マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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オルレアン2

 ――全ては紫衣のサーヴァントに話を聞いてから決める。それが現状で無難な道だ。

 ドクター・ロマンにそう言われて、わたしたちは、砦を出て行ったルーラーのサーヴァントを追いかけた。

 

 丘陵地帯の窪みの下。紫衣のルーラーは流れる小川の畔で、わたしたちを待っていた。

 

 わたしはリカを抱えてから、丘陵を滑り降りて砂利に着地した。

 

「信用してもらい光栄です。まずは自己紹介からですね。私は真名をジャンヌ・ダルクといいます。貴女たちのお名前を聞かせてくださいますか?」

「はい。わたしはマシュ・キリエライト。デミ・サーヴァントです。この子はわたしのマスターで、藤丸――」

「リカですっ!」

 

 びっくり、した。リカがこんなふうに叫んだのは、わたしが知る限り初めてだ。

 

「リカって、呼んでください」

「は、はい、リカさん」

 

 リカはわたしの後ろに体を半分ほど隠した。

 

 ――そういえば、わたしは知らない。どうしてこの子が「リカ」と呼ばれたがるのか。もっと言うなら、どうして「(リツ)()」と呼ばれるのを拒んでいるのか。「先輩」なのに、後輩のこの子の、本当の意味で知っていなければいけないことを知らないような気がする。

 

「ええと、貴女はこの聖杯戦争のマスターの一人であるとして、デミ・サーヴァントとは一体――」

「それはわたしから説明します。まず、わたしとこの子は聖杯戦争とは無関係です」

 

 わたしは説明した。カルデアという機関。人理焼却。それを防ぐための、七つの特異点探索と修正。聖杯――

 

 事情を全て打ち明けた末に、ジャンヌさんが浮かべた顔は険しかった。

 

「……よく分かりました。まさか、世界そのものが焼却されているとは。私の悩みなど小さなものでした」

「悩みというのは、やはり、あのワイバーンや、魔女と呼ばれていたことですか?」

 

 ジャンヌさんは頷くと、今度は彼女の事情を打ち明け始めた。

 

 今ここにいるジャンヌとは異なる、“竜の魔女”と畏怖されるジャンヌ・ダルクがこのフランスにはいて、ワイバーンを率いて国土を荒らしているという。国王さえ“竜の魔女”の凶手にかかって落命して、各地での民の混乱が著しい。

 

《歴史上、フランスは人間の自由と平等などと謳った最初の国であり、多くの国がそれに追随した。この権利が100年遅れれば、それだけ文明は停滞する》

「認めたくありませんが、あの竜たちを操っているのは“ジャンヌ”なのでしょう。竜の召喚は最上級の魔術と聞きます。まして、これだけの数ともなれば」

「…………聖杯、とか?」

《リカ君、正解。それなら竜種の大量召喚にも説明がつく》

 

 なるほど。まだ推測の域を出ないけれど、“竜の魔女”問題はわたしたちにも関係あるものかもしれない。

 

「ジャンヌさんはこれからどうするのですか?」

「オルレアンに向かい、都市を奪還する。そのための障害である“ジャンヌ・ダルク”を排除する。主からの啓示はなく、その手段は見えませんが、ここで目を背けることはできませんから」

「……なんていうか、歴史書に書いてるままの人ですね。先輩」

「そうね。リカ、わたしたちとジャンヌさんの目的は一致している。今後の方針として、ジャンヌさんに協力するのはどう、かな?」

 

 リカは、一度ジャンヌさんをじっと見てから、頷いた。イエスのサインだ。

 

《だね。救国の聖女と共に戦えるなんて、滅多にない栄誉だし!》

「リカのゴマ饅頭おいしかったですか? ドクター」

《そのネタここで引っ張るのかい!?》

 

 引っ張りますとも。第一オーダーの間はこのネタで通そうと思うくらいには、腹に据えかねているのだから。

 

「改めて。マドモアゼル・ジャンヌ。わたしたちにはわたしたちの目的がありますが、あなたの手助けもしたい。これからあなたの旗の下で戦うことを許してくれますか?」

「そんな。こちらこそお願いします。どれほど感謝しても足りないほどです。ありがとう、マシュ、リカ」

 

 リカは大きく首を横に振って、一拍ためらってから、口を開いた。

 

「魔女って誤解されてるの、ジャンヌさん、は」

「大丈夫です。いえ、フランス軍の兵たちが、もう一人のジャンヌと私を誤認するのは、悲しいですけれど。それは仕方のないことです」

「っ、ジャンヌさんはジャンヌさんだけなのにッ! ……あ」

 

 リカは顔色を青くして、「すみません」と小さく言ったきり口を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌさんと共闘することになった、翌日。

 ――情報収集のために赴いたラ・シャリテの街は、わたしたちが到着した時、すでにゴーストタウンと化していた。

 

 火が燻り、立ち昇る煙。瓦礫と煤にまみれた家並み。血が飛び散った壁。どれも直視に堪えない。

 大規模な破壊の爪痕は、少し前に反応を検知したサーヴァントによるものだろうと、ドクターが告げた。

 

「これをやったのは、おそらく“私”なのでしょうね。どれほど人を憎めば、このような所業を行えるのでしょう? 私にはそれだけが分からない――」

 

 わたしにはジャンヌさんにかける言葉が見つからなかった。

 

