マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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 すまない…テスラは消化試合なんだ…テスラファンの皆様、本当にすまない…


ロンドン12

 わたしとモードレッド卿はサーヴァントとして出せる全速力で、テスラを追って隧道を駆けていた。

 

 ――ニコラ・テスラが自動的に周囲にもたらす強力な雷電は、瞬時に魔霧を活性化させる性質がある、とドクター・ロマンは解析した。つまり、テスラが地上へ至れば、ロンドンの魔霧は爆発的に拡大してしまう。被害はロンドンに留まらず、ブリテン島全域に及ぶ。

 

 幸いにしてテスラは徒歩で移動している。この地下の天井の壁を破るか、今のわたしたちみたいに全速力で地上を目指すかされていれば、詰んでいた。その点を鑑みるに、テスラにかけられた狂化は完全ではないらしい。

 

 でも――戦いが避けられるかといえば、そう甘くは行かないのが現実だ。

 

「来たか! 未来へ手を伸ばす希望の勇者たち」

 

 前方を歩いていたテスラが立ち止まり、わたしたちを悠然と顧みた。

 

「残念ながら私は君たちと戦わねばならん。何せ今の私という存在はそういうふうに出来ている。それに、だ。せっかくの力ある現界だ。前々よりの構想を実行に移そう」

 

 すると急に、隧道の空気が肌をチリチリと刺すようなそれへと変じた。

 

《まずい! 魔霧が、人間ならゆうに死に至る電気を帯びている!》

「曰く、これが魔霧の活性というものだ。サーヴァントの魔力さえ際限なく吸い込もう。無論私は例外だ。接近すれば、活性魔霧は君たちの魔力も吸収する! 霊核ごと取り込まれることもありうるが、さて、それでも近づくかね?」

 

 な……なんっって厭らしい手を打ってくるの! 本人と渡り合う前には、まず魔霧をどうにかしないといけないなんて。

 

「要は霧を吹き飛ばせばいいんだろ。簡単だ」

「モードレッド卿?」

「魔力を吸収するって話なら、ま、全力でやってもどうにかなるだろ。……てか今さらだが、マスターなしにこうもバンバン連発して、よく平気でいられるよなオレ」

 

 モードレッド卿の手に王剣が実体化した。モードレッド卿は王剣を大きく振り被って――

 

我が麗しき(クラレント)父への叛逆(ブラッドアーサー)!!」

 

 王剣の真名解放による赤雷は、隧道を一直線に駆け抜けた。

 

 肌を刺していた刺々しい空気が変わった。

 そう、か! モードレッド卿はあえて王剣を解放することで、その魔力を活性魔霧に食わせたんだ。

 とはいえ、永遠に魔霧が消えたままでいてくれるとは考えにくい。迅速にテスラを仕留めなければ!

 

「埒は明けた! ブッ飛ばせ、()()()()()()!」

()()!!」

 

 

 ――この瞬間。

 ――呼んだ側にも呼ばれた側にも、違和感は、一片(ひとひら)もなかった。

 

 

 わたしは盾の表面に魔力を集中して、テスラにぶつかった瞬間に解き放った。

 これまでに何度も頼った荒技。スキル「魔力防御」を応用した瞬間的な反発力で、対象を吹き飛ばす戦い方。

 テスラにも通用した。テスラは大きく後方へ吹き飛び、幾度か地面を転がってから止まった。やった――!

 

 完全に油断しきっていたわたしを、モードレッド卿を、紫電が襲った。

 

「ガハッ!?」

「きゃああっ!!」

 

 感電したわたしたちは、その場に片膝を突いてしまった。

 

 ――しまった。ニコラ・テスラといえば電気文明のパイオニア。雷電を身に纏うだけでなく、操ることもできたのか! これは勝利を焦ったわたしたちのミスだ……!

 

 テスラは威風堂々に立ち上がった。

 

「分かるぞ。実際に目にしたことはなくとも感得した! 今の力、紛うことなきクラレント。ならばそこなる騎士はモードレッド、“地”に属する旧き英霊か! ――ははははははッ! 哀れなりし旧き英霊たち!」

 

 ……押し殺している弱気が顔を出しそうだ。

 さっきの一撃はわたしにとって結構な全力だった。それを、テスラはああして何もなかったかのように佇んでいる。

 

 テスラが機械化した右手から雷電を放とうと――

 

「先輩! モードレッドさん!」

「フォーウ!」

 

 リカとフォウさん……? 追いかけてきたの? あの険しい隧道を独力で?

 

 すると、テスラが左手の雷電を自ら握り潰した。

 

「では此度の余興はここまで! この天才は改めてロンドンの空へ向かうとしよう。ああ、うむ。しかし本来、私は人類を愛する英霊でもある。ゆえに――そこなる人間よ、君には伝えておこう。地上へ出たのちにこの雷電が向かう咲は、魔霧の集束地帯、およそバッキンガム宮殿の上空だ。そこで私が一撃を加えることで、ロンドンの魔霧は活性状態となる。もしも君たちが諦めないのであれば、私を止めてみせろ!」

「言いましたね? ……あたしは、自分でもイヤになるほど、諦めが悪いんですから。そう、だから……何度希望を裏切られても、期待するのをやめられないの―――」

「ふ――ならば私を追うがいい! か弱くも歩みを止めぬ勇者よ!」

 

 テスラはスーツを翻して、魔霧に紛れるようにして去った。

 

 くっ――すぐにでも追いかけたいのに、感電のショックがまだ体に残っていて、わたしもモードレッド卿も立ち上がれない。

 

 リカがわたしに触れようとした。治癒するつもりだと分からないほど、わたしもにぶくない。

 

