに喝采を送った。

 

「もう分かりますよね? 今朝、ロングビルが短時間の調査でフーケの隠れ家を

 見つけ出すことが出来、またそれを皆に明かしたのは、そのためだったのです。

 ルイズ様たちはあの時、そんな簡単にフーケの足跡を追えるだなんてロングビルは

 優秀な人だなあぐらいに思っていたかもしれませんが、トンデモナイ! 実際には

 フーケ本人と頻繁に会っていて、その隠れ家のことも鼻から分かっていたのです!」

 

だがここにルイズは、待ったを掛けた。

 

「いや、でもそれはおかしいわ。ロングビルは馬で遠出してフーケの隠れ家を探し当てた

 という筋書きだったはずよ。知ってたんなら、そんなことする意味がないわ!」

 

「・・・そこです。それこそが最後のカギなのです。これが決定打となって、

 私は自身の考えの正しさを確信致しました。ルイズ様、宝物庫で教師たちが居並ぶ中、

 ロングビルがなんと言ったか詳しく覚えていますか?」

 

そう言われてルイズは不安げな表情を浮かべた。

 

「そんな一字一句まで覚えていられないわ。あの時ロングビルが言っていたのは、

 フーケの足取りを調査して、それが掴めたということぐらいでしょ?」

 

「確かにそうです。ですが、問題はその時間です。彼女の話しでは、朝に目が覚めてから

 騒ぎに気が付き、それから調査のために馬を走らせたのだと言います。結果、フーケの

 目撃情報があり、その隠れ家は馬で4時間ほどの距離にあると判明したというのです。

 さあ、ここでよく考えてみてください。彼女は農夫から目撃談を聞いたそうですが、

 その農夫がそこらを歩き回っていたとしても、そんな大層な距離を動けるハズは

 ありません。必然的に、話を聞いたロングビルも4時間で行けるという場所の近くまで

 行ったと考えるのが妥当です。往復で8時間になりますから、すごく遠いですよね。」

 

「本当よ。行きも帰りも、ずっと馬車に揺られ続けて退屈すぎるわ!」

 

キュルケはそう言って、心の底から嘆いた。

 

「そうでしょうとも。朝一に出掛けたというのに、もう日が傾いて来ておりますからな。

 問題は、ミス・ロングビルはそんな遠くまで行っておきながら、どうして今朝、

 宝物庫での集まりに顔を出せたのか、ということです。朝起きてから調べたのでは、

 どう考えても時間が足りません! しかも単なる行き帰りでなく、人もまばらな道中での

 聞き込みを終えてそれです。ここら一体の景色を思い浮かべて見てください!

 こんな人家もマトモに見つからない場所で人を探すとなれば、一日かけて終わるか

 どうかも怪しいでしょう」

 

「つまりミス・ロングビルがフーケを探したっていうのは真っ赤な嘘だったってことね。

 ならやっぱりロングビルが嘘つきで、フーケの正体だったんじゃない!」

 

ルイズは気色をまいたが、魔王はすぐさま反論した。

 

「いいえ、私はそうは思いません。まさにここ、ココこそが推理の分かれ目です。

 フーケは大胆なだけでなく、綿密な準備を怠らぬ周到さを兼ね備えた大ドロボー。

 そんな彼女が少し考えれば分かるようなウソを皆の前でつくとは思えません。

 なのにフーケはあんなウソを付いた! しかも身を危険にさらすウソをです。

 実際、それが元でこうしてフーケは捕まった訳ですしね。ここに大きな矛盾があります。

 ルイズ様にはこういうトコロこそ、ゆさぶったり、待ったをかけて

 追及して欲しかったものです。」

 

「ちょっと、良いかしら?」

 

キュルケが恐る恐るといった感じで口をはさんだ。

 

「正直、朝にあの話を聞いたとき、何だかおかしいとは思ったのよね。

 でもあの時はミス・ロングビルを信頼出来る人だと思ってたし、自分が気づいて

 いないだけで、何か帰ってこられる方法があったのかと思ったのよ。

 自分が下らないことを言って、あの場をかき乱すことはしたくなかったし・・・

 だから、黙ったままだったわ」

 

魔王はそれを聞いて、彼女を労わるように言った。

 

「無理もないことです。会議などで人と人が顔を突き合わせると、何か問題があっても

 それが放置されるということが往々にして起こるものです。変だなと思うことが

 あっても、自分の理解が及んでいないだけで大した問題ではないのではないか、

 これを質問して周りにバカだと思われたくないだとか、そういう心理が働いて、

 結果、指摘されるべき事柄がそのまま見過ごされてしまうのです。」

 

「ちょっとキュルケ、こいつのその煙に巻くような話に騙されたりしちゃあダメよ。

 確かに、フーケがそういう隙のあるウソを付いたのは不思議よ?

