使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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Bad Couple!!



STAGE 12 おや?マモノたちのようすが・・・

やり過ぎた。

学院の生徒を散々痛めつけたと聞いて、教師やクラスメイトたちはどんな目で私を見るのだろう? 今度こそ、本当に二つ名が『破壊神』になるかもしれない。そんな来たるべき未来にルイズが頭を抱える中、魔王はワハハという甲高くもしわがれた声で笑い続け、彼女の頭を余計に悩ませた。しかし彼はふと声を潜めると、急にじっと地上の方を見つめ始めた。

 

「違う、私は破壊神なんかじゃないわ。これはきっと何かの間違いなのよ・・・」

 

「ルイズ様」

 

「何よ! もう二度とあんたの話なんて聞かないわ!

 やりたくもない勝負を受けた挙句、勝ったら勝ったで悪名が広まるですって!?

 冗談じゃないわよ!元はといえばあんたのせいでこんな戦いを強いられてるんじゃない!」

 

ルイズは非常におかんむりであったが、魔王はどこ吹く風と言葉を続けた。

 

「どうやらそんなことを言っている場合でもないようです。

 誰か、こちらに向かってくる予感がします。

 このダンジョンに挑もうという新たな勇者かもしれません。」

 

「ええ!? キュルケの恋人たちならやっつけたでしょ?

 まさか他にも恋人がいたっていうの?!」

 

「そこまでは分かりませんが、準備をするに越したことはないでしょう。

 魔王と勇者は引かれ合うというのが定めですしね。

 それに私のシックス・センスはよく当たるのです!」

 

「シックス・センス? ちょっと、待ちなさい。

 見聞きしたんじゃなくて、第六感が頼りってわけ?

 それって、ただの勘ってことじゃない!」

 

慌てて損したと憤慨するルイズに対し、魔王は考え込むような様子を見せた。

 

「ふむ、ルイズ様はもうちょっと、自分の知らない世界への想像力を働かせた方がいいようです。

 私にはハッキリと見えるのです。コケに敗れし無念を抱えたタマシイが、

 怨嗟の声と共に強大な敵を呼び寄せるのを!」

 

「ちょっと! 殺してまではいないわよね!

 何のためにあいつらを穴の外に捨てさせたと思ってるのよ!」

 

魔王は聞えよがしにちっと舌打ちすると、これだからルイズ様は甘いのですとぶつぶつ呟いた。

ルイズのこめかみがぴくぴくと動いた。

 

「ねえ、聞こえてるんだけど」

 

「聞かせているのです! そのまま放っておけば、

 イロイロと分解されておいしく魔分を頂けたものを!」

 

「それこそ冗談じゃないわ! そんなの破壊神どころか死神よ!」

 

掴み掛からんばかりの表情で睨み合う二人だったが、魔王は先に視線を逸らすと、はぁとため息を付いた。

 

「ともかくルイズ様、これからまた敵が来るかもしれない時に

 言い争っていても仕方ありません。

 ルイズ様はイロイロお悩みの様子ですが、どうしてこうなったと落ち込んだり、

 どうしてこうなった!と踊り出したり出来るのも、勝っていればこそなのです。

 ここは急いでダンジョンの再構築を急ぐべきでしょう。」

 

だが魔王の勧めに対し、ルイズの反応は薄かった。

 

「もうコケがいるじゃない」

 

「ニジリゴケだけで勝てるなら私だって苦労しないのです!

 ダンジョンに訪れる勇者というものは、段々と強力になっていくのが世の定め。

 ライバルに負けないよう、新たなマモノをゲットして戦力強化を図り、

 ついでに図鑑コンプも目指すというのが一流のツルハシマスターというものなのです!」 

 

「何がツルハシマスターよ! そんなもの目指してないわよ!

 大体、さっきはこのコケ地獄で瞬殺出来たんだし、ちょっとやそっとじゃ負けないでしょ?」

 

声を荒らげたルイズに対し、魔王は静かに首を振った。

 

「・・・ルイズ様、百聞は一見に如かずとは言いますが、

 さすがに負けると分かっているものを座死してはおけません。」

 

「何よ、私には分かってるのよ! 今以上に強くなったら、

 それだけであんた、私のことをよりマガマガしくなったとか言うんでしょう!」

 

「そんなに気にすることですか?もうすでにマガマガしいなら、更にマガマガしくなったところで

「よく聞こえなかったわ。私が何ですって?」・・・いえ、何でもアリマセン・・・」

 

ルイズにギロリと睨まれた魔王は、すごすごと言葉を引っ込めた。

しかしすぐにそわそわし始め、ルイズにおそるおそる声をかけた。

 

「ルイズ様、確かにコケ地獄は完成された戦術です。

 簡単かつ少ない労力で多大な効果が得られる。まさに理想的と言っていいでしょう。

 実際、さっきは呆気ないほどカンタンに勝てたわけですしね。

 でも冷静になったルイズ様になら、この戦法がとんでもない脆さを

 抱えていることにも気づけるハズ。そう私は信じています。」

 

魔王の意味深な言葉にルイズは考え込むと、はっとして顔を上げた。

 

「お気づきになられましたか?」

 

「分かったわ、あんたの言いたいことが。

 いくらコケを一か所にかき集めようと、一匹一匹は弱いままってことよね」

 

「そうです。ニジリゴケなんて大概の相手には一撃で倒されます。

 コケ地獄戦法においては、そんなニジリゴケの全てが狭い場所に押し込められているのです。

 考えてもみてください。勇者が剣を1回振り下ろします。するとそれだけで何十匹もの

 コケが千切れ飛び、我々の戦力は激減するのです。

 想像してみてください。もしメイジが一発でも魔法を放ったとしたら。

 風の魔法が狭い通路の端から端まで吹き抜けていきます。

 次の瞬間、我々魔王軍に戦えるものは誰一人残されていません。

 文字通り全滅するのです!」

 

「あんたの言いたいことはよく分かったわ。

 ところで何シレッと私の作り出したマモノたちを、魔王軍とやらに組み込んでるのよ。

 あんたに貸した覚えはないわよ!」

 

「大丈夫です。ルイズ様も魔王軍に含まれておりますので」

 

「なお悪いわよ!」

 

ルイズは瞠目したが、彼女の懸念は魔王に正確には伝わらなかった。

 

「地位のことならばシンパイしないでください。もちろんルイズ様の序列は第0位です!

 国家転覆を目論むマモノたちの首領としてMiss.0を気取るのも悪くないでしょう。

 ニジリゴケの給水力を利用して国土を砂漠化させ、政府に圧力を掛けていく。

 そして現政権に不満を募らせた民衆が内乱を起こした暁には、

 国の実権を奪取して鬱苦(うつく)しい国を作るのです!」

 

支配形態は合衆国がいいか連邦がいいかに悩み始めた魔王の話を、ルイズはもう既に聞いてはいなかった。とっくの昔に嫌気がさしていたルイズは、これ以上与太話ばかり聞かされては堪らないと思い、さっさとダンジョンに手を加えることを決めた。

 

「馬鹿なこと言ってないで、とっとと何かアドバイスしなさい。

 まあどうせコケの次は、アレの出番なんでしょうけど」

 

そう言って、ルイズは嫌そうな顔をした。

 

「よく分かっているではないですか。コケはムシの格好のエサとなります。

 ですからコケむしたダンジョンは、ムシを主戦力としたダンジョンを作る上でも

 絶好の環境となるのです!」

 

やっぱりかと、ルイズは更に嫌そうな表情をしたが、落ち込んでばかりもいられないと顔を上げた。

 

「今度もマモノの数を増やしていけばいいのよね?

