マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
わたしは村の外に構えた陣営の、将校用の天幕に飛び込んだ。どうしてリカを追った先がここだったか? 先輩の勘です!
「ダ・ヴィンチちゃん! リカはいますか!?」
「あちゃー。ランスロット卿め、予想通り足止めにならなかったな。うん、いるとも。リカ君ならそこの垂れ幕の中」
「あ……ご、ごめんなさい、先輩……その、今、着替えてる途中で。服、着てなくて……」
何ですかその大変けしからん状況。
古代ローマで見たリカの、あの古傷だらけの肌が、余さず外気に晒されている。うなじも、背中も、乳房も、腹部も、太腿も、爪先も――
衣擦れの音が一つするたびに、リカが産まれたままの姿になっていってる。そう思うだけで、よろしくないドキドキが加速する。
「ここまであちこち回って服がボロボロになっていたし、髪型を変えたようだから、思い切って衣替えしようってね。ちなみに型紙から縫製までこの天才が手ずから仕上げたから、クオリティーについては保証しよう!」
ダ・ヴィンチちゃんは典型的な「褒めてくれていいのよ?」ポーズだ。シャランラ、なんて効果音まで聞こえた気がした。
この様子ならリカの古傷を隠す新しい服を、ちゃんとオーダーメードで仕立ててくれただろう。
やがて、「終わりました」とか細い一言を置いて、リカが垂れ幕の中から出てきた。
お色直しをしたリカを見て――――言葉を、失った。
パステルピンクで統一した布地に、勲章用のリボンを所々にあしらったコスチューム。薄く化粧を施した顔は綻んだ小さな花のよう。
外見要素ももちろんだけど、一番の変化は、佇まいだ。
溢れんばかりに神聖なのに、それでいてほんのりと憂いを帯びている。
喩えるなら、孵化したての天使。あるいは、外界に初めて出た精霊。
「なんか、あたしじゃないみたい」
ダ・ヴィンチちゃんが差し出した姿見を見たリカはほろ苦く笑んた。それさえも、ティンカーベルが零す金粉のよう。
「そんなこと、ない。今のリカ、すごく綺麗」
やっと声が出せた。
勝てる。
こんな少女が旗を振って勇めと一言言ってくれれば、わたしはどんな戦場にだって立てる。
「マシュのお墨付きなら問題ないね。よーし、リカ君。その格好で兵士たちの最後の激励に回ろうじゃないか」
「はい。ダ・ヴィンチちゃん」
あ、とわたしが零すより早く、リカはダ・ヴィンチちゃんのもとへ行って、二人仲良くテントを出て行った。
「フォウ……」
あ、フォウさんは残られたんですね。
手を差し出すと、フォウさんはわたしの腕を登って肩に落ち着いて、頬ずり。
ちょっとだけ気持ちがふんわりした。
フォウさんを肩に、わたしはあてどなく夜の散歩に出た。
「ふん~ふ~。ぎゃーてぇ~、ら~ら~、はーらーぎゃーてぇ~」
丘の上から聴こえてきた鼻歌(?)。三蔵さんらしい。わたしは傾斜を登ってみた。
やっぱり、三蔵さんでした。
「あら、マシュ。リカとは別々に散歩? あたしは日課の書き物よ。今日の出来事を巻物に記しているの。はい、隣どーぞ。ちょっと怖いけど、ここからの景色、綺麗よ」
では有難く。わたしは三蔵さんの横に腰を下ろした。
「……………………………………」
えーと、三蔵さん? 百面相しながら無言というのは、さすがにどう対応していいか困るといいますか。
「ああもう何か話しなさーい! 沈黙に耐えられないわ!」
「す、すいません! では明日の抱負などいかがでしょう!?」
「抱負? つまりガッツね! それなら任せて。もうヤル気充実だから! ――前に話した時はまだ、獅子王のこともオジマンディアス王のことも、よく知らなかった。どっちに味方するのか、どっちが正しいのか、あたしには決められなかった。だからキミたちの味方をすることにした。キミたちは一番分かりやすかったから」
「それでは……今は?」
「味方よ。もちろん。それと、あたしはあたしの信条にかけて獅子王と戦う。聖槍を壊す。――人間はみんな仏様への“道”を持っているの。泥の中でも咲く花のように。誰に讃えられなくとも、美しい心を育てる人のように。それを摘み取る生き方を、あたしは認めない。だって、ドジばかりしてるから要らないなんて言われたら、あたし、仏様になれないもの。とっておきの仏罰で、獅子王の目を覚まさせるわ!」
――三蔵さんの言葉の数々を、リカにも聞かせてあげたかった。
仏式恐怖症になるくらいの無体をリカに働いたカルト教団とやらは断じて許さないけれど、やっぱり、みんなが怖いひとじゃない。