 でも、そもそもばれる様なウソを付いたことと、ロングビルがフーケでないこととは

 何の関係もないじゃない!その議論、全くの無駄だわ!」

 

「それは違います! まさにそれ、その矛盾こそがロングビルの無実を証明するのです!

 ルイズ様、こういう時は発想を逆転させるのです。

 なぜフーケがそんなウソを付いたのか? そう考えるのではなく、

 そもそもロングビルはどうしてウソを付かなければいけなかったか?

 その理由を考えてみるのです!」

 

「さりげなく自分の考えをすり込もうとするんじゃないわよ!

 いいからさっさと結論を言いなさい!」

 

「ルイズ様には自分で何も考えず、プレイ動画だけを見て満足するような人には

 なって欲しくないのですが・・・」

 

「い・い・か・ら、早く言いなさい!」

 

魔王はしばらく話の続きを渋っていたが、ルイズが懐にしまっていた鞭を取り出し

バチバチと音を鳴らすと、それだけですんなりと口を割った。

 

「ロングビルは金をせびるに飽き足らず、ついに大事を起こしたフーケを見限りました。

 そして何としてでも、自らに恩のある学院の秘宝を取り戻したい、そう考えたのです。」

 

「うん、それで?」

 

「しかし彼女は、そのことをそのまま明かす訳にはいかなかったのです。なぜなら自分と

 フーケは瓜二つ。それに自分にも落ち度があるわけですから、素直に真実を語っても、

 自分が一番に疑われ、話が進まなくなるのは目に見えていました。」

 

「まあ、そりゃあそうよね」

 

キュルケはそう言って、理解を示した。

 

「だからロングビルは、会議に遅刻してまで調べに出かけたふりをしたのです。

 しかし本当に隠れ家まで行って帰るまでの時間を遅刻したのでは、その間に

 フーケが隠れ家から去ってしまうかもしれません。フーケの居場所を明かすのなら、

 早ければ早いほどいい。ゆえに彼女は、自らとフーケの関係性がばれる危険を冒しつつも、

 ああやって教師の前で情報提供を行ったのです。」

 

「まさか! ・・・じゃあ、あのロングビルの証言の矛盾は!」

 

「そうなのです。あのバレやすいウソこそが、彼女に出来る最大限の譲歩だったのです!

 きっと今までフーケと繋がっていたことへの負い目もあったのでしょう。」

 

「ああロングビル、なんて可哀そうなの!」

 

キュルケはハンカチを取り出して、涙をぬぐった。

 

「しかし運よく、あの慌ただしい場で彼女の矛盾に気が付く者はいませんでした。

 例え気付いたとしても、皆ジブンの些細なカンチガイと思って、その疑問を心の内に

 引っ込めてしまったのです。そしてロングビルは、予め知っていたフーケの隠れ家に

 我々を案内したのです。」

 

ルイズはそれを聞いて、考え込んだ。

 

「・・・でも、じゃあロングビルはその後どうなったの?

