マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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 長らくお待たせして申し訳ありません。


キャメロット13

「登山は自らの足で進むもの。これが慣れていないと恐ろしいのですよ」

 

 これは登山というよりウォールクライミングなのでは!?

 

 わたしの腕はリカに貸し出した。盾は移動に邪魔なので霊体化させた。

 静謐さんが、前を行っているので手を引こうか、と提案してくれたけど、丁重にお断りした。すみません、わたしにはリカだけで手一杯です。

 

「ではリカさまの背中にぴっとり付いて後方を警戒しますね」

「ちょっと待って! リカの背中はあたし、あたしの!」

「ふえ!?」

「さ、三蔵さん! 背中はわたしが貸し出しますのでリカにはご遠慮ください!」

「やった! ありがたくー!」

「あの廟への礼拝がこれほど賑やかになる時が来ようとは。まったく、運命とは分からぬものだ」

 

 

 

 ――そんな珍道中があって、巡礼用の小屋で一泊したのち、我々はついにアズライールの廟に辿り着いた。

 

《ここがアズライールの廟か。特に変わった反応はないが》

「いえ、ドクター……これは現場にいないと分からない重圧です」

 

 魔力反応も、サーヴァント反応も、物音も、生命の気配も皆無だ。なのに、全身の震えが止まらない。精神ではなく魂が、この寺院に留まることを全力で拒否している!

 

 呪腕さんがわたしとリカに奥へ進むよう促した。呪腕さんが、何が起きてもおかしくないから警戒は最大に、と言い終える前に。

 剣閃が横一直線に奔った。

 わたしはリカを庇って剣閃を盾で防いだ。

 確かに攻撃を受けたのに、敵影が発見できない。

 

「ドクター! サーヴァント反応は!?」

《何もない! そこにキミたち以外の動体反応はない! いや、そもそも、いま一瞬、リカ君の反応が消失したぞ!? どういうことだ!? こちらの観測では、リカ君は死んだことになっている!!》

 

 ――“それ”がトリガーだと、誰にも気づけるわけがなかった。

 リカはぽかんとした顔でわたしを見た。

 

「先輩。あたし、殺されちゃったんですか?」

「リカ!? 気をしっかり持って! ちゃんと生きてる! リカは生きてわたしの目の前にいるから――!」

「ほんとうですか? あたしにつごうがいいユメとかじゃなくて?」

「フォフォウ、フォウ、フォーウ!!」

 

 フォウさんがリカの頬に噛みついた。

 

「痛っ……!? ――ぇ、あれ?」

 

 正気に戻った……よかったぁ。乱暴なやり方だったけどありがとう、フォウさん。

 

「あ、たし……っ! ご、ごめん、なさ、ごめんなさい! へ、変なこと言って……も、二度と、しませんから……怒らないで、捨てないで……許して……っ」

 

 わたしは錯乱するリカを落ち着かせるために、盾を持たないほうの腕でリカを強く抱き寄せて、頭を何度も撫でた。

 

 ――怒りが沸点を突破するとかえって思考がクリアになると聞くが、本当らしい。

 初代“山の翁”だか知らないが、リカをこんなに怯えさせた代償はきちんと払わせてやる。

 

『魔術の徒よ』

 

 荘厳な声がするや、呪腕さんと静謐さんがその場で五体投地した。

 

「どういうこと!? まだ何も出てないわよ!?」

「――いえ、静かに、三蔵殿。すでに我らの目の前に何者かがいるようです」

「――うむ。黙っていろ三蔵。できれば息も吸うな。この御仁に襲われては一溜りもない。今の拙者があと四十、齢を重ねてようやく一射届くか、という武の極みだぞ、これは」

 

 ベディヴィエール卿と藤太さんにそこまで言わせるのか。

 

『魔術の徒よ。盾の騎士よ。そして、人ならざるモノたちよ。汝らの声は届いている。時代を救わんとする意義を、我が剣は認めている。だが、我が廟に踏み入る者は、悉く死なねばならない。死者として戦い、生をもぎ取るべし。その儀を以て、我が姿を晒す魔を赦す。――静謐の翁よ、これに。汝に祭祀を委ねる』