それに三蔵さんは仲間だし、好ましい人物だとも感じる。二人が仲良くなれたら、よかったのにな――
[Interlude]
その少女が現れた時、ベディヴィエールは本気で、アヴァロンから妖精ヴィヴィアンが自分を迎えに現れたと思った。
「ベディヴィエールさん? どうかしました?」
少女の声を聴いたことでその認識は正された。
「リカさんでしたか。申し訳ない。あまりに美しくなられたもので、すぐに貴女だと気づけませんでした」
「今のあたしは、そんなに普段と違うのですか?」
「はい。いえ、リカさんは普段も可憐なレディですが、今の装いは可憐さの方向性が違うように見えます」
「そうなんですか」
リカは己の変貌を他人事のように言って、ベディヴィエールまでギリギリ届かない位置に腰を下ろして膝を抱えた。
その意図はベディヴィエールにも伝わった。――そばにいては、手を伸ばして、触れて、傷を転嫁したくなる。治さないで、という約束を破ってしまう。だからリカは近づかない。
「さっき泣いていたのは、義手が痛いからですか?」
「……いえ。痛みではなく、私は、恐怖に涙していたのです。こうして誰にも見つからないよう、一人隠れて」
「先輩にも見られたくありませんか?」
「マシュには、特に。彼女は内なるギャラハッドの代行者ではなく、マシュ・キリエライトとして戦おうと奮闘しています。そんな彼女の妨げになるわけにはいきません。正直に言うと、ここに来たのがリカさんで安堵したくらいです。………ここまで喧騒が届きました。明日出陣する人々を激励して回っているのですね。もしや私にも、そのために?」
「いえ、特には。そもそもあたし、ベディヴィエールさんがここにいることを知りませんでしたから。でも、結果的に激励するつもりになったので、そのために来たと言って誤りではないと思います。――ベディヴィエールさんが怖いと言ったことは、獅子王と対面することですね?」
「はい……私はここに至って、獅子王に会うことが恐ろしくなってしまった」
「……そう、ですね。あたしも正直、獅子王と対面するのは怖いです。あたしはちゃんとマスターの役目を果たせるのか。ちゃんと、マシュ先輩のお役に立てるのか。あたし一人がドジって、何もかも台無しにしてしまわないか……」
それは、ベディヴィエールが思ったものとはジャンルが異なる、等身大の不安だった。
「でもあたしは、あたしの気持ち以上に、あの奇蹟を大切にしたいのです」
「奇蹟――?」
リカが語ったのは、ファーストオーダーという、グランドオーダー最初の特異点に赴く直前の出来事だった。
「大きな爆発でした。瓦礫に潰されて、下半身の感覚が失くなりました。あと2分は保つけれど、その120秒間の激痛が早く終わってほしくて、お願い早くあたしの体、って泣きべそ掻いてました。痛いのって、慣れるけど、苦手で。でもマシュ先輩が、あの炎の中で、あたしを助けようとしてくれました。あたしのワガママを聞いてくれて、初めて呼び捨てにしてくれました。あたしの顔をまっすぐ見て、くり返し『リカ』って――
だから、とリカは胸に両手を当てた。その胸にある宝物を大切に抱くように。
「あたしの命は先輩がくれたものなんです。あたしはいつか、先輩に貰った命を返したい。そのために、痛くても悲しくても戦うのです。あたしは、あたしに初めて優しくしてくれた素晴らしい人のために、こうして生きているのですから」
上げたかんばせには笑み。リカと知り合ってからの数日で見た中で、いちばん暖かな笑顔だった。
「――心からの謝罪を。私はたいへんな侮辱をしてしまった」
「そんなお話だった……でしょうか?」
「私の中ではそんな話でした」
「気にしません。そもそもさっきまで知りませんでしたし。これでおしまいにしましょ。ね?」
「ありがとうございます。優しいですね、リカさんは」
リカはベディヴィエールの言葉に目を丸くして、それから、困ったように苦笑した。
すんごい長く放置してすみません。どうも皆さん、あんだるしあです(ΦωΦ)
アニメ版バビロニアを観る内に「いかん書かねば」と衝動的に思い立ちましてこうして投稿に漕ぎつけることができました。アニメの威力ってスゴイ。
ベディと三蔵、それぞれに会いにいくキャストを交換してみたのが今回です。立場逆転タグが久しぶりに仕事しました。
ファーストオーダーの日。火に巻かれたリカは、原作でそのポジションだったマシュとはちょっと違う考え方をしていたのでした。
「あたしの命は先輩がくれた」
命の恩人とか、おかげで生きてるから先輩のものとか、そういうのとはちょっと違うニュアンスなんですよね。リカの言い方は。