 ここにいるフーケは流石に本物でしょ? じゃあ、こいつはミス・ロングビルと

 いつ入れ替わったっていうのよ!」

 

「ロングビルは自分に出来る精一杯の情報提供を行いました・・・ですが相手は肉親。

 流石に直接対峙するのは気が引けたのでしょう。いざフーケのアジトに突入という時に

 なって、彼女は一人になることを選びました。それが外の見回りを申し出た理由です。

 自分の姿をフーケに見せ、刺激したくなかったという考えもあったことでしょう。

 ところが、この判断こそが一番の大きな過ちだったのです。彼女が一人になったことで、

 フーケは気兼ねなく彼女を襲い、そのまま彼女に成りすますことが出来たのです!」

 

「まあ何てこと・・・!」

 

キュルケは言葉を失った。

 

「さらに言えば、フーケが隠れ家の外にいたのだって、偶然ではありません。

 なんとフーケは、ロングビルが裏切ることを読んでいたのです!」

 

「何ですって!」

 

「放蕩者でたかりやのフーケといえど、いやだからこそ、姉妹であるロングビルの思考は

 手に取るように分かっていたのです。ゆえに彼女はロングビルを外で待ち伏せし、

 彼女と入れ替わりました。そして自らは悠々とゴーレムを操り、

 我々に襲い掛かったのです!!」

 

ルイズとキュルケは、あまりの想像を超えた話に黙り込んでしまった。

 

 

 

 

「待った!」

 

「!」  「!」  「!」  「!」

 

沈黙を破ったよく通る声に、ルイズや魔王、キュルケやタバサまでもが、びくりと動いた。

 

 

声を発したのは、なんと今の今まで黙っていたフーケだった。

 

「作り話にしちゃあ、よく考えてるじゃあないか。本当、腹立たしくて仕方がないよ!

 だがね、その話には大きな矛盾がまだ一つ残されているのさ!」

 

「矛盾・・・ですと?」

 

魔王は冷や汗をかきながら、フーケに問い返した。

 

「そうさ! 私はロングビルの双子じゃあないってこと、証明してやろうじゃあないか!」

 

////////////////// 証言開始 //////////////////

 

「私が、ミス・ロングビルと双子だったって?」

 

「馬鹿を言っちゃあいけないよ! そんなの全部デタラメさ!」

 

「自分の隠れ家をばらしたのは何故かって? それは・・・言いたくないね」

 

「ともかく、こいつの言うことは嘘ばかりさ

 その証拠に、大きな矛盾が一つ残されている」

 

「破壊の杖のことさ! あんたたちが来ると知っていたんなら、どうしてあれを隠れ家に

 置いていたんだい? おかげで自慢のゴーレムが壊されちまったじゃないか!」

 

////////////////// 証言終了 //////////////////

 

 

「・・・・」

 

「・・・・」

 

「・・・・・・・」

 

皆が、黙り込んでしまった。嫌な空気が流れている。

 

「ねえ、アンタ・・・もちろん、反論出来るわよね」

 

ルイズが問うた。

 

「・・・・・」

 

「ねえったら」

 

「・・・・・グオオオオッ!」

 

魔王が頭を抱えてうずくまり、ルイズたちを唖然とさせた。

 

「ハハハハ! ザマぁないね! こいつの言うことは、何から何まで嘘だったのさ!

 こいつの言葉へ真剣に聞き入るあんたたちの顔は、

 見ていて笑いを堪えるのが大変だったさ!」

 

フーケが勝ち誇ったように言う。

 

「そんな、まさか今までの話は、全て間違っていたというの?」

 

「待ちなさいルイズ、それじゃあフーケの思うつぼよ!

 今までの話、何から何まで間違っていたとは思えないわ。

 ただ・・・私たちは、何かを見落としているんだわ・・・!」

 

「ルイズ様・・・私の代わりに、真実を明らかにしてくだされ・・・! ・・・グフっ!」

 

「そんな、私にどうしろって言うのよ」

 

「ご心配なく、ルイズ様。ただルイズ様は、フーケの証言のムジュンを見つければ

 よいのです。そしたら、そこに証拠を突き付けてやる。それだけです」

 

「でも今の証言に矛盾なんて・・・!」

 

「そういう時は、相手の証言を揺さぶってみてください。きっと真相に辿り着くための

 ヒントが隠されているはずです。それでは、頼みましたぞ。

 私は・・・コレ、マデ・・・!」

 

魔王は今度こそ、ばったりと倒れた。

 

「ルイズ、あなたがやるしかないのよ!」

 

「どうしてこんなことに・・・」

 

////////////////// 尋問開始 //////////////////

 

 

「私が、ミス・ロングビルと双子だったって?」

 

「待った!」

 

 

「あなたはロングビルと双子だったんでしょ?」

 

