使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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STAGE 10 百エキューの悲劇はここから始まった

「あんたもようやく私の役に立ったわね」

 

「そんなに照れずとも、もっとこの私をスナオに褒め称えてくれていいのですよ?」

 

「調子乗ってんじゃないわよ!」

 

ルイズはギーシュとの一戦を終え、周囲の自分を見る目が少しずつ変わってきているのを感じていた。今まで何かにつけルイズを嘲笑してきた者たちの多くが、彼女を見かけると不安げな表情でひそひそ話をするようになった。さんざんバカにしてきた分、きっと彼らは仕返しされる恐怖に打ち震えているのだろう。まあ、私はあんたたちと違って器が大きいし? ひざまずいて頭を地面に擦り付けるだけで、許してあげなくもないわ! そうルイズは思っていた。しかし学院の使用人たちからも妙に怯えられたり、過度に丁重な応対を受けるようになったのは頂けない。自信を付けた私から、他の生徒にはない大貴族のオーラが出てしまうのは仕方がないことかもしれないが、自分は特別扱いされるためにこの学院へ来た訳ではないのだ。ルイズは改めて自分の生活に転機をもたらした己の使い魔を見つめた。

 

「むうう……」

 

「な、なんでしょうか?」

 

このヒョロヒョロ亜人は、嘘か真か分からない大言・狂言を吐くのが忌々しいところである。だが、こいつは確かに主の身を守る役に立った……予想外にも、使い魔としての主たる務めを果たした。ならば、自分も主人らしく何か報いてやる必要があるのではないだろうか?

ルイズはそう考えた。

 

「明日は虚無の曜日だし、街にでも出かけようかしら……」

 

「! この学院の外にお出かけですか?」

 

魔王はルイズの言葉を聞いて、その赤い瞳をらんらんと輝かせた。それを見たルイズは、改めて自分のこれから下す判断が間違っていないことを確信した。

 

「いいえ、あんたは留守番よ!」

 

「ガーーーン!! 何でですか! ギーシュはちゃんと倒したじゃないですか!

 話が違います!                    (プロット的な意味で!)

 

「誰がいつあんたに街まで連れてくなんて約束したのよ!

 少しは自分の容姿も考えなさい!

 アンタなんか、街中に連れていったら一発で監獄行きよ!」

 

だが魔王は大して気にするでもなく、別のことが気に掛かったようだった。

 

「監獄ですか……マガマガしい響きがたまりません!

 知ってますかルイズ様、今、魔界では監獄見学がブームなのです」

 

「監獄見学?」

 

「そうです。有名な犯罪や事件に関わった人物にゆかりがある監獄は特に人気が高く、

 多数のツアーが組まれているほどなのです。他にも若い頃に監獄に慣れ親しんだ世代が、

 大人になってから童心に帰って楽しむ需要もあり、

 魔界全土の幅広い世代でブームとなっているのです。

 根強いリピーターも多く、ツアー期間も普通の観光より長めなのが特徴です。

 三食が付くことからお年寄りにも大人気なのですよ?」

 

「トリスタニアにはチェルノボーグがあるけど……

 あんな物々しい建物を見て楽しむなんて、物好きもいたものねえ……」

 

ルイズは呆れたような声を上げた。

 

「いえいえ、監獄の外観なんて飾りです。偉い貴族にはそれが分からんのですよ。

 やはり通としては檻の内側から眺めないと……」

 

「う、内側? そんなところまで入れさせて貰える訳?」

 

「はい。ただこれ、ツアー経験が豊富で計画性がないと、数か月のつもりのプランが

 一生プランになったり、選択不可のオプションまで付いてきて大変なのです」

 

「オプション? 何があるっていうのよ?」

 

「やっぱりメジャーなのは首ブランコとか、足元キャンプファイアーとかですかね。

 沸騰した湯に浸かって茹で上がった身体を、古代の哲学者があおったという

 ()ニンジンドリンクで、心臓ごと冷ますのはたまりません!」

 

「な! な、何がオプションよ! 何がツアーよ!

 それってただ収監された挙句、処刑されてるだけじゃない!

