使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~ 作:tubuyaki
翌朝、学院のそこかしこで目覚めた人々が騒ぐ中、宝物庫には険しい顔をした教師たちが集まり、
重苦しい空気を醸し出していた。
「ミセス・シュヴルーズ!当直に眠りこけていたとは何事ですか!」
「それは・・・本当に、申し訳ありません・・・」
「こうも簡単に破壊の杖を盗まれたのは、あなたの責任ですぞ。
しっかり弁償して貰わねばなりませんな!はてさて幾らになることやら・・・」
「どうか、どうかそれだけはご勘弁を・・・。まだ家のローンだって残っているのです・・・」
「そんな事情などどうでもよろしい!これは泣いて済むことではありませんぞ!」
教師たちが殺伐とする中、ルイズは目の前のやり取りをうんざりとした面持ちで眺めていた。キュルケも同様の顔をしており、タバサはというと何時ものごとく本へ目を落としていた。彼女らは宝物庫襲撃の目撃者として朝早くからこの場に呼ばれたが、今のところ教師たちは責任の追及に必死で、彼女たちに詳しく話を聞こうとするものはいなかった。
「何だか大変なことに巻き込まれちゃったわね」
キュルケのつぶやきにタバサがこくんと頷いた。返事こそ返さないが、ルイズも同じ気持ちであった。フーケを目撃した当時の彼女たちには分からなかったが、かの怪盗が盗み出したのは学院一の秘宝として有名な『破壊の杖』であったらしく、そのことが教師たちを殊更に色めき立たせているのだった。フーケの衝撃に踊らされ、まるで進まない話し合いに一石を投じたのは、遅れてやってきた校長のオスマンであった。普段はただの狒々爺にしか見えない彼だが、来て早々に『今は責任追及なぞしとる場合か!』と教師たちを一喝し、責任は皆にあることを説いた。
「我々皆が油断しておった。フーケがメイジの大勢集うこの学院を襲うはずがないとな」
紛糾していた話し合いは、オスマンによって一気に落ち着きを見せた。これこそが偉大なるオールド・オスマンという人物かと、ルイズらはかの老人を尊敬の眼差しで見つめた。もっともそれは、オスマンがシュヴルーズのお尻を触るまでの短い間しか続きはしなかったが・・・
「さあミセス・シュヴルーズ、いつものように元気を出しなされ。さあ。
ほれ、お尻なんか触っちゃったりして」
「ええ、ええ、いくらでも触ってください!学院長のお心遣いには感謝しきりですわ」
オスマンの行動に好意的な反応を返してくれるのは、先程までやり玉に挙がっていたミス・シュヴルーズただ一人であった。周囲の白い目に耐えかねて、オスマンはわざとらしく咳き込んだ。
「ゴホン!」
彼なりのジョークに誰も笑わなかったことをオスマンは嘆きながら、彼はルイズたちに事件当時の状況を詳しく尋ねた。オスマンは、あらかたの話を聞き終えたところで、ふと気がついたように言った。
「ところでミス・ロングビルはどこかのう?姿が見えんが、誰か知らんかね」
「いや、今朝は見かけておりませんぞ」
「私もです」
教師たちは顔を見合わせた。普段なら、一番に駆けつけてもいい彼女の不在に、皆首を傾げた。
「全く、普段は真面目でも、肝心な時に駆けつけられないようではいけませんな」
「その通り、こんな時にいないとは、職務への自覚が足らんというものです」
教師らは再び下らない言い合いを始め出したが、間もなくコンコンというノックの後に宝物庫の扉が開かれると、ツカツカとした足取りでミス・ロングビルが彼らの輪に加わった。
「遅れて申し訳ありません」
「ふむ、ミス・ロングビル。今までどこに行っておったのだね?」
「朝からフーケの足取りを追っておりました」
