使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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STAGE 11 秒殺5マートル

「まあ、破壊神様のイケニエが多い分には構わないのですが・・・」

 

魔王は、キュルケの恋人たちを胡散臭そうに眺めながら言った。

 

「あなた達、ホンキでルイズ様と闘うおつもりですか? 」

 

「何が言いたい?」

 

眉をひそめる彼らの剣呑な空気に、ルイズは身の縮む思いがした。

しかし魔王はそんなルイズにお構いなく、彼女の心臓に悪い言葉を返していくのだった。

 

「あなた方程度でルイズ様の相手が務まるのか、と言っているのです。」

 

「・・・言ってくれるじゃないか」

 

ルイズの思った通り、彼らは魔王の言葉に激しく反応した。

 

「ゼロだったくせに!」

 

「たかがドット一人を下した分際で、随分と思い上がれるものだな!」

 

「僕はギーシュのように油断などしないぞ!」

 

ルイズはもう、これ以上余計なことを言ってくれるなと、自分の使い魔に祈った。

しかし彼らの殺気を物ともしない魔王は、尚も挑発的な言葉を吐き続けた。

 

「言ったはずです。あなた方がルイズ様と闘う、まして決闘などと、

 身の程知らずではないですか?」

 

「まだ言うか!」

 

「僕たちを愚弄するつもりだな!」

 

彼らは今にも魔王に飛び掛からんばかりにいきり立った。

 

「いえいえ、そんなつもりでは・・・言葉通りの意味しかありません。

 だって、決闘というとフェアな闘いでしょう?

 そんな風にプライドにこだわるのは止めて、

 野盗のごとく全員で一度にかかってこないと勝ち目なんてないのではないですか?」

 

「貴様! とことん僕たちをコケにしたいみたいだな!」

 

「ふん、他の奴らはともかく、僕はそんな卑怯なことをせずとも平気で勝てるね!」

 

「「僕だってそうだ!」」

 

魔王はそれを聞いてふうむと唸り、思案気に顎へ手をやった。

その時、ルイズは見た。

 

「(え!?)」

 

彼らから隠された魔王の口元が、確かににやりと歪んでいた。

魔王はさっと口元を正し、彼らに告げた。

 

「正直、あなた達にそこまでの力があるとは信じられないのですが・・・まあ、いいでしょう。

 そこまで言うのなら、本当にあなたたちがルイズ様と闘うに値するか、

 見極めさせて貰おうではないですか!」

 

彼らの中の一人が、目を細めて言った。

 

「見極める? 何かするつもりか?」

 

魔王は頷いた。

 

「私達の用意した試練に打ち勝った者のみ、ルイズ様との決闘を認めようではありませんか。

 というか、そもそもの話、あなたたち決闘をすると言っておきながら、

 明らかに人数が多いではないですか。 代表を立てて戦うにしても、

 一体、誰が戦うというんです?」

 

「う、それは・・・」

 

一人が言いよどんだ。

 

「もちろん、それは彼女に最も愛され、才能に秀でたこの僕の出番だとも」

 

金髪の少年が胸を張って言った。

 

「馬鹿を言うな!お前なんて彼女の気まぐれで目をかけて貰っているだけだろう!」

 

「何だと! 2年生のくせに生意気だぞ!」

 

「学年を笠に着るな! 僕は忘れていないぞ!

 君がパーティーの時、彼女の色気に当てられみっともなく鼻血を流していたことを!」

 

「そうだ!彼女のエスコートもロクに出来ない奴の居場所はない!」

 

「ふん!あれは彼女を前にした時に起こる当然の生理現象だ!恥ずべきことじゃあない! 」

 

「「開き直るな!」」

 

「馬鹿馬鹿しい。 前々から思っていたが、君らは彼女の恋人として相応しくない。

 品性に欠けている。彼女の隣を独占すべきはこの僕だ!」

 

「「「許さんぞ! 貴様!」」」

 

ルイズは、今まで自分たちに向けられていた射殺すような視線が、

急に彼ら同士の間に向けられ出したのを呆然と見つめていた。

やっぱりキュルケの恋人たちって、ドロドロな感じになっているんだなあと、

ルイズが妙に感心していると、魔王はワザとらしくゴホンと咳払いをして話を続けた。

 

「ホラ、そういう風にモメるでしょう!

 ともかく、ルイズ様への挑戦者をあなたたちに決めさせても埒があきそうにないですし、

 トクベツに我々のほうからキミたちの力を試す試練を用意してあげよう、というワケです。

 なあに、そんなに時間は掛かりません。

 もし試練に打ち勝てば、そのまま私たちに決闘なり何なり仕掛けてくるがいいでしょう。

 まあそれも、生き残りが一人でもいればの話ですが・・・」

 

「随分な自信だな!」

 

魔王の言葉に再び彼らは一団となって、ルイズたちに殺気を飛ばし始めた。

 

「一体何をやらせるつもりだ!

 もし君らが決闘から逃げだすつもりで策を弄しているなら、許さんぞ!」

 

魔王はフハハッと笑うと、見下すような視線で彼らに告げた。

 

「我らの作るダンジョンにおける最弱のマモノを倒せたら、

 存分に立ち向かってくるがいいでしょう!」

 

怒りのあまり、言葉にならないうめきを上げ始めた彼らに、ルイズは心底震え上がった。

 

「さ! ルイズ様。さっそく準備を進めましょう!」

 

魔王は立ち竦むルイズの手を引いて彼らから距離を取り、

気の乗らない彼女に無理矢理にも穴を掘るよう促した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「千の魔窟も一掘りから! さあ張り切って掘って参りましょう!」

 

「いい気なもんねあんたは! 言うだけ言って、後はやること無いってわけ!?」

 

キュルケの恋人らの姿が見えなくなり、少しだけ落ち着いたルイズは

ようやく魔王に怒りをぶちまけた。

 

「何を言いますか! あの数の挑戦者を一人ずつ挑んで来るように

 差し向けたのはこの私じゃあないですか!」

 

「一緒に挑発までしてるじゃない! 第一、傍から聞いてりゃペテンもいいとこだわ!

 こっちは私とあんた・・・は戦力外だとしても、マモノたちがいくらでも出せるんじゃない!」

 

「ノンノン、ペテンではありません。知略とお呼び下さい。

 それに考えてもみてください。

 例え平民が無謀にもメイジに決闘を挑んだら、複数のゴーレムに囲まれて

 フルボッコにされても仕方がないでしょう?