 あんた、絶対に留守番よ! 道連れで捕まったりしたらたまったもんじゃないわ!」

 

「はあ、セッカク休日に骨を休めることが出来るかと思ったのですが……」

 

「土の下に骨を休めてどうすんのよ!」

 

果たしてこんな使い魔のために、本当に何か買ってやる必要はあるんだろうか?

ルイズは本気で悩み始めた。

 

……………………………………………………………………・・

 

「はあ、従者ではなくて、使い魔に剣でございますか」

 

「そうよ。出来れば持ってて強そうに見えるのがいいわ!」

 

「するってえと、何ですかい? その使い魔様とやらは、よほど剣の栄える立派な身体を

 お持ちなんでしょうなあ。この店でも、とっておきのをお見繕い致しますぜ?」

 

「いいえ、ヒョロッヒョロの貧弱野郎だから、せめて装備で誤魔化せるよう、

 強そうなのが欲しいのよ。だからあんまり大きくて太いのとかは無しね」

 

「……ちょっと見繕いますんで、しばらくお待ち下せえ」

 

武器屋の主人は、少女に背を向けた途端に、はあとため息をついた。初めは、小娘とは言え貴族が、それも買い物に来たと知って喜んでいたのだ。最近は、貴族相手にも剣が売れるという。何でも世間を賑わせている盗賊フーケへのせめてもの対策に、下仕えの平民にも武器を、ということらしい。またただの平民でも帯剣して侍らせておくと見栄えがいいことから、今、宮仕えの貴族の間では空前の剣ブームが起きていた。だが彼の店は城下にあるとはいえ、薄汚く悪臭漂う路地裏を通らねば入れない。そんな店にわざわざ足を運ぶ貴族は皆無であり、またもし仮に下仕えの平民が代わりに買いに来ても、今度は貴族らしい羽振りの良さを期待できなくなるのだった。そんなことだから、彼はルイズが客だと分かった途端、慣れない敬語を必死に使って、彼なりに丁寧な接客を開始したのだった。だが主人は間もなく、相手が貴族だということを加味せずとも、彼女が十分にめんどくさい客であるということに気が付いた。

 

「(何が強そうな剣だ! しかも持ち主がヒョロヒョロって、どうすればいいんだ!

 せめて使う本人も連れて来ていたら少しは見繕えるものを!)」

 

気に入らないものを渡せば文句を言われるだろうが、とはいえこんな要求に頭を悩まし続けていてもしょうがない。主人は取りあえず強そうかどうかは度外視し、武器屋としてセオリー通りのおすすめを紹介することにした。

 

「このレイピアなんかよく売れてますぜ?

 貴族の方が下僕にと買われるやつでさあ」

 

「私が剣を買ってあげるのは、下僕じゃあなくて使い魔なのよ」

 

「おっと、これは失礼致しやした。じゃあこれなんかどうです?

 ここの持ち手のところの、金のメッキがポイントでさあ。

 少しのことですが、印象がかわるでしょう?」

 

「確かにさっきのより見栄えがいいけど……

 この程度の違い、あって無いようなものだわ。

 もっと違うのを見せてちょうだい」

 

「へえ、そういうことなら……これなんか良いですぜ?

 見て下せえ、ここの細工を。なかなか凝ってるでしょう。

 先ほどのより高くはなりますが、これを身に着けさせれば、

 その使い魔様とやらも凛々しく見えること間違いなしでさあ」

 

さあ、これで決まれ! 主人はそう祈った。

 

「うーん……あんまり立派すぎてもダメよ。

 これはあくまで、使い魔がやって当たり前の義務を果たしたことに対して、

 私が相応に報いてあげるだけなの。

 見た目だけでもあんまり良さそうなのを買ったら、

 まるで私があいつに結構感謝してるみたいに思われちゃうじゃない」

 

「……ええと、つまり必要最低限の、普通の剣を買い与えようって訳じゃあない。

 だからちょっとは気の利いたものを買いたいけれど、別にプレゼントって程ではない、と

 そういうことですかい?」

 