 でも、ガジガジムシって戦闘ではどれだけ使えるのかしら?

 前はギーシュにすぐやられてたと思うんだけど・・・」

 

「いえいえ、コケの捕食者たるムシのポテンシャルを舐めてはいけません。

 ムシはコケと違ってふらふらとダンジョンを隈なく動き回ります。

 ですから一か所に集めて相手を瞬殺というのはなかなかムズカしい。

 ですがガジガジムシはそれ一匹だけで、ニジリゴケの何倍もの強さを誇ります。

 ですからたくさんコケを生み出した分、それをエサにムシを育てていけば、

 イイ感じに勇者を迎え撃つムシの巣が出来上がるハズです。

 あわてふためく勇者どもは『ムシだー!』とか叫びながらパニックに陥ることでしょう!」

 

そう言って、魔王は暗い笑みを浮かべた。

 

「わたしムシって嫌いなのよね。あんなでっかいムシがうごめくダンジョンなんてぞっとするわ。

 ムシをそんなに増やさなくても、トカゲおとこを使えばいいじゃない。」

 

それを聞いて魔王はふむと考え込んだ。

 

「確かにムシは生理的にイヤだというのも、分からないではないですが・・・

 しかしここでもやはりツルハシとマモノは使いよう。

 そもそも十分な数のムシがいなければ、トカゲおとこどもも生きていけませんし、

 それにトカゲおとこをあえて出さないほうが、ダンジョン的にいい場合もあるのです。」

 

「それもやっぱり、コケ地獄の時と同じ発想かしら?

 ムシをトカゲおとこに捕食させずに数を増やそうってことよね?」

 

「その通り、ルイズ様もちゃんとワカッておるようですな」

 

魔王は満足げに頷いたが、ルイズはある疑念を捨て去ることができなかった。

 

「・・・やっぱり納得できないわ。ガジガジムシがニジリゴケより強いと言っても、

 前のギーシュの時を考えるとたかが知れてるじゃない。

 コケとは違って一か所に集められない分、

 コケ地獄より弱くなることだってあるんじゃないかしら?」

 

疑問をぶつけたルイズは、魔王がニンマリと笑い出したのを見てぎょっとした。

 

「フ・・・フフフフフ・・・・!」

 

「な、何よ!」

 

「いやはや流石はルイズ様です。マモノのことをよく洞察しておいでですな。

 ですがシンパイはご無用です。確かにガジガジムシは少々もろいですからな。

 不安になるのも仕方がないでしょう。

 しかしそうであればこそ、もっと強いマモノを呼び出してしまえば良いのです!」

 

ルイズは目を丸くした。

 

「何よ、前に聞いたもの以外にもマモノがいるっていうわけ?

 あ、もしかしてドラゴンとか!」

 

しかし目を輝かせ始めたルイズに返ってきた答えは、何だかよく分からない精彩を欠くものだった。

 

「いえいえ、確かに他にもマモノはたくさんおりますが、そういうイミではないのです。

 確かに別の魔物ではありますが、ある意味今まで見てきたマモノと

 共通している部分が多いと言いますか・・・」

 

「一体、どういう意味よ?」

 

「聞きたいですか!? ルイズ様!」

 

「いや別にい「いいでしょう!! 今回も特別に説明しようではないですか!

 魔王直々のマモノ解説が聞けるなんて、こんな機会そうそうありませんよ!」

 

魔王は上機嫌になりながら、レクチャーを開始した。

 

「説明をするためにも、ここで是非ルイズ様に知っておいて頂きたいコトバがあります。

 何でも全身鎧な感じのピカピカな勇者が語った言葉らしいんですが、

 曰く、『雑種という種はない』と!」

 

ルイズは、はぁと気の抜けた返事をした。

 

「私今まで、コケとかムシとか一口に言ってきましたが、

 それらの内にも多彩な種類があるのです!

 色合いだって大きく変化しますから、色取り豊かな極彩色のダンジョンを

 作るのだって夢じゃありません!」

 

「・・・」

 

「アレ? 反応がよくありませんね?」

 

「だって・・・結局ムシなんでしょ?

 大きくて、ぶんぶん飛び回ったり、カサカサしたりするんでしょ?

 そんなものに色のバリエーションが増えても嬉しくなんかないわよ」

 

「いえ、われらがムシはカサカサというよりガジガジしているというのが特徴で「一緒よ!

 大体色が変わったところで何よ。そんなもの、戦いには関係ないじゃない」

 

だが魔王はルイズの反論に、とんでもないとでも言うような表情をした。

 

「ルイズ様は、イキモノの色というものを軽く見ていませんか?

 キビシイ自然の中を生き抜いているマモノにとっては、

 色一つとってもなぜそのようになったのかということに深い理由があるのです。

 そして彼らの持てるポテンシャルが違うからこそ、違う色をして実力を誇示しているのです。

 ルイズ様だって、白いキノコに交じって真っ赤なキノコが生えてれば、

 これはウマそうだと思うでしょう?」

 

「食べないわよそんなもの! とにかく、それじゃあマモノの色違いだと

 強くなったりもするってことかしら?」 

 

「トーゼン大きく変わります! 別種ですから名前だってトーゼン違います。」

 

「じゃあ、ガジガジムシ以外のムシも生み出せるのね?」

 

「そうです。名は呈を表すモノ。ルイズ様、聞いて驚かないでください。

 今回生み出して頂くのは、なんとデス様なのです!」

 

「デス様?」

 

「そうなんデス!体色、色鮮やかなクリムゾンのデス様こと、

 デスガジガジを呼べるのDEATH!」

 

そう言って魔王は息巻いた。

 

「名前だけだと強そうね。デスなだけに」

 

「もちろんデス! 一口に強いと言っても色々ありますが、デスガジガジは体力、攻撃力ともに

 ガジガジムシを大きく上回ります。当然、すばやさもアップ!・・・赤いだけに。

 繁殖能力もアゲアゲな感じで、大変増え易くなっておるのです。」

 

「強くて数も増やし易いって、すごいじゃない。それで、どうやって呼び出せばいいのよ?」

 

「ルイズ様、ツルハシを手にしたまま目を瞑ってください。そして思い浮かべるのです。

 強化したいマモノが、より強くなったその姿を! デス様の雄姿を強く念じて掘るのです!」

 

「でも私、デスガジガジなんて見たことないわよ?」

 

「ノープロブレムです。デスガジガジは見た目、赤いガジガジムシといったところです。

 ですから先ずはフツーのガジガジムシをイメージし、

 次にそれが赤くなった姿を想像する。

 後は、そのまま養分がしっかり溜まった土を掘ればよいのです。」

 

「誰が好きであんなでっかいムシの姿なんかを・・・」

 

ルイズは文句を言いながらも目を瞑り、まだ見ぬムシの姿を思い浮かべようとした。

 

「やっぱりデス様デスからね、血の赤を思い浮かべるといいでしょう!」

 

「ッ・・・」

 

「そうそう、言い忘れてましたが成虫の翅は黄色いのです!