 それと同じことで、ルイズ様は破壊神です。だからマモノで戦う。

 よもや文句はあるまいでしょう!」

 

「破壊神じゃないわよ!」

 

魔王はルイズの言葉を聞き流しているのか、相変わらずご機嫌な様子で話を続けた。

 

「そんなことよりルイズ様。確かに私はルイズ様に代わってダンジョンをどうこうは出来ません。

 ですが今回、私はフィクサー的な黒幕みたいな感じのコンサルタント兼アドバイザーとして、

 しっかりとダンジョン作りのキホンを伝授していけたらと考えております。」

 

それを聞いて、ルイズは首を傾げた。

 

「ダンジョンの基本? 穴を掘って強い魔物を出すだけじゃないの」

 

魔王は嘆くように頭を抱えた。

 

「アマい!その認識はアマいです。ダンジョンとはそんな単純なものではありません!

 前は慌ただしい中、ロクに説明する暇もなくギーシュを迎え撃ちましたが、

 ダンジョンとは本来、マモノの神秘と戦略とが組み合わさって出来る叡智の結晶、

 至高の芸術品なのです!」

 

「・・・こんな薄暗いジメジメしたところが?」

 

「だまらっしゃい! そもそもこの前の戦いだって、戦いのキホンを押さえておけば、

 あんなモヤシっこごとき、もっとラク~に勝てたはずなのです!それがあのザマ!

 あの時は私、ずっと不安な気持ちで一杯でした。

 いつ簀巻きにされるか分からない私のモヤモヤ感が、ルイズ様には分かりますか!?」

 

「分かりたくないわよ!」

 

ルイズは肩で息をしながらも、この先のことを考えた。

確かにこのお調子の良い亜人のことは非常に気に食わないが、

何にせよ、この局面を切り抜けるには彼のもたらした力と知恵に頼るしかない。

仕方なく、本当に仕方なくルイズは、かの亜人に歩み寄りを見せることにした。

 

「まあ良いわ。役に立つっていうなら、話ぐらい聞いて上げるわよ。」

 

「ええそうです!ワタシの有り難いコトバを耳をかっぽじってよく聞いておいて下さい!」

 

魔王は、ルイズの眉間のしわがぴくぴくし始めたのを気にもせず、説明を始めた。

 

「まずルイズ様が知るべきは、戦いのキホンです!」

 

「戦いのキホン? ダンジョンの基本じゃあないのかしら?」

 

「そうです。確かにダンジョンのことを知るのは大切ですが、それも戦いに勝ってこそ。

 先ずは戦いのキホンを押さえ、それをダンジョン作りにどう活かすのか、

 そこをルイズ様には考えて頂きたいと思います。

 ルイズ様、戦いに勝つためには何が必要か分かりますか?」

 

「そりゃあ、強さでしょ?」

 

即答したルイズに、魔王はこくりと頷いた。

 

「強さ。確かにそれは重要で、決定的な要素と言えます。

 ワレワレがこの戦いを制するには、強力な魔法をバンバン放とうとしている

 彼らよりも強くあればいい訳です。でも考えてみてください。

 ブッチャケ、ルイズ様には彼らと同じような強さがありますか?」

 

「悪かったわね、魔法が下手で!!」

 

ルイズは憤慨しながら答えた。

 

「・・・まあ、あえて否定はしないですが」

 

「使い魔なら少しは気を使いなさいよ!」

 

「まあまあ、落ち着いてください。思い通りの魔法が出せないどころか、

 放った魔法が明後日の方向で爆発するノーコンなルイズ様ですが・・・」

 

「あああんた、ご、ご主人様に向かってそんなこと言って、

 ただで済むと思っているんじゃあないでしょうねえ!」

 

「いい加減にしてくださいルイズ様・・・時間というものは無限には無いんですよ?」

 

「怒りたいのはこっちよ!」

 

「ええい、話が進みません!

 トニカク、魔法がビミョーかつ残念で不自由な感じのルイズ様が、

 なぜ前回はギーシュに勝てたか分かりますか?」

 

「あんたねぇ!・・・そりゃあ、あいつの魔法が打ち切りになったからよ。」

 

「そうです。ではなぜ彼の魔法を封じることが出来たのでしょうか?」

 

「それは、何匹ものマモノを差し向けて、あいつのワルキューレを倒していったからよ。」

 

「そう、そこです! マモノ1匹1匹の強さは確かに重要ですが、

 以前の戦いで、ギーシュ自慢のゴーレムであるワルキューレに

 単独で勝ち得るマモノはいませんでした。

 しかし、数が多いことでその弱点をカバーすることが出来たのです。

 数は力! それが戦いにおけるジャスティスなのです!」

 

「要は、弱くてもマモノを一杯作り出せば良いってことでしょ?」

 

「確かにそうですが・・・ルイズ様。ダンジョン内にいるマモノの数がただ多ければ良い。

 そんな風に単純に考えていませんか?」

 

「え?どういうことよ。」

 

「考えてみて下さい。マモノをたくさん生み出すために、掘って掘って掘りまくって、

 それでだだっ広いダンジョンが出来上がったとします。

 そんなダンジョンでムシなりトカゲなりがまばらにうろつく中、

 ギーシュ率いるゴーレム達に遭遇したら、

 マモノはギーシュどもにダメージを与えられると思いますか?」

 

「前は、一匹で挑んでいったマモノはすぐ返り討ちに合ってたわよね」

 

ルイズは、初めての戦いを思い出しながらそう答えた。

 

「そうです。つまり“数は力”というのは、

 単純にダンジョン内のマモノの数の話だけではないのです。

 敵と直接対峙した時に、何対何の戦いを作れるかということが、

 重要なポイントとなるのです。

 一匹だけでは相手に触れる前にやられてしまうガジガジムシも、

 2匹3匹と同時に襲いかかれば、隙をついて相手に噛みつくことが出来るのです。」

 

「まあ、確かに前はそうやって戦ってたわね」

 

「ですから、今回ルイズ様にはマモノを多く発生させるだけでなく、

 効率の良い掘り方をすることでマモノ密度を高める、

 そういうことを意識して掘って頂きたいと思います。」

 

「分かったわ。でも効率的な掘り方って言っても、

 養分の高いところを掘るぐらいしか思いつかないわよ?」

 

すると魔王は、待ってましたと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべた。

 

「フフフ、ご安心くださいルイズ様。

 そういうところでマモノの神秘のチカラが活きてくるのです。

 こういう場面で活躍するのは何といっても養分運搬のスペシャリスト、

 ニジリゴケです!」

 

「あのすぐやられる奴?」

 

