使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

1 / 37
STAGE 1 魔王 が 呼ばれた 日

 春の使い魔召喚の儀。

それはトリステイン魔法学院の生徒達にとって、自分が四大魔法のいずれの属性を操るメイジと

なるかを明らかにする重大な機会であり、また己の才能を周囲に示す場ともなっている。

だがこの儀式において何よりも大切なのは、生徒達が今後の苦楽を共にする掛け替えのない

パートナー、使い魔と出会うことだった。

 

 生徒の誰もが、まだ見ぬ使い魔に期待を膨らませ、この儀式に挑む。

そして今、トリステイン魔法学院の郊外には、この儀式を無事に終え、

使い魔を得たことに歓喜する生徒たちの声が響いていた。

 

 だがその歓声は、突如として鳴り響いた轟音に掻き消される。

大砲が撃たれたかのような音に、思わず皆が振り返った。

 

「な、なんで成功しないのよ!」

 

 一瞬、動きを止めた生徒達は、『またか』と思うと、何事も無かったかのように

再び己の使い魔に目をやり、しみじみと喜びに浸るのだった。

 

 トリステイン魔法学院の生徒、公爵家ヴァリエールが三女、

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

彼女の魔法の才能は、とにかく『致命的』だった。

 

「こ、こんどこそ成功させるわよ!」

 

「どうせまた失敗だろ」

「いい加減にしろよな、ゼロのルイズ!」

 

「ッ!……」

 

 ルイズの失敗は、単なる失敗ではなかった。彼女は魔法に失敗するとき、

必ず爆発を引き起こす。度重なる轟音。舞い上がる土埃。これらに飽き飽きした

生徒たちは、彼女への同情よりも苛立ちを覚えるのだった。

 

「早く終わらせろよ!」

 

「どうせ無理だろ、今まで成功した試しがないもんな!」

 

「こら、同じメイジとして共に学びあう仲間にそんなことを言ってはいけません!」

 

 エスカレートして来た野次には、教師のコルベールも諌めはするが、

それでもルイズの耳には焦れた生徒たちの罵る声が入り続けるのだった。

 

「(な、なによ! 私が使い魔を呼ぼうとしているときに! 集中できないじゃない!)」

 

 今日この日、自らに相応しい神聖で美しく強大な使い魔を呼ぶことで、これまでの

汚名を返上し、皆からの尊敬を集めるという彼女の完全無欠な理想に満ちた計画には、

早くも狂いが生じていた。

 

「しかしミス・ヴァリエール、本当に上手くやれそうなのですか?」

 

「は、はい先生! もちろんです。今度こそ、成功させて見せます!」

 

 ルイズはすぐに気持ちを切り替え、神聖で厳かなものに相対するような気持ちを

持ちつつ、神妙な面持ちで長いスペルを唱えた。

 

 

 

 そして次に起きたことは、また爆発だった。

 

「……またか。もう、うんざりだよ。なあヴェルダンデ?」

 

「もう、制服が土埃で汚れちゃうじゃない。耳も痛くなってきたわ!」

 

「ルイズ~、何回失敗するつもりよ。いい加減、あんたの失敗も見飽きてきたわ」

 

 クラスメイトの文句を聞いて、ルイズは呻いた。

 

「ううう…… ま、またダメなの? 何で? 何でなの?」

 

 もう何度目になることか。

度重なる失敗に、めげまいと強気で塗り固めていたルイズの心にも、

焦りと不安が襲って来るのだった。

 

 学院の教師コルベールは、ルイズの意思を尊重すべく、幾度となく続く失敗を

見守り続けてきた。しかし彼女の疲れや、周囲の生徒たちの焦れ具合を見てとった

コルベールは、いい加減、止めるべき頃合いだと感じていた。

 

「ミス・ヴァリエール、もうやめにしなさい」

 

「そ、そんな、先生! 次、次こそは成功させて見せます! だから!」

 

 そう簡単に引き下がる彼女ではない。

しかし、それはコルベールにとっても承知のことであった。

 

「もう儀式を始めてから、大分時間が経っている。今日は、召喚の儀式だけを

やって終わりという訳ではないのだよ。だが、君の努力は知っているつもりだ。

特別に明日にも機会を設けよう。そのとき落ち着いて召喚を遂げられるように、

今日はもう休み給え」

 

「せ、先生!」

 