 名前もデスフライに代わって、赤と黄のコントラストが映えるのです。

 きっとダンジョン内をエキゾチックな雰囲気で満たしてくれることでしょう。

 彼らの紅い体躯にチラッと黄色が覗く様は、まるで二つに割った焼き芋のようで

「イメージが沸かなくなるから黙ってなさいよ!」

 

ルイズはムカムカしながらデスガジガジを思い浮かべようとした。しかし心の乱れが大きくて、中々上手くいかない。

 

『白から赤…白から赤…』

 

ふとルイズの頭に閃くものがあった。

食堂でいつか見た風景・・・

白いフリルのついたシャツで着飾ったギーシュ

そこへ近づくモンモランシーの影

頭からワインをご馳走になって、赤く染まったギーシュ

これだ。

ルイズはギーシュの変化する様をガジガジムシのイメージに重ね、デスガジガジを思い描いた。

ルイズが自信を持ってツルハシを振り下ろすと、特に問題もなく赤いムシが生まれ、

ガジガジと顎を鳴らしながらコケを求めに歩き始めた。

 

「無事生み出せたようですね。これでダンジョンの戦力を

 大きくアップすることが出来るでしょう・・・ルイズ様?」

 

魔王がふと気が付くと、ルイズは俯き、肩を揺らしていた。

 

「   ・・でよ」

 

「?? 何か言いましたか、ルイズ様?」

 

「・・・何でよ、何で最初から教えないのよ!このバカぁ!

 初めからこうやって強いのを出しておけば良かったじゃないの!

 あんた、私を無駄に危険な目に合わせたわね!!」

 

息巻いたルイズは魔王に詰め寄り、首をがくがく揺さぶった。

 

「お、落ち着いてください!これには深い、深イイ事情があるのです!」

 

「どういうことよ! 下らない理由だったら分かってるでしょうね!」

 

「これをやるにはルイズ様のお力をたくさん消費しなければならないのです!

 その証拠に、今同じことをやろうとしてもルイズ様には出来ないはずです。

 掘り初めから発揮出来るようなワザではないのです!」

 

「適当言うんじゃないわよ! 穴掘る前より後の方が、力が減るに決まってるじゃない!」

 

「し、しかしそういうモノなのです!ルイズ様、冷静にご自身の力をお確かめください。

 フィーリングで構いません。ダンジョンを掘る前より、

 今の方がチカラが漲ってるカンジしませんか?」

 

ルイズは胡乱な目で魔王を見つつも、自らの体調を省みた。・・・確かに、今の自分は力が有り余っているような気がすると、ルイズはそう感じた。魔王を締め上げている手に入った力も、普段ならここまで沸かないような気がした。

 

「言われて見れば、確かにそんな気も、まあ、しなくはないけど・・・

 でも力が増すなんて理屈に合わないわ。どうして穴を掘った後で力が増えるのよ?」

 

不思議がるルイズに、魔王はふふんと笑みを返した。

 

「そこはダンジョンの頂点たる破壊し「ルイズよ!」・・・ルイズ様であればこそです。

 ダンジョンとは複数のマモノからなる生態系にして、それ全体が一個の生命体のようなモノ。

 攻めてくるニンゲンどもが地上の口から入り、ダンジョンという腹の中で倒れたとき、

 そこから吸い取られた力がルイズ様の元へと行き渡るのです!・・・多分。

 いやテキトーな思い付きを言っただけなんですけどね。深く追及するだけヤボってもんです。」

 

ルイズの一瞬青くなった顔は、すぐさま怪訝なものへと変わっていった。

 

「とにかく侵入者をカレイに撃退する度に、ガンバったワタシへのご褒美的な感じで

 ルイズ様の力は増していき、その力で更なるマモノの強化やダンジョンの拡張が

 可能になるのです!」

 

「よくそんなあやふやな話を力説できるわね」

 

ルイズは理屈のはっきりしないダンジョンの勝手にため息をついた。魔法の座学では一番を取るほどの彼女にとって、魔王のフィーリングに満ちたデタラメな説明は我慢ならないものであった。しかし彼に詰め寄ったところで空しいばかりであることを察した彼女は、考えることをやめてムシ作りに精を出すことにした。養分が溜まった土を見つけてはツルハシを振り下ろす。ただそれだけの作業を、ルイズは黙々とこなしていった。ツルハシを振り下ろした瞬間にバラバラに砕け散る岩盤。その中からひょっこりと姿を現すマモノ。いつの間にかルイズは、その単純な作業に妙な快感を覚え、穴掘りにのめり込んでいった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「む?ルイズ様、デスガジガジはある程度出し終わりましたか・・・な・・・?」

 

「何よ」

 

自分の仕事に水を差されたルイズは、ぎろっと魔王を睨んだ。

魔王は一瞬たじろいだが、おずおずと言葉を続けた。

 

「ああ、まさかこうなるとは・・・ まさかこの時点でこうまでなるとは・・・

 いやしかし、これもある面では好都合かも・・・ いやでもヤッパリ・・・」

 

「何なのよ、ハッキリ言いなさい!言われた通りにムシを増やしたじゃない。

 何か文句があるっていう訳?」

 

「いえいえ、ルイズ様はよくやっておられます。

 心なしかツルハシさばきも段々と速くなってきているようで大変ヨロコバシイ。

 しかしやはりルイズ様にはマモノの、ひいてはダンジョンの知識や経験が不足しているご様子。

 ここらで一つ勉強しておくのも悪くないでしょう。

 ルイズ様はムシがどのようにして増えるかは覚えておいでですか?」

 

ルイズは何か言いたそうにしながらも、素直に魔王の質問に答えた。

 

「成虫が養分を溜めて幼虫を生むのよね」

 

「そうです。今このダンジョンでは、コケを食べたデスガジガジがサナギとなり、

 そこから脱皮して成虫となったデスフライがまたコケを食べてデスガジガジを産み落とす。

 そういうサイクルが生まれているわけです。

 ちなみにムシ類の成虫は3匹まで幼虫を産み落とすことが出来ます。

 その後は体力が減ってもコケを食べずに動き回り、最後には静かに崩れ去って土に還ります。」

 

全部土に還るので環境負荷はゼロです!と魔王は誇らしげに語った。

 

「ちょっと待って、確かデスガジガジの方がガジガジムシより増え易いって話だったわよね?

 両方とも生める数が変わってないじゃない!」

 

「ええそうです。確かにどちらの成虫も産み落とせるのは3匹までです。

 しかしデス様ともなると、成虫になるまでの時間がガジガジムシよりずっと短く、

 子を生み出すまでに時間が掛からないのです。

 親から子の世代に至るまでのサイクルが短いことで、高い繁殖能力を手に入れる。

 こればかりはガジガジしている虫もカサカサしている虫も変わりません!」

 

「カサカサしている虫って、アレよね」

 

ルイズはそれを聞いてうえっと、嫌そうな顔をした。

 

「残念ながら1匹いれば30匹は生んでくれるという訳にはいきません。」

 

「残念どころか悪夢よ!」

 

「しかしルイズ様、ムシを扱うときは、本当に繁殖力に気を使わねばなりません。」

 

「どういうことよ? 増えすぎてエサが枯渇するとか?」

 

「その通りです。たくさんいるから大丈夫だろうという、一瞬の油断が悲劇を生むのです。

 ホラ、話している間にも・・・!」

 

「ちょっと怖いこと言わないでよね!コケならさっきたくさん用意したんだから、

 すぐには無くならないは・・・ず・・・? ・・・あれ?」

 

驚くべきことに、ルイズが少し目を離していた隙にコケの数は激減していた。先ほどは激流のごとくひしめいていたニジリゴケは今やまばらになり、近くを無数のデスガジガジやデスフライが動き回っていた。

 

「な、なによこれ! いくら何でも早すぎよ!」

 

「デス様の恐ろしさ、少しはお分かり頂けたでしょうか?

