マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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アメリカ6

 街に着くなりケルトの戦士、加えて新型キメラとの戦闘が勃発したが、どうにか切り抜けた。

 全員が無傷……では、なかったが。

 ラーマさんがナイチンゲールさんの背中で顔を青くして目を回している。ナイチンゲールさんに負ぶさられたまま戦われたら、ええ、ジェットコースター級でしょうとも。

 

 当のナイチンゲールさんはというと――

 サーヴァントとはいえ彼女は生前、看護師が主務だったのだ。わたしたちほど戦闘慣れしていないナイチンゲールさんは、当然、勢い任せの戦い方をして負傷もした。それでも「殺菌!」「消毒!」で突っ込むのだから、バーサーカークラスへの認識を改めたというか、これが本来は正しいんだと思い直したというか。

 

 流血沙汰の負傷をしたナイチンゲールさんに、リカがおずおずと歩み寄った。

 

「あの……傷の手当て……」

「結構です」

 

 ナイチンゲールさんはリカの申し出をぴしゃりと断った。

 

「自分の体は看護師である自分がよく理解しています。まだ動けますし、自然治癒で収まる範囲です」

「でも、血が出て……」

「結構だと言っています。この際だから忠告しますが、ミス・藤丸、あなたの『治療』は根本的に履き違えています。今後は私に限らず、どのような傷病人を見ても、その魔術を行使しないことを推奨します」

 

 な……んですって!?

 いくらクリミアの天使だからって、今の「忠告」は聞き捨てならない。

 リカは精一杯、自分にできることに真摯に取り組んでいる。その成果が高度な治癒魔術だ。それを、使うな、なんて。

 

 怒鳴りかかろうとしたわたしの、肩を、いささか強めに何者かが叩いた。

 いつのまにか後ろに回っていた緑衣のサーヴァントの仕業だった。

 

「オタクらがジェロニモのオッサンの言ってた援軍かい?」

 

 ……ナイチンゲールさんに抗議するタイミングを逃してしまった。

 

「あなた方が、ジェロニモさんの言っていた――」

「そ、孤軍奮闘の二人ですよ。もうめんどくさいから言っちまうか。オレはロビンフッド」

「あっさり真名明かしちゃうんだ。ズルイなあ。それじゃあ僕も明かさないわけにはいかないか。僕は人呼んで、ビリー・ザ・キッド! この国を守るために、この国のサーヴァントである僕が選ばれたみたいだね。クラスはもちろんアーチャー。よろしくっ」

「カルデアのマシュ・キリエライトです。デミ・サーヴァントです。よろしくお願いします」

「カルデアの、いちおーマスター……の、リカです。よろしく、お願いします……」

 

 現存戦力が集結した所で、さて、次にすべき行動は何か?

 わたしはケルト勢力の王と女王の暗殺計画について、お二人に説明した。ロビンフッドさんもビリーさんも計画に異議は唱えなかった。

 

「クラスの偏りを考慮すると、こちらの仲間にセイバーかランサーが欲しい所だ」

 

 ごもっともです。アーチャー2騎、キャスター1騎、そしてわたしはエクストラクラスのシールダー。近接戦で本領を発揮するサーヴァントはこちらにいない。

 

 ドクター・ロマンの索敵だと、付近にサーヴァント反応は見つからないとのことだ。

 これはもうサーヴァントと運よく出くわすまで辛抱強く歩くしかないか、と思い至った所で――

 

「あのさ、その、何つーか……ビリーと合流する前にさ、会ったんだわ。セイバーとランサーのサーヴァントに。うん、まあ……一応、セイバーとランサーだけどね? ウルトラな問題児なんだけどね? だがありゃあなんつーか……」

 

 とりあえず会ってみれば分かる。

 ロビンフッドさんがそう言ったので、さっそくそのセイバーとランサーに会いに行くことにした。

 

 

 

 

 

「……あー、憂鬱だわ。マジで会いに行くのかよ……」

 

 どうしてロビンフッドさんはそこまで嫌がるのだろうか?

 

「ま、腐れ縁というか。関係ありそうでやっぱりない世界の話っつーか」

「元カノだったりして」

「おお、そういう理由でしたか。ロビンさんも隅に置けないのです」

「おいビリー!? オタク、想像するだけでおっそろしいこと言うなよ!」

「だって言い方がそれっぽかったからさー。ね、みんな?」

 

 リカが頭を二度上下させた。今のは「大いに納得できる」のサインだ。

 

「お、リカは分かってくれるんだね。話題が合う人を見つけると安心するなー」

「分かります。これでも学生時代に付き合ってた男子、いないでもなかったですから。そこはかとなく?」

 

 ……付き合っていた異性がいた?