 ルイズの顔に一瞬喜色が浮かぶ。だがルイズは止まらなかった。止められなかった。

今日この日にかける彼女の思いは、人一倍だった。

 

 彼女は、魔法を一度たりとも成功させたことがない。

どんな魔法でも必ず失敗し、爆発させる。

付いたあだ名は『ゼロのルイズ』。

成功確率ゼロパーセント、だから、『ゼロ』。

普通はメイジの誇りになるはずの二つ名だが、誰が呼び始めたか、

全く不名誉なゼロの呼び名を生徒たちは面白がった。

そのことは、誇り高く立派なメイジでありたいと願うルイズの心を深く傷付けた。

 

 彼女は、使い魔召喚の儀式こそが人生の岐路になることを十分に自覚していた。

成功しなければ、メイジとしての人生が終わる。

そして、貴族として誇り高く生きることさえも……

だが逆に、立派な使い魔を召喚することさえ出来れば、

今までの不遇、周囲の評価を一度にひっくり返すことが出来る。

『ゼロ』の汚名を拭い去り、ヴァリエールの名を継ぐ者として、

立派なメイジ、また貴族として生きていくことが出来る。

 

 今日、この日からもう二度とゼロとは呼ばせない。

ルイズは、そう決意してこの儀式に挑んでいた。

そう簡単に、『今日』を諦めることは出来なかった。

 

「先生! それでも、あと一度、あともう一度だけ、

 今この場でのチャンスをください! お願いです!」

 

「……もう間もなく、次の授業も控えている。本当にあと一度だけですよ」

 

「!! ありがとうございます!」

 

 ルイズはすぐさま今日一番の完璧な詠唱が出来るよう息を整え、

精神を集中させようと目を瞑った。

 

「…………」

 

 ルイズの心が静まっていく。

 

 

 彼女の耳に、草原を駆け抜ける風の音が聞こえた。

 

 

 

 これ以上は無い。彼女は、そんな集中力の高まりを感じた。

 

 

 ルイズは、静かに呪文を唱え始めた。

 

 

「わが名は「ゼロの!」ルイズ……!?!!」

 

 彼女が唱えるはずだった渾身の詠唱は、

 

「「ゼーロッ!ゼーロッ!」」

 

「ッッッ!」

 

焦れた一部の生徒達の罵声により、無残にも遮られた。

 

「あなた達、これは神聖な儀式なのですぞ!!」

 

否、遮られたかに見えた。

 

「五つの力を司るペンタゴン!」

 

「!!」

 

皆、目を見開いて驚いている。

誰もが彼女を侮っていた。

彼女は、そう簡単には挫けない。

諦めない。

 

「……面白いじゃない!」

 

 キュルケは、目を輝かせてルイズを見た。

 

「我が運命の導きに応えし……」

 

 誰かが茶化すこと等、障害にはならない。

 

「使い魔を召喚しなさい!!!」

 

 決して諦めることなく、自らの意志を貫き通す。

そんな彼女の心は、誰よりも強かった。

 

 彼女が杖を振りかざした先に、神々しい光が満ち溢れた。

それは、細長く丸い形を保って、中空に浮かんでいた。

使い魔召喚のゲートだ。

 

 皆、彼女の強さに心打たれた。

あれだけの罵倒を受けて尚、動じることなく魔法を完成させたことに、

普段は彼女を馬鹿にしている生徒たちも称賛の声をかけようとしたが、

ゲートに向け『さあ我が使い魔よ! 早く出て来て、私を馬鹿にしてきた奴らを

蹴散らすのよ!!』と、喜色満面に叫ぶ彼女の姿を見て、やっぱり止めようと

思い直すのだった。

 

「さあ、早く! その姿を見せてちょうだい!」

 

 彼女は杖を持つ手の力を強めた。

ゲートがより一層、輝きを増す。

 

 

先ず初めに光があった。

 

次に音が生まれ、

 

そして衝撃が駆け抜けていった。

 

 

……そんな、大爆発だった。

 

 

「痛い! 石が思いっきり飛んできた!痛い、痛い!」

 

「つ、つちが口に、土の味が、ゲホッ、ゲホッ、オエッー」

 

今日一番の爆発により、辺りには視界を遮るほどの土埃が舞っていた。

 

「前が見えないぞ! ああ愛しのヴェルダンデ、君は今どこにいるんだい?」

 

「なんだってこの私が土の臭いなんか嗅がなきゃいけないのよ!」

 

皆、それぞれ苦痛なり、不平不満なりの声を上げていた。

 

 ルイズは杖を固く握りしめ、立ち尽くしていた。

手ごたえは、あった。でも、本当に……?

