マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
廟から出て開口一番、三蔵さんが日の下に出られて気分が晴れたと快哉を上げた。
一番我々をハラハラさせてくれた呪腕さんはというと、まだ首が繋がっていることを冗談めかして語っている。空元気だとよく分かった。
祭祀に使われた静謐さんだけど、こちらはリカ(とフォウさん)が静謐さんのとこまで行って、平謝りを続ける静謐さんを一生懸命に励ましていた。耐毒スキル(仮)があるリカだからできる芸当だ。
わたしはというと、カルデアとの通信が回復したので、ドクター・ロマンに廟の中での一部始終を報告した。アトラス院を目指すことにしたのは、ドクターには反対されると思ったが、これがむしろアトラス院行きを強く勧めてきた。
《危ないけど、特異点で危険じゃない所はないんだし。……でも心配なのは本心だ。アトラス院といえば『世界を七回滅ぼせる』と言われるほどの魔術兵器の廃棄場だ。そんな場所にキミたちだけを送り込むなんて、ダ・ヴィンチちゃんが何て言うか……》
「そうですね……ダ・ヴィンチちゃんが生きていれば……」
《レオナルドは生きている。あの図太い天才が、そう簡単にやられるもんか》
ドクターの言葉が強がりか信頼か、わたしの耳では区別がつかなかった。
ひとまずの目的を果たしたので、わたしたちはみんなで東の村への下山の途に就いた。
もう少し歩けば、真夜中になるが村に帰り着く。夜ならばすぐに寝床に入っても誰も文句は言うまい。今夜は一晩眠ってしっかり休んで、明日にはアトラス院に発つのだから――
「何だあれは、どうなっている!?」
「藤太殿? 何かおかしなものでも?」
「そうか、おぬしらではまだ見えぬか……! 火だ! 村の方角に火の手が見える! 無数の篝火が忙しなく移動しておる。あれは――聖都の兵士たちだぞ!?」
これを聞いて一番に呪腕さんが村へと先発で駆け出した。去り際、わたしたちに、村人の救助を請うてから。
呪腕さんの言葉を受けて、次に三蔵さんと藤太さんが村の東に回るべく走って行った。
わたしたちも行かなくちゃ!
わたしはリカに断ってからリカの体を横抱きに持ち上げた。そのリカの腹にフォウさんが登ってきてしがみついた。
静謐さんの先導でわたしたちも燃える村へ急行した。
――実際に村に着いて目にした光景は、無惨に過ぎた。民家という民家から火が上がり、道々には倒れている村人。どれもが死体だと一目で分かってしまった。
わたしがリカを腕から下ろすと、リカは火災の村の様相を見て呆然とした。
呪腕さんは聖都の兵士の狼藉に憤怒を叫んでいる。三蔵さんは生存者を探して声を張り上げて駆け回っている。
「――アーラシュさん、は」
そうだ、彼は村の守りのために残った。なのにこの惨状。まさか、アーラシュさんほどの英雄が――負けた?
「お待ちを! 倒れた村人は男ばかり――お二方、村人たちの半数は避難しています! この村には避難用の洞窟があると聞きました。おそらくはそこかと!」
さすがはアーラシュさん。明断だ。となると、残る心配はアーラシュさん自身がどこでどんな状態なのかだけ。
「偉大なる弓兵であれば、既にこの世に亡く」
わたしは盾を実体化して、リカと静謐さんを背中に庇う位置に立った。
「本当に、悲しくて笑ってしまう。運命はようやく貴女がたに追いついた」
――――そん、な。
「円卓の騎士、トリスタン。貴女がたの首を頂戴しに参りました」
トリスタン卿、だ。“僕”が見間違えることなどできやしない。ならば、この村に火をかけたのも、村人を殺したのも、アーラシュさんを襲ったのも、全て彼が――?
「村に残った男たちは処理しました。貴女たちを済ませたあとは、洞窟に逃げた村人たちです」
「皆殺しにするつもりか。何故そこまで!」
トリスタン卿はフェイルノートの弦を弾いた。ただの一音で、静謐さんの髑髏面が砕けて地面に落ちた。
「貴女ですよ、毒の娘。貴女が全ての原因です。我が弦は貴女の足跡のみを追跡したのです。貴女が独りで逃げていれば、この事態は起きなかった」
「――わた、し? 私のせい、で――?」
「貴女はあの牢屋で全てを語り、独り寂しく死んでいるべきでした。虫は虫らしく、身の程を弁えればよかったのに」
――違う。
――“僕”の知るサー・トリスタンは、ここにいる悪鬼なんかじゃない!