「あんたも人の話を聞かないねえ。だから違うって言ってるんじゃないか。

 そんなもの全部こいつのデタラメさ」

 

「ぐふっ・・・!」

 

「それともなんだい? 私が双子だとでも言う証拠があるのかい?」

 

「でも、あんたの不可解な行動は、それで説明がつくわ」

 

「いいや、それは違うね。それをこれから話してやろうじゃないか」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「馬鹿を言っちゃあいけないよ! そんなの全部デタラメさ!」

 

「待った!」

 

「じゃあ、あなたは今までの魔王の話が全部嘘だったって言うの?」

 

「その通りさ。少し考えれば分かりそうなものだけどねえ」

 

「そんなこと言って、証拠はあるの?」

 

「・・・あんた、少し勘違いしてないかい?」

 

「え?」

 

「一体誰が、私たちが双子であるところを見たって言うんだい?

 そんなもの、誰も見ちゃいないよ! だって、私は双子なんかじゃないんだからね。

 証拠を示すべきは、突飛なホラ話を信じてるあんたたちの方なのさ!」

 

「きゃあああああ!」

 

ルイズは両腕で自分の体を抱きしめながら、その身を震わせた。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「自分の隠れ家をばらしたのは何故かって? それは・・・言いたくないね」

 

「待った!」

 

「言いたくないって、何よ! 子供じゃあるまいし」

 

「ふん、言いたくないものは言いたくないのさ。

 あんたたちこそ、お得意の推理で考えてみればいいじゃないか。

 どうして私が隠れ家で、ロングビルとやらを待ち構えていたのか」

 

『・・・あれ? 何か、ちょっと気になるわね。気のせいかしら?』

 

「ルイズ、少しでも気になることがあるのなら、証言に追加して貰った方がいいわ」

 

「・・・ショウゲンドウシ・・・ムジュン・・・ツキツケル・・・・!」

 

魔王が死にそうな声で言う。

 

「それもそうね。ねえフーケ、今の話を証言に追加してもらえないかしら?」

 

「ふん、いい加減諦めたらどうだい? 自分の非を認めた方が、ラクになると思うけどねえ」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

===========証言が追加されました===========

 

「どうして私が隠れ家でロングビルとやらを待ち構えていたかって?

 あんたたちこそ、お得意の推理で考えてみればいいじゃないか」

 

「待った!」

 

「だから、それはロングビルが裏切ることをあんたは予想していて・・・」

 

「いい加減にしな! まったくあんたたち、よくそんな話を信じられるね」

 

「そんな話って、どうしてよ」

 

「考えてもみな。ロングビルという双子がいたとして、そいつはどうかしてるよ。

 そいつは、自分のウソがばれてもおかしくない証言をしてまで、

 私を追いに来たんだろう? 馬で4時間か、今考えると傑作だね!」

 

「きっとミス・ロングビルは、自分ひとりではあんたに敵わないって知ってたのよ。

 それであえて危険を冒したんだわ」

 

「ふん! だからって、自分が捕まるかもしれないような真似をするなんて、

 私には信じられないね!」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「ともかく、こいつの言うことは嘘ばかりさ

 その証拠に、大きな矛盾が一つ残されている」

 

「待った!」

 

「だから、それは一体何だっていうのよ!」

 

「やかましい! それを今から話そうとしてるんじゃないか!

 黙って話を聞いてな!」

 

フーケに怒られてしまった。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「破壊の杖のことさ! あんたたちが来ると知っていたんなら、どうしてあれを隠れ家に

 置いてきたんだい? おかげで自慢のゴーレムが壊されちまったじゃないか!」

 

「待った!」

 

「本当、どうして破壊の杖を家に置いていたのよ」

 

「だから、それがあんたたちの矛盾って言ってるじゃないか!

