マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
アルジュナがカルナに射た最後の矢を、終生の後悔というなら。
“僕”にとっては、ディンドランが死ぬと分かっていながら止められなかった瞬間が、それなんだ。
…………
……
…
アルジュナさんという将を失って統率を失ったケルト軍を、わたしたちは幸いにも難なく破ることができた。
ここからは速度が勝負を決める。指揮官であるラーマさんの怒号を受け、わたしたちと西部合衆国軍は昼夜を問わずワシントンを目指した。
ラーマさん、焦りがオーラに滲み出ている。わたしも彼とそう変わらない体たらくなのだろうけれど。
だって、誰が予想できた?
スカサハさんがクー・フーリン・オルタに負ける、なんて……
昼夜を問わず、と言っても限度はある。食事、睡眠、武器の補充、etc……それらのためにラーマさんは一度、軍を止めた。
ナイチンゲールさんは負傷兵の往診のため、兵士たちの間を駆けずり回っている。例によってリカの手伝いの申し出は却下された。今は余裕がないから、この戦いが終わってから、先輩として抗議に行かねば。
この戦い……終わる、よね? その時には、わたしもリカもナイチンゲールさんも、みんな生き残っている、よね?
「先輩」
呼びかけと同時、横からわたしの腕に寄り添った体温が二つ。言うまでもなくリカとフォウさんだ。
わたしたちは体を寄せ合って、地べたに並んで腰を下ろした。
リカは何も言わない。わたしも何を切り出すべきか分からない。
それなりに長時間、静寂を挟んだと思う。先に口火を切ったのは、リカだ。
「先輩。今からあたしが言うこと、かなりヒドイことですけど、いいですか?」
「――どんなこと?」
「もうこれで、代わりに責任を取ってくれる人、誰もいなくなっちゃったなあ、って」
――ああ、そうか。
スカサハさんに勝てるサーヴァントなんているわけがない。わたしたちが失敗したって、スカサハさんが何とかしてくれる。心のどこかでそんな甘えがあった。今だってその甘えを払拭できずにいる。もうあとはないぞ、もう勝つしかなくなったぞ、と絶えず囁かれている気分。――そう。あなたも同じ気持ちだったのね、リカ。
わたしは黙ってリカの頭を肩にコツンと押しつけた。
うん、ひどい。どっちもヒドイ子だね、わたしたち。だからわたしには怒れないよ。
星空を見上げた。このまま永遠に夜明けが来なければいいのに――
「何を弱気になっておるか! 力を結集すれば勝てない相手ではない!」
わっ。び、びっくりした。ラーマさん? 今のは、激励なのでしょうか?
「いや、まあ、正直、勝てるかどうかは確約しかねるのが本音だ。しかし、な、勝てる気がするのだ。魔王ラーヴァナを相手にした時もこんな心地であった。なあ、二人とも? 余は、マシュもリカも好きだ。ナイチンゲールも、小僧っ子にしか見えぬ余の命令をきちんと守ってくれる兵たちも好きだ。そして、余に新たな命を与えてくれたシータが、心の底から好きだ。好きだから守りたいし、好きだから恐怖に屈せぬ。単純だろう? だが突き詰めれば、英雄とは、そんな小さな想いから出発するものなのだ」
好きだから、負けない。
そんな肩の力を抜いた気持ちで戦いに臨んでいいの?
ラーマさんは夜闇に在って眩いと感じるほどの笑顔で、わたしたちに手を差し出した。
「さあ、行こう! 立って歩けぬならば、今度は余が、ナイチンゲールがしたように二人を背中に担いでしまうぞ?」
「フォーウ……」
「……それは、ちょっと……」
「さすがに、ご勘弁ください」
わたしは苦笑してラーマさんの伸べる手に手を預けた。リカも同時にそうしたから、わたしとリカの手は上下に重なった。ラーマさんは嬉しげに笑い、わたしとリカの手をそれぞれ両手で持ち直して、わたしたちを引っ張り起こした。
立ち上がってみれば、意外と、自分の体は軽いんだと再発見。こんなに軽いなら、もっと早くに立ち上がればよかった。
隣のリカを見た。戸惑いがちなリカに、わたしは笑いかけた。
――わたしはこの後輩が好き。“彼”もディンドランを思わせるこの子が好き。
マシュ・キリエライトはギャラハッドの想いを確かに“在る”ものとして認める。わたしは一人の相手を二人分、好きでいるんだ。
“ありがとう”
きっとこの幻聴は二度と聴こえない。最後だろうから、特別だ。
わたしこそありがとう、ギャラハッド。わたしに誰かを護る力をくれて。
ワシントンはもう目と鼻の先。
ここからはラーマさんが軍の指揮官を外れる。わたしを含むサーヴァントたちとリカ(とフォウさん)だけでなくては、女王メイヴとクー・フーリンに挑む時に無用な犠牲者を出してしまうからだ。
ラーマさんは西部アメリカ軍を鼓舞する最後の訓示を行った。
「以前にも言ったが、お前たちにはこの土地を守る義務がある。所有者だからではない。奪ったからには、最後まで責任を果たすべきだからだ。この国はイ・プルーリバス・ウナム。あらゆる地より来てこの大陸に根付いた民は、あらゆる国家の子に等しく、つまりこの国と民たるお前たちの親は世界そのものである。迷いを生じたなら高らかにこう叫べ! 『我が名は世界中の国家の血を継ぐ子、アメリカ人である』と!」