「その通りよ。さあ、私の都合にあった丁度いいものを持ってきてちょうだい!」

 

「(煮え切らねえ要望が一番困るんだよ!)」

 

店主は心の中で愚痴を吐いた。

どうしたものか。

このまま漫然と店の剣を見せていっても、この手の客は何かに付け文句を言ってくる。

そして散々悩んだ挙句、よく考えてから決めると言って店を出るのだ。

そうしたが最後、まず戻ってくることはない。

本人は真面目に選んでいるつもりだから、下手な冷やかしより性質が悪い。

そして何か売れたとしても、どうせ剣一本分の利益しか出ないのだ。

とは言え、彼も商売人である。客を前にして、金貨を諦める真似はしない。

 

「(中途半端なものを望むってことは、きっと本人ですら、

 どんな剣が欲しいのか分かってないに違いねえ。

 さっきの強そうなのがいいって要望も怪しいもんだ。)」

 

主人は剣を掻き分けながら、必死に頭を回転させた。

 

「(相手はずぶの素人だ。しかも本人が使うって訳でもねえし、大して興味も持ってねえ。

 普通の客が気にする切れ味とか、見栄えとか、値段とか、そういうことをアピールしても

 この娘にはあんまり意味がねえ。

 大事なのは、ちょっとは気を利かしたものが欲しいってところだ。

 なにも考えずに買ったわけじゃねえっていう、それが分かる品ってことが重要なんだ……)」

 

「ねえ、まだなの?」

 

「へえ! 必ずお求めのものを見つけ出して見せますんで、もうちょっとばかしご勘弁を!」

 

主人は店中を見渡した。この際、剣以外も視野に入れるべきだろうか?

少し珍しい武器なんか、案外行けるかも知れない。

ふと彼の目に、乱雑に積み上げた剣の山が目に入った。

 

「(ダメだ! あれらは格安なだけが売りだ!

 いくら実用に耐えるからって、そんなものこの娘は求めちゃいねえ! ……!)」

 

剣が、一瞬だけ動いたような気がした。

主人の頭に、たちまち閃くものがあった。

 

「(あいつだ! あいつがいた! 取りあえず普通の剣と比べりゃ珍しい。

 だがそこまで珍しいかと言われれるとそうでもねえっていう、そんな微妙過ぎるレアさ!

 そしてそこまで立派な品でもねえ。何せ見た目も中身もアレだからな。

 だが実用にはしっかり耐えられるはずだ。)」

 

正直リスクは高い。あの剣が今まで売れ残ってきたのには、それなりの訳がある。だが今はそれが武器になり得ると主人には思えた。そしてあの娘が少しでもあの剣に良いところを見つけてくれれば、後はあの破格の安さが購入を後押ししてくれるはずだ。行くしかない。主人は賭けに出た。

 

「少し、貴族様のお求めのものと違うかもしれませんが、

 こんなのも考えてみてはいかがですかい?」

 

「今度は長剣? でもこれも普通な感じね.

 私、みんなが買っていくようなのは嫌よ」

 

「まあ、見ていて下せえ。やい、デル公!」

 

「……」

 

店を沈黙が包み込んだ。

ルイズは主人を不審な目で見つめた。

 

「やい、デル公! さっさと返事しろ!」

 

再びの沈黙が、店を包み込んだ。

ルイズの主人を見る目が更に変化しそうになったところで、

ようやく一つの声が主人に言葉を返した。

 

「……俺は嫌だぜ」

 

「ふん、とっとと返事しろってんだ」

 

主人は悪態をついた。

 

「これって……もしかしてインテリジェンスソード?」

 

ルイズがその剣をまじまじと見つめ出したことに、主人は手応えを感じた。

 

「はい、そうでございまさあ。少しは珍しいでござんしょ?

 ただの剣よりちょっと価値がありそうな感じで、

 かつ人への贈り物として見ると大分残念な感じの剣でさあ」

 

「でも、やっぱりインテリジェンスソードなんて、特別すぎないかしら?」

 

「いえいえ、そうでもないですぜ。

 喋れるからって有り難がられるより、迷惑がられることの方が多いもんでさあ。

 それに見て下せえ、こいつ刃にこんな錆が浮いてるでしょう?

