マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
――インドラの施しの英雄カルナ。まさか敵として立ちはだかるなんて。最悪の展開だった。
あの医療キャンプで――
カルナの放った火炎系宝具を、わたしは盾の疑似展開で防いだ。ナイチンゲールさんもキャンプの負傷兵に被害が出ないよう回復宝具を解放した。
結果として怪我人は出なかったものの、カルナの宝具の余波だけでわたしたちは全員が失神。
そうしてわたしたちは、ブラヴァツキー女史が率いる機械化歩兵の手の上に乗せられて、アメリカ「西部」合衆国の砦へ護送された。
「まず、こちらの『王様』に会ってもらうわ。その上で、どちらの味方につくか決めなさい」
――星条旗を掲げた城塞に着いて、わたしたちはやっと機械化歩兵の手から地面に下ろされた。
ナイチンゲールさんだけは地面に下りるなり拳銃を抜いた。これには肝を冷やした。カルナの機先を制した説得がなければ、ナイチンゲールさんは所構わず相手構わず発砲していただろう。
リカが不安げにわたしの横に寄ってきたので、わたしはリカと手を繋いだ。
“大丈夫。僕が護る――今度こそ”
ちがう。わたしがリカを護るのよ。リカはディンドランじゃないし、わたしだってギャラハッドじゃない。ない、はず、なのよ。
「まあ、そう緊張しないで。王様、面白いから」
「おもしろい……?」
「この究極の民主主義国家で『王』を名乗る以上、面白いのは当然でしょ? さ、いらっしゃいな」
ブラヴァツキー女史の案内で、わたしたちは城塞の中に招き入れられた。
こぢんまりとした謁見の間で、待つこと一分。
「おおおおおおお! ついにあの天使と対面する時が来たのだな!」
空気をびりびりと震わせる咆哮で、わたしもリカも肩を跳ね上げた。
「この瞬間をどれほど焦がれたことか! ケルトどもを駆逐したのちに招く予定だったが、早まったのならそれはそれで良し! うむ、予定が早まるのはいいことだ! 納期の延期に比べれば大変良い!」
ドラ声とはこういうことを言うんだろう。
ブラヴァツキー女史とカルナは慣れたものとばかりに溜息をついていた。
蝶番を壊さん勢いで上座のドアが開いた。
わたしは身構えた。大統王、いかなる人物か英雄か――
「率直に言って大儀である! みんな、初めまして、おめでとう!」
ことばが、出ない。
ブラヴァツキー女史がイタズラを成功させた少女のように囃し立ててくるが、それに答えることさえできない。
だって、ライオンだ。
二足歩行の巨大なライオンだ。
「あ、あのぅ、西部の王様………ですか?」
第一声を発したリカを心から尊敬した。
「うむ。我こそはこのアメリカを統べる王、大統王、トーマス・アルバ・エジソンである!」
あ、王様って、発明「王」エジソンだから「王様」――ではなく!
エジソンと言ったのか。このライオン、エジソンと名乗ったのか。
「貴女がフローレンス・ナイチンゲール嬢ですな。不幸にも生前に知り合う機会はありませんでしたが、今この瞬間こそエネルギーの、いや、魂の奇蹟でしょう。ぜひ力を貸していただきたい。医療の発展はもちろん、兵士の士気向上、広告塔としての効果は計り知れないのだから!」
ツッコミを入れる隙がなく話が進んでいく。
ちなみにエジソン氏自身の語る所によれば、彼本人は全き人間であり、サーヴァントとして召喚されていたらライオン頭になっていたとのことだ。無辜の怪物のオモシロ版とでも思えというのか。無理がある。
「さて、キミの名前はリカ……だったな。この世界において、唯一のマスター」
わたしはとっさに、盾は出さないまま、リカを隠す位置に立った。
「単刀直入に言おう。四つの時代を修正したその力を活かして、我々と共にケルトを駆逐せぬか?」
リカがわたしを窺った。わたしは、頷いた。リカが決めた方針なら構わない。
「んと、協力するのはやぶさかじゃないんですけど……人類史修正は、先輩や現地のサーヴァントたちが助けてくれたから成し遂げられたんです。今は先輩だけですけど。あたしは何もしませんでした。先輩がいいよって言うなら、考えます。考えて、でも、それでも無理! って結論になったら、諦めて、くれます、か……?」
「奥ゆかしい――だが、人類最後のマスターよ。今こそ謙遜のベールを脱ぎ捨てる時だ。私はこの国よりケルトを駆逐し、聖杯を手に入れ改良してこの時代の焼却を防ぐ。手を携え合うには充分な理由ではないかね?」
聖杯を、改良? それに「この」時代って、他の時代は?
――嫌な予感がしてきた。
「ミスタ・プレジデント。時代焼却を防ぐとは、具体的にどのように?」
「よい点に気づいたね、盾のお嬢さん。何も修正するだけが特異点ではない。私は他の時代とは全く異なる時間軸に、この“アメリカ”という世界を誕生させようと計画している。ただ増え続け、戦い続ける野蛮なケルトどもに示してくれる。私の発明こそが、人類の光なのだとな!」
理解した。このライオン、ここではない他の時代を救うつもりがないんだ。
「そのために戦線を広げるのですか。戦いで命を落とす兵士たちを切り捨てて」
「いいかね、ナイチンゲール嬢。今の私にとってはこの国が全てだ。王たる者、まず何より自国を愛し、自国を守護する責務がある」
「そうですか。であれば――私のすべきことは一つ!」
ナイチンゲールさんが拳銃を抜いた――その手を、カルナが掴んでひねり上げた。
そんな、速すぎる。全く動きが視えなかった。
「離しなさいッ! 私は知っている。こういう目をした最高権力者は、必ず全てを破滅に導く。そうして最後に無責任にものたまうのです! こんなはずではなかった、と!」
「――マスターよ。君はどう思う? 3分の時間を与えよう。それまでに選ぶがいい」
指名されたリカが目に見えて蒼白になった。繋いだ手を通してリカの震えがわたしにも伝わる。
リカがどちらに付きたいのかは分からない。この子はその手前の段階、二つあるものの内から片方を選ぶという行為に怯えている。
《……ここは一つ、手を組むというのもアリじゃないだろうか》
「何を言うんですか、ドクター! エジソンは人理修復を良しとしていないんですよ!?」
《でも今はその過ちと対決する時間がないし、歴史的考察として、自分の正しさを信じて国を動かす者は最後に必ず報いを受ける。だからひとまず協力して聖杯を手に入れてケルト神話を撃退、その後のことは落ち着いて考えればいい》
ドクターの言うことももっともだけど……
リカがわたしの手を強く握った。リカは泣き出しそうな顔をして――首を横に振った。
わたしはエジソンを見上げ直した。
「あなたには協力できません」
「――意外といえば意外な答えだ。裏で何を策すにせよ、共闘は承知すると思っていたが。その誠実さ、真摯さ。個人としては評価すべきだが――残念だ。大統王としての私は、お前たちをここで断罪せねばならん」
ドアが激しく開いて、機械化歩兵が雪崩れ込んできた。
わたしは盾を実体化させて構えた。
「リカ! わたしから離れないで!」
「はい先輩っ」
「フォウ!」
カルナから逃れたナイチンゲールさんが、わたしたちのすぐそばまで下がって臨戦態勢。
多勢に無勢だけど、なんとかしないと――!