マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
バギーを走らせること半日。わたしたちはついに聖都と呼ばれる場所に辿り着いた。
それは夜の闇に沈んでいてなお威容を誇る、白亜の城塞都市。
聖都の正門前には、たくさんの難民が集まって野営をしていて、小さなキャンプが出来上がっていた。ダ・ヴィンチちゃんの目測で、1000人近く。
わたしたちは難民のキャンプにお邪魔することにした。
オジマンディアス王から分けて頂いた資材の中には、砂避けのマントもあったので、それを着込むことにした。お粗末な変装だが、ないよりはマシだ。
リカには特に長いマントを着せた。先ほどのような不埒者がまたわたしたちを狙わないとも限らない。――はい。難民から追い剥ぎなんてする不届き者を先ほど成敗したばかりなのです。惜しくも逃げられてしまいましたが。
そうしてわたしと、リカと、ダ・ヴィンチちゃんと三人、正門から一番遠い難民の中に紛れ込んだ。
《気づいていると思うけど、報告しておくよ。キミたちの周囲には高濃度の魔力反応がある》
「はい。聖都から出て来た騎士のようです。難民たちをずらりと囲んで守っていますが」
言葉を続ける前に、突如として空が朝になった。
「せ、先輩」
「大丈夫」
わたしのマントを弱々しく摘まむリカの、肩に腕を回して、抱き寄せた。
大丈夫だという保証は、本当は何もない。どんなカラクリがあったって、わたしはリカを護るだけだ。
ざわめく難民たち。その彼らを、聖都の正門から出てきた騎士が窘めた。
あ――ああ、ああ! そんな。こんな、ことが。
ベディヴィエール卿とトリスタン卿で尽きたと思った愕然が、またわたしを襲った。
……ガウェイン卿まで、この時代にいるなんて……
分かる。わたしの中のギャラハッドが胸を痛めている。
「聖抜が始まるぞ! 聖都に入れるぞー!」
難民が上げる喝采さえ、どこか遠い出来事のよう。
「……最悪だ。ありえない。こんなことが起こりえるのか」
《レオナルド? どうした、キミらしくないぞ! なにが起きているんだ!?》
「リカ君、マシュ。すぐにここから離れるんだ。今ならまだ間に合う。何が『聖抜』だ。文字が違うじゃないか。奴らは――」
ギャラハッドの断片が告げる。今すぐ彼を止めろとわたしに警告している。トリスタン卿の時の二の舞を踏んではいけない、と。
「もはや地上のいかなる土地にも、人の住まう余地はありません。この聖都キャメロットを除いて、どこにも。我らが聖都は完璧なる純白の千年王国。この正門を抜けた先には、理想の世界が待っています。我が王はあらゆる民を受け入れます。異民族であっても異教徒であっても例外なく。――我が王から赦しが与えられれば」
前触れのないホワイトアウト。
強い白光。なのに眩しくない。人々のシルエットは視認できる。中でも、一面が白に染まった世界で、金の輝きを放つごく少数の人は、特に目についた。
「……皆さん。誠に残念です。王は貴方がたの粛清を望まれました。では、これより聖罰を始めます」
え? と。呆気に取られた一瞬が、致命的なロスタイム。
難民たちを囲んでいた騎士の一人が、そばにいた女性を斬り捨てた。
悲鳴を上げたのは一人か大勢か。
錯乱が人から人へと伝染し波及し、誰もが身一つで逃げようとした。
だがそれは叶わない相談だ。粛清騎士はすでに難民を囲むように布陣している。逃げ出そうと突出した者があれば、粛清騎士はモグラ叩きのように機械的にそれを斬った。
なおも逃げようと難民は惑い走るのだから、正門前のパニックは筆舌に尽くしがたかった。
たくさんの人間が目の前で殺されていく。たくさんの命がわたしの前で死んでいく。
「う、あ――わああああああ!!!!」
盾を実体化させて、手近な粛清騎士を力いっぱい殴りつけた。倒れた粛清騎士はサーヴァントが消える時のように消えていったけど、気に留めていられない。
こんなのはイヤ。人ってこんなに簡単に死んでいいものじゃない。命ってこんなに簡単に奪われていいものじゃない。
そんな「当たり前」がこの場のどの騎士にも通じないなら、わたしが、護らなくちゃ。
わたしは正門を目指して走り出した。
粛清騎士たちを指揮しているのはガウェイン卿だ。彼を叩かないことには、騎士たちの狼藉は止められない。
「……を覚まして、ルシュド! 子供を殴るなんて、何て酷いことを!」
正門前のあの女性――確か、あのホワイトアウトの中で金色に光っていた一人じゃ?
「これからは獅子王様にお祈りを捧げるように言いつけますから! どうかこの子も一緒に!」
「いいや。貴方がたは己が神を捨てはしない。それは幼子であってもだ」
見えた。粛清騎士が、地面に倒れた少年から女性を引き剥がして連行しようとしている。
「せめて、その篤き信仰と共に眠れ。貴女の息子は、貴方がたの神に選ばれた」
粛清騎士が剣を少年に振り下ろす。あの子を殺そうとしている。
だめ、そんな、間に合って――!
剣を受けたのは少年じゃなくて、母親の女性だった。
「ああ、ルシュド……よかった……私の希望、私の
女性が頽れる。息絶えたんだと分からないほど、わたしだって馬鹿じゃない。
叫んだのか、泣いたのか、わたし自身も分からないまま。わたしはあの女性を殺した粛清騎士を、盾で、全力で殴っていた。
こんな悲劇が許されていいはずがない。このまま息子さんまで死なせるわけには行かない。せめてこの子だけでも助け、ない、と……
――助けて連れて戻ったら、リカはどうする?