 こんな剣、特別でも何でもないですぜ。

 いや、何、切れ味は砥ぎ次第でどうにでもなるってもんです」

 

「おい! 俺は嫌だって言っただろうが!

 剣のイロハも知らねえ貴族の娘っ子なんかに買われたくねえ!

 何が強そうな剣だ! 本物の剣ってのは見世物なんかじゃねえんだぜ!」

 

「失礼な剣ね」

 

「へえ、確かに。ですが大貴族様ともなると、何でもあえて自分を馬鹿にしたり、

 茶化したりする道化師を雇うものだそうじゃあないですか。

 人じゃありませんが、そういうのを雇うことを思えば悪くない買い物だと思いますぜ?」

 

「おい! このデルフリンガー様を道化扱いとは何事だ! 剣の錆にしてやるぜ!」

 

「うーん。 ……確かにあいつの話し相手にもなって良いかも知れないわね。

 案外、立派な剣を買って帰るより喜ぶかも……」

 

「聞けよ!」

 

「そうでしょう、そうでしょう! まあ、どうしてもうるさいと思ったら、

 こうやって鞘に入れれば大人しくなりまさあ」

 

「いいか、俺はヒョロヒョロの男に振られるなんてのは絶対にごめ……」

 

主人が剣を鞘にぴったりと仕舞うと、途端に騒がしかった店内が元の静けさを取り戻した。

 

「……確かに見どころはあるわね。でも錆が浮いてるのはやっぱり……」

 

「まあまあ、お待ち下せえ。そこは当然私も勉強させてもらいまさあ。

 100エキューでいかがです?

 ナイフなんかよりはずっと高いですが、剣としては破格の安さでさあ」

 

「なんでそんなに安いのよ?」

 

「この口の悪さですからねえ。 客にケンカ売ることもあって、

 店に置いとくだけでも苦労してたんでさあ。

 ですが、そこを差っ引けば悪くない買い物ですぜ」

 

ルイズはしばらく額に手を当てて考え込んだ。

そして納得したように頷くと、短く口を開いた。

 

「買ったわ」

 

「毎度」

 

 

主人は重い剣を必死に抱えながら店を出ていく少女の後姿を見て、額は少ないが久しぶりに良い売り物ができたと、小さな満足感に浸るのであった。

 

「あんな剣を有り難がる奴の気が知れねえぜ」

 

……………………………………………………………………・・

 

「これは!」

 

「あんた、人から見たら使い魔っていうより従者って感じだし、

 これでも持てば少しは恰好つくでしょ?」

 

魔王はルイズが買ってきた一振りの剣をまじまじと眺めた。

 

「いやはや、私のこと評価して頂いて有り難うございます。

 まさか私に魔剣士デビューの日が訪れようとは……!

 ショージキ、剣士系魔王というとコイビトが殺されたり、浮気された挙句自殺されたりと、

 悲惨な目に遭うイメージしかないんですが、すでにムスメまでいる私に死角はありません!

 これで、私のカリスマが溢れんばかりに満たされ、零れ落ちていくことでしょう。

 まあ、本当は剣のココロエなんかないんですが」

 

「分かってるわよ。だから見た目はそこそこに、ちょっとは珍しいものを買ってきたわ」

 

「珍しいもの? もしかしてこの剣、いわくつきか何かなんですか?」

 

「いわくつきって、アンタ……まあ、いいからこの剣を見てみなさいよ」

 

そう言ってルイズは重たそうにしながら剣を引き抜き、その刀身を露わにした。

 

「……あの」

 

「何よ」

 

「これサビてません?」

 

「いいのよ。この剣は、あんたへの褒美ってだけで買ってきた訳じゃないもの。

 “身から出たサビ”、これはホラ吹きなあんたへの教訓よ!」

 

「はい?」

 