 デスガジガジはこのようにガジガジムシよりずっと早く増える、つまりは

 それだけ早くにコケを食い散らかしてしまう存在なのです。

 そのデス様を、ルイズ様はチョッピリ多く出し過ぎたみたいですな。

 だからこうも早くにコケが激減しているのです。

 加えて言うなら、エサをコケ地獄に頼っていることも大きな問題です。」

 

「どういうことかしら?」

 

「いいですか、コケ地獄を作った場所へはコケの運んできた養分が多く溜まります。

 するとコケたちは、狭く閉じた場所の中で養分を吸っては吐いてを繰り返します。

 つまりニンゲンで言えば、狭い部屋に閉じこもってダラダラともの食いながら

 過ごしてるようなものなのです。大して動かないので、体力が一向に減りません!

 そうなるとコケは命の危機を感じないため、一向に花を咲かせず、

 自然には数が増え難くなるのです。」

 

「・・・このままじゃコケの全滅は必至ってことね。じゃあ急いでコケを増やすわ!」

 

ルイズは早々に、ダンジョンのあちらこちらにコケを追加するための短い通路を掘り始めた。

数を増やすために、生まれたコケを2回突いてつぼみにするのも忘れない。

 

「これでコケの数も少しは回復するはずよね」

 

そう言ったルイズのすぐ近くに、高速で飛来してくるデスフライの姿が見えた。

ルイズは嫌な予感がしつつもそれらの動きを見守ると、ぐんぐん近づいてきたデスフライは、

栄養をたっぷり吸いこんで今にも花を咲かせそうなつぼみに噛り付いた。

デスフライはその場ですぐに3匹のデスガジガジを産み落とした。そして生まれた彼らもまたすぐに、近場のコケやつぼみを食い荒らした。あっという間に3体のサナギが鎮座する、コケ一匹残らない空間が出来上がっていた。

 

「なんでコケが増える前に食べちゃうのよ!」

 

「彼らは本能に従って生きていますから、持続可能なダンジョンなんて考えてはくれません。

 ですからダンジョンを掘る者は、ムシがやってきにくい場所でコケを増やしたりだとか、

 一度にたくさんのコケを出して全滅を防ぐとか、イロイロ工夫する必要があるのです。

 地中環境保護を推進できるのはルイズ様だけなのです!」

 

とはいえ、と魔王は言いずらそうに続けた。

 

「正直、今のダンジョンは生態系バランスが崩れすぎていて、

 コケを安定確保するのは中々キビシイかもしれません。

 本来なら、ムシがいい塩梅に増えたところで勇者どもを倒し、

 その後にトカゲおとこ投入と行きたかったところなのですが・・・

 うーん、どうやら今すぐは来ないみたいですね。気配が遠ざかっています」

 

「・・・今更だけど、それって本当に来るんでしょうねえ」

 

「間違いアリマセン!!」

 

魔王は強く言い切るも、ルイズは不審な思いを隠せずにいた。

 

「とにかく、今の状態ではコケを足せば足すほどムシの数は増えていき、

 必要なコケの数がもっと増えていくという悪循環が生まれています。

 こうなったら必ず限界が訪れます。もしコケが枯渇してしまえば、

 折角数が多いムシたちも飢えて弱り、そのポテンシャルを活かせません。

 下手したら戦う前に餓死なんてこともあるでしょう。」

 

「じゃあどうすればいいのよ?」

 

「・・・致し方ありません。現時点をもってトカゲおとこを解禁しましょう!

 ムシどもに餓死寸前の状態でフラフラされるより、トカゲおとこのエサとなってくれた方が

 戦力も安定するというものです。

 それにコケを最低限確保するためにも、ムシの数を減らすしかないでしょう。」

 

「最初からそうしとけば良かったのよ!」

 

ルイズはダンジョン中を血眼で探したが、トカゲおとこを生み出せるほどの養分の高い土は

数えるほどしか見つからなかった。

 

「これじゃ全然トカゲおとこを出せそうにないわ!」

 

「落ち着いてください。新たにコケを作り出して、上手く養分を運ばせれば

 案外カンタンにトカゲおとこを作れるものです。」

 

「でもコケって、思い通りの場所に養分を運んでくれるものばかりじゃないじゃない」

 

それを聞いた魔王は、嘆かわしいと言わんばかりに首を振った。

 

「どうやらルイズ様はまだまだ破壊神様としての自覚が足りないようですな。」

 

「また言ったわね!あんた、ご主人様に向かってそんなこと言い続けて、

 ただで済むと思ってないでしょうね!」

 

「そんな事とは何ですか!これは重要なことなのです!

 ルイズ様、その手に握ったツルハシは飾りですか!?

 創造の前には常に破壊があるからこその破壊神様なのです!」

 

魔王の剣幕にルイズは目を白黒させた。

 

「どういうことよ?」

 

「マモノたちの命運はルイズ様の手の内にあるということです。

 マモノたちを生かすも殺すもルイズ様次第、

 その裁量の上にダンジョンの未来はかかっているというわけです。

 ルイズ様、コケを初めてツルハシで突いた時の事、覚えていますか?」

 

ルイズはしばらく考え込んだ後、はっとなって息を飲んだ。

 

「まさか、ツルハシで思い通りに動かないコケを間引けっていうの!」

 

「その通りです。確かに我々マモノは懸命に生きております。

 しかしいのちをだいじにし続けた挙句、

 みんなそろって勇者に全滅させられたのでは目も当てられません。

 時にツルハシを彼らの頭上に振り上げてガンガン行かなければ切り開けぬ明日もあるのです。」

 

まあその明日って今なんですけどねという魔王の言葉を聞く前に、ルイズは深く考え込んでいた。自分が生み出した生命を、自分の手で土に還す。そのことに抵抗感を感じたルイズはしばし逡巡したが、デスガジガジがわらわらと群がるダンジョンの惨状が彼女を決心へと導いた。

 

「必要なことなら仕方ないわね。

 いいわ、間引きでも何でもして、どんどんトカゲおとこを足していくわよ」

 

そう言ってルイズは養分豊富な土を生み出すべく、幾つものコケ溜まりを作り始めた。間も無く生み出されたトカゲおとこたちは、そこら中をわらわらと動き回るデスガジガジに向かってパカッと顎を開き、次々にバリバリと噛み砕いていった。

 

「こいつらがムシを食って増えてくれれば、

 もっとムシの数が減るようになってコケも回復するはずよね」

 

しかし魔王はそれには頷かず、渋い顔をした。

 

「ルイズ様、ここはもう少し積極策を取るべきかもしれません。」

 

「積極策って、どういうことよ?」

 

「ツルハシで潰せるのはコケばかりではないということです。」

 

それを聞いてルイズは思いきり嫌な顔をした。

 

「まさかムシも潰せっていうんじゃないでしょうね!」

 

「トカゲおとこの捕食にも時間が掛かりますし、

 手っ取り早く生態系のバランスを変えるにはそれが一番でしょう。」

 

「イヤよ!植物っぽいコケならともかく、あんなでっかいムシを潰したら、

 血とか他のイヤなものまで飛び散りそうじゃない!」

 

「はぁ・・・これだからイマドキの若者は・・・!

 最近はニンゲンどもによる開発も進み、子供が生の自然に触れる機会も少ないのでしょうか?

 昔の子供は普通に虫と触れ合っていたものです。

 カッコいい甲虫や美しい蝶を求め野原を駆け回ったり、

 採取した幼虫を成虫になるまで飼育してみたり・・・

 それが今やムシを見てギャーギャーと、キモチワルいと叫ぶ始末!