ルイズは不安を噛み殺しつつ、土埃が晴れるのを待った。

 

「まさかまた失敗? スペルの後に、あんなこと話してたら無理もないけど……」

 

「……何かいる」

 

「え? ……まさか!」

 

青髪の少女が指で指し示した先には、確かに黒い影が佇んでいた。

 

「ミス・ヴァリエール! ついにやりましたね!」

 

「え、え、ウソ、ホント!?!!」

 

ルイズは、自らの召喚成功に胸を高ぶらせずにはいられなかった。

 

「嘘だろ、成功するなんて!」

 

「これは驚いた…… 天変地異の前触れじゃあ、あるまいね?」

 

「大変、ラグドリアン湖が干上がる予兆だわ!!」

 

「火竜山脈に雪が積もるんじゃないかしら」

 

「アルビオンが落っこちてくるな」

 

「いや、これは逆にハルケギニア大陸がアルビオンまで吹っ飛ぶ予兆と見た!」

 

 皆好き放題言っているが、今のルイズにはそんな会話など聞こえていなかった。

少しづつ形をはっきりとさせていく影を、彼女は食い入るように見つめていた。

 

「……なんだか、人影に見えないかしら?」

 

「まさか人が呼ばれるはずは…… いやでもルイズだし、まさか、ね」

 

 ルイズの魔法は、『なぜか』失敗の度に爆発していた。

誰も爆発の理由を説明できなかった。

キュルケにはそんな彼女の魔法の成功が、

皆の理屈や想像の枠内に収まるとは思えなかった。

 

 一陣の風が吹き、土埃を一掃した。

そして皆、息を飲んだ。

今や、使い魔の姿は誰の目にもはっきりと見えている。

『人影』というのは、間違ってはいなかった。

その者は、大きな杖を携え、深紫のローブを身にまとっていた。

……メイジの装いである。

だが何よりも皆の注目を集めたのは、その者の頭が見るからに『尖っている』ことだった。

何か被り物をしている訳でもなく、ただただ頭が3本の角のように尖っていた。

このような存在を、ここハルケギニアではこう呼んでいる。

 

 

「「「「亜人だああぁぁぁぁぁああああ!!!」」」」

 

「ワハハッ!!」

 

 見るからにマガマガしいその亜人は、病的なまでに青白い顔へ満面の笑みを浮かばせていた。

 

「あ、亜人で、しかもあの格好、まさかメイジなんじゃないか!?」

 

「ワハハッ!」

 

「キャ――!!!」

 

「あ、亜人がしゃべったぞおおおお!!!」

 

「皆!私の後ろに集まりなさ 「嫌だ!あんな危なそうな亜人なんかの近くにいられるか!

僕は自分の部屋に逃げるぞ!」ミスタ・グランドプレ!?!!」

 

 目の前で繰り広げられる大騒ぎに、ルイズは我に返った。

自分を馬鹿にしてきた奴らが吠え面かいている。いい気味だ。

でもちょっと、やりすぎたかしら?

マリコルヌは走って逃げてるし、……あ、今こけた。

あの子は、タバサだったかしら? なんかスゴイ警戒してるわね。

杖構えてるし…… まさか魔法打ってこないわよね?

あ! キュルケ!! 目をむいて驚いてるわ!

 

……

 

……私、本当に成功させたのね。

 

……

 

……

 

……やった

 

……やったわ!

 

やったのよ、私!!!

 

 ルイズの心は喜びで一杯になった。呼び出したものが危険そうだとか、そんなことは気にもならなかった。気にならなさ過ぎて、しばらく使い魔の呼びかけに気付かなかった。

 

破壊神さま……!」

 

さまっ!」

 

「へっ!?」

 

「おお、やっとお気付きになられましたか!」

 

 亜人に話しかけられるという未知の体験に動揺しつつも、ルイズは答えた。

 

「あ、あんたが私の使い魔ね! よく私の導きに応えたわ、褒めてあげる!」

 

「つ、ツカイマ? ……まあトモカク、早速ネギライのおコトバをかけて頂けるとは、

このワタクシ、感激でございます!」

 

自らの使い魔と初めて言葉を交わしたルイズは、次に彼の正体が気になってしょうがなくなった。

 