「いいこと? あんたはこの先、この剣を見る度に、今から言う話を思い出しなさい。

 このハルケギニアの遥か東、聖地すらも越えた先にあるというロバ・アル・カリイエの聖者は、

 こんなことを語ったそうよ。刃のサビは、刃より出でて刃を腐らす。

 それと同じように、人のついた嘘というものは結局、更なる嘘を自分に強いて、

 自らを蝕んでいき……」

 

「あ、そういうホーリー系の話は結構です」

 

「何よ、ホーリー系って! 少しは聞きなさいよ!」

 

「ケッ、どいつこいつも俺を飾りや何かだと思いやがって!」

 

「うん?」

 

魔王は、突然聞こえた声に驚き、きょろきょろとあたりを見回した。

 

「ルイズ様。今何か聞こえませんでしたか?」

 

「さあ? 気のせいじゃないかしら?」

 

しかしそういう彼女の顔からは、明らかにニヤニヤとした笑みが零れていた。

 

「やっとケチい武器屋から出られたと思ったら、

 こんなヒョロヒョロの奴が次の持ち主だと? やってらんねえぜ!」

 

「……」

 

魔王は思わず押し黙った。

 

「ルイズ様……」

 

「なーに?」

 

「お友達がいないからって、腹話術でサビシさを誤魔化そうとしてもムナシイだけですよ?」

 

「「違(えーよ)うわよ!!」」

 

部屋に二人分の声が響き渡った。

 

……………………………………………………………………・

 

「はぁ、インテリジェンスソードですか」

 

「そうよ。魔法の力で意思を宿した魔剣。あんたの夢みがちな話の相手にもピッタリでしょ?」

 

「勘弁してくれよ!」

 

しかし剣の声に向き合う者はいない。

 

「いやしかし、喋る剣とはマガマガ指数53……いや54といったところですな。

 バトルでのファイトに使ってアンデッドを倒したり、切り札的な感じで使ったり出来るかは

 ビミョーなところですが、中々良いチョイスじゃあないですか」

 

「何よマガマガ指数って」

 

「マガマガしさの指標です。最高で108までありますぞ」

 

「随分、中途半端ね。まあ喜んで貰えたならそれでいいわ」

 

「おい! ちょっと待て! この歴史ある伝説的な俺様を呪いの武器扱いしてんじゃねえよ!」

 

「ですってよ?」

 

魔王はやれやれといった素振りで首を振った。

 

「ルイズ様。意志を持った剣なんて、もうそれだけでアレですよ。

 どうせ魂を吸い取って、生き血をすする様なアレなんです」

 

「俺はそんな事出来るような物騒なアイテムじゃねえ!」

 

「しかも片刃ですよ。どうせ持ち主の身体を乗っ取って、

 絶対に負けない!だとか叫んじゃうヤツです」

 

「だからそんなんじゃねえって言ってんだろ!」

 

「……アンタ、考えが毒され過ぎてるんじゃない?」

 

だが魔王は、ルイズが意外に思うほど強い反応を見せた。

 

「アマい! アマいです、ルイズ様! この手のアイテムに対する危機意識が足りません!

 喋る刃物というものは、それが例えチンケなナイフですら持ち主の意識を奪い、

 人を操るデンジャーな存在なのです! ましてや剣なんて尚更です!」

 

「だからそんな事出来ねえって……いや待てよ?

 そういえば昔、持ち主の身体を操ったこともあったような……」

 

「うわぁ……」

 

「おいおい! 娘っ子もそんな目で俺を見るんじゃねえっ!!」

 

「危ないから仕舞っときましょうか?」

 

「おいおい、待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ!!」

 

「まあ冗談は置いといて」

 

「冗談かよ!」

 

「セッカク、ルイズ様が買ってきて下さったのです。ちょっと試し振りしてみましょうか。

 剣術のココロエはありませんが、私もオトコ。ツルギというものにはロマンを隠せません!