 この魔王、嘆かわしいです。」

 

「少なくとも普通の子どもはツルハシ持ってムシを追い掛け回さないわよ!」

 

すると突然、ガジフライの一匹がぶんぶんと二人の近くを飛び回り、魔王のローブにピタッと止まった。

 

「うぎぁああ!!ムシ、ムシーーー!! ルイズ様、早く取ってください!!」

 

「あんたこそ全然ムシに慣れてないじゃない!」

 

そうやって二人が騒いでいると、今度はバリッという音が近くで鳴り響いた。

トカゲおとこがムシを食べたのかしらと、期待と共にルイズは音のした方に首を向けた。

しかし意外なことに、そこにはただデスフライ一匹が元気に飛び回っているだけであった。

 

「・・・? 何だったのかしら、今の音?」

 

不思議に思いつつも顔を戻したルイズは、あからさまな落ち込み様で頭を抱える魔王の姿を目にした。

 

「ちょっと、いきなりどうしたのよ!」

 

「ルイズ様は今の、見てなかったのですね」

 

「何よ、一体何が起こったっていうの?」

 

「いよいよ悠長なことを言っていられなくなってきたのです。

 いいですか、ムシが増えに増えると、コケを足しても足してもあやつらのハラを

 満たしきれなくなり、こういう悲劇が起こるのです。

 今にも同じことがどんどん起きるでしょう。……見てください!」

 

そう言うと魔王は少し離れたところに蠢いているムシの集団を指差した。しゃかしゃかと素早く地面を這い回るデスガジガジたちは、心なしかやせ細って見えた。するとそこに一匹のデスフライがよろよろと飛んできた。今にも落下しそうなその弱弱しい羽ばたきに、ルイズが幾ばくかの哀れみを抱いたところでそれは起きた。かのデスフライは羽ばたきをパタリと止め、地面に落ちていった。成虫となり宙を飛ぶことを覚えたデスフライが、再び地に落ちる。痩せ細ったそのムシの死を予感したルイズは、思わず目を背けそうになった。だがデスフライは死ななかった。そいつは器用に態勢を整え、地を這うデスガジガジの上に着地したかと思うと、そのままデスガジガジの頭に噛り付いた。先ほど聞こえた、バリッという音がダンジョンに鳴り響いた。

 

「ほらアレです!さっきも同じことが起きていたのです!」

 

「   」

 

デスフライにより、頭部に続けて胸部、腹部と、余すところなくガジガジかみ砕かれていく哀れなデスガジガジを、周りのデスガジガジは気にも留めずに通り過ぎていった。全てが終わると、腹を満たして元気になったデスフライは再び、力強く宙を羽ばたき始めた。

 

「    な な なによそれぇええ!!」

 

動揺を隠せないルイズに対し、魔王は昔を懐かしむように語りかけた。

 

「ルイズ様はムシを飼った経験はありませんか?

 何匹か捕まえていたはずなのに、いつの間にか数が減っている。

 逃げ出したかと慌てるも、飼育ケースのフタはバッチリ閉じていて、

 その不思議に頭を悩ませる。

 微笑ましい少年の日の思い出というやつですな」

 

「全然、微笑ましくないわよ!」

 

「まあ、ルイズ様もご覧になった通り、共食いが起こるというわけです。

 我らがガジガジするムシの成虫は、飢え過ぎると自分たちの幼虫でも構わず食べてしまいます。

 そして先ほどのような光景は、ムシたちが飢えている限り際限なく続きます。

 ちなみに100匹以上のムシたちを放置し続けても、

 生き残った一匹が強くなってたりはしません。

 ですからさっさとムシをある程度潰して、ばらけた養分でコケの量産でもしといてください。」

 

ルイズはムシの生態の悍ましさに身震いした。

 

「と、とんでもないわ! 守るべき子供を食らうなんて邪悪よ!

 このムシのこともっと嫌いになったわ!」

 

それを聞いて、魔王は困ったような顔をしている。

 

「こんなサイテーなムシなんか残しておけないわ!

 全部トカゲおとこのエサにしてやるんだから!」

 

「全部は困りますが、まあ意気込みはいいんじゃないでしょうか?

 ではさっそく、養分を土に散らすためにもムシの間引きを・・・」

 

「それはいやって言ってるでしょ! 別に間引きに拘らなくてもいいじゃない。

 トカゲおとこだって繁殖して増えるんだから、少し待てばムシを一気に減らせるはずよ。

 見てなさい、今ごろ卵から孵ったトカゲおとこたちが生まれる頃よ!」

 

しかしルイズの期待とは裏腹に、彼女が幾つかのトカゲおとこの巣を覗き込んでも、そこには卵一つ置かれておらず、またトカゲおとこの数が増えているようにも見えなかった。

 

「ねえ魔王、トカゲおとこが卵を産まないことってあるのかしら?」

 

「栄養の少ないムシを食べた場合は、まあそういうこともあるかもしれません。」

 

「ならたくさん食べさせれば済む話よね」

 

ルイズは一言、ゴメンねとつぶやくと、トカゲおとこにつるはしを振り下ろした。トカゲおとこは痛そうに顔を歪め、グァと鳴いた。だが彼は、ツルハシを持つ連中は理不尽なものだと心得ているのか、彼を害したルイズを追い掛け回したりはせずに、近くをさ迷い歩き始めた。彼はただただ体力の回復を求め、飛んできたデスフライに近づくと、バリッとその身体にかぶり付き、むしゃむしゃと咀嚼した。デスフライを一匹丸ごとぺろりと平らげたトカゲおとこは、げっふぅとおっさん臭い息を吐くと、満足げに腹をさすりながら巣へと帰って行った。

間もなく巣の奥から、ヒーンヒーンという苦しそうな声が響きだした。

 

「これで卵を産んでくれるわよね」

 

ルイズは他の場所でもトカゲおとこにツルハシを突き立て、その食欲を刺激していった。バリバリとトカゲおとこがムシを食らっても、ムシの多さにはあまり影響が見られなかったが、このまま卵を産んでくれればそれも変わると、そう信じてルイズは必死に動き回った。同時にコケを足すことも行ったが、その度にデスガジガジがあっという間に群がってコケを食い尽くし、またコケにあり付けなかったデスフライは腹いせとばかりにデスガジガジへ噛り付いた。こんな悪夢もトカゲおとこが増えるまでだと、ルイズは強く念じ、目の前の惨状をひたすらに耐え続けた。やがて、トカゲおとこの苦しげな鳴き声が止んだのを聞きつけたルイズは、急いで巣のあった方に駆け寄っていった。

 

「やっと生まれたわね!」

 

トカゲおとこがのろのろと這い出てきた巣の奥には、淡い青色をした大きな卵が残されていた。

ほっとした表情を浮かべるルイズに向かって、魔王はボソッと呟いた。

 

「ルイズ様。卵は生まれてもトカゲおとこは生まれておりませんぞ。」

 

「何よそれ? 卵か先かトカゲおとこが先かとでも言うんじゃあないでしょうね」

 

「何度も言いますがルイズ様、ムシを間引くことをおススメ致します。

 せめて、この場所だけでも……」

 

「しつこいわよ。大体、今さらなんでそんなことしないといけないのよ。

 新しく生まれてくるトカゲおとこのエサになるんだから、ムシの数は多いほうがいいわ!」

 

突如、バリッと何かが破ける音がした。

ムシの砕け散る音とは違う音だった。早くも卵が孵ったのだろうか?

ルイズは音の正体を探るため、期待と共にトカゲおとこの巣をのぞき込んだ。

そして彼女の全身に怖気が走った。

深く掘られた巣の内側、そこにはズルズル、ガジガジと卵を殻ごと食む

デスガジガジの姿があった。養分をたっぷりと蓄えたらしきデスガジガジが

さなぎになるのを、ルイズは茫然と眺め続けた。

 

「食らってやがる。早すぎたんです、ムシの襲来が!!

