マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
わたしとラーマさんで並んでクー・フーリン・オルタへと駆け出す。手分けしてとか二手に分かれてではなく、二人で同じサーヴァントを標的に定めて攻撃に出た。
当然、その蛮行を女王メイヴが許すわけがない。メイヴはわたしたちの射線上に正面から立ちはだかった。
「私がいる限りクーちゃんの懐に入れるなんて思わないことね。初手から出血大サービスしてさしあげる! 来なさい、『
メイヴのかけ声を受けてさっきのチャリオットが再び現れた。すでに爆走する牛たちが引く戦車の御者台に、メイヴがひらりと飛び乗った。
――
――恋多き女王、現代のアイルランドにおいてさえ永遠の貴婦人として息づく、頂点の女。逆説的に、色と恋にまつわる強い信仰を集めるメイヴが、異性の魅了スキルを備えていないわけがない。
これに加えて、ロビンフッドさんから聞いた、暗殺作戦でのメイヴの指揮。彼女は自身がジェロニモさんに狙われていながら、アルジュナさんを自身ではなくクー・フーリン・オルタの援護に回した。
以上をまとめて、結論。
わたしとラーマさんがクー・フーリン・オルタを狙って攻めに行ったなら、メイヴは異性であるラーマさんのほうに特効のスキルか宝具を展開する。
だから、わたしたちは――
「マシュ、頼む!」
「はい! 行きます――!」
ジャンプしたラーマさんの足裏に盾の角度を合わせて、スキル・魔力防御、発動。盾の反発力を利用して、ラーマさんを高く飛ばしてメイヴの宝具射程外へ、さらにはクー・フーリン・オルタの前まで。
そしてわたし自身はすぐさま盾を構え直してメイヴのチャリオットを真っ向から防御する。
「
激突する、守護円陣と鉄戦車。
わたしは一歩だって引きやしない。わたしの、“彼”の雪花の盾は、どんなサーヴァントにだって破れない――!
「――そう。あなた、魂の半分は“そっち”なんじゃない。だったら、ふふっ……油断したわね、デミ・サーヴァント!!」
「え……っ?」
次の瞬間、わたしは天鵞絨の天蓋に隠された大きなベッドの上に横たわっていた。
いつの間に。どうやって。盾は破られなかったのに。ここはどこ? どうしてわたしの体、この寝台から起き上がれないの?
どうにか四肢を動かそうと力んでいたわたしの、顎を、つつう、となめらかな指先がなぞった。
「女王メイヴ――!?」
「ようこそ、私の愛しき
固有結界でしかも宝具を何て破廉恥なものに仕立て上げたのか、この淫蕩女王ッ!
迫ってくるメイヴに、わたしは抵抗を試みるが、まるで力が出ない。非武装状態の時ほどの弱々しさに、泣きたくなる。デミ・サーヴァントとして戦って経験を積んだって、内側の“彼”と和解して精神面が向上したって、マシュ・キリエライトは結局ただの非力な少女に過ぎないんだと思い知らされているかのようで。
『先輩!! 帰って来て!!』
ただ一人の後輩の声が、耳ではなく全身を叩くように響いたかと思うと、わたしは硬い地べたに体を投げ出されていた。
……ここは、ホワイトハウス前?
「先輩! 大丈夫ですかっ?」
「フォフォウ!」
血相を変えたリカがわたしを支え起こした。その時に見えたリカの手の甲からは、令呪が一画消失していた。そうか。令呪を用いた強制転移で、わたしをメイヴの固有結界から退去させたんだ。
――リカはどんどん頼もしくなっていく。リカの「先輩」であるわたしも負けてはいられない。
少し離れた位置ではラーマさんがクー・フーリン・オルタと刃をぶつけ合い、ナイチンゲールさんがラーマさんを援護している。
わたしの眼の前には、屈辱に頬を紅潮させる女王メイヴしかいない。メイヴは一度宝具を開放した。次の宝具展開まではタイムラグがあるはずだ。それまでに決着をつけなければ。
わたしは周囲を見回して、ゲイボルクの意匠の巨大オブジェに目を留めた。
わたしは走って行って、ゲイボルクのオブジェに盾ごと体当たりした。好都合なことに、砕けたオブジェは細長い棒の形で落ちてきた。これなら、行ける。 私は棒きれを槍のように両手で握り締めた。
――盾を執った“彼”だけど、剣も槍も決して使いこなせないわけではない。
“この一撃に、全てを――!!”