魔王はチッチッと舌を鳴らして指を振った。

 

「確かにニジリゴケの戦闘力は貧弱です。花を咲かせた状態ならば、

 もよもよした綿毛を飛ばすなんて攻撃も出来ますが・・・

 しかしコケの真価は、その養分吸収能力と繁殖能力の高さにあるのです。

 コケは養分を抱えた状態で体力を減らすとツボミとなり、周囲の養分を吸って花となります。

 そうして更に養分を吸い取ったコケは、子を産み落とす。

 この性質を利用することで、敢えて養分の溜まった土を全部掘らずとも、

 堀った穴の近くの養分をマモノの生態系へと取り込むことが出来るのです。

 つまりコケを上手く利用して養分を集め、無駄に地下を掘り広げることを防げば、

 自然と養分を糧にするマモノの密度を高めることが出来るのです。」

 

「コケの重要性は分かったわ。でもそれって普通に土を掘ってコケを出して、

 それ以外に私達が出来ることなんてあるの?」

 

「そこでツルハシです。」

 

「へ?」

 

「労働者のオトモ、ツルハシの力をはたまた発揮するのです!

 具体的には、マモノ社会の底辺たるコケどもを精一杯働かせるために、

 ツルハシでガシガシ小突いてやるのです。」

 

「なにイジメみたいなこと言ってんのよ!!」

 

「いいから騙されたと思ってやってみて下さい!さあ早く!」

 

「え、ええ? 本当に?・・・分かったわよ。エイっ!」

 

ルイズがツルハシを振るうと、ツヤツヤしたニジリゴケが一匹生まれ、のそのそと動き出した。

 

「これをツルハシで小突けばいいのね。やあっ!」

 

ツルハシが当たると、ニジリゴケのテカり具合が少しだけ減ったような気がした。

だがニジリゴケは、それでものそのそとした動きをやめなかった。

 

「もう一度です!」

 

魔王の言葉に従い、ルイズは再びツルハシを振り下ろした。

しかしニジリゴケのゆっくりとした移動は、

突くタイミングを計ることが逆に難しく、何度もツルハシの先は空を切った。

 

「動きが遅いわりに突くのが難しいわね。・・・ここよっ!」

 

今度はしっかりとタイミングを見計らって、ルイズはツルハシを振り下ろした。

その途端にコケは茶褐色に変色し、萎びて土へと帰った。

 

「ちょっと! どういうことよ!!」

 

「ハァ・・・ルイズ様、突くのが遅すぎです・・・」

 

「文句を言いたいのはこっちよ!」

 

魔王はやれやれと首を振った。

 

「いいですか、ルイズ様。コケを生み出してすぐ、間髪入れずに突くのです。

 コケを上手く捌くのも鮮度が命というワケですな。

 コケが生み出されたのを見てから動くのではなく、

 土を二度掘り、三度掘りするつもりでツルハシを続けざまに振り下ろしてください。

 そうすればいい感じにコケを突くことが出来るでしょう。」

 

「そういうことは早く言いなさいよね!」

 

不満を漏らしつつもルイズは魔王の言う通りに従い、

養分のある土を掘ってすぐさま、2回3回とツルハシを振り下ろした。

 

「今度は上手く出来たようですね。

 ですがルイズ様には、もっとツルハシを使いこなして貰わねば困ります。

 ゆくゆくは一のツルハシを振り下ろすのと全く同時に、二のツルハシ、三のツルハシを

 振り下ろして不可避の斬撃を与えるぐらいにはなって頂きたいものです。」

 

「どうしろっていうのよ・・・」

 

そうこう言う間に、突かれたコケはノッシと少しばかり動いた後、見る見るうちにツボミと化した。そして周りの養分を吸って花となり、黄色い花弁を咲きほこらせたかと思うと、今度は新たなコケを産み落とした。ルイズは、コケたちがワラワラと掘った穴に沿って散っていくのを見守った後、魔王に疑問を投げかけた。

 

「コケがずいぶん早く花を咲かせたわね。一体、どういうこと?

 ツルハシで突くとコケの成長が早まるのかしら?」

 

「それはチョット違いますね。

 先ほど話した通り、コケは養分を抱えたまま体力が減るとツボミになります。

 ですから生まれたてホヤホヤのコケがちょっぴりでも多めに養分を抱えていれば、

 その体力を削ってやることで、あっと言う間にツボミになり、

 そのまま周囲の養分を吸い取って花となるというワケです。」

 

「なるほどね。それじゃあ養分の多い土が固まってる場所でコケを突けば、

 土をあまり掘らなくても養分をかき集められるって訳ね。」

 

「ルイズ様もコケの扱い、分かってきたようですね。」

 

「それじゃあニジリゴケも増えたことだし、ここらでガジガジムシも作らないと・・・」

 

「お待ちください!」

 

魔王はそう叫んで、手近にある養分豊富な土を掘ろうとしたルイズの動きを制止した。

 

「気が早いです、ルイズ様! こんなに早くにガジガジムシを生み出しては、

 速攻でニジリゴケを食い荒らし、餌を無くしたムシが全滅してしまいます。

 それに、何よりルイズ様はコケの本当の恐ろしさをご存じでない!」

 

「はあ?コケの恐ろしさですって?あんな弱いのに?」

 

ルイズは目をぱちくりさせて言った。

 

「そうです!ルイズ様には是非ともコケがダンジョンの生態系の基礎にして、

 勇者攻略の基本だということを覚えて頂きたいのです!

 それこそ、レベル1の勇者が戦いの基本を覚える相手がスライ・・・コケであるがごとく!」

「今スライムって言ったわよね!」

 

魔王はメンドクサイこと言う人だなあという表情を隠しもせずに、説明を続けた。

 

「とにかく、ルイズ様がダンジョンを知っていく上で、コケによる戦いは欠かせません。

 先ほどキュルケ嬢の恋人らにも言いましたが、ルイズ様にはこれから来るあやつらを

 コケだけで倒して貰おうと思います。」

 

ルイズはそれを聞いて目眩がした。

 

「そうだったわ! あんた、何てこと約束しちゃったのよ!

 こんな貧弱なマモノでなんて、絶対勝てる訳ないじゃない!