 ムシの数が多すぎると、このように卵が孵化する前にムシがやってきて、

 トカゲおとこに食われるどころか逆に彼らの卵を食べてしまうこともあるのです。

 だから間引こうと言ったのです。ルイズ様、ジブンの幼虫ですら食らう彼らが、

 ほかのマモノに遠慮なんかすると思いましたか?」

 

ルイズには、魔王の忠告が全く頭に入らなかった。彼女の耳には今なお、グチャグチャと卵を食むデスガジガジの咀嚼音がこびり付いて離れなかった。

 

「……もうイヤ」

 

「え?」

 

「ダンジョンなんて、もうこりごりよ! ……帰るわ」

 

ルイズは呆気にとられた魔王を残し、ダンジョンの出口を求めてふらふらと歩き始めた。

魔王は悲鳴を上げて、ルイズを追いかけた。

 

「そんなルイズ様、まだ負けてもいないのにココロのツルハシ、

 ポッキリ折れてしまったというのですか!?

 そんなことではいつまでたってもここを支配できないではないですか!」

 

「そんなもの望んでないわ」

 

「そんな! 私、ルイズ様の敵を取り除くために粉骨砕身するつもりですのに!」

 

「その敵をあんたが作り出したんじゃ、わけないわよ!

 それにキュルケの恋人たちはもうやっつけたんだし、

 後に誰が来ようと、もう私の知ったことじゃないわ!」

 

「そんな!マモノたちを見捨てるというのですか!?

 ルイズ様にはマモノたちへの愛情というものがないのですか!!」

 

「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい!

 見捨てるも何も、あのムシたちが私の何を気にしているっていうのよ。

 ただ近くにあるものを食い散らかしているだけじゃない!」

 

「破壊神としての良心はないのですか!」

 

「破壊神じゃないって言ってるでしょ!!」

 

ルイズは魔王といがみ合いながら、その足をどんどん速めていった。

 

「ルイズ様、考え直して頂く訳には参りませんか?

 そりゃあお優しいルイズ様には少々ショッキングだったのかもしれませんが、

 彼らとて自然のセツリに則って、必死に生きているに過ぎないのです。

 普段トカゲおとこに食われてばかりのムシが、そう、ほんのチョッピリ茶目っ気を起こして

 反撃してみただけではないですか!」

 

「茶目っ気ってレベルじゃないわよ!あんなマモノ、この世にいてはいけないわ!

 飢え死ぬっていうのなら、そのまま全滅すればいいのよ!」

 

「そこまで言うことないじゃあないですか! マモノはトモダチ、怖くありません!

 さあ、トモダチと一緒に世界征服しましょう? 世紀末には温暖化に乗じて増えた

 ムシたちにウイルスを媒介させ、世界の破滅を目論むのです!

 そうしてある程度人口が減ったところで、トカゲおとこの卵から作り出したワクチンを

 使い救世主となる。そうすればルイズ様は、教皇なんか目じゃない人物として

 世界中から称えられ……って、ああ、待ってください!

 ルイズ様に絶交されたら死んでしまいます!」

 

「知らないわよ!」

 

「いや冗談、冗談ですって! ルイズ様はちょっと真面目に考えすぎです。

 もっとニジリゴケみたいに頭を柔らかくするべきです!」

 

「誰が単細胞生物ですって!」

 

「そんなこと言ってません!」

 

ルイズはもう完全に嫌気が差していた。

彼女は、その後も投げかけられる魔王の言葉に返事も返さず歩き続けた。

そしてそのまま、一度も後ろを振り返ることなくダンジョンの出口に足を掛けた。

穴から抜けると、途端にルイズの顔を夜風が撫でていった。彼女はようやく息の詰まる地下から

離れられたことに安堵し、外の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込もうとした。

 

「はーい、ルイズ」

 

「げえっ、キュルケ!!」

 

ルイズは思わず悪態を付いた。彼女の失礼極まりない返事と、スープに落ちた虫を見るような表情は、誇り高いこの学院の生徒であれば10人中10人が怒り出すようなものであった。しかしルイズと仲は悪くても付き合いはそれなりのキュルケは、特に怒り出すような真似はしなかった。それどころかルイズのことを、滑稽なものを見るような目で眺め、ふんと鼻で笑った。我慢ならなくなったルイズは、すぐさま噛みつくように問いかけた。

 

「何であんたがここにいるのよ!」

 

「あら、おともだちの頑張ってる姿を見に来るのは何も可笑しなことじゃないわ。

 まあ、ボーイフレンドの一人も出来ないルイズには分からない話でしょうけど」

 

「余計なお世話よ!」

 

「いや、ガールフレンドもいなかったんだっけ?」

 

「何ですって!!」

 

鬼のような形相で荒い息を吐き始めたルイズを他所に、

キュルケは『でもちょっと来るのが遅かったみたいね』とうそぶいた。

 

「驚いたわ。私が見に来たら、おともだちがみんなボロクズのように積み重なってるんだもの。

 ダメダメルイズも、ちょっとはやるようになったみたいね」

 

「ダメダメは余計よ!」

 

一方、それまで黙っていた魔王は地上の様子に困惑を覚え、おそるおそるキュルケに声を掛けた。

 

「あの、キュルケお嬢さま?」

 

「何かしら?」

 

「例のオトモダチの姿が見当たらないようなのですが?

 確かここら辺に積み上げておいたような・・・」

 

「ああ、そのこと? 私、弱い男は眼中にないの。

 全員振ってやったら、泣きながらゾンビみたいにとぼとぼと帰っていったわ」

 

「か、勝手な女ね」

 

ルイズは呆れた声を上げたが、それに対しキュルケは堂々と、釣り合いを求めただけよと言い放った。ルイズはキュルケの自信に満ちた態度に気後れしまいと、無い胸を張って彼女に張り合おうとした。

 

「ま、あんたの恋人のことなんてどうでもいいわ。とんだ雑魚だったもの!

 そんな男を今まで有り難がってたあんたの目も節穴ってことね!

 あいつらどうせ全員あんたの差し金か何かだったんでしょう!

 形はどうあれそれを退けたんだから、私の勝ちね」

 

ルイズは得意げな顔でふんぞり返った。

だがキュルケはそれを受けて尚、余裕の微笑みを崩すことはなかった。

 

「私はただお友達にちょっと相談しただけ、後は彼らが勝手にやってくれたのよ。

 とは言っても、お友達のいないルイズには分からない話よね?

 ま、あんたが私のせいだって言いたいなら、そうなんでしょ?

 あんたの中ではね」

 

「ふん! 負け惜しみなんて無様なものね!

 ねえ知ってる? そういうのを負け犬の遠吠えっていうのよ!」

 

ルイズは腹の底からザマミロ&スカッとしたような、サワヤカさとは程遠い暗い笑みを浮かべた。

その表情にキュルケは一瞬黙り込むも、すぐに言い返した。

 

「でもルイズ、あんたが私に勝った気になるのはちょっと早いんじゃないかしら?」

 

「ふん、結果が出た後で何と言おうと「だってまだ挑戦者が残ってるもの」・・・へ?」

 

不穏な言葉に凍り付いたルイズを他所に、キュルケは少し頭を傾けて言い直した。

 

「いや違うわね。挑戦者はどちらかというとあなたの方だもの。今までずっとゼロだったんだし」

 

「な、何を言ってるのかしら?」

 

「あら、胸だけじゃなく頭にも栄養が行かなくなったの?