「――賭けるッ!! やああああああっっ!!」
今この四肢を駆動させるのは、わたしの魂に融けたギャラハッドの戦技。操られているわけではない。わたしは“彼”を信じて、託したのだ。
メイヴの鞭を掻い潜り、懐に入ったわたしは、棒切れの槍でメイヴの胸を一突きに貫いた。
「ず、るい……よりに、よって、クーちゃん最大の武器を使う、なんて……」
私が棒きれ槍を抜くと、メイヴは胸から血を流してその場に倒れた。霊核を貫いた手応えだった。
向こう側でクー・フーリン・オルタが舌打ちすると、ラーマさんとナイチンゲールさんの猛攻を掻い潜り、そのせいで血まみれになっても知らんとばかりに、倒れたメイヴの傍らにしゃがんだ。
「ひでぇ有様だな、メイヴ」
「ええ、クーちゃん。私、今にも死にそうよ。でも役割は果たしたの。本当よ? ……褒めてくれる?」
「そうだな。お前さんにしてはよくやった。女王として自国を守る。やればできる女だよ、お前は」
「うれ、しい……! 私、その一言が聞きたかったの。それだけで救われたの。私の願いは、叶った。やっと、貴方は、私のものに、なってくれた――!」
「―――死ぬか?」
「ええ、死ぬわ。聖杯は貴方に託します」
メイヴは両手で、金の八面錘を捧げ持った。クー・フーリンはメイヴの両手ごと聖杯を受け取った。
そんなふたりの光景は、一枚の絵画のよう。
メイヴは、クー・フーリンに握られたままの自身の両手を、恍惚と見つめながら消滅した。
クー・フーリンは聖杯を片手に握り込んで、再び立ち上がってわたしたちと相対した。
「うし。それじゃあ殺し合うとするか」
とっさに、わたし、ラーマさん、ナイチンゲールさんで三方からクー・フーリン・オルタを包囲した。
「……狂王よ。聖杯を渡す気は?」
「欠片もねえ。これはゲッシュだ。メイヴって女はどうしようもない悪女だが、時代を支配できる願望器を、俺一人の心を奪うためだけに躊躇なく使いやがった」
意中の男をふり向かせる。万能の願望器にくべた女王メイヴの願いは、世間にありふれた女子学生の恋心と大差ない、他愛のないもの――
「あれにとっちゃ飽きれば捨てる玩具だろうが、心意気だけは買ってやらねえとな。なんで、一切の愉悦を捨てて戦い続ける。これまでも、そしてこれからもだ」
聖杯に願えば恋の一つや二つは叶う? とんでもない。無から有が生まれないように、最初から無い恋心なんて聖杯の刷り込み程度で芽吹きやしない。メイヴの、世界より恋を取るという行為は、確かにこのクー・フーリンの胸を打ったんだ。
――分かる。そういう女性特有の躊躇の無さに、“彼”も胸打たれたことがあった、と感じている。
「大体なあ、テメエら。今さら散々オレの邪魔をしやがった奴らを、生かして帰す道理はねえだろうが。来な、小僧に小娘ども。アルスターの戦士にケチをつければどうなるか、その身を八つ裂きにして、骨の髄まで叩き込んでやるからよォ!」
ムーンライトロストルームのおかげで槍攻撃をどうしてもやりたくなった。後悔はない。
ゆゆゆいから百合成分をたっぷり補給して帰ってきた。というわけで皆様、お待たせしてしまい申し訳ございません。あとちょっとだけ5章は続きます。