それまで散々に彼女をなじっていた教師たちは、驚きの声を上げた。
「何と!もう既に調査を進めておいてくれたのかね!」
「はい。朝起きてたら大騒ぎでしたから、これは大変と思って、急ぎ取り掛かったのです」
「やはり君は良い秘書じゃ。何も言わずとも、必要な時に的確な仕事をしてくれるの。
して成果は?」
オスマンは期待のこもった声で問いかけた。
「フーケの居所を突き止めましたわ」
おお!と感心するような声が一様に上がった。ルイズたちも、この有能な学院秘書へと驚きの眼差しを送った。
「素晴らしいことじゃ。詳しく話してもらえるかね」
「はい、勿論です。周辺の農民に聞き込みを行ったところ、近くの森の廃屋に向かっている
黒づくめの男を見たそうです。ここからの距離は徒歩で半日、馬で4時間といったところ
でしょうか。かさ張りそうな棒状の物を抱えていたとのことですので、おそらくフーケかと」
「ふむ、きっとそれが盗まれた破壊の杖じゃろうて。よく調べてくれた。
そうと分かれば、ここからは時間が命じゃ。今すぐ捜索隊を出そう。
我こそはと思う者は杖を掲げよ」
オスマンは威厳ある声で皆に呼びかけた。だが困ったことに、それに応え杖を掲げるものは誰一人としていなかった。不落と思われた宝物庫を打ち破る程のメイジに対峙する勇気は、どの教師も持ち合わせてはいなかった。
「何じゃどうした?我こそはと思う者はおらんのか!どうなんじゃ!!」
オスマンの何時になく激しい啖呵に教師たちは震え上がり、余計に彼らは杖を上げるどころではなくなった。少し強く言い過ぎたかのと、オスマンは声のトーンを変え、教師らを鼓舞するように語り掛けた。
「聞け、お主ら! 諸君らは貴族じゃろ。貴族ならばじゃ。我らの誇りを否定する盗人を
どうして追わんのじゃ。諸君の中に一人でもやつを追おうと立つ奴はおらんのか?」
だが彼の弁舌空しく、教師たちは皆一様にうつむき、黙りこくるばかりであった。
オスマンは皆に失望したのか、虚しそうに一言呟いた。
「・・・一人もいないのじゃな?」
だがここにただ一人、彼の言葉に感化された者がいた。彼女は心を決めると、すっと杖を掲げた。
「ミス・ヴァリエール!あなたは生徒ではないですか!」
シュヴルーズが彼女を見咎め、心配そうに声を掛けた。
「だって誰も杖を掲げないじゃあないですか!」
教師たちが気まずさから目をそらす中、またも杖を掲げる者が現れた。
「ミス・ツェルプストー!君まで!」
「ヴァリエールには負けられませんわ」
そして残された最後の生徒、タバサまでもがすっと杖を掲げた。
「タバサ!あなたはいいのよ。私が好きで行くんだし」
「二人とも心配」
それを言われ、キュルケは感極まった様子で彼女に抱き着いた。一方ルイズは、昨日敵に回った相手なのにと、奇妙な思いを抱きつつも、普段無口なタバサの心優しさに触れた気がして、素直にありがとうと告げた。オスマンは反対する教師たちを上手く宥めながら、如何に彼女らが素晴らしい生徒で、捜索隊に相応しいかを語っていった。
「ミス・タバサはその年にしてシュバリエの称号を得ており、
使い魔として風竜を召喚する等、才能著しいメイジじゃ。」
教師たちから驚きの声が上がった。シュバリエとは実力を持ったメイジだけが授けられる爵位であり、家柄や金だけで手に入るものではない。ルイズもこのことには驚いたが、意外なことにタバサと仲の良いキュルケまでもがそのことを知らなかったらしく、『本当なの?』と、驚いた様子でタバサに問い掛けた。それに対しタバサは、彼女らしくこくんと一回頷くだけであった。
「ミス・ツェルプストーもミス・タバサと同じくトライアングルであり、
強力な火の使い手じゃ。確か使い魔はサラマンダーだったかの、
戦いにおいて申し分ない働きが出来ることじゃろうて」