 ポーズだけでもカッコつけてみましょう」

 

「ちょっと、ホントに手にして大丈夫なんでしょうね?」

 

「なんでまだ疑ってんだよ! 冗談じゃなかったのかよ!」

 

「大丈夫、ダイジョーブです。魔王である私が持つ分には全然ヘーキでしょう」

 

「完全に本気じゃねーか!」

 

やはり剣の声を真面目に聞いてくれる者はいなかった。

魔王は鼻歌交じりに剣を背に担ぐと、シュパッと小気味良い音を立てて、

刀身を鞘から抜き放った。

 

その瞬間、ルイズの部屋を閃光が照らした。

 

 

「ゲフッ!」

 

魔王は紫色の血を吐いて、床に這いつくばった。

そんな彼の左手では、今なお刻まれたルーンがらんらんと光り輝いていた。

 

「きゃあっ!! 大丈夫!? 一体どうしたっていうのよ!

 まさか本当に力を吸い取る魔剣だったっていうの?!」

 

「チガーーーウ! 俺じゃねえ!!」

 

「でもあんたを抜いてから倒れたんじゃない!」

 

「知らねえよ! コイツが勝手に倒れたんだ!」

 

「信じられないわよ!」

 

そう言ったきり、一人と一振りはしばらく睨み合った。

しかしその沈黙は、ほどなくして剣の方から破られた。

 

「む? もしかしておめえ……」

 

剣はおそるおそる、確かめるように声を上げた。

 

「使い手……なのか?」

 

「使い手? 使い手って何よ!」

 

「そのルーンだよ! その刻まれた文字にこの感覚、やっぱり間違いねえ! おめえ使い手だな?

 ……だけど何だって這いつくばったりしてんだ?

 このルーンは本来、おめえに力を与えるもののハズだぜ?」

 

「ねえ、だから使い手って何なのよ!」

 

「おおすまねえ。久しぶりに使い手に出会えてつい興奮しちまった。

 使い手っていうのはだなあ。 ……ええと、その」

 

ルイズは聞き入るように次の言葉を待った。

 

「わりぃ、忘れちまった」

 

ルイズはズッコケた。

 

「ちょっと! 思わせぶりなこと言っておいてソレ?!」

 

「いや、ほんと詳しく覚えてねえんだよ。何せすげえ昔のことだったからな。

 ま、取りあえずおれを手放したらどうなんだ?」

 

「そ、そうよ魔王! 早くそんな剣手放しなさいよ!」

 

そんなって、とボヤく声が聞こえたが、やはりそんな剣の言葉を気にする者はいなかった。

少しして、カランという音が部屋に響いた。

魔王はゼエゼエと息を吐き、酷く疲れた様子であった。

 

「大丈夫!? 待ってて、こんな剣早く捨ててくるわ!」

 

「お、お待ちください……!」

 

ひでえ!と誰かが叫んだ声は当然のごとく無視されていた。

 

「ゼエ、ゼエ、……け、剣も確かに問題だったのかもしれませんが……

 ルーンが激しく機能していたように思います」

 

「え?……確かに、ルーンが光ってたわね」

 

「ジブンの中のチカラが消えていくような感覚。

 そして花粉症を激しく拗らせた時の様なケンタイ感。まさかとは思いますがルイズ様……」

 

「何よ」

 

「このルーン、かなりホーリーなものとかじゃあないですよね?」

 

「へ? 掘ーりー?」

 

「何フザけてるんですか!! HOLYですよ! 聖なるって意味です!」

 

「何よ! いっつも掘れ掘れ言ってるアンタが悪いんじゃない!」

 

「……それでルイズ様、実際のところどうなのでしょうか?」

 

文句を言われつつも、真剣な思いで疑問を投げかけられたルイズは、それに答えてやることにした。

 

「そんなの知らないわよ。普通の使い魔だっていうなら、ルーンが刻まれること自体、当り前よ。

 みんな使い魔を召喚するんだから、そこかしこに有り触れてるものだわ。

 まあ、あえて言うなら使い魔召喚自体が始祖ブリミルを起源とするから、神聖っちゃ神聖ね」

 

だがそんなルイズの言葉に強く反発するものがいた。

 

「はっ! そのルーンが有り触れたものだと? 馬鹿言っちゃいけねえ!

 そのルーンはこの世に二つと無い、伝説のシロモノなんだぜ?」

 

その言葉に、ルイズも魔王もかの剣へと視線を集中させた。

 

「使い手として絶大な力を授ける伝説のルーン! その名も! その名も!!