「ふざけないでッ!!」
「マシュ……?」
「騙されないで、静謐さん。あの場にいた誰もが追跡された。責任はわたしたち全員にある。わたしたちがこの村を台無しにして……だからっ、わたしたち全員に、この騎士を討つ義務があるのよッ!!」
「……この気配……まさか、あの男がいるというのですか。獅子王の召喚に応じなかった円卓の英霊、ただひとり聖杯に選ばれたあの男が……」
トリスタン卿はわたしたちを目で視ていない。目が視えていないんだとようやく気づいた。ああ、だから――生前のあなたであれば一般人の虐殺なんてできなかった。戦で恐怖に震える人々を直視したあなたは、いつだって追撃の手を止めていた。
「いいでしょう。それが運命だというのなら、この弓で真偽を確かめるまで。胸を貸しましょう、未熟なサーヴァント。貴女が何者なのか、その悲鳴で語っていただく!」
「マシュ・キリエライト、行きますッ!!」
先手はトリスタン。彼の指が滑らかに妖弦を爪弾いた。音という視えない刃を避ける術は確かにないが、その刃でトリスタンが肉体のどこを裂こうと意図しているかさえ読めたなら、この盾で防ぐことができる。
――この
だが、それだけではない。この切れ味は彼だけの力に依らない。獅子王のギフトだ。盾がトリスタン卿の真空の矢に耐えられても、わたし自身が詰んでは意味がない。いっそ抜剣して攻めに転じるべきか……っ!
「そこまでだ!! トリスタン!!」
――銀色が、夜の闇に閃いた。
「ベディヴィエール卿っ」
「遅くなって申し訳ない、マシュ。ご安心を。リカさんには静謐殿が付いて、今も獅子奮迅の活躍です」
「……何と。貴公までこの戦場に現れ、我らに敵対するとは。ああ、私は悲しい。あと一歩で、全て焼き尽くせたというものを。無念です。それはとても悲しむべきこと」
「悲しむべき? それは貴公の行動の全てに他ならない。トリスタン卿ともあろう者が、無抵抗の村人を手にかけ、村に火を放つなど。円卓の誇りは地に落ちたのか。それとも、それが今の王の考えなのか!」
「サー・ベディヴィエール。それは大いに誤りです。ブリテンにおいて、慈悲深き我らが王は、確かに深追いを諫めはしましたが、決して、
火災の只中にいて悪寒を感じるほどには、トリスタンの笑顔がおぞましかった。
及び腰になったわたしとは裏腹に、ベディヴィエール卿は再び右手に持った細剣でトリスタンに斬りかかった。
わたしはそこで気づいた。銀腕の光がさっきより増している。アガートラムは開放すればするほどベディヴィエール卿の体内を焼くというのに!
「落ち着いてください、サー・ベディヴィエール! 卿の体が保ちません!」
それでもベディヴィエール卿はトリスタンと斬り結ぶのをやめない。
「私たちは友だった。友だからこそ許せない! 貴公の振る舞いを獅子王が許したとしても、私が、貴方を赦さない!!」
「これは、肉と骨の焼ける音……なんと。見苦しいことこの上ない。いかなる経緯でそのような銀腕を手に入れたのかは知りませんが、貴方には過ぎた力――」
「Gander!!!!」
不意打ち。その一言に尽きた。誰にとっても。
トリスタンの背後から、リカが、質量を伴うほどの魔力を込めた一発のガンドを放ち、さらには命中させたのだ。
「この一帯の騎士どもは私たちで蹴散らした。間もなく呪腕さまたちも駆けつける」
静謐さんの勧告に対し、トリスタンは無言で妖弦を弾いた。リカを狙って。けれどリカ(と肩のフォウさん)を静謐さんが空かさず抱えて大きく飛びのいたのが功を奏してか、二人の負傷は衣類のほつれに留まった。
「先輩っ。大丈夫ですか? けがしてないですか?」
「なんとかね。リカこそ、よく頑張ったね」
わたしはリカの頭を撫でた。
――静謐さんはさっき「私たち」と複数形で言った。つまりリカも粛清騎士の掃討戦で静謐さんを大きく支援したのだ。いいえ、静謐さんが言うまでもなく、リカが働かなかったなんてわたしが思うわけもないのだが。
リカは顔を真っ赤にして、俯いた。えーと、そんなリアクションをされるとわたしまで照れくさくなってしまう。心臓に大変よろしくない。
かと思えば、リカはぷるぷると頭を横に振って、わたしとベディヴィエール卿に、直接触れない位置で手をかざした。直後に消える、蓄積した傷と疲労。制服礼装付与の“応急手当”のスキルだ。転嫁魔術のほうでなくてよかった。これでわたしのコンディションは持ち直したし、きっとベディヴィエール卿も少しは楽になったはずだ。
わたしはベディヴィエール卿と頷き合って、二人で再びトリスタンと対峙した。