マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
奮戦虚しく、わたしたちは大統王府の地下牢に放り込まれた。
機械化歩兵のあの数は反則だ……
特に武器や所持品を取り上げられたりはしなかったけど、この牢、外部からの魔力供給を遮断する効果があるみたい。盾が実体化できないし、牢を破りたくても体に力が入らない。
この牢の術式を構築したのはブラヴァツキー女史らしい。
「19世紀のキャスターも捨てたもんじゃないでしょう? 恭順を申し出るなら言ってちょうだい。すぐに出してあげるから」
ブラヴァツキー女史は、わたしたちとは別の、リカとフォウさんの牢に歩み寄った。
「ねえ、リカ? あの時、協力しないと言ったのはマシュだけど、意思表示したのはあなたよね。どうして? カルデアの優男が言うように、途中で裏切る手だってあったでしょうに」
「う……」
「怒らないから言ってごらん?」
「…………ないから」
「ん?」
「勝てないと思ったから、です。このままのやり方じゃ、今はよくても、きっと、最後にはケルトに負ける」
「――そう。あなた、人を、いえ大局を見る目はあるのね。ちょっと見直したわ。だったら改めて、お願い。あまりエジソンを嫌わないであげて。発明王としての彼は、本当にコドモみたいで面白い人なのよ。――安心なさい。すぐに救いの手は来る。それまで待っていてちょうだいな」
ブラヴァツキー女史は地下牢を出て行った。
間髪入れず、銃声が一発。
「ナイチンゲールさん、銃で牢を破壊するのは無茶ではないかと!」
「いいえ、少しだけ削れた気がします。さあ、張り切って削りましょう!」
ああ、跳弾が牢の中でトビウオのように! どの角度から襲ってくるか分からないから、壁を背にして身を守るしかない。うう、せめてリカとフォウさんがこっちの牢じゃなくてよかった。
「まあ、無茶ではあるな」
……え、誰?
「だが、銃声がよく響いたおかげで迅速に見つけることができた」
シャーマンらしき出で立ちの男性がいた。闇にまぎれて潜り込んだのではない。本当に、何もない空間から姿を現したとしか形容できなかった。いえ、そもそも、この気配は――
「サーヴァント!?」
《待て待て待て! 反応は全く無かったぞ!?》
「あるアーチャーから借り受けた宝具のおかげだ。少し待て。牢を開ける」
男性は、まずわたしたちの牢の鍵を外から開けて、格子戸を開いた。次にリカとフォウさんが入った牢を解放した。
外に出ると、リカが涙目でわたしの胸に飛び込んだ。
「先輩……!」
「怖かったね。もう大丈夫」
わたしはリカを抱き締め返した。リカはわたしの腕の中で何度も頷いた。
わたしはリカの肩を抱いたまま、救出者である男性に向き直った。
「失礼ですが、あなたは何者ですか?」
「……そうだな。名を明かさねば信用もされまい。とはいえ、私の真名はおいそれと明かすものではない。その名を伝えた所で知る者もいない。ゆえにこう呼んでくれたほうがいいだろう。ジェロニモ――我が名はジェロニモだ」
ジェロニモ――アパッチ族の
なるほど、「アメリカ合衆国」に最後まで抵抗した彼が、確かにエジソンに従うはずもない。
「マシュ・キリエライトです。デミ・サーヴァントです。助けてくださってありがとうございます」
「いいや。こちらも打算あってのことでね。君たちが我々の側に加わってくれれば、思い切った行動をとれる。今は見張りがいない。道々説明するから、まずは脱出しよう」
ジェロニモさんを先頭に、わたしたちは地下道を進んだ。
ジェロニモさんは教えてくれた。
現時点で彼と共闘しているサーヴァントは3騎。
各地にカウンターとして召喚されたサーヴァントはいるものの、ケルト勢力に各個撃破されているのが現状。
彼の仲間の一人も、ケルトに倒されかけた所を、ジェロニモさんたちが助ける形で仲間に加えたそうだ。
隧道を抜けて地上に出た時には、すでに夕日が沈む時刻になっていた。
フォウさんを背中にひっつかせたリカを、わたしは両腕を掴んで持ち上げた。
「カルナは出てこない、か。あのインドラの大英雄であれば帰りは見逃すまいと思ったが……何を考えている?」
カルナの思惑がどうあれ、出て来ないことにわたしは内心で安堵した。
わたしは一度、カルナの宝具を防ぎきれなかった。次の戦いで挽回できるとは考えにくい。戦わずにすむならそれに越したことはない。
「リカ。疲れてない?」
「ちょっと、だけ……でもまだ歩けます。大丈夫です」
嘘。悟られないように小さく、でも呼吸の間隔を短くしているのがバレバレよ。
「少し休んだほうがいいわ。リカ一人くらい、わたしが抱えてくから」
「……すみません」
そうと決まれば、よいしょっと。リカを負ぶさって立ち上がった。
[Interlude]
脱走していくマスター一人とサーヴァント数騎。
大統王府の上に立つカルナは、それを肉眼で捉えていたが、彼らの逃亡を邪魔することはしなかった。
これが健常なマスターとサーヴァントたちなら、二度目を見逃すほど甘きには徹しない。
しかし――
とっくにズタズタの傷だらけで、ふとした弾みで限界を迎える人間に追い打ちをかける趣味を、カルナは持ち合わせていなかった。
カルナなら気づくよね、って話。