「(この亜人、一体何の種族なのかしら? )」

 

 亜人の話は、ルイズも聞いたことがある。

亜人と一言で言っても、翼人やオーク、ミノタウロス等、中には様々な種族がいる。

しかし目の前の亜人は、彼女が知るどんな亜人にも当てはまりそうになかった。

 

「(何の亜人だか見当も付かないわ! 私ったら、ほんとすごいものを召喚しちゃったんじゃないかしら♪)」

 

 ルイズは有頂天だった。

だがコルベールは、見るからに禍々しい雰囲気を身にまとう亜人に気が気ではなかった。

 

「ミス・ヴァリエール! 例え自ら呼び出した使い魔だとしても、

コントラクト・サーヴァントを終えるまでは気を抜いてはいけない!

それに君が呼んだものは、人に友好的かも分からぬ亜人なのだよ!?」

 

 必死なコルベールの思いは、浮かれ気分のルイズにはなかなか伝わらなかった。

 

「(酷い怖がられようね。そりゃ今まで散々馬鹿にしてきた奴が

こんな凄そうな使い魔を呼べば無理もないわよね。

でもこれでみんな、私の実力がわかったはずよ!

なんたって、『メイジの実力を見たければ、使い魔を見よ』だもの!)」

 

 召喚成功の喜びに、ルイズの想像は膨らむばかりだった。

 

「(この使い魔を見れば、例え私のことを何にも知らない人だって、

私の真の実力が分かるってものよ! それだけじゃないわ!

使い魔を見れば主である私の偉大なひととなりだって……アレ?)」

 

ルイズは、ふと気が付いた。

……気が付いてしまった。

 

「(ええと、何かの間違いじゃないかしら。きっとそうよ。

……いや、もう一度冷静に考え直してみましょう。

『メイジの実力を見たければ、使い魔を見よ』、よく言われることよね。

そして使い魔の持つ雰囲気や性格、躾の出来具合とかから、

その主たるメイジのことも判断されるというのは、やっぱりよく聞く話だわ)」

 

 使い魔を見れば、メイジが分かる。

そういう風潮が、ハルケギニアにはあった。

改めてルイズは、己の使い魔をマジマジと見た。

 

「ん? 何かご用でしょうか?」

 

 この亜人は、何というか『マガマガしい』という言葉がしっくりくる奴だ。

そんな使い魔を従えている私は、周りからどんな風に思われるのだろう?

ルイズは、目の前の亜人を引き連れて街中に入る自分を想像してみた。

 

 

 

 

 ……いつの間にか、ルイズは刑務所の中庭に膝を付いて拘束されていた。

街中に入るなり守衛に引っ立てられ、あれよあれよという間にここまで連れてこられたのだ。

何でも、自分は街の安全を脅かす危険人物と思われたらしい。

今から即決裁判が始まる……

 

裁判長を兼ねるブリミル教の神官が厳かに述べる。

 

「この者は、その使い魔の禍々しさを見れば明らかなように、

始祖ブリミルの神聖さを汚し、貶める、邪悪なる異教の輩である。

更にこの者はあろうことか、始祖の血を引きし尊き姫君、アンリエッタ殿下のおわす都、

ここトリスタニアに足を踏み入れ、市井に恐怖と不安を撒き散らし、

国に退廃をもたらさんとした。よってこの者に下されるべき判決はただ一つ、

死刑を以って他にないのは明らかである」

 

「「「「異議なし!」」」

 

「それではこれより判決に移る。処刑人は速やかに判決後の準備をするように……」

 

ルイズの目の前は真っ黒になった。

 

 

 

 

「は?!」

 

 ややあってから、ルイズは悪い夢から意識を取り戻した。

改めてルイズは考える。

異教徒、邪教崇拝者、背信者、ブリミルの敵……

目の前の亜人を見ていると、容易にそんなイメージが浮かんでくる。

この使い魔を従える限り、自らを敬虔なブリミルの信徒だと語っても

性質の悪いジョークにしか思われないであろうことに、ルイズは愕然とした。

 

「しかし、破壊神さまもホントーにセンスがおありです。数多いる召喚候補の中から

ワタクシのようなサイッコーにマガマガしい者をお呼びになるとは! イカしてます!」

 

 ルイズは今更ながら、なぜ神聖で美しく強力な使い魔を呼ぼうとしなかったのかと、

怒りに身を任せ召喚を行った我が身を呪った。

 