消耗していた兵士さえも奮い立たせる立派な姿だった。騎士王とは違う次元で、ラーマさんは確かに王者なのだとよくよく身に染みる演説だった。
距離を取っていたわたしたちに、ラーマさんが合流した。
「待たせた。それとナイチンゲール、いくらかそなたの言ったことを脚色させてもらった。イ・プルーリバス・ウナム――よい言葉だと思ってな」
「特段気にしません。大事なのは誰が言ったかではなく、聞いた人が発言そのものをどう受け止めるかです」
わたしたちは、ホワイトハウスを目指すことにした。――前にジェロニモさんが言っていた。敵に打撃を与えるなら首都を狙う。その理屈と同じだ。アメリカ合衆国首都の心臓部はホワイトハウス。ならケルト勢力がそこを占拠しないわけがない。
急行したホワイトハウスは――異界化していた。
《何だコレ!? まさかホワイトハウスって言い張る気なのか!?》
ちょっと、筆舌に尽くしがたい変貌だ。インド出身のラーマさんが「本来のホワイトハウスのほうが美しかろう」と零すほどであると言えばお察しいただけるだろうか。
「ドクター・ロマン。北部戦線のほうはいかがですか?」
《あ、ああ。大健闘だ。これならなんとか――》
「やはりそうですか。無限といっても、時間をかければ、というだけ。ここまで来れば減数の速さが勝る。追い詰めているのはこちら、と思いたいところですが……」
「何か不安があるのか、ナイチンゲール?」
ナイチンゲールさんが言わんとする所はわたしにも分かった。快調な戦運びではかえって敵の罠などを勘繰りたくなる。わたしの中のギャラハッドの経験則がそう教えてくれる。
「来ちゃったのね。私の可愛い
頭上から女の声がした。すわ奇襲かと盾を上方に構えたわたしだったが――
「フォウ!!」
「先輩、前です!」
顔を水平に戻すと、ちょうど正面にチャリオットが降り立った所だった。
チャリオットから降りてきたのは、二名。
異界化したこの空間においては発光しているようにさえ見える、白いティアラとストロベリーブロンドの美女。
そして、見紛うこともできない、クー・フーリン・オルタ!
「あのヒトが、女王メイヴ――」
「気安くてよ、そこのマスター。気分が悪いから殺しても構わないかしら?」
小さく息を呑んだリカを、わたしはすぐさま背中に庇った。フォウさんもリカの肩の上で、毛並みを逆立てて威嚇態勢だ。
「どきなさい。あなたの邪悪は病ではなく生まれついてのもの。健康優良児そのものです」
「はあ?」
「どけ、メイヴ。その看護師はオレに用があるらしい。……看護師であろうが敵は敵。ならばオレは殺すだけだ」
「どうぞご自由に。私は貴方を治療し、貴方は私を殺害する。矛盾ですが妥当です。では戦う前に一言。
言った。この看護師の祖、ケルトの狂王を相手に病気告知をした。
呆気に取られるとはこのことだ。ご覧ください、当のクー・フーリンでさえ辟易満面です。
そしてわたしたちは嫌ってほど知っている。ここから始まるのはナイチンゲールさんによる容赦・呵責・遠慮なしのインフォームドコンセントであると。
「愉悦を抱かない。王になったことで愉悦を封じた。自らを檻に閉じ込め、“王”というシステムに体を譲り渡す。ゆえに自動的、機械的に戦える。そうしなければ王で在り続けられない」
あ――そう、か。いくらオルタ化したといっても、わたしはこのクー・フーリンが
「黙りなさい、看護師!」
メイヴが怒鳴っても、ナイチンゲールさんは全く聞く耳を持たない。
「生前の私自身がそういう在り方でした。私は己の人間らしさを投げ棄て、目的のために邁進した。無論それは歪んだ生き方であることも否めません。でも構わない。私は世界に広めたかっただけ。痛みを誰かに治してもらえるんだという希望を。病から快癒する歓びを。だから、私は後悔していない。――問いましょう、蛮族の王。この支配に必要性はあるのですか? 行き着く果てを、どこに見定めているのです? 無いでしょうとも。それは病です。私に治療させなさい、クー・フーリン」
「……話はそれで終わりか」
クー・フーリンの返答は、ナイチンゲールさんの診断を認めながらも、彼女の「治療」を受ける気なんぞ真っ平ないと、言外に告げていた。
「病、ね。言い得て妙だ。この体を癒し、この血を清らかにすれば、正気とやらに戻るのかもしれん。だが、アンタもよーくご存じだと思うがね。世の中には、
ナイチンゲールさんが――絶句した。
――対話は、ここで終わりだ。
クー・フーリンが朱槍を両手で握った。
応じて、わたしとラーマさんもそれぞれ盾と鉈剣を構えた。
「余はコサラの王ラーマ。これは、志半ばにして斃れた者たちから与えられた
自分なりに精一杯に無い頭をひねって「アメリカ人」を解釈してみた結果がラーマの演説です。
「私は○○人だ!」と胸を張って言った人を、作者は眩しく感じたという体験がちょっとありまして、それを再現したかった次第です、はい。
――自分は何者か。それがFGO北米編のキモだったのではないかと勝手に解釈しています。