マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
この戦いでわたしたちを苦しめたのは、魔神柱が振り撒く金粉だった。金粉の多い地帯にうっかり踏み込むと、機雷のように爆発を起こす。
もう何度盾ごとボディアタックを仕掛けたか分からなくなってきた。
疲労困憊なのはわたしだけではない。ダ・ヴィンチちゃんも、藤太さんも三蔵さんも。この戦いはキリがない。
『メェエリィイアメン……! ウセルアマトラー……!』
魔神柱は健在だ。せっかくダメージを与えても瞬く間に修復されてしまう。この大複合神殿が魔神柱に魔力供給を延々と行っているから。
――でも、だから、何よ。
――わたしの後ろにはリカがいる。後輩にかっこわるい先輩の背中なんて見せられない。
未だに慣れないけれど、盾が駄目なら剣で行く。わたしは左腰に帯びた剣を抜いた。
わたしは金粉の機雷の爆発を掻い潜って魔神柱へと駆け、眼球に当たる突起物に斬りかかった。
魔神柱戦で最も厄介なのは邪眼による攻撃。せめて一つでも潰せれば。魔神柱に近づくほどに漂う金粉は濃くなって、爆発に巻かれるリスクも上がるけど……!
「
どこからか吹き上げた風によって、機雷金粉が一斉に魔神柱へと吹き戻って、魔神柱そのものを巻き込んで爆発した。堅強な巨体に亀裂がいくつも生じた。
あの亀裂に剣を合わせて叩き込めば、あるいは!
「おりゃあああああ!!」
剣を全力で振り下ろした。――やった! 邪眼一つ、破砕成功だ!
……けれど一つ、たかが一つだ。
金粉の爆発を掻い潜ったせいで、剣を納めるための鞘とそれを繋ぐベルトが切れてしまった。わたしは一度剣を盾の収納スペースに押し込んだ。
藤太さんが、魔神柱の破損個所を狙って矢を射ては、少しずつ魔神柱の表皮に傷を増やしていくけれど、やはり複合大神殿の魔力供給で魔神柱は徐々に回復してしまう。どうすればいいのか――
「――ごめんなさい。謝ります、オジマンディアス王。さっきの、あたしが悪かったです」
三蔵、さん? 何ゆえそこで反省するのでしょうか。
「だからこそ、本気で行きます。天竺では如来様に『もうやんなよ、やりすぎだから』と怒られて封印した
三蔵さんは錫杖を床に突いて鳴らしながら読経を始めた。
――これあれば、かれあり。これ生じれば、かれ生ず。
――これなければ、かれなし。これ滅すれば、かれ滅す。
――試し打つは五行山、鍛えに鍛えた我が法輪、一念回向に縁起善し。
「いざ揮わん、如来の掌! まずはあたしが、まるっと世界を救ってあげる! 五行山・釈迦如来掌!!」
その瞬間だけ、三蔵さんの手はまぎれもなく、釈迦の掌だった。
掌底と蹴りの連打が魔神柱に炸裂し、トドメとばかりに覚者掌底が魔神柱を床から剥がす威力で吹っ飛ばした。
魔神柱は根元から折れて玉座の間の壁にめり込んだ。
「魔神柱撃破! ですが、これって――」
「しまった、やりすぎちゃった!? あわわ、オジマンディアス王――!」
「呼んだか?」
……何ですと?
「あまりいいものではないな。魔神柱化というものは」
「フォーウ!」
「あっさり戻れるもの、なんですね」
「当然である。だがよくぞ戦った。その力、神を気取る獅子王を相手にするに相応しい!」
無事復活したオジマンディアス王は、それはもう堂々と玉座に座り直された。
「さて。何の話をしていたのだったか」
「共同戦線の話です、ファラオ」
「……分かっておる。戦いのあとでは気まずかろうと、余なりの配慮だ。流さぬか。汝らは力を示した。であれば、余も無下には扱えぬ」
オジマンディアス王は無造作に何かを投げた。慌ててキャッチしたそれは、聖杯だった。
「褒美だ。
「切り札である聖杯を手放した。それは、我々の聖都攻略に協力する、という意味でいいのかな?」
「皆まで言わせるな、美しい女よ。すでに外の守護獣どもは引き上げさせた。お前たちには余の神獣兵団を貸し出そう」
「ありがとう、オジマンディアス王! 本人が来てくれないのは残念だけど!」
「フン。そこは戦場での見せ場を奪われなくて助かった、と喜んでおけ」
「ありがとうございます。これなら初代ハサンさんにもいい報告ができそうです」
すると突然、オジマンディアス王が忌々しげに顔を歪めた。
「初代ハサンと言ったか? それは死神のごとき姿の剣士のことか? 貴様ら、奴の助言で我が砂漠を訪れたと?」
「そうよ。ガイコツの偉い人が砂漠に行けって。そうすればガウェイン卿の相手をしてくれるって」
「――それは無駄なことをしたな。マシュ、リカ」
え? いまオジマンディアス王、わたしたちを名前で呼んだ?