「あ、あんたが何者なのかまだ聞いていなかったわね! あんた、何者よ! 種族は!」

 

 ようやくルイズは、自らの仕出かした結果に焦りを覚え始めた。

だがそんなルイズの心を、この使い魔は更に追い込んでいくのだった。

 

「ハイ! それでは不肖この私、自己紹介させて頂きます。

 ズバリ、私は魔物の王、魔王でございます!!」

 

 普通なら一笑に付されるその発言を否定出来る者は、誰もいなかった。

それほどに、その者の姿は禍々しかった。

よく見れば、その者の携える杖の先には髑髏が象ってある。

そして何よりその者の肌は、日の下に生きる者とは明らかに異なる青白さをしていた。

その者の顔には禍々しさ極まりない、怪しく光る赤い瞳が黒い眼球に浮かんでいた。

 

「ま、ま お う?」

 

「ええ、そうです!“あの”魔王です!! この私、破壊神さまのお呼びたてに応え、

魔界からこの世界まではるばるやってきましたとも! まあ私自身は召喚ゲートに

チョビッと触れただけですけど」

 

「ハ、ハカイシン!? 破壊神に呼ばれてやって来たっていうの!?」

 

目を剥きながら問いかけるルイズに、魔王は更なる追い打ちを掛けるのだった。

 

「ええその通りです!他でもない破壊神さまにお応えして!

……私、今モノスゴク感動しております。

今までは私が世界征服するのに破壊神さまをお呼びしておりましたが、

今回は破壊神さまの方からお呼び頂けるとは! やる気満々ですな!

この私、破壊神さまのご期待の高さにお応えし、見事この世界を征服して、

大地をマガマガしく染め上げて見せましょう!

……まあ実際頑張るのは破壊神さまの方なんですけどね」

 

「ッッッ!」

 

 自分がやっとの思いで、初めて成功させた魔法が、このハルケギニアに目を付けた破壊神の手先、魔王を呼び寄せた。あまりの自体に、ルイズは目の前が真っ白になりそうだった。だがやけに口数の多いこの魔王は、ルイズの落ち込みをこの程度で済まさせはしなかった。

 

「ここは、見たところ魔法学校ですか?

なるほど、将来我々の脅威となる魔法使いのタマゴ達を今の内から潰すのですね。

例えるならレベル1の勇者を全力で屠るラスボスといったところでしょうか。

いや全く、今回の破壊神さまのガチさには感嘆しきりです。

でもあんまりハリキリ過ぎないでくださいね。CERO指定入っちゃうんで」

 

 ルイズは顔を青くしながら、魔王の不穏な言葉を聞いていた。

何と破壊神は、一番の標的にこの学院を選んだらしい。何たる不幸!

だがルイズは誇り高き貴族の娘である。ルイズは一筋の希望に活路を求め、

魔王に話しかけた。

 

「あ、あんた、私の導きに応えたってことは、当然私に従う気があるんでしょうね!」

 

 ルイズは貴族としての威厳を態度に出そうとしたものの、どうしてもその声は上ずってしまうのだった。

 

「ええモチロンですが……ああ!分かりました!

なんせ今回の破壊神様はやる気満々ですもんね。そういうことでしたか。

では早速、この地を支配して参りましょう!

さあさ、これをお手に世界征服を進めちゃってください!」

 

 自分に従うとの魔王の言葉に、ルイズは一瞬安心したが、続く不穏な言葉と

自らに差し出されたモノを前にして、彼女は固まるしかなかった。

 

「な、なんなのよそれは!」

 

「またまた御冗談を! 世界征服のための必須アイテムじゃあないですか!」

 

 ソレは、見るからにマガマガしい“杖”だった。

やけに太い柄の先には、鈍く光る先の尖った金属があしらわれている。

その杖は、もうそのフォルムだけで破壊を思わせるものだった。

この杖ならば、魔法衛士隊が使う杖剣のように、魔法に依らずとも人を殺めることが

出来るだろう。だかこの杖は、杖剣のように長く伸びた刃を持ってはおらず、

刃先が鋭く尖って一点に集中していた。線ではなく点に力が集中するとき、

その杖の振り下ろされた先では、剣とは比べ物にならない破壊がもたらされるだろう。

 

この恐るべき、破壊に特化した形状を例えるならば…… 

 

それは、鶴嘴だった。

 

鶴嘴

 

鶴橋

 

ツルハシ

 

ピッケル……というほどには小さくない。

 

ルイズは思案した。

 

「(コレは、ツルハシに似ている。いやいやツルハシっぽいってだけで、

ツルハシだと決まった訳じゃないわよ! 貴族たるこの私に差し出されたモノが、

そんな肉体労働的なアレな訳ないじゃない! きっとこの形状には魔法的にとか、

戦闘的にとかで、私の理解を超えた合理的な意味合いがあるに違いないわ!

