マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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 どこまで書いてどこを削るかを見極めるラインが難しい。


アメリカ7

 夜が明けた。

 ケルト暗殺班と、シータさん救出部隊。わたしたちはそれぞれの任務のために二手に分かれて出立した。

 

 わたしはシータさん救出部隊。リカとフォウさんと、他にもナイチンゲールさん、ラーマさん、エリザベートさんがこちらの隊員だ。

 このメンバーで、わたしたちはシータさんが囚われていると思しきアルカトラズ島を目指す。

 

 荒野を歩いて進む。それだけの微震でも、心臓が抉れたラーマさんには辛いみたいで、彼の延命措置のため、行軍は足踏みを余儀なくされた。

 

 何度目かの処置で、ラーマさんは、ご自身がどうしてこうも無残な有様になっても延命を望むのかの理由を零した。

 

「妻と会うまで、余は死ぬわけにはいかん」

 

 ――『ラーマーヤナ』に曰く。コサラの王ラーマは妻の不貞を疑い、二度に渡って妻を試した。ラーマさん自身はシータさんを疑ったりはしなかったとのコメントだが、結果として生前の彼はシータさんを追放した。

 

「そんなの疑ったのと変わらないじゃない! サイテー、サイテー、サイテー!」

「あ、あの、エリザベートさん。相手は怪我人ですから」

「いや、全くその通り。余は最低である。余が小僧の姿で召喚されるのも自明の理だ。この頃は、ただシータだけが愛おしかった。ただそれだけでよかった時代が、余の全盛期というわけだ」

「でしたら」

 

 ナイチンゲールさんがいささか強めに、ラーマさんの胸部の包帯を留め直した。

 

「愛しい女性に会うまで辛抱なさい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その時、砂を含んだ風が吹いて、小さな呟きを掻き消した。

 

「リカ、今何か言った?」

「いいえ、何も――なんでもないです。急がないとなって思っただけ、です」

「賛成。何はなくとも、シータという女性は一発この男を平手打ちにするべきだし」

「う、うむ。会えれば、な」

「何よー。こぉんな精鋭たちに運んでもらっといて、アタシたちがしくじるかもとか疑ってたりするの?」

「断じてそういう意味ではない! 余が戦えぬばかりに、そなたたちに迷惑をかけるという申し訳なさがだな……いや、言い繕うのはやめよう。やはり余は、シータと巡り会えるかを一番に気に懸けている」

 

 ナイチンゲールさんがラーマさんの体を特製ベルトで固定して、再び彼を担いで立ち上がった。ラーマさんは痛みに顔を歪めたが、苦悶の声は噛み殺したようだ。

 

 夫婦だから当然のことだと思っていたけれど、心臓が抉れても意思力だけで死から逃れ続けるのは自然なことではないし、容易でもない。

 

 ――こんなふうになってでも会いたい、ただ会いたくて堪らない、大切な人。

 

 一歩先に歩き出したリカの、手を、わたしはとっさに掴んでいた。

 

「先輩?」

「フォウ?」

 

 リカと繋いだ手の感触に、わたしは密かに安堵した。大丈夫。リカはちゃんと“僕”の手の届く位置にいる。誰にだって離れ離れになんかさせやしない。誰もわたしたちを引き裂けやしないの。だから大丈夫。不安になる材料なんて一つもないんだから。

 

「ミス・マシュ、ミス・藤丸、お急ぎください。血を流すことを恐れてはいけません。行きましょう」

「は、はいっ。すいません、すぐにっ」

 

 慌てて歩調を速めたリカに合わせて、わたしも早歩き。リカに手を振り解かれて先に行かれたらと想像すると、どうしようもなく切なかったからというのは、わたしだけの秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 道中、ケルトの戦士やワイバーンに襲撃されつつもこれを撃退し、わたしたちはついにアルカトラズ刑務所まで無事に辿り着いた。

 

 監獄の正門前には、鍛え上げかつ古傷だらけの上半身を堂々と曝した偉丈夫が一人――いや、一騎と数えるべきか。ドクター・ロマンの観測を待つまでもない。あの男の気配はサーヴァントのそれだ。

 

「おう。アルカトラズ刑務所にようこそ。入監か? 襲撃か? 脱獄の手引きか? とりあえず希望を言っておきな。殺したあとで、どうするか考えてやるからよ」

 

 あのサーヴァントは飄々と言っているが、きっと言葉そのものに嘘はない。わたしたちを気持ちよく全滅させてから、さてどうするか、と思案する気なのが見て取れた。真っ当とは言い難い思考系統からするに、彼のクラスはきっとバーサーカーだ。

 

 けれど、バーサーカーという一点でならどの狂戦士にも負けない看護師が、こちらにはいる。

 

「こちらの患者の奥方がここに監禁されているそうで。治療に必要なので、身柄をお引き渡し願います」

「面会かよ。おいおい、戦いに来たんじゃないのか?」

「看護師が戦うのは、病気と負傷、そして治療の障害となる存在です」

「――ははあ、読めたぜ。背中にいるのが奥方のダンナってわけか。しかし残念だが、俺はその奥方とやらを解放するつもりはない」

「では、貴方は患者の治療の障害ですね。障害は排除させていただきます」

 

 わたしは盾を握った。この流れなら直後に戦闘にもつれ込んでおかしくない。エリザベートさんだって、敵意を隠すことなく武器のほうの槍を実体化して構えた。

 