 これは思った以上に楽勝かもしれないわね」

 

ルイズはどうあっても嫌な予感、彼女自身にとって外れてほしい予想を確かめなくてはならなくなった。

 

「まさか、あんた……」

 

「ええそうよ。いなくなったボーイフレンドに代わって、私が相手してあげるわ。

 よくよく考えたら使い魔の恨みは自分で晴らした方が気分いいもの。

 せいぜい覚悟することね」

 

ルイズは一瞬動きを止めるも、嘲笑うかのような調子で言い返した。

 

「お生憎様ね。私、今は誰とも決闘じみた野蛮なことをする気はないの。

 今日はもう、ここにあるダンジョンも営業終了よ。

 そんなに興味があるなら一人で潜ってなさい」

 

キュルケは一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに表情を変えると、

落ち込んだ様子でしおらしくルイズに言った。

 

「あら、そうよね。私が悪かったわ。

 あなたの都合のこと何にも考えてなかったわ。ごめんなさいね?」

 

「……今日はやけに物分かりがいいじゃない? いつもそうしなさいよね!」

 

ルイズはそう言い残して、この場から足早に立ち去ろうとした。

 

「本当にごめんなさい。だってちびっ子ルイズはもうおねむの時間ですものね」

 

ルイズは、キュルケに背を向けたまま、はたと立ち止まった。

 

「どうしたのよ? おねんねの時間なんでしょ? しっかり眠らないと成長しないわよ?

 身長とか、あと胸とか。あんたってば両方ともちびっ子よね」

 

ルイズは肩を震わせながら振り向いた。

 

「だだだ、だれがちびっ子ですってえ!!!」

 

「だってそうじゃないの」

 

キュルケはきょとんとした顔で言い返した。

 

「あ、あんたねえ! 前からいけ好かない奴だとは思ってたけど、

 今日という今日こそは許さないわよ!

 あんたなんか、マモノたちのイケニエに捧げてあげるわ!」

 

「なら私は、あんたを簀巻きにして学院の入り口に飾ってあげるわよ」

 

「っっっ! いい度胸じゃない! 今日こそどっちが上なのか、白黒つけてやるわ!」

 

そう言ったきり、二人は激しく睨み合った。

 

 

 

「待って」

 

突如、ぼそりと呟かれた言葉に二人はびくっとした。

 

「タバサ!」

 

いつの間に近づいたのか、彼女らの傍らには青髪の綺麗な小柄な少女、タバサが立っていた。

 

「急に声を掛けないでよ、びっくりしたじゃない!

 それよりタバサ、まさか私にやめろなんて言うんじゃないでしょうね?」

 

非難がましくキュルケがいうと、タバサはふるふると小さく首を振ってそれに応えた。

 

「そうじゃない。心配、だから私も行く」

 

まあ!とキュルケが喜びの歓声を上げる一方で、ルイズの目の輝きは急速に失われていった。

 

「でもタバサ、これは私とルイズの問題なのよ。無理に付き合う必要はないわ」

 

「そんなことはない。それに個人的な恨みもある」

 

タバサはそう言って、ルイズと魔王の両者をジトッと睨みつけた。

 

「授業でのこと、忘れたとは言わせない」

 

ルイズは自分の魔法によって保健室送りにした少女を前に、冷や汗をかきながら返事を返した。

 

「い、嫌な事故だったわね!」

 

「絶対に許さない。絶対に……」

 

どうやらルイズの一言は、他人事を語っているかのような印象を与えたらしく、

タバサの怒りはより一層高まったようだった。

 

「とにかくタバサも来てくれるなんて頼もしいわ。あなたはやっぱり私の親友よ!」

 

キュルケは元気良さそうにタバサに抱き着いた。

一方のルイズは微動だにせず、その目は早くも死んだ魚のようになっていた。

魔王は魔王で、遠い目をしながら夜空を見上げていた。

今日も赤い月と青い月が煌々と輝いている。

 

「このまま二つの月に代わってオシオキされてしまうんでしょうか?」

 

魔王の呟きを聞いて、ふとあることに思い至ったルイズは、すぐにキュルケに食ってかかった。

 

「ちょっと! 二人掛かりでやって来るなんて卑怯よ!」

 

だがそれに対しキュルケは、はあ?という顔をした。

 

「何言ってるのよ。あんただって使い魔との二人掛かり、

 おまけに自分が用意した穴に相手を引きずり込んでるんじゃない」

 

それに、とキュルケは付け加えた。

 

「ギーシュから聞いたわよ。使い魔の他にもマモノを集めてるんですって?

 全然1対1じゃないじゃない」

 

「う、そ、それはそうだけど……」

 

痛いところを突かれたルイズは二の句が継げない。

どうやら、キュルケには既にルイズ達の手の内がバレバレであるようだった。

 

「と言うわけで、私も呼ばせて貰おうかしら。フレイム~!」

 

「キュル!」

 

「は?」

 

夜の暗がりに尻尾の炎を煌めかせながら、のそのそと真っ赤なサラマンダーがキュルケのもとに駆け寄った。

 

「ちょ、ちょっと!使い魔との仲が拗れたんじゃなかったの!? 何でいるのよ!」

 

慌てるルイズに対し、キュルケは何でもないことのように、仲直りしたのよと伝えた。

 

「雨降って地固まるとはよく言ったものね。

 今や私とフレイムの信頼関係は揺るぎないものになったわ」

 

彼女の言葉は強がりでも何でもない、全くの事実であったらしい。

魔王が恐る恐る近づき交渉を持ち掛けるも、フレイムはそれを一蹴、火を吹いて彼を退散させた。

キュルケ、タバサの二人はルイズに杖を突き付けて言い放った。

 

「こんなに月も紅いから」

「こんなに月も蒼いから」

 

「熱い夜になりそうね」

「涼しい夜になりそう」

 

「    」

 

「じゃ、宣戦布告も済んだことだし、もうしばらくしたら突入させてもらうわ。

 あんたの全力とやらを真正面から叩き潰してあげるから、

 せいぜい最後の悪あがきでもしてなさい」

 

「な、何でこうなるのよー!!!」

 

ルイズは魔王を引っ張りながら、逃げ帰るようにダンジョンへ戻っていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「あなたはお留守番」

「きゅいきゅいーーーっ!」

「あなたではこの穴に入れない」

「きゅいー……」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

トリステイン魔法学院の地下深く、今そこに一人の少女が膝をついて項垂れていた。

 

「なんで私、ここに戻ってきちゃってるのよ。

 もう二度と戻らないって決めたのに……私って、ほんとバカ」

 

「ルイズ様、諦めたらそこで試合終了ですよ?」

 

「試合にもならないわ……

 ここにいるのは飢え死にしそうな大量の虫達と、まるで数の増えてないトカゲおとこだけ。

 トライアングルのキュルケを相手にしたら、あっという間に燃やし尽くされるわ。

 あるいはタバサに風で切り刻まれた挙句、氷漬けにされるのかも・・・」

 

「ふむ。逆に、氷漬けにされてから風で輪切りにされるという可能性もありますね。」

 

魔王がそう返すと、ルイズの目からはより一層、輝きが失われた。

 

「それって冗談にならないわよ。 知ってる? あの子、黒いうわさがあるのよ。

 よく学院から抜け出してるみたいだし、帰ってきたときには荒事の後みたいに

 傷を付けてるって噂よ。しかもあのあからさまな偽名、きっと普通じゃないわ。

 多分、学費を裏の稼業か何かで稼いでるのよ」

 

負けたらラグドリアン湖に沈められるのかしら、それとも浮かべられるのかしらと、ルイズはどんよりしながら返事した。

 

「フフフ、そんなor2な気分のルイズ様に朗報です。

 岩盤の一点を突いて内部から崩壊させるツルハ神拳の伝承者であるルイズ様が

 そういう風に哀しみを背負うことで、ルイズ様に新たなる能力が目覚めました!