 

 途端、静謐さんの全身を闇色の霧が染め上げ、彼女の両目から光を奪った。意識を初代ハサンに乗っ取られた。

 

『静謐の翁の首、この者たちの供物とせん。天秤は一方のみを召し上げよう。過程は問わぬ。結果のみを見定める。どちらの首が晩鐘に選ばれるか。それは汝らが決めることだ。――死の舞踏を初めよ、静謐の翁』

 

 静謐さんは手にストールを持つと、それをたなびかせて踊り始めた。

 死の舞踊(ダンス・マカブル)。激しく踊ることで汗を流し、彼女の毒性の汗を揮発させて知らず敵に毒を盛る、静謐さんの得意とする戦法だ。

 わたしとリカには、ギャラハッドの加護のおかげで静謐さんの毒は通じない。けれど、呪腕さん、ベディヴィエール卿、三蔵さんと藤太さんは確実にダメージを蓄積する。

 

 するとリカは制服の袖を軽く振って、一枚の概念礼装を手中にスライドさせた。

 

「概念礼装『聖者の依代』を消費し、この場のサーヴァント全騎に弱体無効を付与します。これで静謐さんの毒は中和できます。でも長くは保ちません。皆さん、速攻で片を付けてください」

「でもリカ、静謐さんを殺すか、わたしたちが全滅するかしないと、初代“山の翁”は出てこないって――」

「織り込み済みです。先輩と皆さんは、いつも通り全力で、静謐さんを完全撃破するつもりで戦ってください。最後にはちゃんとひっくり返します、から。だから……」

 

 ――あたしを信じて。どうか、戦って。

 

 わたしは盾を強く握って、一番に静謐さんに向き直った。

 踊りさえ止めれば、静謐さんの攻撃手段は無きに等しい。うん、だから頑張らなくちゃ、わたし。後ろで「後輩」が見ているんだから。

 

 まずは藤太さんが矢を射て静謐さんを牽制した。あえて逸れるように射た矢は、静謐さんの四肢に微かな切り傷を与えたに過ぎず、静謐さんは平然と踊り続けている。――まずかったかもしれない。出血した分も空気中に悲惨される毒素を強める。

 

 次はベディヴィエール卿。ベディヴィエール卿は静謐さんまで一息に迫ると、アガートラムの右腕で静謐さんの首を掴み、ステップを止めた。そうか。アガートラムといえば癒しの義手でもある。あの腕だけは毒を弾ける。

 

 ここまでお膳立てしてくださったんだ。最後はわたしの番。

 

「ベディヴィエール卿!」

「頼みます、マシュ!」

 

 ベディヴィエール卿が静謐さんをこちらに投げるように押し出した。

 わたしは本気で静謐さんに致命傷を与えるつもりで、全力で盾を横に薙いで静謐さんを殴り飛ばした。

 

「概念礼装『三重結界』を消費。対象、アサシン・静謐のハサン。静謐さんがたった今受けたダメージは、霊核に至る前に全カットされました。――静謐のハサンは致命傷を負ってあたしたちに敗れましたが、敗者が生存してはいけないと、初代さんは明言しませんでした」

 

 薄く意識が戻った静謐さんは、自分が何をしたのかを覚えているようで、ごめんなさい、と零して床に倒れ伏した。

 わたしは急いで静謐さんに駆け寄って、静謐さんを抱き起こした。――気絶しているだけみたい。

 

『生をもぎ取れ、とは言ったが、どちらも取るとは、気の多い娘よ。だが結果だけを見ると言ったのはこちらだ。過程の良し悪しは問わぬ。――解なりや』

 

 サーヴァントの実体化とはまるで異なる気配がした。空気から滲むように、髑髏面の剣士が現れた。

 

「よくぞ我が廟に参った。山の翁、ハサン・サッバーハである」

《こ、このアサシンの霊基パターン、まさか、グランド――!》

 

 初代さんが剣を一閃。すると、カルデアとの通信回線が断ち切られた。生き物だけじゃなく、電子情報みたいな形而上のモノまで、彼の剣は「斬れる」の?