 強いマモノを出しとけばまだ勝てたかもしれないのに、台無しよ!」

 

だが魔王は、悲観的になって怒鳴るルイズに対しても落ち着き払って言葉を返した。

 

「ルイズ様は“数は力”というコトバの意味を、頭で分かったふりをせず、

 その目で見て確かめるべきなのです。それに断言します。

 下手にガジガジムシがうろつくダンジョンよりも、

 コケだらけのダンジョンの方がよっぽど凶悪だということを!!」

 

「そんなの信じられないわよ!」

 

魔王は首を横に振って、ルイズに言い返した。

 

「ルイズ様はマモノのことを知らないからそう思って自ら限界を作り出すのです。

 重要なことなのでよく聞いて下さい。

 コケはムシと違って、あちこちにフラフラ動き回ったりはしません。

 壁にぶつかるまで愚直なまでにまっすぐ進み、そしてぶつかったら元来た道を戻るか、

 壁に沿って向きを変える、そんな単調な動きしか出来ません。

 もし仮に、コケのすぐ真横に勇者が立っていても、自分の歩みを妨げない

 相手には気づくことすらありません。

 そうやって敵の目の前を無防備に通り過ぎる間に、一方的に攻撃を受け潰されていく。

 それがコケなのです。」

 

「そこまで分かっているなら、どうして!」

 

「だが、それがいいんです!」

 

「はぁ!?」

 

「ルイズ様、私が語ったコケの生態、それの持つ重要な意味が分かりますか?」

 

「え!? なんのことよ!」

 

「さあ、お優しい魔王様の時間はここまでです!

 私の言ったことをしっかりと飲み込めてさえいれば、ルイズ様の勝利は確実と言えましょう。

 一方で、下手な掘り進め方をしてしまえば、一人目を相手に敗北なんてことも・・・」

 

「え!? いきなり何言ってるのよ!・・・え? 本気!?」

 

「時間も差し迫ってきました。いい加減掘り進めておかないと、

 上の彼らがしびれを切らして一気に押し寄せないとも限りません!

 ちょっぴり考えて、後は掘って掘って掘りまくるのです!

 さあ、私にルイズ様のちょっとイイトコ見せてみてください!」

 

「うそ、そんな! ちゃんと最後まで教えなさいよ!!」

 

「必要な分は教えたということです。もう教えません!」

 

魔王は、もう何も言うことはないとばかりに、ピューピューと口笛を吹き始めた。

ルイズは慌てて、頭を必死に回転させ始めた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「ペリッソン、いざ参る!」

 

揉めに揉めた挙句、公平なくじ引きにより一人目の挑戦者となった彼は、高らかに名乗りを上げてダンジョンの入り口に足を運んだ。悔しそうな顔をしたライバルたちが見つめる中、彼はふふんと鼻を鳴らした。無理もない。彼らに先んじてルイズらの用意した障壁を突破してしまえば、続くライバルらを待つことなく、そのままルイズたちに追撃を加えればいい。そうして全てを掻っ攫ってしまえば、キュルケを慰めるための供物を、彼だけの手によって彼女に捧げることが出来る。そうなればしばらくの間は、彼女の視線を自分だけに向けることが出来るだろう。その隙に上手く立ち回ってライバルを遠ざけ、彼女から完全に引き離す。そして邪魔する者のいない僕たち二人は、学院を卒業すると同時に・・・そんな青写真を描いて、彼は浮かれていた。もっとも、同じようなことを皆考えていたからこそ、彼に向けられる顔が苦渋に満ちたものとなっているのだった。残された恋人たちに今出来ることといえは、くたばれと念ずることしかない。彼らがこの状況を好意的に捉えるならば、一番手の彼を試金石に、ルイズらの出方を探り易いぐらいのものである。そしてもし一番手の彼が、万が一にも失敗すれば、それはキュルケとの恋のレースから一人、コースアウトする者が出るということでもある。だからこそぺリッソンを見送るものは、ゼロだったあのちんちくりんが彼に打ち勝つという奇跡、より具体的にはぺリッソンが大ポカをやらかすという分の悪い賭けに思いを託すしかなかった。

 

残された者たちが見守る中、ぺリッソンは何の気負いも感じさせない姿で

ルイズらの掘った穴に入っていった。

するとどういう訳か?

彼と入れ替わるように、ゼロの使い魔である不健康そうな亜人が、

ボロ切れのようなものを手に穴から出てきた。

何事かとざわめいた彼らは、亜人の発した言葉を聞いて驚愕した。

 

「次の挑戦者の方、どうぞ!」

 

始祖は、自分たちを見捨ててはいなかった。

それが、彼らが一番に思ったことだった。

 

「それで、次はどなたが来るんですか?」

 

「僕だ!」

 

「そうですか。では私は定位置に戻りますので、あと1分ぐらいしてから入って下さい。」

 

「ふん、ギタギタにしてやろう!」

 

そう言って、次の挑戦者であるスティックスは腕を組んだ。

残された3人は思った。

しまった、まだあいつが残っているじゃあないか。

これではやはり自分の出番は絶望的だ。

また今度も奇跡を祈るしかないのか?

 

「キュルケの未来の夫はこのスティックスだ!

 さあ君たち、祝福の言葉でも考えていてくれたまえ!」

 

テンションの上がった様子で、嫌味ったらしい言葉を残し穴に潜っていく彼を見て、

残された三人は歯噛みした。

いや、結果が出ない内から後悔するのはよくない。

司祭様だって言っているではないか。

信じる者は救われる、と。

マニカン、エイジャックス、ギムリの三人は目を瞑って膝をつき、

命を捧げる覚悟で始祖への祈りの言葉を呟き始めた。

 

「ええと・・・何をやってるんですか? あなたたち」

 

彼らが驚いて顔を上げると、何とまた魔王がボロ雑巾にしては大きな塊を手に立っていた。

なんだかちょっと引き気味な目でこちらを見ているのが心外だ。

 

「もしかして・・・いやまさかと思うが、スティックスは敗れたのかい?」

 

「はあ、名前なんて知りませんが、まあそんなところです。

 次の挑戦者の方は準備しといて下さい。ああ、ちょっと今回はグラウンドの

 コンディションが荒れてしまったので、少しだけ長めに待っていて下さい。」

 

亜人はそう言うと、新たなゴミを先ほど捨てたボロキレの上に放り投げ、いそいそと穴の中へ戻っていった。

 

彼らは、感動のあまりため息が零れた。

まさかこんな奇跡が二度も起こるとは!

彼らは今や、始祖の存在を切実に感じていた。

始祖のご加護は、確かに我々の身近に宿っている。

始祖は、我々一人ひとりをあまねく見守っていて下さる!