《待った! 地上に新しく二騎のサーヴァント反応を確認した! すごいな。このタイミングで、魔霧を触媒にカウンターのサーヴァントが召喚されたようだ。マキリたちが斃れた今、彼らが敵対することもない。増援だ!》

「…………まさか」

 

 モードレッド卿が傍目にも分かるほど顔色を蒼くした。

 彼女が「まさか」と言うからには、()()()騎士王の推参に思い至ったからとしか考えられない。

 

「ドクター。その二騎のクラス判定は?」

《ごめん。そこまでの探査は、魔霧の影響がまだ強くて無理だった》

 

 モードレッド卿が無言で立ち上がった。

 

「モードレッド卿……」

「何て顔してんだよ、盾公。らしくねえぞ。――安心しな。オレは逃げない。もしオレの想像がビンゴなら、オレのやることは一つ。あの時の兜を被って“あの人”に挑むだけだ!」

 

 ――想いが届かず、刃で決着をつけざるをえないこともある。モードレッド卿自身が告げた言葉。

 分かりました。卿が二度もそう言うのでしたら、“僕”は止めません。

 

 わたしも盾を杖にして立ち上がった。

 

「先輩。あっちにマキリたちが使ってた道があります。あたし、その道を通ったんです。元来た道よりずっと短くて登りやすく造られてますから、あっちで地上へ上がれば……」

 

 考えてみればそれは充分に想定しうる話だった。マキリもパラケルススもバベッジさんも一角(ひとかど)魔術師(キャスター)で、おまけに聖杯を所有していた。そんな彼らだから、地上と地下直通の近道くらい作っていたっておかしくない。

 

「よっしゃ。上手く行けばテスラに先回りできる」

「リカ、案内してくれる?」

「はいっ。こっちです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上へ出るなり、顎を外しかねない光景を目にしてしまった。

 

 紫電が天へ向かって大階段を形成している。

 バッキンガム宮殿の上空なんて簡単に到達できるわけがない、とのわたしの目算は呆気なく崩された。い、いくら電気使いとはいえここまでやっていいのか、ニコラ・テスラ!

 

 でも、驚いたのはそれだけではない。電気の階段の近くにいた、二騎のサーヴァントに対してもである。

 

 男女一組。片や、斧を持つ、サングラスをかけた金髪マッチョな男性。もう片方の女性は、アタランテさんのように獣の耳と尻尾を備えている。その形状は狐そのものだ。

 

「ドクター。あのお二人は?」

《ああ。彼らが例の二騎だろう。クラスはキャスターと……え、バーサーカー?》

 

 わたしたちに気づいて声をかけたのは、男性のほうが先だった。

 

「おう。アンタらか。奴が言ってた勇者だ何だってのは」

「勇者かどうかはどうでもいい。それよりお前、奴と一戦交えたみたいだな」

 

 テスラと、一戦交えた!? わたしたちは活性魔霧を剥がして一撃がようやくだったのに。そこなバーサーカーさん、手練れのハイサーヴァントとお見受けしました。

 

「とりあえず、厄介な霧は全部引き剥がしておいたぜ。あとは丸投げっつーか、オイシイところは譲るっつーか……オレは、休む。ふー……」

 

 狐耳のキャスターさんが呆れたように溜息。

 

「そりゃあ、あれだけ魔力を吸収されながら戦っていたら、疲労困憊、天人五衰は当たり前です。ですがお見事と耳を掻きましょう。さすがの頼光四天王。胆力まさに天を衝く、でございました」

「そっちも援護、感謝な!」

 

 サングラスの彼は、狐耳のキャスターさんの前でどかっと腰を下ろした。

 

「あとは追いついて叩き斬るだけか。よっし、このまま奴を追うぞ盾公、リカ!」

 

 ふとそこで、顔をこちらに向けた狐耳のキャスターさんと、リカの、目が合った。

 狐のキャスターさんは信じられないものを見る目でリカを凝視した。

 

「? あの……」

「――、いいえ失礼。よく似た顔立ちの者を知っていたので、ついまじまじと見つめてしまいました。どうぞ、お忘れください」

 

 気にはなるけど、今はそうしている暇も惜しい。サングラスの彼が言うことが本当なら、今のテスラには、活性魔霧の鎧はない。わたしやモードレッド卿でもまともに戦える!

 

 闇と霧にまぎれてテスラの姿は視認できないけれど、階段を登って行けば会敵するはず。

 途中で階段を構成する魔術が途切れたら、とか思っちゃだめよ、わたし。ぞっとしてとても進めなくなっちゃうから。

 

 わたしは紫電の階段に足をかけて、一呼吸、ダッシュで駆け上がった。モードレッド卿も、リカ(とフォウさん)もそうした。

 

 テスラは――、――いた! バッキンガム宮殿上空へ徒歩で移動している。

 彼が帯びていた活性魔霧は確かに無かった。だったら、このまま追い上げる!

 

「来たか。やはり君たちは新たな神話を築かんとするか。だが哀しいかな不可能だ。活性魔霧がなくとも私の操る雷電はあまりに強力だ。新たなる電気文明、消費文明を導きしエネルギー! 旧き時代と神話に決定的な別れを告げる、我が雷電! さあ、君たちにもご覧に入れよう。――人類神話(システム)雷電降臨(ケラウノス)!!」




 タマモが言った「よく似た顔立ちの者」ですが、予告すると、本編では回収されない伏線です。
 本編が無事完結するか、七章が書き終わるか、そのくらいの頃に余力があれば、番外編として上げたいと思っているミニシナリオに繋がる台詞です。
 ですので、この発言は今んとこ無視してくださいませ。

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