……でも魔法衛士隊の杖剣と一緒で、パッと見、杖だと分からないわよね。

言うなれば杖鶴嘴…… いやいやもちろんツルハシじゃないわよ。

でもこのツルハシによく“似た”この形、戦いの道具って感じがしないわよね。

ツルハシみたいなのが戦いの道具になるなんて、平民達の反乱じゃあるまいし、まさか、ね。

……まさか、“ただの”ツルハシなんじゃ…… いやいやそんなハズはないわ!

メイジたるこの私に差し出された道具が、そんな物理的なもののはずがないじゃない!

きっと特殊な形状をした魔法力満ち溢れる杖なのよ! ツルハシっぽくてツルハシじゃない、

だけどちょっとだけツルハシっぽいツルハシなんだわ! あっ……)」

    

 どこからどう見てもツルハシだった。

貴族とは縁もゆかりもない、力仕事の道具である。

だが目の前の魔王は、例え平民でも女の子に持たせる事を憚りそうなそれを、

平然とこちらへ差し出して来たのだった。

 

 ルイズは狼狽えた。

 

「(何で! この亜人は、メイジたるこの私がハカイシンの僕として働くと思い込んで、

コレを差し出したんじゃあなかった訳?! こんなもの使っても、メイジらしい仕事が

出来るとは思えないわ!)」

 

 聡明なルイズは自らの先入観を捨て去り、改めて結論を導き出した。

 

「ま、まさかあんた、私にそのツルハシを振るって働けっていうの!!」

 

「エッ!? ええ、その通りですが……」

 

 ルイズは思い知った。コイツが自分を慕っているだなんてとんでもない!

この亜人は“ご主人様”に対するように丁寧な言葉でコチラに話しかけながら、

主であるはずの私を下僕としか見ておらず、こき使う気満々なのだ!

自ら呼び出した使い魔の奴隷として、重たいツルハシを振るう日々を想像し、ルイズは青ざめた。

 

「い、イヤよ! そんなの嘘よ! そんなの、そんなのって無いわ!」

 

 ルイズの足は、もはや震えを止めることが出来なかった。周りの生徒達の顔も、

蒼白になっていた。コルベールやごく一部の生徒だけが、決死の覚悟を固めた目で、

杖を片手に身構えていた。

 

 ルイズは、自らの魔法の成功がこの世界の破滅を導かんとしていることに絶望し 

 

「ホゲェエエエ! 掘るのが嫌ですって!? まさか私に掘らせるつもりじゃあないでしょうね!

破壊神さま、私、そんなに暇しているように見えるでしょうか? これでも私、魔王軍を

運営する上で色々やっているのです。資金繰りとか、事務処理とか、後は勇者の情報収集だとか。

それに勇者のコンディションを乱したりして、センリャク的勝利をも図っているのです。

例えば勇者がサイキョー装備でダンジョンに現れることがないよう、オリハルコーンで出来た

伝説の剣に毎日ミソ汁を垂らし続け、3年掛けて錆び付かせてから砕いたり、他にもイロイロ、

地味だろうが何だろうが、私だってやることやってるんです! 誰かとは違うんです、

キャッカンテキに見て! 」

 

 魔王らしからぬ情けない嘆きの声を聴いて、ルイズの頭は急速に冷えていった。

チマチマと情報収集や資金繰り等に精を出す魔王。

剣を破壊するのに、毎日地道な努力を続ける魔王。

大いに気になる話ではある。

しかしルイズの耳は今、最も聞き流してはいけないところをしっかりと捉えていた。

ルイズは大いに戸惑いつつも、尋ねた。

 

「ね、ねえ、あんた、今わたしのことなんて呼んだ?」

 

「破壊神さまです!」

 

魔王は自信満々に答えた。

 

ルイズは、自らの聞き間違いを確かめるかのように、ゆっくりと問いかけた。

 

「……はかいしん、さま?」

 

「そうです!破壊と創造を司るのは、我らの神、破壊神さまだけに出来る仕事なのです。

さあ破壊神さま、このツルハシを振るってダンジョンを掘り、魔物を産み出し、

そして迫りくる勇者どもを血祭りにあげるのです!

