マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

92 / 97
キャメロット17

 わたしたちは、ついにアトラス院の最下層、トライヘルメスの前に辿り着いた。

 そこは、どこかカルデアの中央管制室に似た雰囲気というか、構造というか。カルデアのトリスメギストスが元はここに端を発したからだろうか。

 

 ホームズさんは迷いのない足取りで、聳え立つ蒼の三本柱へ向かって行く。

 

「本来であればスタッフに声をかけるところだが、ここは無人の廃墟だ。申し訳ないが無断で使用させてもらおう」

「……どうして、誰もいない、ですか? あたしたちが勝手に入ったから怖がらせちゃった……?」

「ここは2016年、つまりキミたちの時代のアトラス院だからだよ」

 

 思い出した。エルサレムとは違う時代のエジプトの中に、さらに時代の違う異物があるとダ・ヴィンチちゃんが言っていた。初代ハサンさんも「砂漠の中に異界あり」と言っていた。リカの言葉を借りるなら、太極における陽中の陰に当たる場。それがここのアトラス院なんだ。

 

「だが問題はない。トライヘルメスは正常に稼働している。アトラスの錬金術師でない私たちには手に負えないが、単純なデータだけを知ることはできる。数学問題の解答だけを見るようなものだ」

 

 ホームズさんは三本柱のコンソールを、ノートパソコンでも打つように指で叩いた。

 

「トライヘルメス、冥界を飛ぶ鳥よ! 私の質問に答えてもらおう! 2()0()0()4()()()()()()()()()()()()()、その顛末を!」

 

 ピピッ、と電子音があり、三本の塔に幾筋もの光が走り始めた。

 

「キミたちもすでに知っているかもしれないが。カルデア所長、オルガマリー・アニムスフィア嬢の亡き父、マリスビリー・アニムスフィア前所長は、2004年の聖杯戦争の参加者の一人だった」

 

 ピピッ。二度目の電子音がして、蒼の塔に光文字の羅列が浮かんだ。今まで読んだどんな言語でもない文字だ。

 

「私の推理通りだったな。……マリスビリーは2004年の聖杯戦争の優勝者。彼は万能の願望器である聖杯を手に入れた、とヘルメスは記録している。そして記録によると、来日したマリスビリーは助手を連れていた。これがDr.ロマンを信用できないと言った理由だ。助手の名は、ロマニ・アーキマン。聖杯戦争の翌年、特例としてカルデアのスタッフとして招かれ、22歳で医療機関のトップに抜擢された。異例の人事と言える」

 

 リカがとても不思議そうに首を傾げた。

 

「それは……異例、なんですか? 日本だったら、年功序列の風潮が消えてないから分かりますけど……欧米だとスキップとか当たり前……なんですよね? ドクターだったら、いきなりトップでも問題ないような気が、します、あたし」

「ミス・藤丸。キミはカルデアに配属されてすぐ48人のマスター適性者の中でナンバー2の成績を叩き出したそうだね。そんなキミからすれば周りの人間もそう映って然りだが、ここで問題視すべきはそこではない。彼は、何かを隠している。それもとびきり真相に近い何かを、だ」

 

 そこで、いい加減黙っているのも疲れたからか、三蔵さんが困ったように話題に参加した。

 三蔵さんの疑問点は、マリスビリー氏が聖杯に何を願ったのか。

 ホームズさんは答えて曰く、おそらくマリスビリー氏の望みは「富」。カルデアとそこにまつわる多くの技術の確立と開発のため。聖杯戦争は資金繰りに過ぎなかったという可能性が濃いのだという。

 

 人理焼却の起爆ボタンを押したレフ・ライノールがカルデアに赴任したのが1999年だから、その後にカルデアに来たドクター・ロマンがレフ教授よりもっと重いトリガーを担っていたとは考えにくい。

 

「実に口にしたくないのだが、ロマニ・アーキマンは、あれだ。『どうして居るのか分からないが、事件とは無関係の、別にいてもいなくてもいい謎の人物』という結論も出てきてしまうわけだ」

 

 なるほど! そのほうがとても、()()()()()()ドクター・ロマンらしさがある。

 

「ここでの話を彼に伝えるのは控えてくれ。彼の秘密が明らかになるまで信用はできない。少なくとも彼は2004年の真相を知った上で君たちに黙っているのだから」

 

 わたしはリカやフォウさんと同じ角度で、こっくり、頷いた。

 

「さて。私の知りたかった事実は以上だ。次は諸君の番だ。獅子王の持つ聖槍ロンゴミニアド。これが何であるか、キミたちは知る必要がある」

 

 いよいよ本題に入る気配を感じて、わたしは気を引き締めた。

 

 ホームズさんは再びトライヘルメスに検索をかけた。検索結果は10秒を数えるまでもなく表示されたようで、なるほど、とホームズさんは厳しい面持ちをして、その真相をわたしたちに聞かせてくれた。

 

 

 

 聖槍には二つある、とホームズ探偵は語った。

 

 一つは「最果ての塔」。世界の果てにそびえ、人界を見通し見守っている塔。

 もう一つは獅子王が持つ聖槍ロンゴミニアド。

 塔は世界の果てに在り続け、槍は塔の管理者が持ち続ける武器。

 

 何故「塔」が地表に立っている、正確には大地に突き立っているかというと――現代では世界で最も威力がある「物理法則」という敷物を、地表から剝がれないように惑星に縫いつけている、いわば待ち針の役目をしているから。

 

 そして、獅子王は聖槍を「塔」として使う気でいる。

 