「そう焦んなよ、嬢ちゃんたち。俺たちが敵同士なのは明白だがな、それでも交わすべき仁義ってもんがある」

「仁義、ですか」

「敵であれ強い者には敬服する。死は恐れずとも驕りを恐れ、敬いを忘れない。なあに、要はまず戦って証を立てろってことさ。お前たちの生きる価値を証明しろ。我が真名(な)は“竜殺し”ベオウルフ。さあ、かかってきな!」

「ぐぬぬっ、ツノ的にイヤな気分になるタイプだけど……! いいわ、このエリザベート・バートリーが、極上のナンバーでイカせてあげるッ!」

 

 エリザベートさんが大槍を振って、文字通りの一番槍を行った。

 

 わたしも続いて名乗りを挙げようとして、返答に詰まった。

 

 ――わたしが告げるべき名前はマシュ・キリエライトでいいの? 円卓の騎士ギャラハッドでなくていいの? だって、盾も鎧も戦い方も、命さえ、“彼”から授かったものばかりだ。そもそも、わたしは今まで、一度でも、マシュ・キリエライトとして戦ったことがあった?

 

「ま、ぁ、まっ、て……待って、くださいッ!」

 

 リカの必死の声で我に返った。

 

「せめてラーマさんを、お、下ろしてあげ、て……! 戦いの振動で傷が悪化し、したら……!」

 

 あ……そ、そうだった。道中ずっとこの格好だったから、変なふうに慣れてしまっていた。

 その通りよ、リカ。ラーマさんを負ぶさったままナイチンゲールさんを戦わせるなんて以ての外だわ。

 

「その要請は聞けません、ミス・藤丸。戦闘中に彼の容態が悪化した場合、私は常に彼の傍らで治療を行わなければいけません。仮に私が離れたとして、悪化した彼を他に治療できる人間はいません」

 

 治癒魔術ならリカが施せるのに、どうしてそれを頑なに許さないのか、このクリミアの天使は! 何様ですかあなた? バーサーカーでしたねすみませんッ!!

 

「婦長。あなたの戦闘スタイルこそが、より患者に負担を与えていると、わたしは意見します。草の上に横になって安静にしているほうが、よほど容態は急変しないでしょう。ですのでわたしからも、ラーマさんを下ろすことを提案します」

 

 ナイチンゲールさんはそれなりに長く悩んでから、無言で固定ベルトを外して、慎重にラーマさんを地面に降ろした。

 

「ミス・藤丸。あくまで彼の安静のためです。あなたの治療行為を私は推奨しません。今は特に、ラーマ君に()()()()()()()()()()()。この処方が守れるのでしたら、そばにいて患者の容態を見守っていてください。いいですね?」

「……分かりました」

 

 何はともあれ、これで後顧の憂いなくベオウルフに挑める。エリザベートさん、加勢しま……!

 

「――――イシスの雨」

「……感謝する、リカ! ――羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)!!」

 

 直後。灼熱に燃え盛る法輪が飛んできてベオウルフに直撃した。

 

 けほっ……衝撃の余波で上がった土埃と煙でよく見えない。

 分かるのは、あの燃える法輪が宝具級の攻撃だったという一点。わたしでもナイチンゲールさんでもエリザベートさんでもない。

 

 法輪に見えていた物の正体は鉈剣だった。鉈剣は徐々に緩やかに旋回していって、わたしたちのさらに後方、ラーマさんの手に戻った。

 さっきの攻撃は、ラーマさんの宝具の真名解放?

 

「なんだテメエ、育ちのいい顔しやがって不意打ちか! 面白いじゃねえかチクショウ!」

「うるさい邪魔だそこをどけッ!! 妻が待っているのだ、手段なんぞ選んでいられるかッ!!」

「いいぜ、かかってきな優男! その成りで俺をブチのめせたんなら正義の勝ちだ!」

 

 ラーマさんは心臓の傷なんて無いかのように、気焔を吐いてベオウルフに斬りかかった。赤い捩じり槍と緋色の刃が、ぶつかっては火花を散らしている。

 

「――ミス・藤丸?」

「触ってませんよ。あれはアトラス院の礼装の付与効果で、短時間だけの魔術的ドーピングです。せいぜい三合交えて限界でしょうが」

 

 激しい金属音がしてふり返ると、ベオウルフの手から捩じり槍が叩き落とされていて、ラーマさんが息を荒げながらも鉈剣の切っ先をベオウルフの喉笛に突きつけていた。

 

「三合あれば充分だと思いまして」

 

 リカは晴れ晴れしく笑った。

 この子ったらもう。とんち(ウィット)じゃないんだから。でも結果良ければ全て良しということで。ナイチンゲールさんが非難したってわたしはリカを弁護しよう。

 

 ベオウルフは両手を上げて降参のポーズ。

 

「半病人相手にこの始末か。こりゃあ誰が見ても俺の負けだな。降参だ。人の恋路を邪魔するほど野暮じゃねえ。ああ、囚人には指一本触れちゃいねえ。華奢すぎて、触っただけで折れそうだったんでな」

 

 ベオウルフは気負いもせず、落とした捩じり槍を拾ってわたしたちに背を向けて歩き去った。こんな捨て台詞を残して。

 

「さっさと行けよ、優男。華奢な奥方が待ってるぜ」

「ああ……そうさせて、もらう……!」

 

 ラーマさんは鉈剣を杖代わりに、自身の足で監獄に踏み込んでいった。

 ――はっ。呆気に取られていたが、わたしたちもラーマさんを追わないと。あの重傷で、監獄の中で倒れでもしたらそれこそ一大事だ。


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