 …………何だ、その……忘れちまったよ」

 

途端にはぁーというため息がルイズから漏れた。

 

「何なのよこのボロ剣!」

 

息まくルイズを他所に、魔王は冷静に剣へ問いかけた。

 

「その、何というか、名前以外のところは覚えているのでしょうか?」

 

ややあってデルフリンガーは答えた。

 

「……すまねえ。俺、あまりに退屈な年月を過ごしたもんで全部忘れちまった。

 頭のココ、あともうちょっとのところまで出かかってはいるんだけどよお」

 

「……ボロ剣に期待した私がバカでした」

 

「そりゃないぜ相棒!」

 

魔王はもはや剣に目もくれず、ルイズに話し掛けた。

 

「ともかくこのルーン、事によってはモノスゴク信仰を集めちゃう感じの、

 聖なるものなんじゃないでしょうか。

 正直ココロアタリがあるのです。召喚された時に気疲れしたのはトモカク、

 あの日、コントラクト・サーヴァントとやらを受けてからミョーに疲れが取れんのです。

 何というか身体の重さを感じたり、ココロの方も気分のオチコミがなかなか晴れんのです」

 

「はぁ? 今まで気分が落ち込んでたですって?

 普段のアンタはどんだけハイテンションなのよ!」

 

「ルイズ様、話のシュシがズレております。ともかくこれで理由がハッキリしたようです。

 このルーンが問題であると」

 

「ちょっと、そのルーンが聖なるものだとかいうマユツバな話は置いとくとして、

 なんでそれがあんたの疲れに繋がるっていうのよ?」

 

そういうと魔王はあからさまにヤレヤレといった表情を見せた。

 

「フッ! ルイズ様もまだまだベンキョーが足りませんな。

 マモノに聖水がかかれば弱体化し、

 アンデッドや魔王にかけられた回復魔法はダメージを与える。これ常識です。

 まあ、そんなニュアンス的な感じのアレで……コレという訳です」

 

「あんたも説明できてないじゃないの! いや待ちなさい!

 ……つまりあんたは単に見た目がマガマガしいだけじゃなくて、

 存在自体がマガマガしいから聖なるものでダメージを受けるってこと?」

 

ルイズは自分の考えを確かめるように問いかけた。

 

「ハイ、その通りでございます」

 

それを聞いたルイズは、ふるふると肩を震わせ、絞り出すかのように声を上げた。

 

「……つ、つまり、私が施したコントラクト・サーヴァントのせいで、

 アンタは弱くなってるってこと?!」

 

「ヤっちまいましたね!」

 

「ジョーダンじゃないわよ!! ファーストキスを捧げた結果がソレぇ?!」

 

いや、私に言われましてもショージキ困りますと、魔王は不平を言ったが、

ルイズにとってはそれどころではなかった。

 

「しかもあんたのマガマガしさはホンモノってことね!

 退治された方がいいんじゃあないかしら!?」

 

「退治されない方がいい魔王なんて……イヤイヤイヤ、そう怖い顔をせず冷静になって下さい!

 確かに私のような者は、ルイズ様の当初のゴキボウには沿わないかもしれません。

 しかし私だってソレなりにルイズ様のお役に立つハズなのです。

 ホラ、聞こえてきませんか? 扉の外から私を必要とするような困りゴトの足音が!」

 

「そんなもの! ・・って本当に足音だわ」

 

今まで必死になって話していたから気付かなかったが、ルイズが耳を澄ますと、夜中の静けさに紛れて、乾いた靴の音が響いていた。この塔を誰かが出歩いているらしい。

 

「まあでも私の部屋に用事とは限らないわ」

 

どーせ、どこぞの女と逢引する男子でしょ? ふしだらねえと、ルイズは考えた。

だが彼女の考えとは裏腹に、足音は彼女の部屋の前で止み、扉が力強くノックされた。

……こんな時間に私に用?