3人は、次に司祭様の話を聞くときは、決して居眠りしまいと誓った。

 

「次は僕だな」

 

マニカンが立ち上がった。

エイジャックス、ギムリの二人は、心配になった。

ここまでに二人が敗れ去ったのは、確かに喜ばしい。

特にペリッソンのやつは、ライバル連中のなかでも特に嫌味なやつだった。

だからいい気味だと思う。

しかしマニカンは、キュルケの隣を競って互いに睨み合う仲でも、

比較的穏やかな性格で紳士的な振る舞いを忘れない、そんな稀有な存在であった。

果たして我々の祈りは、今度も叶えられるのだろうか?

始祖の見えざる手は、彼の行く道を握り潰してくれるだろうか?

もし彼のために今までの奇跡が起きていたのだとしたら、

それに喜んでいた自分たちはとんだ道化であったということになる。

 

「先に行かせて頂くが、これも勝負だ。悪く思わないでくれたまえ。」

 

精神を集中させたいからと言って彼は二人のそばから離れた。

どうやら、時間になるまで目を閉じ、思索に耽って過ごすようだ。

 

「流石に3回目は・・・」

 

「諦めるな!」

 

弱気な事を言うエイジャックスに、ギムリは声を張り上げた。

 

「しかし、やつは、その・・・始祖に認められても、おかしくはない」

 

「言うな! 確かにやつは紳士的だ。しかも親族に司祭がいるとかで、教会の教えにも詳しい」

 

「何だって!それじゃあお手上げじゃあないか!」

 

「違う!たしかにやつは一見、始祖の祝福を受けてもおかしくないように見える。

 だが僕は、逆にそういう者こそ信仰の罠に嵌まるのではないかと思う!」

 

「どういことだ、ギムリ?」

 

エイジャックスは、興味深々と言った様子で聞き返した。

 

「教えに詳しいからと言って、それは信仰心が強かったり、

 始祖の救いの手に近いということを意味しないということさ」

 

ギムリは真剣な表情で話を続けた。

 

「ホーネンという名の司教のことを知っているかい?」

 

エイジャックスは首を振った。

 

「知らない。・・・その名前、ゲルマニア系か?」

 

ギムリは肯いた。

 

「そうだ。おっと、勘違いしてくれるなよ。

 我らが女神を別として、確かにゲルマニアは成り上がりどもで出来た国だ。

 だが僕は、そんな刹那的な享楽に耽る堕落し切った者共の国にいながら、

 あえて俗世を離れ始祖に身を捧げることを決めた聖職者というのは、

 逆に本物の信仰心を持っていると思う」

 

「分かった。僕も色眼鏡を外して話を聞こう」

 

助かるよと言って、ギムリは話を続けた。

 

「彼はこういう風なことを言っている。

 例え始祖の御教えを数多く学んだとしても、

 それを以って自分が智慧ある者と思うのは間違っている。

 それは始祖の御心から外れていると。」

 

「何だって?そんな訳ないじゃあないか。

 より多くを知っている者の方が始祖の御心に近付けるはずだろ?」

 

エイジャックスの反論にギムリは首を振った。

 

「そういう意味じゃないんだ。ホーネン司教も、知識を求めること自体を否定してはいない。

 だが、考えても見て欲しい。他人より多くを知っているからと言って、

 偉大なる始祖と僕たちとの距離がどれだけ縮まるというのか。

 始祖の偉大さの前ではそんな小手先の知識など、

 五十歩百歩、ドングリの背競べでしかないんだ。

 僕たちは皆、始祖の目から見れば、その足元で這いつくばるアリのような存在に過ぎない。

 だというのに私は砂一粒を積み上げた、いや僕は二つだなんていって競い合っても、

 それに何の意味があるっていうんだい?」

 

エイジャックスは目を見開いた。

 

「そんなこと考えたこともなかったよ。確かに始祖の偉大さの前には、

 我々がどんなことをしても矮小でしかない!」

 

ギムリはそれに頷いて続けた。

 

「つまりホーネンの教えはこうさ。信仰において大切なのは積み上げた知識なんかじゃない。

 始祖の御心に沿おうという一心不乱さ、始祖に何もかもを委ねようとする姿勢こそが

 本当に求められているものであり、そういう心の在り方を持ったものこそが、

 死後、始祖の御許へと辿り着けるのさ。」

 

エイジャックスはそれを聞いて感極まったように震えた。

 

「つまり!マニカンみたいに知識がない僕らも、

 始祖の恩寵を諦める必要はないということだな!」

 

「そういうことさ」

 

二人は安心した顔でぼーっと月を見上げた。

 

「(冷静に考えてみると、二人が瞬く間にやられるなんておかしい。

 ・・・これは偶然なんかじゃない!何かカラクリが、想像もつかないような何かがあるんだ。

 油断したら一瞬でやられる!)」

 

マニカンが必死で頭を働かせていること等、彼らは知る由もなかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

その後、しばらくしてエイジャックスは、また不安げな表情を浮かべ始めた。

 

「なあ、ギムリ」

 

「何だい、エイジャックス?」

 

「やっぱり・・・僕は駄目だ。マニカンには勝てない」

 

そう言って彼は俯いた。

 

「何を言ってるんだ。さっきホーネンの話をしたじゃあないか」

 

ギムリはそう言って呆れたが、エイジャックスは力なく首を振ると、

弱りはてたような声でぽつぽつと語り始めた。

 

「確かに、始祖を前にすれば僕らの差なんてちっぽけなものなのかもしれない。

 でも僕が悪人だったらどうだい? 知識も無ければ、信仰心も薄い。

 そんな僕は、始祖の手が一番届き難いところにいるに違いない」

 

「エイジャックス?」

 

ギムリの視線から顔を逸らして、エイジャックスは言葉を続けた。

 

「正直、僕は今の今まで始祖のご加護なんて信じていなかった。

 毎日食事のときに捧げる祈りに心はこもってなかったし、

 そのくせ嫌なことがあるとすぐ始祖の名前を出して、口汚く罵っていたんだ。

 本当に恥ずかしいことだ。始祖のお力はこんな身近にまで及んでいたというのに・・・」

 

エイジャックスはもう泣きそうになっていた。

ギムリは静かに彼の告白を聞き終えると、彼の肩に手をやった。

驚いて顔を上げたエイジャックスにギムリは優しく声を上げた。

 

「しっかりしろエイジャックス。

 そんなんじゃ僕も恋のライバルとして張り合いがないじゃあないか」

 

「しかし、僕は・・・!」

 

そう言うエイジャックスに、ギムリは首を振って答えた。

 