オジマンディアス王はニタリと笑って語った。
――オジマンディアス王が砂漠を広げて山の民と敵対した直後の話。玉座にいた彼を、初代ハサンさんは背後から襲って彼の首を刎ねた……
ああ、そうだ! 初めてこの複合神殿にお邪魔した時の、オジマンディアス王の頭が二度ほど首からずり落ちかけたあの一件。それはそういう理由でだったんだわ。
「余の神殿での戦いでなければ、この首、とうに落ちていたわ。それから傷が癒えるまでは余自らが動くことはできなかった。まったく……奴が協力していると知っていれば、初めから手を貸していた。先に話しておれば、貴様らは余と戦わずとも済んだというわけだ」
「そうね。でも、戦ってよかったでしょ?」
「それこそ皆まで言わせるな。
フォウさんを抱っこしていたリカが、頭に果物でも降ってきたようにぽかんと、オジマンディアス王を見上げた。
無事にオジマンディアス王の兵力を借りることができたことで、わたしたちは山の民の東の村――呪腕のハサンさんたちの村への帰路に就いた。
夜の砂漠を越えて、早朝の荒野を越えて、昼の大地を越えて、最短距離で東の村へ到着! 途中でドクター・ロマンとの通信も回復した。
《ギリギリ決戦前に間に合ったね》
東の村に着いたわたしたちを一番に迎えてくださったのは、先行していたベディヴィエール卿だ。
わたしたちの姿を認めて穏やかに細まった、常盤色の瞳。
「お帰り、お待ちしておりました。お疲れ様です。マシュ、リカさん。オジマンディアス王への協力要請、万事上手くいったと聞いています。こちらからも良い報告がありますよ」
山の民のほうでも何か動きがあったのだろうか?
その疑問については、東の村に増した活気の理由を含めて、静謐さんが答えてくださった。
「この村には様々な村の代表が集まっていますので。聖都攻略に備えて連携を取っているところです。我々が集めた7000。それに、水面下で立ち上がった聖地の民が2000。連日の忙しさです。まさかこんなに人が集まるなんて、思っていなかったので」
「『私を嘆きの壁で助けてくれた人がいる』『俺たちを聖都で逃がしてくれた人がいる』、果ては『砂漠の入口で人間だと言ってくれた』だとさ」
わたしは絶句した。最後のそれは、わたしがリカに転嫁魔術を使わせないと必死になっていた時期に、打算から助けた人たちのことに違いない。心からの厚意、本心の善意ではなかった。
「その連中がいるから仲間になってもいい、なんて話じゃない。ただ、それで気が変わったのだとか。助ける義理のない異邦人に助けられた者たちは、いつまでも疑問だったのだろう。『なぜあの異邦人は我々を見捨てなかったのか?』とな」
「――、そうか。それは、私にはない発想だ」
モナ・リザの微笑みは普段以上に眩いそれだ。ダ・ヴィンチちゃんはわたしがあの場で起こした行動の動機を知っているはずなのに。
「では拙者は台所で一仕事してくるか! 今夜は特によく龍神様に頼むとしよう」
するとそこで、リカがわたしを見やった。聞けば、藤太さんと一緒に食事の支度をしていいか、とのこと。リカの手料理が食べられなら願ってもない。わたしは二つ返事でOKした。
リカはほっとした顔をして、肩にフォウさんを乗せたまま、藤太さんを追いかけて行った。
――その夜に出来上がった食事はデザート付きだった。
三蔵さんのおにぎりと炒飯だけじゃなくて、藤太さんが持ってきた大鍋にはいっぱいの白いプティング――リカ手作りのライスプティングが盛ってあった。
わたしはさっそく実食した。米本来の甘さと、白くまろやかなプティングの下に隠れていた野苺ソースの酸っぱさがちょうどよいバランスで舌に広がった。
――どうしよう、すごく美味しい。独り占めしちゃいたいくらいに。
ルシュド君はじめとする子供たちが喜んで集まらなければ、本当に鍋ごと持って逃げたかもしれない。
お米でもデザートが作れちゃうなんて、リカはスイーツ作りが本当に得意なんだなあ。
「ところで藤太さん。リカ本人はどちらに?」
「ん? ああ、ぷりんが出来上がってから、ランスロット殿に用があると言って出て行ってな。邪魔をするのも野暮であったのでな、快く送り出した。そういうことだから、マシュはこの甘味を味わいながらリカの帰りを待つことを勧めるぞ。あとでリカがきっとおぬしにとってもっと喜ばしい物を持って戻るだろうからな」
釈然としない。でもリカの手で作られたライスプティングは美味しいから、先輩は大人しく帰りを待っていてあげましょう。
ライスプティングはお米だけでは作れません。足りない材料はサークル経由でカルデアから送ってもらったとか……とにかく、考えるな感じろ! の方向で一つお願いしますm(_ _"m)
久々にリカの「スイーツ作りが得意」設定を出せて作者満足です。