マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
わたしは先手を打ってランスロット卿に力いっぱい盾をぶつけた。
ランスロット卿はたたらを踏んだけれどすぐさま立て直して宝剣を構えた。
「この肉体より骨格に響く重撃……! ギャラハッドでしかありえない! こんなことが……!?」
「ありうるんだよ、こんなことも!! ――確かにわたしは“彼”本人ではなく、力でも強さでも“彼”には及びません。ですが! 今この時だけは、
ランスロット卿が振り下ろした宝剣を、わたしは盾で受け止めた。そして、接触の瞬間狙いの魔力防御を発動した。防ぐ力を応用して宝剣を弾き飛ばした。
過去のオーダーで戦ってきた剣士ならこの防御で隙を生じるが、そこはさすがサー・ランスロット、宝剣を両腕のバネだけで立て直して再び斬撃をくり出してきた。それも、通常の一撃の時間だけで同時に三撃も。
ランスロット卿は、盾がある限り正面激突は不利と思ってか、わたしの左側面に回り込んだ。
わたしはすぐさま盾を左手に持ち替えて宝剣の斬撃を受けた。そして、競り合いに持ち込まれる前に両手で盾をちゃんと握った。
ランスロット卿はあらゆる角度からヒットアンドアウェイをくり返す。
わたしはその全ての剣戟を的確に盾で防ぐ――防げている。
そういうことなら、次で決める――!
猛進してくるランスロット卿に向けて、わたしはあえて大きく一歩踏み出した。
――“いいスペルを考えてあげる”――
――“カルデアはアナタにも意味のある名前でしょう?――
はい、オルガマリー所長。その通りです。わたしはこの人たちとは違う。わたしが歴史に、この星に遺したいのは、「人類の価値」ではなく「人類そのもの」なのです。
「
わたしのありったけの魔力で展開した守護障壁を、アロンダイトの刀身は破れなかった。ランスロット卿の剣では押し通れなかった。
守護障壁に真っ向からぶつかったランスロット卿は大幅な後退を余儀なくされ、そして、砂の大地に膝を屈した。
「目が覚めた!? これでも分からないなら次は白亜の城をぶつけるからな!」
「そこまで!?」
そこまでしますとも、ベディヴィエール卿。いいや、むしろそこまでやらせろ、とわたしに融けたギャラハッドの断片は意気軒昂。
ランスロット卿はというと、ついに宝剣を霊体化させた。自ら武器を手放したのだ。
「…………君の言う通りだ、マシュ。円卓の騎士と戦い、敗れたのだ。もはや私は王の騎士を名乗れまい。私の愚かさが晴れたわけではないが、君たちと戦う理由は、私にはなくなった」
「ようやく素直になったのね。ランスロットってば、どう見ても嫌々戦ってるんだもの。ずばり、本当はそう言いたくてしょうがなくて、マシュとの決闘をダシにしたと見たわ!」
「私は全力で剣を揮ったのだが――」
「ダウト。槍ならともかく、剣で本気出されたんなら“僕”じゃ勝てなかった。“僕”は家庭の事情でちゃんとした剣術を修めなかったから。そうだよね、お父さん!?」
「いや、私はいつでも教える気で……すまない、その口調と呼び方は心臓に悪い。心の準備ができていないとショック死しかねない」
いっそショック死してしまえ――とまでギャラハッドは言いたがっているけれど、言わないであげよう。今のランスロット卿はそこまで哀れを催す体たらくだから。
「ふむ。敵意も殺意も綺麗さっぱり消え失せた。ランスロット殿はもはや敵にあらず、だな。それで、どうする? マシュ、リカ。捕らえて聖都に入る、あるいは山の民に預ける、という手もあるが?」
リカをふり返った。リカは、微笑んで頷いた。
「先輩のいいように」
ギャラハッドとランスロット卿が親子であることは、この子も知っている。
親子の問題。だから彼の息子の魂を預かったわたしの好きにしていい、と。
わたしは盾を砂に立てて一度離し、左の鞘から剣を抜いてランスロット卿に突きつけた。
「敗北した以上、あなたの命は当方で処断します。サー・ランスロット。これよりは捕虜として我々に従って戦っていただきます」
「いいのか? 私の生前の異名を知らないはずがない」
「ええ。完璧な騎士道の体現者でありながら、愛のために王と同胞に反旗を翻した『裏切りの騎士』。ですが、それが何か問題ですか? こちらは猫の手も借りたいぐらい切羽詰まってるんです。あんまりグダグダ言ってると本当にお城をぶつけますよ」
「駄目押し!?」
「……分かった。だがその前に、君たちをある場所に案内させてほしい。私が消えればその場所を知る者はいなくなる。それは何としても避けたい」
真剣なまなざしだった。
いくらギャラハッドと融合したとはいえ、わたしみたいな小娘には出せない気迫と貫禄に――負けた。