 まず獅子王が始めたのは、魂の回収だった。善なるもの、正しきもの、秩序だったもの。

 集めた魂は、来たるべき時に聖槍に収納する。ヘルメスの計算によると、最大で500人分の魂を。

 

 キャメロットは聖都としての外観を持っているが、あの街並みこそが聖槍の内側。そこに入った人間は、自ら聖槍に魂を収納したも同然なのだ。

 そうなったが最後。聖槍が「塔」に切り替えられた瞬間、聖都入りした民はヒトではなく“要素”となり、「理想の人間」のサンプルケースの出来上がり。

 

 聖槍は発動の瞬間、最果てへの扉を開き、「塔」に含まれないあらゆる天地を抹消する。

 

 

 

「……地上へ戻りましょう、皆さん。もはや一刻の猶予もありません」

「あれ? でもどうしてガイコツの偉い人はみんなに教えてあげなかったのかしら」

「リカがここに来る必要があったのだろう。あるいは、この学院でなく、砂漠そのものにか」

「あたし?」

「人の縁ばかりは力ではどうしようもないんだよ、リカ。そなたにはこの地でやるべきことがある。かの御仁の本意はそういうことかもだぞ?」

「あたしなんかに、何が――」

 

 わたしは横からリカと手を繋いだ。

 この小さな手は、大切な後輩の手で、唯一認めたマスターの手。

 

 大丈夫。どんな時でもわたしはリカと一緒だから。

 

 

 

 

 

 

 

 地上へ出るなり、フォウさんが元気に砂漠を駆け回った。

 フォウさんの気持ちはわたしにも分かる。ここまで延々と地下通路だったのだから、太陽の下に出ただけでも気分爽快になる。

 幸いなことに砂嵐もやんでいる。アトラス院の真上ということは、オジマンディアス王が砂嵐で閉ざした領地にも入らないということだし。

 

「――喜んでばかりはいられぬようだぞ。出口で待ち伏せとは、まこと気の長い男よ」

 

 え、と辺りを見回すと同時。

 遮蔽物のない砂漠のはずなのに、何故か今まで視界に入らなかった、紫の甲冑の騎士の部隊がわたしたちを包囲していた。

 部隊の中心にいるのは、当然ながらランスロット卿である。

 

「もはや逃げ道はない。大人しく縛に付け。抵抗するのなら、誰であれ容赦なく斬り捨てる」

 

 落とし穴に落ちる前の、まだ幾分かの落ち着きがあったランスロット卿とは違う。殺気と、敵意。

 わたしは身震いした。――ランスロット卿、本気だ。

 

 わたしが盾を実体化して構えるより早く、ベディヴィエール卿が声を張り上げた。

 

「ランスロット、戦う前に一つ尋ねます! 卿は聖槍の正体、獅子王の目的を知っていますか!?」

「……なに?」

「聖都は最果ての塔。理想の人間を集めて収容する檻であり、それが成った時、この大地は全て消滅するのです!」

「……まさか」

 

 ランスロット卿が宝剣を下ろして――――下から上へ。逆袈裟にベディヴィエール卿を斬りつけた。

 

 唖然として、声が出なかった。

 

 ベディヴィエール卿は、アガートラムの右腕でとっさに宝剣を受け流したから、大事には至らなかったけれど。

 

「まさか卿がそこまで知っているとはな。この者たちも同様というわけか。ますます逃がすわけにはいかなくなった」

「聖槍の意味を知ったのに……いいえ、最初から知っていましたね!? 貴方だけでなく、獅子王側の騎士は! 皆ッ! 過ちと知った上であの王に傅いたのか!」

「くどい! 我ら円卓に王への不忠はない、と言ったはずだ! 全ては獅子王が我ら円卓を召喚した際に真っ先に宣言したこと。我らはその理念に従うと決めた。そのために、この時代全ての人間の敵になると決めたのだ!」

 

 なん、か――わたし、もう――

 

「話はここまでだ。異論あらば、首を懸けて王の御前で語るがいい!」

 

 めちゃくちゃ腹が立つ――!!!!

 

「たーーーーあっっっっ!」

 

 再びベディヴィエール卿に揮われた宝剣を、割り込んだわたしは、盾で真っ向から受け止めた。

 

「なに!?」

「マシュ!?」

「完全に怒り心頭だ! サー・ランスロット! 貴方、いい加減にしろ!」

「い、いい加減にしろ……? まさか、私は叱られているのか!?」

「いーや、憤慨しているんだ! それでも貴方、アーサー王が最も敬愛した騎士なのか!? 王に疑いがあるなら糾す! 王に間違いがあるならこれと戦う! それが貴方の騎士道のはず! それが貴方だけに託された役割だっただろうがッ!」

「待て。待つんだ、待ちなさい! 親を親とも思わない口ぶり、片目を隠す髪、君はまさか――!」

「ここに至って言葉は不要! 改めて、卿に決闘を申し込む!」

「先輩っ」

 

 リカの声は驚きでも心配でもなく、明るいもの。よくぞ言った、と快哉を貰った気さえしたし、きっとそれで正しい。

 見ていてね、リカ。あなたの先輩の勇姿を。

 

「わたしはマシュ・キリエライト! 授かりし英霊ギャラハッドの名と盾に懸けて、わたしが、円卓の不浄を断つ!!」




 この決闘のために、5章分に渡ってギャラハッド要素を前面的に出してきたと言っても過言ではないです。
 ついにしゃべらせることができたー!
 そしてこの回はロストルーム放映前に書いたと先に断言しておきます。
 むしろロストルームでギャラハッド出てきて、口調に大差ないことに死ぬほど安堵しましたとも!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。