マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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キャメロット7

 山に入って後顧の憂いがなくなってから、難民の代表者がわたしたちにお礼を言いに来てくださった。

 

「まさか我々のために、あの女性が犠牲になってくれるなんて……」

 

 わたしはいいえ、とだけ答えた。

 ダ・ヴィンチちゃんは万能の天才だもの。きっと生きているもの。もともとオーニソプターは飛行機だというから、爆発の直前に空に飛んで逃げているはずなんだもん。

 

《山岳地帯に入ったわけだが、村まではあとどれくらいなんだい?》

「ああ。これならあと一日で辿り着ける。ただ、問題があって……」

 

 何だろう? 村に結界的な守りがあって簡単には入れない、とか?

 

 答えて、難民の代表者は、水と食糧が問題だと言った。

 今までは少ないながらもダ・ヴィンチちゃんが何とか配分していた。水の錬成、怪我人の手当て、食糧の調達、何もかもダ・ヴィンチちゃんがしてくれていた。万能の天才に、わたしたちの誰もが気づかない内に頼りきりになっていた。自分の無頓着さに恥じ入るばかりだ。

 

 ここからは水も食糧も調達できない。怪我人の治療をリカにさせたりもしない。難民の皆さんには飲まず食わずで一日、村へ強行軍を強いることに――

 

「いえ、食糧だけなら何とかなりそうです。このような時に不謹慎ですが、私、旅には慣れていますので。人体に害なく食べられる動物の目利きには自信があるのです。凄いのです」

「フォウゥゥゥゥ……」

「あ……あっちの空。ワイバーン来てます、ね」

「あの種であれば大丈夫。食べられます。ということで、いざ勝負!」

 

 幸いベディヴィエール卿が細剣を抜いたのは左手。アガートラムを行使する気でないのは大変よろしいのですが、本当にワイバーン食べるんですか!? あ、待って、突撃するならわたしもご一緒させてください~~~~!!

 

 

 

 

 かくてワイバーンの肉という珍味が食卓に並ぶ――ことにはならなかったから驚きである。

 

 これもひとえにリカが料理に秀でていたからだ。

 リカはオケアノスでの任務中、いつの間にかオリオンさんにワイバーンの捌き方や血抜き、そして調理法を教わっていたのだ。

 

「腹に入れば皆同じ? 腹に入るまでが違います」

 

 据わった目で見上げる後輩に、かのベディヴィエール卿でさえタジタジだった。

 

 ベディヴィエール卿と難民の男性陣にお手伝いいただいて、血抜きをして食べられる部位を捌いてからは、リカの独壇場。平らな岩を魔術で熱してフライパン代わりにして、脂身を溶かした焼き石の上でじゅわーと焼けるワイバーンの肉の香ばしさたるや。味付けは、過日オジマンディアス王に頂いた物資である岩塩と香辛料を削った塩コショウ。そうして食欲をテロに等しく刺激するドラゴンステーキの出来上がりである。

 

 難民の皆さんは老若男女問わず威勢よくドラゴンステーキを掻っ込まれた。おかわりのオーダーにもリカは応えた。

 

 もちろんわたしも、久しぶりのまともな献立に舌鼓を打ち、感動に打ちひしがれた。

 しかし最も感動していたのはベディヴィエール卿だろう。

 

「今までは肉をくり抜いて焼くだけでしたが、的確な調理をすることでこれほどに美味になるなんて……! まるで食材の魔術師、いえ、魔法使いと言って過言ではありませんよ、リカさん!」

「お口に合ってよかった。オリオンさんにダメ元で習っておいて正解でした」

 

 ロンドンでのスコーン作りで、てっきりリカの得意分野はお菓子に特化していると思っていたが、これは認識を大きく書き換えざるをえない。この子は料理百般なんでもござれだった。

 ――満腹になると、ちょっとだけ、前向きになろうと思えてきた。

 

 

 

 

 難民の案内で、もう山を三つは越えた。もうすぐ村に着く、とルシュド君はきっぱり言ったので、わたしも重い足を叱咤して歩を進めた。

 

「お母さんが前に連れてきてくれたんだ。『困ったらここに来なさい』って」

「山で暮らす者たちは、様々な事情から聖地を後にした人々だった。それでも彼らは聖地に祈りを捧げるため、できるだけ聖地に近い山間に村を作った。それが今から行く東の村だ。彼らが我々を受け入れてくれるといいんだが……」

《サラセンの人たちの中だけでも、聖地にまつわる事情があるんだね》

「信仰の拠り所を目の前で奪われる……失われているのは命だけではない、ということですね……」

「――知ったような口を。聖地を穢した騎士が何を言う」

 

 サーヴァント反応!