「心配しなくていいんだ。もう一人、高名な司教の話をしよう。

 先程話したホーネン司教の弟子で、彼とは別の教区に任ぜられたシンラーンという人の話だ」

 

「シンラーン? 珍しい名前だ。」

 

「うん。なんでも彼の先祖は、ロバ・アル・カリイエから流れ着いたらしい」

 

まあ、そういう者まで教会に受け入れるなんて、

ゲルマニアらしいといえばらしいのかなと、ギムリは笑った。

 

「その彼が語った教えは、今の君にぴったりだと言える」

 

「どんな教えなんだい?」

 

「それを言う前に、一つ君に質問したい。もし仮に、君がたくさんの病人を目の前にしたとする。

 そして君は、その場にいる唯一の医者だ。患者たちの症状は様々で、

 軽い風邪を引いた者から、大病を患って今にも命を落としそうな者までいる。

 さあ君は、どんな患者から手を付け始めるかい?」

 

エイジャックスは少し怒ったような声でその質問に答えた。

 

「当然、一番重たい症状の患者に決まってる。だって、ほっとけば死んじゃうんだろ?」

 

ギムリは穏やかに微笑みを返した。

 

「同じことなんだよ、エイジャックス」

 

「何だって?」

 

「シンラーンの教えはこうさ。始祖は慈悲深い。

 そして皆が死後に自分の元までたどり着ける様、心を配っていて下さる。

 それはもう、人類全てを患者として目に掛けてくれている医者のようなものさ。

 だからこそ、始祖は最もその救いを必要としている重たい病を患った者、

 つまりは始祖の御心から大きく外れようとしている悪人にこそ、

 一番にその手を差し伸べてくれるのさ」

 

エイジャックスはそれを聞いて、雷に打たれたような顔をした。

 

「君の話は聞いていて驚くようなことばかりだ!

 ということは、つまりだよ。いつも始祖への祈りを口にするときに、

 周りに合わせて口パクしている僕でもいいっていうのかい!」

 

ギムリは頷いた。

 

「君だって今までの人生、一度ぐらいは真面目に祈ったことがあるだろう?

 ならそれだけで十分さ」

 

「なら、たまたま訪れた街の教会でこっそりブリミル像を叩き割り、

 それを見つけた司祭が怒り狂う様を遠目に楽しんでいたことも許されるっていうのかい?」

 

「そんなの僕だってやったことがある!」

 

ギムリは力強くそう返した。

 

「なら、さっきマニカンがブリミル教に詳しいと知ったとき、

 心の中で始祖のケツでもしゃぶっていろと思ったことだって問題ないというのかい!?」

 

「エイジャックス、完璧だよ! 君こそ真の邪悪だ!

 僕より先に君へ救いの手が伸びないか心配なぐらいだよ!」

 

そう言って二人は高らかに笑いあった。

 

「いやまさか、ライバルのはずの君とこんな風に笑いあうことになるとは思わなかった」

 

「僕もだよ。ほんと、なんでこんな励ますようなこと言ったんだろう?

 これも始祖のお導きってやつなのかな?」

 

「違いないね!」

 

再び二人は笑いあうと、エイジャックスは急に真面目な顔をして言った。

 

「それにしてもギムリ、君もマニカンのことを言えないじゃあないか。

 随分ブリミル教に詳しい!」

 

ギムリは、それはないと言うように手を振った。

 

「僕はただ、始祖への祈りの長々とした言葉を覚えなくていいという、

 その教えに惹かれて名前を覚えただけさ。その先の知識は雑学のようなものだよ。

 だって、彼らの名前さえ出せば、ブリミルに帰依しますと唱えるだけで

 敬虔な信者扱いして貰えるんだ。すごい楽じゃあないか!」

 

「僕もその二人の名前、覚えさせて頂くよ!」

 

初めは憎しみ合っていた二人。

それが、始祖の奇跡の一端に触れることで、心通わせる友にまで至ったのであった。

本職の司祭でも、宗教体験を経ることで真の信仰を獲得し、

世の中の道理を理解出来るようになることは珍しくないという。

争いの絶えないこの世界。

だけど人は分かり合える。

そのことを彼らは、確かに悟ったのだった。

 

 

 

 

「あの~、ちょっと聞こえていますか?」

 

「! 何だい、君! いつの間に!?」

 

見れば彼らの目の前まで、顔色の悪い亜人が近づいてきていた。

 

「さっきからずっと呼んでいました。

 全く、話に夢中で気が付かなかったのですか?

 とっくに3人目の挑戦は終わりましたよ。」

 

二人とも棄権する気かと思いました。そう言ってかの使い魔はため息をついた。

彼らは思わず顔を見合わせた。

 

「ギムリ、君の言うとおりになったようだよ」

 

「うん、信じられないが、本当のようだね。

 どうやら彼は信心が足りなかったらしい」

 

それから二人は黙って見つめあった。

おもむろにエイジャックスが立ち上がった。

 

「じゃあ、行くよ」

 

「・・・気を付けろよ」

 

「ああ」

 

エイジャックスは、精悍な顔つきで穴に足を運んでいった。

穴の近くにはまたゴミが捨てられたのか、ボロクズの山が高くなっていた。

最後の挑戦者から一つ手前というこの順番、今までのパターンからいえば

ギムリにお鉢が回るに決まっている。

つまり自分が何か、失敗をして敗れ去るという訳だ。

だが彼はもはや、そんなことには惑わされなかった。

彼は思った。

 

試されているな、と。

 

この状況、経験的にも、感覚的にも無理だと分かる、だから諦めろと彼の内なる声が囁く。

だがそんな絶望的な状況だからこそ、自分は始祖に試されているのだ。

そう、自分の信仰心というものを。

ギムリは先ほどああは言ってくれたが、やはりエイジャックスには

善人が始祖に祝福されるというのも、間違いのない真理であると思えた。

それだけに今、始祖の奇跡を目の当たりにして回心した自分の信仰心が、

こういう厳しい状況で試されているのだと、彼は研ぎ澄ました心で察していた。

 

「エイジャックス、始祖に運命を委ねます。」

 

敬虔なる言葉と共に、彼は穴へと足を踏み入れた。

もし自分がギムリに騙されていて、地獄に落ちることになったとしても、後悔はない。

そんな心境だった。

 

 

 

 

次にギムリが呼ばれるまで、数秒も掛からなかった。

 