移動に半日費やしたので、「目的地」に到着する頃には空が暮れなずんでいた。
しかし、そんなことは些末事だ。
わたしたちはそこに広がる光景に立ち尽くすしかなかった。
山間に隠れて敷かれた野営地――いいえ、ここまで生活体制が整っているならこれはもう「集落」だ。山の民、砂漠の民、聖地の人々が分け隔てなく、今日を生きるために皆でこの集落を回している。
「ランスロット――貴方、難民をここに匿っていたのですか!?」
「聖抜に選ばれなかった人々をどうするかは私の自由だ。王は処罰しろ、とは命じなかった。それに王命に背いて放浪する騎士たちも少なくなかった。彼らには難民の警備をしてもらっていた。要は私の私設軍隊だ」
言い切った。私設と。しかも軍隊と。詭弁フルコース、立派に反逆罪だ。
「素敵じゃないの! ほらマシュ! ヘビィーな感想、言ってあげて!」
「穀潰し! 顔に似合わずやればできるじゃないの、お父さん!」
「だから、その口調と呼び方はやめなさいと――」
集落の人々さえ遠巻きに見ていたわたしたちに、ただ一人だけ近づいてきた物好きな美女がい、た――
「やっと到着かい? いやはやずいぶんと待たされた!」
あたまが、まっしろに、なった。
「ダ・ヴィンチちゃん――?」
「ハァイ、ナイスリアクション! 万能の人とはこの私、レオナルド・ダ・ヴィンチ、何日かぶりに登場さ♪ おや、再会のハグはなし? むー、期待してたんだけどなー?」
「ご、ごめんなさいでした、すぐにっ」
「フォウ!」
リカがあたふたしてからダ・ヴィンチちゃんの胸にぽふんと飛び込んだ。フォウさんもだ。
「まるで私がねだったみたいで体裁が悪いけど嬉しいから良しとしよう! でもリカ君は転嫁魔術を発動しないよーに。これでもきちんと回復に専念して、晴れて床上げしたから」
「す、すいません! そんなつもりじゃ……」
「うん、分かってる。冗談7、牽制3ってとこ。――顔つきが変わったね。見れば分かるよ。私がいない間によほどのカルチャーショックがあったのかい?」
「――はい。ショック、でした。今日まであったこと、ぜんぶ」
ようやく我に返ったわたしは、急いでカルデアに通信をオープンした。
ダ・ヴィンチちゃんが生きていた、無事だった! 早くドクター・ロマンに知らせないと!
「ドクター! ドクター・ロマン! 応答願います! 大至急!」
《わっ、びっくりした。マシュ? ああ、砂漠地帯から戻ってきたんだね。無事で何よりだ。ダ・ヴィンチちゃんの姿も見えるし。世は全て事もなし――ってなぁにいいいいいい!? ダ・ヴィンチちゃんだとぉおおおおお!?》
「やあロマニ、見苦しいリアクションありがとう! 帰ったら新技のアストロノーツホームランを試させてくれたまえ!」
《……………まあ、それぐらいは許容範囲。別にレオナルドがいなくなったって、ボクがものすごく困るだけだしね。別にね》
「男の強がりは可愛くないぞ?」
《強がってないですー。人手が戻ってきて嬉しいだけですー》
ダ・ヴィンチちゃんとドクターの日常的なやりとりを聞いていると、なんだか込み上げるものがあって、わたしもリカとフォウさんに続いてハグの輪に、えいや、と参加した。
《でも真面目な話、どうやって生き延びたんだい? どう考えても助かるとは思えなかったけど》
「そこは私も予想外の展開だった。まさか、敵の先頭を走っていた騎士が突進してきて、あろうことか私を庇ったなんて話、信じられるかい?」
ランスロット卿がダ・ヴィンチちゃんを助けてくれた?
「いや、遠目に見ても美女だったので、つい」
「それはランスロットらしい。美女であれば見境なしですものね、貴方は」
知ってる。わたしの中のギャラハッドが頭を抱えている。これが円卓の騎士の日常会話だったんだと。うん、実にスレスレですね。生温かくスルーさせていただきます。
おっと、わたしまで吊られて頭を抱えている場合じゃない。
「ドクター。聖槍の正体が判明しました。今からレポートを送信します」
《了解、すぐに目を通す。その辺が判明したのはやっぱりアトラス院で?》
「はい。調査に当たってホー……ムラン級の当たり情報を引きました」
ドクターに後ろめたいのが正直なところだけど、カルデアのあれこれを調べたことはホームズさんに頼まれた通り黙っておく。ドクターが「知っていて黙っている」ことが善意からか悪意からか判明するまでは――
「ほう、聖槍の正体! それは面白そうだ。私にも教えてくれるね?」
もちろんですとも。
ダ・ヴィンチちゃんにアトラス院で知ったことを伝えるのはわたしが。カルデアに聖槍についてのレポートをしたためるのはリカが。二人で分担してカルデアのツートップに真相を報告した。