リカのことだから、この子の傷を自分に転嫁して治そうとするのでは?
“第四あたりで息絶えたかと――”
オジマンディアス王の指摘が正しいとしたら。すでにリカの肉体が他人の傷を引き受ける限界を迎えているとしたら。
――この子を助ける代わりに、リカが死んでしまうかもしれない。
結論を弾き出した瞬間、四肢が、鉛を詰めたように重くて、動けなくなった。
俯いて見ていた地面に影が射した。
「躊躇いましたね? 戦うことではなく、命を救うことに」
顔を上げるまでもない。このプレッシャー。間違えられるはずがない。――ガウェイン卿に間合いに入り込まれた。
「難民たちを逃がすために血路を開き、今また、幼子を助けんがため敵陣に踏み込んだ。だのにその幼子に貴女は手を伸ばさない。助けてしまったことを後悔さえしている」
ガウェイン卿の言葉は全て真実だ。
聖罰と何ら変わらない。わたしはわたしの都合で命の選別をした。この少年とリカを天秤にかけて、リカを選んだ。
「穢れも曇りもなかったかの騎士も、己が魂を預ける相手だけは見誤ったようですね―――少女騎士よ。その盾、貴女には宝の持ち腐れ。せめて同胞として我が聖剣を手向けよう!」
ついにガウェイン卿が聖剣をわたしへと振り下ろした。
避けられない、防御が間に合わない。斬られる――!
「やめて!!」
聖剣が止まる。
中途半端に構えようとした盾が止まる。
リカが、わたしとガウェイン卿の間に割って入って、両手を広げてわたしを庇って立っていた。
「リカ、何てこと……!」
あなたを傷つけたくなくて、ここまで迷って戦ってきたのに。
あなたが斬られでもしていたら、何の意味もないじゃない!
「己が騎士を守るために主君が身を危険に晒すのですか」
「主君なんて知りません! 確かにあたしはマスターだけど、先輩は先輩で、しもべなんかじゃないんです!」
「なるほど。――異邦のマスター。貴女の名は?」
「リカ」
「ありがとうございます、リカ。確かに覚えました。ですので――お覚悟を。貴女と貴女の騎士は、獅子王とその円卓の騎士を敵に回した。ここで私に討たれるか、私以外の円卓の騎士に討たれるか。どうあれ運命は決まりました。苦しませるのは本意ではありません。どうか、速やかに運命を受け入れますよう」
そんなこと、させない!
「リカはその子をお願い!」
「はい!」
リカが少年を抱き上げてスタートダッシュを切った。
わたしは、
――無意味な行為だと分かってる。ギャラハッドの霊基を以てしても、剣で、日中のガウェイン卿に挑もうなんて発想からして間違っている。
でも、ガウェイン卿はリカに対して剣を止めた。彼の騎士道はまだ完全に地に堕ちてはいない。
だからわたしは――そこに付け込んででも、この人たちの過ちと対決するんだ。
静寂の、一拍。
ガウェイン卿が聖剣を揮った。
同じタイミングで剣を振ったわたしより、速度も威力も段違いに上。それでも――!
「それでも、その一刀は無意味ではない」
ギィィ……ンッ!!!
その剣戟は、わたしとガウェイン卿が斬り結んだ音じゃない。
――わたしたちの間に割り込んだ灰色の人影。聖剣を素手で受け止めた銀の右手。
「サー・ルキウス?」
つい砂漠で会った時の呼び方をしてしまったけど、助けてくれたのは、ベディヴィエール卿で間違いない。
「レディ。貴女が勇気を奮い起こして抜いた剣、確かに見届けました。……私もどうかしていた。強きを挫き、弱きを助ける。その決断は常に、何より正しいものであったのに」
「サー・ベディヴィエール!? 円卓の騎士である貴公が、王に叛逆するというのですか!」
ベディヴィエール卿は答えず、握っていた聖剣の刀身を振り払った。
ガウェイン卿のガラティーンを素手で払いのけるなんて。あの銀の右手は一体……、……待って。この、焦げ臭さ。まさか。
「ベディヴィエール卿! まさか、その腕ごと体内が焼けているのですか!?」
あれほどの宝具を行使する代償が無いわけなかったのに、楽観していた! あの腕は人間が担うには
「ッ……気になさらず! それより急いで! 今なら撤退できます!」
撤退。ええ、させてもらうとも。でもここにベディヴィエール卿を置いて行くつもりは微塵もありません!
「ダ・ヴィンチちゃーん!!」
「――はいはいはいはーい! 呼ばれたらナイスタイミングで来るとも天才だからね! 後ろの敵は蹴散らしておいたよ!」
バギーがドリフトしてすぐそばで急停止。さすがです、ダ・ヴィンチちゃん! 頼れる万能サーヴァント!
「ベディヴィエール卿も一緒に来て! 昼間のガウェイン卿なんか相手にしてらんない! 失礼!」
「わ、ひゃ!?」
乱暴は承知でベディヴィエール卿をバギーに押し込んで、わたしも続いて乗車。
バギーの助手席には、さっきの少年を膝に乗せたリカとフォウさんがいた。
「先輩! すみません、この子のケガ、まだ治療できてなくて……!」
「それもまたあとで。諸君、対閃光、衝撃防御だ。具体的に言うと口を開けて目と耳を塞ぎたまえ」
わたしは言われた通り目をきつく閉じて耳を両手で塞いだ。
直後に体に振動が伝わって、閉じた瞼の裏にまで閃光が焼き付いた。
マシュがブレブレです。
全力で空回っている感を自分なりに文章にしてみましたが、伝わっていますかね?