いよいよ自分の番が来た。

ギムリは気を引き締めた。

この奇跡の連続、これはもはや運命と言っていいだろう。

ブリミルが、僕にもっと輝けと囁いているのだ。

ついでに、友人のギーシュの仇も討てる

だが油断してはいけない。

どんなに祝福された状態であれ、始祖への信仰に淀みがあってはいけないのだ。

だから余計なことを考えてはいけない。

やっぱりギーシュの仇討ちのことは忘れておこう。

彼はバシンと頬を叩いた。

彼なりの、気合の入れ方だった。

 

「ギムリ、行きます!」

 

彼がいざ足を穴に踏み入れようとしたところで、彼ははたと立ち止まった。

何か音が聞こえた気がしたのだ。

何だか、押し潰されたカエルが絞り出すような、

そんな弱弱しくも気味の悪い異音だった気がする。

 

「ゔゔ・・・」

 

今度は確かに聞こえた。気のせいではない。

ギムリは訝しんで、音のした方に向かった。

 

「確か、あの亜人が捨てたゴミの方から聞こえてきたな」

 

彼はボロクズの山に近づき、耳をそばだてた。

 

「ギム・・・リ・・・」

 

「エイジャックス!」

 

ギムリは跳ね上がった。何とボロクズのように見えていたのはエイジャックスだった!

その下に積まれたボロクズのようなものも、よく見れば今までの挑戦者たちだった。

 

「マモノだ・・・全てを飲み込む、マモノがいる・・・! グフッ!」

 

「エイジャックス!!」

 

エイジャックスは全てを言い切ると、首をがっくりと落として動かなくなった。

どうやら気絶したらしい。

彼の必死のメッセージを受け取ったギムリだったが、もう彼に穴へと飛び込む勇気はなかった。

どのような目に会えば、このような酷い姿になるというのか!

ギムリは心の底から震え上がった。

 

「ぼぼぼ、僕の戦場は、ここではない!」

 

彼は震えた声で回れ右した。

あんな物騒な穴の中に潜っていけるものか!

これはそう、壮大な威力偵察だったのだ!

確かに犠牲は大きい。予想外の被害だと言える。

しかし、代償は大きかったが、得られた情報はそれだけ貴重だった。

結論として、自分は戦うべきではない。

確かに、ルイズらをオシオキして、キュルケを慰めようという当初の計画は崩れ去った。

しかし悪戯に示威行動に走るばかりでなく、

負け戦を回避することも政治の世界では大切なことである。

トリステイン魔法学院の生徒である自分は、将来、生き馬の目を抜くような貴族社会で

生き抜くためにも、そういった処世術を学んでいかなければいけないのだ。

というよりそもそも、キュルケ相手の恋のライバルども全員が死に体になった今、

彼女の隣は既に自分だけのものである。

 

ギムリは意気揚々と彼女の部屋に向かおうと思った。

しかし彼は塔の入り口近くで、意外な人影を見つけることになった。

 

「キュルケ! 一体どうしたんだい、こんなところで!」

 

キュルケは妖艶な微笑みを浮かべて、まあちょっとね、と答えた。

 

「こんなところにいても退屈じゃあないかい?

 そうだ!君さえ良ければ、今夜二人で一緒に・・・」

 

そう言い掛けたギムリの唇を人差し指で塞いだキュルケは、熱っぽく顔を近づけた。

ギムリの顔が真っ赤になっていく。

周りからは豪快な性格だとか思われている彼も、彼女の前では哀れな子羊に過ぎない。

 

「ねえ、私ね?」

 

ギムリはドキドキしながらキュルケの言葉の続きを待った。

 

「臆病なのって、キライ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「うぉおおおおおおおお!!」

 

ギムリは叫びながら穴に飛び込んだ。

 

やってやる!やってやる!!やってやる!!!

 

どんなマモノが相手であろうと、何するものぞ。

今の自分は、7万の兵士にだって立ち向かって見せる!

そう意気込んで彼が足を2歩、3歩と、荒々しく踏み出したところで、彼の眼は驚愕に彩られた。

なんと、ルイズもその使い魔も、足をもう少し伸ばしたところに突っ立っているではないか!

 

「馬鹿め!僕が来ないと思って油断したな!」

 

彼はルイズに向かって杖を突き付け、そのまま一歩、足を踏み出した。

 

 

その瞬間だった。

彼の足は、彼の意図しない方向へ曲がっていった。

彼は、一秒が何秒間にも引き伸ばされたような研ぎ澄まされた感覚の中、

ゆっくりと首を動かし、足元に目を向けた。

踏み出した右足が、緑色をした無数の大きな塊に沈み込んでいた。

彼は、今度は時が加速していくような感覚を覚えた。

いや、正確には違うな、と彼は考えた。

本来の時の流れに、感覚が戻ろうとしているだけだ。

 

足を取られた彼は、瞬く間に全身ごと緑の激流に飲み込まれた。

 

 

コケッ!

コケコケコケッ!

コケコケコケコケ!コケコケコケコケ!

コケコケコケコケコケコケコケコケコケコケコケコケ!

コケェッーーーーーーー!!!

 

「ヤッダーバァアァァァァアアアアア」

 

彼が再起不能のぼろ屑になるまで、1秒も掛からなかった。

 

 

「こんなに呆気なく倒せるなんて!!」

 

ルイズは驚きと共に喜色を表した。

 

「理屈で知っているのと、実際にやってみるのとでは大違いでしょう?

 コケを一か所に集めに集めることで、彼らはロクに呪文を唱えるヒマもなく

 無数のコケの突撃を受け、体力をゴッソリ削られ息絶えるのです!!

 終わりのないコケ攻撃で終わり!これがコケ地獄・エクスペリエンスによるレクイエムです!」

 

魔王は誇らしげにそう言った。

 

「・・・いや、それにしてもルイズ様がダンジョン中のコケを一か所に集められることに

 気付いて下さってよかったです。コケは一度壁に当たり曲がったが最後、

 元来た道を戻れない。ですからT字路に掘った穴を幾つも繋げれば、

 それだけで遠くからコケをニジリ寄せることができるというワケですな。

 私、突き放すようなことを言いはしましたけど、

 単にコケの動きを知っただけで、ちゃんと応用が出来るとは大したものです。」

 

「ふん、ご主人様を試すような真似するだなんて、百年早いのよ」

 

文句を言いつつも、ルイズの表情は少し誇らしげであった。

 

「私が驚いたのはそれだけではありません。

 あやつらに私やルイズ様ご自身の姿をさらすことで油断や動揺を招き、

 そのまま速やかに彼らを葬り去ったその手腕!・・・本当にお見事でした。」

 

それを聞き、ルイズは胸を張って魔王に言った。

 

「いいこと、よーく覚えておきなさい!