 わたしはすぐさま盾を実体化して身構えた。わたしの臨戦態勢を受けて、ベディヴィエール卿が細剣の柄を握りつつリカを背に庇った。

 どこからともなく髑髏面を着けた黒ずくめの男が現れた。

 

「我らの村に何用だ、異邦人。これ見よがしに騎士など連れてきおって。最後の希望すら摘みに来たか?」

「誤解です! ベディヴィエール卿は円卓の騎士ではありません!」

「フォウ、フォーウ!」

 

 ベディヴィエール卿が地味に凹んでらっしゃる。しまった。言葉選びを間違えた。そう気づけないほどわたしも他人の機微ににぶくはないつもりだ。

 

《そうそう、誤解! 話せば長くなるけどボクたちは》

「だまらっしゃい! 声だけの臆病者め、出る幕などないわ!」

《あわわ、ごめんなさい、ごめんなさーい!?》

 

 難民の代表者が事情を説明してくれたおかげで、彼らを村に受け入れてもらえる運びにはなった。そのことは心から助かったと思った。

 ダ・ヴィンチちゃんを欠いた今、わたしたちにこの数の命は荷が勝ち過ぎている。

 オルガマリー所長の心境が今になって分かった。一人で大勢の命に責任を持たなければいけないというのは、こんなにも苦しいことだったんですね、所長……

 

「だが、そこの異邦人たちは別だ。貴様らを村に入れるわけには行かぬ」

 

 な⁉

 

「そして、帰すこともできぬ。追い返した貴様らが、騎士どもにこの村を売らぬとも限らぬからな」

「先輩は!! ……そんなこと、しない、です」

 

 リカ――

 わたしはあなたにひどい仕打ちをした。なのに、まだわたしを信じてくれるの?

 それならわたしは、リカの「先輩」として在りたい。

 

「立ち去れと言われるのなら、我々はこのまま立ち去ります」

「……生憎、今の私は村を任された者。確証のない言葉を信じていい立場にはない。――構えるがよい。これは暗殺ではない。戦いだ。死にたくなければ私を先に仕留めるのだな!」

 

 く、この時代に来てから、どうしてこうも、悪人でないのに融通の利かない人にばかり当たるの!

 こうなったらわたしとベディヴィエール卿でこの分からず屋のアサシンを無力化して……!

 

「まあ待ちなよ、呪腕殿。お前さんの心情も分かるが、難民たちを助けてもらったのは事実だろ?」

 

 っ、新手!?

 いつからいたのか全く気配を感じなかった。サーヴァント。弓をお持ちということはアーチャー……だと思いたいけれど、得物とクラスが一致しないサーヴァントにたくさん会ってきたから何とも言えない。

 

「お前さんだって昨日は我が事のように喜んでいたじゃないか。『素晴らしい! 感謝の言葉が見当たらぬ! これほどの快事が他にあろうか!』ってな」

「それはこの者どもの素性が分からなかったゆえ! 円卓に連なる者と知っていれば感謝など致しません!」

「ああ、それ。この兄さんたち、円卓じゃないようだぜ? なら『感謝の抱擁をしなくてはいけませんな!』を実行してもいいんじゃないか?」

 

 あの骨と筋がバリバリのアサシンさんと、ハグ。いえ、光栄なのだけど、うん、何というか。

 

「ぬぅぅぅ! この呪腕のハサンともあろう者が、まさに半年に一度の失言!」

《ははは。割と頻繁だよね、半年に一度なら。凡ミス多いんじゃないかな、あのアサシン》

「…………半年と書いて一生と読む?」

《リカ君。ルビ文化旺盛の日本語でもそれは厳しい》

「フォウっ」

「ごめんなさい……」

「いや、半年後など生きているかも分からぬゆえ一生と読んでも差し支え……ゴホン! まあよい。名を聞こう。そこのマスター」

「――藤丸立香です」

 