 

 呪腕さんが初代さんに改めてひれ伏した。

 

「初代様。恥を承知でこの廟を訪れたこと、お許しいただきたい。この者たちは獅子王と戦う者。されど獅子王に届く牙が、あと一つ足りませぬ。どうか、どうかお力をお貸しいただきたい。全ては我らが山の民の未来のために」

「……二つ、間違えているな。生前と変わらぬ浅慮さだ、呪腕」

 

 呪腕さんが滲ませる焦りをよそに、初代さんはわたしとリカを見下ろした。

 

「魔術の徒と盾の騎士に問う。獅子王と戦う者、これは真か? 汝らは神に堕ちた獅子王の首を求めている。その言に間違いはないか?」

 

 王の首――命を? いいや、それは、どこか、違う。わたしはただ獅子王の真意が知りたいだけ。聖抜の意味。暴虐の理由。知ったってそれで許せはしないけれど、それでも、血を流さずに王を止めたいって気持ちが捨て切れない。

 

「牙が一つ足りぬ、とも申したな。果たして、あと一つで良いのか?」

 

 ――今日まで奮闘してくれたハサンさんたちには悪いけど、純粋な戦力ではこちらがあまりに脆い。

 

「魔術の徒よ。盾の騎士よ。汝らは知らねばならぬ。全ての始まりを。それが叶った時、我が剣は戦の先陣を切ろう。太陽の騎士、ガウェインといったか。我が剣は猛禽となってかの者の目玉を啄もう。我が黒衣は夜となって聖都を吞み込もう」

「ごめんなさい、ガイコツの偉い人! 言ってる意味が全然分かりません! もっと分かりやすく言って、分かりやすく!」

「さ、三蔵さん!! そこは失礼のないように、普通に初代さんとか呼びましょう!?」

「それ呼びやすくて助かるわ、マシュ! それで、えっと、何かを調べないと初代ハサンは力を貸してくれないってことよね? 手がかりはあるの?」

「砂漠の只中に異界あり。汝らが求めるもの、全てはその中に。――砂に埋もれし知識の蔵、名を、アトラス院」

 

 アトラス院――魔術教会三大部門の一角だが、アトラス院に属する者は錬金術に特化している。魔術の祖、世界の理を解明することを目的とする錬金術師の集まり。カルデアのトリスメギストスのオリジナル、トライヘルメスを保有する組織でもある。

 

 ――次に目指すべき地は定まった。

 

「では、呪腕の翁よ。首を出せい」

「……は。呪腕のハサン、己が咎を受け入れまする」

 

 呪腕さんが初代ハサンさんの前で、項垂れた?

 

「お待ちください! なぜハサン殿の首を貴方が断ち切ろうというのです!?」

「我は山の翁にとっての山の翁。即ち――ハサンを殺すハサンなり。山の翁が膿み、堕落し、道を違えた時、我はその前に現れる。分かるか。その時代のハサンが我に救いを求めるということは、『己に翁の資格なし』と宣言するに等しい。翁の面を、剥奪されるのだ」

 

 それ、って。呪腕のハサンさんは、自分が初代さんに殺されるのを承知で、わたしたちをここまで連れて来てくれたってこと?

 

「い…いけません、呪腕さん! それは、何かが違います! 今すぐ初代さんへの協力要請を取り下げてください!」

「――呪腕よ。一時の同胞とはいえ、己が運命を明かさなかったのか。やはり貴様は何も変わってはおらぬな。――面を上げよ。すでに恥を晒した貴様に上積みは赦されぬ。この者たちと共に責務を果たせ。それが成った時、貴様の首を断ち切ってやろう」

「……有難きお言葉。山の翁の名に懸けて、必ず」

 

 処分を保留にしてくれた……? 今すぐ呪腕さんが殺されることは、ない?

 安心したら気が抜けて、危うくその場に座り込む所だった。


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