《待った! 先ほど去ったサーヴァントが反転した!》

「数は!?」

《冗談だろ、数は5騎! と、ともかく逃げろ! 数で勝てない以上、逃げるしかない!》

「ですが――!」

《数が同じだったらいい、だが戦力的にキミたちの倍ある相手と戦わせるわけにはいかない! 即時撤退するんだ!》

 

 わたしは未熟なデミ・サーヴァント。ジャンヌさんはルーラーとしてステータスダウンしている。

 

「――逃げません」

 

 なのに、聖女の意志は固く。

 

「せめて真意を問い質さなければ……!」

 

 その一瞬がわたしたちには致命的なロスタイム。

 

 ――かくて、“それら”は圧倒的な暴威をもって、わたしたちの眼前に舞い降りた。

 

「――なんて、こと」

 

 数はドクターが先に告げたように、5騎。その中心に立つ――ジャンヌさんと全く同じ容姿をした、黒い女性。

 

「ねえ見てよ、ジル、あの哀れな小娘を! なにあれ、羽虫? ネズミ? ミミズ? どうあれ同じことね。ちっぽけ過ぎて同情すら浮かばない。ああ、本当――こんな小娘(わたし)に縋るしかなかった国とか、ネズミの国にも劣っていたのね。ジル、貴方もそう――って、そっか。ジルは連れてきていなかったわ」

「貴女は……貴女は誰ですか!?」

「それはこちらの質問ですが……そうですね。上に立つものとして答えてあげましょう。私はジャンヌ・ダルク。蘇った救国の聖女ですよ。もう一人の“私”」

 

 甲冑は黒く、旗は色褪せ、肌も蝋のように白く、黄鉛色の目だけが爛々としている。

 神聖さという意味ではゼロ、むしろマイナス。魔女、と畏怖されるに相応しい貫禄を、竜の魔女は持っていた。

 

「そもそもなぜ救おうと思ったのです、“私”? こんな国を。こんな愚者どもを! 私はもう騙されない。もう裏切りを許さない。そもそも、主の声も聴こえない。主の声が聴こえないということは、主はこの国に愛想を尽かしたということです。だから滅ぼします。主の嘆きを私が代行します。まあ、貴女には分からないでしょうけどね。いつまでも聖人気取り。憎しみも喜びも見ないフリをして、人間的成長を全くしなくなったお奇麗な聖女さまには!」

《いや、サーヴァントに人間的成長ってどうなんだ? それを言うなら英霊的霊格アップとか……》

 

 ドクター・ロマンのツッコミを初めて有難いと感じた。踏み躙られた廃墟で、禍々しい魔女と向き合うそのプレッシャーを、日常の断片が少しだけ遠ざけてくれた。

 

 ――だからって、戦いそのものがなくなったわけではない。

 

「貴女はルーラーでもなければジャンヌ・ダルクでもない。私が捨てた、ただの残り滓に過ぎません。バーサーク・ランサー、ヴラドⅢ世。バーサーク・アサシン、カーミラ。その田舎娘を始末なさい」

 

 号令を受けてバルディッシュ(やり)を持った男と、刺々しい装飾のドレスを着た女がわたしたちの前に立ちはだかった。

 串刺し公ヴラドⅢ世。血の伯爵夫人カーミラ。

 どちらも現代の吸血鬼の代名詞として名高い、トップクラスの怪物。

 

「よろしい。では私は血を頂こう」

「いけませんわ、王様。私は彼女の肉と血、そして臓を頂きたいのだもの」

「強欲だな。では魂は? 魂はどちらが頂く?」

「魂なんて何の益にもなりません。名誉や誇りで、この美貌が保てると思っていて?」

 

 ヴラド三世とカーミラは一見して優雅に会話しているけれど、その気になればわたしたちなんて一瞬で刺し貫けるに違いない。ドクターの言う通りだった。逃げに徹しないとわたしたちの誰も生き残れない。

 

「先輩……」

 

 リカがわたしの背中に寄り添った。背中にリカのぬくもりが広がると同時に、小刻みな震えもしかと伝わった。

 それでわたしも腹が据わった。わたしはリカの「先輩」だ――!

 

「行きます! ジャンヌさん、構えてください、来ます!」

「わ、分かりました!」

 

 ヴラドⅢ世がバルディッシュを携えて迫ってきた。

 わたしはとっさに盾で刺突を受け止めて、勢いに負けて大きく後退を余儀なくされた。でも、無駄ではない。わたしに集中したヴラド三世は背中ががら空きだ。

 

「ジャンヌさん!!」

「はぁぁ!!」

 

 かけ声とほぼ同時に、ジャンヌさんは背中からヴラド三世に旗で殴りつけた。やった……!?

 

()()()()()()()でしてよ、聖女様。私はヴラド公ほど優しくなくてよ。聖女の血、一滴残らず戴くわ。幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)!」

 

 ――そこにそびえ立ち、ジャンヌさんを食らわんとする鋼鉄の処女を、見た。

 分かってしまった。あの宝具は“女”を殺すためのものだ。

 

 盾でバルディッシュを弾き上げて、屈んで前転で抜け出した。そして、ジャンヌさんと背中合わせになった。

 わたしは盾で、ジャンヌさんは旗で、左右から閉じようとした棘の棺をそれぞれに食い止めた。

 でも、このままでは詰む。どうにか抜け出さないと、このままじゃ二人して棺の中に押し込まれる。

 

「美しくありませんわ」

 

 高速で飛来した何かが棺に突き立った。鋼鉄の棺は重々しく倒れた。


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