そしてこの世界をマガマガしく染め上げましょう! 私のために!」

 

 使い魔の言わんとすることの半分も、ルイズには理解できなかった。理解したくもなかった。

ただ、確かに分かったことが一つ。

 

「……どうされました? 破壊神さま?」

 

「ッッッ!」

 

 私は皆からゼロと呼ばれている。成功率0%だから『ゼロ』。

私の唱える魔法は、どんなものでも失敗し、爆発する。その結果、物を壊すことも多い。

 

……でも、私のことを『ゼロ』以外のあだ名で呼んだ奴は初めてだ。

 

「だ、誰が破壊神ですってえええええ!!!」

 

 ルイズが怒りとともに放った『ファイアボール』は、その日一番の大爆発となり、

大地を抉り空気を切り裂いて、魔王を遥か宙へと吹き飛ばした。

 

「…………グェエッ!」

 

 重力に従い、勢いよく地面に叩き付けられた亜人は、それっきりピクリとも動かなくなった。

肩で息をするルイズに、キュルケは恐る恐る話しかけた。

 

「あ、あなたのバクハツって、ある意味凄いとは思ってたけど、

本気でやるとここまで威力があったのね……」

 

「へ!?」

 

 見ると、彼女が『ファイアボール』を放った先の地面は、

綺麗に地面を刳り取ったかのようなクレーターが出来ていた。

ルイズの記憶でも、ここまでの威力を出したことはなかった。

怒りに身を任せて、遠慮なく魔法を解き放ったからだろうか?

 

「こんなものを見せられたら私、もうあなたのことをゼロだなんて呼べないわ」

 

皆がうんうんと頷く。

 

「え!? ええ!?」

 

まさかの展開に、ルイズは目を白黒させた。

 

教師が言う。

 

「ミス・ヴァリエール、あなたの召喚した使い魔が本当に“魔王”であったのかはともかく、

 あのような禍々しい亜人を調伏したあなたの手際は、

 わたくしの目から見ても見事なものでした」

 

「え、 え!?」

 

青髪の少女が告げる。

 

「動きに無駄がなかった」

 

赤髪の少女が再び言う。

 

「もっと胸を張りなさいよ! あなたは邪悪な亜人をやっつけたのよ!

 そんなあなたにはゼロなんかじゃない、もっと相応しい二つ名が必要よ!」

 

「え、 え、 え!?」

 

キュルケに熱く語りかけられても、ルイズには戸惑うことしかできなかった。

 

「自称とはいえ、あなたは“魔王”を打ち倒した。

 そんなあなたに付けられる二つ名は一つしかないわ」

 

まだこの急な展開に着いていけないながらも、ルイズは期待に胸を膨らませた。

 

魔王を打倒するもの。

それは、イーヴァルディの名で語られる、強く気高きゆうしy 

 

「破壊神よ!」

 

 

 

 

「……えっ」

 

「魔王を打ち倒せる存在なんて、より格の高い破壊神ぐらいなものよ。

 だから今日からあなたは破壊神ルイズよ! 

 ……いや、神ってのはちょっと大げさよね。

 破壊のルイズ、ぐらいで丁度いいんじゃないかしら? みんなどう思う?」

 

「賛成!」 

 

「おめでとう! 今日から君は、はかいのルイズだ!」 

 

「良かったわね、ルイズ。私はこっちで呼んでもいいわよ? 破壊神ルイズ!」

 

「破壊(笑)のルイズ万歳!」

 

コルベールも戸惑いながら告げる。

 

「……よく分からないが、新しい二つ名がついて良かったね? ミス・ヴァリエール。

 その、破壊、だって?」

 

「……よくなぁああああい!!! うるさい! うるさい! うるさぁああああい!」

 

 ルイズの召喚成功は、皆を見返すことに少しは寄与したのだった。これで進級の

危ぶまれていたルイズは、明るい学院生活への道を辛うじて繋ぐことに成功した。

しかし光差すところにまた影はある。ルイズを照らす光が強ければ強いほど、

その影もまた濃くなるのだ!

 

「な、なんという凄まじき破壊力! 彼女には絶対に破壊神様になって貰わねば! ……グフッ!」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。