 私は誇り高きヴァリエールの三女、この程度の困難で躓いたりはしないんだから!」

 

「その意気で(世界征服で)す、ルイズ様!」

 

「ああもう、こんなに簡単に倒せると分かっていれば、

 私の悪口言うやつらも全員呼び寄せてやったのに。

 私のかわいいコケたちが、みんな全部はっ倒してやるんだから!」

 

「フフフ、ちょっとはダンジョンのこと、気に入って頂けたようで何よりです。」

 

魔王はそう言うと、改めてルイズのことを褒め称え始めた。

 

「いやはや、それにしてもルイズ様。さすが私が見込んだだけのことはあります。

 コケ地獄という戦法をご自分でお気づきになられたことも確かにスバらしいですが、

 私としては何といっても、入口スグのところにコケを集めたことをホメたいです。」

 

「そう?あれって、正直失敗したかと思ったんだけど・・・

 だって、一人目も二人目も速攻で倒しちゃうから、

 残ったやつらが警戒し始めないか、気が気じゃなかったわ!」

 

魔王はそんなルイズの言葉を聞いても、嬉しさが止まらない様子だった。

 

「そんなご謙遜なさらずともいいですのに! 頭の良いルイズ様のことです。

 どーせ深い意図があったんでしょう? さすがのマガマガしさです!」

 

「・・・へ?」

 

身に覚えのないことを言われ、ルイズは困惑した。

 

「確かにキュルケ嬢の恋人らはウザい奴らでした。

 恋人が落ち込んでる。そうだ、慰めよう。折角だから、ジブンの良いトコ見せてみたい。

 ハイハイハイってな軽ーいカンジでやってきたあいつらを、

 数マートルも歩かぬ内に秒殺!しかも相手は最弱モンスター!

 彼らのプライドはズタボロでしょう。きっと心に癒えないキズを負ったに違いありません。

 たとえ今はヘーキでも事あるごとに周りから、え?あいつコケに負けたの!?

 ダサっ!とか言われて、死にたくなるコトでしょう。」

 

「ふん。そんなの自業自得よ!」

 

「・・・それにあのキュルケ嬢のことです。こうもナサケナイやられ方をした彼らは、

 きっと彼女に振られ、踏んだり蹴ったりになることでしょう。

 ルイズ様は知っていますか?

 多感な時期に彼女とまともな別れ方が出来なかった者の末路を!」

 

「な、何よ。ただ単に振られただけでしょ?」

 

魔王の大げさな口ぶりに、ルイズは一抹の不安を覚えながらそう答えた。

 

「そりゃあ、キュルケ嬢にしてみればただ振っただけでしょう。

 ですが振られた方にしてみれば、そう単純には割り切れないものなのです。

 ましてや彼らは彼女にゾッコン、そんな時にこっ酷い別れ方をする訳ですからね。

 このことを一生引きずるに違いありません!

 大人になってからも彼女を忘れることができず、擦れ違う女性に彼女の面影を探しては、

 今日という日を思い出して悶え苦しむのです。

 あの時あんなことが無ければ、彼女があんなハゲ散らかした中年と

 結ばれたりはしなかったのにと!」

 

「アンタのキュルケへのイメージはどうなってんのよ!

 いや、それよりも・・・ ねえ、大げさに言ってるのよね?」

 

「何がですか? それにしても、いやはやまったく、

 ツルハシで彼らの人生まで破壊するなんて、私ルイズ様を見誤っておりました!」

 

「じょ、冗談で言ってるのよね!だって、そんな私なんかが

 他人の人生を狂わせたりなんか、出来るわけないもの! ね?」

 

縋る様に話し掛けたルイズを、魔王は生温かいものを見るような優しい目で見つめ返した。

 

「う・・・そ・・・・」

 

ルイズは、自分のしたことが他人に与える影響の大きさを、

彼らに癒えることのない大きな爪痕を残したという事実を信じることが出来なかった。

 

「この一件が噂として広まれば、学院の他の生徒たちの心にも

 大きな不安のタネをまくことが出来るハズです。

 人をコケにして踏みニジり、その影響でもって更なる多くの人々の不安を招き、

 世をゼツボーで覆い尽くしていく。

 今回はそんなルイズ様の才能のヘンリンを垣間見た気が致しました。」

 

ルイズは慌てて否定の声を上げた。

 

「違う!違うわよ! 聞きなさい! 私、初めはダンジョンの奥の方に立ってたでしょ?

 コケを入口のすぐ近くに集めたのは、もしコケが全部やられちゃった時に、

 後からマモノを足すための距離を稼ぎたかったからなのよ!

 あんまり呆気無く倒せるから、最後は入り口近くまで見物に来たけど・・・

 だから、そんなあいつらの人生をどうこうしようだなんてつもりは!」

 

「何と!あ奴らをコケにするだけでは飽き足らず、

 更に強いマモノどもを差し向けてゼツボーに追い落とそうとしていたのですね!

 さすがルイズ様です!」

 

「いや、違うわ! そうじゃない、そういう意味じゃないわよ!!」

 

「照れなくてもいいのです。人の身も心も、その後の人生ですら破壊するだなんて、

 なかなかできることじゃあありません。もっと自信を持ってください。

 そもそも学院の連中はルイズ様を軽んじすぎなのです。こんなにもマガマガしいのに!

 ルイズ様は魔法の座学で一位が取れても、実技がダメなせいで蔑まれているのでしょう?

 しかし生徒の才能というものは、実技テストの点数で計られるものが全てではない。

 そんな雑草魂を示してくれたルイズ様には、特別にウィードの称号を授けましょう!」

 

「いらないわよ、そんなもの! いや、そもそもそんなつもりじゃなかったのよ!」

 

「何と!さすがルイズ様です!

 意識なんかせずとも、息を吸うかのようにそんなマガマガしい行動を取れるとは!

 なかなか出来ることじゃありませんよ!」

 

「そんな、そんなつもりじゃ無かったのよーーっ!!!!」

 

夜の学院に、彼女の悲鳴が響き渡った。

 

 

才能を持つ者に苦悩は付き物です。

きっとルイズ様は多く悩み、時には挫け、それでも持前の強気でもって立ち直り、

愚直に前へと進んでいくに違いありません。そう、このニジリゴケの軌跡のように!




どれほどの速さでニジれば、きみにまた接敵(あえ)るのか

ねえ、秒殺5マートルなんだって。勇者の散る速度(スピード)って。


ありったけの、コケを~かき集め~♪ 


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