 ――リカにとって「(リツ)()」は忌み名。同じ名前の亡きお兄さん、そしてその名を正しく呼んでくれないまま逝ったお祖母さんのトラウマを蘇らせる。だからずっとあの子は自分を「リカ」で通してきた。

 そのフルネームを、わたしたちの身の潔白を証明するために、名乗った。

 

「偽りなく真名のようだな。そして、そのような名の者は円卓には存在しない。円卓ではないという言葉は信じよう。だが、村に入れるかどうかは」

「ドクロのおじちゃん、リカ姉ちゃんたちはボクたちを助けてくれたんだよ」

 

 ルシュド君⁉ てっきり難民の皆さんと一緒に行ったとばかり……

 

「なんと、ルシュドではないか! 母親は? サリアは一緒ではないのか?」

「うん、はぐれちゃった。お母さんはこっちにはいないんだって」

 

 ――胸に鋭い痛みが走った。思い出す。ルシュド君を庇って殺されたお母さんの、赤い血と、穏やかだった今際の声。

 

「……皮肉なものだ。英霊となってからは関わりのない話であったというのに。よもや、自分が生きていた時代に召喚されるとは。これはきつい……未熟者にはきつ過ぎるわ」

「あの、あたしたちっ」

 

 何かを言おうとしたリカの、肩に手を置いて、首を横に振って見せた。何も言ってはだめ。わたしたちなんかに言えることは一つもない。

 

「よかろう。恩には礼で返す。村に入ることは許そう。――アーラシュ殿、案内をお頼み申す」

 

 呪腕のハサンさんはルシュド君を連れて去った。彼の背中は、サーヴァントとして、英霊としては、ひどく頼りなく見えた。まるで人生に疲れた老人のようで。

 

「ま、嘆いてもしょうがない。――待たせたな、嬢ちゃん方に騎士の兄さん!」

 

 アーチャーさんの元気な声は、悲壮感を吹き飛ばすには充分なものだった。

 

「俺はアーラシュ・カマンガー。長旅でヘトヘトだろう? 村に案内するぜ。貧しい暮らしなんで、まずは祝杯とはいかないがね」

 

 

 

 

 

 

 ――東の山の民の村に滞在して、早一週間。

 

 村でのライフサイクルには慣れてきた。

 アーラシュさんと山に入って食糧調達のための狩りや、盗賊のたぐいの撃退。

 村へ帰れば、リカとルシュド君が「おかえりなさい」を言いに来てくれる。そして、一日で何があったかを、お互いに教え合う。

 

 その挨拶と食事の支度の間に、わたしは隙を見てドクター・ロマンと通信をする。

 リカがその日一日、傷の転嫁を行っていないかを知るために。……知った所で何ができるわけでもないのに、知らないでいるのも耐えがたい。

 少なくともこの一週間は、リカは転嫁を使っていない。

 動機は――わたしにとっては痛いことだが、「また先輩に怒られるのが怖いから」だと聞いた。

 

 もどかしい。あの子に傷ついてほしくないだけなのに、わたしが一番あの子を傷つけてしまっている。

 そのことをベディヴィエール卿に打ち明けると、こう言われた。

 

「弱った心は細い梢のようにそよ風にも折れてしまいます。だから時には、隠してしまってもいいのですよ」

 

 彼は優しいから、わたしはつい甘えてしまう。

 ――でも、甘えてばかりもいられなくなってきた。

 

 聖都の円卓の騎士は敵に回してしまった。この村は困窮している。守りに入ってはいずれ詰む。

 決めなくちゃ、わたし。

 獅子王と会う。なぜあの聖抜のような非道をしているかを問い質す。そのために、円卓の騎士たちと戦う。

 

 この霊基が覚えている。あの人たちがどれだけ強く猛く雄々しかったか。それを敵に回すなんて、想像するだけで全身が震えた。

 

「マシュ」

「ベディヴィエール卿?」

 

 びっくりした。震えているのに気づかれたかと。

 

「お休みになる前に、少しだけよろしいでしょうか? 個人的な話ですので、できれば二人きりで」

 

 ちら、とリカを窺った。アーラシュさんとルシュド君に囲まれて談笑している。フォウさんもいる。アーラシュさんなら、上手いことリカを止めてくれる、よね?