自らを称えられてまんざらでもないのか、キュルケは得意げに自慢の髪をかき上げた。
ルイズは負けじと胸を張り、自分への称賛に備えた。
「ミス・ヴァリエールは・・・うむ、その、なんだ。・・・ 彼女の引き起こす爆発は
非常に強力で、一部の生徒からは『破壊神』とまで呼ばれるほどだとか」
「 」
ルイズの視界の端で、シュヴルーズがしきりにうなずいていた。
「それに呼び出した使い魔は見るもマガマガしき亜人だとか「フーケも恐れをなして逃げ出すに
違いありませんわ!」・・・いやミス・シュヴルーズ、逃がしてもらっては困るがの」
真っ白になって突っ立つルイズを、キュルケは面白そうに見つめていた。
「ふむ、ところで・・・その使い魔の姿が見えんようじゃの。
いつも連れ歩いているのかと思っていたのじゃが・・・」
言われて初めてルイズは、自分の使い魔の姿がどこにも見当たらないことに気が付いた。
「もう!あいつ主人をほったらかしてどこ行ったのかしら?」
「あの、そのことでしたら私が・・・」
ミス・ロングビルが何か言いかけたところで、バタンと大きな音がし、宝物庫の扉が開け放たれた。果たしてそこには、ボロボロになって薄汚れたローブを身にまとう、やつれた魔王の姿があった。
「あんた、今まで一体どこ行ってたのよ!」
「何ですと!そういうルイズ様は私がどこにいたと思っているのですか!」
すぐさま言い返され、ルイズは思わずたじろいだ。
「どこにって・・・」
そこまで言ってルイズの首筋に嫌な汗が流れた。
「まさか・・・今まで埋もれてたり?」
「そうですよ!何かジンジョーでないユレを感じたと思ったら、全身ズッポリ土の中に埋まって!
息も苦しく、土が口に入り込み!強い圧迫感にまるで身動きも取れず!
潰れたコケを吸ってノドの渇きを癒し!そうやって、孤独にずっと耐え忍んでいたのです。
ヒョットしたら、こんな地の底でも誰かがフラッと助けに来てくれるんじゃないかと、
夢想しましたが誰も来ませんでした。そうやって、いつ救出されるのだろうかと
涙を拭いて待ち望んでいたというのに、ルイズ様は呑気にグッスリ眠って、その後は
長々と事情聴取ですか!」
「えーと・・・」
ルイズは頬っぺたを手で掻きつつ、目を反らしながら魔王に答えた。
「あんたヒョロッとしてるし、そのー・・・大丈夫だったか凄くシンパイしたわ。
いや~ヨカッタヨカッタ」
「ダマらっしゃい!今思いついたようなコトバを言ってもバレバレです!」
そういうと魔王は目に見えてしょげかえった。
「エエ、分かっていましたとも。
どうせ破壊神様って、どなただろうとそういうおヒトなんですよね。
私が勇者に捉えられて吊るされそうになっても、ニヤニヤとその様を眺めて笑ってる。
エエ、知っていましたとも。所詮ルイズさまにはヒトゴトですもんね。
セカイセーフクにキョーミないならナオサラです。
だから私がどうヒドイ目に会おうがオカマイなし、そうなんでしょう・・・!」
場を気まずい沈黙が包み込んだ。
何とかしなさいよ!とでも言いたげなキュルケに、ルイズは何度も小突かれたが、
彼女にしてみてもどうしたらいいのか分からなかった。
「・・・とまあ、埋もれていた彼を私が帰り際に見つけ、
とりあえず宝物庫の外で待たせておいた次第なのです」
沈黙に耐え兼ねたミス・ロングビルはそう言い加えると、ルイズの方を見た。彼女だけではない。その場の教師、クラスメイト全員の目がルイズに向けられ、どうにかしろと無言で語りかけていた。どうにも気まずくなったルイズは、覚悟を決めて魔王に話し掛けた。
「あー、えーと、そのー・・・。私が悪かったわよ。
別にアンタのこと、ほったらかしにしようだなんて思っては無かったのよ?