 あんたたちがもっともらしく語るその話、こんな大きな矛盾を

 説明できないようじゃ、受け入れる訳にはいかないよ!」

 

「・・・どうしても認めないつもり?」

 

「もちろんさ」

 

「どうしても、どうしても?」

 

「どうしても、どうしてもさ」

 

「どうしても、どうしても、どうしても?」

 

「どうしても、どうしても、どうしても・・・って、くどいんだよ!」

 

フーケに怒られてしまった。

 

「・・・手強いわね」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

一通りの話が終わったのを見計らい、キュルケはルイズに話しかけた。

 

「どう? 矛盾は見つかった?」

 

「うーーん・・・ちょっと、気になるところはあるのよね」

 

「なら、思い切って突きつけてみるのもいいかもしれないわね」

 

「・・・ショウゲンドウシ・・・ムジュン・・・ツキツケル・・・・!」

 

「ほら、使い魔さんもこう言ってるじゃない」

 

「あんた、何で死にそうになってるのよ・・・」

 

 

 

////////////////// 尋問再開 //////////////////

 

「破壊の杖のことさ! あんたたちが来ると知っていたんなら、どうしてあれを隠れ家に

 置いてきたんだい? おかげで自慢のゴーレムが壊されちまったじゃないか!」

 

「異議あり!」

 

 

フーケはびくっと体を震わせた。

 

「なんだ、なんだい! そんな大声を出して?」

 

「フーケ、あなたは証言の中でこう言っていたわよね。

 『どうして私が隠れ家でロングビルとやらを待ち構えていたかって?

 あんたたちこそ、お得意の推理で考えてみればいいじゃないか』って」

 

「ああそうさ。まったく考えなしにホラ話を広げるのは、やめて貰いたいもんだね。

 あんたたち、破壊の杖の謎を解けないんだから、いい加減間違いを認めちまいな」

 

フーケはそう言って、ため息を付いた。

だがルイズは胸を張って、不敵な笑みを浮かべた。

 

「・・・なに笑ってるんだい」

 

「私ね、あんたの言葉通り、お得意の推理で考えてみたの

 

「ふーん、そりゃ虚しい努力だろうね。何か分かったかい?」

 

「あんたは気付かないの?」

 

「何がさ?」

 

「あなた自身の矛盾のことよ」

 

「・・・ふん、何を言うかと思えば。

 矛盾があるのは、あんたたちの話の方じゃないか!」

 

眉を顰めるフーケに、ルイズは念を押した。

 

「あなた、さっきこう言ったのよ。『あんたたちが来ると知っていたんなら、

 どうしてあれを隠れ家に置いてきたんだい?』って。

 それはつまり、私たちが来ると知っていたなら、

 破壊の杖を隠れ家に置いてはおかなかったということよね?」

 

「もちろんさ。だってそうする理由がないじゃあないか」

 

「だから、それが真相なのよ」

 

「何がさ!」

 

「あなたは、隠れ家でロングビルを待ち構えていた。

 双子とはいえ凄いわね。相手の考えを見透かすだなんて。

 でもたった一つだけ、あなたは読み違えていた。それは、ミス・ロングビルの勇気よ!!」

 

 

「ロングビルだって? もしそんなのがいたとして、私相手に捕まるようじゃねえ」

 

フーケはやれやれとでも言いたげな表情をした。

 

「それよ。ミス・ロングビルはあんたには敵わないって知っていた。

 かと言って、皆の力に頼ろうとすれば、どうしても自分の身に疑惑が降りかかるような

 ウソの証言をしなければならない。だからミス・ロングビルはジレンマに陥るはずだった。

 自分がフーケと繋がっていたことを隠したければ、あんたを追うことを諦めるか、

 無茶を承知で、自分一人であんたと対峙するしか無かったのよ!」

 

「まさか!」

 

「そうよ! あんたはミス・ロングビルの勇気を見誤ったの! 自分が問い詰められる

 ことを覚悟で、ウソの証言をした彼女にね! 一人であんたとの決着をつけに

 隠れ家に姿を現すはずだった彼女は、実際には私たちと一緒に現れた。

 森の中で彼女に襲い掛かろうとしていたあんたは、実際には複数人で現れた私たちに

 手出しが出来なかったのよ!」

 

「ぐう! そんなこと!」

 

「フーケ、あんたは焦ったはずよ。自分のことをよく知るロングビルが裏切った上に、

 自分の予想を超えてきたんだから。このまま放っておいたら、彼女がどれだけの脅威に

 なるか分からない。だからあんたは、一刻も早くロングビルを捕えなければならなかった。

 結果、あんたは隠れ家に置いていた破壊の杖を、みすみす私たちに奪い返されたのよ!」

 

「凄いわルイズ、まさかそんな真相があったなんて! これで矛盾はすべて消え去ったわ!」

 

「さあフーケ! 大人しく真実を認めなさい!」

 

ルイズに指を突き付けられたフーケは、口元をわなわなと震わせた。

 

「・・・そんな・・・」

 

「・・・そんな・・・」

 

 

「・・・そんなバカなああああああ・・・・・・!!!!!!