 わたしは頷き返して、ベディヴィエール卿と一緒に民家群を離れた。

 

 

 

 

 草花一つ生えていない丘を登ってすぐ、ベディヴィエール卿は本題を切り出した。

 

「単刀直入に尋ねます。今この時は、同じ円卓の騎士としての、貴女に。マシュ、かつて席を同じくした騎士たちと戦う覚悟が、貴女にはありますか?」

「それは……」

 

 聖都の壁を見た時も、ガウェイン卿と戦った時も、わたしに融けたギャラハッドは叫んでいた。「これは違う」「こんなものはアーサー王の所業ではない」って。

 

「私は何を犠牲にしても獅子王を……アーサー王を斃す。そのためにここまで生きてきたのです。ですが、貴女は? 貴女とリカさんの目的が時代の修復であるなら、獅子王と対決する必要はないかもしれない。それでも――――戦いますか?」

 

 わたし個人は、デミ・サーヴァントになっても感性はただの女子で、人並みに死にたくないと感じる。

 リカの「先輩」のわたしは、リカが大事で傷つけたくなくて、リカが自ら傷つきに行くような戦場になんて行きたくないと思っている。

 

 戦えない。そう答えても、ベディヴィエール卿はわたしを責めないだろう。そういう騎士だ、彼は。

 ――だけど。

 

「夜明けまで答えを待ってくれますか? わたしはサーヴァント。マスターのリカに相談もしないで大きな方針を決めるわけにはいきません」

「――、分かりました。では明朝。私がハサン殿のもとへ向かう前に貴女かリカさんが来ないのでしたら、その時は――袂を別ったものと考えます」

「すみません……」

「謝ることなどありません。貴女の信念と私の誓いは別のものなのですから。――おやすみなさい、マシュ。どうか、悔いのない夜を」

 

 

 

 

 わたしたちに宛がわれた家に戻ると、フォウさんが目を覚まして、特に鳴かずに足下に移動した。空気、読んでくれてありがとう。

 わたしは、すやすや眠るリカの隣に寝そべった。

 

「ねえ、リカ。さっきね、ベディヴィエール卿とこれからの話をしたの。リカは、わたしが聖都と戦いたいって言ったら、賛成……するよね。リカはどんなに怖くても、わたしの気持ちをいつも一番に思いやってくれてたもんね」

 

 無意識に手がリカの頭に。ほどいた髪を毛筋に沿って梳く。何度も。

 ……とても長い髪。ディンドランもそうだった。色は違うけど、見事な長髪で、それを“僕”のために切り落として剣帯を編んでくれた――

 

「先輩のいいように」

 

 髪を撫でていた腕が大きく跳び上がった。この子、いつから起きて――はいないのかな。目の焦点が合ってない。夢だと思っている?

 

「先輩はあたしみたいなお荷物のマスターを、それでも捨てないで、ここまで引っ張ってきてくれました。だから、あたしは誰より先輩を信じてます。その先輩が戦うって決めたなら、あたしは間違った決意だなんて思わない。ただがむしゃらに、先輩の後ろを付いて走っていきます。怖いのも痛いのも平気、です、から……」

 

 リカが瞼を閉じた。

 わたしはそっとリカの頭を自分の胸に抱き寄せた。

 

 ――わたしは幸せ者だ。こんな素敵な後輩、世界のどこを探したって居やしない。

 わたしのことを、信じるに足る先輩でサーヴァントだと――

 

 放任されているんじゃない。お互いを案じていないわけもない。不安だって恐怖だって、どちらの胸にもある。

 でも、わたしたちは()()()()()()()

 

「おやすみなさい。リカ、よい夢を」

 

 眠ったリカのこめかみに小さくキスして、民家を出た。

 

 山からじきにお日様が顔を出す。

 わたしは薄暗がりの中を、ベディヴィエール卿に宛てがわれた民家に向けて走った。

 確かな覚悟と、揺らがない意志を携えて。




 危ない。一番大事(作者的に)な料理シーンを抜かすところだった…!

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