 なんと!マモノたちが無双な感じで転生出来るようになったのです!」

 

決して言い忘れていた訳ではありませんと、魔王は言い加えた。

 

「……」

 

しかし、あまりに唐突な話にルイズは付いて行けず黙っていた。それどころか、絶望に包まれた彼女は、何を言われたかも理解できておらず、言い返す気力もない様子であった。

 

「ルイズ様、そんなぼさっとしてる暇はありませんよ。チャンスです、大チャンスです!

 今のルイズ様になら、このムシだらけで飢えまくりなダンジョンを

 再生させることが出来るのです。きっとあの二人にだって渡り合えるに違いありません!」

 

深い哀しみを背負っていたルイズは、それを聞いてもしばらくはぼーっとしていたが、

頭が少しずつ働いてその意味を理解し始めると、途端に起き上がって魔王に詰め寄った。

 

「どういうことか、詳しく説明してもらうわよ!」

 

「やる気が出てきたみたいでナニヨリです。

 説明するのもいいですが、実際に見てみるのが一番でしょう。

 ルイズ様、ムシどもに食われるのを気にせず、コケをジャンジャン作り出してみてください。

 いや、むしろムシにどんどん食べさせちゃってください。

 そうすると、きっと先ほどは見られなかった何かが起こるはず?」

 

「何も起きなかったら恨むわよ!」

 

そう言ってルイズは物凄い勢いでツルハシを振るい始めた。

 

「うーん、ルイズ様のツルハシ捌き、つい先程とは見違えるようになりましたな。

 これなら1秒間に16堀りも夢じゃないかもしれません。」

 

必死なルイズは魔王の戯言を全て聞き流しつつ、ニジリコケを何匹も何匹も生み出しては、

デスガジガジたちの巣食う場所へと導いていった。そして間もなく、ルイズにはある予感がした。言葉では説明出来ないが、ニジリゴケの様子がおかしい・・・きっと何かが起こる。

彼女がそう信じて新たに生み出したニジリゴケが花を咲かせた時、その『何か』が起こった。ルイズはニジリゴケの成長の証、ニジリバナの中に光を幻視した。この壊滅的な状況のダンジョンを救う、煌めきを見た。そして花から産み落とされたコケたちは、もはや緑色をしてはいなかった。それどころか、ぴちょんと伸びた触覚のようなものと短い触手のような足まで付いていた。そこには、今まで見てきたものとは明らかに異なる、オレンジ色をしたコケが群がっていた。

 

「上手くいったようですね。ニジリゴケ上位種にして異常種でもあるパララメリカの誕生です!

 さ、詳しい説明は後です。ルイズ様、このままダンジョン中に

 このコケを生み出していってください。それによってこのコケの真価が分かるでしょう。」

 

「勿体ぶるわね!適当な説明だったら承知しないわよ!」

 

ルイズが新たにツルハシを振り下ろした先で、次々とオレンジ色のコケが増え始めた。

だが彼女は疑問に思う。確かにこのコケには何かがありそうな気がする。

だが所詮はコケ。ムシに食い付かれてやられるしかないのではないか?

ルイズの予想通り、パララメリカは早速デスガジガジの一団に食い付かれた。

そして噛み付かれたコケたちは、そのまま呆気なくガジガジずるずるとムシたちの腹に収まった。

だがルイズを驚かせたことに、パララメリカを食したムシ達はその後、その場に縫い付けられたかのように動けなくなった。デスガジガジもデスフライも皆、その場でパタパタと羽や触覚を動かしながらもがいている。

 

「パララメリカの粘液にはマヒ成分が含まれているのです。

 その効果は触れたニンゲンの動きすら止めるほどのモノ。

 コケを丸ごとカジリとったムシたちも、こうしてしばらくは動けないことでしょう。

 そのスキに他のコケが繁殖し、数を増やしていくというわけですな」

 

魔王が説明している内に、トカゲおとこがのそのそと近づいてきた。

そしてマヒして動けないムシを見つけると、容赦なく口を広げてバリバリごっくんと飲み込んだ。

 

「間接的ではありますが、こうしてムシの数を減らすことにも貢献するわけです。

 ダンジョン中のマモノの腹は満ち、ムシは数を減らし、トカゲおとこの増える環境が

 整えられる。新しく生まれるコケがニジリゴケからパララメリカに取って代わったことにより、

 ダンジョンに新たな秩序が築かれました。パクス・パララメリカーナの到来です!」

 

魔王が話す内にも、パララメリカは増えていき、ムシ達の少ない場所ではわらわらと大量発生する有り様であった。

 

「素晴らしいじゃない! それで、どうしてこのコケが生まれたのよ?

 デスガジガジを作り出したときみたいに、特別なことはしなかったと思うけど」

 

「そうです。今回のコケの変化にルイズ様が費やした力は穴を掘ることだけ。

 後は全てマモノたちに秘められた潜在能力が発現して起きたことなのです」

 

「潜在能力?」

 

「そうです。今起きたようなマモノの変化を、『突然変異』と呼びます。

 コケはつい先ほどまで、ムシに食い尽くされて全滅しそうな状態でした。

 そういう極限状態において、マモノたちは仲間たちが死ぬたびに少しずつストレスを

 溜め込んでいきます。そうしてストレスが限界に達すると、コレじゃイカン!という

 意識がマモノたちに目覚め、厳しい環境に適応すべく新しいマモノのカタチへと

 変貌を遂げるのです!」

 

「ちょっと待って、ムシに食いつかれたコケがストレスを感じるのはともかく、

 他のコケはぴんぴん生きてるわけよね? ならどうしてかじり付かれてもいない

 他のコケにストレスが溜まるのよ?」

 

「ふむ、ルイズ様は細かいところに気が付きますな。

 何でも最近の魔生物学では、コケにも魔ホルモンがあることが分かっているそうです。

 そして空気中に放出される魔ホルモンを、他のコケは感知することが出来るそうです。

 ですから一見コミュニケーションなんか取れそうもないコケたちも、きっと死の間際に

 感じたストレスを魔ホルモンとして放出し、それが他のコケに伝わっていくんでしょうな」

 

ルイズは魔王の説明する内容よりも、むしろ魔王が真面目な回答をしていることに目を丸くした。

 

「とにかく、ある程度ストレスを溜め込んだマモノは、ルイズ様のお力に頼らずとも

 立派に自律進化して閉塞状態を打ち破ることが出来るのです!」

 

「じゃあ、それを上手く利用出来れば私の力を温存しつつ、マモノを強化出来るってこと?」

 

「そういうことになります。あえて欠点を言えば、思い通りにマモノたちを変異させるには

 それなりにダンジョンの生態系をコントロールする腕前が必要なこと、

 そしてマモノたちが変異を起こすにはそれなりに時間が掛かることでしょうか。

 手っ取り早くダンジョンの強化を図りたい時は、

 ルイズ様ご自身の力を費やした方が確実でしょう。」

 

ルイズは魔王の話を聞きながらも、その手を休めずにパララメリカを量産し続けた。死を冠したムシの支配していたダンジョンは、パララメリカによる物量作戦によって、ようやく理想的な生態ピラミッドを取り戻しつつあった。

 

「キュルケたちに勝てるかは分からないけど……

 少なくとも今いるマモノたちを食べさせて、程良く戦えるようには出来そうね」

 

誰も見ていない地下深くで、マモノたちの軍勢は徐々に形勢を立て直していく。

ルイズは改めて心に闘志を灯し、不倶戴天の敵キュルケの打倒を誓った。

 


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