ただね、昨日はとっても疲れていたし、何というか、あんな大きいゴーレムが現れて、
踏みつぶされてもおかしくなかったなと思ったら、気が動転しちゃったのよ。
それでついうっかり・・・ごめんなさいね」
「・・・」
「そうだ!おわびに何か希望があれば応えてあげるわ。
あんまりムチャなのはダメだけど・・・」
「・・・」
ルイズはこれでどうだ?と探るように魔王を見た。
彼女の隣ではキュルケはやきもきしたような顔をしていた。
どうせもっといい言葉は無かったのかとでも思っているのだろう。
ルイズにしてみれば、立場を変わってくれるなら喜んで変わって欲しいぐらいだった。
「「・・・」」
二人は息を飲んで魔王の反応を待った。
他の教師たちも、どうなるんだと使い魔の顔を窺いながら事態を見守った。
タバサだけただ一人、相変わらず視線を下に落とし、手にした本を読み耽っていた。
「・・・まあ、そうですよね。」
やっと出てきた魔王の言葉は相変わらず暗く、ルイズは一瞬、失敗したかと身構えた。
「この私が、ラブリーチャーミーで愛され系なこのワタクシが、
ドーでもいいと思われてほっとかれてたなんて、そんな訳ないですよね!」
魔王の声音はだんだんと明るいものに変わっていき、最後には普段のハイテンションを完全に取り戻していた。皆が胸を撫で下ろす中、ルイズはただ一人、そういえば昨日寝る直前に、『眠たいしあいつのことほっといてもいいか』と考えたなぁと、今頃になって思い出していた。
「ちょろい」
タバサが微かな声で呟いた。
「いやはやルイズ様、大変お見苦しいところをお見せしました。
ルイズ様を疑うとは、私もどうにかしておりました。お許しください」
何時ものお調子な様子では想像がつかないぐらい、魔王は素直に頭を下げた。
そんな魔王に、ルイズはあたふたしながら返事を返した。
「いえ、いいのよ。私こそ悪かったわね」
何とか乗り切ったと、ルイズは心の中でガッツポーズした。
「それはそうとルイズ様、トーゼン、かのフーケに対するリベンジのケーカクは
持っていらっしゃるのでしょうね?」
「リベンジ?フーケを追うってこと?
安心しなさい、さっきこの3人で捜索隊を組むことに決まったわ。
ミス・ロングビルのおかげでフーケの居場所も特定済みよ」
キュルケとタバサもこくりと頷いた。魔王はそれを見て喜色を浮かべた。
「それはケッコウ!後でそのロングビル殿の話とやらも詳しく聞かせてください」
「ええ、分かったわ。ところで、疲れてるだろうけど一緒に付いて来てくれるかしら?」
すると魔王は、今まで見たこともないぐらい暗い表情で彼女に答えた。
「モチロンです。この私、こうもコケにされてハラワタがニエくりかえる思いです。
そのフーケとやらには目にモノ見せてやりましょう・・・!」
「そ、そうね! 頑張りましょ?」
魔王の背後からにじみ出てくる、何時にない迫力にルイズは後ずさりした。
しかし彼の怒りがルイズではなくフーケに向いたというのなら、乗らない手はない。
「さあ、タイム・イズ・マニーです。今すぐにでも出発しましょう!
早く動けばボーナスだって上がるかもしれませんよ。ほら、早く準備を整えるのです!」
「ちょ、ちょっと急かさないでよ!」
「あはは、使い魔の方がやる気がありそうね」
「何ですって!」
「・・・」
オスマンは皆の意思がまとまったことを見て取り、安堵に胸を撫で下ろした。
「わしらの方で馬車等、必要なものは用意しておこう。
ミス・ロングビル、帰ってきて早速に悪いが道案内を頼めるかの?」
「もちろんですわ、オールド・オスマン」
ロングビルはそう言って、品のある微笑みを返した。
こうしてルイズ達は、魔王にせっつかれつつ急いで準備を整え、盗まれた秘宝を取り戻す旅に出かけたのだった。