 学生時代というとリカがまだ日本にいた頃よね。そんな話、わたし今初めて聞くんだけれど!?

 

「大した男じゃなかったんで。ラブホで服脱いだ時、あたしの体が古傷だらけなの見て、『ごめん無理』って言ってポイ捨てされました。その程度の付き合いです」

 

 ――グランドオーダーが終わって地球が無事復活したら、わたしは日本に渡って、何が何でもリカの元カレを見つけてとっちめよう。そうしよう。

 

 

 

 

 

 戦果だけ述べると、わたしたちはランサーとセイバーのサーヴァントを仲間に引き入れることに成功した。

 思い返すと色々と泣きたくなる経緯なので、そこは割愛する。

 

 ランサーは、エリザベート・バートリーさん。

 セイバーは、白いドレスに身を包んだネロ・クラウディウス皇帝。

 

 ……察してください。ほんとに。

 

 でも、戦力だけでなく、有益な情報も手に入った。

 ラーマさんの奥さんであるシータさんは、アルカトラズ島に囚われている――という証言。

 

 わたしたちは戦力を二手に分けることにした。シータさんの救出、そして、ケルト勢力の“王”クー・フーリンの暗殺を目的とした、二つの部隊。

 明日にでもそれぞれに出立する予定だ。今夜はそれぞれに向けてのささやかな休息。

 

 ……星が、綺麗だなあ。

 これは原初の風景。人が生きるには厳しく、獣だけが生きることを許される大地。

 人類はここに、途方もない歳月と労力を尽くして、一つの国家を誕生させた。その行為は開拓であり……蹂躙、だったんだろう。

 

「先輩」

「――リカ。……どうかした?」

 

 わたしにはリカが悄然としているように見えた。

 

「自主避難してきちゃい、ました。ラーマさんに痛みの軽減だけでも、って言っても、ナイチンゲールさんがさせてくれなくて……あっ。ただ逃げ出しては、いないのですよ? ちゃんとこれ、先輩に差し入れに、って……」

 

 リカは両手に、湯気を立てるステンレスカップを二つ持っていた。

 

 わたしは軽く隣の地面を叩いて示した。

 

「おいで」

 

 リカはぱっと顔を輝かせて、わたしの隣に腰を下ろしてから、お行儀よく両手でステンレスカップの一つをわたしに差し出した。

 

 わたしはカップを受け取って口をつけた。コーヒーだと思って飲んだら、甘く口の中で蕩けた。これ、ホットチョコレートだ。

 

「おいしい……リカが作ったの?」

「はい。ビリーさんが持ってたコーヒーを分けてもらって、カルデアからも材料を少し送ってもらいまして、ちょちょいと」

 

 ちょちょいと、じゃないでしょう。ホットチョコのレシピはそれなりに手間がかかるってことくらい、わたしでも知っている。リカの労わりが込められてるんから、こんなに甘くて、あったかい。

 

 隣で、同じくホットチョコをちびちびと飲むリカに、確認の意味で問うた。

 

「治癒魔術を禁止されて、辛い?」

「――ちょっと……ううん、かなり。あたしが人様の役に立てることなんて、この魔術しかないのに。禁止されたこと以前に、あたしのしてきたことは間違っている、ってはっきり全否定されたのが、ショック、で……でも、本当に間違ってたとしても、やめようって気には、ならなくて……」

 

 リカは今にも泣き出しそうな笑みを刷いて、わたしを向いた。

 

「死んだおばあちゃんの受け売りです。『傷ついた人に優しくしてあげるのは、当たり前のことなんだよ』っていうのが、おばあちゃんの口癖でした。あたしにこの魔術が目覚めたのは運命だったんです。だからあたし、やめません。ナイチンゲールさんに何て言われようが。あたしにはそれくらいしかできないから」

「『それくらい』じゃ、ない。リカの魔術にはすごく助けられてる」

 

 あなたの魔術も心も優しすぎて、交わす言葉を一つ重ねるごとに惹かれるほど。

 ……ただ、この気持ちの正体が分からない。

 わたしが後輩のリカを可愛く思っているのか。

 わたしの中のギャラハッドがディンドランに似たリカを求めているのか。

 ロンドンで“彼”の真名を知ってから、分からないまま放置した。

 

 わたしは、リカの肩を引き寄せて、そのまま華奢な体を抱き締めた。

 

「先輩?」

「護るからね。あなたのことは、何があってもわたしが護るから――」

 

 だから、この不誠実なもどかしさを、もう少しだけ、許して。




 発覚! リカには元カレがいた!
 ……とはいえこれもリカには悲しいエピソードなのですがね(ノД`)・゜・。 ご開帳する日は来るのか否か。

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