 認めるか、誰が認めるかそんな話―――――!!!!!」

 

フーケは縛られたままガタガタと小刻みに震え出した。

馬車の床が軋み、不快な音がかき鳴らされる。

 

「うるさい」

 

タバサの杖の一撃で、フーケは沈黙させられた。

 

「お手柄だったわね、ルイズ!」

 

「いやはや、お見事でした。ルイズ様にこんな意外な才能がおありとは思いませんでした。

 私が宗教裁判にかけられたときは、是非ともルイズ様に弁護をお願いしたいものです。」

 

「あんた、何いきなり元気になってるのよ。まさか今まで、演技してたってわけ」

 

眉を吊り上げたルイズに魔王は慌てて返事を返した。

 

「いえいえ、そうではありません。フーケの口撃に傷ついた私の身体が、

 フーケの発した苦悩の叫びを感じ取って、癒されたのです。」

 

「また、あんたは・・・」

 

みょうちくりんな魔王の生態に、ルイズは言葉も出ない。

 

「まあまあ、全て終わったんだからいいじゃないの」

 

キュルケがルイズをなだめる。馬車の上の空気が緩みだしたところで、タバサは呟いた。

 

「なら、今ロングビルはどこ?」

 

「「あ」」

 

「・・・気付いてしまいましたか? それこそが我々の犯した最大のマチガイなのです。

 フーケはあの森でロングビルと入れ替わりました。ですから今もロングビルは、

 どこかあの森の中に拘束され、倒れているに違いないのです。もし仮に、フーケが

 類まれな逃亡スキルを発揮し、この馬車から逃亡したとしたら・・・するとどうでしょう!

 犯人のフーケもといミス・ロングビルは、彼女のアジトと思われる森の小屋の近くで

 変死体として発見された・・・そうやって全ての事件に決着が付いてしまうのです!

 我々は絶対にこの惨劇に挑まねばなりません!」

 

ルイズたちは一斉に青ざめて、フーケに詰め寄った。

 

「フーケ!まさかあんた、もう既にミス・ロングビルを

 殺しているなんてことはないでしょうね!」

 

「ふざけんな! そんな奴はいないよ!」

 

「私は真面目に聞いているのよ! 真実はすでに暴かれたんだから、

 いい加減、本当のことを話しなさい!」

 

「だから違うって・・・!」

 

「そうよ、ロングビルをどこにやったの?

 今からでも遅くないわ! 彼女のためにも改心するのよ!」

 

「何が改心だ! いもしない奴のためにどうしろってんだい!」

 

「これ以上罪を重ねてはいけないわ!たった一人の姉妹なんでしょ?!」

 

フーケはこめかみにしわを寄せて叫んだ。

 

「だ・か・ら、何がロングビルだ! わたしゃ初めからフーケ、ただ一人だよ!」

 

「そんなこと言って、親をもっと悲しませるつもり!?」

 

「ふんっ、親なんかもうとっくに死んでるよ!」

 

フーケがそう言うと、いつもは感情的な振る舞いを見せないタバサまでもが立ち上がり、冷たい顔でフーケを見下ろした。

 

「人間失格」

 

その声色に、とんでもない侮蔑の念が込められているのを感じ取ったフーケは、顔をより一層赤く染め上げた。

 

「・・・こんのぉおおお!!!どうしても私をロクデナシにしたいみたいだね!