疑問に思いつつ、彼女は返事を返した。

 

「今たて込み中よ!」

 

大きな声で言ったが、扉は再び力強くダンダンと叩かれた。

 

「一体なんなのよこんな時間に!」

 

ルイズが腹を立てながらも扉を開けると、目の前には美丈夫の生徒たちがたむろしていた。

一瞬たじろいだルイズだったが、すぐに思い当たることがあり、気を取り直して声を張り上げた。

 

「ちょっとあんた達! キュルケの部屋なら隣よ!」

 

「いいや、間違ってなんかいないさ」

 

「だが少しは惜しいかな。我が麗しのキュルケのためを思い私はここに来たのだ」

 

「「「「いいや、キュルケは僕のものだ!!」」」」

 

ルイズは何かモノスゴク面倒なことに巻き込まれそうであることを悟った。

 

「な、何事よ! あんたたちがキュルケとどうなろうが私には関係ないし、興味もないわよ!

 私を変なことに巻き込まないで! どっか行ってちょうだい!」

 

そのままルイズはしっしっと、手を振った。

だが彼らは退かなかった。

美丈夫の中から見覚えあるクラスメイトがズイと前へ出て、ルイズの前に立った。

 

「そういう訳にはいかないな」

 

「……ギムリ? 一体何の用よ、普段あんたと大して関わりなんか無いでしょ?」

 

その通り、彼にしたって別にルイズと親しいわけではない。ルイズの困惑は解けなかった。

 

「たとえ君が僕たちのことに関心が無かろうと、僕たちには君に思うところがあるのだよ」

 

彼は偉そうにそう告げた。

 

「君のせいで彼女は苦しんでいる」

 

「……はあ?」

 

ルイズは意味が分からなくて、思わずそんな言葉が口から出た

流石に説明が足りなかったかと、彼は説明を付け加えた。

 

「より詳しく言えば、君の使い魔が彼女の使い魔を誑かしたせいで、

 彼女は今尚苦しんでいるんだ!」

 

「……」

 

心当たりが大いにあった。ルイズは魔王に目を向けたが、彼は何のことですか?というような

素知らぬふりを通しており、彼女のいら立ちを募らせるだけであった。

 

「彼女に悲しみは似合わない。彼女に愛を捧げた騎士である僕たちが、

 そんな彼女の姿を見過ごす訳にはいかないのだよ」

 

「ええと、それをやったのは使い魔の方で私は……」

 

「使い魔の責任は主の責任でもあるだろう!」

 

ビシッと指をさして言われてしまった。

 

「ええと、その、キュルケとの悪口だとか、いろいろやりあうのは、

 普段のコミュニケーションみたいなもので、お互いさまっていうか、

 今それをことさら取り立てるようなものじゃあ……」

 

本来、それもまずいのだがね、と彼は言った。

 

「とは言え我々とて紳士だ。

 魔法もろくに使えない女性に強く当たるつもりはないさ」

 

それを聞いてルイズは一瞬ほっとした顔をしかけた。

だがその顔は、話を引き継いだ別の美丈夫によって引き攣らされることとなった。

 

「だが聞いたぞ? 君は軍事の名門、グラモン家の三男であるギーシュ・ド・グラモンを相手に

 随分元気に暴れまわったそうじゃあないか。君はもはや、今までのようにゼロと呼ばれるだけの

 か弱いレディではないという訳だ」

 

「ええと、その、それはつまり……」

 

いやだ、聞きたくない。ルイズは叶わぬと知りつつもそう思った。

 

「「「「ルイズ! 君たちに決闘を申し込む!

    ギーシュのように、生温く勝てるとは思わないで頂こう!」」」」

 

「ほらルイズ様! 一度にたくさんのメイジを血祭りにアゲて名を売るチャンスです!

 さあ張り切って掘って行きましょう!」

 

「トラブルを持ち込んでんじゃないわよ!」

 

頭を抱え込むルイズだったが、目の前の殺気立ったキュルケの恋人達は、

きっと一歩も引いてはくれないのだった。

 




おまけ「この中に一人」


「この中に一振り!
 インテリジェンスソードがおる。
 お前やろ!」

「違うぜ」

「お前やーー!!」

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