 こんなブジョク、許しちゃあおけないよ!」

 

「さあ、早くミス・ロングビルの居場所を教えなさい!」

 

「ッ・・・!」

 

フーケは縛られたままに、全身を悶えさせた。彼女の体が馬車の上を転がり、あちこちにぶつかる。やがて彼女の頭が馬車の座席にガンと当たると、フーケはようやく暴れるのをやめて、苦しそうな息を整えだした。その様子は、彼女の中で大きな葛藤があったということを、見るものに感じさせた。

 

「・・・そうさ。ロングビルは私の妹さ! まさかあの鈍臭いやつのせいで

 私がこんな目に会うとはね! 私も焼きが回ったもんさ!」

 

「!!! ついに認めたわね!」

 

キュルケが叫んだ。

 

「フン、認めたくないね。あんなとろくさい奴と血縁だなんて。

 だが今はあいつに感謝すべきかもねえ。おかげで私は逃げ出せるんだから」

 

「何ですって!?」

 

フーケの浮かべた凶悪な笑みに、ルイズは恐れ戦いた。

 

「心配しなくても、あいつは生きてるよ。ただ気絶させて縛り上げただけだからね。

 でも、いいのかい? このまま帰ればあいつの居場所は絶対に教えてやらないよ。

 それにあんな森の中だ。例え後で私が口を割ったとしても、その頃には日も沈んで、

 野犬や熊の餌食になってるだろうね」

 

「フーケ・・・! あんたって奴は・・・!」

 

ルイズたちは、フーケの邪悪さに胸糞悪い気分を覚えた。年端もいかぬ少女たちには、きつすぎる現実だった。

 

「さあ、とっととこの縄を解きな! ロングビルの隠し場所を教えて欲しければね!」

 

それを聞いて、馬車の上にいる者たちは皆黙り込んだ。

せっかく命の危険を冒してまで捕まえたフーケ

・・・しかしロングビルの命を大事に考えるなら、それをみすみす逃がすしか手はない。

さあ、いくらでも悩み苦しむがいい!とフーケがいい気になったところで、魔王は呟いた。

 

「あのー、ちょっといいですか?」

 

「なんだい、このもやし亜人」

 

「もやしっ!? ・・・まあ、いいでしょう。良くありませんケド・・・

 今はもっと大きな問題がありますからな」

 

「ふん、何だか知らないが聞いてみな。 あんたらとはもうすぐおさらばだからね」

 

すると魔王は、恐る恐るといった様子でフーケに問い質した。

 

 

「その・・・あなたの妹様の、ミス・ロングビルのことなのですが・・・」

 

「森に戻るまで、居場所は明かせないよ」

 

「いえ、そういうことではなく・・・」

 

魔王は、言おうか言うまいか、悩み苦しんだ末に告げた。

 

「まさかとは思いますが、その『妹』とは、あなたの想像上の存在にすぎないのでは

 ないでしょうか? もしそうだとすれば、あなた自身のおつむがザンネンであることに

 ほぼ間違いないと思います。」

 

「ちょっと、どういうことだい!!!」

 

唖然とするフーケを他所に、ルイズたちはぺらぺらとおしゃべりを再開した。

 

「まあ、そうなるわよね」

 

「うん、知ってたわ」

 

「想定の範囲内」

 

やっぱりフーケって面白いわー!

それが彼女たちの結論であった。

フーケはガチギレした。

 

「なんでここまでコケにされなきゃいけないんだい!

 後で脱獄の機会を窺えばいいと思っていたがやめだ!この場でぶっ殺してやる!」

 

そう言うと、フーケは縛られた両足を器用に振り上げ、御者台から身を乗り出していた魔王目掛けて思い切り振り下ろした。

 

「フゲェエエ!」

 

「死ね!死ねッ!」

 

フーケは振り下ろした足をそのまま魔王の首にあてがい、体重を掛けて絞め落としにかかった。するとただでさえ青白く不健康そうな魔王の顔が、見る見るうちに死相を感じさせる白さに変わっていった。

 

「・・・カ・・・・カヒュ・・・タ・・・タスケテ!・・・・」

 

キュルケは縛られていたはずのフーケがここまで暴れまわれたことに衝撃を受けながら呟いた。

 

「惨劇ね」

 

「むしろ喜劇」

 

ああ楽しかったわとキュルケが感慨にふけり、タバサが閉じていた本を再び開き出す中、ルイズだけはあたふたしながら魔王をどう助け出そうかと、焦りを募らせていた。空になった御者台に強い日差しが照り付ける。馬たちは、退屈しのぎに鞭を鳴らす迷惑な御者がいなくなったことで、悠々と学院への路をひた走り始めた。道行く先には小高い峠が見える。あれを超えれば、学院はもうすぐだ。

 

 

「ほら、とっとと死んじまいな!」

 

「・・・コ・・・・コウナッタラ・・・! ・・・ハメツ・・・ジュモン・・・!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

                 

雪風のしらべ

 

少女は、いつも本を抱えている。いつも、どこでも本を抱えている。

部屋の中ではもちろん、食堂に向かう時も、教室に向かう時も、常に本を手放しはしない。

暖かな日差しの下で、あるいは冷たい月明りの下で、

ある時は馬車に揺られながら、またある時は竜の背中に乗りながら・・・

彼女がそんなに大事にしているのはなぜだろう?

彼女の正体は魔女、ならきっと本の中身は魔導書だ。

何の変哲もない紙の束に、とてつもない驚異が隠されていることを、

小さな魔女だけが知っている。その本は、開けばいつだって彼女を異世界へと運び去る。

ページをめくるごとに彼女の心は日常を離れ、めくるめく驚異の世界が彼女を出迎える。

1冊、2冊、3冊と、彼女はどんどん読んでいく。彼女は、読んだ本の数だけ旅をする。

いくら彼女を眺めていても、見えてはこないその世界

ページをめくる小さな音が時を奏でるその世界へ、皆さまを少しばかりご招待・・・

 

 

 

 

 

 

ただし30秒で!

 

「ハメツの呪文、唱えちゃいました!」

 

魔王が世界を滅ぼすまで、あと30秒

 

=========名著30 START! =========

 

・・・馬車は崖の頂上へさしかかった。馬は前方に現れた目隠しの中の路に従って柔順に曲り始めた。しかし、そのとき、彼は自分の胴と、車体の幅とを考えることは出来なかった。一つの車輪が路から外れた。突然、馬は車体に引かれて突き立った。瞬間、蠅は飛び上った。

と、車体と一緒に崖の下へ墜落して行く放埒な馬の腹が眼についた。そうして、人馬の悲鳴が高く一声発せられると・・・

『蠅』(1923)より引用  作者:横光利一

 

 

「30秒で読めましたか?   ・・・はい、そうですか。

 まあでも、分岐なんてないんですけどね」

 

 

 

 

 

=========GAME OVER=========

 

 

雪風のしらべ
 終 

制作・著作
――――――
 M H K 
魔界放送協会

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

タバサは青褪めて、本から顔を上げた。馬車は御者台を空にしたまま峠を進んでいるというのに、誰もがフーケに気を取られ、その恐るべき事実に気が付いていない。彼女は声を上げようとして、その前に馬車がぐらりと傾いた。

 




おまけ

オールド・オスマンは遠見の鏡を使い、フーケを捕まえ戻ってくる彼女たちの様子を眺めていた。

「ククク・・・ では参るかの
 シュバリエ授与を締めくくる・・・ 最後の適性試験・・・!」

鏡は、峠に向かいゆく馬車の姿を克明に映し出す。

「ルイズ! 馬車が前に!」

ノロ・・・ノロ・・・

「名誉・・・数千年超えの王家の名誉・・・
 それを託すトリステイン代表貴族・・・圧倒的貴族!
 当然彼女らはすべてを備えてなければならぬ・・・!
 つまり・・・」

「ひっ!」「ひっ!」「ひい~~っ!」
馬車は崖に乗り出し、今にも落ちそうになっている。

「頭脳! 胆力! 感性!
 そして計算抜き・・・ 純粋な意味での・・・」

「運っ!」

「うわあっ・・・・!」
馬車は風を切って崖下へと転落していった。




「出でよ! 生き残った者に授与っ・・・・・・!」

だがオスマンの期待とは裏腹に、転落した馬車の周りは時を止めたかのように
動くものは何一つとしてなかった。

コルベールは何か言いたそうにしながらも、オスマンの後ろで沈黙を守り続けている。
「・・・・・・」

「え?」

「えええ?」




終わり・・・・?
まさか・・・・おぬし等
これで終わり?

終わり・・・・???


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